街を歩く

有楽町から銀座へ

12月の初旬に銀座に出かけた。たまたま通りかかった、有楽町の宝くじセンターは長蛇の列だった。確率的にはどこで買っても同じだろうが、やはり一等当選が出ていない売り場とたくさん出ている売り場では、人気度が違うようだ。有楽町の駅にある宝くじ売り場もそれなりに行列ができていた。まだ、午後5時前だったので、この方達は仕事の途中でちょっと抜け駆けして宝くじを買っていたのだろう。5時を過ぎたら、この何倍もの行列ができるはずだ。この行列が意味するものは、少なくともコロナが落ち着いているということだろう。あの夏のオリンピック狂乱期とは違う。

そんな師走の後継を見ながら、銀座3丁目の商業ビルの屋上に行ってきた。夏は流石に暑いが、それ以外の季節であれば人影も少ない。空中公園とでもいうべきだろうか。コロナの間は閉鎖していたのではないかと思うが、今では解放されている。ベンチがあちこちにあり、ドリンクの売店もある。この屋上の下の階はレストランが多数営業しているのだが、食事を目当てに来る人たちには、この空間は目に入らないのかもしれない。銀座を散歩して、ちょっと休憩したくなったときに便利な場所だ。目の前が、かの有名な「和光」なので、ゴジラをボスとする怪獣たちが来襲したら、まず真っ先に破壊される、東京デストロイヤーのターゲット地域だ。最近のお約束の地は国会議事堂・東京タワーから変わって、渋谷とスカイツリーみたいだが・・・。やはり伝統芸として、晴海上陸で銀座へ侵攻、微妙に皇居を避けて国会議事堂というコースだろう。

みたいなことをを妄想するには良い場所だ。今日の夜であれば、カップルにあふれていそうだ。聖夜が終われば、1週間で謹賀新年になる不思議な国にはよく似合う「ハイスペックタウン・銀座」のスイートスポットです。

街を歩く

最新式?のくら寿司メカ

くら寿司からメッセージが送られてきて、カニ祭りがすごいみたいな情報だったので、いそいそと出かけた。ところがそれは早とちりというもので、カニ祭りは翌日から開始だった。お目当てのカニは食べられなかった。全くの自爆行動だったから文句をつける相手もいない。仕方がないので、くら寿司のあれこれを一人で検証してみた。
回転寿司というのは技術革新の塊で、外食産業の最先端を行っているのだと感心する。まずすごいのが、潜水艦の食堂のようなスペース活用だ。テーブルの真ん中の蓋を外すと、そこに醤油やガリ、箸やスプーンが隠れている。自衛隊の潜水艦でもこんな感じの工夫をしているのをみたことがある。食べるときは蓋をして元に戻すとテーブルが復活する。

くら寿司名物びっくらポン・マシーンも見た感じがアップグレードしていた。が、それよりもすごいのが「無添加」「抗菌寿司カバー」「スマホ注文」の三点セット訴求で、うまいとかお値打ちとか産地直送などの「食べ物」に関わる記号が全くないことだ。
さらっと食品の安全安心を訴えている。特別にコロナ対策を言っているわけでもない。外食の供給者としては極めて「かわった」主張だと思うのだが・・・。これが時代の一歩先ということなのかもしれない。

そしてタッチパネルでの注文だが、実は一番最初に「びっくらポン、やりますか?」と聞かれるのが笑った。寿司の注文の前に確認お求めてくる。どうやら参加宣言しないと、ルーレットが回らない仕組みにしたらしい。知らずにやった客が当たりでびっくりしたとか、注文したいのにルーレット画面が出て注文できなかった、みたいなクレームがあったのだろうか。
それとも、びっくらポンの景品コスト削減だろうか。そんなことを色々と考えると楽しい。ちなみに、回転寿司大手のタッチパネルの操作性を比べると、実は埼玉ローカルの回転寿司(実際にはほとんど寿司皿は回転していない)が一番使い勝手が良い。残念ながらくら寿司のタッチパネルは、作り込みが下手くそみたいに思う。スシローも似たようなものだが。外国語対応よりも、スムーズな注文の流れをシステム開発会社と検討して欲しいものだなあ。(作りの悪さはファミレスでも似たようなものだが)

