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スペクトラム の復活希望します

しばらく前だがネット上でスペクトラムという昔々のバンドが、動画サイトでヒットしているというニュースを見た。たまたま断捨離作業中だったこともあり、自分のCD/DVDコレクションの中からスペクトラムを引っ張り出して片っ端から再生した。うーん、いつ聞いても感動するなあ。
ホーンセクションが入ったバンドはほとんど存在しない。記憶にあるのは、シャネルズ改ラッツ&スターでメンバーが演奏していた。米米クラブでは専属メンバーにホーンセクションがあったくらいだろう。80年代後半から始まった演奏ではなく打ち込みによる楽曲作成術で、電子音もどきのソースは多用されたが、いわゆるホーンセクション、金管楽器の音はあまり使われていないようだ。(知らないだけかもしれない)
歌って踊るスタイルはジャニーズ系に代表されるアイドル路線では当たり前になっていったが、かなりハードめなバンドが踊るなど80年代には想像ができない。それだけ時代に先行していたコンセプトだったのだと思う。数年で解散してしまったが、その間もレコードは買い続けていた。あるときふと思いつき都心のCDショップに出かけて探してみたら、レコード全てがCD化されていて感動した。その場で全5枚を大人買いした。おまけでDVDも見つけて買ってしまった。我が人生で数少ないお宝となった。それが今ではネットで動画が見られるのだから、やはり時代は進んでいるのだなと、変なところで実感してしまった。

ネット世界で話題になっているニュースをあれこれ眺めていると、リーダーの新田さんがまだご健在だという。流石に再結成できるお歳ではないだろうが、プロデューサーとしてスペクトラム2(仮称)とか、スペクトラム Rebornとか、を誕生させてくれないものだろうか。ビクターだったらやってくれそうな雲するがなあ。

あれこれお騒がせした芸能人やミュージシャンがYoutubeで復活する時代なのだから、Youtubeで拡散したのをきっかけにゴローバル展開するミュージシャンになって欲しいものだなあ。

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滅びの国の征服者 という中年男の物語

画像はAmazonからの引用です ……………出版元の画像はリンクできませんでした

サラリーマン転生ものの話を続けるとして、最近見つけた傑作がこれだ。設定を含めてかなり骨太なストーリーになっている。背景世界も、おそらく現代文明が滅びた後に数千年から最長で1万年程度の後に再建された世界のようだ。人類が2種類存在し、現生人類の後継が大半で、少数派として長耳の人類亜種(おそらく遺伝子改変種)が北欧地域に追いやられながら生き延びているという感じだ。
そこに赤ん坊として転生したサラリーマン(引退済みか)が転生し、現世知識を活用して文明加速と新大陸への疎開を目指す。
ここまでをコミックで読んだのだが、当然ながらラノベの原作があり、その元は小説家になろうの任期作だった。ストーリー上でアニメ化を妨げる要素もなく、近いうちに制作されるだろうと思う。発行元がオーバーラップ社というちょっと変わった編集方針の出版社だから、主人公の性格は多少捻じ曲がっているし、世界を斜めから見るタイプだ。ジャンプ的な努力と友情と根性路線ではなく、マガジン的な予定調和的に活動し葛藤をあまり感じないタイプの主人公が活躍する話でもない。
どちらかというと転生前に不遇だったサラリーマンが、少年の肉体に宿りながらも中年の知識を保持しつつ、ゆっくりと肉体年齢にあった若い精神状態の戻るという、変形の輪廻転生にようる救いの物語だ。濁った中年サラリーマンの精神が浄化され若返るというのは、読者層の願望そのものだろう。
設定がよくで切れいるようで、物語の破綻も見当たらない。ばら撒きすぎて回収できない伏線というお粗末なものも見当たらない。おそらく原作は、大人が読める秀作なのではないかと想像できる。例えばA・マキャフリーのドラゴンライダーシリーズのようなものではないか。(あれはドラゴンの出現するファンタジー世界の裏側に、遺伝子工学と恒星間航行世界を支える科学技術という設定がある素晴らしい作品なのだが)

