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街を歩く

高松駅のうどん

うどん県というプライドはすごい ちなみに埼玉県もうどん県らしいのだが

初めて高松に来たのはもう随分と前のことだが、まだYS11というプロペラ機が現役で、高松空港が現在のジェット機対応になる前、もっと海の近くにあった頃だったと思う。羽田から二時間もかかる低空フライトだったことが記憶に残っている。ただ、旧高松空港の記憶はほとんどない。
まだ現役だった宇高連絡船で高松駅に着いたような記憶もあり、駅の中に立ち込めるうどんとつゆ、出汁の香りが高松の第一印象だった。だから、高松には連絡船で何度か来ていたのだろう。まだ瀬戸大橋が完成する前の四国は、なかなかに来るのに時間のかかる大変な旅先だったはずだ。

その高松駅構内にあったうどん屋は無くなっていた。高松駅が新しくなったときに消えてしまったようで、今ではスイーツの店がある。昔であれば、ここは駅弁屋の定番スポットだと思うが、もう駅弁を食べるほどの鉄道を使った長距離移動は需要がなくなったということだろう。高松発で一番遠いところに行く列車は、おそらく高知県の西、宿毛に行く特急だが、それでも三時間強といったところだ。

かわいい車体カラーの琴電

そのJR高松駅から徒歩5分ほどのところに琴電の駅がある。この駅はお城の堀の中にある不思議な駅だ。広島県三原の駅も駅構内にお城,城壁が取り込まれている奇妙な駅だったが、それよりももっと不思議な感じがする。駅のホームからお堀越しに石垣が見える。

琴電駅のユニークさはなかなかのものだが、昔々宇高連絡船が健在だった頃は、連絡船から降りて琴電で金毘羅参りに行く観光客も多かったのだろう。金毘羅様は琴電でも、JRでも行けるので、その使い分けはなんだったのかと、これまた不思議に思う。おそらく、高松城跡の見学とセットになったツアーでもあったのではないか。連絡船でついた足でお城を見学して琴電に……………みたいなコースだ。

駅前で見つけたうどん屋

今回の高松は弾丸ツアーの途中下車なので、持ち時間は少ない。それでも駅周辺でうどんが食べられないかと駅ビルを探したが、なんと駅ビル内には全国チェーンの蕎麦屋しかなかった。この蕎麦屋,香川の人は使うのだろうかと心配になった。高松に来た余所者だけが入るレストランみたいな恐ろしい想像をしてしまった。確かに、香川県で蕎麦屋を見た記憶はない。
駅前の広場から少し離れたところで、ようやく一軒のうどん屋を見つけた。いわゆるセルフサービスの店だが、この提供スタイルは某うどんチェーンが全国に広めたので、もはや一般常識的な提供方法だろう。
行列に並んでちまちまと進む。注文場所にたどりつくと、まずうどんを頼む。熱冷、麺の量、つゆなどを指定すると、すぐにうどんが出てくる。そこから、天ぷらなどのサイドメニューを好みで皿に取り、最後に会計というスタイルだ。
初めて高松でうどんを食べる時,このスタイルがよく理解できていなくて、うどんを出してくれおっちゃんにモタモタするなと怒られたような記憶もある。

かけうどん(小)は麺が一玉だった。香川県のうどん屋に小盛りとか半盛りは存在しない。一玉は小、1・5玉が中、2玉が大、3玉が特大という感じだった。ちなみに自宅近くの武蔵野うどんも似たような玉勘定になっている。地元の名店では、半玉単位での注文が可能で、2.5玉も注文ができる。蕎麦でこういう玉単位での注文をしたことはないが、わんこ蕎麦であれば10椀で1玉分だったのではなかったかなあ。
讃岐うどんを食べるときはゲソ天と決めているので、注文に迷いはない。自分であげ玉とネギをドバッとかけて一気にうどんを啜った。10分近く並んで手に入れたうどんは、完食するまでほぼ1分だった。
讃岐うどんは出汁が勝負と思っているが、確かに本場で食べる讃岐うどんは出汁が美味いものだ。炭水化物だらけの食事と批判されそうだが、かけうどんと天ぷらの組み合わせは人類種の本能に刻まれた「うまさ」の構成要素を全て満たしている完全食品だ。これを美味いと思わない人間は、人類亜種と言われても仕方がない。
美味しいうどんを食べると、人類学まで思考が及ぶ。やはり讃岐うどんは知的興味を掻き立てる、すばらしい完全食品だ。

