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オヤジギャグなのか? 全員集合

全員集合のシンクロニシティー
AMAZONプライムでテレビ番組のラインナップを眺めていたら、なんと懐かしの「全員集合」がアーカイブされていた。出張先のホテルで暇つぶしに見ていたら、これが結構ハマってしまう。懐かしのアイドルたちが運動会もどきのギャグに参加するという今では見られなくなった光景だ。
そう言えば、昔は芸能人の運動会もやっていたななどと懐かしくなった。

そのタイミングでたまたま年末に町歩きをしていたら見つけた「全員集合」の広告。忘年会の予約告知なのだが、色々と考え込んでしまった。「8時だよ、全員集合」というのは、昭和中期のお化け番組で、小学生でこれを見ていないと学校で話題についていけないという、爪弾き製造番組だった。同じ時期にはキンちゃんの諸番組も全盛期で、テレビの話題が新聞にも載るという古き良きメディアの元気な頃だった。

そのころの小学生はと言えば、もう還暦を過ぎ人生の黄昏期に突入しているはずで、このポスター作った人はいったい幾つなのか?と考え込んでしまったのだ。おまけに、この「全員集合」の意味を理解するということは、同じくリタイア組になるので、そんな世代の人間が忘年会するものかとか、まだ会社に生き残っていたとしたら、役員クラスの偉い人か、専門職でプロの技を評価されて・・・などなど妄想が止まらない。

最近の若い方達の飲み会離れは深刻だし、忘年会スルーなどという言葉も一般化したのだから。どうもこれはじじい達の同病相哀れむ的表現で、書いた方も読む方も相当の見識?が要求されるのだ。
というか、こんな古臭いコピーを書くじじい?(あ、女性かもしれないが)に広告任せて大丈夫か?などと寒空の中にもかかわらず数分ほど立ち止まって見てしまった。時間があればこの店に入って製作者に会ってみたいと思ったほどだ。

そのあとで、とあるスーパーでまた目に入ってきた「おつまみ全員集合」を見てシンクロニシティーは存在すると確信した。これは現在の50代ー60代に刷り込まれた共同幻想が溢れ出してきたのだ。ユングの説く集団的無意識の表象だ。ついにドリフターズは神話の世界にまで昇華したのだ。などと、妄想が止まらなくなった。
ウルトラマンや仮面ライダーのように連綿と続いて世代をまたがった事象と世界では、こうはいかない。ある特定時期に爆発的に流行って、その後は残り香もないくらいに消滅した事象だからこそ起きることなのだな、などと哲学的思弁にふけったのでありました。

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駅弁 札幌駅の変わり駅弁?

札幌駅で駅弁を買おうとすると駅の構内、キオスクの隣にある売店になるが、駅の外でもちょっと目立たない場所に売店がある。コインロッカーの手前にあるので普通の人は気がつかないようなところにひっそりとある。

札幌駅の駅弁といえば、鮭やいくら、カニが乗ったものが有名なようだが、実は渋いところでやまべ鮭寿しという押し寿司がある。ちょっと前には「アイヌの伝統料理」が入った季節限定駅弁も売っていた。これはいつ行っても売り切れていて、とうとう買うことができなかったのが残念。

包装紙上部の説明書きが全てを物語る

そして、もう一つの希少駅弁?が、この「柳もち」だ。テレビの情報番組でこの製造工程が放映されていたが、この時代にまったくの手作りで女性ベテラン従業員が、一個一個手で丸めていた。パッケージを見てわかるが、駅弁売り場で売っている駅弁だ。

一個ずつ包装されたあんこの餅で、例えていえば伊勢の赤福のようなものだが、ギリギリ一口サイズなので好きな分だけパクリパクリと食べる。食べきれなかったら蓋をして取っておく。ただ甘党の方であれば、これくらいはペロリと一人前なのかもしれない。
甘さがくどくなく食べやすい。小ぶりのおはぎと思えば、主食というか駅弁といっても間違ってはいないのだろう。

人気商品のようで昼前には売り切れていることも多い。買えたらラッキーくらいに思っているのが良いのだろう。そもそもこの「柳もち」の製造がいつまで続くかという危惧もあるので、

