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街を歩く

牛丼により美味いか

牛丼屋のやっている寿司屋が気になっていた。週末のランチにお試ししようと出掛けてみた。そもそも牛丼御三家の中で松屋ほどあれこれと色々な業態に手を出しているところはない。思いつくだけで中華、ステーキ、そば、とんかつ、カレーなどを絶賛展開中だ。選択と集中などよいう経営用語は聞く耳を持たないらしい。
ただ、個人的にはカレー業態は優れていると思うし、とんかつは味について好みの分かれるところだが価格と味のバランスというファストフードの特徴を見失わない良い業態だと思っている。ファストフードのスペシャリストが寿司屋をやったらどうなるのかと楽しみだった。

結論から言えば、大都市住宅地向け、つまり人口密度が高い駅前で回転寿司をやろうと思ったらこうなるなというスペシャルな回転寿司だった。ちなみに寿司は全て一貫から注文する「回らない寿司」だ。ねたは比較的上物狙いで単価は郊外型回転寿司の倍程度だろうか。
提供速度は速いから、自分の好きなものをささっとつまみさっさと帰るよいう都会的スタイルなので回転率は高い。地方都市のロードサイドには向かないだろうが、大都会で子供の数が減少している高齢者商圏を想定しているようだし、これはかなり成功確率が高そうだ。ちなみに土曜ランチで客層のほぼ8割が70代以上の女性であるように見える。そこに50-60代の男性がパラパラ。

おそらくファストフードの主客層が音を立てながら激変している真っ最中なのだが、その最先端がこの寿司屋であるような気がする。ファストフードの高齢会に潰えは、10年以前に浅草で商店街のマクドナルドが老人ホーム化していたので気がついたのだが、自宅近くの郊外型マクドナルドも平日昼間は、ご隠居さんというにはちょっと荒んだ独居老人(おそらく)の巣窟になっている。市立図書館で一人静かに読書はしたくないが、かといって行き場のないものが貯まる場所。それが今のファストフードなのだろう。ちなみにファミレスはすでに一人客の長時間滞在を嫌う傾向にある。(コロナの頃は一人客を大事にしてくれていたのになあ)

行政が気がつかない街の変化なんてこんなものだよ。

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チョコ

生チョコをいただいた。日本酒が練り込まれた柔らかい食感のチョコレートだった。甘さが程よい。チョコの味もさることながらすごいと思ったのが、桐の箱に入っていたことだ。これはまいったなあ、一本取られた気分だ。

最近、仕事で包装とかパッケージの話をすることが多い。サラリーマン時代はまさに当たり前に考えていたことが、世の中の人には「非常識」的に見えるらしい。特に包装に金をかけるとなると論外の無駄遣いにみえるようだ。地域のものの作り手ですらデザイン意識がその程度であれば、まあ、当然商品が売れるはずもないのだと、改めて思い知らされる。
都会と田舎のビジネスは違うという議論もよく聞くが、それは「いなか」のサボりたがりビジネスマンの勉強不足に尽きる、ダメダメな言い訳だなと思う。しっかりと都会風のビジネスモデルを田舎で実践している人は多いのだから、成功と失敗の境目は勉強をサボるかサボらないかの違いでしかない。

ちなみにこのチョコの販売者は神奈川県横浜にあり、製造者は兵庫県尼崎で、使用された日本酒ブランドは長野県諏訪の有名蔵元だ。なんだかなあ……………あれこれ考えるのがすっかり嫌いなった。

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海浜幕張 怪獣に殲滅された街

コロナを挟んで5年ぶりくらいに幕張メッセの展示会にやってきた。流石に5年も経つとあちこち変わっているかと思ったが、意外と街の景色に変化はない。変わっていたのは駅前にある商業ビルが飲食テナントを含めほぼ総入れ替えになっていたことだ。
バブル期に開発された千葉幕張新都心だが、愛読していた椎名誠氏のエッセイには「幕張の浜」と描かれていた。椎名少年が過ごした幕張はどうやら相当な田舎だったらしい。そこが埋め立てられ大規模なオフィス街に変わった頃、サラリーマンになりはじめて幕張を訪れたのだから、「浜」の時代は全く知らない。
幕張メッセに初めて足を運んだのは展示会ではなく、子供向けのