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食べ物レポート, 小売外食業の理論

しばらくぶりの山田太郎

ふと思い出して、山田うどんが経営する山田太郎に行ってみた。おそらく半年ぶりだと思う。面白いことだが、この店はほぼ2ヶ月に一度新メニューを投入してくるのだが、個人的な感覚で言うと当たり外れが大きい。ただ、新メニューを食べてみて気に入らないとしても、後悔するような大ダメージは受けない。商品開発者の意気込みが空回りしているなとか、味のバランスが偏ったのかなとか、あれこれ想像することで流している。チャレンジは大事だと誉めておく。
今回は、夏に合わせて(9月でもまだ猛暑日が続いているので)酸っぱ辛い麺を投入したらしく、それを食べてみることにした。
ちなみに、酸辣湯麺は他の中華屋でもよく頼むのだが、店によって駄作が多いメニューの典型だ。酸っぱ辛いが売れてるらしいので、うちでも作ってみました的な完成度の低い酸辣湯麺は非常に多い。確率的に言えば、ほぼ5割で「ダメ」に当たる。実に博打な食べ物だ。そして今回の勝負は、惜しいレベルで負けだった。

出てきた酸辣湯麺を見て、ああ、これは失敗だったなと直感した。見た目が辛そうではない。それだけで、この手の商品は客の期待を裏切るのではないか。麻辣系の坦々麺はビジュアル的には赤くないが、それでも辛さや痺れを想像してしまう。実際に食べると辛さと痺れで脳天を突き抜ける刺激がある。その経験値がビジュアルと味の差を許容すると言う、凝った設計の商品もあることはあるが。やはり、見た目と味が直結している方が、期待通りの味を保証する方が、大衆向けの店には必要だろうと思う。
つまり、酸辣湯麺は辛くて酸っぱいのだから(酸っぱいのビジュアル化は難しいが)、やはり見た目重視で赤くて辛そうでなくては困る。(個人的見解です)
食べた感想は、酸っぱいタンメン、チョイ辛にしてみましたといった感じだった。卓上にあるラー油をドバッと追加して、ようやく酸っぱくて辛いものに味変できたが………
やはり、「酸っぱい」と「辛い」はチューニングが難しいのだろう。カレー屋や辛いラーメン屋のように辛さを5レベルくらいから選べるようにする仕組みを取り入れた方が良かったのではないか。
まあ、あれこれ注文をつけたい変更点はあるが、あくまで個人の思考としてだ。埼玉タンメンの変形として設計されたはずだから、万人受けするマイルド指向が開発テーマなのかもしれない。辛さを追求するのであれば、辛味噌別添とか、選べる2種の唐辛子とか、もう少し捻りがあると良かったな。正直な感想だ。来年にはきっと改良版が投入されるだろうと期待しつつ。

開店当時は自分のスマホから注文する仕組みだったが、コロナ終息とともに使い勝手の悪いシステム(スマホは画面が小さいのでメニュー一覧が見にくい)から、普通のタブレット注文端末に変わっている。
この画面構成が他のラーメンチェーン店よりわかりやすい。同業と比較すると、埼玉が誇る二大町中華チェーンでは、この部分が立ち遅れている。一つはいまだに紙メニューしかない。もう一つでは画面が単調でうまそうに見えないと言う根本的な欠点がある。どちらも、改良に頑張ってほしいものだ。

注文タブレットの下には、紙メニューがしっかり存在していて、従業員が口頭で注文を受けてくれる。すでに、非接触とか隔離とか言う言葉は死語になっているようだし。経営的にはオーダーエントリシステムかタブレット注文か、どちらに限定したいだろうと容易に想像できる。ただ、どこのレストラン、食堂チェーンでもこの注文の仕組みの二重構造は撤去していない。典型的な二重投資になっている。
これもそろそろ見直して良い頃ではないか。写真入りのメニューブックはスカイラークが元祖だったらしいが、すでに50年が経過した古典的なシステムだ。団塊の世代と言われたボリューム層もすでに人生の最終期に入り、後期高齢者として社会活動が鈍っていく。団塊世代に向けた様々な仕組みや対応はそろそろ見直す時期だろうと思うのだけど。