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どん兵衛屋 発見

旅をすると色々と珍しいものを見る機会があるが、どん兵衛の屋台を見つけたときには思わず笑った。ずいぶん前に渋谷駅のホームでどん兵衛の立ち食い店があったが、それよりも本格的だ。
場所は札幌駅から大通りまで通じる地下通路(通称チカホ)の大通り側入り口付近。歩いていたら必ず気がつく大きさで目立ち方だった。

最初はどん兵衛のパクリで誰かがジョーク店舗を出したと思っていたのだが、どうやら直営店らしい。どん兵衛屋の看板がデカデカと立っていて、その裏側には客席がある。屋台と言うには規模が大きい。
カウンターで注文したら、お湯を入れて食べるセルフサービス方式なのだが、かなりの人数が挑戦しているようだ。ここで食べたから旨いどん兵衛になると言うものではないだろう。ひょっとするとスペシャルどん兵衛実験販売か?と思うが・・・。

北海道では地域限定発売品として「北のどん兵衛」と言うものが売られている。
「天ぷらうどん」(天そばではないよ)と「きつねそば」(きつねうどんではないぞ)だが、なんだかありそうなのに存在しない製品(関東では未見)なのだ。なぜか北海道ではマルちゃん東洋水産が人気が強くて、どん兵衛も色々と手を尽くさなければならないのだろうなあ、などとマーケティング的視点で考えてしまったが・・・。(まるちゃんは北海道限定で山菜そばを出している)

たかがカップ麺、されどカップ麺と言う感じ。食い物の世界は深いなあ。

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鮨屋で飲むのは、ちょっと大変な時代に

新宿で昼過ぎに腹が減った「井之頭五郎さん」的に、ランチの場所を探すことになった。ただし、ゴロウさんのように看板を見ながら街を走り回しはしない。スマホで現在地周辺検索をするのが今風のやり方だと。ところが検索して気がついたのだが、意外と食べたい店が見つからない。特にランチは難しいようだ。当たり前だが、昼と夜で価格帯も違うし、出し物も違うし。

結局、近場でお手頃な値段でランチすしでも食べようかと、新宿すしざんまいを選んだのだが、それが後悔の元になった。新宿は外国人観光客に人気があるのか、ランチ時には変な行列ができることがある。いつものおなじみの新宿三丁目の鮨屋も、最近はランチで外国人客だらけなんてことになっている。隣のテーヴルの会話が英語というのも勘弁してほしい。有名店はなあ・・・と思い、わざとチェーン店にしたのが失敗だった。

ランチセットと熱燗を一本頼むと、速攻で茶碗蒸し(ランチセットについてくる)がでてきて、茶碗蒸しで一杯というスタート。つまみに頼んだマグロの皮のポン酢が意外と気に入ってしまい、ちびちび飲みながら時間潰し。寿司が多少遅くても構わないという体制を作ったのだが。

右隣のテーブルはチャイニーズの家族連れで、大人2人に子供4人。そして一人一人がメニューを指差しながら、単品注文をする。「ウニ、フォー。ツナ、ツー、OK?」みたいな会話が延々と続くのだ。それに気がついて周りを見渡せば、左側のテーブルは日本人女性とアメリカ人男性が注文開始。それも日本語と英語のミックスで。それを従業員がカタカナ英語で繰り返したりするので、左右ともにカオス状態。そのもう一つ左のテーブルは高齢のカップルで、日本語では話しているが、メニューの仕組みがよくわからないらしく、これまた従業員と問答している。その混乱の中すし登場。左右からのステレオ英語で、妙に落ち着かない。

カウンター席でも半分が明らかに外国人で、インド系と思しき彫りの深い顔やヨーロッパ系の金髪までは外見でわかるが、そこにアジア系外国人が混ざっていると、一体誰が日本人なのだろうという軽い目眩がしてくる。これならマクドナルドに行ったほうが良かったかと思うほどのミックス社会が鮨屋という空間で発生していた。(マクドナルドの方が、よほど日本人率高いだろうな。)オリンピックゲーム開催時は、このカオスがもっと凄くなるのだから8月は東京にいない方が良いかもと思い始めている今日この頃。ただ、お盆の時期に札幌へ脱出すると、この混乱が瞬間的に東京から移動してくるのだから油断ならない今年の夏だ。

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街歩きで気がついた「メニューと看板」について

昔から、カメラ片手に街をふらついて写真を撮っていたが、最近はスマホのおかげで本当に便利になった。デジカメが売れなくなる理由がよくわかる。そんな街歩きで気がついたことのあれこれ。

