街を歩く, 旅をする

最近の土産物?? 

べこ餅 2種

JR札幌駅の西改札を出て正面右側に、北海道産品を集めた見本市のような土産物屋がある。厳密にいうと、地場の人たちが普通に食べたりしているものもが並んでいるので、土産物屋というとちょっと違うかも知れない。
その菓子コーナーの一角に「べこ餅」がひっそりと並んでいた。以前にも書いたが、べこもちのルーツはおそらく岩手だ。岩手県からの北海道移住者が持ち込んだローカル菓子が、いつの間にか北海道全域に定着したのだと思う。北海道人の多数は、もはやこの菓子のルーツを知らないらしい。独自の北海道文化だと思っている。そんなものが北海道には無数にある。移民ゆえの劣等感や望郷感の裏返しで、「北海道独自」文化を言い募るのは、北米大陸の文化と似ているといえば言い過ぎだろうか。
さて、この菓子の名前の由来だが、黒白の二色が牛の色を想起させるから、べこ餅というのではと思う。米粉でつくる甘い菓子だが、一番近い和菓子はスアマだろうか。串団子の団子が甘く味付けされているという感じもする。
それが、どうやら北海道開拓開始150年を迎えて、進化を始めているらしく「くるみ入り」べこ餅が並んでいた。そのうち、ハスカップ入りとかラズベリー入りとか黒豆入りとか、急速にバリエーションが増えそうな気もするが・・・。おそらく大本命はチーズインべこ餅になるだろうと、密かな予想をしている。これは期待の土産菓子新製品だ。岩手ルーツの北海道育ち。まさに、北海道独自製品と呼べる一品・・・になってほしい。

旭川土産としては有名らしいのだが、これまで名前しか聞いたことがなかった。現物を初めてみた。知り合いからお土産に注文されたので探しに行ったのだが、簡単に発見した。なかなか面白い菓子だ。
一言でいえば「ぬれ煎餅」ならぬ「濡れクッキー」だ。生地がしっとりというか、ぐっしょりというかシロップでやわらかなくなった感じだった。丸々齧るより、指でちぎって食べるのが良さそうだ。味は、定番がチョコ、そして進化版がホワイトチョコ。その後にナッツブームで生まれたらしいアーモンドとラインが広がった。そして最近では、いよいよ真打ち登場ということでチーズが投入されたようで、全4種類野良インアップだ。四枚入りの小箱で販売されているのも、今風のお土産トレンドに合わせている。よく考えられた商品だなと感心した。
個人的にな思いだが、旭川土産としての一番は、りんごが丸々そのまま一個入ったパイがおすすめなのだが、どうやらテレビ放送に出たあとは売り切れが続いているようで、それは次回に調達するしかない。
お土産業界もそろそろ新潮流で業績回復を狙う時期だから、新製品が楽しみだなあ。

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旅の始まりはいつもグッズ選び

ワークマンのソロキャン用ボストンバッグ 使い勝手良し

旅をするたびに、何がしか新しい道具、ツール、グッズを試すのが楽しみにしている。今回の旅グッズは新作ボストンバッグだった。ワークマン製でソロキャンプの道具を一式入れることができる大容量だが、キャスターと背負子がついているので、場面に応じてゴロゴロと引き摺り回したり、リュックのように担ぐこともできる。そして、機内持ち込みできる最大の大きさなので、航空機旅にも使いまわせるという優れものだ。ちなみに重量は通常のキャリーケースのほぼ半分という軽さだ。ワークマンのサイトを見ると、どうやら女子向けらしい。それを今回はお試ししてみることにした。3−4日の旅であれば楽勝な容量だろう。

みなとやの肉蕎麦はもはや出発前の儀式

旅の始まりに羽田空港で軽く昼飯を食べることにした。メニューは迷うことなくラー油蕎麦だ。ただ、空港価格というべきか「軽く食べる」というお値段ではないので、最初に食べた時は良かったが何度目かになるとちょっとお値段として厳しいかもしれないなあ。うまいけど・・・。

珍しく機内から写真を撮った。搭乗口から滑走路に出て離陸するまでの写真をあれこれとって見た。普段であれば、このタイミングはそろそろ昼寝を開始する頃だが、今回は空に飛び立つまで窓の外の景色を見ることにした。なんだか、気分は小学生が夏休みで祖父母の家まで一人旅をするような感じだった。

