街を歩く

札幌 大通りのはずれを歩くと

まだ雪が溶けきらない札幌で、中途半端な距離を歩くことになった時に発見したもののあれこれ。
おそらく生まれて初めて見た出汁の自動販売機、「だし道楽」というなんとも絶妙なネーミングなのだが。オフィスビルの脇にある駐車場前に置いてあった。普通であればこの場所はソフトドリンクの自販機があるべき場所だ。

販売しているのはペットボトルに入っている出汁の素、それも2種のみ。パネル内に書いてある通り、上段は「焼きアゴ出汁」で下段は「宗田カツオ入りの出汁」。

値段はちょっと見にくいが一本700円だった。スーパーマーケットで売られているだしの素より相当お高い。なぜか子供の散歩中らしきお母さんが買っているのに釣られて、つい一本買ってしまった。まさしく「謎」商品の自動販売機だ。なぜ出汁を?なぜ路上の自販機で?

その謎自販機の向かい側にある、これまた不思議なオブジェ。神社にいるならアリかもなあと思って近づいて見たら、なんとなく狛犬というよりライオンみたいな雰囲気がする。シンガポールのデパートの前で同じような、守護獣的な彫刻を見たことがあるので、ビルの守護者なのだろうか。三越の前にいるライオン像みたいなものか。いずれにしても安心感をもたらす「ありがたい」代物なのだろうな。街中のビルにこんな守護者がいれば楽しいなと思った。しかし、狛犬からライオンか妙に気になる。

札幌で紀州名産にお目にかかるとは、ちょっとびっくりだが。お昼時でなかなか人気のお店らしい。めはり寿司を買ってみたいと思ったが、ランチの買い出し部隊の邪魔をしてもね。注文するのは、また次回にしよう。しかし、なぜ札幌でめはり寿司なのだろう。高菜も取れないだろうしなあ。

街を歩くと不思議がいっぱいだ

街を歩く, 食べ物レポート

狸小路7丁目の居酒屋

札幌の中心部に東西にほぼ1km続くアーケード街「狸小路」は、バブルの後しばらく頑張っていたが、平成時代に古くからやっていた店が次々と潰れていった。昔は1丁目から5丁目まで映画館があった。スターウォーズ第1作、エピソード4は狸小路1丁目の帝国座でオールナイトでやっていた。7丁目以降は、小ぶりの居酒屋と連れ込み旅館があるイカガワシイ?エリアだったようだが、すっかり寂れて空き地化していた。それがここしばらく若者向けの飲食店がずいぶん開いて、何やら賑やかさを取り戻している。

そんな狸小路7丁目の「男の居酒屋」に入ってみた。名前からしてストロングスタイルだ。どれだけごっついおやじが店をやっているのかとおもったら・・・。
なんと、この店、外見と全く異なるイタリアン系な居酒屋らしい。店に入り熱燗を頼んだ。男の居酒屋だし。出てきたお通しはモツの煮込み。これはなかなかよろしい濃厚系な逸品だ。確かに男の居酒屋らしいぞ。しかし横につけられたバゲットのトースト、これはおしゃれすぎないか?などと、疑問符が出はじめた。東京下町森下の有名店でもモツ煮込みにはガーリックトーストだけど・・・。男の居酒屋だしだし、それはないか??

モツ煮込み

とりあえず目についたので注文した「和え物」の一品が妙に綺麗だ。これが男の居酒屋?と言いたくなる。味も繊細だ。

続いてお代わりした熱燗に自家製しめ鯖とポテトサラダを追加。ああ、これはうまい。しめ鯖は自家製と工場生産の違いは一口でわかる。自家製しめ鯖は、酢は洗う程度、塩で締めているから酸っぱくない。脂が甘く感じる。ちなみに日本海産のサバはアニサキスが別種らしいので、安心?して生サバが食べられる。(当たる人は当たるらしいけれど)ポテトサラダは、ご飯のおかずにはならない大人向けで、ちょっとねっとりした口当たりが意外と日本酒に合う。ポテトサラダのうまい居酒屋は、何を食べてもうまいはずだ。(独断と偏見です)

ポテトサラダは好みの味だった

焼き鳥とか焼き魚とか、普通の居酒屋メニューに混じってイタリアン系の創作料理風な品々が並んでいる。こと食べ物に関しては摩訶不思議という感じだが。次々と予約の宴会客が入ってくるのは繁盛店の証拠だろう。しかし、この店は、ぶらっと入ってきて男一人でカウンターに座ってちびちびやるのが良さそうな気がする。

