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帯広の真打は

帯広で何を食べると聞かれたら、迷わずカレーと答える。ほぼ全国区になった名物「豚丼」を差し置いて食べたいものが、カレーというのもなんだかさみしいものがあるが・・・・。この店のカレーは実に好物なので仕方がない。カレーは日本全国どこにでも有名店があるが、その名店を探し回ってあるくほどのカレー好きではない。
やはり、この帯広のカレー店が特別に好きなのだと思う。

帯広では郊外型の店がほとんどのようだが、街の中にも一店だけある。飲み屋が固まっている一角に近いので、おそらく締めの一品として人気があるのだろう。しかし、飲んだ後の締めにカレーというのは、締めラーメンよりヘビーな感じもする。

いわゆるどろっと系のルーカレーで、味は濃厚。辛味は後からじんわりと効いてくるタイプで、具材ゴロゴロ系ではない。どちらかというと全てが煮溶けている。ルーを楽しむカレーだから、ご飯は普通盛りを注文しても多めに感じる。いや、実際に盛りの量は多いはずだ。薬味はセルフで好きなだけ乗せる。いつも思うのだが、カレー屋で食べる福神漬けはどうしてこんなに美味いのだろう。

ルーの違いとトッピングのあるなしで多少変化するが、基本的にはカレー専業店だから注文するのに迷うことはないはずだが。これもいつものことで、まずはルーの選択には迷ってしまう。トッピングは、その日のお腹の減り具合で決めれば良いが、ルーの選択が悩ましい。たまたま今回はチキンカレーが売り切れていたので、迷いの選択肢が減っていてホッとした。それでも、結局は悩んでしまい無駄に時間がかかる。注文したのは、定番のインデアンルーだった。全く進歩がない。

チェーンのカレー店といえば愛知県出身のブランドが有名だが、どうも今ひとつ自分の好みとしっくりこない。カレーは家庭の数だけバリエーションがある食べ物なので、専門店のカレーだからと言って、必ず気にいるかというとそうでもない。うまいまずいというより、合う合わないの相性が大切な食べ物だ。
その点からして、このインデアンのカレーは相性ぴったりなので、できればお江戸周辺に出店してもらいたい。それが無理であれば、少なくとも同じ北海道内ということで札幌にお店を出してもらえませんかねえ、社長さん。
豚丼は札幌でも食べられるが、このカレーはわざわざ帯広に行かないと食べられない。それがちょっと悲しい。

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いちごと生姜の甘いもの

今年の夏旅は、3年ぶりの高知だった。あれこれ考える前にとりあえず飛行機に乗って旅してみるのが良いなとつくづく思った。そんな高知の旅で、一番印象に残ったのはいちごのケーキというのも、これまた珍しい体験だと思う。

風工房のジンジャーエールといちごショートケーキ

久礼港の横にある道の駅が開いたのは5年ほど前だった。そこにおしゃれなカフェがある。イチゴを使った洋菓子のお店に併設されている。町の人ばかりではなく、わざわざ遠くからケーキを買いに来るファンもいるそうだ。
元々はイチゴ農家のおばちゃんたちが手探りで始めたお店だと聞いている。道の駅が開設された時に引っ越してきた。いまでは道の駅以外でも販売するほどの成功を収めているそうだ。
生姜農家と提携した商品も開発されていて、ジンジャーエールがおすすめらしいので試してみた。名前の通り、生姜がしっかりと感じられる飲み物で、まさにこれがジンジャーエールというものであるという感じがする。瓶詰めにされているジンジャーエルとは全く別物だった。
定番のイチゴ・ロールケーキと合わせれば、まさに至福の時間だ。隣の席では家族連れが、大盛りのパフェを楽しんでいた。美味しいお菓子は人を幸せにする力がある。地元でとれる夏イチゴはそろそろ終わりになるらしく、色々と新商品も開発中とのことだった。

試作品として「炭入り」ケーキをご馳走になった。見た目は真っ黒だが、舌触りは滑らかであっさりとした仕上がりという感じだった。甘さも控えめで、炭粉の効用もあるらしい。濃い茶色のチョコレートケーキはよくみるが、真っ黒のケーキはインパクトがある。この試作品も既に新商品として発売されているはずだ。
漁師町のイチゴ・デザートというのは、なかなか微妙な感じもする。が、実食してみると、ケーキは繊細な味であり、かつ素朴な雰囲気を持つという素晴らしい仕上がりだ。鰹のたたきを楽しんだ後の、お口直しには最適だと思う。
この町で暮らせる人は幸せだろうなあ。