改めて見れば滑走路というのは実に広大なのだな、とあまり意識をしたことのない事実に気がついた。滑走の幅いっぱいに人が何人も広がって、滑走路の端から端まで異物が落ちていないか目視で確かめる作業の話を読んだことがある。この滑走路の広さを見ると、気が遠くなるような作業だと改めて思った。一般の人にとって2キロ近く直線を歩くという経験はないだろう。

そして、2時間弱のフライトのあと、JRで1時間移動すると、そこはもはや北国で爽やかな夏の日だった。夏の東京と札幌の一番の違いは、残念ながらもはや気温ではない。蒸し暑さだ。暑い日の札幌は首都圏の都市とほぼ同じ気温だ。だが、決定的に違うのは湿度で、首都圏のサウナ状態とは違う。からりとした暑さで、風さえ吹けば体感的には圧倒的に涼しい。日陰にはいれば、その暑さも一段と和らぐ。
夜になれば気温も下がり、窓を開けて寝れば快適快眠間違いなしだ。個人的な感想で言うと、日中の暑さは我慢できる。夜さえ涼しければ、そこは避暑地だ。
と言うことで、今年も北国での避暑計画を実行したのだが、あまり思惑通りにはいかなかった気もする。避暑第二弾はどこに行こうかと企む気力は・・・もうないなあ。

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三笠でお宝

ちょっと長い前振りだが、自分の趣味、嗜好の範囲について、何やら関連の薄いものを浅く広く変なことばかりという指摘を受けた。確かにその自覚はある。仕事柄で食べ物関係はそれなりに詳しい。外食、食品関係は専門だから食材や味、レストランまで各地のバラエティーメニューを含め知識と興味はひろいし深い(はずだ)。
逆に、よくひとさまの話題に上るスポーツやエンタメ系は全く興味がないので知識量は幼稚園児にも劣る。野球もサッカーもオリンピックもスキーもスケボーもサーフィンも興味なしと断言できる。
偏った好みの題材としては、SF関連が小学生以来の一貫した大好物で、スターウォーズはいつも熱く語る自信がある。宇宙ものアニメもそこそこ詳しい。その延長で現代兵器や近代戦記もよく調べたりする。最近では戦国時代の軍制や兵制に興味がある。
正しい趣味(笑)では旅好きが高じて「鉄道」「神社仏閣」「名城」巡りが自分なりの王道・メジャーなところだが、それに加えて全然一般的ではない「ダム」巡りと、素人ウケしない「博物館」探訪がある。
特に博物館で好みの題材が「恐竜」と「航空機」で、これは国内だけにとどまらず海外にも足を伸ばしたくらいの筋金入り(自称)だ。スミソニアン博物館は圧巻で丸一日堪能したが、福井の恐竜博物館は世界で一番楽しいところだった。
その博物館好きとしては、傲慢にも北海道には面白い博物館はない、と思い込んでいた。それはとてつもない過ちだと今回は反省することになった。

北海道三笠市、昔は石炭産地として有名だったが、今では全て閉山しているはずだ。自分の記憶にあるミカサとは、アンモナイト化石が噴出する場所で小学生が社会見学で化石掘りに行くところというものだった。
だから、アンモナイト展示場があることは知っていた。ただ、不覚にも一度も訪れたことがない、というか行った記憶がない。学生の頃にどこかで大量にアンモナイト化石を見た記憶はあるが、それはこの場所ではなかったようだ。

展示室に入ってまずはびっくり、そしてそのあとは感動した。よくも、まあ、こんなに化石が勢揃いしてくれているものだ。掘り出した人も偉いが、クリーニングした人も偉い。人の手仕事は素晴らしい。という感動だった。

大型の化石は直径が1m以上のものがある。古代の海洋では、こんな大きな貝(のようなもの、貝モドキ)が泳いでいたのだ。アンモナイトは今のイカやタコの親類に近く、浮かびながらおよいでいたらしい。

アンモナイトも生息していた時期により殻の巻き方や大きさに違いがある。ただ、こうして一斉に並べられると、ただただ圧巻というか化石好きにはたまらない。どこかの博物館には、殻に歯形がついた化石も展示されているはずだ。高速で泳ぐアンモナイトを追いかける魚竜やサメの先祖、みたいな古代闘争シーンの絵柄が思い浮かぶ。

