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吉野家のライバル

ハッと気がつけば7年ぶりくらいになるのだろうか。コロナの間は一度も使っていなかった安売り中華チェーンの看板を見つけて久しぶりに入ってみようかと思った。
看板で気になったのが「美安楽早」の4文字だった。よくよく読んでみると、これって牛丼の吉野家のキャッチフレーズをそのままパクったような……………

吉野家はうまい・早い・安いだったと思うが、これはそれに「楽しい」を追加している。まあ、それに文句があるわけではない。吉野家を超える中華ファストフードになろうという経営戦略なのかもしれないし。レストランで「楽しい」をは何を意味するかは、これまた難しい問題だとは思うが。
さて、その元になる吉野家の言いたいことはわかるが、個人的に吉野家は安い・早い・そこそこうまいだよねえと思っていた。最近では、あの洗練された牛丼特化型のビジネスを放棄したこともあり、遅い・高い・普通の味になってしまっている気がする。
少なくともタッチパネルを入れるのであれば、メニューを絞って提供速度を上げるべきだし、逆に提供の速さ重視にするのであればオーダーコールと連動した自動販売機にするべきだろう。オペレーションの肝である早さを犠牲にしてタッチパネルを入れた意味が理解できない。業界トップが混乱しているのは困ったものだ。

さて久しぶりに入った低価格中華チェーンだが、昨今の値上げブームとは一線を画しているようで、それなりの低価格を維持していた。一番変わっていたのは、一品料理が増えていたことで、低価格サイドアイテムを増加していることもあり、中華居酒屋的に変化していたことだ。これは業態の先駆者である日高屋を見習ったものかもしれない。日高屋が扱っていないメニュー、例えば酢豚であるとか、青菜の炒めといった定番人気メニューもしっかり加えている。どうやらコロナの間に体質強化を図ったらしい。
この価格帯でこのメニュー数を維持できるのであれば、今のご時世で随分な戦闘力になっているだろう。店舗数が増えていないのが不思議だ。

最近ちょっとこだわっている味噌ラーメンを注文してみた。そもそも本格的な中華料理(中国料理)にラーメンはないので、ラーメン自体は和食とでもいうべきものらしいが、そのラーメン族の中で最もジャパナイズされている味噌ラーメンは、全国各地域で強烈なローカルアレンジが行われている。そうした進化味噌ラーメンの特徴は、濃厚の一言に尽きる。スープに箸が立つなどと威張っている店もある。
ただ、お江戸の普通の町中華ではちょっと濃いめの味噌汁的な味噌ラーメンが多い。このチェーンの味噌ラーメンは典型的なお江戸スタイルだった。個人的な好みでいえばもう少しもやしいためが多くても良いのになあと思うのだが、このお値段で注文をつけるのも失礼というものだ。

ただ場所柄なのか、店内で日本語を話すのは客も含めて自分一人だった。なんだか不思議な街になったのだね、と新宿歌舞伎町でのランチタイムでありました。

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味噌ラーメン屋の担々麺

昔々、ピザ屋をやっていた頃にメニュー拡張の研究として、味噌ラーメンや豚骨ラーメンを食べまくっていたことがある。生パスタを利用したスープパスタ系というか、汁だくパスタを開発しようと思っていた。
カルボナーラに代表されるクリーム系も、ベースを豆乳に変えてさっぱり濃厚という語義矛盾な商品を作ろうともしていた頃だ。その頃に、新進気鋭の急成長チェーンが味噌ラーメンの田所商店で、その本拠地である幕張まで何度も足を運んだ。家系と言われる濃厚なラーメンの拡大期でもあったが、豚骨ベースの味噌味がそれを凌ぐ勢いで急速に広がっていく時期だった。
久しぶりに幕張に来たので「味噌ラーメン」食べてみるかと思っていたら、なんと「担々麺部」という新規コンセプトの店があった。ちょいと迷ったが、次に幕張に来るのはいつになるかもわからないし、おまけに新規コンセプトの店は実験終了するとなくなってしまうことが多い。やはり、ここはお試しするしかない。

