街を歩く

高齢者御用達の居酒屋が空っぽ

本日は高田馬場て打ち合わせを兼ねた会食。選んだ場所は安めの居酒屋で開店と同時に高齢者で満席になるところなのだが、やはりというか想定どおりガラガラで。

これで予防と消毒以外の消費は、全て巣篭もり対応になるのだな。

昼に見に行ったレンタル店では子供を連れた母親がちらほらという感じで、買い物は午前中に行動する高齢者はスーパーにも見当たらず。

喉元過ぎるまで2週間、外食産業を含めしんどい目に遭うところは多いだろう。ただし、2週間過ぎてこの我慢が続けられるか。確か先の大震災のときも2週間ぐらいでジタバタするのが終わったように記憶している。今回はインフラが生きているから、圧倒的に凌ぎやすいはずだが・・。

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中華 五十番

のれんの上に書かれている「創業昭和36年」は、1961年ということだから、
来年で還暦になる中華料理屋としては「老舗」の貫禄というところだろう。

昔々に通っていた頃は、狸小路3丁目、サンデパートの地下にあった。サンデパートはいつの間にかなくなり、ここしばらくはドンキホーテに変わっていたが、今やビルごと建て替え中で、我が愛する五十番は消滅かと思っていた。ところが偶然ネットで発見したので、移転先に五十番を訪ねに行った。おまけになんと引っ越した五十番は2軒あるらしい。

一つ目が札幌地下街の東の外れ、テレビ塔近くのビルの地下にある。
久しぶりに酢豚を食べた気がする。ここの酢豚は、一番オーソドックスというか、自分の中にある酢豚のイメージに近い。学生の頃から玉ねぎとにんじんと竹の子の組み合わせは基本中の基本だと思っていた。その後、世の中にいろいろな酢豚があることを思い知る。

酢豚を食べた後で、ラーメンを食べるか、一品料理を追加するのにいつも迷う。それくらい量が少なめというか酒の肴的にちょうど良い。

もう一軒は、札幌地下街南の外れにある。ススキノのショッピングビルの地下にあるのだが、このビルもまた取り壊しになるそうで、2度目の引っ越しは大丈夫かと心配になる。メニューは昔懐かしのラインアップだが、お値段は随分とこなれている。

この店では、ビールを頼むと小皿に入った柿ピーが出てくる。これぞまさにお通しというか、昔はデパートの大食堂でも、ピーナッツの小皿がビールについていたもんだなどとノスタルジーに浸ってしまった。
デパートの大食堂で、握り寿司とラーメンとカツ丼が同じテーブルに並び、子供たちはそこにチョコレートパフェ を追加していた。今のように専門店が利用できるような時代ではなく、庶民の外食の場といえば、大衆食堂、街の中華料理屋、デパートの大食堂くらいしかなかった。

余談だが、札幌三越の最上階に大食堂もどきがあることを、しばらく前に偶然に知った。北海道のうまいもの市みたいなイベントに行った時に発見した。すでに絶滅しているものと思い込んでいた「デパート大食堂」に、次回は挑戦してみたい。

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行列の話 男も並ぶチョコレートは大人気

札幌駅で所用があり、開店前の大丸の前を通りかかって大行列を発見した。ちょうど新型コロナ来襲の時で、これはマスクの大量放出でもあるのかなどと思いながら、ついつい何の行列か確かめたくなった。

10時過ぎに大丸が開店し行列が進み始める。自分の所用を片付け戻ってみると、まだ店外に行列は伸びていると言うか、長くなっていた。そこで、行列の先頭をたしかめにいくと・・・。

これで行列の半分くらい

一階のブランド物が立ち並ぶゾーンで、まさかのお菓子の特設会場だった。どうやら東京に数店しかないブランドが出張してきているようだった。それにしてもこの行列の長さはと思うい一方、大方が女性であるが、中には男性も混じっていて、それが言っては申し訳ないが、「俺、甘いものには目がなくてさ」的な感じがあまりしない。どちらかと言うと、誰かに言われて渋々行列に並んでいました的な、お使いモードのような気がして仕方がない。
ただ、バレンタインチョコの世界では男性の購入がとてつもない勢いで伸びているらしいので(おそらく自己消費専門だろう)、甘いものに男女差はないと言うか、男性客の大人買いが目立っているそうだ。

甘い物好きに男女の差はない?