狸小路7丁目には、こんな感じの店がたくさんあって、ススキノではなくオフ・ススキノで飲むには絶好の場所だ。ディープな札幌の夜に遊びに行くには良いよね。

街を歩く

コロナの破壊力

北海道でいろいろな自粛宣言が出されて、観光客の減少であったり、市民の外出自粛であったりの影響がストレートに出るのが外食産業だろう。食料品や日用品は自粛による巣篭もりのため、トイレットペーパーの買い溜めなどの弊害はあるにせよ、消費は瞬間的に伸びていた。ところが、外食では一部のテイクアウト需要以外は、壊滅的な影響を受けているはずだ。

典型が札幌駅地下にある、いつでも長い行列のできる鮨屋。昼の12時に待ち客ゼロなど、ここ何年も見たことのない光景。この鮨屋の向かいの店も観光客を含め長い列ができる人気店だが、やはり待ちゼロだった。それでも客がいる店は良い。超人気店でこの有り様なので、普通の店はガラガラと言うことだ。

札幌駅地下街 いつもお世話になってる花まる

同時期の札幌地下街、土曜の1時過ぎの光景。これが朝の6時と言われればそうかもなあと言うレベルで、商業的には壊滅状態だろう。確かに知事の外出自粛宣言の効き目があるといえばそうなのだが。

札幌地下街 オーロラタウン テレビ塔付近

雪の札幌を目当てに来る外国人観光客が、ほぼ間違いなく出現する北海道庁旧庁舎前も、人通りは皆無に近い。同じく外国人観光客集合点の時計台前も似たような状況で、ここ4−5年の外国人観光客の数がいかに多かったかと言う証明みたいなものだ。

北海道庁 赤煉瓦前

札幌駅前の昼過ぎ。キャリーカートを引きずる旅行者が群れをなして、カードのゴロゴロ音がやたら響いていた場所だが、静まり返っていた。

札幌駅前の光景 天気が悪いのでみんな地下道に潜ったわけではなかった

自粛要請が解除され、日本人の行動は徐々に戻るだろうけれど、外国人観光客が戻ってくるのは随分先のことに違いない。そもそもアジア系の人たちは、これからコロナ対策のピークを迎える国ばかりだろうし、大陸や半島からの日本入国が解除になるのはいつになることか。

ここしばらくインバウンド需要で熱狂していた観光業界も含め、国内需要を取り戻す地道なマーケティングに軸足を移したほうが良いのではと思ったりもする。
少なくとも休校対策が取られた時も、サービス業の現場は通常通り動いてはいたけれど商売にはなっていなかった。効率的な経済活動を取り戻すには、知恵とお金を使わなければならないのは確かだ。それも外国人観光客に頼らない、日本人向けの商品開発だ。

街を歩く

コロナ騒動の発生前は・・・

春節で大量にチャイニーズ観光客が訪れ、コロナが騒ぎ始められた頃の渋谷の街。所用で朝早くに歩いた時にとった写真で、そろそろドラッグストアーからマスクが消えた時期だった。

年初は新名所だったスクランブルスクエアビル

渋谷再開発は順調に進みJR渋谷駅周辺では、続々と高層ビルが完成している。東京オリンピックのプチバブルの恩恵を最も被っている場所と言えるだろう。外国人観光客の姿も目立つし、彼らが有名なスクランブル交差点の真ん中に立ち止まり、写真を撮りまくる姿は当たり前のようになったのだが。

早朝だったとはいえ人通りが減っているような気もした。何よりも、東京2020などと言われても、開催できるのかなと思い始めた時期でもあった。日常が平和であった証拠だろう。

ハチ公前広場

あれから1ヶ月経ち、日本中がコロナで大騒ぎ。先の大地震の時には、東日本は混乱の最中にいたが、西日本にはほとんど影響が出ていなかった。東京のコンビニでは食料品の棚が空っぽになっていたが、同じ時期に出張で行った北海道はコンビニもスーパーも常と変わらぬ姿で、商品満載で営業していた。首都圏では欠品が続いていた納豆を土産に買って帰ろうかと思ったほどだ。西日本も状況は同じで平常な日本の消費社会だった。
今回は、北から南まで、おまけに半島や大陸の国まで合わせての大混乱で。
その上に、国会を含め対策を取るべき行政、立法が内輪揉め。対応の主力であるはずの医療関係者も仲間割れ。マスコミに至っては、反政府で煽りながら、大本営発表しか報道しなかった時代と全く変わらない情報操作ぶり。
つくづくこの国は「動乱」や「変化」に弱い国らしいと改めて確認してしまった。

