街を歩く

新宿散歩で 酉の市 発見

ちょっと話は前後するが、新宿酉の市のお話だ。

ニューヨークにありそうな摩天楼チックなビル 丸の内あたりだとこのデザインはないだろう

西武新宿駅の隣に全く気がつかないまま高層ビルが出現していた。工事をしていたのは覚えているが、いつの間にか外壁も備わって、「おや、まあ」という感じでビルができている。歌舞伎町の真ん中にあるゴジラヘッドがモニュメント的な高層ビルと向かい合う形だ。これで西武新宿駅上部構造物の新宿プリンスと合わせて、歌舞伎町の高層ビル三点セットという感じになる。
歌舞伎町はペンシルビルばかりなので、地上げをしなければ高層ビル化ができない。ただ、大多数のビルが老朽化しているので、そのうちに歌舞伎町は50階、60階建ての高層ビルに全部置き換わるのかもしれない。西新宿のオフィスビルより、遊び心がある建物ができると良いなと思う。
気分的にはニューヨークみたいな感じになって欲しい。東洋一(もはや古典的な表現だが)の怪しいビル街になるかもしれない。10階までが飲食店、20−30階がホテル、40階以上が風俗店みたいなビルができそうだ。上層階ほど怪しいテナントが入り込み、魔界ビルみたくなる。最高層は超高級マンションになり、まるで「龍が如く」の世界のような「怪しい歌舞伎町」にならないかと妄想している。

毎年、このポスターを見ては年末だなあと思っていたのだが・・・

散歩がてらに歌舞伎町からJR新宿駅方向に進むとき、ルートは二つある。靖国通りという幹線路を渡り新宿アルタに向かう地上ルート。もう一つは西武新宿駅から地下道に潜り、ちょっと遠回りになるが新宿駅地下や伊勢丹の地下につながる地下ルートだ。地下ルートは雨が降っていたり、やたらと暑い日には避難路として活用する。この日はお天気が良く普段であれば地上ルートを選ぶのだが、ふと気まぐれに地下に潜ってみた。

酉の市を思い出したのは、新宿駅から新宿三丁目方向に伸びる地下通路を歩いていたときにポスター見つけたからだ。これを見なければ思い出すこともなかっただろう。コロナ前は毎日のように歩いていた新宿だが、最近では月に一度か二度程度くるのがせいぜいになってしまった。
家に引きこもるようになると色々なことを忘れてしまう。おまけにテレビもほとんど見なくなったので、最新情報はネットニュースだけみたいな生活だ。
そうなると、以前は歩き回ることで目にしていた情報が全く入らなくなってくる。街歩きも無駄な散歩だったわけでもないということだ。逆に人の暮らしが家にこもっているだけでよければ、マリ歩きをして無駄な情報ばかり拾い集めていたということにもなるのだが。
などと、あれこれ考えていた。おそらく家に篭りすぎて、皮肉っぽいことしか思いつかなくなったらしい。ダメ人間になったような気がしてきた。イカンイカンと反省した。

大行列のお参りだが  不思議と静かだった

という反省の結果、酉の市には意を決して行ってきたのだが、またもやアフターコロナ社会の祭りとは・・・などと考え込む羽目になった。お祭りは、お祭りらしく楽しむべきなのだがなあ。家ごもりの影響は深刻だ。

街を歩く

池袋 歩き回ってみつけたもの

池袋と新宿はどちらも巨大ターミナル駅で、駅の東西に繁華街が広がる東京屈指の「盛り場」であることは間違いない。新幹線の集結する「東京駅」が東京の表玄関だとすれば、JRと私鉄と地下鉄の結集点で裏口的なのが池袋だ。新宿も裏口的な要素は同じだが、中央本線という脱出路があるので、隠れ玄関とでもいう感じがする。東北方面に限定すれば、上野も裏玄関的存在だが、すでに東北新幹線、上越新幹線、北陸新幹線すべてが東京発着なので、没落した裏玄関「上野駅」という漢字だろうか。
新宿で盛り場といえば歌舞伎町で、その外れにあるゴールデン街あたりがアナーキーな場所の代表として相当に有名だ。だが、池袋は街自体がアナーキーだから「ゴールデン街」的な場所はどこにあるかと思ってしまう。少なくともサンシャインが立つ東口側にはない。(一部、昔の名残も残っているが)
西口も、南側はすっかり文教地区っぽい香りがする。ただ、西口の北側が最近メキメキとアナーキーというか無法地帯っぽい匂いがしてきた。無法地帯といっても、あくまで感覚的なもので、犯罪が多いという意味ではない。