食べ物レポート

一点突破主義のレストラン

10年ほど前に、この店に来たことがある。しかし、臨時休業にぶち当たり中に入ることができなかった。香川名物の鳥料理、その元祖であり、テレビなどでも時々取り上げられる名店だ。香川に仕事できた時に、「骨付鳥」を食べたいというと問答無用でこの支店に連れて行かれる。
天邪鬼な気分になり、何度か他の店に行って骨付鳥を頼んで見たが、やはり現地人の見識は高いものでこの店の鳥が一番うまいと思う。元祖は元祖になるだけの力量があるということだ。
この日も開店から30分ほどのタイミングで行ったのだが、すでに長い行列ができていた。およそ40分ほど待ってようやく席に着くことができた。

JRの駅にご当地キャラがいたのだが、なんと著名な「丸亀城」ではなく「骨付鳥」様がご就任されているではないか。例えてみれば、浜松で徳川家康を押し退けて鰻がご当地キャラになっているようなものだ。あちこちでご当地キャラを見てきたが、これはすごいことだろう。くまもん対からしれんこん、みたいなことで、「くまもん」が負けているということだよなあと、感心してしまった。

前菜に頼んだ、鶏皮の酢の物は絶品だった。鶏皮をカリカリに揚げたもの(多分)を使っている。食感のカリカリ感が素晴らしい。よく出てくるニュルっとした鶏皮の食感ではない。これだけで酒が進んでしまいそうだ。

強烈な塩胡椒の味がうまさの秘訣

そして大本命の「おやどり」が到着した。この親鳥特有の固さが好みなのだ。骨を手に取り、直接ガブリと頬張れば、塩と胡椒とニンニクが一体になり口の中で爆発する。散々いろいろな鳥料理を食べてきたが、やはりこれが筆頭というか鳥料理界のキングだろうと思う。世紀末世界で言えばラ◯ウ級の存在だ。そして鳥料理界に北斗の伝承者は存在しないのだなあ。超然と君臨する単独峰のようなものだ。

そして、絶対王者に追随するのが、おむすびと鳥スープのセットだ。このお供なしで、骨付鳥を堪能したことにはならない。小ぶりではあるが3個もおむすびがついてくるというのは、白飯と骨付鳥の塩味が抜群の相性を持っているからだろう。うまいコメを食べるといつも日本人に生まれて良かったと思う。世界中で米料理はあるが、やはり熱々の白飯とシンプルな塩味のおかず、例えばたくあんだったり塩辛だったり海苔の佃煮であったりとの組み合わせは、地上最強のご馳走だ。
白飯と出汁の効いた汁とこの骨付鳥一品あれば、その瞬間にこの世は天国になる。そんなことを感じさせる「幸せなお店」であるのですよ。
わざわざいく価値がある「孤高のレストラン」でのひと時でありました。

食べ物レポート

りゅうきゅうとごまさば

ずっと不思議に思っていることなのだが、日本では相当に名高いブランド魚「関アジ、関サバ」は、大分県と愛媛県の中間海域でとられるものなので、大分名物にもなれば愛媛名物にもなるのではないか。
ところが、愛媛に行くと何故か町中が「鯛推し」で、アジ・サバの文字を見かけない。そこで大分県のホームページを見てみたら、なるほどなと理解できた。