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名店は凛々しい

駅前の一等地と思ったが、人通りは意外と少ないので行列は目立つ

帯広の街を久しぶりにのんびりと歩いた。というか、飽きるほど歩いた。仕事の出張できた時は、夕方ホテルに入って、その後食事をするときくらいしか街を歩いていない。薄暗い時間だから記憶も曖昧だし、コロナの後でランドマークも変わっていたりする。
時間があるので街を行ったり来たりしたが、記憶していたより随分コンパクトな街だった。おまけに飲食店は閉店が目立つ。地方都市の中心部は衰退する一方なのだが、帯広も例外ではなくなったようだ。そんな帯広中心部に今でも行列のできる名店がある。

黙食は、観光客には厳しいか

お江戸でも老舗と言われている店は、店内が明るく清掃が行き届いていることが多い。蕎麦屋や天ぷら屋に、そういうこざっぱりとした雰囲気の店が多い。残念ながら町中華では、雑然とした、あるいは油染みた店が多いので、老舗とはいえ2度と行く気にならない店もある。
清掃だけではなく接客、客あしらいにも同じような気配がある。従業員の背筋が伸びたような姿、立ち振る舞いなど厳しい指導がなければ出来上がるものではない。神田の老舗そばで接客を受けた後、自宅近くのファミレスに行くと、その差は歴然だ。
その老舗の「凜とした」雰囲気が好きなのだが、この店も店内をマネージする女ボスがいて、的確に指示を出している。白い制服に身を包んだ若い女性従業員は、なんとなく看護師を思わせるキビキビした動きだった。昭和っぽい「優秀なる職業婦人」みたいな言葉が脳裏をよぎる。けして「キレキレのキャリアウーマン」みたいなカタカナ言葉は思い浮かんでこない。老舗の凄さは料理だけではないという証明だった。

肉の枚数が一番少ないやつがこれ

丼飯の上に乗った豚肉四枚。濃い味付けで、米をうまく食べるために作られた料理だと思う。某お茶漬けのりの宣伝のように、一心不乱に米をかき込み最後の一粒まで完食して、腹をさすり満足する。そんな料理だが、完成度、満足度とも実に高いレベルにある。
どんぶりとしては決して安くはないが、価格に見合った価値、そして価格以上の満足感という意味で、やはり老舗の力は発揮されるのだろう。
「凛」としたお店はすっかり減ってしまい、代わりにフレンドリーでコンテンポラリーな店は増えた。それが悪いことだとは思わないが、寂しい気分であることも間違いない。

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駅と空港とシンクロ

この広告を見つけたのが、札幌から埼玉に帰る直前だった。このお話「銀の匙」は好きなコミックだったので、展示会を見に行きたかったなあとつくづく残念に思った。今回は長逗留していたので時間はたっぷりあったはずなのに、帰る前日に気がつくとは、運がないというか縁がないというのはこういうことだろう。このお話はアニメ化もされたが、原作の少年コミックの出来が良かった。
難しくいえば、受験に挫折した優等生が、反抗と逃避の先として十勝の農業高校に進学する。そこで拗ねまくっていたはずが、いつの間にか農業体験を通し、友人たちのとの関係再構築で解放されていく。挫折からの回帰と成長という「少年コミック」の王道だった。簡単に言えば、農業大好き少年の誕生物語でもある。
そこで、あれこれ考えた末(札幌滞在を伸ばす選択肢もありだったが)思いついた。日程変更をして帯広経由で帰ることにしてみた。展示会は見られないが、現地?に行ってこの物語の舞台で同じ空気を感じるのはどうだろう。良い思いつきではないかと納得した。思考回路がどこかで飛んだような発想だった。

帯広まではJR特急利用で2時間程度。石勝線が開通して以降、本当に道東への移動は楽になった。おまけに高速道路も開通したので、帯広は自動車移動を含めて札幌からは日帰り圏になった。東京であれば新幹線移動で仙台に行くのと同じ感じかなと思う。