食べ物レポート

辛いラーメン あれこれ

狭山市民会館の中にある喫茶レストランにて クロチョンラーメン

ラーメンとは不思議な食べ物で、専門店が多いが、ふらりと入った町中華の店で絶品のラーメンに出会うことがある。喫茶店でラーメンが置いてあるのにびっくりしたりもするが、そんな店が予想外に旨かったりする。
今回は市民会館のレストランという食べ物屋としてもかなり穴場な場所で、個性的なラーメンに出会った。単純にいえば「辛いラーメン」ということになる。辛さは5段階あり好きな辛さを選べる。とりあえず初回なので2辛にしてみたが、これも思ってた以上にマイルドというか程よい辛さだった。
房総の先の方の町に、山の中の一軒家ラーメン屋があり、そこのラーメンがアリランラーメンという。辛いニンニク味が特徴だが、そのアリランラーメンと食べた感じが似ていた。名前にあるクロチョンという不思議な言葉は、どんな意味があるのだろうか。
食べたのは醤油味だが、味噌味もあるようなので、次はレベル3辛で味噌味を試してみたい。ちなみにこの店の推しメニューはナポリタンらしいが。なにやら昔懐かしい味のような気もするのでそそられる。ラーメンもかなり高いレベルだと思う、

満洲の旨辛菜麺 ちょっと辛い

二軒目。満洲の夏キャンペーンは9月に入ると終了して、秋茄子メニューに変わっていた。ナスが乗った麺もあるかと思ってのこのこ出かけたが、どうやらナス料理は単品だけらしいので、満洲特製の辛いラーメンを注文した。これが辛いという人は、相当辛さに弱い人種だろう。ピリ辛というよりほんのり辛いみたいな感じがする。おそらくトッピングの野菜炒めが辛さを吸収してしまうからだ。
他のラーメンチェーンではもう少しストレートに辛さを追求している気がするが、どうも満州は子供でも食べられる辛さを指向しているようだ。玄米の使用や野菜産地にこだわるあたりが、町中華としては微妙に変わった店という印象がする。
おまけに、町中華としてはメニューの絞り込みがすごい。ほとんどファストフードだ。それでも高齢者を中心としたコア客層を捉えているのだから、外食企業の商品戦略としてはお手本みたいなものだ。
月一のキャンペーン商品も数年間通して見れば、これまた月替わりのルーティンで年間の出し物が決まっている。ここ2・3年、ほとんど新しい商品は出てこない。また今年もやりますよ的な、ファストフードの月見商品のような、年間定番の出し入れローテーションを守っている。

この辺りの匙加減がオペレーションを救っているのも確かだから、普通の大衆向け飲食店は満州に学ぶ点が多いだろう。客の視点からすると、うまい不味いよりも、そして珍しいものがあるかないではなく、好みの定番がいつでもある、という安心感が重要だ。普通にうまい、という言葉がぴったりくる。
旨辛菜麺、もう食べ飽きてしまったような気もするが、それでもよく注文するのが不思議。

食べ物レポート

東海道で特殊おにぎりを買う

東海道線で静岡県に入ると、静岡ローカルの弁当惣菜屋である天神屋に出会うことがある。静岡ローカルフードチェーンの二大巨頭、天神屋とさわやかが、なぜ静岡県の県境を越えて出店しないのか、よくわからない。どちらも戦闘力の高さでは定評があるし、食材が静岡限定というわけでもない。中華チェーンの五味八珍を加えれば静岡勢で関東郊外商圏を完全制覇するのも夢ではないと思うのだが。
その天神屋の名物らしい(ちょっと前まで知らなかった)たぬきむすびを手に入れた。名古屋の天むすは海老天が入ったおにぎりだが、こちらは天むすのエビ抜きというか、天ぷらの揚げ玉(天かすとは言いたくないので)だけをいれたおにぎりだ。お江戸の蕎麦屋でいうところの、たぬきそばをおにぎりに仕立てたという感じだろうか。
コメの中であげ玉が適度にふやけているので、たぬきそば的な揚げ玉のうまさがでてくる。具なしおにぎりなのだが、絶妙な旨みがある。これを開発した人はすごいなあと思うが、元ネタはやはり天むすだったのだろうか。
静岡人というか、駿河人の思考形態には何か独特のものがあるようだ。同じ静岡の中でも旧駿河と旧遠江では地域性が多少異なるようだが、それがミックスされ静岡県特有な大発明につながるのかもしれない。
そういえば、ヤマハもホンダも静岡生まれの企業だったような記憶がある。すごいなあ。

