Blog

街を歩く

勘違いしてすごいラーメン屋に行ってしまった件

吉野家のロードサイドの店が閉店してラーメン屋に変わっていた。吉野家が新業態としてラーメン店を次々と買収して拡大路線をとっていることは聞いていたので、これがその吉野家ラーメンの一つなのかと思っていた。
玉たまたま近くを昼飯時に通りかかったので、ちょっと見学に立ち寄ることにした。

ニンニクは半分ほどスープに溶かしてみた。強烈な「ニンニク・スメル」でスープが変わった

自動券売機で食券を買うスタイルはラーメン屋では当たり前なのでなんの違和感もない。タッチ画面を見ているとメニューは意外とシンプルで、ラーメン(盛りの大小あり)、つけ麺が主流だった。サイドメニューもあれこれあるが、今回は初回なので普通のラーメン一択だ。
そして、カウンター席についた後、ニンニクを入れるかどうか聞かれたのでニンニクありと答えた。
出てきたものがこれ。丼の上に盛り上がるもやし炒め、麺は底から引っ張り出さないと食べられない超ボリュームで、おまけにニンニクの量が想像を超えるものだった。もやしに隠れて見えないがチャーシューもでかい、デカすぎる。
つまり、これは「二郎系インスパイア」ラーメン店だったのだ。吉野家も強烈なことをやるものだと感心していたが、ちょっと気になり店名を検索してみた。
吉野家には全く関係のない、東京三多摩地区を中心に展開するローカルチェーンだった。おそらく二郎出身の社長が頑張っているのだろう。個人的には二郎系ラーメンはあまり得意ではない。特に、ボリュームが凄すぎる。今回もなんとか完食したが、夕食は要らなくなるほどの満腹感となった。

二郎系の店で敷居が高いのは、あの謎呪文にある。呪文を覚えていなければ、店頭で恥をかかされると感じる方も多いだろうし、一部の店では他人の注文を横で聞いていて不愉快に思う対応も見受けられる。ネットで炎上する店は二郎インスパイア系が多い気がする。

という個人的な心配が、この店では上手に解消されている。注文マニュアルが完備しているからだ。これは実に親切だと思う。
カウンターだけの店だが、想像以上に回転は早く、あまり待たされることもない。驚いたのは女性客が結構いることだ。それも全員がソロ客らしい。一時期、肉食女子なる衝撃的な言葉が流行ったが、二郎女子という存在はそれに匹敵するなあ。

また一度行ってみたい気はするが、体調管理を万全にした上で、ご利用は計画的にしないと無理だ。それより何より、吉野家のラーメン屋がどこにあるのか探してみなければなあ。

勘違いから入ることになったすごいラーメン屋の話でした。

街を歩く

池袋で洋食を楽しむ

池袋駅から徒歩5分ほど、大型書店脇の小路に一軒の洋食屋がある。初めて行ったのは10年以上前だが、以来たまにふらりと行ってみるお気に入りの洋食店だ。いかにも町のキッチンという感じがする。この店で決まって頼むのはカツカレーなのだが、今回は後のことも考えs少し軽めにしようとカレー単品にするつもりだった。ただ、メニューを見ているとこれまでに気が付かなかった面白いものがある。

この店の推し?メニューは黒カレーともうひとう、オリエンタルライスという怪しげな名前の肉野菜炒めが乗った皿飯がある。それがハーフ・アンド・ハーフになるという。それではと注文してみたら、追加でフライのトッピングはよろしいですか?と追い打ちされた。
そうだった。この店の定番セールストークはカツとかメンチの追加注文をすすめるのだったな。ふだんであればついつい、セールストークに負けて何か頼んでしまうところだが、今回はグッと踏ん張って「なし」にした。ただでさえ軽めにしたいとカツカレーをやめたのだ。これで追加のメンチカツなど注文しては元の木阿弥だ。

さて、このH&Hだが、全然軽くなかった。ご飯は普通以上に盛ってあるし、焼肉とカレーを合わせてあるのだから、これはカツカレーとほど変わらないのではないか。やっとの思いで完食したが、腹はパンパン。軽めの思惑は脆くも打ち砕かれた。失敗だ。おそらくこの店で何かを注文するには歳を取り過ぎてしまったらしい。


