街を歩く, Uncategorized

ザギンでビール 伝統のビヤホール

サッポロ黒ラベル 生ビール

銀座7丁目にあるビア・ホールに初めて入ったのは、もうかれこれ30年前だ。東京の街を歩くのにようやく案内図がいらなくなった頃で外国人の知人を銀座に案内した時だった。天國で天ぷらを食べぶらぶらと銀座を歩きまわり、軽くビールでもと入ったのだが、とても喜んでもらえた。ドイツ系アメリカ人の知人はビールが大好物だった。昼間っからシコたま飲んだビールは、とても気に入ってもらえたらしい。会うたびに、また銀座にビールを飲みに行こうと言われた。

夕方の早い時間に銀座に来る機会があると、よく立ち寄るようになった。小ジョッキを一気に飲みささっと出るのがいつものスタイルなのだが、今回はいつもと違い中ジョッキにした。最近はビールのサーバーも進化したので、きめ細かい泡のビールがどこでも飲める。しかし、この店は熟練の注ぎ手がこの細かい泡を生み出している。一気に飲むと口の周りに泡のヒゲができる。至福の瞬間だ。

オニオンリングというよりかき揚げだな

つまみに頼むのは、オニオンリングが多い。ソーセージやサラミも良いのだが、ケチャップをたっぷりつけて食べるオニオンリングは、やはり大好物だ。オニオンリングの下にしてあるのは、新聞紙の切れ端かともったら、新聞紙に見せかけた「紙」だった。芸がこまかいなあ。フォッシュ・アンド・チップスもビールには合うと思うけれど、どうにもロンドンで本物を食べて以来、あの臭くてたまらないモルトビネガーとちょっと古くなったような魚の匂いがないと、Fish and Chipsとは言えないなと思ってしまう。日本で食べるフィッシュ・アンド・チップスは、言って見れば日本風刺身スタイル的清潔さなので・・・。

店内には、場所柄のせいか、この店の雰囲気のせいか若い客が少ない。30−40年前に若者だった人たちが目立つ。あとは、外国人も多いなあ。店の前には免税店帰りの外国人観光客が歩道を占拠している。店内で注文を取っってくれたのは、外国人対応の(日本語のまあまあ上手な)チャイナ系従業員だった。なんというか、国際化ということは街の中で自分の知らない国の言葉を話す人が1/3くらいになった状態のことだろうとおもう。例えば、ロンドンやニューヨークみたいな街がそうだ。東京の明治に開店した「ビヤホール」は間違いなく、平成時代に国際化したのだ。

街を歩く, 食べ物レポート

仙台の街中華2店

仙台の町中華を食べ歩いている。土地勘はほとんどないので、もっぱらネットで情報収拾をする。キーワードは餃子だったり、酢豚だったり。ラーメンでは中華料理屋がヒットしい辛いのは、それだけラーメン専門店が多いからだから仕方がない。その数ある町中華で、うまいまずいを超越して人気があるのが、この「北京餃子」らしい。名物は餃子であるのだと思うが、味は「餃子の王将」に近いニンニクが効いた肉少なめ餃子。値段を考えると立派なものだと思う。個人的な感想を言えば、価格品質比、コスパが良いのは埼玉地盤の満洲餃子が一番だと思っているが、北京餃子はそこに限りなく近い。

フォーラスというファッションビルの地下二階

この北京餃子の隣にはカラオケがある。反対側の隣はライブハウスらしい。ファッションビルの地下二階だが、地下一階からは通路がない。階段も一般人には閉ざされている。エレベーターで降りるか、地上一階からの直通エスカレータしか通用口がない。ほとんどダンジョンだ。そんな場所にも関わらず、学生を中心に男客でいっぱいなのは、圧倒的なコスパの良さだろう。特に餃子以外の名物が広東風あんかけ焼きそばで、隣の客が食べているのを見ると麺が3玉くらい入っているようだ。見ただけで腹一杯になる。その割にラーメンは普通の量で、味は・・・普通よりちょっと下だなあ。

