街を歩く

昔はもらっていたものだが

「ギョウジャニンニク」の醤油漬けが土産物として売られていた。なかなかよく目立つデザインでもあり、つい一瓶買ってしまった。熊笹エキス入りと書いてあるが、一体どんなものが入っているのか興味があるが、青汁みたいなものだろうか。

行者ニンニクは北海道各地で自制している。季節になると山に入って撮ってくる人も多い。昔は、札幌駅前通の一角で、ゴザを敷いて人やマイクラで売っているおばちゃんたちがいた。素人が撮りに行ってもよく見分けがつかないらしく、山のおばちゃんの良いアルバイト仕事だったらしい。そんな姿も今では見かけない。
ぼんやりとした記憶だが、北海道北見の周辺で、行者ニンニクと韮を交配させた物が栽培されているはずだ。いわゆるニンニク臭が控えめで旨味は多い。行者ニンニクは山に行って苦労しなければ手に入らないから、畑で取れるようにしたのだ。素晴らしい。しかし、結局のところ市場に出回ってはいないようで残念だ。

子供の頃は、アイヌネギと呼ばれていたが、いつの間にかポリティカルコレクションなのか、ギョウジャニンニクと呼称が変わっていた。今ではアイヌネギなどという言葉を覚えているものは高齢者だけだろう。
まあ、名前がどう変わっても、うまさに変わりがあるわけではない。が、この醤油漬けは販売されるようなものではなく、山菜鳥の名人が作った自家製を分けてもらうものだった。文化の継承とか、嗜好の変化とか、山菜採りにおけるクマ被害とか、色々なことが頭をよぎってしまう。やはり、そんな課題を解決するにはプロにより製造販売されるのが望ましいのだろうなあ。ちょっとほろ苦い気分になるが、これを肴に冷酒を一杯やれば、すべて解決しそうな気もする。

街を歩く

居酒屋の蕎麦に感嘆した

自宅近くに居酒屋チェーンの郊外バージョンの店がある。平成の一時期に流行った、繁華街ではない立地への出店で、飲酒運転の厳罰化に伴い衰退したコンセプトだ。ただ、この店は立地自体が駅前にある駐車場併設という奇妙な形態をしていて、両隣に大手ファミレスチェーン店がある面白い場所だ。結局、コンセプトは居酒屋とファミレスの中間店を行ったり来たりしながら、最近の改装により酒を飲めるファミリーレストランという業態を確立したようだ。おかけで高齢者の昼飲みスポットとしてランチタイムも賑わっている。

コロナの時期にはやった昼営業の飲み屋業態は、コロナ後平常運転に戻り昼飲みの場所が激減したが、生存者利得はやはり存在する。すっかり昼のみに味を占めた高齢者が11時の開店を目掛けて集まってくるのだから、業界関係者は再度、自社の業態やコンセプトを見直した方が良いのではないだろうか。ランチ営業の王者であるラーメン店も、日高屋のような高齢者昼飲み需要を捕まえていないと、空席が目立つようになっている。
ましてや定食屋や蕎麦屋など、ランチは良いがディナー帯の弱い業態は本格的な変革がひつようなのだとおもうけれどねえ。

というようなことを考えながら、居酒屋のランチにあるまじき「かもセイロ」を頼んでみた。冷凍麺の性能が上がっているせいか、普通の蕎麦屋と変わりない質だったので驚いた。そばの盛りは通常の蕎麦屋の8割くらいで少なめだが、夜の締めとしても利用しているのだから、そういう設計なのだろう。なかなかよく考えられていると感心した。蕎麦屋の二毛作はうまくいかないことが多いらしいが、居酒屋の二毛作はやはり業界のエアポケットみたいなものなのだろうな。落とし穴という意味でみんな手を出してうまくいくのはごくわずか。

