街を歩く

新宿感動 再確認の巻

去年の暮れにおっさん3人クリスマスイブを迎えるにあたり、発見したおしゃれなお店にぜひいってみたいと思っていたが、早々と念願を叶えることができた。2階の感動を味合わせてもらいたいと「二階席」を要望し、めでたくゲットした。一応、入店時に「二階席にも感動があるようですが、一階席はもっと感動しますか」と聞いてみた。ところが、あっさりと一階にも二階にも感動ありますよと返されてしまった。うーん、ノリツッコミの呼吸が欲しかったなあ。などと思いながら、2階に行けば窓の外は新宿の歩行者を見下ろすおしゃれ席だった。なるほど、これが感動の素だろうか・・・。

新宿駅東口を出てすぐの場所なので、もっと席が狭いファストフード的な店内かと思っていたら、予想以上に余裕がある。軽く一杯という使い方もできるが、ちょっとゆっくりと時間を過ごすにも問題ない。想定外の居心地良い空間だった。

こんな時はビルスナーではなくエールに限ると、黒ビールを頼むことにした。東京も下町では黒ビールの人気があるそうだが、山手線西側では黒ビール人気はそれほどでもないような気がする。ただ、冬になると無性に飲みたくなるのも黒ビールだ。

ガーリックソースを塗ったバゲットとアヒージョの組み合わせは、濃い味の黒ビールによく合う。黒ビールの後には、切り替えたハイボールですっきりと・・・。普段はちょっと敬遠気味だったビヤホールというかビヤバー?だったが、次は一人呑みで行ってみようかと思った。
しばらくして、怪しい黒服、襟にきらきらバッジをつけたジジイ連中が入ってきて、露骨に聞こえてくる賄賂と利権の話にすっかり辟易して退散した。次回行く時は、録音機(言い方古いなあ)持っていって、録音データを文春に送ってやろうと「黒い企み」を思いついた、新年早々の出来事でありました。
どうやら、これが2階で味わえる感動らしい。

街を歩く

飯田橋界隈 恋愛の神社らしい

東京大神宮

九段下から飯田橋界隈は、駅からすぐ近くの場所ばかり行っていたので街歩きをしたことがない。東京の街は地下鉄、JRともに駅間距離がさほどでもないから、一駅二駅くらいは歩いての移動が可能だ。逆に歩いてみないと、地理感覚が身につかないようにも思う。
東京都心西部地域、目黒から池袋にかけては折々歩いているので、そこそこ土地勘もできた。大地震の後、どうやって自宅まで帰るかが問題らしいが、少なくとも東京都内西部域からであれば、何通りでも帰り道の検討はつく。しかし、皇居周辺を含む東部域であれは、かなり怪しい記憶しかない。だから、秋葉原から神田、九段下、麹町、飯田橋、四谷から新宿にいたるまで、中央線沿線の繋がりで東京都心部の東西横断はしておくべきだ思う。
そんなことを考えつき、九段下近くから飯田橋、市ヶ谷と歩いてみた。そのついでに、今まで行ったことのなかった東京大神宮に立ち寄ってお参りした。どうも恋愛成就の神様らしいが、今更お世話になることもなさそうなので、見当違いを承知で商売繁盛をお願いしてきた。それでもバチは当たらないだろう。

街歩きをする時の楽しみの一つは、飲食店を含む面白看板を探すことだ。麻辣湯という文字は池袋で見た。酸辣湯麺は好物でよく食べるが、その「酸」がない麺料理のことかと想像してみる。すごく辛そうだ。水が大量に必要になるに違いない。でも食べてみたい、誘惑に駆られてしまう。
隣の「あらごし団」は、なんとなく意味はわかるが、何があらごしなのかなと疑問が湧く。普通は「あらごし果汁」みたいなつぶつぶ感のある液体を指す言葉なのではと思うが、「あら+ごし」という九州の言葉の合成?を疑ってみたり・・・。そもそも「あら」とか「ごし」という単語の記憶があるわけでもない当てずっぽうだ。

