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とうきび その2

全国にお茶製品を販売しているメーカーがなぜか北海道だけで発売している「とうきび茶」。一時期ブームになっていたコーン茶の北海道版とでも言えば良いのだろうか。
とうきびとは、とうもろこしの北海道方言だが、昔々食べていたとうきびと今の「とうきび」は別物だと思う。昔のとうきびは甘さも少なく皮も固い、果物というより野菜に近い食べ物だった。感覚的に一番近いのはさつまいもだろうか。芋の中でもほんのり甘いさつまいもと、いかにも主食という感じのするジャガイモは、芋類の代表選手だろう。その甘めで主食というよりおやつがわりに食べたいというさつまいもの立ち位置が、昔のとうきびだった。
しかし、今ではとうきびという呼び名は壊滅的ではないかと思う。北海道でとうもろこしという言い方は全く一般的ではないが、スイートコーンという呼び方がどんどんと強まっている気がする。
最近のバイカラー系と言われる、黄色と白の粒が入り混じった品種は、皮も柔らかく甘みも強い。糖度で言えばすでに果実、スイカやメロン並みの甘さだ。茹でずに食べる「生食」品種さえ一般化してきている。もはやイチゴ並みだ。

まあ、そんなとうきび事情を反映したのかしないのか、北海道限定のとうきび茶は甘みもなく、ほんのりと「とうきび」の匂いがする。
中身は一緒だが、同等バージョンとか函館バージョンとかラベルが変わるのがご愛嬌だ。ちなみに千歳空港では自動販売機で売っているが、地元スーパーではたまに見かける程度なので、北海道民はとうきび茶がだいすきというわけではないようだ。それがちょっと寂しい。

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路線バスで日帰り温泉

北海道の中央部に広がる石狩平野は、約4000平方Kmある。これは東京とのほぼ二倍、埼玉県より若干大きい。滋賀県(琵琶湖入りで)ほほ同じ面積だ。
その平野のヘリというか山際には温泉が多い。そして、自治体が運営する温泉宿もかなりの数にのぼる。その中でも自宅からバスで30分ほどのところにあるながぬま温泉は、実にお手軽な日帰り旅行向きの施設だ。
最近はすっかりに一般的になったスーパー銭湯よりお安い。休憩所と食堂は併設されているし、温泉宿特有の時代遅れになったコインゲームコーナーなどもしっかりと設置されている。クレーンゲームにはご当地キャラ人形があったりなかったり……………

1時間近くかけて、のんびりと数種類の風呂を巡る。特にこの季節であれば露天風呂が気持ち良い。実際の気温は夏なので当然高いのだが、ぬるめの露天風呂に入って外気に当たると、なぜか涼しく感じる。
何日か続いたハードワークの後に入る温泉は、沁みるなあ。当然なことに、平日昼間の入浴客はジジババばかりだが、そこがまたなんとも言えない良さがある。露天風呂で聴く蝉の声は、まさにThe 風流の趣がある。

風呂の後は、キンキンに冷えたサッポロクラシックで喉を潤す。これぞ癒しの瞬間だ。この北海道限定ビールは、ジョッキで飲むより瓶ビールが似合うと思うのだ。
この一杯のために、不便を承知で路線バスに乗ってくる。そういうおんせんのたのしみかたもあるということだ。
ちなみに、この温泉施設のすぐ下には高規格のオートキャンプ場があるし、温泉施設は宿泊もできる。もう少し違う楽しみ方もあるのだが、やはり路線バスの日帰り旅が一番楽しそうだ。