駅弁

東海道 各駅停車の旅で駅弁

どうも自分の日常行動範囲内にある場所で駅弁を買う気にならない。いつでも買えると思うこともあるが、駅弁はその味、うまさだけではなく旅の雰囲気(例えば車内で食べるとかお土産にして自宅で楽しむとか)を纏っているからこそのうまさだろう。
弁当単体として考えると、デパ地下で買う高級弁当よりも高いのだから、やはりそこに何某かの旅情的なものを求めてしまう。
だから、横浜のシウマイ弁当など頻繁に買い続ける駅弁は極めて例外で、それは駅弁というより弁当としての完成度、コスパを高く評価しているからだ。東京駅の駅弁を楽しむのは、やはり東京に新幹線でやってきた人たちの特権だと思う。首都圏に住む人間が東京駅で駅弁を買って旅に出るというのは、それとはちょっと違う駅弁の使い方ではないか。(個人的偏見です)
そういう観点で言うと、湘南の有名駅弁は確かにハンディキャンプがある。いつでも買えると思っている点と、知人友人が通勤で使っている路線で販売されている駅弁なのだと想像すると、いかにも日常性が強すぎる点が、駅弁としての評価を辛口にしてしまう。特に、湘南の駅弁は品川駅で買えたりするのだから、旅情というポイントはかけらもない。
それでも、たまにとてつもなく食べたくなるのは、やはり食べ物として高い完成度にあるからだろう。スーパーの惣菜売り場や、テイクアウトの寿司屋で売っている押し寿司とは一線を隠していると思うからだ。

酢で締めた魚の押し寿司を食事として淡々と食べると、すぐに食べ飽きてくるものだ。(これも個人的偏見です) 大阪でよく見かける押し寿司は、その点を克服するべく、具材を色々と変えた組み合わせで販売している。さすが、食文化のレベルが高い「なにわ商人」の感覚だと褒め称えたい。
それと、この大船の有名駅弁を比べるのも失礼な話だと思う。この押し寿司を弁当として考えるとコメの量が多すぎる。具材もアジと小鯛だけだ。ただ、酒の肴として考えると、これはなかなかレベルの高いつまみだ。そして、アジも大小サイズを使い分けているので、同じアジでも食べ比べができる優れものだ。
そのため、この押し寿司を車中で食べることはほとんどない。いつでも持ち帰って、家飲みをする時のつまみになる。普段の駅弁とは使い勝手が違うが、デパ地下でブース販売しているのを見つけると、ついつい買ってしまうのだから、駅弁の進化系というべきだろう。旅的要素を削ぎ落としてもうまいと感じるのは、シウマイ弁当と同じだ。そう考えると、東海道沿線の駅弁は、かなりレベルが高い。ただし、コスパは悪い。そこには目を瞑ることにしている。

しかし、よく考えると相模湾で取れるアジと駿河湾で取れるアジは、同じ味がする物だろうか。そんなことを考えついてしまい、次は駿河湾、つまり静岡県東部でアジを使った駅弁探索をしてみようかと思っている。

食べ物レポート

むさしのの名物で物申す

カレー料理は東西文化の融合が高いレベルで行われたことを意味する文化指標だ と言いたい

武蔵国とは、現在の東京都、埼玉県を合わせた地域になるはずだが、当時の都からみればほぼ地の果てだろう。北関東は下野、上野と名付けられているが、これは大和朝廷東征時代に「毛野国」があった場所だったそうで、そこが征服された後につけられた国名のようだ。「下の毛の国」がなまって「しもつけ」になり、「上の毛の国」が訛って「かみつけ→こうつけ→こうずけ」になった。
似たように大和朝廷の征服過程で統合された旧国名称が残されているのは、九州大分県周辺にあたる豊の国領土が豊前豊後となり、岡山県および広島県東部にあたる吉備国の備前、備中、備後のような感じだろうか。国名に滅ぼされた国の名称が残るのは、統合されたとはいえ、それなりに大国であったことの名残りだろう。非征服民への慰謝みたいな物だろうか。