結局カニは食べられなかったが、くら寿司のお得なランチセットを堪能した。おまけでついてくる茶碗蒸しが、実は1番の好物だったりもする。この茶碗蒸しはあちこちにある和食ファミレスなど相手にならないハイレベルだ。寿司でない方を感動されても、ありがたくないかもしれないが。茶碗蒸しの質でブランドを選ぶとすれば、くら寿司は最上位だと思う。
回転寿司業界はとんでもないレベルで機械化、省人化が進んでいるので、結果的にそれが有効なコロナ対策になっている。外食業界の住人はもっとお勉強をしに回転寿司(それも新店)を見に行くべきだと思うが、不思議と業界人っぽい人は見かけないなあ。

街を歩く

高田馬場 看板さがしの散歩

会社勤めをしていたときには、ほぼ毎日通り過ぎていた高田馬場駅周辺が、この一年でずいぶんかわってきたようだ。コロナがきっかけになったとは思えないが、駅前の古いビルがどんどん建て替えられていく。長年見慣れた光景が変わっていくのは、妙な気分がする。高田馬場駅前といえば、昔は早慶戦の後に酔っ払った早稲田の学生が大騒ぎしていた。その大騒ぎが度を越したのか、駅前にあった噴水がなくなり広場になった。今ではその広場も囲いがされて、なんとなくオブジェっぽい訳のわからない空間になってしまったが・・・。その駅前広場に面したビルがBIGBOXで、昔は赤いビルだったが今は青いビルになっている。いつの間にかテナントもすっかり入れ替わってしまった。

その隣、駅の正面にあるビルもずいぶんお世話になった。大規模書店が入っていたので、帰り道によく立ち寄って本を買っていた。高田馬場は学生街という印象があるが、意外と本屋が少ない。学生が本を読まなくなったとも言えるし、本がいらない時代になったせいだとも思う。どちらにしても愛用していた書店の看板がビルから消えたのは悲しいものだ。(書店はまだ現在なのだが、看板だけがなくなったらしい)

駅前広場の北側にある飲食店雑居ビルが改装中で、おそらく耐震工事も合わせたお化粧直しだろう。このビルのテナントは、どの店も怪しい雰囲気があるので、宝探しのように店を物色して入ったものだ。一階は昔ながらの個人経営飲食店とセブンイレブン、二階にはマクドナルドがある。上層階に、くら寿司が最近開店した。この先は怪しげで楽しそうなテナントが、ナショナルブランドに置き換わっていくのかもしれない。

日本産唐揚げブランドと台湾唐揚げブランドが、上下の看板で張り合っている姿はなかなか興味深い。高田馬場には台湾出身者が多いのか?などと思うのだが。最近は全く聞くことがなかった中国語の会話が、このあたりを歩いているとあちこちから聞こえてきた。観光客か留学生か、それとも企業実習生が戻ってきたのか。あるいはここしばらくは路上で中国語を話すのを避けていたのか。新宿や池袋ではまだまだ中国語が聞こえてこない。高田馬場の不思議現象だ。

これもちょっと不思議な看板だった。店頭に入店待ちの行列も出来ていたから人気店なのだろう。スンドゥブは韓国料理だろうと思うが、漢字で書くと「純豆腐中山豆腐店」となるのだから、豆腐を売る豆腐屋みたいな意味合いになる。不思議な店名だ。おまけに、武田菱と思しき「家紋」がついている。中山さんがやっている豆腐屋なのか、中山という地名が発祥の地である豆腐屋なのか。かなり、怪しい感じがするので、これは是非一度入ってみなければと思う。ただし、ちょっと店内を覗いてみたら女性比率が高すぎる。昼のピークを避けて、オヤジは入っても目立たない時間を選ばなければいけない。美味いものを食べるのも大変なのだ。