参考ホームページはこちら  ↓
https://edit.pref.oita.jp/news-columns/2291/

魚の取れた場所よりは、釣り方や保存方法に特徴があるようだ。つまり、技術により作られた名産品ということだ。

そんな魚の技術大国で、ゴマ鯖を食べた。鯖を甘い醤油タレと胡麻で食べる料理は、よく北部九州で見かけるものだ。熊本や宮崎といった九州南部では見た記憶がない。おそらく太平洋岸の鯖はアニサキスのため生食を敬遠されるのだろう。日本海側の鯖にいるアニサキスはあまり悪さをしないらしいので、福岡あたりでは、このゴマ鯖が居酒屋のメニューに当たり前に載っている。瀬戸内海の鯖は生食できるのだろうか。その境目が大分愛媛巻の海域、豊後水道なのだが。


タレの量や胡麻の量に差はあるが、基本は甘い醤油タレで鯖を食べるというものだ。これを食べると、ちょっとした生きている幸せを感じられる。個人的にはマイベスト5に入る食べ物だ。居酒屋に入ってメニューにゴマ鯖の文字を見つけると、ほぼ自動的に注文してしまう。
不思議なのは、日本海側の港町、つまり島根県から青森県に至るまでの地域でも鯖は広くとられていると思うのだが、ゴマ鯖を食べられる街がない。少なくとも自分の行った店では、九州を外れるとゴマ鯖が消えている気がする。山口県の西部あたりでは食べられているのかもしれないが。これもいつか確かめてみたいものだ。
お江戸には間違いなく存在しない。(一部の九州料理店ではあるのかもしれないが)

そのごまサバとに似た料理というか、大分県特化型メニューが「りゅうきゅう」という食べ物らしい。味付けは胡麻鯖に似た甘い醤油タレが切り身に絡んでいる。鯖だけではなく、刺身にする魚であれば良いらしい。確かにアジを使ったりゅうきゅうは美味かった。白身魚で作るのかどうかはわからなかったが、この甘いタレで食べる切り身は実に美味しい。薬味は好みで適当で良いらしいので、その辺りもなかなかのゆるさが心地よい。美味しく魚が食べられるのであれば、小うるさい作法はあまりいらない。個人的には海苔と胡麻を合わせるのが良さそうな気がするが、生姜やニンニクを合わせてもうまそうだ。
瀬戸内海は古代から中世にかけて日本の先端技術地域であり、醤油文化(つまり都会の味付け)が先行して発達した地域だ。豊前豊後も瀬戸内文化圏では西方先進地域あたる。たから生まれた醤油料理が「りゅうきゅう」なのだろう。
房総名物のアジ料理「なめろう」に味噌が使われているのとは対照的で、東西の文化成熟度の違いみたいなものが現れている気がする。徳川政権が京都ではなく江戸に首府を構えたのは、やはり西方先進文化による文化汚染(侵食)を恐れたからなのだろうなあ、などと美味い魚料理を食べながら食に見る東西文化格差を考えていた。

街を歩く

1000日目になりました

20166年に撮った渋谷の桜

もうすぐ桜の季節ですねえ。

このブログは文章の練習で書き始めたのだが、今回が連続1000回目になる。とりあえず目標にしていた数字には到達したが、上手い文章が書けるようになったとは思えない。回数は達成したが、目標は達成できないというなんとも無残な結果になってしまった気がする。
眼高手低という言葉がある。文章を読むとついつい粗探しをして、この文章はなっていないなどと批判するが、いざ自分で書いてみるとその批判にも届かないほど文章が下手くそだということだ。見る目は高いが書く手は低いという意味のはずだ。まさに、その言葉を実感した日々だった。
比叡山の高僧は1000日お山を歩く修行をするそうだが、凡種である自分は全く物書きの悟りを開くこともなく、ただただ時間が経っただけだった。

今年は2月から春めいてきて、おそらく一月もしないうちに桜が咲き始めることだろう。桜の季節になると竹内まりあの歌う「人生の扉」を思い出して、つい口ずさんでしまう。人間、歳をとるのも悪くないよと歌っているのだが、その歌詞がなにやら身にしみる歳にもなった。

とりあえずこの後も、日々生きていく中で感じた面白いことや腹立たしいことをあれこれ書いていくつもりだが、次の目標を定めてみよう。駄文ではあるが1000回も書くと、少なくとも10万字くらいにはなる。10万字と言えば、長編小説三冊分くらいだから、単行本にすれば枕になるほどの厚みにはなるはずだ。宝、もう少しテーマを絞って、ひとまとまりの「本」もどきを書いてみることにしよう。
それが、今年の春からの目標ということで。