そのあとで、調べ物ついでに札幌駅ビルのレストラン街に行ったら、これまた開店前から大行列ができていたのが「帯広の豚丼」屋で、これまたすごいなと覗きに行った。小ぶりな店で店内の客席が少ないこともあるのだろうが、どうやら人気の中心は外国人観光客らしい。店頭にある順番待ちの記名シートを見ると、何と日本人名は半分以下、大多数がカタカタかアルファベットでチャイニーズ的名前がずらりと。
これはこれですごいことだと思う。行列という「かなりどうでも良い日本文化」に触れながら、日本食を楽しむ。それが鮨や天ぷらといったオーソドックスなものではなく「豚丼」という北海道の、それも帯広周辺の局地的なローカル食にこれだけ食らいつくとは・・・。

ほとんどが海外からの人たちと思われる。
いつも行列で、今まで一度も入っていないのが残念

確かに札幌でもスープラーメン、回転寿司、ジンギスカンなどの有名店では行列が必至だが、その中に外国人観光客がかなりの比率で混じっている。大型の居酒屋でも会話は日本語とチャイニーズが半々くらいだったりするからびっくりする。札幌も大都市だが、行列までグローバル化するとは、いったい何がどうなっているやらという感じもする。ただはっきりとしているのは、この10数年で日本がすっかり貧乏国になり、開発途上国から来る旅人ですら日本が割安と感じていることだろう。逆に日本人が海外旅行すると、その物価の高さに閉口する時代になったということなのだ。
その昔、日本人が海外にブランド物を買いあさりに行っていた時代はすっかり過去のものになり、貧乏になった日本人はお金持ちの海外観光客に、日本人には売れなくなった高い物を買ってもらう社会になったということだね。

などと行列を見物して思った。

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川越で利き酒をする

小江戸川越は、今や関東有数の観光地になった感がある。古い街並みを残しつつ、商店街を含めた街づくりが効いているのだろう。その川越で東武鉄道川越駅から西武鉄道本川越駅に向かう商店街の外れに、ききざけ処がある。隣は和食レストランで、旨そうなメニューが並ぶが、とりあえず店内に入ると・・。

角打ちしましょうの看板があり、なんと昼から堂々と日本酒が飲める。お江戸の門前仲町の酒屋も、お不動さんの参詣客に昼から飲ませているが、ここはもっとストレートだ。

お猪口は山盛りにされていて、自分で取ってくる。追い水は、これまたセルフサービスで持ってくる。店内の解説によると、江戸時代に関西からの日本酒が江戸市場を独占していた時期があり、幕府が江戸からの資金流出を嫌い、現在の埼玉県あたりで酒を作ることを奨励したのが、埼玉県下に造り酒屋が多い理由だそうだ。地産地消の進めというより、東西経済不均衡が理由というのが何やらきな臭い。

そして利酒のやり方だが、自動販売機のような陳列機がある。ここに隣にある引換コインの自動販売機で500円を投入し、コインを4枚手に入れる。このコイン一枚でお酒が一杯買える仕組みだ。機械の右側にある酒出口の下に猪口を置いて、好みの銘柄のボタンを押すと、およそ30mlほどの酒が出てくる。

埼玉県下の酒蔵から30種類以上の酒が提供されている。本醸造から大吟醸まで各種取り揃えで、自分の好きなものを選んで飲むのだ。

とりあえず、ラベルで選ぶのもよし、銘柄や醸造元で選ぶでも良い。コイン4枚で、ほろ酔いになるくらいの加減だ。このコインで、カウンターで肴も買うことができる。おでんや乾き物など簡単なものだが、500円単位の買い物なので、酒と合わせて1000円もあれば楽しめる。

  • 試した酒は
  • 12番 金勝山・本醸造 晴雲酒造(小川町)
  • 22番 天仁・大吟醸 横関酒造(美里町)
  • 31番 神亀・純米 神亀酒造(蓮田市)
  • 35番 清地村・孫米 関口酒造(杉戸町)