せめてオムライスくらいにとどめておかなければいけないようだと反省した。。ちょっと悲しいなあ。この店のハンバーグも美味いが、とても大きいのだよねえ。昼飯を抜いて腹ペコにしてから夜に行くとするか。やれやれ、それも面倒臭い。
美味いものには棘がある、と思い知らされた一夜でありました。

街を歩く

山田太郎は元気だった。

山田うどん食堂が兄弟ブランドのカカシラーメンから撤退した後、新登場させた「埼玉タンメン」の店、山田太郎はコロナ時期に開店がぶつかったこともあり、メニューが迷走している感があった。
その後、順調に店舗数も増え安定したかなと思い、久しぶりに食べに行ってみた。
結論は、メニューはやはり整理整頓ができていない。一言で言ってみればなんでもああるが、何にもない。あれこれバリエーションだけはたくさんあるが、注文したいものが見当たらないという感じだ。
そもそも埼玉タンメンとはなんぞや、という答えがメニューから伝わらないのだ。個人的な理解で言うと、埼玉タンメンという名称で呼ばれているものは、野菜たっぷりちゃんぽんだろう。豚骨味のスープ。中太で硬めの麺、炒め野菜をたっぷりとのせている。まさにリンガーハットの野菜たっぷりちゃんぽんのデッドコピーに近い。
だが、それが悪いとは思わない。商品の完成度は高い。麺とスープの熱々感だけでいえば、コピ^ー元のリンガハットがすでに失った熱量がある。
スープはコッテリ系と淡麗系の2種から選べるのも、後発店としても順当なところだろう。
なのに、なぜかつけ麺を置いたり、流行りの麻辣を置いてみたり、メニューにポリシーなしだなと思わせる百花繚乱というか妙に見にくいメニューになっている。
これはラーメンチェーンの幸楽苑も同じで、シンプルなオペレーションで多店舗化を推し進めるという外食ビジネスの基本を踏み外している。
まあ、このシンプル路線を守れているチェーンの方が少ないから、このブランドだけがダメだというつもりはないが。
結局、新しいものには手を出さず、味噌ちゃんぽん……………ではなく、味噌味の埼玉タンメンを注文した。熱々で、野菜たっぷり。商品の水準は極めて高い。もっとメニューを絞り込めが良いのになあと思った次第であります。

さて、山田うどん食堂は本社が埼玉県所沢市にある。店舗は埼玉県を中心に展開しているが、一部は埼玉との境界線周り、東京の端っことか群馬の南側にもある。れっきとした埼玉県企業だ。
なので、今回の女性総理の肝入れによる物価高支援策「とこペイ」にも対応している。すごいのは市が支給したプリペイドカードは非対応で、アプリだけ使用可能ということだが、すでにキャッシュレス決済を導入していたら、こういう対応になるだろうな。

次回はとこペイで冷やしタンメンでも注文してみようか。

街を歩く

池袋の南側でディープナイト

JR池袋駅の南側は賑やかな繁華街で飲み屋も多い。良い意味でも悪い意味でも東京北部を代表する盛場の一つだろう。サンシャイン側にはもう少しチェーン店が多い感じがするが、池袋駅東南方面はまだまだ細かい店がたくさん存在する。ビル壁面の大型看板などいかにも東京の猥雑さを代表する光景だと思う。
このビル群の中に、この日の会合場所があったのだが、なんと入居しているビルにすら看板がついていないという、探索難所な居酒屋だった。結局この界隈をぐるぐると歩き回ってしまったが、居酒屋のお兄ちゃんのヘルプがなければ辿り着けなかった。

その都会の繁華街からわずか徒歩2分、100mちょちいと離れたところに広い芝生の空き地がある。元は学校でもあったのだと思うが、そこを芝生にして開放している、都会では珍しい光景だ。規模は全然違うが、ニューヨークのセントラル・パーク公園を思い出す。
誰でも使える公共の芝生だと思っていたが、なんと周りが侵入禁止の停止線で囲まれていた。なんかと横暴な知事の暴挙だ、とイラっと思ってしまったが、どうやら言い訳らしきものが書いてあった。