その西口北部を歩き回ってみて発見した強烈な看板。確かに、そうですね。100%同意します。と思ってしまった。本当に言葉は人を虜にすることがある。この店には行ってみなければならない、と使命感すら抱いてしまう強烈さだった。

店頭のボードを見ると鶏白湯ラーメンのようだ。開店時間は夕方からで、昼飯時にはおやすみしていた。池袋で酔っ払った後に立ち寄るのも良いが、飲む前に食べに行くかなやみどころだ。なんだか、食い物屋の意地というか矜持というかが伝わってくる、とにかく感動した看板だった。

池袋駅の地下通路は、今でも昭和の雰囲気が残る猥雑な露店が並んでいる。すっかり綺麗になった新宿駅コンコースなどとははっきり異なる薄暗い、怪しげな通路だ。おまけにJR、地下鉄と私鉄が各2路線入り込み超巨大地下迷路が構成されている。その怪しいダンジョン屋台で発見したクリームパン屋の売り場に思わず立ち止まってしまった。
コロナの拡大の中ひっそりと店を閉じたとはニュースで知っていた神楽坂のパン屋さん。確かにこの店のクリームパンは手土産に持っていけるほど上等なものだった。手に持てば中のクリームの重みでパンが下に垂れ曲がるほどの超重量派のクリームパンだ。人気がありすぎて購入個数に制限があったが、いつもその制限数まで買っていた。一人では一個食べるとお腹いっぱいになるくらいのボリュームだったが、周りの誰かにお裾分けというかお福分けするととても喜ばれた。周りの人を幸せにするクリームパンだった。
復刻版ということで、ついなつかしくて2個ほど買ってしまったが、残念ながらあの懐かしのクリームパンとは全く別の食べ物だった。昔の記憶を懐かしむだけの結果になった。再現するなら、もっと本気で再現度上げてくれよとお願いしたい。

池袋でのぶらぶら散歩に疲れて、一人酒を飲むには実に快適なキャッシュオンデリバリーの居酒屋に入った。コロナ明けでようやく復活して営業再開していた。大振りの徳利に入った熱燗でちびちび飲む楽しみは、酒飲みにしかわからない奇妙な習慣だと思う。喫煙と同じでなくなっても誰も困らない代物だろう。一人酒を文化などと言い張るつもりもないし、社会的弱者の一員扱いされても仕方ない「滅びゆく文化らしきもの」だ。だから、コロナで飲酒の機会を制限されても、それは受け入れるべき社会変容だと思う。ただ、それを誰彼構わずに強制しないでほしい。どうせ10年も放置されれば消えいく運命だろうと思うし。

と、ちょいと哲学的な社会考察をしながら一人で酒飲んでました。もちろん、一言も喋らない黙飲。電車の中で大声で喋りまくる非飲酒者の方がよほど迷惑だと思いつつね。

街を歩く

カツ重比較してわかったこと

久しぶりにスーパーマーケットの熾烈な競争を発見してしまった

食品ディスカウントスーパーマーケットの「オーケー」に対抗しているらしい、フーコットの商品を確かめてみると、色々と面白いことが見えてきた。オーケーの商品の中でも、テレビ番組なので取り上げられるお値打ち品はホールピザ500円であることは間違いない。ただ、それよりもすごいのがカツ重に代表される300円未満の弁当だろうと思う。間違いなくコンビニキラー商品だし、ホカ弁も対抗できない。戦略的目玉商品と捉えるべきだろう。
どうやらそこに競合ラインを合わせているのがフーコットの弁当だ。以前フーコットに行った時には見当たらなかったカツ重弁当を発見した。価格はオーケーより1円安い298円。この1円差に開発者の意地を見た気がする。コスト差が産んだ1円差ではなく、競合より1円でも安く売りたいと言う意地っ張りと執念の一円差だろうか。