朝早い特急とかちで帯広に着いたのは、まだ午前中だった。これまた鉄道旅お約束の駅名表示を写真に撮って気がついた。よく見ると記憶にないのが隣の駅名だった。北海道の駅名を全部覚えているわけではないが、聞き覚えがないのはなぜだろう。

高架ホームを降りた駅の一階には、観光案内所があり、幸福駅をモチーフにした可愛らしいものだった。ただ、幸福駅のブームは昭和中期だったはずで、今ではどんな人たちが幸福駅(跡地)を訪れるのだろうか。そもそも幸福駅の存在を知っているのか?などど、あれこれ疑問が浮かんでくる。
ひょっとすると幸福駅は今でもインスタ映えする風景として、再ブレイクしたのかもしれないな?などとあれこれ勘ぐってしまった。

北海道各地のJR基幹駅はおおよそリニューアル、再構築が完了している。札幌駅を筆頭に函館、旭川、帯広などJRの各駅は現代風の商業施設に代わった。ただ、逆にレトロ感を残している釧路駅や小樽駅の方が、個人的には好ましいのだが。
屋外温度計の目盛りがプラスは30度代というのは理解できる。北海道の最近の夏は暑いからだ。しかし、マイナスが30度代というのは、北海道でもあまりないだろうなあ。この街が夏冬で温度差が60度近くあるということで、いやはや、すごいことだ。

帯広からの帰りは、帯広空港からになる。便数が千歳便ほどの数はないので空港内もどちらかというとのんびりした雰囲気がする。大都市圏以外にある各地の空港もこんな感じがする。

北海道の馬というと道産子と呼ばれる日本原種に近い小型の馬を想像することが多い。が、実際に北海道で一番活躍したのは骨太で体格の良い農耕馬であり、競馬で見るサラブレッドのような、すらっとした走るための馬ではない。
爺様が生きていた頃は、馬を飼っていた。本物の馬を間近に見る機会があった。うっすらとした記憶でしかないが、北海道であっても馬の現物を見て育った世代の最後だろう。そんな農耕馬のレプリカ?が空港の入り口に展示されていた。
札幌で見損ねた農業高校生のお話の展示会を、一コマだけだが帯広空港で見ることができたような気がした。帯広でのシンクロ率はそこそこ高かったようだ。
でも、9月になれば「こちら」で展示会が見られるのだ。もう一度、現地に来るべきなのか? 悩ましいなあ。

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小樽をそぞろ歩きする

映画に出てきそうな光景だが、これは歴とした小樽駅構内の建造物だ。まあ、正直なところ、映画のセットのような感じではあるのだが。復元というかレプリカというか、どちらにしても観光客を喜ばせる良い演出だ。
観光都市に演出は欠かせない。街をどう見せるのかは、映画の監督や舞台の演出と同じ創造的なお仕事だろう。

小樽駅は昔ながらの低層ビルで、これが背の高い駅ビルになると観光都市としての景観を破壊するのは間違いない。現在も小樽駅前に立つ中層のショッピングビルやホテルが、どれだけ駅前の景色を邪魔しているか、小樽市の観光担当は都市計画を見直しした方が良いと思う。
隣の大都市札幌では、街の成長を放置したため景観地区すら作れなかった。観光業を育てるグランドデザインがない街の典型だと思っている。観光客が勝手に抱く北海道幻想にただノリしてるだけで、北海道への観光客を募るイベントなどもまだまだ足りない。その反面教師ぶりを小樽市は学ぶべきだろう。

小樽駅から海岸沿いにある運河に至る道は、こうした観光案内がおかれている。そぞろ歩きを楽しむためのガイドとして重宝している。隣の街もこれは見習ってほしい。ただ、今のご時世はスマホのマップアプリの方が10倍役に立つかもしれないが。

小樽市内には石造の古い建物があちこちに残されている。今でも現役で使われているかどうかはっきりしないが、取り壊されることはなさそうだ。建物の前に設置されている「このビルは旧〇〇社が使っていた・・・・」みたいな説明文を読むと、持ち主は金融関係が多く、いかに当時の小樽が金融の街、つまり商売の街だったのかがわかる。
日本海は決して裏日本ではなく、大陸貿易との表航路だったということだ。このあたりの認識は東京中心の明治政府でも持ち合わせていたはずだが、いつの間にか日本海航路は見捨てられた。東海道ベルト地帯には良港が少なかったはずだが、おそらく「船」の性能向上のため、太平洋側航路が比較的安定して使えるようになったからだろう。
日本海沿岸地域を「裏日本」と呼ぶのは、明治政府とそれに引き続く敗戦後の民主日本がおかした、文化的経済的蛮行というべきだろうか。東海道ベルト地帯は空襲で都市が焼き払われたこともあり、歴史的景観を保存できなかった。結果的に産業都市地帯であるのは、観光地帯になれなかったことの裏返しということだろう。焼け野原に文化を再建するだけの余裕がなかったとも言える。