芝生養生のためらしい。ご丁寧にイラスト入りで英語表記もある。なるほどな、外国人関連のトラブルがあったのだろうとすぐにわかる。
おそらくどこぞのSNSにアップされたせいでインバウン客が押し寄せてきて、あれこれ揉めたのだろう。この日も周りから聞こえてくる声の半分は外国語だったから、いまだに外国人が集まっているのに間違いはない。
確かに池袋という東京有数の繁華街で、この芝生の向こうにハイライズマンション群というのはなかなかシュールな光景だ。
富士山を見るために(撮るために)集まってくるインバウンド客の対応で、道路ぎわに布張りの壁を立てなければ無くなった地方都市のことを思えば、東京都は自己所有の公園を断固として閉鎖するという快挙にでたということか。

閉鎖告知には閉鎖期間は7月中旬までとなっていたが、これはおそらくズルズルと引き伸ばされることだろう。8月になるまでに一度確認しに行ってみなければなるまい。と、野次馬精神を発揮してしまう、ディープな池袋ナイトでありました。

街を歩く

松屋の牛飯

松屋は牛丼御三家の一角を占める大チェーンだが、牛丼とは言わない。牛飯なのだ。まあ、それに文句があるわけではない。
おそらく牛丼業態が拡大する時代、吉野家の牛丼に対して松屋の牛飯という、差別化路線が選ばらたのだと思う。ただ、松屋はその後に牛丼専業路線から、メニュー多角化、定食屋への道を選択した。そのため牛丼という究極のファストフードとしては異例なキッチンレイアウトを持っている。業界の異端児だと思う。

吉野家では有料な味噌汁が、無料でついてくるというのも松屋の差別化路線だが、個人的にはこれは不要なサービスだなとは思っている。その分だけ単品値段を下げて欲しい。
牛丼の価格が各社横並びであった時代であれば、同価格で味噌汁有り無しは、価値の差を生み出したかもしれないが、今では牛丼の値段は各社ばらばらだ。ブランドよりも店舗の場所の差の方がよほど使い勝手を分ける条件だろう。
正直に言って、吉野家、松屋、すき家の大手3社の牛丼を同時に食べ比べたとしても、そこに圧倒的な味の差があるとも思えない。それよりも一鍋仕込んだ後の経過時間、つまりどれだけ加熱を続けているかみたいな調理時間、保管時間による味の差異の方が大きく影響するのではないか。ちなみに自分の好みは玉ねぎがグダグタになるほど長く煮込まれているものだ。これはなかなかお目にかかれない。人気店では回転が早いから、いつも玉ねぎはシャキシャキだ。売れない店のピーク後とか深夜帯とかが狙い目の時間帯になる。出会うには難度が高い。

知人の外食評論家によれば、テイクアウトでは経過時間によりブランドの差は出ると言うのだが、1時間置いた吉野家と出来立て松屋の差など気にするものがいるだろうか。できたてのほうがうまいと感じるのではないか。
などなど、牛丼についてはあれこれ思うことも多い。個人的には、牛丼とは少ない肉を出汁にしてご飯をモリモリとかき込む食べ物だと定義している。だから、頭(牛肉の煮込んだ部分)と米のバランスは他の丼物と比べて際めて悪い。(ご飯が多すぎる)
ちょっと老舗な町の蕎麦屋でカツ丼などを注文してみるとその差がよくわかる。町場の丼物は、基本的に頭大盛りで提供される。牛丼のようなケチった頭のものは珍しい。すき焼き屋に行って、気まぐれに牛丼的なもの、例えばすき焼き丼みたいなものを頼むとその差は歴然だ。

だからこそ、牛丼屋は日本で最初のファストフードであり、今後も低価格で貧乏人の救世主の座を明け渡すことはないと思うが、最近は不穏な動きもある。一部の牛丼提供店では並盛り500円を超えている。これは危険な水準だが、いつまで続けられるのか。きっと客数割れで価格変更を迫られると思う。

少なくともファストフード業界大手はほぼほぼ全社、価格の上げ過ぎで軌道修正を迫られている。インフレが長期化すると、必ず出現する低価格業態がそろそろ暴れ始める。時間の問題だ。その時は、また牛丼1杯 380円が復活するかな。ただし税込だと418円だから、おそらくは税込390円あたりが落着店だろう。