普段であればお試しメニューはその店の定番にすると決めている。だから、この店でも普通の担々麺を注文する予定だったが、テーブルにあるメニューを見るうちに気が変わった。エビ味がある。
エビ味スープといえば、札幌の名店「一幻」に尽きると思うが、それが胡麻スープの担々麺と組み合わせるとどんな味になるのだろうと興味が湧いた。
出てきたものを見て、これは担々麺の地平線にある料理だなあと思ってしまった。スープの見た目が「らしくない」。担々麺特有の表面に浮かぶ赤いラー油も見当たらない。挽肉炒めはどこに行った。あれこれ迷いながらスープを一口啜り、ああ、これは新ジャンルなのだとわかった
。なまじ担々麺一族を名乗るから誤解されるのではないか。これは明らかにエビスープ、胡麻味というべき新料理だろう。麺が太めなのはスープの味が強いからだと理解できるが、そこもよくある担々麺との違いに感じるなんだか久しぶりにすごいものを食べた気がした。

店頭にある看板?は黄色に赤で実に目立つのだが、どうも「うまさ」が上手に伝わっていない気もするが、インパクトはすごい。これを一度試してみると病みつきになる客は多いだろう。自宅近くに店ができれば、せっせと通いそうだ。

試行錯誤を繰り返しながら外食勝ち組は進化しているのだなと改めて思った次第。それと比べて我が古巣のブランドは……………

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新宿で二次会をするならこんな店

新宿歌舞伎町のハズレというか区役所通りに面した雑居ビルにある店に、友人に誘われてたまに遊びに行く。コロナを挟んでこの手の商売は大変なことになっていたようで、それでもまだ営業を続けているのは女主人の甲斐性というか経営努力の賜物だろうと、いつも行くたびに敬意を抱いている。

店内は実に昭和だ。空気感というか雰囲気というか昭和50年代から平成にかけて、つまりバブルの前後はこうした店が全盛だった。当然、その頃に社会人駆け出し組だった若者も、今ではすっかりオヤジどころかジジイになっていて、この店はジジイ比率が異常に高い。(笑)

まあ、現在の飲料主体の接待業(いかにも官僚語だが、これが正しい用語らしい)業界で、標準コンセプトはキャバクラということになるのだろうが、このコンセプトはその前駆形態というのだろうか。銀座であれば「クラブ」(ただしイントネーションは頭のクにある)がその文化の担い手であり、少しクラスとかお値段が下がるとミニクラブとか言われていたものだ。関西ではザクっと丸めてラウンジとか言われているようだが。そういえば、もう少し砕けたキャバレーというのもあったが、今では消滅危惧種だろう。


同じように接待してくれる従業員がいる形態であっても、カウンター席だけであればスナック。ボックス席があればクラブといった違いがあるようだが、その境目もあいまいだ。ちなみに接待が無い形態は「バー」と呼ばれていて、渋いバーテンがいたり、妙齢のママさんがいたり、髭面のおっさんがいたりする。飲む場所というより会話を楽しむ場所がバーだという意識があるが、それに加えて「よいしょ」をして居心地良くさせてくれるのがクラブとかスナックという感じだったろうか。
カウンターに座ると、目の前にはボトルキープした日本酒の一升瓶がどんと置かれるなんてバーもあったなあ。客は運動会系のガタイの良い若者とその先輩で体型の崩れた元若者ばかりだった。女っ気はまるでなしの、運動部の部室みたいな…………… よくそんなところで酒を飲んでいたものだと、思い出すと今更ながらに呆れてしまう。

今では、ガールズバーとかイケメンバーとかいうものに呼び名も置き換わっているらしいが、中身はいつの時代でも変わりはなさそうだ。

このサロンというかクラブというか、まあ飲み物の準備をして接待してくれるところでは、乾き物やチョコレートなどをつまみに薄い水割りを2ー3杯をサクッと飲んで帰る。他愛のない話で終始するが、たまにはシリアスな商談を5分ほどでやっつける。そんな便利な場所だったのだが、今ではすっかり過去の遺産になりつつあるのが残念だ。まあ、web会議で商談をする時代にはすっかり不要な代物になっている、そんな寂しさもあるのだけれどね。

この店に20代の若者を連れてきたら、一体どう感じるのだろうか。それはちょっと知ってみたい気もする。

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太刀魚

太刀魚の刺身は珍しい気がする。どこか高級な店に誰かのお供で行った時に食べたようなうっすらとした記憶もあるが、お江戸界隈では居酒屋のメニューとして出てくることはまれなのではないか。夏のはも、冬の太刀魚はどちらも西国の名物であるような気がする。