もう一軒すごい看板を見つけた。コンビニより安い生中!と書いてある。色々と突っ込みたい表現だ。ただ、そこは素直に宣伝文句を信じてあげようか。おそらく、生ビールではない生中を頼み、一本50円の伝串(これもどんな食べ物なのか)を頼み、250円払って出てこよう。とてもお安い高田馬場のダンジョン探検だ。
やはり高田馬場はこういう怪しい、楽しい、びっくりな店がなければ、「らしくない」街だ。久しぶりに高田馬場で一杯やりにいこう。二軒目はマイ定番の串鐡にしようかな。

街を歩く

イチョウを探して散歩したら歴史にぶち当たった

毎年11月下旬になると、晴れた日にはイチョウを探して散歩に出かける。紅葉の季節というが、赤い葉っぱよりも黄色い葉っぱが好きだというのがイチョウ探しをする単純な理由だ。自宅周辺には桜の木・コブシの木・ケヤキは多いが、イチョウはだいぶ離れた公園に行かなければ見つからない。

イチョウは落葉がすごいので、この時期は木の下も真っ黄色になる。黄色くなった地面、これも楽しみな光景だ。初冬の日差しはお昼でも斜めから差し込む。それで、地面に写る影も合わせて、なかなか綺麗な光景になる。

晴れた空と黄色い葉っぱの対比も綺麗だ。気温が下がってきて、早足での散歩も気持ちが良い季節になる。たまに落ちている葉っぱの中から何枚かきれいな葉を拾ってきて、本の栞にしたりする。そんな、イチョウ探しの散歩の途中で駅前に展示してあるYS11の実機をマジマジとみてきた。よく考えれば、駅前に飛行機があるというのは相当にすごいことなのかもしれない。駅名が「航空公園」だし。

YS11が健在だった頃、何度か搭乗したことがある。当時、まだ空港が狭くてジェット機の発着ができなかった高松空港行きと広島空港行きにそれぞれ数回乗った。どちらも海の近くにある空港で都心部とのアクセスは便利だったが、着陸の時はちょっと怖い気がした。特に、広島空港は瀬戸内海側から山に向かって着陸するので、本当に恐怖を感じた。結局、何度か恐怖体験をしたあと、広島入りは新幹線を選ぶようになった。
そんなことを思い出していると、ふと気になったことがある。YS11と比較してみたくなったのが、先の大戦中に東京をはじめとして日本各地を火の海に変えた爆撃機 B17だ。ネットで調べてみてわかったが、

B17は 全長 22.8m 全幅 31.6mと、ほぼYS11と同じ大きさだった。
航続半径1276kmで、YS11 の倍ほど航続距離になる。最高時速524km/時間だから、巡航速度で比べればYS11もほぼ同じくらいの速度だろう。戦記や記録映画の中で見ていたB 17が、YS11とほぼ同じ寸法だとわかると、急にリアルなものになった。
目の前でみたYS11と同じような飛行機が、100機単位で爆弾を落としにきたのかと。イチョウ探しの散歩で発見した「奇妙な歴史」の跡。散歩の効用は、こんな突然の出会いや発見にあるのかもしれない。

街を歩く

ポケモンと遊んだら盆踊りが登場してびっくり

お供のキャラはピカチュウではなくライチュウだった。ARの品質にびっくりした。足元に影まであるのはリアルすぎる。

たまたま、ポケモンGOからメールが送られてきた。メールソフトが不具合になり設定をいじくり回しているうちに、これまで自動的に迷惑メール扱いだったポケモンGOからのメールが有効化されたようだ。何年もスマホに入れたっきりで触りもしていなかった。履歴を見たら2016年使用開始となっているから、5年ぶりに触ったようなものだ。使い方も遊び方もすっかり忘れていて、いろいろいじくり回していたらいきなりARが発動して、お供ポケモン『ライチュウ』が出てきた。ピカチュウではなくライチュウらしい。依然として遊び方もよくわからないまま、散歩のお供に使ってみた。