肉野菜炒めのようなキクラゲ炒め

ちょっと変わったメニューとして、キクラゲ炒めとかエビ玉チリソース炒めとかがあるが、男二人とか三人とかでやってきて、ワイワイしゃべくりながら食い散らかすイメージ。だから、女性二人などという組み合わせは異常に目立つ。ところが、その目立つ二人がガツンと大盛りあんかけ焼きそばを食べていたりするから、油断できない。何度か足を運び全メニュー制覇してみたいものだが、どうにもダンジョンふうな通路が入りにくいのだよなあ。

ここの餃子は好みの味だ

餃子は見た目通り、ごくごく普通。最近聞きかじった酢と胡椒で食べてみるつもりだったが、焼き上がりのルックスであっさり方向転換し、酢と醤油とラー油でいただくことにした。普通にうまい。町中華では、普通にうまいが一番大事だから、看板商品が普通でよかった。ちなみに、この店では餃子単品のみという注文は不可。餃子定食にするか、他のメニューと合わせて頼むしかない。(安すぎるからだろう)ビールと餃子と行きたいところだが、申し訳ないので一皿ふた皿は他のものを頼もう。

さて、ダンジョンの奥深くから地上に出てくる。仙台駅から繁華街の一番町に通じるアーケードからちょっと折れたところ。コレまた古い造りのビルに、もっと古そうな店がある。「末広本店」であるが、ネット上では秋田に本店があるラーメン屋「末廣」とよく間違えられている。秋田の方の店は、ご主人が京都の有名ラーメン屋で修行して、秋田で開いた店だとのことで、いわゆる京都風豚骨コテコテラーメンだ。個人的には好きな部類だが、東北の各地、青森や岩手でたべてきて、いつも不思議だなと思っていた。

隣はおそらく本店の本店、蕎麦末広

さて、宮城の末広本店だが、コレは町中華の定番的定番店であり、自分が小学校の頃はこうした店でラーメンを食べるのが普通であった。デパートの大食堂のラーメンは、あまりうまくなかったような記憶がある。けっこう全国的に有名である札幌ラーメンも、昭和の中期には鳥がらスープに山ほどの人工調味料が入った、野蛮な味だったのだ。そんな時代に育ったので、今風の豚骨やら魚ダシやらWスープやらよりも、普通の醤油ラーメンが食べたいと思うことが多くなってきた。まあ、昔のラーメンはご馳走といにはあまりに野卑だったな。北の国からで純と蛍が食べていたラーメンもそんな感じだった。

メニュー表

このメニュー表を見てもらうとわかるが、潔いくらいシンプルだ。裏面にはご飯もののメニューもあるが、それも決してデミグラソースのかかったオムライスなんて乗っていない。心底、正当な町中華とはこういう店だ。店の入り口におばちゃんが座っていて、まず食券を買う。自動販売機ではない、おばちゃんに注文して食券を買うのだ。すばらしい。おばちゃんも昭和中期には、さぞ看板娘として人気があったろうと思う。おまけに従業員の女性は、某 泉ピン子さん出演テレビ番組のラーメン屋のような制服だ。

注文したのは迷うことなく醤油ラーメン。今風のラーメンはトッピングを含め実に立体的なのだが、昭和のラーメンはこのように平面的なビジュアルだ。メンマではなくシナチク、チャーシューは限りなく薄めがよい。札幌版なら、コレにお麩となるとが乗っているが、仙台版はだいぶ簡素なようだった。
黒板五郎さんが「まだ子供たちが食べてるでしょう」とクレームをつけたラーメン屋もこんな感じのラーメンだったような記憶がある。

シンプルな醤油味はありがたい。間違ってもごく太メンマとか炙りチャーシュウとかは乗っていて欲しくない、(どちらも好きですけどね)できれば、コレに追加でケチャップのかかったオムライスを注文したい。餃子ではなく酢豚が注文できるともっと良い。エビチリではなくかに玉が好みだ。目玉焼きの乗ったソース焼きそばも良いな。町中華でレトロなメニューを注文するのは、それも金に糸目をつけず、食べたいものを食べたいだけというのは、貧乏学生の頃の夢を叶える魔法の時間だが、残念ながら胃袋がもうそれについていけなくなっている。やるとしたら、半分以上食べ残し食い散らかすことになるので、あまりにも申し訳ない。誰か、胃袋の元気な連れを見つけて繰り出すしかないなあ。