僻地扱いされていた関東以北にある国は、いきなり「陸地の果て、国としては一番奥にある」などとこれまた酷い差別扱いで「陸奥」と名づける。大和朝廷のネーミングセンスは(統治センスも含め)、かなり低レベルというか繊細さに欠ける。
おそらく現在の宮城以北の諸部族、東北の地に住む先住民は、大和民族とは他民族と思っていた節がある。東征により従えた北関東までの国家群は、少なくとも同型民族扱いしていたはずだし、北関東に多数残る古墳群からは大和朝廷の影響が強く感じられる。尾張の豪族、信濃の豪族についてはまた別のストーリーがあるようだ。


話を戻すと当時の「武蔵国」は、今のように平野が広がっている土地ではなく、利根川、荒川などの大河川でズタズタに分断された「湿原」地帯だったようだ。農業先進地域である西国では、灌漑がすすみ治水事業も行われていたが、戦国末期まで武蔵国は湿原地帯、未開の地として放置されたままだったようだ。
だから、水がつからない場所、つまり台地や高地部分で麦作が盛んになった。他にもいくつかの要素はあるが、武蔵国と上野国では麦がたくさん取れ、それをうどんにして食べた。うどんは農業後進地帯のローカル食であり、米の代替食だったのではないか。などとあれこれうどんを食べながら考えていた。
生まれ育った北の島では、開拓当初の時期は米が取れないばよが多かった。先人の苦労で米の北限はジリジリと北上していったが、代用食として馬鈴薯、つまりじゃがいもが幅を利かせていた。
ローカルなじゃがいも料理(それも実に素朴で料理とは言えないレベルが多い)は、今ではすっかり観光客相手の売り物になっている。家庭の日常食としては衰退してしまった感がある。


じゃがいも料理とはまるで異なり、武蔵野うどんは今でも現役バリバリのローカルフードだ。つゆに入ったかけうどん的な物ではなく、もつけ汁で食べるスタイルが原型だが、そこからかなり派生的に「つけ汁のバリエーション変化」が生まれた。おそらく最初の頃は、出汁の効いた醤油味だったのだろう。それに、肉やらキノコやらの豪華な具沢山のつゆが加わったはずだ。つゆ革新運動?の流れにあわせて、カレー味は生まれた。蕎麦屋のカレー南蛮の直系子孫というか、丸パクリでしかないとは思うが。
だが、そのパクリ品が最近は実にうどんにあう、うまいと感じる。一番ポピュラーな肉汁うどんより、カレー味の方が料理としては一段レベルが高い気もする。カレー粉が一般糧に生で広がるのは明治後期以降らしいので、カレー味は比較的新規導入された物だろう。ひょっとすると昭和生まれかもしれない。

関東の蛮族と馬鹿にされていた大和朝廷の時代とは異なり、いまや武蔵国の文化レベルは格段に違うのだよ。というか、武蔵国が日本の文化を牽引している。その食文化の最高峰が「武蔵野うどん」というと言い過ぎか……………

「ところん」には武蔵野うどん伝道大使になってほしい

ちょっとだけ付け加えると、武蔵野うどんの中心地はどこになるかと問われれば、答えはいささか微妙になる。東京都下の多摩地区と埼玉県西部にある所沢狭山市周辺がうどん屋の密度が高い。武蔵国の時代には、地理的行政的境目がなかった一塊の地域であったせいもある。
周りに水田がないこと、地形が台地であることから当然ながら麦作地帯だったと推測できる。川越付近は(その昔は武蔵国の中心都市だった)周辺に大河があるので稲作が盛んだが、川から離れた地域、熊谷から行田にかけての内陸台地でも、うどん(小麦粉製品)はよく食されているらしい。(加須はうどんで町おこしをしている)

個人的には、旧武蔵国西部地域、つまり川越、所沢、熊谷、加須などが連携して埼玉うどん文化圏を名乗り、武蔵野うどんの普及拡大キャンペーンでもすれば良いのになと思う。
うどんは讃岐うどんだけではないぞ、という坂東武者の心意気(なんだ、それ)を見せても良いではないかと。だが、埼玉県庁に巣食う官吏は文化より経済、それも東京隷下での属国化を選んでいるようだ。
大和朝廷の時代から、地方官吏の考えは中央に媚びへつらう、変わりばえのしない物らしい。