あれこれ触っているうちに、突然周りにピカチュウが大量出現して、輪になって踊り始めた。ほとんど盆踊り状態だった。これは、地下にある店から外に出たときに起きた現象で、おそらくアプリの暴走だと思う。ここ2週間くらいあれこれ触っているが、ピカチュウどころかほかのポケモンでも、盆踊り状態になったことはない。
ひょっとすると、ピカチュウ大量出現・イベントが局地的に発生したのかもしれないが、この時はピカチュウ狩りをして10体くらいのピカチュウを捕まえた。今は、順番に解放しているが5体だけ残してピカチュウ戦隊でも作ろうかと考えている。

コロナで家にこもっていたから足腰がすっかり弱くなっている。その対策として、ウォーキングアプリを4種類併用して「一人歩け歩け運動」をしているのだが、ポケモンGOは歩いている途中で寄り道をすることになる。ゲームの構造上仕方がないが、歩け歩け運動では邪魔になる。ただ、歩くことを楽しみにできるのも確かで、しばらくは散歩の友としてお世話になりそうだ。次のポケモン盆踊り大会を楽しみにしているのだが・・・。

ちなみに併用しているウォーキングアプリは、単純な歩数計(これは性格な歩数を確認する)、埼玉県推奨コバトン健康(歩いた歩数でポイントと景品がもらえる)、Miles(移動距離ポイントで何かもらえるらしい)を併用している。ご褒美でもなければ、ただただ歩くのは難しいよね。

街を歩く

自由が丘エレジー

最近のBookOffは、古本屋というより「中古品多角販売店」と言った方が良いようだ。ビデオゲームやCD、家電製品から、中古衣料まで手を広めている。自宅周辺のブックオフも半分くらい閉店したが、生き残っているところは売り場の半分が本以外になっている。だから、鞄が売っていても別に驚くほどのことではない。
しかし、東京屈指のおしゃれ人気街、自由が丘の駅前でブックオフに入ったら、目が点になるどころか、腰が抜けそうなものを見つけてしまった。
何気なく値札を見たら、なんだかゼロがいっぱい並んでいる。3度見直した。ゼロの数を数え直した。やはり間違いない。七桁の数字だった。値札の上に細かく書いてある商品名を見て納得した。ただ、同時に納得できないこともあった。
納得したのは商品名で、エルメスのパーキンといえば、高級鞄の代名詞で何年も予約待ちが入っているくらいは、ブランド物に疎い自分でも知識として知っている。だが、現物をマジマジと見たのは初めてだった。かばんの実物を見ても、パーキンだとはわからない無知ぶりなので仕方がない。
それでもうろ覚えの知識で、つけてある値段が新品の半額以下らしいということはわかった。低下の半額で売っているとすればブックオフ的な正統な値付けなのだろう。しかし、ブックオフの値札はシールでぺたんと貼る簡易的なものだ。流石にエルメスの鞄にシール貼りは難しかったのだろう。
納得のいかなかったことは、ブックオフでエルメス製品を買う人ってどんな人だということだ。そして、もし買うとして、一体どうやって支払うのかということだ。この金額を支払うとすると、大多数のクレジットカードは上限に近いか、上限超えだろうし・・。まさか、キャッシュで札束?などと考えてしまった。「すいません、これください」と言って、バッグの中から帯のついた1万円札の束を取り出す光景は、想像するだけで寒気がする。とすると、上限なしで有名なブラックのカードを使用する人種しか買えないのか?ただ、そういうハイソな人種は、ブックオフで買い物はしないような気がする。エルメス直営店に行くのではなかろうか。何やら階層社会の消費行動と高額消費経済に関して哲学的なことを考えさせられてしまった。これはまさにブックオフの珍商品(個人的に)を見つけてしまった気がする。
すごいぞ、自由が丘。