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江戸城を歩く 100名城探索

東京界隈で住み始めて30年近くも経つのに、江戸城に入ったことがなかった。案外そういう場所が多いもので、東京タワーに登ったのは関東在住10年以上経ってからだったし、スカイツリーも登ったことはない。秋に紅葉を見るために解放されるというので、のこのこといってみた。

江戸開府からすると400年以上経っているのだから、それなりに老朽化しているものだろうなどと持っていたが、石垣は立派に現役だし、そもそも端正な顔を残しているではないか。徳川15代の将軍居住地というのは、確かに立派なものだし、何より広い。歩くと疲れる広さだ、江戸城周辺の大名屋敷から出勤したであろう大名、幕閣、あるいは下働きの武士官僚のみなさん。この広さはちょっとやっかいだっただろう。

石垣の中には、こんなふうに修理しましたよという跡が見えるところもある。40年のうちに、何度も大地震に襲われているのだから、それは壊れても当たり前だと思うが。もうちょっと石の色使いとか、なんとかならんものだろうか。

なんてことを考えながら、江戸城、皇居の中をのんびり散歩した。昔々は皇居にゴルフコースが(6ホール)あったという話を読んだことがあるが、それくらいの余裕は十分ありそうだった。お堀を埋めれば18ホールも出来そう。世界中のプロゴルファーがプレイしたくなるような、首都東京のセンターコースなどと夢想しながら、気持ちの良い散歩だった。そう言えばお台場の船の博物館も行ったことなかったなとか、しながわ水族館も未だいっていない、あれあれ、けっこう東京の観光名所見逃していないか?などと反省することになる、良いきっかけでありました。

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ボールパークという代物

JR北広島駅のバナー

日本ハムファイターズの「根拠地」が、札幌ドームから移動することが決まった。札幌市の隣町、北広島市にお引越しするという。ファイターズ自体が、札幌ではなく北海道ファイターズと名乗っているので、札幌市外に出ても問題はない。ジャイアンツが八王子に引っ越すようなものだ。ジャイアンツが川崎に引っ越すとこれはまずい。神奈川か川崎か、どちらにしても東京ジャイアンツではなくなる。Jリーグですっかり定着した「都市」フランチャイズ制は、チームのファン作りに重要な要素だ。

ボールパークとは・・・

あまり聞きなれた言葉ではない「ボールパーク」だが、身も蓋もなくぶっちゃけといういい切り方をすれば、USJ(ユニバーサルスタジオジャパン)のようなテーマパーク入り口前に、門前市のように店舗や施設を並べ立て、球場に入る前にごっそりと客からふんだくる総合集金システムというものだろう。その運営者の言い分は色々あるだろうが、入場料1万円ではなく飲食、お土産、飲んで歌って10万円使わせる仕組みだ。
浅草寺の仲見世とか、善光寺前の門前町などとなんら変わることがない。浦安にある「東京」ディズニーリゾートも、JR舞浜駅ができてから急速に大型施設化した人工門前街だ。大阪のUSJも駅から入り口まで、1円も使わずに歩くのは難しいほどだと思う。

テーマパークの元祖である米国では、入り口までの門前市を何ちゃらウォークなどと言って、標準設備化している。日本でもそれを忠実に再現しているということだ。テーマパーク、つまりエンタテイメント世界に入る前の高揚感、出た後もその余韻に浸れる満喫感。そんなことを正しく設計し商売にするという、まあ、まっとうな考え方であるだろう。野球場なら野球に特化した、そのチームのファンとして世界観が完結していてほしい。その辺りがニーズであり、ビジネスの肝ということになる。

Jリーグの展開により、地方にスポーツチームが広がり、「おらが町にもチームあり」ということになった。プロスポーツを経営的に支えるには、興行を成立させる基盤として最低100万人くらいの人口が必要だろう。プロ野球でいえば、仙台辺りが最低の人口であり、仙台イーグルスや宮城イーグルスではなく東北イーグルスになったのも、ファン層を支える人口が宮城県では足りない(260万人)ので、東北全域に広げた(550万人)というのが本音だろう。ファイターズも札幌(200万人)では足りず、北海道全体(550万人)に広げた例に倣ったものだと思われる。それに比べJリーグはフランチャイズ都市の人口50万人程度でもチーム設営がなっている。当然、観客動員数も少なく興行的には成り立ちにくい。だから企業スポンサーを強く求めることになる。日本の大手企業がJリーグを支えているのは間違いないことだ。