蓋を開けて中身を見ると、オーケーのカツ重とはほとんど双子の兄弟状態で差を見つけるのが難しい。一つだけはっきりとわかるのは、オーケーカツ重は四角いフライパンで作成したようにも見える、長方形型の卵とじが特徴だ。フーコットの卵とじ部分も四角っぽいが、少し形が緩めというか四角っぽいが丸みがあり、カツの上にも卵が載っているというあたりが違いだ。
色彩バランスとしては三つ葉が乗っているフーコット製が若干優位といった感じがする。オーケー製は「三元豚」を箱の上のシールでアピールしているので、さりげなく高級感を漂わせる意図があるようにも見える。フーコットは演出不足というか、何も言っていない、書かれていない状態で、ここは改善の余地が残っている。

この二軒のスーパーがどこかの街で隣り合っているのだとすれば、1円差の価格違いを含め熾烈な競争しているのだなと感じ取ることができる。しかし実際は、直線距離でも20km近く離れている。その20kmの間には10店以上のスーパーがびっしりと詰まっている。隣の店とは全く言えない。おまけに隣町ですらない。西武線の特急使用して2駅、普通の駅でも8駅も離れている。
それでも、お互いに競争相手の店を繰り返し視察に訪れているのだろう。ライバル心というか敵愾心というか、激しいものがあるに違いない。
1円の差に気がつく客は少ないが、競争相手には宣戦布告と映るはずだ。大スーパーの1円戦争。ちょっと面白いと思うのは、外野からみる野次馬の意見なのであります。

街を歩く

渋谷散歩 奥渋で看板探し

JR渋谷駅の駅名は看板位埋もれてしまった

年に何回か所用で朝早くに渋谷に行く。商業都市渋谷は朝の目覚めが遅いのか、8時前では歩く人も少ない。渋谷駅の看板を写真に撮るには絶好の時間だ。日本で屈指の歩行者数の多い場所だけに、駅ビルや駅舎に貼られている巨大広告はその時期特有の「世のあり方」を映しているような気がする。一年前の広告物はオリンピックのカウントダウンだった。時代を映し出す醜い鑑と思うこともある。
配信型動画サービスが拡大し続けているのは、現在のテレビが機能不全に陥っているからで、有料動画配信サービスはその機能不全のテレビのエンタメ機能が置き換わったものだ。オリンピック前はコロナ批判を繰り返し社会に恐怖を煽り、オリンピックが始まれば手のひら返しで全局あげてのオリンピック礼賛に呆れ果てた。
だったらエンタメだけやっていて報道など偉そうな物言いはやめれば良いのだ。そもそも親会社の新聞社がオールドメディアで、機能不全どころか中立的な報道機能が崩壊しつつある。政府支持か反政府かに分かれたファンクラブの会報みたいなものでしかないだろう。だから、オールドメディアの子会社であるテレビ放送局は劣化バージョンの扇動しかできない。偉そうに人様に意見を垂れるより、視聴率稼ぎの芸能スポーツに特化して、沈黙すれば良いのだと思う。
出来の悪いエンタメ番組を垂れ流すテレビより、有料配信の質の良いエンタメに流れていく人が多いのは当然だ。ラジオがテレビに負けたように、テレビはネット配信に負ける。勝てるはずがない。要はまたもやメディアの世代交代の時期が訪れたということだろう。
在京局ではテレ朝やフジテレビがいくら頑張っても、所詮は日本ローカルだ。ディズニーという世界資本のエンタメ企業には勝てるはずもない。世界企業に対抗できるのは、国民から強制的に課金徴収している某公営放送だけだ。その某公営放送がある渋谷駅の広告がこれなのだから笑ってしまう。

渋谷のランドマーク、ハチ公が立つ駅前広場に面した東急百貨店も、ついに取り壊しが始まった。何年かすれば、高層ビルに置き換わるのだろう。渋谷は谷底の街で、その1番の底がJR渋谷駅だが、駅の周りの東西南北全方位で高層ビルが取り囲むようになる。だったら高層ビルの屋上を使って屋根でもかけて、渋谷の街全部を全天候型都市に変えて仕舞えば良いのに。空が見えない街は、渋谷ににあっているような気がする。