と思って、隣を見たら、もっとお高いバッグがぶら下がっていた。途端にあれこれがすごく気になり、ショーケースの中を片っぱしから見てみたが、流石に七桁商品はこの二つだけで、あとは10万円から30万円前後の商品が並んでいた。それでホッとしたのだが、「よく考えればブックオフで30万円の商品って、あり得ないでしょう」感は拭えない。その後で気が付いたが、店内照明は、いつも行っている蛍光灯で明るいブックオフではなく、間接照明を使ったブティックみたいな売り場だった。やはり、すごいな自由が丘・・と、何故か敗北感を感じながら店を出た。

ブックオフの真向かいの店が、何やら懐かしいブランドだった。カリフォルニアではローカルNo.1的なハンバーガー屋で、何年か前に大々的に宣伝をして日本上陸をしたハンバーガー店だった。確か自由が丘は2号店だったようなき記憶がある。アメリカンサイズのハンバーガーはボリュームタップリで、肉肉しいのが特徴だ。1号店があいた時には秋葉原までわざわざ食べに行った。その後、店舗をどう拡大していたのかほとんど覚えていない。だから、昔馴染みに出会ったような懐かしさを感じた。

食べればわかる旨さなんだが・・・

ただ、店頭のメニュ看板を見て、また腰が抜けそうになった。確かに、ここのハンバーガーはうまい。カリフォルニアに仕事で行った時はずいぶんお世話になった。たが、こんな値段だったか?と思わず見直してしまった。
自由が丘で2度目の価格疑惑事件だ。おまけに、バーガーの価格は単品価格のようだから、セットにすると1000円札でお釣りがもらえない。昼時で腹ペコだったらふらっと入ってしまうくらいの魅力はあるが、晩飯前に食べてしまうと、夜はめし抜きになるくらいのボリュームでもあるし。このん値段を払うとなると、ちょっと考え込んでしまう。確かに、この店が日本で生き残れとしたら、東京山手のハイソな街でなければならないだろうなという気もする。

結局、自由が丘で起こった個人的な事件で、東京都民と埼玉県民の民度というか価格意識というか、色々な社会的背景に想いを馳せたのであります。自由が丘で感じたのは、まさしく非・東京都民的「エレジー」でありました。

街を歩く, 駅弁

人気NO1弁当らしい鳥弁

ネットニュースのコラムか何かで見たのが、蒲田にある弁当屋の話だ。「鳥久」という弁当屋がテレビ局のロケ弁でNo.1の人気商品だという。へえと思った。ロケ弁はもっと高級そうな料亭製造みたいなものだとずっと思っていた。
蒲田に行くことはまずない。おそらく、これまで蒲田の駅で降りたのは人生全部合わせて3回くらいだろう。だから、その時の目的地を全て思い出せるくらいの「行くのは稀れ」な場所だった。
いつか機会があればと思っていたが、やはりというか当たり前というか、もう何年も経ってしまった。これはいけないぞと、あえて弁当を買いに蒲田へ出かけることにした。
ところが、あまり考えもしなかったので、残念ながら蒲田に着いたのが午後2時過ぎで、ほとんどの弁当が売り切れていた。やはり弁当屋は昼前に行かなければいけないなと反省した。それでも、お目当ての特製弁当はなんとか手に入れることができた。

鳥の串焼き、鳥の唐揚げ、肉団子など鳥料理が入っている。白飯の真ん中には梅干しが一つ。ああ、実にこれが日本の伝統芸だ、と思った。おかずとご飯のバランスが微妙だが、最近の弁当はご飯少なめ、おかず多めが主流だろう。それと比べると、この特製弁当はちょっとご飯多めに仕上がっている。「特製弁当」が人気の理由がここにある。崎陽軒のシウマイ弁当と共通点がある。つまり、伝統的弁当は、米を食べるためにおかずがある。そこがポイントだ。