木造の建物も数多く立ち並ぶ観光ストリートでは、ガラス細工の店が賑わっている。沖縄でも米軍統治時代に、コカコーラの空瓶を原材料に始まった沖縄ガラス製品が、今ではすっかりおしゃれな観光土産になっている。小樽のガラス製品も、もともとは漁業で使う網の浮き玉製造が始まりだった。今は実用品ではなく美術工芸品が並んでいる。技術の進化というより、商売のやり方を変えたということだ。

ノスタルジーと現代的なデザインが入り混じった、不思議なガラス製品が建物ごとに並んでいる。似たような製品でも、建物ごとにテーマが異なり、微妙にデザインが変わっている。隣り合った建物をハシゴしてみて回る仕掛けが心憎い。

今回は、涼しげな音色の風鈴を手に入れた。お江戸の風鈴とはデザインも違い、音色も違う。ちょっと低めな高音(変な言い方だが)がする。お江戸の金魚の絵が描かれた風鈴(自分の思い込みイメージ)はチンという金属的な高い音がする。小樽の風鈴は、それよりも少し低音で、もう少し響きが長い気がする。チィ〜ンン みたいな感じだろうか。
風鈴は手作りだから、ひとつひとつ音色が違うので、デザインと実際の音を聴き比べてお気に入りを選び出す。その過程がまた楽しいものだった。
そぞろ歩き、散歩の楽しみとは、こんな細々とした作業?の組み合わせにあるのだね。

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富良野で味噌ラーメン 初体験

旭川のラーメンは札幌のラーメンと違う。どこが違うと言われると、ちょっと困るが、スープは魚介系のことが多い。麺は多加水でもちもちして、硬めの麺のことが多い。スープの表面をたっぷりと油が覆っている。このあたりが旭川ラーメンの特徴だろうか。札幌の味噌に対して旭川は醤油というのもよく聞く話だ。
その旭川ラーメンの店が、富良野にあった。富良野には延々と仕事で通っていたのだが、ラーメンを食べた記憶は全くない。だから、今回は富良野でラーメン初体験ということになる。富良野にご当地ラーメンというのもなさそうなので、ここが富良野のラーメン・スタンダードと考えて良いのかも知れない。定かではないが・・・。

メニューを見ると、定番は醤油みたいだが、そこがはっきりしない。店名のつく熊っ子ラーメンを頼めばよかったのだろうが、この具沢山のラーメンは意外と苦手なのだ。あれこれ迷っても仕方がないので、困った時の味噌ラーメン、できれば野菜追加ということで「味噌野菜ラーメン」を注文した。

普通に美味しいラーメンで、文句をつけるところはない。まさに味噌ラーメンのゴールデン・スタンダードだった。個人的嗜好として、海苔増量、めんま増量などは試してみたいところだ。
最近では豚骨味噌ラーメンが主流になりつつあるラーメン界で、こうしたシンプルな味噌味は好ましい。いや、大好物だ。満足してごちそうさまだった。

食べ終わって気がついた壁の張り紙。おそらくコロナ前のバスツアー全開時期に、向かいのフラノマルシェに来たツアー客があれこれトラブったせいだろう。北海道弾丸ツアーであれば、滞在時間20分ということもあるらしいので、ラーメン注文して食べられないということもあったはずだ。それも今や昔の騒動という気がする。そのうち、また観光客が戻ってきたら、この張り紙も役に立ちそうだ。

ちなみに札幌〜旭川は東京〜静岡みたいな距離感で、ぎりぎり日帰り可能圏だが、札幌〜函館は東京〜名古屋に近いので日帰りはほぼ不能。札幌〜釧路は一泊の行程にしても厳しものになる。それを函館インで旭川経由釧路行きみたいな弾丸ツアーが存在するのが「北海道・団体旅行あるある」。道民はそんな移動はしないけどねと思っていたら、高速道路が伸びたのでかなり日帰り範囲が広がっているそうだ。