まあ、自分に都合が悪くなると掌返しする奴が明らかになったのが唯一の収穫かな。誰とは言わんが・・・。

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高齢者御用達の居酒屋が空っぽ

本日は高田馬場て打ち合わせを兼ねた会食。選んだ場所は安めの居酒屋で開店と同時に高齢者で満席になるところなのだが、やはりというか想定どおりガラガラで。

これで予防と消毒以外の消費は、全て巣篭もり対応になるのだな。

昼に見に行ったレンタル店では子供を連れた母親がちらほらという感じで、買い物は午前中に行動する高齢者はスーパーにも見当たらず。

喉元過ぎるまで2週間、外食産業を含めしんどい目に遭うところは多いだろう。ただし、2週間過ぎてこの我慢が続けられるか。確か先の大震災のときも2週間ぐらいでジタバタするのが終わったように記憶している。今回はインフラが生きているから、圧倒的に凌ぎやすいはずだが・・。

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中華 五十番

のれんの上に書かれている「創業昭和36年」は、1961年ということだから、
来年で還暦になる中華料理屋としては「老舗」の貫禄というところだろう。

昔々に通っていた頃は、狸小路3丁目、サンデパートの地下にあった。サンデパートはいつの間にかなくなり、ここしばらくはドンキホーテに変わっていたが、今やビルごと建て替え中で、我が愛する五十番は消滅かと思っていた。ところが偶然ネットで発見したので、移転先に五十番を訪ねに行った。おまけになんと引っ越した五十番は2軒あるらしい。

一つ目が札幌地下街の東の外れ、テレビ塔近くのビルの地下にある。
久しぶりに酢豚を食べた気がする。ここの酢豚は、一番オーソドックスというか、自分の中にある酢豚のイメージに近い。学生の頃から玉ねぎとにんじんと竹の子の組み合わせは基本中の基本だと思っていた。その後、世の中にいろいろな酢豚があることを思い知る。

酢豚を食べた後で、ラーメンを食べるか、一品料理を追加するのにいつも迷う。それくらい量が少なめというか酒の肴的にちょうど良い。

もう一軒は、札幌地下街南の外れにある。ススキノのショッピングビルの地下にあるのだが、このビルもまた取り壊しになるそうで、2度目の引っ越しは大丈夫かと心配になる。メニューは昔懐かしのラインアップだが、お値段は随分とこなれている。

この店では、ビールを頼むと小皿に入った柿ピーが出てくる。これぞまさにお通しというか、昔はデパートの大食堂でも、ピーナッツの小皿がビールについていたもんだなどとノスタルジーに浸ってしまった。
デパートの大食堂で、握り寿司とラーメンとカツ丼が同じテーブルに並び、子供たちはそこにチョコレートパフェ を追加していた。今のように専門店が利用できるような時代ではなく、庶民の外食の場といえば、大衆食堂、街の中華料理屋、デパートの大食堂くらいしかなかった。

余談だが、札幌三越の最上階に大食堂もどきがあることを、しばらく前に偶然に知った。北海道のうまいもの市みたいなイベントに行った時に発見した。すでに絶滅しているものと思い込んでいた「デパート大食堂」に、次回は挑戦してみたい。

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行列の話 男も並ぶチョコレートは大人気

札幌駅で所用があり、開店前の大丸の前を通りかかって大行列を発見した。ちょうど新型コロナ来襲の時で、これはマスクの大量放出でもあるのかなどと思いながら、ついつい何の行列か確かめたくなった。

10時過ぎに大丸が開店し行列が進み始める。自分の所用を片付け戻ってみると、まだ店外に行列は伸びていると言うか、長くなっていた。そこで、行列の先頭をたしかめにいくと・・・。

これで行列の半分くらい

一階のブランド物が立ち並ぶゾーンで、まさかのお菓子の特設会場だった。どうやら東京に数店しかないブランドが出張してきているようだった。それにしてもこの行列の長さはと思うい一方、大方が女性であるが、中には男性も混じっていて、それが言っては申し訳ないが、「俺、甘いものには目がなくてさ」的な感じがあまりしない。どちらかと言うと、誰かに言われて渋々行列に並んでいました的な、お使いモードのような気がして仕方がない。
ただ、バレンタインチョコの世界では男性の購入がとてつもない勢いで伸びているらしいので(おそらく自己消費専門だろう)、甘いものに男女差はないと言うか、男性客の大人買いが目立っているそうだ。

甘い物好きに男女の差はない?