街を歩く

高級お宿の朝ごはん

ふたな島が見える東側

高知中西部の街の話が続いているが、このカツオの町に一軒の高級旅館がある。部屋数が少ないこともあり、予約はなかなか取れない。お値段もそれなりで、このご時世であればインバウンド客に占拠されそうな気もするが、高人気が幸いしてか(どっちにしても予約は難しいのだが)館内は静かなものだ。しっとりとした雰囲気がする良い宿だ。たまに自分へのご褒美として、こういう宿に泊まると人生も満更ではないなと思う。
小体な宿だが、太平洋を見下ろす小高い山の上に建てられているので、部屋から土佐湾を見下ろすことになる。全室オーシャンビューだ。朝日が昇る頃の景色が一番美しい。
温泉浴場も海が見える絶景風呂だが、そこには露天風呂があり、何と海水風呂になっている。肌に傷があるとピリピリしみるが、風呂から上がった後の体はなぜかすべすべになっているような気がする。

昇る朝日を見たら朝食の時間

この旅館の夕食はカツオを含んだ地場の海鮮料理が豪勢に並ぶらしいのだが、夕食は食べたことがない。(大体、その時間は友人たちと居酒屋で飲んだくれているからだ)
だが、朝飯はいつも満喫している。朝イチで露天風呂に入り、体を清めた(?)後に、厳かな気持ちで朝飯に立ち向かう。
なるほど、これが日本旅館の朝飯である、と言いたくなる正統派ストロングスタイルな朝飯だ。関東圏では朝飯によくアジの干物が出てくるのだが、あれは個人的に好みではない。朝食に出てくるアジは小ぶりで身が薄いから、焼きたてでないと実に固い。旨みが感じられない。
日本も西国に来ると朝食の中身は東国とはかなり変化している。干物がアジからサバに変わっていることが多い。ほかにも、納豆がついたりつかなかったり、海苔が焼き海苔だったり味付け海苔だったりという変化もある。だから、西国に旅行すると朝飯が実に楽しみだ。

この宿の朝食はちょっと多すぎるかなと思う量なのだが、眼下に広がる太平洋を見ながらのんびり食べると、不思議と完食してしまう。ああ、きっと今日もいい日になるという気がする「完全朝食」だ。
あまり知られていないらしいが、高知はお茶の生産量が日本屈指で、一時期は(たぶん今でも)静岡にお茶を大量に輸出していた。日本の法制度尾の面白いところだが、高知産茶葉を静岡でブレンドして製造すると静岡茶になるらしい。だから、茶葉の生産量と「お茶」製品の製造量は一致しない。今では表記法が変わってそのあたりの面白いことがなくなっているかもしれないが。
おまけに狭山茶の生産地に住んでいるので、ほとんど静岡茶など飲んだこともないから、静岡茶のあれこれを語る資格もない。
それはさておき、高知県で飲む高知産のお茶は美味しい。日本茶好きであれば、産地の差をあれこれと楽しむのかもしれないが、こちらはそんな素養もない。ただただ、美味しいと満足している。食度のお茶をお代わりして飲むのはまさに至福のときだ。

個人的な宿泊予算をかんがえると、相当に高級な宿に泊まってしまったが、良い宿に泊まると良い時間が過ごせる。特に、朝風呂朝飯を楽しめることこそ、旅館にお泊まりのお約束ではないか。
大都市の星付きシティーホテルに泊まり豪勢なモーニングビュッフェを楽しむのも良いが、やはり高級旅館の静穏さの方が好ましい歳になりましたねえ。