子供の時に、このアンモナイト化石を見ていたら、なんだか違う人生を歩んだような気もしてきた。ひまさえあれば山に入りこみ、ひたすら石を割り続けて〇〇年みたいなディープな世界だ。

今回のアンモナイト以外の学びは、三笠で出てきた恐竜化石の正体だ。でてきたのはティラノサウルス系の恐竜ではなく、恐竜の親戚の魚竜らしい。世の中には恐竜のことを大型のトカゲと思っている方も多いが、恐竜類と爬虫類は別系統だし、海にいる恐竜(鯨みたいな陸棲から海棲に戻ったもの)と、恐竜とは違う海棲爬虫類に近い魚竜みたいな差があることも知られていない。
まあ、恐竜類の進化検証はどんどん新しくなっていることもあり、10年前の知識が否定されることもたびたびある。最新の分析では、ティラノサウルスの表皮は鱗ではなく毛で覆われていたらしい。もふもふのティラノはあまり怖そうではないなから、ジュラシンクパークも新設に合わせて改作される(?)かもしれない。
そんな最先端の恐竜学の知識を得るには、意外と博物館が便利なのだということも、今回改めて学んだ。歳を取っても恐竜のお勉強は続けなければなあ、と思ったミカサ博物館でありました。

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ススキノの風景 考察してみる

札幌ススキノのランドマークといえば、例のニッカウイスキーのおじさんということになるのだろう。その隣にあった商業ビルが立て直し中で、この前来た時は解体作業をしていた。と思っていが、今回は鉄骨が組み上げられていた。次に来る時は、外壁が仕上がっていそうな気がする。その工事中のビルの囲いに面白い広告看板がついていた。
普通に考えると、どこかのホストクラブの宣伝だと思ってしまう見かけだが・・・。

どうもこれはホストクラブチェーンの広告ではなく、ススキの全体の人気取り作戦みたいなのだ。確かに、この2年半でススキノは散々な目にあっている。全国の酒場で似たようなダメージがあったはずだが、ススキノは札幌における飲み屋の寡占度が高すぎるから、ダメージも閉店数も極めて高い。

そもそも、平時であってもススキノはオーバーストアーで年間にどれだけの店が閉店していくかを知れば、コロナに対する抵抗力が微弱なのも無理はない。実際の経験として、10年も経てば自分の使っている店がほとんどなくなってしまうというのがススキノのリアルだ。
だから、自分の店の存続を願うだけではなく、ススキノという街を訪れる人が増えることも気にかかるのだろう。だからこれはなんだか切ない広告なのだ。

しかも、この三王子が語りかけるのは、女性とは限定されていないようだ。ジェンダーレス社会の到来という、社会変革の視点も合わせて持っているらしい。(勘ぐりすぎか?)
なので、王子の言葉が胸に響く「男・女・人間」はススキノに来てね。お酒を飲むだけではなく、美味しい食べ物もあるよ、というノンアルも含めたお招きなのだ。
全国の飲屋街でも似たような動きがあるのか気になるところだが、個人的な予測として、この手の感度の良い動きは札幌特有の先進性ではないだろうか。
こういう広告を作るアートディレクター、コピーライターとは、ぜひ一度ご一緒に仕事をしてみたいと思う。
昼間のススキノを歩いていて、酒を飲んでもいないのに色々と考え込んでしまった。

街を歩く, 旅をする

小樽を逆サイドから歩く

JRの駅に貼ってあったポスターを見て、ふと小樽に行きたくなった。ただ、このポスターのような海の見える坂道からの光景を見たかったわけではない。海沿い、運河沿いの街を歩いてみたくなった。ちょっと変わった散歩をしたくなっただけのことだ。

観光客であれば小樽駅で降りるのだろうが、散歩客?なので、小樽の一つ前の駅で降りた。ここから小樽駅を目指すのは観光として見ると逆コースかもしれない。ただ、散歩道としては、小樽駅からの往復にはならないので、こちらのコースの方が良いと思う。
この駅は小高いところにあり、駅舎を出てから坂道を下っていくと、小樽の観光地のはずれにつく。オルゴールやガラス細工の店が並ぶ、小樽屈指の観光スポットだ。夏休みに入ると人出がぐっと増す。それでも平日の昼前であれば、混み具合もたいしたことはない。たまに聞こえてくる西日本訛りの日本語で、ああ観光客が戻ってきたようだと思う程度だ。あれほど蔓延っていた、外国語を話す観光客は壊滅したままだった。