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秘境ダム 北海道筆頭はここだ

隣が町が運営する公園なので簡単に辿り着いた

北海道にあるダムをめぐる旅もおしまいになった。国や北海道の管理下にある一級ダムは観光がてらに訪れるダムファン向けに広報施設なども整備されている。そこに、ダムカードの配布ブーム?によって、国や地方自治体以外のダムを保持する会社がダムカードに参戦したため、来訪者など全く考えていない場所にあった秘境ダムにも行くことになった。
国や自治体のダムは管理者(職員)も常駐するところが多く、建設時に使われた資材運搬路が通勤用として整備されている。ごく普通に自動車でたどり着ける場所だ。

見た目はそっくりな屈足ダム

ところが、一般人が来訪することを想定していないダムには行くこと自体難しい。電力会社や電源開発(旧公社)が保持しているダムで、ここは人里遠くどころか、専用車でなければ辿り着けないところもある。栃木県の奥地にある東京電力のダムは、一般人が車で行くことはほぼ不可能だ。(車を降りて山道を熊の恐怖に耐えつつ歩いていくという手段はあるし、それを実践した猛者もいる)
そして、全くおかしなことだといつも思うのだが、そんな到達困難な場所にある「秘境ダム」のダムカードをもらうには、ダムの写真を撮ってこいという条件がついている。行き着けない場所の写真を撮ってこいというのか? と言いたくなる。

これまでもブツブツと文句を言いながら、それでも山奥の秘境ダムに入り込んできたが、今回は経験的に最大の秘境だった。最後の5kmは舗装道路ではなく、砂利道になっていた。現代の日本で未舗装の砂利道を走ることになるとは想像外の事態だった。おまけに車のナビもグーグル先生も役に立たないというか、目的地がはっきりしない。恐る恐るは走っていたら辿り着いたのが温泉だった。これも秘境温泉というしかない。一風呂浴びてみたくはなるが、そんなにのんびりもしていられない。この温泉には生きているうちにもう一度来ることはないだろうなと感じつつ、敷地周辺にはダムがみつからないのできた道を逆戻りした。温泉にたどり着いた分岐を、道が狭くて奥地に向かっている方向(だから、あまり行きたくなかった)に進み、もう少し走って辿り着けなければ諦めようと思ったところでようやくダムに到着した。

最後の秘境ダム 糠南ダム

ダム自体はロックフィル式の簡素なダムだが、たどり着くのに苦労したこともあり満足感が大きい。ただ車をUターンするのも苦労する狭い砂利道で、秘境感は溢れまくっている。

このあと、街まで降りてドライブインでダムカードをもらうのだが、ダムに行った証明写真は見せずにもらえた。ありがたいやら、悲しいやら。そして、電源開発の担当者に言いたい。せめてダムのホームページには、もっと詳細な地図データを載せてほしい。
とりあえずこれで北海道のダム巡りはおしまい。

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小樽で蕎麦を楽しむ

小樽のぶらぶら散歩の目的地は、なぜか鮨屋ではなく蕎麦屋だった。たまたま目にしたネットの投稿記事が記憶に残っていた。ホームページで店の位置を確認してみたら小樽駅のすぐ近くなので、帰り際に立ち寄って軽く一杯やってみようという気になった。もちろん小樽の絶対定番である若鶏半身揚げは帰る前にテイクアウトでゲットする。ただ、あの揚げたての若鶏を他の店に持ち込む勇気はない。半径10mにいると、若鶏の匂いがわかる。少なくとも蕎麦屋の客に若鶏の匂いをさせるのは失礼だろう。

店内はテーブル席と座敷席に分かれている。よく見ると蔵の壁が座敷の中になる。どうやら石造りの蔵に増築をしたお店らしい。和ダンスや囲炉裏も飾りというより実用品の感じがする。

二枚鷹の羽の家紋はどちらのお家のもんなのだろうか。戊辰戦争後に移住してきたのであれば、東軍幕軍支配地だから、日本海沿いのどこかか東北だろう。調べてみたがよくわからなかった。