ちなみに、松屋はまだ普通の丼を使っていたので安心した。すき家のテイクアウトボックス入りの牛丼はちょっと悲しいからなあ。

街を歩く

スシローであれこれ感じたこと

最低価格の皿を注文してみた

スシローに久しぶりに行ってみた。都内の繁華街にある店舗は価格が通常店より高い。最低価格の一皿は150円だ。100円均一というのはもはや過去の物語にしかない。全品一皿100円というワンプライス戦略で正統してきた事業体が、その根幹を実にあっさりと捨て去る。それも一さyだけではなくy、業界の上位各社がそうなった。どこの会社の経営者も足元の収益に引っ張られ、自分たちの存在価値の見直しができていないのも当然だろう。
現在は、価格初級ではなく(もうできないし)、品質訴求いに切り替えているが、これは消費者にすぐバレるダメな戦略転換だ。所詮、100円が150円になったとしても、高品質で評価されるレベルではない。この価格でなら値打ちがある、コスパが良いという判断がなされている業態で、前提の価格を変えたら、コスパが根底から裏切られる。値上げが業績回復につながらない典型例だろう。正直に言えば、客を舐めるなよということだ。が、これは回転寿司(今では回っていないが)に限ったことではなく、低価格を売り物にしたファミレスの代表「ガスト」や低価格が前提のガストフード各社も、真っタック同じ状態になっている。面白いのは業績が低迷している会社の社頭が、ほぼ全員何一外食企業の経験がない、外から来た人種であることだ。
別にプロパーな社員だけに社長適性があるという意味ではない。ただ、サービス業界でおそらくいちばんの川下である飲食業では、客との接点が実に近くて不平や不満を肌身で感じる。価その肌感覚があるかないかは、経営的な決断をする上で重要な資質になっているのだと思う。

そう言えばスシローはストレートレーンを導入するまでは、自分の注文した皿の色が決まっていた。例えばマグロを注文しても、回ってきた皿の色が違えば、それは違う客のものだと分かる仕掛けだった。
ところが都内繁華街の店ではストレートレーンの出口は自分の目の前にあり、人の皿に手を出す間違いは起こらない。なかなか素晴らしい仕組みなのだが、これSNSで起こった様々な事件からの学びだろう。客が他の客の迷惑になるような行為を喜んでする時代だ。客(悪意あり)から客(普通の善良な対応)を守るためではあるが、会社をテロ行為から守るためでもある。
醤油の容器を下で舐めて戻すなどの行為であれば、健康被害が心配ですという程度かもしれないが、回っているさらに化学物質、毒物を入れられたら……………
回転寿司はそうした物理的なテロ攻撃には無防備だ。企業がテロ行為に対応しなければいけない時代になったということもあるが、客が客を信じられない世界というのは、日本社会の歪みが限界を超えたということなのか。

貧乏人の味方であった低価格鮨店で、貧乏人が貧乏人を痛めつけるとは、なんともやりきれない。加害者である貧乏人は、社会規範を教えられることなく犯罪者になる。貧乏人が子供に対する教育を十分に与えられないせいだと言えばそれまでだが、犯罪者には高等教育を受けた者も多いから、おそらく子供に対する親の躾、ということになるのか。

まあ、道徳教菊を土佐けば、某保守政党の議員を見ていると、最初に道徳教育が必要なのは国会銀だと思うし、あちこちの地方自治体知事、市長はそれ以上に劣化が激しいから、子供がまともに育たないのも無理がない気がする。

最近はパワハラ指摘されても居直るおバカが多すぎるのと、飲食店でのテロ行為は同じ根っこだなと思うのであります。回らない回転寿司で政治倫理的なあれこれ絵を感じておりました。

ちなみにこの店では厨房前のカウンターの席につかされたのだが、厨房の中からの会話が聞こえてくる。日本語は一つも聞き取れず、すべて東南アジア系言語で会話されていた。これもまた、一つの時代の表れであるのだなと感心した。

街を歩く

近場で見つけたやさしいパン屋

小手指の駅近くにあるこのパン屋は随分と長く営業しているらしい。今まで全く存在すら知らなかった。たまたまドイツパンを探していた時にネット検索で見つけた。パン屋ではなく「ふーらんじぇ」だからフランス系のパンなのではと思ったが。

店内に入ると期待していたハード系パンよりも、デニッシュのような甘くて脂たっぷり系のパンがほとんどだった。みるからに甘そうな感じはするが、中には木の実やドライフルーツが入ったものもある。少量多品種生産のようで、開店から1時間もすると売り切れるものが多い。常連さんに人気なのだろう。