食べ物レポート, 旅をする

新潟のカレー料理インスパイア

去年新潟に行った時には見かけなかった(見つけられなかった)、土産物の新作があった。一つ目は、バスセンターのカレー味という柿の種で、そもそもバスセンターの立ち食い蕎麦屋が万代そばという店名であると初めて知った。
食べてみると、確かに一般的なカレー味のスナック菓子より甘さが感じられる。独特なカレー味で、言われてみればこんな味だったかなあと納得する程度には似た味わい?がある。
新潟は柿の種の本家本元がある土地柄だから、こういう変わり種柿の種も人気がありそうだ。お土産にすると、バスセンターのカレーの蘊蓄を語るきっかけにもなるし、手頃な土産物と言えそうだ。まさに、手土産には好都合な、お手頃な一品だ。一家に一袋的な感じだと思う。
新潟から帰る時の新幹線で、これをつまみにビールを飲むという状況を考えてみれば、これまた実にぴったりする優れものだ。

これも今回初めて知ったものだが、新潟では有名なカレー味のとり半身唐揚げが、ローカル名物として存在している。一度食べてみたいと思ったが今回は機会がなかった。次回はぜひ挑戦したいものだが、そのカレー味唐揚げを再現したもののようだ。
これもその鳥唐揚げ専門店の監修だということだから、食べた感じから元の唐揚げの味を推測すると、かなり辛めでスパイスが尖っている味付けのようだ。ガラムマサラ系のスパイシーさが強いのではないか。
カレー味のスナック菓子としては、相当に辛めの設定になっている。車内でビールのお供というより、家飲みの時に箸でつまみながら(手が汚れないように)、ハイボールでも飲むのに合いそうだ。
今回は一つしか買ってこなかったのが残念だ。いくつか買い置きをしておきたい代物だが、これは新潟でしか売っていないだろうな。
最近、あちこちで亀田製菓製のローカル味小袋スナックを見かける。全国のご当地名物をコピーした商品は、地元+観光客土産として市場価値があるからだろう。
おそらくコロナ環境下での観光業不審も影響していたのだと思うが、なかなか目の付け所が面白い。ご当地版キットカットはかなり昔から存在していたが、コメ菓子の方がより人気になりそうな気もする。
しかし、新潟市民はそんなにカレー味が好きなのだろうか

食べ物レポート

魚と天ぷらの居酒屋にて

名古屋発の居酒屋チェーンで、売り物は鮨ともつ鍋という不思議なコンセプトの店がある。名古屋という大都市発祥なのだが、なぜか埼玉県の端っこの方で、プチ・ドミナントを作ろうとしているらしく、自宅の周りに何軒か出店している。
どれも小ぶりな店なのだが繁盛しているので、各駅停車でお店が増えている。社長のインタビュー記事などを読むと、なかなかユニークな出店戦略をお持ちのようだ。
そのチェーンの一軒が、鮨居酒屋から「魚と天ぷら」の店に衣替えをした。ブランドのサイトで調べてみると、全国でもこの一点だけなので、実験店ということだろう。まず注文してみたのが、お店の一推しメニューである刺身五点盛と天ぷら盛り合わせだ。たしかにコスパは良いと思う。魚の鮮度も良いし、天ぷらはカリッと揚がっている。居酒屋でよくありがちな、衣8割と着膨れた中身のわからないなんちゃって天ぷらではない。ちなみに、総菜屋の天ぷらは劣化防止のために衣が厚く膨れているものが多いが、ダメな居酒屋の天ぷらは中身の小ささを隠すために、ぶくぶくした衣になっている。天ぷらではなくフリッターだろうと突っ込みたくなる。
元来、てんぷらとはうす衣もではないかと思っているので、熱々の天ぷらを衣がふやける前にさっくりと食べるのが良い。

売り物である刺身と天ぷらのコスパの良さが確認できたところで、追加注文したのものが「本日のカブト煮」だった。これは日によって「頭」が変わる日替わりメニューで、注文してもできない日があるらしい。お店独自のメニューなので、タブレットでメニュー登録されていないから、口頭で頼んでくれとのことだった。
注文して15分ほどで出てきたのが金目鯛のカブトだった。