そんな太刀魚を漁師町の居酒屋で食べた。あっさりとした白身かと思ったら、思っていた以上にねっとりとした旨みがある。美味いものだなあ。ただ、カツオの町だけにこうした地物の魚を食べることが少ない。そもそも知り合いの魚屋でもカツオ以外の魚はほとんどおまけ程度でしか売っていない。
タイは見かけたことがある。友人に言わせると甘鯛も地魚として揚がっているいるそうだ。冬の時期であれば沖うるめという細長い魚が干物になっているが、確かそれも生食できるのではなかったか。次回行った時に、地元の魚について聞いてみようか。

はらんぼというカツオの下腹の部分を焼いて食べると酒の肴には良いらしい。チチコと言われるカツオの心臓は甘辛く煮たものがよく肴として出てくる。カツオの町なのだ。カツオ尽くしだ。

いやこれではダメだ、もう少しカツオ以外の魚を食べてみよう。ちなみに、シイラとキハダマグロは現在商品化に取り組んでいるから、これも併せて研究対象にしてみれば……………

美味しい太刀魚を食べながら、あれこれ欲のいり混じった邪な考えをしておりました。

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居酒屋の焼飯は肴なのだ

高知市内で一泊して夕食をと思うと、どうもいつもの居酒屋に行ってしまう。ただ、高知に来たからこれを食べようという観光客気分はすっかりなくなってしまい、いつもの暮らしを高知でも……………という過ごし方になってきた。
注文したのは串焼き盛り合わせだが、この中に高知らしさは微塵もない。ちょっと珍しいのはキャベツが下に敷いてあるくらいだろうか。くしのネタも極めてオーソドックスな「全国標準」の焼き鳥だ。
だが、文句のあるわけはなく、焼き鳥はいつ食べても美味い。

グルメな飯作りを描いたシリーズ小説の中に、チャーハンでビールを飲むというシーンがあり、それを時々真似て見る。白飯で酒を飲めと言われると思わずエッとなるが、握り寿司になれば間違いなく酒が飲める、いや高級な飲み方だ。
それと同じでチャーハンで酒を飲むのは意外と好みなのだが、食べ終わった時の満腹感というか膨満感が強すぎるので、できれば半チャーハンくらいにとどめておきたい。町中華であれば半チャーハンに餃子という「黄金コンビ」も注文可能なところがあるが、居酒屋では難しい。なぜか鉄管薪や土佐牧といった酒の肴風な太巻きにはハーフサイズがあるのだが。半チャーハンはない。
ただ、以前来た時に隣の席にいた女性がオムライスご飯少なめという注文を敷いていたから、チャーハンも注文する時に自己申告してご飯少なめと言えば、やってくれるのかもしれない。
どちらにしてもチャーハンを完食することには、もはや酒すら入りそうもないので早々に出てきた。
次回は半チャーハンに挑戦した上で、八宝菜食べてみたいものだ。最近の街中華ですっかり絶滅してしまった八宝菜だが、今でもこの店では現役だ。

漁師町の居酒屋(ここもすでにいつもの居酒屋になりつつあるが)で、元日本食の板前だった主人が作るチャーハンを食べた。こちたはしめの飯というより、徹底して酒の肴風に仕立てているのでやたら塩コショウがきつい。が、これは酒が進むぞ。
同行した友人と半分に分けたおかげで、つまみとしてのチャーハンを堪能できた。できればこれに沢庵の一切れでもついていれば、完璧な肴だなあ。

同じ飯メニューでも、カツ丼やカレーでは酒を飲む相方にはなりそうもない。牛丼や親子丼も酒には不向きだ。ただ、牛丼の飯抜き、つまり牛皿になると話が変わる。牛皿は大盛りどころか特盛で注文したい。吉野家のカウンターで一人ビールを飲みながら食べる牛皿は、敗退的で美味いが、周りの客の目が厳しいのが残念だ。仙台の居酒屋でカツカレーライス抜きというメニューがあったが、これも酒の肴としては実に秀逸だった。洋食繋がりとして考えると、オムライスであれば白ワインと合わせるとか、冷酒と合わせるとかできそうだ。
横川名物である峠の釜飯は、飯の上に乗っているトッピングが素晴らしい酒の酒煮になる。横浜崎陽軒のシウマイ弁当もビールのお供として間違いなく最強だ。