街を歩く

新橋で飲んだ

新橋で打ち合わせが終わった後、駅前で軽く飲むことになった。新橋に来たのは何年ぶりだろうと思うくらい、最近は近寄る機会がなかった。去年、東京の東側で行った場所は神田くらいだ。日本橋は2年前に行ったきりだし、少なくとも山手線の東半分にはほとんど足を踏み入れていない。
新橋はやたらと飲み屋があるが、どこで飲もうかと思ってもさっぱり思いつかない。昔は月に一・二度くらいの頻度で訪れていたはずなんだがなあ。新橋駅前ではなく虎ノ門寄りにいくことが多かったせいだろうか。
ふらふらと歩いていて、ちらちと見えた看板に見覚えがある。ちょっと記憶が混乱していたのだが、赤坂にある土佐料理の店と記憶が入れ違っていた。あれ、なんでここに広島の酒屋の店が……………赤坂にあるはずでは、という感じの勘違いだった。
確かにこの店は、駅前で便利なので度々使っていた。コロナの生き残りとしては尊敬すべき店だと思う。開いてて、よかった。

店は小ぶりで、いかにもお江戸の居酒屋らしい席が密集した作りだが、そこは文句のつけるべきところではない。席につき箸袋を見てなんとなくジンときた。広島の繁華街にある同名の直営店には、よくお世話になったが、あちらは割烹に近い高級料理店だった。こちらは新橋駅前のサラリーマンにとって憩いの場所だし気軽に入れる。
注文するのは当然ながら日本酒の「冷」だが、料理は同行した知人に任せることにした。高知から来たお客さんで、お江戸の食べ物が口に合うかどうか自信がない。せめて、自分の食べたいものを注文して貰えば良いと思った。
案の定、テーブルの上に出てきたものは、揚げ物や野菜料理で、魚は姿もない。漁師町から来た友人に東京で生魚を勧める無謀さは持ち合わせていないので、逆に安心した。


広島の本店?では、よく広島名物の小鰯を頼んだものだが、こちらの店では見かけない。鮮度が命の魚だから仕方がないが、「コイワシ」はまた一度食べてみたいものだなあ、などと冷酒を飲みながら思い出していた。

新橋で群れをなして歩くサラリーマンを見ていて、コロナとはなんだったのだろうかとぼんやり考えたりもして。久しぶりの新橋の夜はなんとも微妙な生ぬるさでありました。

街を歩く

すすきの今昔

今のススキノを代表するような小洒落で小粋な店だった 「凛」

すすきの Now

札幌の友人とたまに飲みに行くのだが、「ススキノ」のど真ん中で飲むことはほとんどない。「ススキノ」の手前というか、ハズレの個性的な店を選ぶことが多い。「ススキノ」の中では今でも違法を承知で客引きが横行しているし、あれは実にうるさい。一度だけ客引きに連れられて行った店も(居酒屋だが)、客引きに払う手数料が乗せられていたようで、実にコスパが悪い記憶がある。
事前にネットで予約をするなどして、対策を取れば良いのだろうが。隠れていた良い店は、いつの間にか人気店になり、ぶらりと入って席が空いていることはほとんどないから。結局、また隠れ名店を探すことになる。
そんなススキノの近くにある(個人的にはオフ・ススキノと呼んでいる界隈)で、最近オープンした小洒落た店に案内された。
接客担当の女性が、お給仕さんと呼びたくなる和装で襷掛けをした方だった。女将かと思ったらどうやらアルバイトのようだ。見た目、特に服装は飲食店で大事だなあと改めて思った次第。お店のコンセプトは京都の小料理屋のようだ。メニュー自体は創作和食というカテゴリーだろう。

この手の器には心を持っていかれるなあ 器の美は料理の一部

出てくる料理は皆小ぶりなので、小皿料理が延々と出てくる感じだった。季節により出し物を変えていくことは予想できるので、次は冬の寒い頃に来てみたい。ふと気がついたことだが、最近は居酒屋も含めて刺身、生魚を注文しなくなった。特段、何かを意識しているわけではないのだが、肉や魚に関して興味が薄れてきているような…………… 老化だなあ。