蕎麦屋おすすめの日本酒を熱燗で注文した。蕎麦屋のお作法として、当然のようにそば味噌がつけられてきた。これを豆一粒くらいの量をつまみ酒を飲む。どちらかというとお江戸の飲み方なのだと思うが、それを小樽で実践する。おそらく、お江戸の蕎麦屋で修行した方が小樽に店を開けたのだろう。その時にお江戸の流儀をそのまま持ってきた。それが通用するほど小樽は当時の日本の先進都市だったという証明だ。

ちなみに札幌の蕎麦屋で、日本酒を注文したらデフォルトで蕎麦味噌がつく店は、極めて少ないはずだ。蕎麦味噌の代わりに柿の種がついてくる店は何軒か知っている。

そして、最初の注文は「塩ウニ」。「汐うに」と書くこともあるが、ウニを塩でつけただけのシンプルな食べ物だ。仙台の老舗居酒屋でこれを肴に浦霞を飲むのが楽しみだった。それ以来、塩ウニをメニューに発見すると半自動的に注文してしまう。
魚屋で塩ウニを探してもなかなか見つからない。煉ウニ製品はそれなりに出回っているが、塩ウニは作る人が少ないのか、鮮度維持の問題があるのか。とにかく、レアものなので、みたらゲットだ。

うまいものは見た目も美しい もはや芸術

お江戸の老舗では当たり前に注文できる天抜きは、天ぷらそばのそばを抜いたもので、蕎麦つゆに浸った天ぷらの衣を楽しむものだ。油が出た蕎麦つゆも美味い。それの変化形が柏抜きで、柏そばのそば抜きのはずだった。ところが、この店のそば抜きは、それとはまったく別格の「つゆ料理」になっていた。和風スープというべきかもしれない。汁物で酒を飲むというのは、なかなか贅沢なことだ。懐石料理でも汁物が独立した一品であるように、良質の汁物は十分にお値段をとれる。蕎麦屋で蕎麦が付け足しになるという困った現象にもつながるが、美味いものは美味い。

次は食べてみたい「うにとじ」蕎麦 でも、これも「抜き」で注文してみたい

お品書きを見ると蕎麦粉が2種類ある。地粉と普通粉で、いつもの蕎麦屋が食材にこだわり気取ってるなという「悪評」を避けたいということらしい。いつもの蕎麦も、店主こだわりの蕎麦もありますよという、優しい考え方だ。
どうにも蕎麦屋を始める人の中に一定量存在する、求道者というか宗教家というか、蕎麦を神聖視する方達にはついていけない。一杯3000円するそばを食べに行ったこともあるが、その差や価値を理解できるほど自分の舌は繊細ではないし能力不足だとわかっただけだった。
とりあえず、今回は初回ということで、普通の粉のそばを頼むことにした。

普通の粉のそばは普通に美味かった。蕎麦つゆはお江戸の下町系で出汁が強く主張している好みのものだった。蕎麦つゆにネギを入れて、ネギとそばを一本ずつつまみにして飲むのがお江戸のいなせな兄さん流儀みたいな文章を読んだ記憶がある。そんなことをしていたら蕎麦が乾いて団子になるだろうと思ったら、案の定、乾いたそばには日本酒をパラパラ振りかけてほぐしながらつまむのだそうだ。
そんなことを思い出しながら最初はそばを一本ずつつまんだが、ひとしきりそば通を気取った後は、一気に啜って完食した。
小樽の蕎麦は鮨よりうまいとは言わないが、味わうべき名品であることは間違いない。いいお店だった。

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狸小路 ウエストサイド

札幌の中心地にある狸小路は東西1kmほど伸びる昔ながらの商店街だ。時代に応じてテナントが変わり、街の顔も変わる。1丁目から10丁目まで伸びているが、通常の商店街としては6丁目までがギリギリで、7丁目からはだいぶアンダーグラウンド、サブカル的な気配の店が増える。それ故に夜遊びするなら7丁目だと思う。狸小路からはみ出して、周辺にも個性的な店が散らばっているので、気に入った店を見つける楽しみがある。
その7丁目で見つけたのが、本屋なのかカフェなのかよくわからない店だった。今回は時間がないので店頭を見るだけだったが、次回は是非店内に突入してみたい。東京都内に最近出現した有料図書館みたいなものではないかと推測している。ネットで調べれば「どんな店」なのかはわかるのだろうけれど、やはりこういう怪しい店は自分で行って試してみたい。