渋谷駅から北側に5分ほど歩き東急百貨店本店を超えたあたりが、渋谷という街の外れになるのだろう。その先は某公営放送の本局があるので、渋谷というより代々木になる。この渋谷の北側の端っこが、どうやら「奥渋」というらしい。街頭に奥渋と書かれた旗というか不思議な垂れ幕がたくさん下がっている。渋谷中心部はすでにほとんどビル化されているが、奥渋は低層階のビルが立ち並ぶ程度で、中には二階建ての住居も残っている。渋谷の辺境とでもいうべきだろうか。

そんなおとなしい雰囲気の町にかわるあたりにレストランビルができていた。各階ごとに特徴あるレストランが入っている。なんだかバブルの頃を思い出す、レストラン専門ビルだった。想像するに、これもビルが出来上がった頃にコロナの影響で用途が変わったというか、テナントが集まらなかった、みたいないわく因縁がありそうな感じだった。

壁面いっぱいを使った看板は、なんだか沖縄風で異国感がある。渋谷の街中のゴミゴミした感じとは、ちょっと色合いというかテイストが違う。センスあるというべきなのか。早朝だからイメージが湧かないが、夕方の薄暗くなったあたりに来ると、なんだか全然違う印象になるだろう。奥渋は朝しか訪れたことがないので、今度は夜にぶらぶら歩きしてみるのもよいかな。

最後に、とてつもなく気になった看板というか店舗がこの「ガガナラーメン」で、あたまのなかで???が爆発してしまった。ガガナとはなんなのか。そもそも日本語なのか。看板を見るとGaGana Ramen 極 とあるからには、どこかに普通のがガナラーメンを売っている店があり、そこと比べて極上品質だから、極ということなのだよね、それでどこが極みな訳?と聞きたくなる。謎だ。謎が謎を読んでいる。そして、奥渋にはこんな謎の店がゴチャマンとある。街自体が謎な存在だとも言えるか。やはり夜の奥渋ぶらり散歩は決行しなければいけないなあ。
渋谷は南側の桜ヶ丘あたりも謎が多いので、2回ほど夜遊びに来ることにしようか。

街を歩く

二の酉に行ってきた

靖国通り側は出口専用だった。

新宿花園神社の酉の市は、毎年とは言わないが、比較的頻繁に参加していた。参加していたというのは「商売繁盛」を願い熊手を頂戴しに行っていたからだ。ゲン担ぎでしかないと、当時は社内の誰かれに言われていたらしい。確かに、ゲンを担ぎたくなるような状況だったが、それでも年末のお祭り気分が楽しくて、よく通ったものだ。熊手を頂戴すると、拍子木を叩いて「応援」してくれるのが楽しみだった。

そんな商売繁盛のお祭りがコロナに負けて昨年は中止。今年はどうなるかなと思ったら、縁日的な屋台はないが、お参りと熊手販売は行っているとのことで、二の酉に出かけた。日曜の夕方だが、コロナの後だしたいして混みはしないだろうと、たかを括っていたら大外れで、とてつもない大行列にハマってしまった。

大量の提灯と熊手に圧倒されるが、どうも聞こえてくる拍子木の音がまばらで、不安になる。お参りの行列は長いが、人声はあまりしない。神社の参詣客は、それほど大騒ぎしたりしないとは思うが、人の数の割にはおとなしい気がする。これがコロナにどっぷり浸かった令和スタイルだとしたら、お祭りの形もすっかり変わってしまいそうだ。
縁日のないお祭りは寂しいものだと思いながら帰りかけたら、出口の周りにだけ昔懐かしの屋台が出ていた。イカ焼き、焼きそば、景品クジ引きなど定番屋台がそろってあるが、客引きの声もなく静かなままだった。
なんだかなあと思いつつ、来年はもっと賑やかになるだろうと期待して、熊手をふりふり帰ってきた。

街を歩く

半額の威力 思い知ったなあ

バーガーキングが時々やっている「ワッパージュニア半額セール」は面白い仕掛けで、午後2時からスタートする。ランチには購入できないという時間限定の仕組みだ。ネットのニュースでキャンペンーんのことは読んでいたが、すっかり忘れていた。たまたま近場のバーガーキングの前を通りかかったら、店頭にポスターが一枚掲示されていたのをみて思い出した。時間は午後3時半過ぎ、対象時間になっていた。一度は通り過ぎたのだが、思い直してポスターを確認した上で店内に入った。