昔のススキノがそのまま残る感じがする老舗

すすきの Then

二軒目には、いつもの老舗バー・ヤマザキに行ってカクテルと洒落込んだ。まだマスターがお元気だった頃は、切り絵をしている姿を見かけていた。客の横顔を切り絵にして見せてくれたものだが、今でもそれを保管されているとのこと。
物静かな方だったが、たまにはお話もした。懐かしいなと思う。そういえば、このバーで初めて「山崎」を飲んで感動したのだった。ウィスキーといえばサントリーホワイトかオールドしか知らなかった時代だった。
以来、「山崎」を愛飲していたのだが、今ではすっかり高嶺の花になってしまったのがちょっと残念。そのおかけで最近はカクテル三昧になっている。
山崎が手に入れにくくなった時には、ニッカウイスキー「余市」そして「竹鶴」に鞍替えしていたのだが、それも手に入らなくなった。輸出して品薄になる前に国内で販売して欲しいものだ。

どちらのお店も静かに酒を飲みたい時には、実に良いと思います。

街を歩く

久礼の町飲み

久礼の名所? ろんどなあ(店名は漢字表記です)

高知県中土佐町久礼は港町、漁師町で港沿いに広がる小ぶりな町だ。そこで、元漁師のあきさんさんがやっている店に行ってきた。一軒目の居酒屋であれこれ食べた後、静かに飲みたいなと思っていたのだが、なぜかこの日に限り?狂乱の久礼小学校同窓会に巻き込まれてしまった。普段は滅多に歌うこともないカラオケを、何曲も歌わされる(半強制だった)始末で、店から帰り道はどっと疲れを感じた。
まあ、それでもあきさん、みほさんと飲む酒は実に高知っぽいので、我が第三外国語である高知弁(久礼弁)のヒアリング能力を確かめるためには、必須コースなのでもありますよ。
でも、次回はもうすこし静かに飲みたいなあ。懐かしのお宝レコードでもかけながらね。

久礼の隠れ名店 「お惣菜」 食べかけであわてて写真を撮りました

この店に行く前の居酒屋は、これまた質実剛健な料理の店だ。元ホテルの料理長だったと聞いている店主が作る料理は、味は良いのだが見かけがどうも簡素すぎる。どうやら自分の店で料理すると、見栄えなどあまり気にしなくなるらしい。漁師町のお客は見栄えを整えてもオーっと唸ってくれることはありそうもない(個人的感想です)ので、手抜きというよりニーズの不足だろうなあ。かつおを皿鉢という大皿にドカンと盛った方が喜ばれるのは間違いない。
出している料理はどれも家庭料理っぽいのだが、味はプロ仕様というなかなかの優れもので、味付けは濃いめ。おまけに漁師町なのに意外と魚料理は少ない。そういえばこの店で刺身を食べた記憶がないなあ。(魚屋の大将が持ち込みでカツオを持参するくらいだ)

大都会の居酒屋と比べて、ホッとする落ち着きがあるは、この町のせいだろうか、それとも大将のおかげだろうか。

街を歩く

楽しい昼飲み会場

札幌大通り公園で開催される屋外イベントが、ここ10年くらいでずいぶん増えたような気がする。コロナの間は中止になっていたが、アフターコロナになると以前より規模が拡大したみたいだ。
2月の雪まつりは屋外イベント最大だと思っていたが、今では夏のビアガーデンや、このオータムフェストの方が活気があるように見える。開催期間を考えると12月初頭に行われるミュンヘン・クリスマスより大規模かつロングランだ。通常であれば10月はもはや昼でも寒さを感じる時期のはずだが、この日は気温27度、半袖でも軽く汗ばむ陽気だった。北海道で急速にエアコンが普及しているという意味が体感できる。

駅前通りから西に向かっていろいろな出展会場があるのだが、入り口は大手食品問屋のブースだった。臨時店舗の割にずいぶん立派だし、どうやらこの店で儲けようということではないみたいだ。
日頃からお付き合いをしている食品飲料の商売相手に対する宣伝広告塔だろう。ひょっとすると立ち飲みしながら新製品の紹介もしているのかもしれない。流石に真昼間から立ち飲みする客はいないのが、ちょっと残念な気がした……………
が、隣の5丁目会場にたっぷりと飲んでいる人たちを発見した。短い北国の夏を謳歌するということではなく、長く伸びた夏の最後を楽しむ的な飲み方のように見える。