最近見つけたお気に入りの喫茶店の店頭看板。個人的には色々と注文をつけてみたいところだが、喫茶店でランチという習慣はぜひ復活して欲しいので文句はつけない。
この魅惑のラインアップ。良いですね。オムライスとスパゲッティナポリタンは絶対定番だし、生姜焼きプレートは外せない。カレーとピラフも忘れずにという感じで、そもそもこの喫茶店でランチという看板に引っかかる年代といえば、決して若くないはずだ。少なくとも昭和生まれで、まだスタバが存在しなかった時代に喫茶店をヘビーローテションで使っていた年代だろう。

だから、こうした懐かしのラインアップを見せられると、1回では済まず、2回3回と吸い寄せられるようにきてしまう。そういう麻薬的効果を、ごく一部の客層に及ぼすという意味で、この看板は大変有効だと判断する。一番下にさりげなく載っているコカコーラ瓶入りの写真は、これまた「やられました」感が強いなあ。

茅野市のラーメン屋のメニューは実に力強かった。一押しは味噌ラーメンに棒状の角煮が乗った「ガツン系ラーメン」で、実にストロングスタイルな押し方だ。ただ、標準メニューは一番下のプレーンな「たれ味噌ラーメン」のはずで(普通のラーメン屋であれば)、この強弱の差がすごいと思う。標準品が廉価版というか劣化版というか、そういう見せ方になっているのだ。相当にトッピングの角煮に自信があるのだろう。ただ、注文したのは「タレ味噌ラーメン」で「一本角煮ラーメン」は次回のお愉しにになったけれど。普通のラーメン屋とは違うメニューの見せ方、価格の高い方を標準として見せるというのは参考になるなあ。

北海道地方特有のザンギという食べ物、鳥の唐揚げとは微妙に味付けが違うが、要はフライドチキンと言ってしまえばそれまでの鳥の唐揚げだ。ただ、北海道でも意外と「ザンギ専門店」は少ない。「うまみギュッと・・・」という表現は、どこかで見たような気もするが、ザンギの特徴はよく表せている。そもそも鳥の唐揚げは、全体に茶色で、色のバランスがわるい食べ物だから、広告としてコピー(swん伝文句)で補ってやらないとうまそうに思えない。そこを上手に処理しているので、店頭看板としては優秀作だ。ただし、広告として広域に使う場合は、これだけでは北海道人しかわからないということで補足は必要になるけれど、お店の場所がススキノの外れだから、北海道人限定で「ザンギ」と言い派なしでも良いかもしれない。

全国にあるローカルフードって、観光客に説明するような必要はないような気もするので。

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冠婚葬祭用レストラン 東山

久しぶりに新宿高層ビルにあるレストランに行った。個室和食「東山」という店で、冠婚葬祭の会合によく使われるのだという。
和食の店だからということで従業員も和装なのだが、やはりお祝い事で使われることが多いからなのだろう。

本日の献立、というのが普通にテーブルに出るようになったのは、テレビの「鉄人」シェフの影響だろうか。確かにいちいち料理の説明をされてもよく覚えていないことの方が多いので、これは便利だと思う。

和食は料理もさることながら、器で食べるもの(見るもの)だというのは正しいと思う。料理は愛でるものだ。こうした和食の手法がフランスに渡りヌーベルキュイジーヌになったといわれて、パリにいく機会があった時、伝統的フレンチとヌーベルキュイジーヌを食べ比べてみた。確かにソースの見せ方、皿の使い方、伝統的手法と随分違っているなと感じたし、懐石料理風と言われればそういう気がする美しさだった。それでも、この小鳥の器のような使い方ではない。懐石料理とはまさに箱庭的な見せ方だが、例えばアメリカで成功した日本食レストランは、こういった視覚的手法を積極的に取り入れているので、そのうち日本食という食べ物ではなく、懐石的演出技法の方がもっと日本的料理として広まるのかもしれない。