朝から晩までかかっているバナーやポスターには半額セールのことは触れられていない。そもそもバーガーキングの大ファンでもない限り、ネットニュースで乗る小さな記事にどれだけ客が反応するものかと思っていた。店内に入ると5−6人が商品待ちをしていた。昼のピークを過ぎた午後にしてはずいぶん人数が多い。従業員の数が足りていないのかなどと思っていたが、待ち客の商品を手渡すときに、商品と数量の確認をするのが聞こえてきた。なんと全員がワッパー待ちだった。自分が注文した後も連続して客が入ってきた。カウンター前の隅っこで待っていたので、注文が全部聞こえてくる。5人全員がワッパーだった。
ワッパージュニアを一個だけ注文した客が3人、ワッパージュニアだけ2個が一人、ワッパージュニア4個とサイドアイテムで900円くらいの注文が一人。5人の客単価は300円程度だから、通常の半分以下だろう。これでは売るだけ損するレベルだと思った。
しかし、何よりも驚いたのが半額のバーガーを一個だけ注文できる客のメンタルの強さだ。鋼のメンタルという言葉がうかんできた。すごいことだと感心した。それ以上に、ワッパージュニアの連続コールに負けず、厨房ではたらく製造担当者の精神力に同情してしまう。結局、コロナの後の外食市場の惨状は、こうした極端なディスカウント策を生み出すのだろう。
そして、その策に乗るのはバーゲンハンターと言われる、普段は利用しない人たちが中心になる。次回の定価販売でのリピートを期待して広告宣伝費と割り切れれば、半額セールスもありかもしれない。ただ、大多数の客は半額以外の時は近づきもしないはずだ。洋物ファストフードはコロナの自粛時期も、それなりに健闘してきたはずだが、客寄せパンダは半額セールしかないのかとちょっと寂しい気もする。
それでも看板商品のフルサイズ・ワッパーはディスカウントの対象にしないのは偉いなと思っていたら、どうやらワッパー2個で1000円というハイエンドのバリュー策をやるとのこと。なんだかなあと思いつつ、バーがキングは好きなので、頑張って欲しい。

街を歩く, 食べ物レポート

新宿のくら寿司で一人飯

くら寿司、スシローがコロナ後を見据えた都心部の侵攻を進めている。都心部ではコロナによる閉店が相次ぎ、その跡地への出店が中心なのだが、一階にこだわらない立地政策は「自社ブランド」への強いプライドなのかもしれない。大手ファストフードチェーンでは二の足を踏む二階や地下への出店は当たり前で、3階以上の高層階へも出ていく出店意欲の強さが現れている。最盛期の居酒屋チェーンより強気かもしれない。

回転寿司に入って最初に注文するものは何かと尋ねられるとすれば、答えはほとんどの時にはタコとイアということになる。普通の注文の仕方とは違うのかもしれない。これは自分の好みでもあるし、寿司は味の薄いものから濃いものへ順番に頼むという定説にもあっているはずだ。ただし、個人的にはスシを食べる順番なんていうものにルールなんかないと思う。寿司を食べる順番なんてものは、高い鮨ををありがたがってたべるときに、客に対して暴君のように振る舞う店主が、おのれの権威づけのために流布したものだくらいに考えている。
そもそも握り鮨とは屋台で町の不良たち?が空きっ腹を満たすために立ち食いしたようなものがルーツなのだから、出自を誇れるほどの食べものではないだろうに。好きなものを好きな順番で腹一杯になるまで食べる、これが鮨を食う時の唯一のルールではないか。
などと力説しても、最初に注文したのはオニオンリングだった。これはさすがにルール違反とまでは言わないまでも、ちょっとお行儀が悪い気もする。このオニオンリングに醤油をかけて、ハイボールのつまみにした。この食べ方で行くと、気分的にはインターナショナルな回転寿司屋になる。ロスアンゼルスのリトル東京で回転寿司屋に入ったことがある。アメリカでスシブームが一気に広がる最初の頃だった。そこでカリフォルニアロールを食べた時に感じた、違和感と日本と違うスシの楽しさみたいなものかもしれない。

次の皿は、あっさりあじでコリコリ食感のツブにした。貝類では鮑の次にこれが好きだ。残念ながら回転寿司で出てくる鮑は、鮑の一族ではあるが、アワビではないものが多いので注文するのに慎重になる。もっとも、このツブも世界のどこからやってきたツブなのかは知らない。つぶの一族ではあると思うが・・・。