大人向けラノベ?という変な言い方をしたくなる良作であります。コミック全巻読んだので小説版に手を染めてみようか。

街を歩く, 食べ物レポート

今年のラスト冷麺

9月になると冷やし中華や冷麺が終わってしまう。それがちょっと悲しいなと思う。気になって幸楽苑のサイトを調べてみたら、まだ0面販売中とわかり、のこのこと出かけてみた。
見た目はゴージャス感がある冷麺だ。最近の幸楽苑は基本に立ち返ることを徹底しているようで、見た目も含めた商品の完成度はなかなかのものだ。冷麺や冷やし中華はやはり立体化したものが食欲をそそる。良い仕上がりではないか。
しかし、食べてみると難点下記になることがある。一つ目は麺の質だ。モチッとした食感はあるが、これは中華そばの範疇ではないか。冷麺特有の米粉を使った歯切れの悪に粘り感は感じられない。二番目はスープで、多分味が薄いのだと思う。麺と絡めると味がわかりにくくなる。
どうやら幸楽苑の商品開発チームは、冷麺をラーメンの変形として考えている節がある。おそらくそこが違和感の原因、大元だろう。そもそも冷麺のルーツは大陸本土ではなく半島北部であり、温かいラーメンと冷麺では「味の思想」が根底から違うはずだ。日本蕎麦のかけともり程度の差程度と考えてはいけないと思うのだが。冷麺風の冷たいラーメンとでもいうべきものに仕上がっているのが残念だなあ。
冷やし中華をこちらに寄せていくと面白いものになるのかもしれないなあ、などど今年最後の冷麺を食しながら思っておりました。

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満州でつけ麺は……………

まだまだ日中は暑い日が続いている9月だが、なんと冷やし中華は終わってしまっていた。個人的には冷やし中華は通年商品で良いと思うのだが、少なくとも5月の連休から10月いっぱいくらいまでは、冷やし中華の適性温度帯と考えて良さそうだ。
満州の冷やし中華は業態スタンダード的で安心感があるのだが、終わってしまったものは仕方がない。諦めて9月の限定商品「つけ麺」を頼んでみた。
結果としては、昨年に引き続き残念な仕上がりだった。つけ麺に和風も洋風もあるものかと思うのだが、この商品はなぜか和風というネーミングで、それはそれで良いのだが、つけ汁の味が弱い。
世間ではつけ麺が人気なので、とりあえずうちも出してみよう的な、完成度の低い仕上がりだなあと思う。確かに満州の客層は高齢者が多いので、そちらにシフトしているのかもしれないが、やはりつけ麺のスープ、つけ汁は濃厚感がある頑丈な味が良いと思う。麺の太さもスープの強さに合わせて太めにしないと、かの名店「大勝軒」が見せるスタンダードつけ麺とは比較にならないのではないか。
来年、ブラッシュアップしたつけ麺を登場させてくれると良いなあと思っております。

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渋谷の駅前 いつもの定点観測

渋谷駅前、ハチ公前広場の看板が変わっていた。イメージ的には若者向けらしい。日本語が見当たらないというのも広告的にはすでに当たり前の表現だが、にしても情報量を絞りすぎではないかと思う。
看板の後ろに建築重機が立ち並び始めたので、ここから一気にビルがニョキニョキと伸びていくことだろう。ただ、写真を撮った後で気がついたのだが、看板の前で必死に何かを訴えている集団がいて、また何かの募金活動でもしているのかと思ったが、よく見てみると宗教団体だった。
宗教団体の宣伝をするわけにもいかないとは思うので、しばらく待っていてもなかなか立ち去る気配もなく、写真を撮ってからマスクをかけるしかないと。

ただ、渋谷の交差点付近はすでに外国人観光客に占拠されたよう場場所だから、もっと日本人率の高いところの方が宣伝効果はあると思うのだけれど。
日本人に向けて、日本語表記なしの広告と、二位本後の演説を無視して通り過ぎる外国人の群れが、奇妙な対比として目に映った次第。渋谷は、Quiaな街なのだな。

その看板の裏側にある、旧東急百貨店東横店の解体工事は終了し事故避けの覆いも外された。JR山手線ホームから工事の光景が見えるようになり、現在は地下の基礎工事をしている段階のようだ。大型クレーンがいくつも建てられているので、この先は一気に鉄骨の組み上げだろう。外観ができるまではおよそ一年くらいだろうか。このビルの完成で渋谷駅周辺の再開発は終了になるはずだが、渋谷駅の工事は初めてお江戸に出てきた頃から続いているエンドレスなもので、またきっと新しい工事を始めるのだろうな。

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お気に入りの店で

新宿紀伊國屋本店の地下にある食堂街は、耐震工事の時にテナントが入れ替えになり一新された。今でも生パスタの店やカレーの店は残っているが、伝説的に混雑していた居酒屋は靖国通り沿いのビルに移転した。席数も増え使い勝手の良い店位になったので愛用している。
昼営業のランチも充実しているので、ビジネス利用ではたいへんありがたい。