たまたま行ったのは昼過ぎくらいのタイミングで、それなりに一人で飲む人、カップルで楽しむ人など、昼酒を楽しんでいる。立ち飲みなので長居はしないと思うが、10−15分程度のお気楽さが程よい。
川越名所といえるかは横に置いておくが、散歩のついでにはちょうど良い感じだ。

街を歩く, 食べ物レポート

山頭火の話 続き 経営とは何かみたいな・・

この話はラーメン屋の宣伝でありません、念のためお断りしておきますよ。

地下鉄のホームでぼうっと電車が来るのを待っていたら、山頭火の看板広告があり、なんともなしに見ていると、先日食べた店が(南3条店)見当たらない。広告が古いのだろうと思い、スマホを出して検索してみた。やはり、南3条店は存在しないらしい。おやおや?

そこでとりあえず一番近いところにある北1条チカホ店に行ってみようと、次の日になってのこのこ出かけてみた。

地下鉄ホームの広告 店名の書き順に注意→「火頭山」

店の前に行って看板を見て気がついた。ラーメン山頭火は昔風に右から左に書かれている。頭の中には「山頭火」とはいりこんでいるから、あまり気にしないでいたが、きっちり読めば「んめーら 火頭山」ではないか。

店頭の看板→「火頭山」

店に入りカウンターで醤油ラーメンを注文して、前に食べた南3条の山頭火ラーメンの写真と比べてみた。なんか違う。海苔はないぞ、ゴマもないぞ。スープの色は似ているが、味は明らかにこちらの方が濃厚な気がする。塩味も強めで、スープは強く感じる。まあ、自分の舌を信じるとすれば前回とは異なり、これが昔食べていた味に近いような気もする。ついでに隣の席で食べている塩ラーメンを見ると、まさに「イメージに残る山頭火」のラーメンが出てきている。真ん中に赤い梅干が乗っている、特徴ある白い濃厚スープだ。

醤油ラーメン

ラーメンを食べ終わりサイトを見ていたら、何だか不思議な一文がある。うちらは南三条にある店とは関係ないよ、みたいな意味だった。
そこで、写真を見直して初めて了解できた。南3条にあった懐かしの場所のラーメン屋は、有限会社山頭火が運営する、屋号「ラーメン南三条」なのだ。こちらが勝手に山頭火と思い込んでいたから、勝手に山頭火南三条店と脳内翻訳されていたわけだ。

おそらく経営上の問題か何かがあり(フランチャイズと本部の行き違いとか、兄弟でやっていたブランドが兄と弟で別れたとか。王将はそのケースだ)、色々と揉めたに違いない。そこに踏み入ってあれこれ言うつもりはないが、ラーメンが似ているけど味が違うと言うのは、ちょっと困ったものだなあ。ラーメン南三条の場所は長年使ってきた愛着があるだけに、全く違った屋号でラーメン屋が開いたとしても行かなかったかもしれないが・・・。

そのあともネットで情報を探してみたら、「山頭火」は世界各国に展開していて、日本国内よりも海外店舗の方が多いようだ。それはそれで素晴らしい。うまいものは国境を越えて広がると言うことで。旭川発の世界ブランドとは素晴らしいの一言に尽きる。ただ、その世界拡大の中で御家騒動みたいなことが起きたのだろうななと推測した。
うーん、たかがいっぱいのラーメンで、何だか色々と学ばせてもらってお腹いっぱいになってしまった。

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ノスタルジー・マーケティングの実践例 昭和な光景のラーメン屋

ノスタルジーマーケティングという考え方が流行っていたのは、多分2000年代中盤くらいだったような記憶がある。
単純に言えば1950−60年代生まれの層が(当時はおっさん、今やジジイ、女性もいるがそこはポリコレ的に遠慮して)、制作現場で親分になって行った時期にあたる。自分たちの世代が懐かしがるようなものを使えば、共感が得られやすいといういささかさもしい根性があったと睨んでいる。
自分たちが小中学生だった頃のキャラクターがやたらとCMに出てきた。ウルトラマンや仮面ライダーのようなシリーズ化されて連綿と続くキャラクターではなく、ある時期だけ流行っていたようなもの。例えばアニメキャラではガッチャマンであり、スーパージェッターだった。これはリアルタイムで見ていない世代からすると???、これ誰って感じだったのではないか。
楽曲でもナツメロというかリバイバルというか、サザンオールスターズや松任谷由美など今でも現役のアーティストの極々初期にリリースされた物を焦点に当てると言った技だ。