街を歩く, 食べ物レポート

美味しいご飯はオムライス

高知県の老舗洋食屋にずっと行きたいと思っていた。はりまや橋からひろめ市場に向かってアーケードを歩いていく途中で、ちょっと左折するバス通り沿いにある。店頭には大きなメニュー写真があるのですぐわかる。多分、この店を初めて見かけてから10年くらいたったはずだ。何度か店の前には来ているのだが、なぜか不思議なくらい臨時休業にあたってしまい、一度も入ることができなかった。
今回は臨時休業になりそうもない日曜日に目標を合わせてきた。そのせいで、ようやく店の中に入ることができた。めでたしめでたし。そして、注文するものは店に入る前から、いや、10年前から決めている。オムライスだ。
店内に入ると、ちょっとした高級感がある落ち着いた雰囲気のレストランだった。老舗の洋食店でよく感じる品の良いおもてなし感というか、ハレの日感だ。家族の大事なイベントのたびに通ってくる定番のお店、とでもいえばいいだろうか。クロスのかかったテーブルが非日常感を演出する。最近のファミレスは下駄履きで行けそうなお気楽食堂だが、こういう店はスーツで来なければいけないと思ってしまう。凛とした佇まいを感じてしまうのは、昭和生まれのノスタルジーみたいなものかもしれない。ホテルのレストランとはまた違う。背筋を伸ばしてご飯を食べようみたいな感覚がある。

メニューを開けると本格的な肉料理も並ぶ「正しい洋食」レストランだった。高知県はお江戸と比べて物価、特に食べ物関連の値段は2割ほど安く感じる。その感覚でメニューを見ると、これは相当にお値段の張る店だとわかる。
オムライス単品を食べれば良いと思ってきたのだが、ちょっと他のものも食べたくなってしまった。となれば、天使のエビフライを頼むしかない。ただ、天使のエビフライって何だ? 羽でもついているかのか? それとも頭にリングが乗っているか?

しばらく待つと、端正なオムライスが出てきた。比較的グラマラスなボディーのオムライスだ。ケチャップはたっぷりとかかっている。まさに自分の好み通りだ。ケチャップが少ないと、中身が美味しくてもちょっと悲しくなってしまう。オムライスとは中身のチキンライスにケチャップを加えた濃厚味にして食べるのが「通」だと勝手に思っているせいだ。だから、断じてデミグラスソースのかかったオムライスは支持しない。
しかし、この一品は本当にフォトジェニックな美しさだ。オムライスとして理想的なフォルムというべきか。卵焼きも焦げひとつない、完璧なルックスを保っている。

試しに中を割ってみた。中も美しい。チキンライスのオレンジ色と卵の黄色の調和が、目に優しい。インバウンドでやってくる海外観光客よ、これぞ日本が誇る洋食の最高峰「オムライス」だ。心して食せ、そして感動せよ、日本の食文化、そのきわみがここにある、と興奮して説教したくなるほどだ。
まあ、でもオムライスの名店はインバウンドからはひっそりと隠しておきたいのが本音なので、決してそんなことは言いません。

サイドとして出てきたエビフライも熟練の仕事だった。ただ、天使の意味がやはりわからない。ひょっとしたら、自家製タルタルソースのことなのだろうか。タルタルソースも、至極うまいと感じた。このソースでもう少しフライが食べたくなった。
食後、実に満足しながらも、次に来れるのはいつになるのだろうと不安になる。我が身にまとわりついている「臨時休業」にぶち当たる悪運を、どこかでお祓いしてこないと、またお休みの日に当たってしまいそうだ。

街を歩く

はりまや橋でテレビクルー発見

土佐の高知、という言い方がある。これはちょっと気にかかる言い方だが、現行の地名で言えば高知県の高知市と高知がダブってくる。ただ、旧国表記で言えば土佐国の高知の御城下ということになる。同じような言い方になるのは駿河国の駿府、甲斐国の甲府みたいなことか。織田信長のように、国を取るたびにお引越しをした場合は新都建設になる。美濃の岐阜城下がその典型だ。土佐の高知もこちらに近い。
そもそも、高知は山内一豊が高知に入国した時、新しく作り上げた城と城下町で成り立ちは比較的新しい。奈良平安時代から続く国府のような伝統ある(伝統のありすぎる)街とは違うので、都市計画に沿った開発が行われた、いわば江戸時代のニュータウンだ。
そのニュータウンのおへそになるような場所が「はりまや橋」らしい。お江戸でいえば日本橋みたいなものだろうか。そう考えると、土佐の高知のはりまや橋……………というフレーズは、お江戸日本橋と同じか。