歩いているといきなり広場が出現した。この規模であれば普通は公園にするような気もするが、何かの理由があって「広場」で放置されているのだろう。都が地上げをして、この先は周辺も回収して何かにするのかもしれない。青山の児童館建設で地域住民が揉めていたことを思えば、収容した土地を広場として放置するという策もあるだろう。地域住民が高齢化して消滅するまで処分を決めないでおく「住民と揉めない長期戦略」なのかもしれない。義務を果たさず権利を追求すのは、都市住民だけでない。もはや国民的運動とでも言いたいぐらいだ。土地問題は利権が絡んでいるから「専門家」が砂糖にたかるアリのように集まってくるせいもあるだろうし。「専門家」ホイホイが必要な時代だろう。

JR飯田橋西口に出る途中に青森県のアンテナショップがある。たまに青森産の日本酒を調達す流のに立ち寄っているが、銀座周辺のアンテナショップ密集地帯を離れてポツンと一軒あるのが不思議といえば不思議だ。原宿にも新潟県のアンテナショップが単独でポツンある。銀座は家賃が高いから不採算なお店が多いと聞くが、青森県や新潟県の場所選びの理由は知りたいと思う。
この後、法政大学キャンパスと靖国神社の裏を抜けて市ヶ谷まで歩いた。頭の中で、駅と駅、点と点で結ばれていた九段下から飯田橋界隈がようやく道で繋がった。歩くというのは重要だなと再認識する。次は市ヶ谷から四谷経由で新宿あたりまで。あとは四谷で分岐して北側を攻めてみることにしようか。北ルートのゴールは多分高田馬場だな。東京歩き旅?も面白いものだ。

街を歩く, 小売外食業の理論

ディッシャーズ 再訪

びっくりドンキーの新型店舗が開店後一年を経過したので、再訪しようと思っているうちに夏が終わってしまった。オリンピック騒動と長期化した緊急事態宣言ですっかりやる気を無くしていたせいだ。
年内にはなんとかしなければと、新宿までのこのこ出かけてみた。年末の週末なので人出は少なく、店内に客もまばらだったが、この店の真価は平日ランチだろうから、日にちを変えるべきだったと反省した。
基本的には究極の省人化がコンセプトのようで、店内で従業員と対面接触するのは注文した商品が運ばれてくるときだけ。言葉を交わすこともほとんどない。

タッチパネルで注文するのだが、基本のプレートにサイドアイテムや量の調整をすることで自分の好みに仕上げることができる。ハンバーグ五枚乗せとか、飯大増量とか、ガツン系には楽しみなオプションで作成できる。ただ、その分だけお値段は上がっていく。
ソースにカレーが選べるというのは、ちょっと嬉しい。ハンバーグにカレーはかけたくないが、ご飯にちょっとカレーという組み合わせができる。会計は右下にある番号札で、会計機で行う仕組みだった。

橋、ナイフやフォークも木製に代わっていた

ナイフやフォークなども基本的にはセルフサービスになっている。食器が木製に変わっているのは脱プラスチックということだろう。この辺りの最新SDGs対応は、流石に西新宿のオフィスビルというロケーションのせいだろう。けっして某・元環境相のせいではないと思いたい。新宿高層オフィスビル内にあり、SDGsを唱えている会社ばかり入っているビルだから、周りの店でも同じような対応をしているのかもしれない。

カレーソースをつけて1000円程度、西新宿オフィス街では平均的な価格かもと思うが、これが繁華街立地で出店するとちょっと微妙な値付けかもしれない。ファストフードとしては高すぎる。ファミレスとしてみると、妙に接客サービスが足りない気もする。ファストフードとレストランの中間形態、つまりファストカジュアルと考えれば納得がいくコンセプトだ。非対面接触型の店内飲食主導モデルとしてみれば、完成度は著しく高い。
ただ、アフターコロナを見据えて作った店ではないと会社が言っているので、これをうまく発展進化させた「アフターコロ型」をみてみたい。おそらく現在手薄なテイクアウト専用メニューの充実などを踏まえたものになるのだろうが。

現在はピザを導入して夜のちょい飲み需要、パンケーキを入れてティータイムの実験をやっているようだが、本命はハンバーグのテイクアウトではないのかと思う。
あらためて定点観測すべきコンセプトだなと思いながら帰ることになった。気になる店舗でありますよ。