まあ、ちょっと冷静に考えれば白飯にごま塩かけても、酒の肴になりそうな気もするし、佃煮を乗せた白飯もいけそうだなあ。炒飯・焼き飯にこだわらなくても良いのかも。

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高知の讃岐うどん

ここ1年通い続けている高知県の漁師町で、どうやら飲食店はほぼほぼ制覇したらしい。最後に残っているのが町中華の店だが、そこはいつでも満員、おまけに昼営業のみなので何度か挑戦したがいまだに未到のままだ。
その町中華と同じように昼営業中心で売り切れごめんのうどん屋があるというのだが、ここは2度目の挑戦でめでたく入店てきた。のれんにはうどんと大きく書かれている。同行者に聞くとわざわざ県外からも食べにくる人がいる本格的讃岐うどんだというのだ。カツオの町で本格讃岐うどんを食べることになるとはねえ。

メニューはシンプルだった。香川にあるセルフうどんとは違い、完成品での提供だから注文するのもわかりやすい。麺の量は大小あるが、どれくらいの差になるのかは想像できない。どうしようと迷っているうちに同行の友人が大で二人分注文してしまった。埼玉県の地元うどんで大といえば3玉が標準だから、もしここも同じであれば間違いなくアウトだ。完食派の望めない。どうしようか。
香川県のあちこちで行った讃岐うどんの店では大中小が3玉、2玉、1玉だったような記憶もある。香川県でも皆ガシガシと「大」を注文していたような……………
香川スタイルでもも大はアウトだ。出てくるまではドキドキだった。

結果として出てきた肉うどん大は、およそ1.5玉という麺量だったので安心した。これならちょと頑張れば完食できそうだと。
つゆは透明感の強いアゴ出汁のようだった。普段食べている強い鰹出汁とは違っているのはわかる。麺は讃岐うどんとしては少し柔らかくもっちりとしている。ツルツルと飲み込むには向いている麺だ。埼玉県のうどんはもっちりというよりゴワゴワという固さなので、ツルツル食べることはまず難しい。歯ごたえを楽しみながらモグモグと齧るのが埼玉伝統の武蔵野うどんだ。
讃岐うどんは喉越しが……………などと言われるが、個人的にはガブリと噛んでもっちりとした生地感を楽しみたい。このうどんも、そんな感じのしっとりとしたものだった。いつもであればきつねうどん一択なのだが、なぜかこの時は肉うどんにしてしまった。次回は、定番のきつねうどんが良いが、ざるうどんも捨てがたい。この店のうどんは冷たいつゆで食べるのに向いているうどんであるような気がする。

今回は、この漁師町に通い続けて初めてのことだが、カツオを食べないまま帰ってきた。カツオの代わりに食べていたのが、この讃岐うどんや有名なお弁当屋さんの卵焼きや居酒屋のチャーハンだった。なんだか、食生活に旅人から土着した移住者的な変化が起きているような気がする。
次回は、この反省を生かしてしっかりカツオを食べなければいけない。早く来い来い、初鰹。

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歌舞伎町の不思議な空間

焼き鳥屋で出てきたシーザーサラダ なんか見た目がすごい

新宿歌舞伎町といえば、靖国通りに面したゲートというか大門が思い浮かぶ。他の新宿ランドマークであれば怪獣Gのヘッドが乗っているホテル(元新宿コマ劇場といっても知らない人が増えただろうなあ)か、最近出来上がった高層ビル歌舞伎町タワーということになる。
風俗の街と言われていた昔から比べると、今ではすっかり様変わりして雑多な観光地として変わっている。風俗店やパチンコ屋がすっかり数を減らし、代わりに大増殖しているのが「焼き鳥屋」だ。
ただその焼き鳥屋も古典的な「話もしない親父」がやっている煙もうもうの大衆酒場という感じではない。どうもインバウンド観光客に焦点を当てた感じがする。おそらく「魚」が苦手な外国人向けの「鶏肉」対応という新しい新宿を代表するコンセプトらしい。
今回行ったの店も、ひと昔であれば風俗店が入っていたようなペンシルビルの4階という、なんとも飲食業には向いていない立地だったが、7時近くになると満席になっていた。店選びがネットによる時代だから、昔言われていた立地のハンデが消えたようだ。
それでもこの店の上階には「風俗系」出会いの店があり、エレベーターに乗るときはちょっとドキドキしてしまった。