ディテールに凝る;チャンネルガチャガチャまわしのテレビが必須、あと電話機は黒にしないとね

昭和中期を懐かしむ世代を引きつけ、あわよくば平成生まれには「なに、あれ?」的な興味を植えつけようという手法だと理解していた。昭和レトロという言葉の前には大正レトロという言葉もあったような記憶があるが、大正時代をリアルに生きていた方達はもはやほとんどいらっしゃらないので。だから、マーケティング的に「表象」として使える時代は昭和40−50年代という、平成にはまだまだ早くて遠いという時期だった。

まあ、そういう時期の「茶の間」と言われた空間を再現して見せたのが、ラーメン屋というのもまた面白いが。当時はまだ茶の間という言葉は常用語であったし、リビングルームなどという言葉は新興勢力だった。電話はだいたい玄関か茶の間のどちらかに置かれていて、プッシュホンは普通に使われてはいなかった。ダイアル式電話が主流の頃だ。(30歳以下の人たちはダイアル式電話の掛け方はわからないだろう)
テレビは筐体が大きく、映りが悪いときはどんどんと叩くとなぜか映りが良くなったりした。ちゃぶ台は、インテリアではなく必需品だった。北海道ではまだ石炭ストーブが現役だったし、ストーブの上には大きなヤカンが乗っているのが常識だった。(蒸発皿という原始的な加湿器も使われていた)

というような光景を見て、ホホウと感心するのは今や高齢者しかいないはずだが、こういう場所に孫を連れてきて昔話をするというのは、それなりに説得性がある。コミュニケーションツールとしては効き目がありそうだ。

ディールにこだわる:当時のランドセルは調達が難しいだろうが椅子と机は本物に

まるで小学校の教室のどこかから持ってきたような、ランドセルのかかっている椅子と机も、ああ、確かに当時はこうだった。教室にランドセルを置く整理棚みたいなものはなかった。個人の持ち物は全てランドセルの中で入っていた。

ディテールも凝る:スープの表面の脂はラードが望ましい

こういうノスタルジーを誘う内装の店だから、ラーメンも昭和40年代の世界観から一歩も外には出ない。北海道的な当時の標準形ラーメンとは、鶏ガラベースのスープ、カンスイをつかった縮れ麺、赤い渦巻のナルトとシナチク(メンマ)、そして固くて薄いチャーシューだ。当然ながら無化調などというはずがない。たっぷりと旨味調味料が入っていた。
この店で現代風にWスープだ、節系だと言われても、逆にちょっと困惑してしまう。
やはり全体の景色を壊さないほうが良いのだ。商品も含め、まさしくフーテンの寅さんが実在していた時代と思わせてくれればいい。

平成世代には、まるで時代劇を見るようなものかもしれないが、それはまた違ったギミック溢れる世界として喜んで貰えば良いのだ。ただし、その雰囲気を楽しむためには、昭和時代の解説者というか、説明があった方が良い。昭和の風景を理解するためには情報を受け取れること、注釈が必要だろう。

ノスタルジー空間は、リアルで体験した世代とその後継世代が上手に楽しめれば、あざといアイデアで怪しげな世界を構築するよりも、共感が得られやすいことは確かなのだ。だから、ここしばらくは(後期昭和世代が生きている間は)ノスタルジーマーケティングの効果は十分活用できるレベルにあると断言する。
そして「食べ物屋」は、その昭和体験・実体験が簡単に行えるので(実食すれば良いだけ)、もっと有効だろう。
ただし、ディテールの凝り方を間違うとインチキ扱いされるので時代考証は綿密にすることが必要だ。

といろいろごたくを並べてみたが、この店のラーメンはとても好みで、何度も通ってしまうラーメン屋ということなのだ。新札幌駅隣のショッピングビル「サンピアザ」の地下にある。興味がある方は検索「新札幌駅 ラーメン屋」してみればすぐ分かるはず。