まだ、この鶴をあしらった器の調達あるいは使用にまでは到達していないような気がする。有名な陶器工房、ウエッジウッドも、ロイヤルコペンハーゲンも宋・明・清代の陶磁器の影響を大きく受けていると聞く。宋や明朝の影響を受け、あるいは技術を盗み、日本の陶芸は進歩した。その先にこの鶴の皿がある。日本のファミリーレストランでは決して使われることのない皿が、アメリカのレストランで使われることになるかもしれない。それを見て日本でまた違う器が生まれるのかもしれないと思うと、世界は互いに影響し合っているということだろう。そのうちフレンチにもツルやカメの皿が使われるようになるのかもしれない。そう言え馬、西海岸のヌーベルシノアもアメリカンチャイニーズがフレンチ的に進化したものだったなあ。

鶴翼の皿

デザートというかお茶菓子が、アイスクリームの最中というのも、また今の時代だななどと思いながら。ゴロンと一個を丸のまま出されても困るので、切り分けてあるのが現代和食だろう。伝統和食であれば、もっと小さいアイス最中を作ろうとするのだろうね。しかしそのためには専門職人が必要になるような気もする。直径2cmのアイスクリーム最中を作る職人って、どれだけ需要があるのか。(それでも食べてみたい気はするが)まあ、それが日本的なこだわりかもしれない。

窓の外は秋晴れで、東京都庁がよく見えた。東京西部を見渡す光景は、なかなかのものだ。確かに冠婚葬祭にはよく合うレストランだった。

向かいは都庁

たまには良い景色で良い日本料理を食べるのも素敵だ。

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秋深まると

11月後半から12月に入り一気に気温が下がってしまい、もはや秋とは言えない。

今年は随分遅くまで暖かったので、紅葉を見そこねそうになった。10月は台風と雨続きのせいで、高速道路が閉鎖されたりしたこともあり、随分と大人しくしていた。そうしたら、紅葉を味噌こねそうになり、ちょっと慌てて信州に行ってきた。

まあ、なんとか無事に紅葉を愛て、蕎麦を食べて、いつもの秋の信州という感じで。

そんなとき北海道に行ったら、ななかまど のみが真っ赤に色づいていた。子供の頃は「カラスの実」と言っていた。理由はわからない。真っ赤な身を食べるのが、カラスくらいしかいないと思われていたのか。こんなに綺麗な赤なのだが、全く食用にはならない(はずだ)

そして、それから一月もしないうちに「冬」到来して、こんな光景に変わってしまうのだよね。

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美鈴コーヒーと可否茶館

美鈴コーヒーとは長い付き合いだ。本店は函館にあるようだが、札幌でも長い歴史がある。40年以上も同じ場所で営業しているのだから立派なものだ。
かれこれ昭和50年代の昔、喫茶店文化というものが健在だった頃、あちこちにあった個性的な店はおおかた無くなってしまった。オーナーの代替わりに耐えられないということがいちばんの大きな原因だが、セルフサービスコーヒーがあまり目だたない札幌でも、喫茶店は退潮にあった。
いわゆる大箱の喫茶店も順番に消えていったような感がある。出会いの〇〇○、別れの△△△などとい肩書きを持った喫茶店もあったくらいだったが、いまは昔の話。

苦味と酸味の強いスタンダード

そんな喫茶店退潮の流れの中で、頑固に喫茶店文化を守っているチェーンが二つある。一つが、この美鈴コーヒーで、ススキの近くの地下街にある店は、多分地下街開業以来ずっとある。札幌駅地下の店は、地下鉄開業以来ずっとあるのではないか。つまり札幌オリンピックの頃からあるということだ。
コーヒーは、特に個性的な味ではない。だからこそ長続きしたのだろう。メニューも、コーヒー以外のソフトドリンクの他に、いわゆる軽食メニュが多い。ちょっとした待ち合わせにも使うし、昼食にも使えるというのが喫茶店だと思うが、その王道を行くような店で、学生からサラリーマン、最近では高齢者の友人同士といった集団まで客層は幅広い。

カウンターは喫煙席、テーブル席も喫煙席

店内は薄暗く、おまけにこのご時世に全席喫煙可能というかなりアナクロな店だ。テーブルの上にある灰皿は、もはや死んでしまった文化のような気がするが。それだから、モーニングの時間帯は女性の一人客が多い。札幌市内で喫煙可能な場所が激減しているのは確かで、屋外でも喫煙スペースを探すのが難しい。喫煙者にとっては、オアシスのような場所なのだろう。
だから、日中に客が多い時間は使いにくい。店内は燻煙状態だから、朝早く、まだ誰もいない時間にささっとコーヒーを飲むことにしている。昔は、タバコの煙とコーヒーの香りが当たり前だったのに・・・などと思うのは、歳を取った証拠だ。