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地方都市で探すうまいラーメン屋

実家のある街にベースボールスタジアムができて一年が経ち、あれこれと問題も起きているようだ。不法駐車が増えたとか、JRの混雑がひどいとか。
特に、JRに関してはスタジアム横に新駅を作る計画だそうだが、JR北海道は実に貧乏な会社らしく、新駅投資を嫌がっているそうだ。ただでさえ千歳線は空港からの便が増発不足で首都圏並みの混雑状況になっているのも放置するダメ鉄道会社だ。だから、スタジアム行き専用デコ電で一儲けしようなどといいう発想はないようだ。
西武鉄道の球場直結駅で大量輸送して大儲けというビジネスモデルを勉強するべきだろうと思うのだがなあ。
さて、ダメ鉄道会社の話は横に置き、その地方都市で、なぜこんな場所にと不思議に思うスーパーマーケットがある。山の中と言って良い。車でなければ行く気も起きない僻地だ。たた、人気がある。広い駐車場があり(当然無料だと思っていたら、ナンバープレート撮影型の有料に変わっていた。野球開催時の対策らしい)、買い物もしやすい。アメリカ的なネイバーフッド型ショッピングモールというやつだ。全国チェーンの食品スーパーと低価格アパレルチェーン、100円均一ショップ、ドラッグストアー、そしてなぜかモスバーガーがある。
その食品スーパーの正面入り口脇にラーメン屋がある。スーパー開店以来20年近く営業しているので、ラーメン屋としては超がつく優良店だ。この店が好きなんだんなあ・

ストロングスタイルと呼びたい 懐かしい味噌ラーメン 味は濃厚

メニューはよく絞り込んであり、ラーメンとチャーハン、そして中華飯とあんかけ焼きそばだ。このあんかけ焼きそばは北海道のあちこちで人気ラーメン店の裏メニューとして隠然たる勢力があるのだが、この店でもモリモリの量のせいか人気らしい。隣の若い女性客がワシワシと汗をかきながら食べていて感心してしまった。
ラーメンは昭和後期の札幌スタンダードという感じで、新興人気店とはきっちりと異なっている。おそらくそれが人気の原因だろう。ベーシックな定番商品を磨き上げ、あまり時流に乗った商品には手を出さないのが、個人店成功の秘訣だと思う。
この味噌ラーメンはまさに昭和の味がする、というイメージだ。醤油ラーメンも同様に昭和スタンダードな代物だ。
だからと言って店内が高齢者ばかりということもない。どちらかというと若い世代が目立つ。要は味付けを含めて現代アレンジを怠っていない証拠だろう。どうもこの辺りの商品磨き上げが「外食理論」として、新規参入者に伝わっいない。外食業界の遅れであり、撤退率が高い原因でもある。やはり外食アカデミーのような企業外教育施設が必要なのだろうなあ。そんなことを、地方都市での成功店を見るたびに思う。

ちょっと近なるのは「塩味タンメン」で、北海道には「タンメン」という野菜炒めモリモリのラーメンは存在していないはずだ。おそらくこれがチャレンジメニューなのだが、首都圏で何も言わず通じるタンメン=塩味も、北海道ではわざわざ「塩味タンメン」と言わなければならないあたり、先駆者の苦労が滲み出ているなあ。

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とうきび

北海道の人口はおおよそ500万人。テレビ放映圏としては、日本で四番目の規模になる。ダントツの一位は関東圏で首都東京を含む7都県で視聴者人口はおよそ4500万人。日本の1/3を占める代償圏だ。その次は関西圏で約2000万人、続いて中京三県がほぼ1000万人。剣単体で大きいのが北海道と福岡、それぞれおよそ500万人。
この5大マーケットは地上波5社がネットされている。それ以外の県では人口規模が小さいので、テレ東やテレ朝・フジ系列が放映されていないことが多い。
何を言いたいのかというと、この5大テレビマーケットではローカル商品にテレビCMをつかって販促することが可能になるということだ。単県マーケットでCMが使われないわけではないが、市場規模が小さ過ぎて宣伝効率が悪いせいだ。
当然、ローカル放送局が作るご当地番組も視聴率が高いので、番組に出ることは高い宣伝効果がある。首都圏番組であれば4500万人が同じ情報を見るという点では「情報の届く量」は多いが、例えば渋谷のアイスクリーム屋などであると(銀座でも青山でどこでも良いが)、届いた情報が活用される(売り上げにつながる)という点では地方放送局に敵わない。宇都宮から新幹線に乗って渋谷にわざわざ行くかという、地理問題があるからだ。
まあ、北海道でも稚内に住むものがテレビで見た札幌の店に行くのかよという、同じ距離問題は発生する。ただし、北海道であれば情報発信地がほぼ「札幌」一択になるので、やはり集中しやすい。福岡も同じで福岡市内であれば天神と博多駅周辺くらいが発信拠点だろう。
だから、北海道ではローカルコンビニですらPB商品・北海道限定商品が大量に生まれる。
このとうきびもなかは、その北海道限定品の中でも歴史が古い。老舗の風格がある、絶対定番みたいなものだ。