看板のおしゃれさが大事だなあ、と思わせるデザインだった。しかし、最近はこういう日本語なしのアルファベットだけという看板が増えたなと感じる。ただ、逆に〇〇食堂とか〇〇屋とか、むかしながらのストレートな店名も新店には多いので、現代的な言語感覚みたいなものは許容度が広いのだと思う。

コロナで止まっていた夏のお祭りも今年はあちこちで再開しているようだが、狸小路の狸祭りも今年はほぼ全開で盛り上がるみたいだった。昼から店頭に屋台を出してビールの販売、つまみの販売などが始まっていた。賑やかな街は楽しい。

ビルが撤去された跡地に臨時のステージが出来上がっていた。ドラムセットだけ置かれていたが、夕方からはライブが始まるらしい。ステージ前のテーブルは審査員席みたいだが、なんだかおかしな光景だ。

7丁目の端っこにあるラーメン屋で遅い昼飯にした。カウンターだけの狭い店だが、昼時はいつでも満員だ。おまけに、この店は女子率が高く、ラーメン好きの体格の良いおっさんと細身の若い女性が並んでいる光景は、これもまたシュールなものだ。入り口から中を除いて空き席があるかを確かめる。店内がかなり暗いので、一心不乱にラーメンを啜っている男女の姿が、何やら宗教的儀式のようにも見えてくる。

この店のラーメンは、数ある札幌のラーメンの中でも、相当にユニークな部類に入るだろう。スープに混じっている香草の香りが微妙にエスニック感を出すのだが、ベースは魚介出汁だ。長ネギの代わりに玉ねぎが入っている。海苔は歯ごたえがガツンとある岩海苔で、麺はもちッとした細めだ。
なんというか、パーツのひとつひとつが札幌標準からはみ出している。ところが、ラーメンとしての完成度は高い、不思議な味わいで、これもまた狸小路7丁目にふさわしい独自性だろう。
3回食べたら旨さがわかる、というタイプのラーメンだ。カルト系とでもいうべきだろうか。もうしばらく通って様子を見なければと思っている。東京でもあまり見かけない尖ったスタイルなのだが、そこが良い。観光客向けではない狸小路のお話であります。

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フラノマルシェ ふたたび

北海道では夏・冬ともに人気の観光地富良野に、おしゃれなショッピングモールが開いたのは10年近く前のことだと記憶している。仕事で頻繁に富良野を訪れていた時代には気にもとめていなかったが、冷静に考えるとこの場所はすごいところだと改めて思った。人口2万人の地方都市でこの規模の商業施設が維持できるとは、富良野という街のブランド発信力がすごいのだと感心する。

このトマトのキャラは全く記憶にないので、最近登場したのだろうか。富良野がトマトの産地だったということを初めて知った。にんじんと玉ねぎの産地であるのは知っていたけれど。いつからトマト産地になったのだろう。

人口2万の町にスタバはない。しかし、スタバを超えるおしゃれなカフェはあった。ベーカリー併設だが、空間が広くとられているので居心地が良い。スタバより店内が明るいので、自分としてはこちらの方が好みだ。
どうやら観光客は忙しくて、カフェでのんびりすることもないようだった。反対側にある建物はフードコートになっていて、そちらには若い観光客が行列を作っていた。

カフェとファストフードと土産物店・地域物産店という組み合わせは、典型的な「道の駅」パターンだが、富良野には道の駅がない。民間商業施設が、道の駅の役目を果たしているというべきか。いや、本来は民間施設が道の駅のような働きをして、自動車移動の利用客を取り込まなければいけないのだろう。
残念ながら施設の建設費用を公的補助に頼り、運営ノウハウが足りないまま寂れてしまう道の駅も全国でたくさんみてきた。官営事業であったJR(旧国鉄)もNTT(旧電電公社)もJP(旧郵便局)も、民間化されてからまともな商売をするようになった。個人的には、道の駅も運営会社を完全に民間して、ブランド育成をする本部機能を作り、もっとまともなサービス業に転換すれば良いのにと思うのだが、その実例がまさにこの「マルシェ」なのだ。
コロナの2年間をどう対応してきたのかを思うと頭が下がるが、インバウンドに頼らない観光産業として、関係者にとって学ぶべき点は多いのではないか。美味しいコーヒーを飲みながら、そんな難しいことを真面目に考えておりました。