金目鯛の兜には初見だった。結果的に、マグロやカンパチのような大型魚のカブトとは違い、頭の見栄えの立派さとは相反してというか、食べる味が少ない。感覚的には3口で食べ切ってしまった。お値段を考えれば、こんなものかもしれないと変な納得をしてしまったが、金目鯛のカブト煮はもう少しサイズの大きいものがよろしいようだ。

珍しいなと思って注文した「鳥のはらみ」だが、これでも一応鳥肉の部位はそれなりに理解しているつもりなので、ハラミと言われると不思議な気がする。物理的には胸肉(ささみ)の下にある、モモの上パートだと理解できるが、その部分だけを捌いて売っているものだろうか。
牛のハラミなどのように内臓周りの肉や、下半身の半端な部分が安く売られるというのはありそうだが、こと鳥に関してはそんな余剰部分があるとも思えない。何か特殊な用途で使い残した肉なのかもしれない。食べると普通に美味いので文句はないが、元鳥谷の端くれとしてはあれこれ考え込んでしまった。
魚と天ぷらというコンセプトはなかなか面白い。ちょっと磨き上げると大チェーンに化けるような気もする。月一くらいでチェックに行ってみようかな(偉そうに申しております)

ご興味がある方は こちら ↓
https://yossix-shop.com/detail/20011/

街を歩く, 食べ物レポート

町角の風景とオムライス

所要があり恵比寿に行った。昼飯を食べようとアチコチ歩いて回ったが、あいにく昼のピークにあたっていて、お目当ての店はどこも満員だった。30分ほど経てばガラッと空くのは分かっていたが、何せ気温が高すぎる。結局、待つのも諦め、空いている店を探すのも放棄して、新宿に逃げ出すことにした。
その時にたまたま見かけた看板がこれだ。飲めばわかる最強炭酸とは、確かにその通りだ。飲まなければ、最強であるかどうかもわからないが。なんとも意味不明な引き文句でもあるし、少し中身をきちんと読んでみようと足を止めて看板をしっかり隅から隅まで見た。(暑いのに……………)
いくつか気がついたが、一番の衝撃というか困惑というか、おやまあこれは困ったなと思ったのが、ハイボールに使うウイスキーが今や最低ランクになっているということだ。
確か十年くらい前から始まったハイボールブームは、「角」推しだった。最近ではすっかり見かけなくなったが、綺麗なお姉さんが「いかが?」と蠱惑的に勧めてくるCMがブームのきっかけだったように記憶している。そして、その上級バージョンが「山崎」だった。
それが今では(価格は安いとは言え)、トリス級が定番になっている。ハイボールブームのおかげで、たっぷりあった(余剰在庫化していた)ウイスキー原種がすっかりなくなってしまったという話は聞いたことがある。
確かに原種不足で竹鶴のブレンドが変わったとか、山崎がほとんど出荷されず、裏ルートで売られているとかいないとか、ちらほらとその手の噂は聞いているが。最早、角ハイボールも普及品扱いではなくなったのか。なんだかショックだなあ。

ショックによろめきながら新宿まで行って、よく行く洋食屋でオムライスを食べることにした。ついでにハイボールもい一杯注文しようかと思ったのだが。
ここでも吃驚体験が待っていた。なんと午後1時近いのに満席ですわれないのだった。外国人観光客もいた。コロナの間は、ランチタイムでも客が5人しかいない………みたいな悲惨な状況の時もあった。それが、なんと席待ちになるまで復活した。めでたしと喜ぶべきだろう。
昼でこの混雑ぶりだとすると、夜は予約なしでは入れないのかもしれない。街を歩く人を見ても、2ー3割は外国人観光客みたいだし、ひょっとするとこの「オムライス」が世界的に有名になるのかもしれない。今のうちに食べておかないと、この先は1時間待ちの行列が……………と心配するような事態になるかも。でも、それは嫌だなあ。
自分の大事な場所は繁盛はしてほしいが、あまり有名になってほしくないという、矛盾した気持ちがあるので。
でも、客が入らず店が潰れてしまうのはもっと困る。しばらくせっせと通うことにしようと思いました。