さて、この店のお目当てはカイザーロール、正確にはカイザーゼンメルだった。自宅近くにあるパン屋でカイザーロールを検索したら、この店がヒットした。カイザーロールは都内の大手ベーカリー店やブーランジェリー〇〇などというところでも取り扱いは少ない。いや、ほとんど見つからない。
都内の有名なパン屋はフランス系だからハード系フランスパンは大量に置いてあるが、ドイツ・オーストラリアの定番パン、カイザーロールは見つけにくい。当然、日本系のパン屋はカレーパンなどの惣菜パン、メロンパンやあんぱんのような菓子パンが主流なので、食事パンとして見つかるのはせいぜいがコッペパンやロールパンというところだ。

ドイツ系パン屋を探すしかないかと諦めていたが、都内でもドイツ系のパン屋は少ない。諦めかけたところで、なんとこの店で取り扱っていることを発見。勇んで買いに行った。結果は、残念。
人気店なので売り切れると困ると思い開店すぐに行ったのだが、カイザー前メルは午後になって焼くという。その日は胡桃のパンを買って退散。別の日午後1時半(その頃に焼き上がると聞いたので)に来店したが、なんとこれから焼くという。断念。

そして、三度目の正直、まず開店時間に電話をして焼き上がりの時間を聞いた。午後2時過ぎとのこと、では後ほど伺いますというと、取り置きしておきましょうかと言われた。なんだ、最初からそう言ってくれればいいのにと思ったが、ありがたく取置きをお願いして。
ようやく手に入れたカイザーアゼンメルはちょっと薄手ではあるが、まさに求めていたものだ。

それを自家製カイザーサンドに仕上げた。中身は軽く炙ったサラミと、レンジアップしてマヨネーズで和えた細切りキャベツ。歯応えのあるパン生地と、サラミからでる脂がよくあっている。

もっと前からこの店のことを知っていれば、豊かなパン・ライフが送れただろうにとちょっと後悔したが、まあ、それは良いことにする。これからはしばしばこの店で美味しいパンをゲットするのだ。

カイザー前メルには胡麻とケシの実、2種類あるが、ゴマが好みであります。

街を歩く

河原キャンプ場

流れは静かでほとんど水たまり?

埼玉県中西部、秩父山系の東側は関東平野の端に当たる。鎌倉時代にはあれこれ騒動の中心だった比企氏の拠点であったあたりだ。今でも比企の名は地名に残っているそこの河原にキャンプ場がある。
最近のキャンプ場は管理人がいて、あれこれ施設の面倒を見ているのが一般的だが、ここは公共の河原の一部を、キャンプ・デイキャンプができる場所として開放している。水道とトイレは設置されている。薪も売っている。ドリンクとアイスクリームの自動販売機が置いてある。以上……………という極めてシンプルな施設だ。駐車場代金、1000円を払えばどこでも自由に使って良いということで、ある意味理想的なキャンプ場だと思う。
サイトは限定されていないので、早い者勝ちというのがちょっと厳しいが、それも早起きしていけば良いだけのこと。
河原は広くて、川の流れは実に静かなものだから、小さい子供が遊ぶには良い場所だろう。この流れ?で水難に遭うのはなかなか難しい気もする。

河原上には原っぱ(昔懐かしい言葉だ)がある。ただし、芝生ではない。小石がゴロゴロしているところに野草が生えているだけだ。だが、この広さが素晴らしい。何もない平面で好き勝手にテントを貼り、思い思いの楽しみ方をする。それこそがキャンプの楽しみだろう。
問題は全くと言って良いほど日陰がないので、夏になれば日除を準備しないと、間違いなく日干しになってしまう。

ティピーは見た目がオシャレ かっこいいー

行ったのが平日ということもあり子連れのファミリー客は一組だけだった。大方の客はオヤジのソロキャンプという、どうにも地味な展開だったが、パラパラと若いカップルもいた。
最近のテントの流行は変わってきている。昔懐かしのドーム型テントが廃れてしまい、ワンポールのティピータイプ(ネイティブアメリカン的なとんがり型のテント)が多くなっているようだ。
一人用の小型ティピーも多く見かける。ティピーは慣れれば設営も早いので、そこが人気なのかもしれない。