焼き鳥の店のはずだが、焼き鳥と肉寿司とおでんが食べ放題という、なんとも微妙なメニュいー構成で、まず最初に焼き鳥が出てくる。てっきり盛り合わせが山盛りで出てくるのかと思ったら、つくねととり串が出てきただけ。あとは追加で頼めということのようだ。焼き鳥専門店ではないということは、この最初の二皿でわかる。

次に出てきたのは肉寿司だが、これもまた微妙な感じのもので、酢飯の酢がきつい。肉寿司だからなのか、店の決め事なのかは不明だが、どうもバランスが悪い。これも一皿盛りが出てきておしまい。あとは追加注文せよということらしい。
その後はおでんが土鍋に山盛りで出てきた。よくシステムはわからないが、おでんを完食しないとおかわりを頼めないのだろうか。店内は満席で従業員も大忙しで、その辺りを尋ねようとしてもなかなか話ができない。
飲み放題付き、焼き鳥・肉寿司食べ放題コースだから確かに料理は限定できるしオペレーションも取りやすいだろうことはわかるが、これが焼き鳥屋なのかとも思ってしまった。
客層は日本人のみのようにも見える。新宿歌舞伎町に跋扈している非・日本語スピーカーが見当たらないのが不思議だが、ひょっとするとこのある種突き放した業態が「外国人客」を遠ざけるバリヤーになっているのかもしれない。新宿歌舞伎町の日本人サンクチュアリーだなあ、などと考えてしまった。ただし、従業員はほぼ非・日本語スピーカーだったのだけどね。

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北海道土産

年末に北海道に行った時に買ってきたものが「鮭キムチ」だった。以前は都内の高級スーパーに置いていたので、見つけた時には手に入れたものだが、最近は(コロナ以降は)すっかりみなくなっていて、コロナに負けて商売を辞めたのかと思っていた。
札幌市内にある北海道産物専門店に出かけて探してみたら、なんとしっかり売っていたので安心したが、値段を見ておやまあ………となった。2割ほど値上げりしていた。
そうか、鮭もコロナの後では値上がりしているのかと思ったが、魚屋で見る丸のままの鮭の値段はあまり変化がない。気になって裏の商品説明を見て納得した。原材料の鮭はノルウェー・チリと書いてある。輸入物であれば、この円安(原因は経済の問題ではなく政治のミスでしかないと思うのだが)が原因で値上げはするだろうなと。しかも、製造所は北海道の山の中で海産物とは全く縁のない土地にあった。
つまりこれは、漁師町のおっちゃんたちが(あるいはおばちゃんたちが)地元鮮魚を使った六次産業化みたいな水産加工品とは全く無縁だっだのだ。海のない長野県で養殖した鮭科の魚を信州サーモンと言って売っているようなものかと納得した。
食べれば普通にうまいものだが、海とも北海道とも関係がないのは、やはり不思議と言えば不死不義だ。ただ人気商品らしく、「激辛バーション」も売られていた。商売はアイデア次第だなあ。

その北海道物産専門店のすぐ近くに沖縄物産店がある。日本の北と南の物産店が徒歩1分の距離で営業しているのもなかなか面白い。そこではブルーシールのアイスクリームもあるし、沖縄限定バリヤースも売っている。ふと気になり前回沖縄に行った時に買った味噌・黒糖コーティングのピーナッツがあるかと探したら、しっかり置いてあった。
買うかどうかだいぶ迷った。なぜ北海道で沖縄名産を買い、おまけにそれをお江戸近くまで持って帰ろうとするのか。このピーナッツは沖縄から北海道までほぼ3000キロ移動して、それでも懲りずにまた東京まで1000キロ移動するとしたら、なんと効率の悪い運搬をされたことになるのだろう。移動にかかった燃料費を考えると申し訳なく思える。
ただ、結局はこのピーナッツを複数買い込んで自分用の土産にしてしまった。理由は有楽町にある沖縄のアンテナショップにこのピーナッツを買いに行くと、往復で1000円以上交通費がかかるからだ。札幌で買えば追加交通費はゼロになる・
自宅に戻ってから食べたこのピーナッツはちょっとだけほろ苦かったが、うまいものはうまい。ノルウェーやチリから運ばれてきた鮭が北海道土産になる時代だ。沖縄のピーナッツを北海道で買って何が悪い……………と開き直っても仕方がないのですげどね。
ちなみに、ピーナッツも原料は中国産でしたから、そもそも沖縄ー北海道ー東京くらいの移動は許容範囲です(キッパリ)