食べ物レポート

焼き鳥日高で学びましょう

ホッピーはビールの搾りかすと元上司に騙されて、10年以上信じていた お江戸トラウマ 1号

埼玉が誇る町中華チェーンの日高屋には、姉妹店というべき「焼き鳥 日高」が隣町に存在する。この店は軽居酒屋としてなかなか完成度の高い秀逸なコンセプトだと思う。プロトタイプの店が大宮に開店した時、視察に行って感心したのを覚えている。その普及版が、埼玉県の古都と言うべき隣町にコロナ手前に開店していた。コロナの荒波もなんとか乗り切ったようで、今では夕方になると賑やかな店になっている。
特に、タブレット注文が一般的になる前に導入された、タッチペン式の注文票がなかなかユニークだ。ただし、使い方にはちょっとコツがいる。通な客でなければ一度説明されたくらいではよくわからない。
ただ、街の居酒屋としては常連中心の営業だろうし、これはこれで常連客が一見の客に優越感を感じさせる(俺は、簡単に注文できるのになあ的な)、良い道具かもしれない。ちなみに隣に座っていたおっさんは、全て口頭注文で通そうとしていた。大常連らしい。店のお兄ちゃんが全て代行入力していたようだ。
そして、この店ではホッピーを頼むに限る。いかにも首都圏で酒を飲んでいる気がする。初めてお江戸に出てきた時に感じた、お江戸の居酒屋で感じた違和感の根元が、このホッピーという飲み物だった。
お江戸の居酒屋では、上京してきた時の初心忘れるべからずと、よくホッピーを注文する。上京早々にお江戸で暮らしていけるか不安になった原因であるホッピーを、今では普通に愛飲できるようになった。人間、何にでも慣れるものらしい。

スタミナ焼きというメニュー 埼玉的にはカシラだと思っていたらハラミだった

焼き鳥が店名に入っているはずだが、焼き鳥だけではなく、いわゆるもつ焼きも頼める。カシラという串もお江戸に来て初めて食べたような気がする。生まれ育った街では「豚精肉」と呼んでいた豚肉の串焼きは、バラ肉の薄切りだった。このようなゴロッとした肉塊ではなかった。
これがまさにお江戸の洗礼、ホッピーと合わせてトラウマになっている「もつ焼き」という代物だ。焼き鳥屋と思い込んで入ったもつ焼き屋の店主に「うちはもつ焼き屋で、焼き鳥はない」と叱られた挙句に、おずおずと注文したのがカシラだった。今ではその言葉(カシラ)の意味を理解できるが、当時は壁際にかかっている品書きの意味がわからなかった。全く馴染みのない言葉が並んでいた。(今でもわからない特殊用語もあるから、もつ焼き屋は奥が深い)
カシラは辛味噌をつけて食べる埼玉(東松山)スタイルにすっかり慣れてしまった。シロと合わせて好みの串焼きの一つだ。改めて、人間、何にでも慣れるものだ。

鶏皮は、博多スタイルが一番旨いような気がする

最近ではほとんど注文したことのない鶏皮を久しぶりに頼んでみた。それもタレにしてみたのだが、これは失敗だった。鶏皮は塩で注文して、皮のカリカリ具合を楽しまなければと反省。人間、たまには冒険も必要だが、たいていは失敗する。

ガツ刺しは頼むのに勇気がいる 鮮度管理がダメな店はけっこうあるからだ

ガツ刺しも半年ぶりくらいで食べた。このコリコリとした食感は意外とクセになる。ただし家庭料理では、ほぼほぼ食べられない居酒屋珍味の一つだ。月刺しはポン酢で食べることが多いような気もするが、この店では辛味噌スタイルらしい。