石造の倉庫や洋館を改造した土産物店は、隣の大都市札幌にはないもので、歴史の風格みたいなものを感じる。小樽が昔は経済の中心地だったことの証だろう。こういう歴史的建造物をただ保存するのではなく、再活用する術はもっと他の町でも活用されると良いのだが。

そんな小樽の筆頭名物が「若鶏の半身揚げ」だと思っている。テレビ番組でよく流れる海鮮丼みたいなものは、道外から来た人に任せておけば良い。どう考えてもぼったくりとしか思えない高額丼を平気で食べることができるローカルピーポーなど存在しない。少なくとも自分には無理だ。
若鶏半身揚げは、庶民のご馳走だ。冷静に考えると、某フライドチキンチェーンのチキンよりお高いのだが、なぜかお買い得感がたっぷり感じるのは身贔屓でホームタウンならではの「盛った評価」だという自覚はある。
しかし、美味いものは美味い。ただ、駅からちょっと離れたところにいきなり半身揚げの自動販売機を発見した時は、ここになぜ?という疑問でいっぱいになった。
それでも衝動的に半身揚げを買ってしまいそうになったが、今日は帰りに揚げたてを買って帰るのだという散歩のルール(?)を思い出してなんとか止めることにした。

半身揚げの横には、揚げ物オンリーみたいな自販機も並んでいた。一体、こんな人通りも少ないところで、何を考えて設置しているんだろうとは思うのだが、きっと現地の人の中には、わざわざ買いにくる客がいた入りするのだろう。
ちなみに、この自販機に書かれている手作り惣菜NAMARA Eは、なまらいーと読むのだと思う。なまら(とてもの最上級)良いにかけた言葉だろう。オヤジギャグとして割り引いて考えたとしても、だいぶレベルが低いが、笑ってしまった。

小樽の洋菓子店ルタオと北一硝子が作る商店街というか買い物ストリートは、年々延長していくようだ。このままで行くと小樽駅前まで切れ目なく繋がる気もする。まさに健全な観光地は増殖していく。

北一硝子は小樽運河観光の最大スポット兼ランドマークだから、基本的に小樽観光の起点と思って良いだろう。漁具の浮き玉や石油ランプの製造会社だったものが、今では北海道屈指の一大商業施設になっている。

工場見学もできるらしい。すごいことだ。ただ、夏は暑いだろうなあ。

知らないうちに札幌の名喫茶店可否茶館もここに出店していた。確かにオシャレ感覚で言えば、札幌の街をはるかに超える場所だけに納得の立地だ。

昔の貿易会社や金融関係の建物が、こうした土産物屋に変更されている。昭和の中期には古くなったと無造作に立て替えられたり、壊されたりしていたが、今では観光施設としてしっかり再生されている。

こんな風景を眺めながら20分ほど歩くと小樽の街中になる。屋根のかかったアーケード街はだいぶくたびれた感じもするが、それも今では小樽観光の重要パーツとして働いている気がする。
旧倉庫群を明治、アーケード商店街を昭和の遺産としてテーマに合わせてデザインし直すと良いのになと思うが。観光都市としてのグランドデザインを描くのは市の責任だろう。都市デザインがどこまで考えられているのか。地方都市にとって税金の有効活用とは、街を甦らすことに尽きると思う。それに反対する人も少ないだろうに。

一駅分のお散歩だが、古き商都を歩くのは気持ちが良い。微妙に坂のあるところが、街の表情の変化につながっている。札幌市内中心部は凸凹のない完全平面なので、坂道のある街に行くと不思議な感覚になる。
旅先と言えるほど遠い街ではないが、散歩の気分が変わるのが嬉しい。ぶらぶら街歩きを兼ねて、年に何度かは訪れたい街だなあ。  

旅をする

ラストダム in 北海道

北海道のダムツアーというか、ダムカード収集の旅もそろそろおしまいになる。南富良野にある金山ダムが、これまでのダムツアーの中でどうしてもルートに入らなかったはぐれダムだった。一つのダムを見にいくので一工程を使うというのは、ダムツアーを始めてから初めての「贅沢」時間使いだった。
このダムは国交省管理なので観光施設というか広報設備がしっかりしている。ダムカードをもらうだけでなく、ダムのお勉強もできるし、休憩もできる第1級ダムだ(自分でそう呼んでいるだけ)。そして、ここが北海道の「上級ダム」最後になる。