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店内野菜工場は究極の選択か

東京世田谷のスーパーが、店内に野菜工場を持っているという話を聞いて、ノソノソと見学に行ってきた。週末ということもあり店内はそこそこの混雑ぶりだが、10分ほど見ていた間に、この野菜を手にした人は少ない。確かに、いわゆる香草なのでキャベツやレタスのようにどんどん売れるわけではないだろう。

ルッコラとパクチーとバジルが売っている。コレは相当料理を選ぶ野菜、香草だが売っているところが少ない希少野菜だと思う。東京世田谷では当たり前に売られていても不思議はないが、埼玉県某市であればなかなか珍しい。この見学の後地元のスーパーに行ってチェックした。バジル、ルッコラ、パクチーとも置いてある店は一店だけだった。香草は文化の象徴なのか。少なくとも「わさびルッコラご飯」という発想が出てくる時点で、文化の次元が異なるような気がする。首都圏内でもこの差なのだから、全国で比べるとどうなることか。

この小工場のコントロールはどうなっているのかと調べてみたら、店舗の関わりは全っくないらしい。ドイツの会社が遠隔でコントロールしていて、種まきと収穫を日本の出先会社、代理店?が週に1−2回の頻度で面倒をみているそうだ。へーっと感心してしまう。
ついに農業はグローバルになったのだ。スーパーの野菜売り場が全部工場になり、完全地産地消の時代はもうすぐそこまできているような・・・。

なぜ日本の企業がこういうプロジェクトで成功しないかのアンチ・テキストになりそうな気がする。しかし、ドイツからリモート管理とは。地球が狭くなったということをスーパーで学ぶ時代だ。

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新年三景  不思議と奇怪と

新年を迎えて、あちこちで見つけた面白い風景?を三つご披露する。

西新宿 京王百貨店前から小田急百貨店方向

ビルの屋上に目立つユニクロの看板を見て、なぜこんな方向に看板をつけたのだろうと、マジマジと考えてしまった。新宿駅西口周辺の人の流れを考えると、南口から西口に向かって京王百貨店、小田急百貨店の前を通る通行客にしか見えないような気がする。金持ち企業のやることはよくわからないなあ。などと思っていたが、写真を取ったのは看板のせいではなく、その後ろに聳える高層ビルが気になったからだ。
このビルは歌舞伎町の西端に建設中のビルで、新宿では西側、都庁周辺に集中している高層ビル群と駅を挟んだ向かい側にできる。新宿東側の新しいランドマークになりそうなビルだ。ただ、ユニクロの看板がついているビルの手前に、新しく高層ビル(ホテル付き)が立て直しになる予定だ。そうなると、同じアングルから見ればツノが2本立ったようなツインビル的風景になるはずで、その時のために記録として撮ってみた。

ファミマのおにぎり

新年元旦のテレビ番組、コンビニ商品を「シェフ」が難癖つけるという露悪趣味な番組でネットを炎上させたファミマのおにぎり騒動。面白がってネットの発言やらニュースを見ていたら、どうにも食べてみたくなったので、三ヶ日中にのこのこと買い出しに行ってみたら、まさかの売り切れ状態。
ファミマもテレビ局も意図していなかった問題商品の炎上バカ売れ状態らしい。何店かファミマを回ったが、その中のとある店で発見した「心温まる」popだ。切なさがよく伝わる、ファミマスタッフ(本部のスタッフではなく店舗の方)のファミマラブが伝わる傑作だと思った。その後数日経って、この手のPOPは本部の指示ではないと弁明していたらしいが、本部スタッフがこれくらいの提案を現場にしてみろと言いたい。だからフランチャイズ本部は搾取するだけと嫌われるのだ。この和風ツナマヨ、個人的には全然美味しいと思いますけどね。イタリアン・シェフの見ただけでうまさがわかるらしい、エスパー的能力は卑賎な自分にはありませんが。