いつもの定番タコとイカに、ウニ風味のツブが乗った軍艦巻きを注文した。最近の回転寿司の創作ものといえば、変わり軍艦巻きが定番だ。カルビやハンバーグから始まったネタの変化と進化は、最近暴走気味だとは思う。、ああ。それも今の時代の回転寿司の楽しみ方だ。
だいたいこの辺りで胃袋の余裕がなくなってくる。胃袋のキャパを考えれば、魚のスシを頼むには、相当シビアな選択がいる。光物を注文するとしても二皿は難しい。サバとアジを頼むとコハダは諦めなければ・・・的なやりくりの話だ。締めの海苔巻きの余裕を残しておきたい。などとあれこれ考え始めてしまう。最近では職人が握るおまかせコースでも似たようなことになり、あと何貫出ますか?などと間抜けな質問をしてしまう。
この日も予定通りというか、この後二皿追加で終了したのだが、くら寿司の非接触型カウンターは女性に大人気で、15人近くがすわれるカウンター席のほとんどが女性だった。両隣にいたかなりお若い女性も快調にくら寿司名物のルーレットゲーム音をさせていた。一回のゲームは5皿が必要なので、少なくとも10枚、多分15枚は注文していることになる。若い女性にも健啖家は多いのだなあと思いつつ、昔に流行していた肉食系という言葉が脳裏をかすめた。回転寿司の大食い女子のことはなんと表現するのだろう。多皿系とでもいうのだろうか。令和の時代の多皿系女子、頼もしい限りだな。

街を歩く, 食べ物レポート

神田 まつや・・・粋に和む

所用で神田に行った。この街はたまに行きたくなる。老舗の食べ物屋が並んでいるせいもある。神保町から散歩がてらぶらぶらと歩いてこの街にくるのがちょうど良い距離だということもある。神田は東京駅近くのオフィス街だが、下町の風景が点在している。大阪で言えば天満や福島もこんな感じかもしれない。

さて、神田といえば、直感的に思いだすのは蕎麦屋だ。それも江戸時代から続く不良のたむろする怪しい店としての蕎麦屋で、食事処ではない方の蕎麦屋だ。神田で言えば薮とまつやが代表格だと思うが、松屋は表通りに面しているせいかオフィス街の飯屋的な見え方もする。ランチの時は特にそうだ。ただ、ランチが終わった2時くらいから、どこからともなく怪しいオヤジとオバサンが集まってくる。一人か二人でひっそりと酒を飲んでいるのが共通点だ。逆にいうと若い方は普通にそばを食事として食べてさっさと帰っていく。

コロナですっかり昼酒対応が当たり前になったが、ちょっと前までは昼酒は相当難度が高い飲み方だった。居酒屋でも定食を肴に酒を飲むという光景はほぼほぼなしだったはずだ。それが、夜の営業を止められて昼にはみ出してきた昼酒飲みは、店側と客側の阿吽の呼吸という感じで広まっていった。ただ、そのコロナ前の平和な時期でも、例外だったのが蕎麦屋と鮨屋だろう。特に、蕎麦屋は混雑時を避けて昼下がり的な時間であれば、それなりに平気で酒を飲めた。軽くつまみを注文して、その後ささっとざる蕎麦ひとつみたいな感じで帰っていく。お江戸の不良の飲み方だろう。

だから、ビールを頼むのはちょっと野暮かななどと思う。まあ、気分の問題なのだけれど、蕎麦屋で飲む酒はぬる燗の日本酒と決めている。夜であれば、ビールでスタートというのもありかなとは思うが、昼酒はぬる燗一択だ。夜飲みの時はぐい呑みが良い。大振りの器でグビグビ飲みたい。だが、昼酒の時は猪口に限る。小ぶりな猪口に半分くらい酒を注ぎ、ちびりちびり飲むのが昼の蕎麦酒のやり方だと思っている。店内では、たまに他の客の会話が聞こえてくるが、基本的には静かなものだ。昼酒で酔っ払って大声で喚き散らすのは格好が悪いと思う。まあ、そんなダメオヤジも多いことは確かだけれど。蕎麦屋の昼酒は、一人で静かに、スタイリッシュに飲んで欲しいものだ。