店頭に並ぶ様々なお弁当が、基本的には鳥のおかずの弁当だった。昼過ぎにもかかわらず店頭に車を止めて買いに来る客が絶えない。一番人気は唐揚げ弁当のようだが、大振りの唐揚げは家庭では調理しにくいから、人気の秘密はその辺りにもありそうだ。また食べてみたい名物弁当だった。ようやく念願が叶い、人生の積み残したお荷物を一つ片付けた気分になった。やはり、蒲田は遠かったが、空港に行く途中でよれば良いのだと、家に戻ってきてから気がついた。間抜けな結末でありました。

街を歩く

ひさしぶりにお台場の展示会

1年ぶりにお台場の展示会に出かけた。コロナ対策をしっかりした上での再開ということだった。コロナ対策の最大部分は展示ブースを減らして通路を広げるということらしい。ネットで事前登録というのもすっかり定着したようだ。
お目当てはドローン展だったが、行ってみればちょっと期待外れというか出店者が少なすぎる。思い当たる理由は、世界的ドローンメーカーは中国にあるので、そこの出展がないことのようだ。国産メーカーでは企業数が少なすぎるのか、コロナの影響で出展意欲がないのか。ただ、ラトビアの企業が展示をしていたから、主催者側の問題なのかもしれない。少なくとも、コロナ前に幕張メッセで見た時は、ものすごい規模だったから、その落差が目立つ。

同じ会場内に農業関連、工業製品などあまり関連性が感じられない他業種の展示会が同時開催されていた。ドローンを見に行ったはずが、自走式自動草刈機があったり、ジビエ・レシピーが展示されていたり、思わぬ出会いもいろいろあった。しかし、結局はコロナ拡大という事象の中で、展示会ビジネスが瀕死の重傷を負っているらしいということはわかった。
ビジネス展示会は積極的に「直接濃厚接触」を求める場なので、非接触を是とする時代には全く適合しないビジネスモデルになってしまった。Webサイトを通じた会議、セミナーなど新たな試みが定着しつつある中、この前コロナ的な「展示会」ビジネスは、アフターコロナの世界で本当に見直しが必要なのだろうなあ。

特に、各大学が出していたブースを見て、そんなことを思った。大学関係者はブースの中に籠ったまま、通行客にほとんど声もかけないし展示もよくわからないものばかり。展示会に出ろと言われたから嫌々来ました感が、自然に溢れ出ているのはどうかなと思う。(個人的な感想です)
それこそヴァーチャル世界での展示会が必要なの時代なのだろう。

街を歩く

北西池袋は勃発した看板戦争?

池袋西口@DEEPの続きになる。池袋西口散歩で見つけた看板がとてつもなく面白いので、いくつか並べてみた。

一つ目は「日中 ラーメン対決」で平仮名が混じっているのが日本勢の看板。京劇の役者の顔が目印で日本語には存在しない漢字を使っている大陸チャイナ勢的な看板との対決シーン。この2店は徒歩1分圏内にあるので、どうみても直接対決していると思う。チャイナ勢がカタカナでシセンマーラータンとふりがなをしているあたりが、日本侵攻作戦(笑)をよく研究しているのがわかる。四川料理で麺といえば坦々麺と短絡的に思ってしまうのだが、ラータンというものがあるのだなとお勉強になった。どんなものだろう。酸辣湯麺の酢を抜いたようなものだろうか。ディープな興味が湧いてくる、怪しい看板はすきだなあ。もっとも、もり中華を食べるのが先攻で、後攻がラータンか。