中身もしっかりと茹でた「とうきび」を再現している。ちなみにとうきびとはとうもろこしの北海道方言であるが、その語源、原型はおそらく東北津軽地区だろう。津軽には山間部で栽培されている「嶽きび」という小型の甘いとうもろこしがある。この「きび」という呼び方が渡ってきたものだろう。
東北地方、日本海沿岸部からの伝来語には似たようなものが多いが、多くの北海道人はそれが北海道固有の言葉だと信じている。(そんなものはないのだがなあ)
そもそも、関東平野より広い地域に関東圏人口の約1/10しか住んでいないスカスカの地で、北海道標準語など生まれるはずがない。日本各地から移民してきた多彩な言語・方言が海岸部から内陸部に人が移住するに従って混合・混交されて生まれた言葉だ。
イントネーションも東北地方の各区主方言をベースに、一部西国方言までブレンドされた人工語であり、英語で言えばビジンイングリッシュみたいなものだろう。
なので「とうきび」も北海道開拓の過程で生まれた由緒正しき北海道弁なのだと思う。たしかに、スイートコーンもなかなどという商品名であれば買う気も起きない。
とまあ、風呂上がりに食べたとうきびアイスで文化的考察をしておりました。温泉で食べるアイスはなぜこんなに美味いのだろう。

ちなみに味は、まさにとうもろこしの味がするのでありますよ。絶品です。おすすめです。

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オムライスの卵抜き

いつもの洋食屋で昼飯を食べることにした。普通に注文するのは、オムライスで決まっている。ただ、ちょっとだけ気分を変えてランチセットを頼んだ。ランチセットにはオムライスセットもあるが、今回は卵をのぞいた(?)チキンライスにして見た。
オムライスにはかかっているたっぷりの赤いケチャップはかかっていないので、そこがちょっと寂しい。
が、本日は卵はいらない気分なのだ。実食した。実に美味い。普段は薄焼き卵との調和を楽しんでいるが、ケチャアプ味の飯を直接堪能するのは良いものだ。
学生時代も金があればオムライス、金がない時はチキンライスを頼んでいたが、まさにその気分に近い。(オムライスを頼むくらいの金はあるのですよ)
ただ、昔と違うのは普通盛りのチキンライスでお腹が一杯になることだ。大盛りを食べてもまだ満足をしなかった学生時代はいったいどれだけの代謝量があったのだろうか。年には勝てないなあ。

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夏の満州は……………

色味が足りないです

お気に入りの町中華チェーン、ぎょうざの満洲で今年の夏メニューを食べて見た。定番冷やし中華はすでに食べている。いつも通りだった。今年の新作はラーメンサラダという変形冷やし麺だ。札幌の名物となっているラーメンサラダは、季節感をなくした冷やし中華だと思っていたが、その語感を超えるものを作り出したようだ。
ビジュアル的に「麺料理」とは見えない。おまけにサラダという割には彩りが少ない。ごまだれの冷やし中華で麺大盛り、野菜たっぷりにするとこうなる。元祖ラーメンサラダは非レンチドレッシングベースだったが、今では現地札幌でもごまだれのバリエーション品が主力だ。
どうやら今年の満洲夏の陣は開発陣の一人相撲になっているようだ。
食べれば普通に美味いし、冷やし中華との差別化も多少はできている。ただ、そこ止まりなのだ。できれば夏場の野菜たっぷり冷麺メニューとして、もう一息改良してもらいたい。少なくとも、冬場の野菜たっぷりタンメンに対応する、夏場の野菜たっぷりな「冷やしタンメン」的なコンセプト作りが必要だと思うのですよ。
さて、夏を過ぎれば季節限定単品メニューになるはずで、できれば酢豚を投入して欲しいものですねえ。