ご当地キャラ ところん

そのファミマでおにぎり探しをしていたときに、たまたま見つけたご当地キャラ。存在は知っていたが(市の広報などに載っている)、実物は初めて見た。そこでわかったのだが、ご当地キャラには付き人がいて、どうやらあやしい接触を求めてくる不埒な大人からキャラを守る役目があるようだ。
付き人はいかつい中年のおっさんだった。ちょっと見では、怖い警官風というか、反社会的団体の中ボス的な見かけで、子供は接近を許すが大人の接近は、子供同伴の女性だけ限定許可みたいな感じだった。なので、怪しい中高年の身としては、少し離れたところから撮った。
ご当地キャラはだいたいが不思議設定で、妖精だったり、親切な妖怪だったり、異世界から転生してきたりしている。このキャラはどうだったかなあ。全く思い出せない。
キャラ造形としては埼玉県キャラより良くできていると思うが。少しだけ東京警視庁のキャラに似ているような気もする。地元を守る役目があるのかも。

街を歩く

最近の地元駅でのあれこれ

地元の駅は鉄道本社があるため、ライオンズ推しの街なのだが、たまたま駅の改札前で駅員さんがマイクを使って熱狂案内をしていた。「まもなく売り切れ」というお知らせが、熱を伝えていると思うが、それならもっと作れば良いのにと黒い感想も持ってしまった。一時期のライオンズ黄金時代の立役者だから、応援したい気持ちもわかるが。
おまけにちょっと前に首都圏私鉄で一番営業成績が悪いなどと記事になっていたので、余計ブラックな笑いが出てきてしまった。使われない切符を売って儲けるというのも、鉄道会社の常識みたいなものだし。

最近できた駅ビルの一階にあるスーパーには、この周辺で一番品揃えの良い魚屋が入っている。そこで見つけたのが北海道知内の牡蠣だ。函館の近く、津軽海峡育ちの牡蠣は身がシマっていてうまいと評判だが、地元でほとんど消費されて札幌にすらあまり出回らない希少品だ。それが埼玉のハズレで売られていると、妙に嬉しくなる。いそいそと買い込み、牡蠣酢で楽しんだ。新幹線で運べば、函館を朝に出荷すると夕方には店頭に並ぶだろうなあ、などと新幹線物流の話を思い出していた。

そのスーパーでは全国の銘菓を定期的に入れ替えながら販売している。たまに行くと、長崎のお菓子や長野の羊羹、福井の和菓子など色々と並んでいるのが楽しい。ただ、年末だったせいもありお菓子コーナー以上にご当地ラーメンが「推し」だった。最近のご当地ラーメンも再現性がずいぶん高いレベルになっているので、一度現地で食べたことがあるものには手が伸びる。便利な世の中になったものだ。

駅周辺をうろうろした後は、駅ビルのレストラン街で遅めの昼食にするのだが、最近は人出が復活してきたこともあり、どの店の前にも行列ができている。一番行列の少なかった焼肉屋に入ったのだが、よくよく考えると焼肉屋に入るのも一年半ぶりだった。焼肉屋では無煙ロースターが強制換気装置の役を果たしているので安心安全みたいな話を読んだことがあるが、店内は客席の間隔も広くコロナ対応完了しているように見える。それでも行列がなかったのはどうした理由なのだろう。などと考えながら、肉追加で美味しい焼肉ランチを堪能した。
ちょっと前までは一人で焼肉を食べに行くというと、変な目で見られたものだが、いまや一人焼肉が当たり前の時代が来たことには感謝するしかない。
焼肉は旨し。食べた後の満足度は鮨にも勝る。潰れたるしないことを心底祈っておりますよ。

街を歩く, 食べ物レポート

クリスマスイブは焼き鳥で・・

つくねの名店  うましだったのだが

もはや去年の話になるが、おそらく生まれて初めての体験をしたクリスマスイブのあれこれを・・・。
サラリーマンとして働き始めてほぼ30年以上、クリスマスイブは「働く日」だった。若い頃は2•3日はろくに寝ないで働く日だった。三日間でほぼ半月分を売り上げる超がつく繁忙期で、そのまま年末年始になだれ込み正月明けにはひどい風邪をひいて寝込むのが恒例行事という、今であれば法的処理がなされるであろう昭和のブラック環境だった。あれを今やったら確実に死ねると思う。若いということは素晴らしい。
その後も、クリスマスは朝から夜まで働くのが当たり前だった。クリスマスイブのカップル狂騒曲みたいなニュースは、関係ない世界の話だと全く無視していた。それが、今回のイブはなぜか話の成り行きで、外で会食をすることになった。この時期であれば鍋料理かな、などと思っていたが同行者の強い要望で焼き鳥になった。クリスマスイブに焼き鳥とは、なんだかとほほな気分にもなる。