店名の由来は知らないが、この漢字の音を当てた名前は、何やら昭和の怪しい時代によく見かけた。昭和の終わり頃から平成にかけてはすっかり廃れてしまった漢字の音当表て表記だが、どうやら昭和の暴走族がいなくなった頃とリンクしている気がする。当時の突っ張り少年も今や後期高齢者の仲間入りだしね。
平成はおしゃれな横文字、それも読み仮名なしのアルファベットだけ、というのがずいぶん流行った。レストランもクラブもラブホも、読み方のわからない店名で溢れていた。

この店のお通しは、実にお通しらし。どこぞのチェーン居酒屋で出てくる『工場製ポテトサラダ』をお通しにする暴挙とは程遠い。本来のお通しは無料で、料理が出てくるまでの繋ぎとなる小皿的なものだろう。今ではすっかり有料お通しが当たり前になり、実は居酒屋の経営は有料お通しの稼ぎで持っているようなものなのだがら、昭和が産んだ歪んだ食文化の代表とも言える。それでも美味いお通しであれば我慢もするが、工場製のポテサラやひじきの煮物などが出されると、腹を立てる若者が多いのは理解できる。(ちなみに年寄りは何十年も続いた風習に諦めしか感じない)
だから、このお通しはぴかりと光る。秀逸な一品と言って良い。

さて、この日はまず鱧の湯引き、茄子の煮浸し、地鶏の串焼きという、かなり健康志向の料理で始まったのだが、2ラウンド目になると同行者の強力な好みが発動され、テーブルの上はあっという間に茶色軍団な揚げ物で占拠された。
なんでも家庭では健康志向の食品しか出してもらえなくなり、こういう「脂に満ちた食べ物」は外食するしかないとのこと。付き合わされた身としてはコメントを控えるしかない。
クリームコロッケなど絶品ではあるが、どじょうの柳川とかお江戸の伝統的な料理もたくさんあるので、そちらの方を試してもらいたいのだけれどね。
もはや美味しい居酒屋は文化遺産扱いにして保護しなければいけないと思う、今日この頃であります。

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きつねとたぬき

甘く煮た油揚げが載っていればきつねそば、揚げ玉が乗っていればたぬきそば、というのが関東圏でのそば事情だが、西日本に行くとこの呼称が変わる。東西文化圏の差を端的に表す一例だ。
では、、油揚げと揚げ玉両方が乗っているそばはなんというのか。ムジナそばというらしい。ムジナとはアナグマのことで、たまに狸などと混同されるらしいので、たぬきや狐と同じように人を騙す動物?扱いになっているせいでの、ムジナそばなのか。まあ、もっと安直に決めた名前のような気もする。
そのムジナそばにこれでもかとトッピングを山盛りにしたのが「特選富士そば」だ。これはムジナよりも強力な「人をばかす動物」の名前をつけるべきだろうと思うのだが、どんな動物にがいるか。思い浮かぶのは、ぬえとかスフィンクスとか空想世界の動物というか魔物の類しか出てこない。
令和的なネーミングで言えば、「全部のせ」という即物的な表現で良いのだろう。言葉のあやみたいなものはどんどんと消えていく……………

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新宿駅東口 アルタ前

新宿駅東口のランドマークだったスタジオアルタは閉鎖され手直し工事が始まっている。これによって、地下通路からの上り口が閉鎖されたこともあり、実に不便なのだ。西口でも小田急百貨店の改築工事によりあちこちの地上向け出口が封鎖され、新宿地下街はダンジョン化している。せっかく新宿駅の工事が終わったと思ったが、永遠に工事の続くJR新宿駅という伝説は続く。
さて、東口にある旧アルタ前で待ち合わせる間に写真を撮ってみた。目の前を通り過ぎる通行人のおよそ1/3が外国人のようだ。夕方であり、歌舞伎町方面に向かう人の流れも同じ程度の外国人比率で、いったい彼らはどこを目指しているのか、とてつもなく不思議になる。
スマホで写真を撮るようになり、便利だったり不便だったり、色々と思うことがある。まずいつでもどこでもかなりの精度で写真が撮れるのはありがたい。が、撮った写真を見返すとあれまあと思うこともある。この写真も、その典型で写真の上下左右が歪んでいる。一番わかりやすいのは左側の街灯だろう。
スマホのレンズの特性(魚眼レンズ的な広がりが出るが、周りが歪む)なので仕方がない。薄暗いテーブルの上にある食べ物を撮るような近距離撮影には問題ないのだが、風景、遠景を撮るとこうなる。ちなみに望遠機能を使わないで最大画角で撮ると歪みは少ない。この辺りは一眼レフカメラより使い勝手が悪い。