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オヤジギャグなのか? 全員集合

全員集合のシンクロニシティー
AMAZONプライムでテレビ番組のラインナップを眺めていたら、なんと懐かしの「全員集合」がアーカイブされていた。出張先のホテルで暇つぶしに見ていたら、これが結構ハマってしまう。懐かしのアイドルたちが運動会もどきのギャグに参加するという今では見られなくなった光景だ。
そう言えば、昔は芸能人の運動会もやっていたななどと懐かしくなった。

そのタイミングでたまたま年末に町歩きをしていたら見つけた「全員集合」の広告。忘年会の予約告知なのだが、色々と考え込んでしまった。「8時だよ、全員集合」というのは、昭和中期のお化け番組で、小学生でこれを見ていないと学校で話題についていけないという、爪弾き製造番組だった。同じ時期にはキンちゃんの諸番組も全盛期で、テレビの話題が新聞にも載るという古き良きメディアの元気な頃だった。

そのころの小学生はと言えば、もう還暦を過ぎ人生の黄昏期に突入しているはずで、このポスター作った人はいったい幾つなのか?と考え込んでしまったのだ。おまけに、この「全員集合」の意味を理解するということは、同じくリタイア組になるので、そんな世代の人間が忘年会するものかとか、まだ会社に生き残っていたとしたら、役員クラスの偉い人か、専門職でプロの技を評価されて・・・などなど妄想が止まらない。

最近の若い方達の飲み会離れは深刻だし、忘年会スルーなどという言葉も一般化したのだから。どうもこれはじじい達の同病相哀れむ的表現で、書いた方も読む方も相当の見識?が要求されるのだ。
というか、こんな古臭いコピーを書くじじい?(あ、女性かもしれないが)に広告任せて大丈夫か?などと寒空の中にもかかわらず数分ほど立ち止まって見てしまった。時間があればこの店に入って製作者に会ってみたいと思ったほどだ。

そのあとで、とあるスーパーでまた目に入ってきた「おつまみ全員集合」を見てシンクロニシティーは存在すると確信した。これは現在の50代ー60代に刷り込まれた共同幻想が溢れ出してきたのだ。ユングの説く集団的無意識の表象だ。ついにドリフターズは神話の世界にまで昇華したのだ。などと、妄想が止まらなくなった。
ウルトラマンや仮面ライダーのように連綿と続いて世代をまたがった事象と世界では、こうはいかない。ある特定時期に爆発的に流行って、その後は残り香もないくらいに消滅した事象だからこそ起きることなのだな、などと哲学的思弁にふけったのでありました。

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駅弁 札幌駅の変わり駅弁?

札幌駅で駅弁を買おうとすると駅の構内、キオスクの隣にある売店になるが、駅の外でもちょっと目立たない場所に売店がある。コインロッカーの手前にあるので普通の人は気がつかないようなところにひっそりとある。

札幌駅の駅弁といえば、鮭やいくら、カニが乗ったものが有名なようだが、実は渋いところでやまべ鮭寿しという押し寿司がある。ちょっと前には「アイヌの伝統料理」が入った季節限定駅弁も売っていた。これはいつ行っても売り切れていて、とうとう買うことができなかったのが残念。

包装紙上部の説明書きが全てを物語る

そして、もう一つの希少駅弁?が、この「柳もち」だ。テレビの情報番組でこの製造工程が放映されていたが、この時代にまったくの手作りで女性ベテラン従業員が、一個一個手で丸めていた。パッケージを見てわかるが、駅弁売り場で売っている駅弁だ。

一個ずつ包装されたあんこの餅で、例えていえば伊勢の赤福のようなものだが、ギリギリ一口サイズなので好きな分だけパクリパクリと食べる。食べきれなかったら蓋をして取っておく。ただ甘党の方であれば、これくらいはペロリと一人前なのかもしれない。
甘さがくどくなく食べやすい。小ぶりのおはぎと思えば、主食というか駅弁といっても間違ってはいないのだろう。

人気商品のようで昼前には売り切れていることも多い。買えたらラッキーくらいに思っているのが良いのだろう。そもそもこの「柳もち」の製造がいつまで続くかという危惧もあるので、