プレイヤーではない頑張る人たちがチームを作る

しかし、長崎や秋田のような地方都市では、それを支える大企業が足りずチームの運営に苦労することになる。だからチームの経営者は、様々な知恵を使いファンづくりや応援団を形成する必要があるのだが、そこがうまくいかないことも多い。長崎ではあの有名なジャパネット創業者がチームの経営を担い、面白い試みをしている。駅から球場までの沿道を、ゲーム開催日にはボールパーク化、縁日化しているのだ。地域振興という小難しい理屈ではなくエンタメで縁日という方向が、ブルスボーツを支えるのではないか。

同じエンタメビジネスでも、音楽の世界はライブに比重が移っている。例えば、ネット社会の進展により、音楽という娯楽がCDを買って聞くものではなく、オンラインで聴くものになると、音楽ビジネスはどうなるかという議論が10年ほど前にあった。結局、こまったのはCDの製造メーカーだけであり、音楽というエンタテイメントビジネスは、リアルな体験、ライブ感に金を払うという客層、風潮を生み出し生き続けた。やはりライブ感が優先のエンタテイメントがつよいということなのだろう。映像ビジネスも、映画本編で稼ぐ仕組みから、ネット配信も含めた映像使用権の売買に主軸が移った、(だから中国の映像コンテンツ・違法コピーが重要な米中貿易課題になる) スポーツも同じで、プロ野球のテレビ中継はほとんどなくなってしまったが、地方都市でフランチャイズ化し熱狂的ファン層を作り出したチームは、ライブ(試合)とその周辺ビジネスで経営を行なっている。

スポーツの世界でも同じようにライブ化、臨場感だけが売り物になるのではなく、ゲームのビフォー、アフター時間が一体となったビジネスモデルになる。野球場のボールパーク化はこの先も進むだろう。先行していたのは、後楽園であるが、残念ながらコンテンツとして古い。仙台の楽天がドーム化したり、福岡ドームがさらに拡張したりという動きはあるのだろうが、日本ハムファイターズのボールパークは最新モデルとしてエンタメビジネスの先頭を切っていくことになるか楽しみではある。

街を歩く

土曜の東急百貨店は素敵だ

 土曜日昼前に渋谷の東急百貨店に入って見ると、それはそれは空いているのだ。
これでは商売にならないという人も多いだろうが、使う立場に立ってみれば通路が広い、歩きやすい、こどもの鳴き声がしない、などなどありがたいことは多い、多すぎるくらいだ。
 駅前ターミナル型の百貨店では、こうはいかない。通路も狭いし、ベビーカーやキャリーバッグで進路妨害されるのは当たり前。ぶつかってもあやまりもしない、傍若無人ぶり。
主要ターミナル駅の池袋 東武と西武、新宿では西口の小田急、京王の混雑ぶりがひどい。銀座三越も日本橋三越も同じようなもので、これは東京だけではなく大阪 梅田の阪神と阪急、心斎橋のそごうに難波の高島屋、京都の高島屋、どれもこれもとんでもない居心地の悪い空間で休日に行く場所ではないと思う。
 だからこそ、渋谷の東急百貨店本店が素晴らしいと感ずる。地下の食品売り場でそのことに気がつき、時間があることもあってエスカレーターで順番に上の階に行ってみた。いやはや、最高だった。なんとなくアメリカのデパートメントストアに行った気分がする。サンフランシスコで行ったメーシーズみたいだった。
地方都市の百貨店でも同じようなゆったりとした雰囲気はあるが、それは単に客がいないだけと思わせる哀しさもある。渋谷の街で感ずる暇さというのとは、ちょっと違う気がする。
 土曜の午後の東急百貨店本店、一度行ってみることを勧めする。その帰りには、向かいのvironでハード系のパンを買ってみると良いと思う。