さすがの老舗だけあって、席を仕切る板もアクリル板という無粋なものではなかった。店内と調和しているので、まるで昔からこういう仕切り板があるような気がしてくる。記憶に定かではないが、昔はメニューが紙の閉じた帳面のようなものだった気がするが、今はスタンド式になっている。これも非接触対応の一つなのだろうか。まあ、孤食で默食は危険度が低いそうだから、蕎麦屋の昼飲みがもう少しオヤジとジジイの間に広がるかもしれない。ただ、ジジイの大半は命惜しさの臆病者が多いはずだから、あまり家から出てこないかもしれない。コロナが終わっても飲食店の苦闘は続くのだろう。だから昼飲みでお応援だ。

街を歩く

神田を歩く 薮とまつやの間

神田の裏路地といえば良いのだろうか。靖国通りにある「まつや」の裏手に「藪」があるのだが、その裏路地には趣のある老舗料理店が散らばっている。若い頃には敷居が高すぎ、歳をとってからは忙しすぎて、なかなか利用することができなかった。ようやく暇を見つけて神田の老舗巡りをしようと思っていたら、コロナのせいでとんでもないことになってしまった。どうやらお店も再開したようなので、月に一度くらいのペースであちこち回ってみようかななどと思っている。その下見を兼ねてぶらぶら歩いてみた。

あんこう料理専門店 

一番行ってみたいのがあんこう鍋の店で、これはぎりぎり看板の字が読み取れる。「いせ源」というお店だ。浅草のドジョウ屋も似たような雰囲気があるが、やはり鍋を食べるとすれば寒い時期が良い。そろそろ鍋の季節なのだ。だが、同じことを誰もが考えるので、当然ながら予約が難しい時期にもなる。昨今の事情を考えると一人鍋にするか、二人にするか。せいぜい3人までとなれば、同行する相手も慎重に考えなければならない。余計なことに気を使う嫌な世の中だなあ。

店頭にかかる看板がなかなか読み取れなかったが、酒の名前なのだと気がついてほっとした。老舗の看板は、ともかく難読で読解力識字率の課題としては偏差値が高すぎる。漢字検定一級クラスではないか。ちなみに昔のことだが任天堂DSの漢字検定ソフトで二級までは合格判定だったから、一級検定漢字は難題だ。

甘味処

読解力の判定テストみたいな看板はまだまだある。この甘味処「竹むら」だって、もともと名前を知っているから読めるので、道を通りかかった時に目に入ったくらいでは達筆すぎてすぐには読めない。風情がある建物だなとはわかるが、一体何を売っているのだろうと相当に悩むだろう。

こちらの店は甘味処で揚げまんじゅうが有名らしく、当然ながらお汁粉などの和風スイーツが楽しめる。お昼時は混雑するので、夕暮れの手前くらいにふらっと入ると良いのかも知れない。甘味処は、基本的に女性に占拠されていることが多く、男一人でお汁粉を食べるというのは、ほとんど恐怖体験に近い。だから行列ができている時など、怖くて近寄れない。そろそろ酒でも飲もうかなという時間帯に、角打ちで一杯やる代わりに汁粉をかき込む、というくらいがせいぜい勇気の限界だ。

そのすぐ近くに、これは入るのに勇気のかけらも必要ない、オヤジ族の聖地みたいな蕎麦屋がある。ルックス的には間違いなく昭和中期そのまま。朝でも昼でも夜でもふらっと入ってささっと空腹を満たす。立ち食いそばもチェーン店全盛の時代だが、いかにも親父さんが一人でやってますよ的な個人店は貴重だ。懐具合にも優しいから、お試しするのにも敷居が低い。というか敷居がないくらいだ。落語にも出てくるが、屋台の蕎麦の値段は16文だったはずだ。それとくらべて6文という値段はずいぶんお安い。一度店主に店名の由来を聞いてみたいものだ。

東京都心、神田の街でこの値段はまさに超絶価格と言いたい。地元埼玉の立ち食いそばより安い。かけそば250円というのはすごいが、食べるとしたらいかげそ天がよい。ちくわ天も捨てがたいが、変化球を狙うのであればソーセージそばが適切だと思う。やはり、明日は神田に行かなければという気になってきた。ついでに神田明神によって、商売繁盛でもお願いしてこようか。