キャンプ場で原チャリ見たのは初めてだ

最近、目立つなあと思っているのが女性のソロキャンプだ。今回はソロキャンプが集まってグループキャンプをしているのを初めて見かけた。どうも話し声を聞くと女性中心のグループらしい。おお、それはまさに「ゆるキャン」の世界ではないか、と驚いていたが、トイレに行く途中で原チャリを見つけてもっと驚いた。原チャリで運べる程度に荷物をまとめてキャンプするというのは、相当な熟練キャンパーだが、これぞまさにリアル・凛ちゃんだ。ちょっと憧れてしまうぞ。

このフリーなキャンプ場で、フリーにキャンプを楽しむ人たちを見て、いやあ、良い休日を楽しませていただきました。

家に帰ってから、原チャリでキャンプできるかギア・チェックをしてみたが、うーん、相当にスリム化しないと難しいなあ。手元にあるものだけなんとかなるかと思ったが、寝袋だけは新調しなければ難しそうだ。まあ、その前に原チャリを調達しなければ…………原チャリキャンパーにはなれないか。

街を歩く

佐渡島の思い出

佐渡島のフェリー乗り場にある売店で買った佐渡のローカルパン。カステラサンドとあんかつを食べる前にカットしてみた。断面を見ればその味が想像できるか?

カステラサンドは上下のパンの間にカステラ生地を挟んである。甘いカステラ生地にはクリームが塗ってある。ただ、見た目よりも甘さは感じない。生地を生地で挟んだ食べ物とは、かの有名なお好み焼きで白飯を食す、炭水化物ダブル食品みたいなものだな。

これと似たようなものでカステラ生地を上下にして、中にはあんこを挟んだジベリアという菓子パン?があるが、あれはほとんど和菓子レベルの甘さで、まさに菓子パンだ。このカステラサンドは名前の通り、明らかに菓子というより甘いパンだが、発想は似たようなものだろう。

佐渡以外のどこかで似たようなものをみたことがある気がするのだが、定かな記憶ではない。現代パンの主流はチーズを使うことと、脂分たっぷりな濃厚生地の使用だろう。それとは全く別方向の仕上がりだから、やはり昭和レトロ的で「生き延びた伝説」風な食べ物なのかもしれない

アンカツは、まさにあんこのカツだった。これとあんドーナツの差はなんだろうか。表面のカリカリとしたパン粉が、たしかにカレーパン的なルックスだし、「カツ」的な見栄えではある。
食べてみると、これは……………実に重たい食べ物だ。揚げた生地の油分とあんこの甘さはウルトラ・ヘビーというしかない。カレーパンの世界でも、すでに揚げないカレーパン、焼きカレーパンも一般的になっているから、やはりこの揚げたあんぱんは昭和時代の遺物という気がする。ただ、これを焼いてみたところで普通のあんぱんにしかならない気もするし……………

昭和のイチゴは糖度が低く酸っぱくて、練乳をかけるのが一般的な食べ方だった。今のいちごは糖度が爆発的に上がり、練乳をかけて食べると甘すぎるし、そもそもイチゴの風味が曖昧になる。昭和から令和にかけて農産物はすっかり高糖度化して、野菜ですら甘い。果物は何もつけず生食が当たり前になっている。

どうもこのアンカツを見ていると、昭和のイチゴを思い出す。糖度を上げるために練乳をかけるのも、濃厚な味にするためにあんぱんを揚げるのも、発想的には似たようなものだ。
最近のコッペパン・揚げパンブームもパンの旨さが際立つ。実は昭和のコッペパンはかなり不味かった。学校給食のコッペパンは、これが人の食べるものかと思えるほどに不味かった。原価の削りすぎ気原因だが、当時は給食があるだけマシな生活という戦後の気配がまだ残っていた。
そのまずいコッペパンをなんとか美味しく食べる工夫が揚げパンだったのではないか。揚げたパンにきな粉や砂糖をまぶす。酸っぱいイチゴに練乳と同じ考え方だ。貧乏人の感性と言って良い。
今のコッペパン・揚げパンはるかに高品質のパンを使用しているし、中に入れるフィリングも昭和のなんちゃって苺ジャムなどとは違う、本格派のフルーツソースや生クリームを使った「進化型」だ。
このアンカツも佐渡島から飛び出て海を渡ると、令和のアンカツに進化しそうな気もするが、誰か試してみないかなあ。