会場ごとの特徴が案内されている掲示板だが、字が小さすぎるなあ

大通公園4丁目から11丁目までを使った大会場で、丁目ごとの会場でいろいろな特色を出している。端から全部試していくと、最後の会場に辿り着く頃には酩酊状態になるのは間違いない。晴れた秋の日を何日かに分けて、のんびりと探索するのが良さそうだ。短期間しか滞在しない観光客相手ではなく、地元民相手のイベントらしいので、期間パスとか複数回利用可能クーポン(市民限定)みたいな要素があると面白そうだなあと思った。毎日一杯飲める定期券みたいなものもあれば良いのになあ。しかい、札幌の秋はいったいいつやってくるのだろう。このままだと、夏が終わったら冬みたいな感じなのだけど。

街を歩く

時代の変化に気がつくことがある

定期的に高知の繁華街をブラ歩きしていると、時々あれっと思う光景に出会う。こちらは2-3年ほど前に開店した(?)パン屋さんだ。なぜ、高知に銀座のパン屋がと思ったから、うっすらと記憶にあるのだが、実際はもっと前から開いていたのかもしれない。
当時は、高級食パンブームの最終期だったので、今更お高い食パン打を売って大丈夫かなとも思っていた。
そもそも、このパン屋の店名にある屋号に覚えがないのだ。銀座のどこかに、自分の知らない隠れ家的パン屋があるのかもしれない。銀座三越や松屋といった百貨店の中に入っているのだろうか。あえて調べるほどの興味もないので、そのまま放置しているが……………。大きな暖簾が印象に残るが、屋号は覚えきれないくらいの薄い印象だった。

ところが、その食パンの店が、なぜか変形菓子パンを大々的に売り始めたようで、なんだかうどん屋がラーメンを新発売と言っているような感じがする。本業の食パンを立て直すのは諦めてしまったのだろうか。高級食パンをリードしていたいくつかのブランドもすでに撤退モードだし、例のホリエモンがプロデュースした北海道十勝のパン屋もだいぶ消滅しているらしい。
平成の貧乏が産んだ数少ないアッパーな食品ブームは、令和の原材料値上がりで息の根を止められつつある。
高知のこの高級食パン店が、この先どういう対応をしていくのかちょっと真面目に観察してみよう。とりあえず、次回行った時は、間違いなくこの「新種パン」を試してみなければなあ。決して応援するのではなく、新種パンの品質とコスパを確かめておくために。
でもこのパン、神戸のどっかで見かけたものによく似ているが、気のせいかな……………

街を歩く

現代土産物事情

実家の実家(変な言い方だ)がある町で、道の駅に立ち寄った。実はこの町で昼飯、晩飯を食べようとするとなかなか場所がない。人口が少ないせいもあるが、基本的にファミリーレストラン的な大衆食堂すら無くなってしまったせいだ。ラーメン屋、すし屋、蕎麦屋はまちの中のどこかにあると思うのだが。その点、道の駅には大きめのレストランがあるので重宝する。食事のついでに売店ものぞいてから帰る。たまにいくからこそ、その品揃えの変化を楽しんでいるのだ。しかし、今回は色々と衝撃的な変化が起きていた。
ちなみにこの町は山の中の元・炭鉱町なので水産物は限りなく取れないと思う。川に鮭は登ってくるのだろうか。石狩川の途中まではカムバック・サーモンしているはずだが。
その酒とは縁もゆかりもなさそうな町で、なんとサーモン推し商品がある。なんだか、これはうまそうだ。ついふらふらと誘われて一瓶買ってしまった。

そして、もっと衝撃だったのが「米のお土産パック」だった。ぱっと見ではお茶とか、粉物なのかと思ってよく見たら……………

この米不足のご時世で、銘柄米が土産物になるというのがもすごいが、一回使い切りパックという発想がもっとすごい。450gなので、だいたい3合くらいだろう。

品種も選べるし、化粧箱も揃えてあるので、自分好みで3種類の詰め合わせを作ることも可能だ。この発想は実に柔軟で、道の駅で見かけるご当地名物的な土産物の中では、頭一つ飛び抜ける優秀作だと思う。
このような「情報を食わせるタイプ」の商品開発が、人口一万人に満たない地方都市で可能になるのは、やはりネット社会のせいなのだろうなあ。この米売り場の前でしばらく立ち止まり、じわっと感動していた。
このお米屋さんすごいぞ。と思いながら、ふと思いついたのだが、これと同じことをどこかの道の駅が最初にやり出したのかもしれない。思いあたることはないが、調べてみる価値はああ理想かなあ。