これを想像の斜め上というのだろうか ニラ玉というニラ入り卵焼き

そこそこ腹は膨れているのだが、気になるメニューがあり、つい注文してしまった。モツ系の肉だけ食べておしまいというのも、なんだかバランスが悪いと思ったからだ。
ニラ玉と書いてある壁の品書きを見て、あれこれ想像してしまった。予想したのはニラを炒めてからの卵とじだったが、出てきたのはニラ入り卵焼きで、思わず品書きを見直してしまった。確かに、これがニラ玉と言われても文句のつけようはない。ニラと卵で出来上がっている。
この手の、品名から想像するものと実物との差というか勘違いは、典型的な居酒屋あるあるだが、それにしてもだいぶ予想が外れた。
あれこれ考えていないで食べることにしたら、これまたびっくり仰天というか、自分の好みにジャストミートの卵焼きだった。感覚的には、極上のお好み焼きを食べているようなふわふわ感があり、噛み締めるとニラの旨みがジュワッと出てくる。
試しに、卓上にあったソースをかけてみた。おお、まさしく極上お好み焼きではないか。これなら自宅でも似たようなものが作れそうだと思ったが、その時は卵をケチらずにたっぷりと使うのがコツだろう。溶いた卵には出汁を多めに混ぜて、砂糖なしのみりん少々で仕上げるのが良さそうだ。
次からは焼き鳥の注文なしで、このニラ玉だけを何度も飽きるまで繰り返し注文してみるのはどうだろうか。食べたいものだけを食べたいだけ食べて帰ると言う、究極の贅沢として良さそうな気がしてきた。おまけに安上がりで済みそうだ。
まさに、大発見というか、目から鱗というか。おそらく、数ある居酒屋メニューの中には、これと同じように勝手に思い込んでいるだけで、全く自分の想像と違うメニューが存在することのだろう。まずは自分の常識を疑うところから、人生の発見は生まれるのだと、埼玉の古都で学びました。

旅をする

JR東日本 新潟支社のお嬢さん

最初に出会ったのは、長岡駅から一駅離れた小さな駅だった。改札口を出たところに彼女は立っていた。JR東日本で駅娘の企画があったとはと驚いたが、ひょっとするとまた、どこかの企業とのコラボだろうと、あまり気にもとめなかった。とりあえず一枚写真を撮っておしまいという感じだ。

次に出会ったのは、新潟駅だった。ここでようやくスタンプラリーのキャラだということがわかった。首都圏山手線で見かけた、イケメン駅男子の新潟版なのかと思ったが、どうもそうではないらしい。
新潟県限定で、JRを使って酒蔵を回るプチ旅企画のようだ。首都圏で毎年春先に実施されている、コラボキャラ・スタンプラリーの縮小版みたいなものだろうか。首都圏版では、ウルトラマンやガンダムなどの著名キャラがコラボ対象になっていた。新潟は独自キャラを建てたらしい。
しかし、スタンプラリーの巡回駅を見ると、これはなかなか完全制覇が厳しいことがわかる。新潟から離れた駅に行くと、日帰り旅行でもギリギリの行程になるだろう。新幹線も利用しての金持ちトラベルにしたとして、それどもおそらく2-3日かかるのではないか。

新潟の旅の帰り際で、長岡駅でも彼女に再会した。どうやら対象駅ごとにパネルが違うようなのだが、新潟駅では見かけなかった。新潟市内には対象となる酒蔵がないのだろうか。見落としていたことに気がついた。ちょっと残念だ。

手に持っているのは鉄印帳かと思ったら、まさかの乗務員手帳でした

今回の旅では会津若松で「鉄道むすめ」と出会った。それと見比べてみると、やはりテイストが違うというか、JR対私鉄連合みたいな雰囲気が感じられるのが面白い。JRはシャープなクールビューティー、私鉄連合はゆるふわ系という感じがする。
その延長であれこれ考えてみた。女性キャラを立てるのは、萌え好みの男子客を集めるという意図なのだろう。確かに、連動したグッズ販売などを行いやすい。茨城県大洗の戦車娘たち、静岡県沼津市のバンド娘たちの成功例もある。
ただ、御朱印めぐりのようなイベントは女性客が多いようだ。とすると、スタンプラリーを企画する時には、イケメン男子キャラの方が実効性は高そうな気もする。となると、イケメン企画ではなく萌え系企画が多いのは、イベントを決める偉い人が男性に偏っているジェンダー問題の現れかもしれない。鉄道企業に横たわる黒い性差別の闇みたいな言葉が思い浮かん。とまりと、JR東日本首都圏部隊は、かなり先進的なダイバーシティーに取り組む集団ということだろうか。
などと、かなりどうでも良い社会考察をしながら、会津新潟の旅は終わりました。鉄道むすめ、完全制覇の旅という言葉が頭の隅をかすめているが、考えないことにしておこう。