そのあとで、調べ物ついでに札幌駅ビルのレストラン街に行ったら、これまた開店前から大行列ができていたのが「帯広の豚丼」屋で、これまたすごいなと覗きに行った。小ぶりな店で店内の客席が少ないこともあるのだろうが、どうやら人気の中心は外国人観光客らしい。店頭にある順番待ちの記名シートを見ると、何と日本人名は半分以下、大多数がカタカタかアルファベットでチャイニーズ的名前がずらりと。
これはこれですごいことだと思う。行列という「かなりどうでも良い日本文化」に触れながら、日本食を楽しむ。それが鮨や天ぷらといったオーソドックスなものではなく「豚丼」という北海道の、それも帯広周辺の局地的なローカル食にこれだけ食らいつくとは・・・。

ほとんどが海外からの人たちと思われる。
いつも行列で、今まで一度も入っていないのが残念

確かに札幌でもスープラーメン、回転寿司、ジンギスカンなどの有名店では行列が必至だが、その中に外国人観光客がかなりの比率で混じっている。大型の居酒屋でも会話は日本語とチャイニーズが半々くらいだったりするからびっくりする。札幌も大都市だが、行列までグローバル化するとは、いったい何がどうなっているやらという感じもする。ただはっきりとしているのは、この10数年で日本がすっかり貧乏国になり、開発途上国から来る旅人ですら日本が割安と感じていることだろう。逆に日本人が海外旅行すると、その物価の高さに閉口する時代になったということなのだ。
その昔、日本人が海外にブランド物を買いあさりに行っていた時代はすっかり過去のものになり、貧乏になった日本人はお金持ちの海外観光客に、日本人には売れなくなった高い物を買ってもらう社会になったということだね。

などと行列を見物して思った。

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川越で利き酒をする

小江戸川越は、今や関東有数の観光地になった感がある。古い街並みを残しつつ、商店街を含めた街づくりが効いているのだろう。その川越で東武鉄道川越駅から西武鉄道本川越駅に向かう商店街の外れに、ききざけ処がある。隣は和食レストランで、旨そうなメニューが並ぶが、とりあえず店内に入ると・・。

角打ちしましょうの看板があり、なんと昼から堂々と日本酒が飲める。お江戸の門前仲町の酒屋も、お不動さんの参詣客に昼から飲ませているが、ここはもっとストレートだ。

お猪口は山盛りにされていて、自分で取ってくる。追い水は、これまたセルフサービスで持ってくる。店内の解説によると、江戸時代に関西からの日本酒が江戸市場を独占していた時期があり、幕府が江戸からの資金流出を嫌い、現在の埼玉県あたりで酒を作ることを奨励したのが、埼玉県下に造り酒屋が多い理由だそうだ。地産地消の進めというより、東西経済不均衡が理由というのが何やらきな臭い。

そして利酒のやり方だが、自動販売機のような陳列機がある。ここに隣にある引換コインの自動販売機で500円を投入し、コインを4枚手に入れる。このコイン一枚でお酒が一杯買える仕組みだ。機械の右側にある酒出口の下に猪口を置いて、好みの銘柄のボタンを押すと、およそ30mlほどの酒が出てくる。

埼玉県下の酒蔵から30種類以上の酒が提供されている。本醸造から大吟醸まで各種取り揃えで、自分の好きなものを選んで飲むのだ。

とりあえず、ラベルで選ぶのもよし、銘柄や醸造元で選ぶでも良い。コイン4枚で、ほろ酔いになるくらいの加減だ。このコインで、カウンターで肴も買うことができる。おでんや乾き物など簡単なものだが、500円単位の買い物なので、酒と合わせて1000円もあれば楽しめる。