街を歩く, 食べ物レポート

神田 薮・・伝統の重み

お江戸の三大藪と言われる老舗蕎麦屋の一つ、神田の藪蕎麦が火事で焼けたのは何年前だったか。神田の藪といえば、大晦日の年越し蕎麦のテレビ中継で有名だった。大晦日には昼から行列ができる。寒空の中で何時間も待って蕎麦を食べるやつの気が知れないなどと若い頃は毒づいていた。だがこの歳になると考えも変わり、実は並ぶ価値があるうまい蕎麦だと思うようになった。ただ、自宅が神田から遠いので、蕎麦を食べた後同じくらい時間をかけて家に戻るのが嫌なだけだ。歩いて行ける場所にあるのであれば、間違い無く並ぶと思う。ちなみに三大藪の残り2軒は浅草と上野にあるはずだ。コロナのせいで飲食店の営業事情が変化しているから、確かめたわけではないが閉店もしていないだろう。

火事で焼けた後に再建された新しい店だが、外観は昔のままのように感じる。周りにあるオフィスビルのようなものに立て替えなかったのは、やはり老舗としての矜持というものなのかと思う。客としていく分には、高層ビルの一階にある店よりも和風の一軒家の方が好ましい。間違いなく風情がある。都心の中の日本家屋は、それだけで存在感がある。
若い人たちであれば多少の圧迫感を感じるかも知れない。それでも、所詮は蕎麦屋だからあまり気を張ることもなく、ふらっと入って、さっと蕎麦を食べ、サラッと帰れば良いのだ。中で待っているのは、日本屈指のうまい蕎麦であることは間違いない。

蕎麦は不良の食べ物だったとは何度も書いてきたが、お江戸のそばのスタンダードは、この盛りの薄さだ。食事で食べるそばになれた人には、全く腹立たしいぼったくりに見える量だ。バーコードのようなという表現が全く正しい。濃いめのつゆにそばの下半分だけつけて啜る。そばを全部つゆにつけるのは野暮だよ、などと教えられたが、それはそばつゆがとてつもなく濃いからだ。半分つけたツユで口の中はちょうと良くなる。ちなみに、三大藪の中では浅草の藪のつゆが一番濃いような気がする。お江戸の蕎麦屋以外でツユ半分つけを真似してはいけない。普通の蕎麦屋のツユはそれほど濃くはないので、ドブンとつけて食べる方がうまいと思う。

蕎麦屋で酒を飲む時に、つまみとして出てくるのは基本的に蕎麦のトッピングだ。天ぷらや鴨がメインアイテムだが、茶碗蒸しや卵焼きがでてくるのも、蕎麦用トッピング材料の流用だ。だから当然のように海苔もつまみになる。ただ、老舗の蕎麦屋で出てくる海苔は、木箱の中に収められていて、その木箱の中では小さな炭が空気を温めている。湿気を防ぐためだそうだ。蕎麦屋の海苔をつまみに飲む時、海苔が湿気っていてはいけない。パリパリ感が命だ。

鴨も店によっては提供される。鴨南蛮は冬のご馳走だが、その鴨を炙ったり焼いたりして食べる。蕎麦屋では天ぷらと並ぶ濃厚つまみだが、こちらでは薄切りにしたハムのようでとてつもなくうまい。街の蕎麦屋ではあまり味わえない。お江戸の老舗蕎麦屋のつまみを肴に飲むのはなかなか幸せなことだ。
いつも厚焼きステーキで赤ワインという飲み方ができるはずもない。懐事情もあるが、胃袋の事情の方が最近は優先だ。時々は蕎麦屋であっさり海苔と熱燗でほろ酔いしたい。すでに神田の老舗蕎麦屋では、一杯やるのも気楽なお値段ではなくなっているが、それでもたまには足を向ける価値がある。
歴史に残る偉人の話は教科書でチラ見をするくらいで良いが、歴史が残した文化の精髄、老舗店の料理は、庶民がポケットマネーで楽しめる歴史遺産だ。気取らず、友人との会話を楽しみながら、蕎麦屋で一杯。それもお江戸の神田で憩う。京都で湯豆腐もいいけれど、神田で遊ぶ方が何倍か楽しいと思う今日この頃であります。