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高知で散歩して思うこと

高知市内で夜散歩をするのはなかなか楽しい。繁華街の広さが散歩にちょうど良いサイズだということもある。市内中心部に観光客目当ての店が密集しているので、街のあちこちで面白い看板なども見つかる。
土佐料理の店で見つけた穴あき看板がなかなか秀逸で、女性の顔しか穴が開いていない。ただ、高知県人が女性に対して特別な何かを持っているのではないと思う。おそらくあまりにも龍馬ラブが強すぎて、龍馬の顔を穴あきにできなかったということではないか。
高知市内を歩くとわかるのだが、この街の龍馬ラブ度合いは凄まじいの一言に尽きる。他県でもその県民の誇りとなる歴史的人物はそれなりに見つけることはあるが、少なくとも東日本を中心とした戊辰戦争の負組地域では、地域の偉人、それも江戸期の人物を讃える度合いが低い。控えめというか自粛しているというか……………
ただし、戊辰戦争の勝ち組であっても、それもお札の顔になるような有名人ですら、今ではかなりぞんざいな扱いになっている。維新の元勲などと奉られていた明治政府高官およびその系譜に連なるものが、先の大戦での敗北に繋がっていると認識されているからだろう。
敗戦の原因(少なくとも敗戦後には米国により認定された)となる人物、その歴史的経緯を考える偉人とは称えにくいのがわかる。
となると戊辰戦争前に暗殺された龍馬と明治政府に歯向かって憤死した西郷くらいが、明治政府の悪徳には繋がりのない歴史的にピュアな人物として敬されている、と考えるのはゲスの勘ぐりだろうか。
高知出身では経済的に大成功した岩崎弥太郎(これも先の敗戦につながる系譜だが)や明治中期の政治家板垣などもいるのだが、人気では龍馬の足元にも及ばない気がする。ちなみに高知駅前に三人の銅像が並んで立っているが、いずれも戊辰戦争前に殺された、つまり明治政府に関係していない三人、坂本龍馬、中岡慎太郎、武市半平太だ。高知県人の戊辰戦争前後に対する評価がこれなのかもしれない。龍馬ラブを考察していたら随分と横道に入り込んでしまった。

ぶらりと歩いて見つけたのれんが秀逸だった。こんなシンプルな暖簾は最近あまり見かけない。やきとりと書いてある。屋号はない。ただ、常連にとっては「いつもの店」で通じるはずなので屋号がなくても困ることはないのだろう。
すでに食事を終えた後で見つけたので、この日は入るのを断念した。次回は絶対に行かねばならないと思わせる、ストロングスタイルな面構えだ。

店の横に回ってみたら品書きが書いてある。おー、これは期待できるラインナップではないか。品書きを上から順番に眺めていく。なるほど、本格派の焼き鳥屋のようだ。もつ焼き系はほとんど見当たらない。それは良いのだが、下段中央に怪しい名前を見つけた。土佐焼きとはなんだ?
土佐巻といえば鰹とニンニクを巻いた海苔巻きのことで、鉄火巻きのカツオ版みたいなものだが、土佐「焼き」は………まさか、鰹とニンニクが互い違いに串に刺さっている、ねぎまのカツオ版みたいなものだろうか。
そして、その隣にある「逹珍」はなんて読むのだろう? 品書きの横並びを見ると揚げ物の一種みたいな感じもあるが。うーん、謎が謎を呼ぶメニューなので、これは絶対に次回の探索候補だ。ついでに店名も確認してこよう。