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どん兵衛屋 発見

旅をすると色々と珍しいものを見る機会があるが、どん兵衛の屋台を見つけたときには思わず笑った。ずいぶん前に渋谷駅のホームでどん兵衛の立ち食い店があったが、それよりも本格的だ。
場所は札幌駅から大通りまで通じる地下通路(通称チカホ)の大通り側入り口付近。歩いていたら必ず気がつく大きさで目立ち方だった。

最初はどん兵衛のパクリで誰かがジョーク店舗を出したと思っていたのだが、どうやら直営店らしい。どん兵衛屋の看板がデカデカと立っていて、その裏側には客席がある。屋台と言うには規模が大きい。
カウンターで注文したら、お湯を入れて食べるセルフサービス方式なのだが、かなりの人数が挑戦しているようだ。ここで食べたから旨いどん兵衛になると言うものではないだろう。ひょっとするとスペシャルどん兵衛実験販売か?と思うが・・・。

北海道では地域限定発売品として「北のどん兵衛」と言うものが売られている。
「天ぷらうどん」(天そばではないよ)と「きつねそば」(きつねうどんではないぞ)だが、なんだかありそうなのに存在しない製品(関東では未見)なのだ。なぜか北海道ではマルちゃん東洋水産が人気が強くて、どん兵衛も色々と手を尽くさなければならないのだろうなあ、などとマーケティング的視点で考えてしまったが・・・。(まるちゃんは北海道限定で山菜そばを出している)

たかがカップ麺、されどカップ麺と言う感じ。食い物の世界は深いなあ。

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鮨屋で飲むのは、ちょっと大変な時代に

新宿で昼過ぎに腹が減った「井之頭五郎さん」的に、ランチの場所を探すことになった。ただし、ゴロウさんのように看板を見ながら街を走り回しはしない。スマホで現在地周辺検索をするのが今風のやり方だと。ところが検索して気がついたのだが、意外と食べたい店が見つからない。特にランチは難しいようだ。当たり前だが、昼と夜で価格帯も違うし、出し物も違うし。

結局、近場でお手頃な値段でランチすしでも食べようかと、新宿すしざんまいを選んだのだが、それが後悔の元になった。新宿は外国人観光客に人気があるのか、ランチ時には変な行列ができることがある。いつものおなじみの新宿三丁目の鮨屋も、最近はランチで外国人客だらけなんてことになっている。隣のテーヴルの会話が英語というのも勘弁してほしい。有名店はなあ・・・と思い、わざとチェーン店にしたのが失敗だった。

ランチセットと熱燗を一本頼むと、速攻で茶碗蒸し(ランチセットについてくる)がでてきて、茶碗蒸しで一杯というスタート。つまみに頼んだマグロの皮のポン酢が意外と気に入ってしまい、ちびちび飲みながら時間潰し。寿司が多少遅くても構わないという体制を作ったのだが。

右隣のテーブルはチャイニーズの家族連れで、大人2人に子供4人。そして一人一人がメニューを指差しながら、単品注文をする。「ウニ、フォー。ツナ、ツー、OK?」みたいな会話が延々と続くのだ。それに気がついて周りを見渡せば、左側のテーブルは日本人女性とアメリカ人男性が注文開始。それも日本語と英語のミックスで。それを従業員がカタカナ英語で繰り返したりするので、左右ともにカオス状態。そのもう一つ左のテーブルは高齢のカップルで、日本語では話しているが、メニューの仕組みがよくわからないらしく、これまた従業員と問答している。その混乱の中すし登場。左右からのステレオ英語で、妙に落ち着かない。

カウンター席でも半分が明らかに外国人で、インド系と思しき彫りの深い顔やヨーロッパ系の金髪までは外見でわかるが、そこにアジア系外国人が混ざっていると、一体誰が日本人なのだろうという軽い目眩がしてくる。これならマクドナルドに行ったほうが良かったかと思うほどのミックス社会が鮨屋という空間で発生していた。(マクドナルドの方が、よほど日本人率高いだろうな。)オリンピックゲーム開催時は、このカオスがもっと凄くなるのだから8月は東京にいない方が良いかもと思い始めている今日この頃。ただ、お盆の時期に札幌へ脱出すると、この混乱が瞬間的に東京から移動してくるのだから油断ならない今年の夏だ。