第二戦目。同じく徒歩1分圏内で似たような看板を発見した。虎のマークで東京 NO.1を訴えている「東北王熏醤」。ちなみに「熏」という字は読めなくて、調べてみたらJIS第二水準の難読漢字だった。読みは「くん」だ。薫と間違えやすい字だなあ、というのは余談。その店名の下にあるバナーで、何やら読めないメニュー名らしきものが書いてある。大陸チャイナ勢で間違い無いだろう。こちらの店でどんな麺?が出されるのかは全く見当がつかない。謎チャイナ飯だ。想像するしか無い。謎すぎて店に入ってみるのは勇気がいる。もう一方は平仮名混じりの看板で、明らかに日本勢だとわかるが、なんだか字体というか看板デザインが似た感じだ。赤い地に白枠の黒文字という部分が共通だからだろう。たまたまなのか、どちらかが真似をしたのか。あるいはデザイナーが同じなのかもしれない。

第三戦目。雑居ビルの壁面看板もよく見れば色々とお面白いことが発見できる。2F 山内農場は日本の居酒屋チェーンが運営している純国産ブランドだが、漢字しか使われていない。3Fは「どり」だけひらがなで、やはりこれも日本ブランドチェーン店だ。4Fがちょいと怪しげな雰囲気を出している。オール漢字の「四季海岸逸品火鍋」はどちらの勢力だろう。漢字だけで判断してはいけないような気もする。日本企業が池袋の火鍋ブームに乗っかって開発した店かもしれない。5F新富麗華カラオケもかなり怪しい匂いだ。「新富町」は地下鉄の駅名でもあるから、新富は日本語だとも言える。麗華さんは最近のキラキラネームの中ではおとなしめの方だろう。ただ、その2単語が合体するとなぜか異国の匂いがしてくる。看板を眺めているだけで、こんなに楽しめるのは池袋くらいだろう。

ここは台北?香港?上海?

そして極め付けが、このお店。なんだかサンフランシスコのチャイナタウンでこんな店をたくさん見たような気がする。台北や香港の街角にも、こんなメニュー写真を店頭に張り出したレストランはたくさんあった。メニュー写真を見ると日本語で説明してあるが、看板を眺めると読めない漢字の下にアルファベットでふりがながしてあり、それが怪しい。どうも店名(漢字)の日本読みのようだ。普通アルファベットで書くときはチャイニーズを英訳した単語が並ぶと思う。富貴飯店がMandarin Hotelなどと 表記されるようなことだ。
ところがこの看板では ーーーーDAIFUJINとなっている。大夫人=DAIFUJINらしい。この読みは日本語なのか?
やはりこれは日中ハイブリッドと考えるべきだろう。おそらく看板にある「周黒鴨」というのは、看板に載っている女性と思しきイラストの方の名前なのだろうなあ。カーネルサンダースとかマクドナルドとかと同じ人名がブランドになっているということか。
池袋にいながらディープなエスニック体験ができるとは、便利な世の中になったものだと思う。が、店内に入ったら日本語メニューがないとかいう怪しさもありそうだ。不思議な街、池袋ノースウェストだ。

街を歩く

池袋西口@deep

好きな小説作家の作品の一つ「秋葉原@DEEP」という題名がずっと記憶に残っている。ちょっとSFチックというかファンタジー系の要素を入れながら、現代の若者模様を描く長編作品で、電脳社会とかオタク文化とかあれこれごちゃ混ぜな美味しいお話だった。その話を入り口にとして、池袋西口公園の話を延々と読み続けている。自分としてはドボンとハマった作家の一人だ。たまたま池袋に行ったので、その西口公園のあたりを一回りした後、池袋駅西口北側にある、東口に抜ける地下通路(私鉄地下鉄のコンコースではなく本当のトンネル)周りを歩いてみた。この辺りが池袋西口公園物語の主人公が住む自宅兼店舗があるという設定だ。