  • 試した酒は
  • 12番 金勝山・本醸造 晴雲酒造(小川町)
  • 22番 天仁・大吟醸 横関酒造(美里町)
  • 31番 神亀・純米 神亀酒造(蓮田市)
  • 35番 清地村・孫米 関口酒造(杉戸町)

たまたま行ったのは昼過ぎくらいのタイミングで、それなりに一人で飲む人、カップルで楽しむ人など、昼酒を楽しんでいる。立ち飲みなので長居はしないと思うが、10−15分程度のお気楽さが程よい。
川越名所といえるかは横に置いておくが、散歩のついでにはちょうど良い感じだ。

街を歩く, 食べ物レポート

山頭火の話 続き 経営とは何かみたいな・・

この話はラーメン屋の宣伝でありません、念のためお断りしておきますよ。

地下鉄のホームでぼうっと電車が来るのを待っていたら、山頭火の看板広告があり、なんともなしに見ていると、先日食べた店が(南3条店)見当たらない。広告が古いのだろうと思い、スマホを出して検索してみた。やはり、南3条店は存在しないらしい。おやおや?

そこでとりあえず一番近いところにある北1条チカホ店に行ってみようと、次の日になってのこのこ出かけてみた。

地下鉄ホームの広告 店名の書き順に注意→「火頭山」

店の前に行って看板を見て気がついた。ラーメン山頭火は昔風に右から左に書かれている。頭の中には「山頭火」とはいりこんでいるから、あまり気にしないでいたが、きっちり読めば「んめーら 火頭山」ではないか。

店頭の看板→「火頭山」

店に入りカウンターで醤油ラーメンを注文して、前に食べた南3条の山頭火ラーメンの写真と比べてみた。なんか違う。海苔はないぞ、ゴマもないぞ。スープの色は似ているが、味は明らかにこちらの方が濃厚な気がする。塩味も強めで、スープは強く感じる。まあ、自分の舌を信じるとすれば前回とは異なり、これが昔食べていた味に近いような気もする。ついでに隣の席で食べている塩ラーメンを見ると、まさに「イメージに残る山頭火」のラーメンが出てきている。真ん中に赤い梅干が乗っている、特徴ある白い濃厚スープだ。

醤油ラーメン

ラーメンを食べ終わりサイトを見ていたら、何だか不思議な一文がある。うちらは南三条にある店とは関係ないよ、みたいな意味だった。
そこで、写真を見直して初めて了解できた。南3条にあった懐かしの場所のラーメン屋は、有限会社山頭火が運営する、屋号「ラーメン南三条」なのだ。こちらが勝手に山頭火と思い込んでいたから、勝手に山頭火南三条店と脳内翻訳されていたわけだ。

おそらく経営上の問題か何かがあり(フランチャイズと本部の行き違いとか、兄弟でやっていたブランドが兄と弟で別れたとか。王将はそのケースだ)、色々と揉めたに違いない。そこに踏み入ってあれこれ言うつもりはないが、ラーメンが似ているけど味が違うと言うのは、ちょっと困ったものだなあ。ラーメン南三条の場所は長年使ってきた愛着があるだけに、全く違った屋号でラーメン屋が開いたとしても行かなかったかもしれないが・・・。

そのあともネットで情報を探してみたら、「山頭火」は世界各国に展開していて、日本国内よりも海外店舗の方が多いようだ。それはそれで素晴らしい。うまいものは国境を越えて広がると言うことで。旭川発の世界ブランドとは素晴らしいの一言に尽きる。ただ、その世界拡大の中で御家騒動みたいなことが起きたのだろうななと推測した。
うーん、たかがいっぱいのラーメンで、何だか色々と学ばせてもらってお腹いっぱいになってしまった。

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ノスタルジー・マーケティングの実践例 昭和な光景のラーメン屋

ノスタルジーマーケティングという考え方が流行っていたのは、多分2000年代中盤くらいだったような記憶がある。
単純に言えば1950−60年代生まれの層が(当時はおっさん、今やジジイ、女性もいるがそこはポリコレ的に遠慮して)、制作現場で親分になって行った時期にあたる。自分たちの世代が懐かしがるようなものを使えば、共感が得られやすいといういささかさもしい根性があったと睨んでいる。
自分たちが小中学生だった頃のキャラクターがやたらとCMに出てきた。ウルトラマンや仮面ライダーのようなシリーズ化されて連綿と続くキャラクターではなく、ある時期だけ流行っていたようなもの。例えばアニメキャラではガッチャマンであり、スーパージェッターだった。これはリアルタイムで見ていない世代からすると???、これ誰って感じだったのではないか。
楽曲でもナツメロというかリバイバルというか、サザンオールスターズや松任谷由美など今でも現役のアーティストの極々初期にリリースされた物を焦点に当てると言った技だ。