さすがに第1級ダムだけにダムの上は道路になっている。対面交通ではないが車一両であれば余裕で通行できる。すれ違うことはできないから、走る時にはちゅういがひつようだが見晴らしはよいので困ることもない。

ダム湖は基本的に静水面なので、湖上には風景が映り込む。山の姿などは上下対称系で写るから、写真を撮るには最高の場面だ。光の加減、日差しの向きなどを考え合わせて撮れば、プロも顔負け?の写真になる(こともある)。

広報室に吐いたら、そこにはなぜか女性ライダーがお出迎えで、どうやら彼女がダムキャラというかダム娘らしい。全国のダムには、このようなダム娘が地場で住み着く精霊のように存在している。ただ、それが表に出ていることはあまり多くない。
しかし、なぜライダーなんだろうなあ。

ダムの下流方面から写真を撮れるのも第一級ダムの特典というか贅沢さで、ダムによっては下流側が公園や広場、キャンプ場になっている。ダムの建設費は巨額だし、工事の最終工程で周辺環境整備なども行われるから、その時にダム公園などが作られるようだ。
ただし、維持管理は地元任せになるのか、予算不足なのか、公園が原野化しているところも多く見かけた。整備をしないと芝生が野原に戻るまで一年もあれば十分だろう。
中小ダムでは、この下流域からダムを見るということができない。最近であればドローンを飛ばして空撮するという手もあるが、確かダムはテロ防止対象の重要建築物に当たるので、勝手にドローンを飛ばすと酷い目に遭わされそうだ。

この立派な建物は管理棟に併設された広報施設で、中は一見すると博物館の展示室のような趣がある。ただ、情報はダムによっても異なるが、見ていて面白いと思うことは(正直にいって)少ない。これもダムツアー・コーディネーターみたいな専門家がいれば変わるのかもしれない。

近隣の小学生も社会見学に来ているらしい。ダム湖のほとりにはキャンプ場や研修施設もあるし、このダムは社会貢献しているはずだ。広報施設を作るのでアラバ、もう少しエンタメ要素をいれて見学は予約しなければできないくらいの人気施設になれば・・・などと妄想してみたが、「ダム萌え」がブームになるとも思えないし。
ちなみにこれまでみたダムの中で、最高の「映え」するダムは、山形の月山ダム。北海道であれば美利河ダムか二風谷ダムになるか。
これで北海道の山中ドライブをすることも、ほぼなくなるはずだ。ホッとしたような、寂しいような。

食べ物レポート, 旅をする

串鳥のある町は幸せだ

札幌への旅のルーティンとなりつつある「まずは串鳥」だ。色々と地場の好物はあるのだが、最近はとりあえずの一軒目として串鳥に入ることが多い。当然、到着当日なので一人飲みになる。自分のペースで、自分の飲みたいだけ飲む。飲みながら、今回の予定などを確認しつつ、一息つける。串鳥は札幌市内ほぼ全域にあるので、店を探すのに困ることはないが、時間によっては混み合って入れないことも多い。場所よりも時間が選択の鍵になる。地元の小都市では六時くらいまでであればなんとか大丈夫といった感じか。

青南蛮つくねと砂肝(塩)

焼き物は北海道の焼き鳥屋でありながら、鶏肉主体なので、ネタとして特殊なものは少ない。ただ、いつもの定番注文が青南蛮つくね(南蛮とは唐辛子のことをいう)で、合わせて砂技も頼む。青南蛮で舌がヒーハーするのだが、そこは酒で宥める。その灼熱感が収まったら、のんびりと砂肝を楽しむ。
この日本以外はその日の気分で選ぶ。新生姜の豚肉巻きを好んでいるのだが、今回は名称が「岩下の新生姜の豚肉巻き」に変わっていた。岩下さんとコラボしたのだろうか。味は変わらないような気もするが。

梅ささみと岩下の新生姜の豚肉巻き

そして、どうやら新商品らしい鶏皮の酢の物も頼んで見た。これが、なんと今年の夏のイチオシと言いたいくらいの出来の良さだった。鶏皮とトコロテンが合わさった酢の物で、実にさっぱりしていてツルツル食べられつ。酒のつまみというより、濃厚な麺料理にちかい。これを発明した人は偉いと素直に言いたい。