噂には聞いていたが、池袋がマダラ租界になっている。サンフランシスコでチャイナタウンにいくとこんな感じがする、とでもいえば良いのか。横浜の中華街や神戸の南京町に行っても、ここまで強烈な異世界感は感じないだろう。要は日本人として見慣れた漢字がつかわれていれば、そこは日本の中華街であり、日本の一部と感じる。
サンフランシスコのチャイナタウンで感じるのは、普段見たことのない漢字が使われていて、カナがわりに英語が混在していて、おまけにその漢字も微妙に読めそうで読めないという違和感だ。日本の各地にある中華街では、この違和感がない。
ところが、そのなんともいえない違和感、ここは日本ではないという感覚が、池袋の街の片隅でマダラに生まれている。
台北や香港に行くと、全面的に読めない漢字だらけなので異国感はあるが納得できる。マダラではなく全部が違う、だから違和感につながらない。異国感ではなく違和感を感じるのは、中途半端に読めない漢字が、あちこちに混在するというのが重要な要素だ。

例えばこの看板だ。上部の万宝は読める。多分、意味もわかる。しかし下の「火ヘン」の二文字が読めないし、わからない。おそらく火をつかってある字だから、何らかの焼き物みたいなものではないかと想像する。看板の裏側を見ると、どうも串焼きのようなものらしい。読める漢字と読めない漢字が混在するのが、モヤモヤする原因だ。

これがビルの壁面看板になるともっとドキドキする。4Fの看板はよく知っている外食チェーンだ。5Fはどうやらお姉さんがいるお店らしい。6Fは有名な焼き鳥チェーン店。ここまでは日本語だけで理解できる。そして7Fは「熊猫火鍋」と書かれている。確かにパンダのことを熊猫と表記することは聞いてはいるが、日本語のセンスではないような気がする。それでも、まだ日本的な漢字常識で認識できる。ところが、池袋では一見して漢字だとわかるが、ちゃんと見ると読めない漢字というのが町中に溢れている。熊猫世界をこえている。

このビル一階の看板も普通に見ればなんの違和感もない。よくあるビルの店舗案内だ。ただ、4階 逸品火鍋をよく見れば、さりげなく読めない漢字が使われている。これがハングルだったりアラビア文字、タイ文字など全く読めない文字であればまた感じ方も違うのかもしれない。
読めそうで読めないのが、喉に刺さった魚の小骨的に感じるのだろう。まあ、池袋の北側はこんな感じに変わっていっている。関東各地にある異国人街、リトルデリーとかコリアンタウンとか呼ばれているエキゾチック?な街とどこが違うのかと言われると、多分、読めそうで読めない漢字のせいだろう。秋葉原とは違った意味で、池袋もすっかりdeepになっている。

ちなみに、古代から中世に漢字文化圏として影響を受けた漢字もどきに、ベトナム(阮朝)や西夏の文字がある。(日本語で使われる変形した漢字やカナもこの漢字もどきなのだが)この異国の感じインスパイア文字も歴史書などで見ると、わかりそうでわからないモヤモヤ感がすごい。
思うに、文化の発祥はいつでも大国なので、伝承された周辺諸国は劣等感のあまり、文化の精髄である文字をそのまま受け入れるのが耐えられないのだろう。古代・中世のスーパーステートであったチャイナに対する劣等感で、俺たちだって字くらいは作り出せるぞと生み出しのが各国の「漢字もどき」みたいなものなのだろう。ところが、それはチャイナ本国では蛮族の文字として余計に笑われるという事態をまねく。国交文書は正式な漢字でしか受け入れられない。その屈辱に耐えきれず、日本は遣唐使を廃止してしまったようだ。そしてカナ文字の発明、国風文化と民族自立運動を展開することになる。その後も日本が戦国時代末期まで大陸チャイナ帝国に対するコンプレックスを持ち続けていたことは、間違い無いだろう。(個人的歴史仮説であります)
同じことが第二次世界大戦の敗戦で起きたから、歴史的証明がなされたとしても良さそうだ。日本のカナは間違いなく、漢字インスパイア系国産文字だが、第二の漢字国産化は当用漢字(今の常用漢字)の導入だと思う。敗戦時のどさくさで作られた、変なプライドと政治的思惑で生まれた漢字もどきだ。池袋の話からずいぶんずれたが、日本の文化の変容はいつも劣等感から始まるという仮説は、また別の機会に。