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ちゃんぽんやのまぜそば

ちゃんぽんのチェーン店となればリンガーハット一択になる。関東では相当昔から郊外型のロードサイド店舗もあり知名度はそれなりにある。駅前繁華街にも出店していたが、最近は(コロナの前から)ショッピングモールのフードコートに大量出店していた。ちゃんぽんを全国に広めた功労者で間違いない。
ただ、コロナ発生以降、ショッピングモールをふくめて立て直しに苦労していたようだ。フードコート内にあった体力のないチェーンはほぼ撤退した感があるが、その空いたスペースを埋める「体力」のある外食企業は少ない。したがって、全国的に空きテナントが増えている。
いわゆるカフェ系メニュー、そして肉メニューの店の閉店が目立つ。そんな業界全体の動向はさておき、ちゃんぽんチェーンは複数回の値上げをしながら業績回復をしている。これは一体何なのだろう、と思うくらいの頑張りだ。ただし、主力商品のちゃんぽんは5割近い値上げになっている。ワンコインで食べる食事にはならない。簡便食というより重厚ランチ的な価格になっている。(同じことは某フライドチキン屋でも起こっていて、すでにファストフードの価格ではない)
その値上げ感を散らしたいのか、理由はよくわからないが季節限定メニューの価格が定番ちゃんぽんより低くなっている。これも外食業界では珍しいことだ。季節商品は単価アップの目的があり、定番より1-2割高くするのが定石だからだ。

太めのちゃんぽん麺はまぜそばと相性が良いはずだが、具が足りないのだよね

ということでちゃんぽん屋のまぜそばを実食して見た。まぜそばとしては普通に美味いが、トッピングがほとんどない。素ラーメンという言葉が思い浮かぶ。完食して、ちょっと後悔した。餃子を追加で頼んでおけばよかった。
ちゃんぽんやは、やはりちゃんぽんで完結してほしかったなあ、というのが素直な感想で、どうもつけ麺を試す気にもならない。確か去年まではトッピング山盛りの1000円超え商品を推していたのではなかったかな。
外食各社がそろりそろりと低単価商品を再投入し始めているのは、トランプによる円高誘導と、値上げに対する消費者の反対、つまり客数減がげんいんだとおもう。年内にはちゃんぽん500円セールみたいなことになるような気もするが、それはちゃんぽんだけではなく外食全体のムードになりそうだ。

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テレビはリアルタイムで見ない

AI作成画像 なぜか中国語表記の温泉風景も出てきたが、画像生成ロジックはどうなってるのだろうか?

はっきりとした記憶はないが、おそらく過去15年ほどリアルタイムでテレビの番組を見た記憶がない。ほぼ録画したものを見ている。リアルタイムで見る時間がある時でも録画して暇な時に見る。CMを飛ばして見るためだ。
自分でCMを作る仕事をしていながら、そんな試聴の仕方をするのはいかがなものかと言われそうだが、他人の作ったCMを見るために人気番組を録画し、番組は飛ばしてCMだけ見るという業務的視聴は別にしてきた。CMを見るのは仕事の一環だったからだ。
唯一の例外は朝のNHKニュースぐらいだろうか。ただ、それも出張先のホテルで見るくらいのものだった。自宅ではほとんどニュースを見ていなかった。複数の新聞を読むので時間がなかったせいだ。

連ドラとバラエティー系の番組は見ない。ほとんど見ないではなく、全然見ない。スポーツ番組も同様に見ない。まれにサッカー・ワールドカップの試合を見た記憶はあるが、それも翌日の話題のネタとして見たくらいだ。サラリーマン、中高年オヤジ熱愛の野球、オリンピック、そして日曜午後の定番であるゴルフや競馬も全く見ない。

だから実家に戻った時、親が見ているテレビ番組に付き合わされると、これは修行だなと思ったものだ。もはやテレビ番組は家族みんなで見るものではない。個人が自己の嗜好に合わせて自分だけで見るものなのだ。
とすると、テレビがオワコンと言われる理由はよくわかる。好きな時間で好きなものだけ見ることができるyoutubeなどのネット系動画にテレビが勝てるはずもない。米国で大規模予算投入して製作される大作シリーズも、現地で見るとCMでズタズタになっている。CMの量は体感的に日本の二倍以上入っているので、米国でネット配信が主流になったのも無理はないと思う。
そういう時代だからこそ、ネット動画にCMが割り込んでくるときに感じる不快感はテレビの比ではない。CMを外すための有料サービスという、広告媒体としてはありえないオプションが生まれる原因だろう。配信動画の世界は奇々怪界というしかない。が、テレビ番組よりはマシだ。