トコロテンが食感のキモだ

コロナ対策で卓上から消えていた調味料が戻ってきているのも嬉しいが、びっくりしたのは醤油のラベルだった。「道民の・・・」とは、なんというか究極の北海道モンロー主義ではないか。どれだけ北海道ラブなんだろう。

ハッピーアワーも午後7時までと長めで、これはなんというか、お手軽に飲むには、串鳥に行くしかないでしょうという気がしてくる。

串を3−4本注文して、サワー二杯でだいたい1000円。串鳥のある街に住みたいというのが正直な実感だ。サイゼリヤや王将がなくても良い、ぎょうざの満州も諦める。マクドナルドもケンタッキーもいらない。でも、串鳥だけ欲しい。串鳥のおっちゃんたち、東京とは言わない、埼玉だけでも出店拡大してくれないかな。(ちなみに東京にも吉祥寺などに串鳥はありますので、吉祥寺に住むという選択肢もありなのですが)

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北国的ビヤガーデン

札幌駅前通は街の中心部を走るメインストリートだが、そこの立ち並ぶ古いビルがようやく建て替えられて。街の顔が変わり始めている。バブルの後で塩漬けになった土地やビルがようやく借金を払い終わって新装開業できるようになったということだ。それでも、駅前通り西側には道庁をはじめとした低層ビルしかないので、夕日が差す時間になるとビルが色づく。これは高層ビルが立ち並ぶビル街ではなかなかお目にかかれない、都市の美観だろう。
首都圏であれば、こうした高層ビルの屋上にビヤガーデンが開かれることが多い。高いところであれば少しは涼しいはずだということなのだと思うが、生ぬるい湿った風しか吹かないので、体感温度的に地表と変わらない。

ところが、北国の場合、夕方になると急激に気温が下がるのでビルの屋上では寒くてビールなんぞ飲んではいられない。当たり前のように、地表にビヤガーデンがある。というかオープンスペースさえあれば、どこでもビールを飲ませる雰囲気すらある。札幌駅前の広場、夕方にはローカルテレビの生中継がある場所も、毎年恒例のビール・プレイスだ。JRを使って通勤しているサラリーマンには、大通公園のビヤガーデンよりもこちらの方が使い勝手が良い。西日が差し込む頃になると、どこからともなく人が集まってくる。

さすが北海道だと思うのは、ビールのつまみを提供する店が「豊漁食堂」と名付けられているところだ。出てくるつまみはホッケフライか?タコザンギだろう。
ただし、この場所は夏の気分を味わうところで、涼を求める場所ではない。残念ながら、ビールを飲んで気持ち良い気温であることは少ない。飲んでいるうちに寒くなる日のほうが圧倒的に多い気がする。それでも、お盆までの限られた夏には、やはり屋外でビールを飲むのが楽しみなはずだ。
おまけ情報だが、北海道でビールの消費量が一番多いのは2月のはずで、その時の室内気温は27度。明らかに夏の屋外(夜)より、冬の室内の方が暑いのだから仕方がない。

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空撮してみた

北海道に飛ぶときは、だいたい翼の上の席、つまり景色が見えない席になることが多い。窓から景色が見える前方席は人気があるので、正規料金、それも高いお値段を払う人の専用シートだと思っていた。
見慣れた光景でもあるし、窓際の席にこだわりがあるわけでもないので気にしていなかった。ところが、搭乗直前に座席確認をしてみると前方席がガラガラで、それではと前方窓際、それも右側の席に変更して首都圏空撮でもしてみようかと思った。
撮ったのがこの写真だ。川崎から横浜にかけての工業地帯がはっきりと写っている。海と人工物しかない。東京周辺特有の見渡す限り建物で埋め尽くされた「繁栄の証」というやつだ。

そして、1時間半ほどの飛行の最後で、地平線までほぼほぼ人工物が見当たらない景色という異世界に突入した。おそらく一番基礎的な人工物、道路すら見つけるのが難しい。濃い緑は原生林で、薄い緑は畑か原野か。畑は人工物と呼ぶべきなのだろうが・・・。