このはりまや橋が、夜になるとライトアップされている。昼間に電車が通り過ぎるビジネスタイムな時間帯に訪れると、がっかりする名所だななどと思うのだが、夜になればその雰囲気がガラリと変わる。こじんまりしているからこそ風情が出てくる。
ただ、この時間、高知市民はどこぞの店の中で酔いしれているのか、橋の周りには誰もいない。ちょっと勿体無い気もする。

そんな、夜の始まりくらいの時間に、黒づくめの怪しい集団が歩いていたのは、はりまや橋横にある帯屋町アーケードだった。一見してすぐわかるカメラとマイクを持ったこの集団、どうやら獲物を探しているらしい。ここは、我が大好物テレビ番組「秘密の県◯ショー」で、必ずインタビューをしている場所だ。
インタビューに応じる面白人間、高知市民を探しているように見える。ただ、休日の高知市は夜が早い。人出はすでに少ない。ここからはりまや橋の反対側方向に向かえば、おそらく歩行者はまばらにいるが、その大部分が酔っ払いになってしまうので、アーケードの中を素面な通行人をを求めて彷徨っているのだろう。
次回の「愉快な高知県民」のテーマは何なのだろう。放映が楽しみだな。

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高知の至宝 葉牡丹

高知市内にある繁華街からちょっと外れた場所に、高知の誇るべき至宝と言いたい居酒屋がある。この店が高知に来る目的になっても良さそうなくらい、愛してやまない老舗居酒屋だ。
この店に初めて連れてきてもらったのは、15年くらい前のことだった。ビジネスの打ち合わせが終わった後で、取引先の社長が連れてきてくれた。何でも、高校生の頃から通っているという。いまではコンプラを含めあり得ない「悪さ」を許してくれていた時代だ。ただ、高校生でも酒を飲んだくれていたわけではなく、二十四時間営業の便利な食堂として使っていたらしい。
だから、初回に行った時の注文はカツオのたたきなどの高知名物料理はそっちのけで、野菜炒めにオムライス、ナポリタンという、まさに高校生爆食メニューだった。(よくそれで酒を飲んだものだと後になって我ながら感心した)

高知県内でこの店の名は轟いているらしい。高知県で成人するものの通過儀礼として、誰もがこの店での体験をしているようだ。いや、それに異議など全くない。良い店は世代を超えて継承されるべき文化遺産だ。ただ、この店が某ケンミンショーにだけは登場して欲しくないとは思う。今でも十分混雑している店だから、これ以上旅行者(自分を例外として)が押し寄せると店の前に行列ができそうだ。ましてや、インバウンド客が押し寄せる光景など想像もしたくない。
まあ、この店のおばちゃんパワーがあれば、インバウンドのさばきなどお茶のこさいさいみたいな気もするが。

分厚いメニュー本?の中に、和洋中、酒の肴に飯、そばなどなどが混在している。昔のデパート大食堂と、大衆居酒屋のメニューを混ぜ合わせたらこんなメニューになると思う。大人にとってはパラダイス的メニューだ。
今回はこれまで注文したことのないものを頼んでみた。

まずは串揚げ盛り合わせだ。5本セットでソース味。大阪の串揚げに似た気配はある。高知は、というか四国全体が京都・大阪から地理的に近いためか、料理を含めて広い意味で関西文化圏に入っているようだ。
この店には焼き鳥、串焼きも種類豊富なので、焼き鳥盛り合わせと串揚げ盛り合わせを頼んでおけば、とりあえず注文は一旦完了できる。とりあえずビールととりあえず焼き鳥、あるいは串揚げで……………というのは、酒飲みには優しい対応だろう。