できれば、こんなおしゃれな外観のレストランで、妙齢の美人さんとワイングラスを傾けたい、などと思う歳でもなくなっていたのが救いだ。今回のイブの夜は、オヤジが三人で集まって仕事がらみの話をするという、全く世間的にはあり得ない展開だった。
イブに、オヤジ三人で、焼き鳥屋で、焼酎。いやいや、コレはないでしょうと言いたくなる、泣きたくなる、ぼやきたくなる。ほとんど罰ゲームに近い。おまけに三人の飲むペースが違うので、なかなかお開きにならない。うん、確かに今回のイブは記録には残らないが、記憶にはバッチリ残る特殊事態だった。

焼き鳥屋の代わりに入りたかったビアバーの店頭がおしゃれだった。最近は入り口ドアにベタベタ張られているあれこれ、カードやスマホ決済の利用可能ブランドだったり、東京都のお節介マークだったりがボードにまとめられていて見やすい。こういう細部に店舗マネージメントの力が見えてくる。この店の店長はさぞかし優秀なのだろうと感心した。

その隣にあったボードが、それ以上に凄い出来だった。思わず唸ってしまった。すごいコピー力だ。「2Fにも感動あり」と言い切る力はすごい。特に、「にも」が意味のある言葉だ。2Fにも、というからには、1Fは絶対的な感動があるということだろう。
危うくおっさんクラブで気が滅入りそうな怪しいイブの夜を、この店頭ボードの洒落っ気に救われた。年明け1番に、この店へ美味しいビールを飲みに行こう。

街を歩く

弘前駅のリンゴで考えたこと

弘前駅にはちょっと思い入れがある。10年近く前に仕事で弘前に行って、その時にたまたま買った駅弁が、駅弁行脚の引き金になった。その名駅弁を買ったときには、帰りの新幹線にちょっと小遣いを投入し、グランクラスに乗った。
グランスクラスは軽食と酒が出る。にもかかわらず車内で完食してしまった。津軽のおさかなだらけみたいな弁当だった。
残念ながら、その駅弁はもはや廃番になっているらしいが、それでも機会があれば弘前駅に出没して駅弁を探している。その駅弁探索旅をするたびに、この巨大リンゴオブジェにご対面することになる。
駅のオブジェとしては、このリンゴと会津若松駅の赤べこ、牛の印象が強い。石巻のサイボーグ009も感動したが、物としては、このリンゴが最強だろう。

弘前は、いうまでもなく江戸時代を通じて中心だった。明治期になっても文化都市として栄えていた。ただ、昭和期に入り津軽海峡、宗谷海峡を超えて樺太(現サハリン)に至る北方鉄路の要衝として青森が隆盛を誇った。津軽の中でも微妙な勢力争いがあるらしいのだが、それも今ではどうなのだろう。

桜で有名な弘前城だが、冬の間も雪に埋もれたお城が観光名所になっているようだ。個人的には雪の中を歩くのに嫌気がさすのだが、雪が珍しい地域からの客には、風情のある光景なのだろう。四季を通じて楽しみを見つける、イベントを行う、観光客を呼び込むというのは、近代都市の文化政策としてはとても正しい。人の往来がなければ町は衰退するだけだ。JRを使えば、青森から弘前は30分ほどの地下さだし、新幹線と連動すれば地の利も良い。リンゴ以外に何か名物ができれば、爆発的とはいかないかもしれないが弘前も観光都市として人気が出そうだが・・・。

全国どこでもあるようなイベントではなく、弘前に行かなければ味わえない興奮みたいなもの。見るだけではなく体験する。時間をかけて楽しむ。何度も訪れて楽しむ。その辺りが、令和の町おこしにつながるのではないかと、薄ぼんやりと考えている。