流石に北海道とはいえ、住宅密集地はある。それでも、住宅地よりは原生林の面積が遥かに広いのは見ただけでわかる。
どちらに住むのが幸せだろうなどという哲学的命題を悩んでいるわけではない。自分の暮らしで置き換えて考えると、電車で生活できるか、自動車で生活するかの差みたいなものだろう。
北海道で自動車なしで生活すると、交通弱者という言葉が実体験できる。実は大都市圏外で自動車なしで暮らすのは、ストレスが溜まる。もはや街の暮らしは自動車抜きの設計になっていない。医療ですら、自動車なしの住民には冷たいというか対応していない。
まあ、移動も生活も生存も含めて自己責任という、アメリカンなライフスタイルということだ。首都圏で暮らす都市型住人には、相当に不便な社会と感じる。不実な行政と非難するひともいるだろう。飛行機の上で写真を撮っていて気がついたことだ。たまには、窓の外を眺めてみるものだな。
ちなみに、車のナビの推定移動時間の半分でどこにでも辿り着けるというのが、「北海道あるある」なのだよね。

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鉄道旅 特急の止まる無人駅

なんだか久しぶりに切符を買った。それも往復の特急券と乗車券が分離したものだ。昔はこれで鉄道利用していたなと懐かしくなった。最近はスマホ連動のスイカでどこでも行ってしまうので、紙製の切符を買うなど青春18きっぷくらいしか記憶にない。今回の旅先は高知県中西部にある海沿いの町で、高知県西部を走る土讃線をつかった。

昭和生まれのオヤジやジジイには記憶にあるかもしれない「土佐の一本釣り」というコミックの舞台になった漁師町だ。作中で主人公が遠洋漁業から帰郷するシーンで乗車していたのは蒸気機関車だった。確かに昭和50年代まで全国各地でSLは現役だった。今では新幹線に乗るよりプレミアムな特別列車になっている。

土讃線は今でも電化はされていないからディーゼル車が運行しているが、それでも特急はこのスマートな姿だ。高知から県西部の中村、宿毛に行くには鉄道旅が一番楽だ。自動車での移動は高速道路が途中まで通じているが、その先は一般道なので、それなりに時間もかかる。西日本、特に四国は一般道もかなり道幅が狭いところがあり、長距離ドライブはしんどい。

基本的に単線路線なので、特急通過まちのため駅での時間調整もある。のどかな鉄道旅を楽しむゆとりが欲しい。
ところが、その特急が止まる駅が、なんと無人駅だ。各駅停車の駅が無人化になるのはもはや珍しいことではない。北海道では、感覚的に駅の半分が無人駅という路線もある。根室本線の西半分がそんな感じだ。「本線」である、支線ではないのだが・・・。四国でもその鉄道事情は変わらないと思っていたら、もっと事態は進んでいた。

駅舎を見ると普通に立派だが、中に駅員さんはいない。きっぷ売り場も委託になっているが、どうも1日のうちかなりの時間は閉まっている。自動券売機で切符を買うか、列車に乗ってから車掌と交渉するしかないようだ。でも、乗るのは特急なのだよ、と言いたくなる。当然、特急券を買うための緑の窓口もない。北海道であれば、人口より牛の数の方が多い町はある。駅の周りに人が住んでいないことも多い。しかし、この漁師町はまだまだたくさん人が住んでいる元気な町なのだがなあ。

単線特有の、駅を抜けたら上り下り線が交流する鉄路。それでも、鉄道があるとないとでは人の流れが変わるのだろうなと思うが、この町に住む知人・友人も鉄道を使うことはほとんどないようだ。確かに、高速道路が開通した後では高知まで車で移動して1時間を切る。もはや鉄道は交通弱者のものでしかないから、社会保障の一環みたいなものなのだろうか。

最近見たテレビの旅番組で、路線バスを乗り継いて四国をぐるっと回る難関旅が放送されていた。その中にここの駅が登場した。愛媛から山の中をくぐり抜け、高知を目指す行程だった。ここの駅前でコミュニティーバスにのりつぎ隣町に行く。そこから高知駅まで路線バスで移動ということだったが、そもそもこの駅にバスが来ていることすらよく覚えていなかった。
せっかく来たのでバス路線と時刻表を撮ってみたが、思いのほかバスの便数が多い。便利というには程遠いが、役所に行くなど公的機関での用事で役所に行く時には役立つ。その程度には往復が確保されている。
これも自動車の完全自動運転が完成すれば、また変わっていくのだろうな、など遠い未来に思いを馳せたのが、特急が止まる無人駅のことでありました。