フラットに撮ったものがこちら、西口の高層ビル方面にあたる。小田急百貨店が工事中なのだが、ビル自体の骨組み、外郭が立ち上がっているので、あと一年くらいでビルの姿は完成するだろう。そのあと、半年くらいで内装完了か。
この写真は周辺部の歪みが少ないが(望遠にしていないため)、夕方なので光の量が足りず暗い写真になってしまう。工事中のビルに望遠でピンとを合わせたあと、望遠を外すと光量調整が出来るはずなのだが、この時はスマホが光量対応しきれなかったようだ。
高機能一眼レフカメラとの対比をしても仕方がないが、スマホのカメラ機能はそろそろ限界みたいだ。この先についてくるのはAI編集機能なのだろうし……………

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武蔵野うどん 竹國で

武蔵野うどんの話は何度もしたことがあるが、自宅近くで一番便利な店が「竹國」だ。複数の支店があり、どこも混雑しているのだが、今まで行ったことのない国道16号沿いの大型店に行ってみた。
他の店はいかにもうどん屋っぽい簡素な内装で、さっと来てさっと帰る的な雰囲気がある。この店はそれとは違う重厚な内装で、一見フレンチレストラン的な、あるいは高級個室居酒屋風な落ち着きのある店だ。
うどんはいつも通りの腰があるというより歯ごたえのある固い麺だ。今回は肉汁とカレー汁という2種類のつけ汁がつくWセットにしてみた。武蔵野うどんの店で標準的な注文量「中」は、だいたい二玉分のボリュームだ。これを一杯のつけ汁で食べると最後の方でつけ汁が薄まってしまうという欠点がある。それを補うために、つけ汁2杯がついてくるWセットは味変が楽しめることもあり、うどん好き・麺食いには待望のメニューだろう。
実際に自分が注文したのはうどん一玉なので、Wつけ汁は多すぎるのだが、味変が楽しめるからよしとしよう。
カレー汁に野菜の天ぷらをつけると、これまた楽しい変わり天ぷらになる。カレー味のかぼちゃ天ぷらは実に美味でありました。

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ファイナルファンタジー ⅹⅵ

ゲームの話だ。初代ファミコンを買って以来、飽きもせずゲームを楽しんでいる。歳を取ったらやらなくなるかと思っていたが、今ではあれこれゲームをしている。最近では指先の訓練として、脳力維持のために約だるrのではないかなどと思っている。幾つになるまでやれるものかは見当もつかないが。


まだファミコンでRPGという言葉が普及する前、ゲームの主力は任天堂の名作に代表されるアクション、つまり反射神経対応型だった。メモリー不足のためセーブデータの問題があったからだ。当時のゲーム媒体はカセットで、メモリー量の単位はKだった。メモリーがMになるには数年の時間が必要だった。
おそらく最初のRPG成功作がドラゴンクエストで、セーブデータは謎の呪文を書き留めるという、実に悲しい仕組みだった。呪文を書き写すのを一字でも間違うと全ての努力が無駄になる。それがメモリーセーブ式に変わった時は、素晴らしい開放感を味わったものだ。
そしてメモリー増強を背景に大ヒットしたのがファイナルファンタジーだった。以降、ゲーム機の進化、メモリー量の増大に合わせてDQ・FF両作品とも進化していったのだが、CG技術の進歩に合わせて動画化を進めていったのがファイナルファンタジーシリーズだ。
おそらくFF10のあたりから、ゲームというより映画に近いエンタテイメントに変わっていった。当然ながら、そうなるとマルチエンディングやストーリー分岐が採用されなくなり(動画制作の費用問題だと思うが)、ストーリーは結末に向けて一直線なものになっていく。(FF10はエンディングだけマルチ)
また、ストーリー優先のため、難度の高いアクション性は控えられ、イージーモードであれば誰でも簡単にラストまで行けるようになった。FF一桁台の諸作品はラスボス撃退のために相当なレベル上げが要求された「修行」だったをのと比べると、近作はまるで別物と言える出来になっている。

最新作がリリースされてだいぶ時間が経って、ようやくプレイする気になったのは、これ以上放置すると自分のゲーム寿命(ゲームができる体調として)が持たないかもしれないと思ったからなのだが。どうも動体視力がもう追いつかない……………

ご参考まで公式サイトはこちら →  https://jp.finalfantasyxvi.com

動画の質は並のアニメを遥かに超える。ハリウッドの大作に引けを取らない出来だと思うが、ゲーム性は多少下がっている。ただ、謎解きやレベル上げといった修行的要素が減少、簡便化されたことでサクサク進む方がエンタメとしては正解だろう。
ちなみに、全くサクサク進まない代表作はELDEN RINGで、修行好きなゲーマー向けというか修行者専用ゲームだろう。

とりあえず我が人生で多分最後のFFシリーズはもう直ぐ最終ステージになる。実はそれがとても残念なのだな。