今までに頼んだことのない二つ目、温かい豆腐も注文してみた。これは、思いのほか薄味で出汁も控えめ。何となく意外な味付けだ。ネギの緑が西国に来たことを知らせてくれる。関東の黒い蕎麦つゆに驚く関西人みたいな東西食文化あるあるネタの反対側が、この緑のネギだろう。関東の人間からすると、豆腐には白ネギが定番で緑のネギは余った端っこみたいな気がしてくる。まあ最近では彩として「万能ネギ」が使われることも多いので、その手の違和感がほとんどなくなってはいるが、

忘れていけないのが「親鳥」の焼き物。これは、おそらく香川名物「骨付鳥」のインスパイア品(コピー品)だろう。ただ、味付けは原型の濃い塩胡椒・ニンニク味ではなく、何と焼き鳥のタレを注文できる。塩味もあるが、それは何度か食べているので、今回はタレにしてみた。焼き鳥のタレだから、当然のように甘ジョッパイのだが、それが不思議と親鳥に合う。今度は「ひな」にしてみようかなと思ったが、それではジャンボ焼き鳥ではないかと気がついた。まあ、でも試してみようか。

ああ、きっとまた次に来た時もこの店に寄るのだろうな、という確信がある。ひろめ市場が高知のカオス代表であるならば、葉牡丹は高知の煌めき、とでも言いたい。葉牡丹、お江戸支店を作ってもらえないだろうか。どうです、高知県庁(旧)おもてなし課の皆様。最低でも週一で通いますから。

旅をする

高知の日曜市

高知空港に朝一番の便で飛んできた。久しぶりに日曜市を見に行こうと思ったからだ。たまたま空港で気がついたのだが、高知家のイメージキャラは高知市出身の最近、世をお騒がせした女優だったはずだ。いつ、この二人組に変わったのかは覚えていないが、あの騒動の前に変わっていてよかったなあ。と高知県庁の担当者は思っているだろう。
ちなみに高知県の人口は68万人なので、「高知家」とは、それはそれで随分と大きな家族だ。

その高知市内の目抜通り、お城に続く道で毎週日曜に開催される路上バザールというか縁日というか、これが実に楽しい。高知市民がこぞって集まってくるようだが、観光地としてみても一級の価値がある。
露店で売っているものは、弁当、野菜、魚、工芸品など様々だ。日曜市に行って、スーパーなどに出回らない希少野菜を見つけるのが楽しみだ。露店のおばちゃんたちとあれこれ楽しい駆け引きしながら、野菜の知識を仕入れていく。随分とビジネスに使わせていただいた。新商品の原料を手に入れたこともある。
ただ、日曜市で一番楽しみなのは、高知名物田舎寿司を手に入れることだ。田舎寿司といいうのは、魚を使った握り寿司ではなく、魚の代わりに野菜(こんにゃくや筍)を乗せた、かなり酢のきつい酢飯を握ったものだ。これが大好物だ。高知市内の寿司屋でも売っているのかもしれない。スーパーでも惣菜売り場で売っている。高知のカオススポット、ひろめ市場の中でも何軒かで田舎寿司は売っていた。

しかし、断固として言い切るが、日曜市に出ている何軒かの寿司屋?をめぐり物色して買うのが一番楽しいし、一番うまい。ただ、いつでも同じ店(同じ店主)が店を出しているわけでもないようで、行った日によってメニューが違うというか、商品も違っている。まあ、それも楽しいのだが。
日曜市では、色々な具材の寿司をセットにして売っていることが多い。いわゆるミックスパックだ。そのネタ?の組み合わせも箱ごとに違ったりしていると、なおのこと選ぶのが楽しい。ところが、今回見つけた店では単品で販売していた。
これはちょっと困った。色々と種類を食べたいのだが、単品で全部揃えると、とても食べ切れる量ではない。丸一日かけて、田舎寿司を3食食べ続けることになる。それは、流石にちょっと苦しい……………

サバは田舎寿司でも使われることがあるようで、たまに見かけていた。ただ、今回はサバ巻という新種を発見してしまった。高知の料理屋でよく見かけるのが「土佐巻」というカツオの海苔巻きだが、薬味がニンニクで酒の肴によく合う。マグロの鉄火巻きより数段上の食べ物ではないかと思っている。その土佐巻のサバ版のようだ。これは一つ買わなければならない。