よくみるテレビ番組リストを作ってみた

番組名放送局
英雄たちの選択BS NHK
歴史探偵NHK
新・鉄道ひとり旅CS鉄道チャンネル・TV神奈川
飲み鉄一人旅BS NHK
ひろしのぼっちキャンプBS TBS
ひろしのひとりキャンプのすすめKAB・JCOM
秘密のケンミンショー日本テレビ
バス旅シリーズテレビ東京

などと考えながら自分の視聴リストを改めて見返すと、いかにも中高年の偏屈オヤジっぽいなと思う。どの番組も共通する特徴がある。まず、出演者が少ない。今時の旬である芸能人はほとんど目にすることがない。鉄道・キャンプなど旅系にかたよっているが、それもソロ活動ばかり。いかに人と群れることが嫌いかというのがあからさまに見えてくる。
おそらくこの先は、ヒトの出てこない「ディスカバリーチャンネル」とか、もう死んだヒトしか出てこない「歴史チャンネル」しか見なくなるのではないか。お天気予報ですらテレビで見なくなっているし。人嫌いも極まりつつあるらしい。

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リモデルについて考える

このチェーンのラーメンは好みだが、いまどき熟成醤油にどれくらい強さがあるかなあ

川越の繁華街を歩いていたら、見慣れた看板を見つけた。ただ、このラーメン屋は郊外のロードサイドに大型店を構えるのが標準だったはずで、いわゆる繁華街立地の店ではなかったのだかなあ。などと思ってしばらく眺めていた。
そして、この店になる前の業態を思い出した。一人焼肉店だったはずだ。某一人セルフ焼肉店がチェーン店かして全国展開を始めた後、このラーメン店を運営する会所も実験店として一人焼肉を始めた。どうやらその店を閉めて既存の成功業態へ転換したらしいのだ。
ラーメン店も競争は激しいが、実はこの川越の繁華街に競争相手になるラーメン屋はなぜか少ない。居酒屋業態は全国チェーンが全部で揃うほどの過密競争地帯だが、回転寿司やラーメンという高速回転の店が少ない。無風地帯とは言わないが50mおきに競合業態が並ぶほどでもない。(居酒屋はもっとすごい密度で出店している)
焼肉からラーメンとは、なるほどなあと思ったが、よく考えるとやはり郊外型店舗の巨大さ、目立ち方から比べると随分と小ぶりで控えめだ。この先どれくらい持ち堪えられるか、半年間隔くらいに見てみようかと思った次第であります。

首都圏で考えると、ロードサイド主体のラーメンチェーン幸楽苑に対して、駅前徒歩立地主体の日高屋が熾烈なラーメン店バトルをしている。外食業では典型的な「立地モデル」争いだろう。だから、直接行号は起きにくい。それだけに郊外型が主軸のコンセプト・業態のラーメン店が繁華街徒歩立地に出ると、相当にモデルチェンジが必要なはずなのだ。幸楽苑はそれに失敗して郊外型主体に戻って行った。日高屋も駐車場併設の大型店は諦め、駅前ちょい飲み立地に集約している。さほどに立地と業態は密接な関係がある。
なので、この暑い時期が終わったら試食をしに行ってみようかなと思っているが、郊外型の店が繁華街型の店にあれこれと調整していくの見るのは楽しみだなあ。

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焼肉ジュウジュウ 続き

ショッピングモールの最上階にあるレストラン街に焼肉店を開けると言うのは、最近では定番仕様らしい。ただ、焼肉店特有の煙が外に漏れ出ることもなく、匂いにそそられてふらふら店に入ってしまう危険性は薄い。(それがちょっと残念でもあるが)
あの匂いによる欲求は、ヒト種族の動物的部分を鷲掴みにする始原の本能みたいな物なので、実に逆らいがたい。肉の焼ける匂いと比べると、揚げ物の匂いやうなぎ蒲焼の匂いなどは、後世になって発明された歴史の浅いものだけに、インパクトは一段落ちると思う。(料理としては洗練されているが)
肉の焼ける匂いはヒトが火を使い始めて最初に学んだ料理技術の賜物で、もはやDNAに刷り込まれているのではないか。それくらい文化的考察をしたくなる「美味」の原初だろう。