街を歩く

味噌ラーメン この夏の一番

北彩の味噌ラーメン シンプルなルックスがよいねえ

北広島市のスーパー内にあるラーメン屋はもう10年以上営業を続けているので、ラーメン業界では老舗の仲間入りをしていると思う。特別なメニュー、例えば〇〇スープにこだわった、みたいな蘊蓄は一切ない。味噌・塩・醤油の三大ラーメンにトッピングの変化があるくらいで、変わりメニューとしてはあんかけ焼きそばと魚介ニンニクラーメンがあるくらいだ。
それでも平日の昼時は大人気で、たまには待たされることもある
この店のラーメンは安心感のある札幌スタンダードと言えば良いのだろう。観光客が押し寄せるような立地でもないし、地域の常連を相手に堅実な商売をしている様子だ。
個人的には味噌ラーメンを愛用しているが、これはお江戸界隈で出されている味噌汁のようなラーメンでもなく、お江戸でも新興勢力なラーメン店が出す魚介豚骨Wスープ的な濃厚でめんどうな味付けでもない。味噌の味がどんと響いてくるので、どちらかというと夏向けではなく冬向けのメニューだ。
やはりこの夏に食べた味噌ラーメンの中では、こいつが一番良い出来だったと思う。実に暑い夏だったが、冷やし中華と同じくらい熱々の味噌ラーメンをよく食べたなあと、思い出しながら食べた。
多分、北海道でもラーメン店の中は冷房でキンキンに冷えていたせいだろう。昭和の頃は、冷房なんてラーメン屋にはなかったので、夏はラーメンうぃ食べるのは諦めていたものだ。時代の進歩はありがたいのか、季節感をなくしただけなのか、あれこれ考えてしまいますねえ。

街を歩く

赤煉瓦庁舎 リニューアル

北海道庁の旧庁舎、通称赤煉瓦庁舎がお化粧直しをしてリニューアルオープンした。ただ、押し寄せているのは外国人観光客ばかりで、中に入ろうとしたが、かなりの混雑ぶりなので諦めた。今回のリニューアルで入場には300円を払って入るような仕組みに変わった。
遠目に見ると前と変わりないが近づいてみると、あちこちで古びていたレンガも秋雨然されたようで、綺麗になっている。
北海道開基100年を祝う式典の時に、現在の形、つまりセンターにドームがあるように復元リニューアルされた記憶があるので、今回は50年ぶりの大改修だったのだろうなあ。まだ庁舎内に自由に入れた頃、構内の床が板張りで防腐剤の油の匂いがしていたのを覚えているのだが、今回はどうなったのだろうか。
北海道は人口500万人を抱える大地方自治体なのだが、その割に本庁舎がこぢんまりとしている。札幌圏が人口250万人くらいだから、大きく分けると札幌とそれ以外の地方都市の集積になる。北海道内の東西南北に拠点を張り巡らす分権地方政治体制なので、本庁がコンパクトに住んでいるというのもある。
ちなみに地方拠点は昔は支庁、今では総合振興局問い名称で各地に出先機関が配置されている。支庁の大きさは役人が概ね鉄道を使えば日帰りで行き来できる範囲で設定されているのではないかと推測している。今では自動車での移動が可能だし、高速道路もかなり整備されたので、基本的には札幌を除く北海道を四分割くらいすれば統治可能だと思うが、そうすると役職が減るので役人は誰も賛成しないだろうなあ。

札幌中心部から車で30分も走らずに、周り一面が大農業地帯になるので、道路もの維持が大変だろうが、本州の人口稠密知多と比べれば地方行政は簡単ではないかなあ、などと思っているが……………まあ、元々が北からの侵略に備える国防地帯であり、冷戦終了までずっとその体制を維持していた時と比べればねえ。ちなみに、北海道では僻地にある田舎道でも戦車が通れる規格になっているらしいですよ。