ちょっと酸味があるスタンダード

もう一つの古手は、可否茶館。この店は市内のあちこちに増殖している。直焙煎のコーヒーを販売しているので、スーパーなどでも見かける。どの店も小ぶりなのでいつも混雑しているが、ちょっと混み合う時間を外せばそれなりに寛げる。昔はコーヒーの値段が高いと思っていたが、最近のスタバの〇〇スペシャルラッテの値段を考えれば、大した高さではないと思うようになった。本格派のコーヒーというイメージがあったので、高い値段も仕方がないと諦めていたが、今は普通の値段だと感じるようになった。

喫茶店が減ってしまったこともあり、比較対照する店舗がないということか。セルフサービスの安いコーヒーは、時間潰しの場所代を払っているという感覚があるが、喫茶店のコーヒーは。コーヒーそのものを味わいに来ているので、逆に納得しやすくなったということでもあるのだろう。

札幌の喫茶店話は、またいつか別稿で続きを。

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上野駅でぶらぶら 

下町の洋食屋とは

お江戸の下町には老舗と呼ばれる洋食屋がたくさんあるが、「じゅらく」はその筆頭と言いたい。洋食と言うよりも大衆食堂であり、ステーキと酢豚と日本酒が同居する店だからだ。浅草の神谷バーも、バーとは言いながら大衆食堂だと思っている。テレビによく出てくる下町洋食シェフの店とはちょっと違う。おそらくデパート大食堂の源流であり、たまの休みのハレの食事としての食堂だったはずだ。

進化型酢豚??

今では、外国人観光客の方が多いような気がするJR上野駅前の「じゅらく」にふらっと立ち寄った。たまたま待ち時間がなかったので入る気になったのだが、いつもは30分程度待たされることも多い人気店。カンターに一席だけ開いていたのはラッキーというもので、軽く食べるつもりがついついガツンと注文してしまった。

まずは酢豚でビールを1杯。スバ歌は本当にローカルルールが多くて、中の具材はいってみれば店任せ。ここのうちの酢豚はなぜか21隻的進化を遂げたらしく、赤・黄・緑の三色野菜は、なんとパプリカだ。人参は入っていない。あとは筍の代わりが蓮根。確かに根菜は栄養たっぷり、食物繊維多しで竹の子よりもヘルシーかもしれないが・・・。これは、イメージの中にある原型酢豚とは似て非なるものと認定するしかない。いやー、下町老舗も進化は激しいなあ。それも、違う方向のような気がする。

気を取り直して定番オムライス。そしてあえてソースはケチャップ味を注文。お皿もお洒落ですけど、このケチャップのバランスおかしくないですか?デミグラソースだとこれくらいの量はかかっていて欲しいが。ケチャップ好きですけど流石にこれは多いかと・・。中身のケチャップライスも、もう一息という感じで、
しみじみ現在進行形で下町の料理は変化していると気がつかされた。

その後目的地、国立科学博物館へ。お目当ては恐竜展。そして子供が少ない平日の午後を狙って行ったのだが、これは予想が間違っていた。世の中に、恐竜好きの大人は意外と多いのだな。そして、若いカップルがデートしていたり、なぜかおばあちゃん単独とか、びっくりする来場者像。そして、2割くらいは外国人観光客だった。さすが、上野の博物館はインターナショナル。

ようやく世間的に浸透してきた、恐竜には羽毛が生えていたという事実。要するにダチョウのような姿が恐竜なのだよということだ。恐竜はバランスを取るために長い尻尾があるので、ダチョウのように直立姿勢では走れないが、首肩尻尾まで地面に水平にして走るダチョウをイメージすれば、まさしくリアルな恐竜の姿ということだ。

そして鶏みたいな小さな恐竜が、あちこち群れていた。それが現在の恐竜像だ。あの有名なティラノサウルスレッスですら羽毛があったというし、色も鳥のように赤とか黄色とか鮮やかだったらしい。ピンクのティラノサウルスって、あまり怖そうではないが・・・。ひよこが大きくなったような恐竜は、見たくない気がする。