たれは最低三種用意してもらいたい

ところで、焼き肉の旨さに関することで聞いなることがある。昨今の塩で物を食べる流行に著しい不満があるからだ。要するに、塩味は人類が最初に発見した原始の調味料(そして、必須栄養分でもある)だ。だから旨さ自体は否定しない。人類が調理に使った最初の味と言っても良い。
ただ、人類の「文明」は、塩よりもっとうまい調味料を開発することで進化してきた物だ。フレンチも中華料理もトルコ料理も、美食と言われる料理は基本的に調味料の変化と調理法の変化で組み立てられているし、それが料理の、ひいてはうまさを感じる文化の形成してきた。
大航海時代は香辛料を安く手に入れようとする「食欲」に引きずられた文化低開発諸国の強欲から生まれた物だ。食欲は世界を変える力がある。


その延々と積み上げてきた文化に対して、素材の旨みを活かすには塩でシンプルに食うのが良いなどと原始回帰、いや原始怪奇と言いたいくらいの「文明退行を礼賛する」のは大馬鹿者でしかないと思っている。
そんなに塩が好きなバカ舌しか持っていないのであれば、料理など食わなくて良い。どこかの山の猿集団のように、海水に物をつけて食っていれば良いのだ。猿のレベルまで文明退行を起こしたものはすでに人類ではないぞと言いたい。


と言うことで、鮨屋でにいって、これは塩で食えと言われたら、2度とその店には行かない。文化と歴史を舐めるなと言いたいし、時代に迎合したバカ舌の持ち主と蔑むことにしている。料理人たるもの、つけだれの調合(例えば香り付けした自家製醤油とか)くらいできないのか。
だから、焼肉屋で塩で食えと言われると、これまた吐き気がするくらいうんざりするのだ。塩で食べる焼き肉で満足していたら、ヒト族は今でも原始の暮らしをしているはずではないか。
つまり焼肉屋の文化度、あるいは進化度は「たれ」で決まるのだと言いたい。料理として考えると、肉の質はその次だろう。
ちなみに、焼肉の本場韓国に行って(韓国が焼き肉の本場で良いのだろうかは確信がないが)焼肉屋に行った時、タレがなかったのに衝撃を受けたことがある。韓国人の友人にわせると、焼肉のたれをつけて食べるのは日本人だけが行う邪道だと冷ややかに言われた。
ただ、最近は日本の真似をしてタレを置く店も増えているのが嘆かわしいとも言っていた。今ではどうなのだろう。異文化交流だったのだろうが、日本に渡って韓国焼肉文化がなぜか日本化する過程で「たれ」を生み出した。そして、そのタレ付き焼き肉という野蛮な風習が、本家帰りをしてまた一段と本国で進化する。みたいなことが起きると食文明の発展に貢献するのになとは思う。韓国風の焼肉ダレはどんなものになるのだろう。たぶん、もっと辛くてもっと強烈になるか、全く塩味が感じられないものになるか。(韓国宮廷料理など非常に塩味が薄いので)

細やかなサービスは接客だけでは表現されない

まあ、そんなことを考えながらランチ焼肉を食べていたのだが、日本的な進化としては肉の上に「何の肉なのか」の説明書きが添えらえていることだろうか。これは居酒屋甲子園でグランプリをとった店が、刺身盛り合わせで始めた手法だ。それが焼肉店に応用されている。
比較的安めの価格設定であるランチでこの仕組みが採用されているのだから、当然ディナー帯の高価格品でも、ハイスペックな対応が仕組まれていることだろう。塩だけで満足している連中から、この手の進化は生まれない。(個人的偏見です)

例えば、タレを3種類入れることができる区分け皿も、今では当たり前のように見えるが文化的改良だと思うし、使い捨てのおしぼりに使われる不織布も文明の表れだし、竹の割り箸を使うのは昨今のSDGs大好き世論への対応だろう

無煙ロースターに始まる焼肉レストランの進化は、ひょっとすると時代の最先端なのかもしれない。少なくとも排煙装置もない狭い店で七輪で焼いた煙まみれで、人間燻製になりそう始原の焼肉屋から比べると、文化度は著しく高い。現代焼肉屋はヒトの文明の高みであり、知恵と努力の営みとして極めて真っ当なものであります。
うまい肉とタレに感謝しかない。塩味で食べろというのであれば、小皿に塩を盛って出すのではなく塩だれを開発してくれ、といいたい。