ディテールに凝る;チャンネルガチャガチャまわしのテレビが必須、あと電話機は黒にしないとね

昭和中期を懐かしむ世代を引きつけ、あわよくば平成生まれには「なに、あれ?」的な興味を植えつけようという手法だと理解していた。昭和レトロという言葉の前には大正レトロという言葉もあったような記憶があるが、大正時代をリアルに生きていた方達はもはやほとんどいらっしゃらないので。だから、マーケティング的に「表象」として使える時代は昭和40−50年代という、平成にはまだまだ早くて遠いという時期だった。

まあ、そういう時期の「茶の間」と言われた空間を再現して見せたのが、ラーメン屋というのもまた面白いが。当時はまだ茶の間という言葉は常用語であったし、リビングルームなどという言葉は新興勢力だった。電話はだいたい玄関か茶の間のどちらかに置かれていて、プッシュホンは普通に使われてはいなかった。ダイアル式電話が主流の頃だ。(30歳以下の人たちはダイアル式電話の掛け方はわからないだろう)
テレビは筐体が大きく、映りが悪いときはどんどんと叩くとなぜか映りが良くなったりした。ちゃぶ台は、インテリアではなく必需品だった。北海道ではまだ石炭ストーブが現役だったし、ストーブの上には大きなヤカンが乗っているのが常識だった。(蒸発皿という原始的な加湿器も使われていた)

というような光景を見て、ホホウと感心するのは今や高齢者しかいないはずだが、こういう場所に孫を連れてきて昔話をするというのは、それなりに説得性がある。コミュニケーションツールとしては効き目がありそうだ。

ディールにこだわる:当時のランドセルは調達が難しいだろうが椅子と机は本物に

まるで小学校の教室のどこかから持ってきたような、ランドセルのかかっている椅子と机も、ああ、確かに当時はこうだった。教室にランドセルを置く整理棚みたいなものはなかった。個人の持ち物は全てランドセルの中で入っていた。

ディテールも凝る:スープの表面の脂はラードが望ましい

こういうノスタルジーを誘う内装の店だから、ラーメンも昭和40年代の世界観から一歩も外には出ない。北海道的な当時の標準形ラーメンとは、鶏ガラベースのスープ、カンスイをつかった縮れ麺、赤い渦巻のナルトとシナチク(メンマ)、そして固くて薄いチャーシューだ。当然ながら無化調などというはずがない。たっぷりと旨味調味料が入っていた。
この店で現代風にWスープだ、節系だと言われても、逆にちょっと困惑してしまう。
やはり全体の景色を壊さないほうが良いのだ。商品も含め、まさしくフーテンの寅さんが実在していた時代と思わせてくれればいい。

平成世代には、まるで時代劇を見るようなものかもしれないが、それはまた違ったギミック溢れる世界として喜んで貰えば良いのだ。ただし、その雰囲気を楽しむためには、昭和時代の解説者というか、説明があった方が良い。昭和の風景を理解するためには情報を受け取れること、注釈が必要だろう。

ノスタルジー空間は、リアルで体験した世代とその後継世代が上手に楽しめれば、あざといアイデアで怪しげな世界を構築するよりも、共感が得られやすいことは確かなのだ。だから、ここしばらくは(後期昭和世代が生きている間は)ノスタルジーマーケティングの効果は十分活用できるレベルにあると断言する。
そして「食べ物屋」は、その昭和体験・実体験が簡単に行えるので(実食すれば良いだけ)、もっと有効だろう。
ただし、ディテールの凝り方を間違うとインチキ扱いされるので時代考証は綿密にすることが必要だ。

といろいろごたくを並べてみたが、この店のラーメンはとても好みで、何度も通ってしまうラーメン屋ということなのだ。新札幌駅隣のショッピングビル「サンピアザ」の地下にある。興味がある方は検索「新札幌駅 ラーメン屋」してみればすぐ分かるはず。