だから全身骨格像も、最近では直立していない前傾姿勢が標準的なりつつある。ジュラシックパークあたりから、だんだんと変化してきている。最近のNHKの恐竜解説番組は、その辺りの最新知識で補強されていたので、映像的には斬新だった。

今回は新種の展示もあったせいか、随分と混雑していたが、この辺りの真・恐竜像を理解しておかないと展示会で子供たちに笑われてしまうかもしれないので、中高年は事前に予習をしてから恐竜展にいきましょう。特に恐竜好きの子供のお父さん、要注意でありますね。

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所沢二題 ちょっとおまけ

所沢に本社がある山田うどん。本社工場には併設で大きなレストラン?もあり、その近く出住んでいた時期にはよく行った。そして行くたびに思っていた、安かろう悪かろうだなと。もう30年以上前のことで、埼玉うどん県だと知ったのもその時期で、埼玉産うどんに絶望したのもこの店だった。がっこく給食用の麺作っていると聞いて、ああmそれなら仕方がないなと思った。当時の学校給食は絶望的にまずかったからだ。学校給食のパンとはパンの形をした何かだというほど酷かった。だから、埼玉のうどんもその類のものかと思い込んだ。違ううどん屋に行って、腰の強いうまいうどんが出てきてびっくりしたぐらいだ。が、埼玉県人のソウルフード的な立ち位置にある山田うどんが、みるみる上手くなった行ったのはそれから10年くらい後だったのではないか。うどん自体がうまくなった、つゆの味がレベルアップした。なんでも社長が商品開発から手を引いたら美味くなったという笑い話のような新聞記事を読んだものだ。
そして去年からうどん屋ではなく食堂になるということで看板が変更され、ラーメンが定番となり定食の種類も増えた。ありがたいことだ。うどん280円からは、全校ブランドの丸亀製麺を意識した値付けだと思うが、地元の埼玉人は山田うどんの方を愛しているので心配はないと思う。個人的要望として武蔵野うどんを進化させて欲しい。

うちの近くにある士道館道場は、今やキックボクシングジムなのだそうだ。もう思い出す人も少ないだろう「空手バカ一代」という漫画で、極真空手の代表選手として描かれていた添野さんだが、なんだか暴力団騒ぎに巻き込まれてからは全く噂を聞かなくなっていた。散歩がてら見つけた石碑でふと思い出した。そういえばあの頃は格闘技ブームだったなのだ。それから20年以上経ってからのK1ブームやグレーシー柔術などの異種格闘技の流行も、元はと言えば故梶原一騎原作の諸作が始まりだった。みーんな、故人になってしまったけどね。

所沢駅前に一軒ある高級な中華料理屋の視点だそうだ。本店はコースでいただくレストランだが、視点はお気楽に単品で注文する坦々麺のお店だ。原宿にも似たような名前の店があったが、どちらも英語で言えばDragon Childだから、きっといつかは龍になりたいみたいな意味が込められているのかなあ・・。ここでもひねくれ者の身として注文したのは汁なし坦々麺だったので、次回はきちんと汁あり坦々麺食べに行かなければ。所沢駅前プロペ通りからちょっと脇道に入ったところ。ちなみに所沢は残留孤児の日本語教育施設があったせいか、中華料理屋がものすごく多い。どこも、日本的変化、チューニングが終わっていない豪速球的中華なのでなかなか面白いのだよ。

所沢航空公園

所沢は旧帝国陸軍の最初の航空基地だった。その跡地は敗戦後米軍に接収されて、いまでも防諜用無線基地が残っている。一部返還されたところには、東京航空管制所が置かれ、首都圏の航空管制を引き受けている。ここがテロにあうと飛行機が飛べなくなる。
そして、それ以外にも色々な役所が入っていて、警察も法務局も市役所も税務署も郵便局もみんなこの陸軍飛行基地の跡地に集まっている。防衛医大もあり、なんだか「官」の街っぽいのだが、多分1/10くらいの敷地が航空公園として残されていて、春にはこんな光景が見られる。人口減少が続き若い人には逃げ出される街になってしまった所沢だが、西武鉄道本社もある。西武鉄道グループの城下町なので、西武デパート、パルコなど人口の割には色々と取り揃っていおります。飲み屋もやたら多いし、東京都民には「えー、所沢なの・・・。」と揶揄されるが、埼玉西部の拠点なのであります。