田舎寿司ミックスセットは他のお店で入手すれば良いと考え、さば巻を買い込み日曜市ツアーを続けた。

このサバ巻き、ホテルに戻って夜食に食べようと思ったのだが、それは間違った決断だった。サバ巻はどう考えても夜食ではなく酒のつまみだ。これを食べたらほとんど寝るつもりだったが、ついつい我慢しきれず酒を買いに行ってしまった。たまたま、自動販売機のある階に泊まっていたため酒の調達に問題はない。
突然始めてしまった一人酒盛りだったが、本日の日曜市を思い出しながら飲む酒はなかなか楽しい。サバ巻もうまいし、高知は良いところだなあと、幸福感に包まれた夜でありました。

食べ物レポート

カツオを食べるなら田中鮮魚店

今回は友人の店の宣伝みたいなものなのでご承知おき願いたい。

最近、せっせと通っている高知県中西部の町で、人気の魚屋を営んでいる友人が、イートインコーナーを設けたらそれが大盛況で昼時には空席待ちの行列ができるほどの人気ぶりだ。基本的に友人はカツオソムリエという熟練のかつお職人なので、その目利きは信頼できる。
高知にはうまい鰹を食べさせる店は多い。だが、あえて高知市内の店は諦めて、この町に来るべきだ。カツオソムリエの名人技を堪能してほしい。


この港町で揚がったカツオを食べるのが、人生最良の選択であり、心底からおすすめする。ただ、何といっても漁に左右される。カツオが揚がらない日にはカツオ無しのこともある。その時は運が悪いと諦めるしかない。
この町で揚がるカツオは土佐湾で一本釣りされた鮮度抜群の生カツオなので、カツオ大好きな高知人がわざわざ買いに来るほどだ。当然、高知に来たら鰹のタタキを食べるべきだと思うが、実際に現地に来てみると地元の人はたたきではなく刺身を好むらしい。この日も、たたきではなくカツオの刺身が出てきた。(ちなみに、出てくるものはいつも友人任せなので………たたきを食べたければ、きちんとそれを主張しておかなければいけない)

ここでカツオを食べると人生を確実に不幸にする。と警告しておく。要するに、ここのカツオのレベルが高すぎるので、自宅近くのスーパーで売っているカツオなど(たとえ産地がお江戸近海、銚子沖だとしても)食べる気がしなくなるからだ。
それでもカツオ食べたさに負け地元スーパーで買ってしまうが、その度に「これは違う。 あの鰹が食べたい」となってしまうのだ。スーパーで売っている普通のカツオで喜んでいた過去の自分がうらやましい。

この店でカツオ(それ以外の魚も含めて)を食べるには、まず魚屋の店頭で盛り付けられている刺身を選ぶ。基本的に重量料金なので、たくさん食べたければ大きめのものをえらぶ。皿ごとに値段がついているので、迷うことはない。カツオ以外にもその日の新鮮な魚が並んでいるから、二種三種と好みの刺身を選ぶことは可能だ。4人くらいで行けば、相当な種類の魚を楽しめる。
ご飯と味噌汁のセットは別料金だ。時間がかかるのを承知であれば、店頭にならんでいる干物も焼いてくれる。客席は基本的にセルフサービスだから、食堂というよりは飲食スペースと考えれば良い。
料亭で出てくる鮮度のカツオが大衆食堂の料金で食べられるから、高知県内どころか県外からも客が押し寄せる。最近では日本語を介さないインバウンド客まで押しかける。なので、鮮魚店で英語の達人が働いている。

この大正町市場では、田中鮮魚店のほかに飲食店が数店営業している。そのどこでも新鮮なカツオや海鮮料理が食べられる。あまり人には教えたくない穴場スポットなのだが。
高知に観光に行ったらレンタカーでこの街に行くのをお勧めする。高速を使い小一時間のドライブで、天上天下唯我独尊の気分になるカツオ体験が待っている。