散歩をしているとたまに目にする、現在高知県のあちこちに貼られている観光ポスターがある。丸にど、と書いてどっぷりと読ませるらしい。高知県の新屋号だ。もともと高知県の観光ポスターはかなりセンスが良いと思っている。時代に寄り添ったヴィヴィッドな表現である、などとお江戸の広告関係者ならいいそうだものだ。大都会から離れた高知県の魅力をおしゃれに、あるいはウィットに富んだ表現で伝えている。素晴らしい。
しかし、今回はそういった都会的な洒落のめしたものをしっかり振り落とし、実に質実剛健というか大上段に構えた太刀を一気に振り下ろした「新風」になっている。
このブランド広告の真髄と言いたいくらいよくできたポスターを作ったスタッフには拍手を送りたい。個人的にはこのキャッチコピーのようにどっぷり高知にハマっているので実に親近感もある。

そのどっぷり高知の「宴会バージョン」の舞台は、我が尊敬する年上の友人の店で、マスターアキさんと二人で満面の笑顔を見せているのは、我が心の師匠でありメンターであるキャサリンなのだが、この店に行くだけでも高知に行く甲斐があるというものだ。
ただし、早くしまるので(営業時間もどっぷり田舎モード)、電話で予約をしてからいきましょうね。おまけにこの街はタクシーの営業終了も早く、JRの終電は午後7時台なので帰りの足を確保してから飲みにいきましょう。それもまた、どっぷりな楽しみ方ですねえ。

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わすれまじ 吉野家の牛丼 

羽田空港の地下にいつの間にか吉野家ができていた。気がついたのは、去年後半のことだった。ただ、早朝では開店していないのでなかなか利用する機会がなかった。久しぶりに始発ではなく午前の遅い便に乗ることになり、ようやく開店している時間帯に合わせて空港に到着した。いそいそと1年ぶりの吉野家に入ることにした。

吉野家でタッチパネルの注文システムを使うのは初めてだった。以前の口頭注文であれば、「並一つ」と1秒で済むところが、意外と時間がかかる。タッチパネルの画面遷移というか注文誘導システムが「高くて遅い商品」を優先的に流すからだ。定食やカレーなど吉野家では邪道ではないかと思う(個人的感想です)余計なメニューからようやく牛丼画面に辿り着いても、その牛丼にはアタマ大盛りとか特盛とかいい加減にしてよと言いたくなる余計な牛丼アレンジが多い。牛丼並はその中に紛れてひっそりと隠されている。(これも個人的感想です)
タッチパネル時代以前では注文して30秒後には丼を抱えて食べていたものだが、タッチパネルの注文を完了して目の前に牛丼が出てくるまで無限の彼方とも思う時間が経っていた。(しつこいですが、個人的な感想です)早いやすいうまいのキャッチフレーズが泣くぞとぶつぶついってしまった。ちなみに、正しいキャッチフレーズの順番は、うまい早い安いだったと思うが。
それでも、いつもの牛丼的なルックスだっだので安心したが……………

自己流アレンジは、ツユダクならぬ紅生姜だくだくにして、唐辛子をドバッとかける。赤い牛丼の出来上がりだ。これぞマイスタイルのスペシャル牛丼なのだ。
これをガシガシと食べるのが牛丼の王道ではないか。と思うのだが、どうも年齢のせいかガシガシとかき込むと喉が詰まりそうになる。(悲しい)
なので、どうしてもモグモグ的な微妙にやるせなさを感じる食べ方になってしまった。ちなみに牛丼三十五歳卒業説というものがあり、咀嚼の能力が落ち消化力が落ちる年代、つまり四十歳に近づくと牛丼を食べる機会がグッと減る、あるいは食べなくなるのだそうだ。

その歳はとうの昔に過ぎているが、いまだに牛丼は卒業できない。我が身に照らしても理屈は納得できるのだが、このささやかな楽しみは死ぬまでなんとか続けたいものだけどね。ちなみに北海道では吉野家がほとんど存在していなかったので、生まれて初めて吉野家の牛丼を食べたのは23歳の頃。お江戸に出稼ぎに来た時に洗礼を受けた「お江戸文化」の典型だった。以来、自分にとってのお江戸とは新宿駅の雑踏と吉野家の牛丼と刷り込まれている。