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西新宿のクリスマス風景

ここ数年、クリスマス前後は晴天が続いているような気がする。コロナでの外出制限など、面倒くさい年が終わり少し開放感が出てきたクリスマスだが、人通りが元に戻ったと言えるほどではなかった。それでもあちこちにモニュメント的な造形物ができていたから、気分は上がり気味ということだろう。
オリンピック前後の自粛を迫りながら、イベントを盛り上げる「狂気の時期」はどこかに行ったようだ。総理大臣がクビになる程だから、やはりあれは社会的に、政治的に異常事態だったのだろう。
クリスマスから年末にかけては、狂気から覚め静かな動きをしているように見える。
将来、歴史の教科書に2021年東京オリンピックがどのように記載されるのか、実に楽しみだが、優秀な為政者が国難を鎮めたと書かれることだけはないだろう。無知で無謀な国と都の暴走行政と書かれるような気がする。

その暴政の元の都庁の周りに行ってみた。休日であり人でも少ない。クリスマス期特有の盛り上がり感やイベント感もない。本当に静かな街だった。都庁の周りには高層ビルが立ち並び、週末でも賑やかな場所だったはずだが、イベントもほとんど行われていない。よく見れはビルの窓の中も暗い。休日出勤するジャパニーズビジネスマンは撲滅されたらしい。個人的には良いことだと思うが、昭和、平成といつでも活気あふれるビジネス街として栄えていたはずの新宿高層ビル群エリアが、令和になってついにギブアップした感じがする。

2021年「日本の混乱と狂気」と歴史にかかれるであろう一年が終わり、その元凶である東京の伏魔殿、都庁を見に行ったのは、ささやかながら歴史の証人になるつもりだった。
都庁の窓も真っ暗だったから、きっと休日出勤する人もいないのだろう。それはそれで平和の表れかもしれない。
民主主義国家で首長は選挙で選ばれる。馬鹿な首長が選ばれたのは、選んだ市民・人民が馬鹿なのだと言われてもしかたがない。馬鹿と言われる市民にならないよう、今年は精進しなければなあと、念頭のささやかな豊富であります。

街を歩く

有楽町から銀座へ

12月の初旬に銀座に出かけた。たまたま通りかかった、有楽町の宝くじセンターは長蛇の列だった。確率的にはどこで買っても同じだろうが、やはり一等当選が出ていない売り場とたくさん出ている売り場では、人気度が違うようだ。有楽町の駅にある宝くじ売り場もそれなりに行列ができていた。まだ、午後5時前だったので、この方達は仕事の途中でちょっと抜け駆けして宝くじを買っていたのだろう。5時を過ぎたら、この何倍もの行列ができるはずだ。この行列が意味するものは、少なくともコロナが落ち着いているということだろう。あの夏のオリンピック狂乱期とは違う。

そんな師走の後継を見ながら、銀座3丁目の商業ビルの屋上に行ってきた。夏は流石に暑いが、それ以外の季節であれば人影も少ない。空中公園とでもいうべきだろうか。コロナの間は閉鎖していたのではないかと思うが、今では解放されている。ベンチがあちこちにあり、ドリンクの売店もある。この屋上の下の階はレストランが多数営業しているのだが、食事を目当てに来る人たちには、この空間は目に入らないのかもしれない。銀座を散歩して、ちょっと休憩したくなったときに便利な場所だ。目の前が、かの有名な「和光」なので、ゴジラをボスとする怪獣たちが来襲したら、まず真っ先に破壊される、東京デストロイヤーのターゲット地域だ。最近のお約束の地は国会議事堂・東京タワーから変わって、渋谷とスカイツリーみたいだが・・・。やはり伝統芸として、晴海上陸で銀座へ侵攻、微妙に皇居を避けて国会議事堂というコースだろう。

みたいなことをを妄想するには良い場所だ。今日の夜であれば、カップルにあふれていそうだ。聖夜が終われば、1週間で謹賀新年になる不思議な国にはよく似合う「ハイスペックタウン・銀座」のスイートスポットです。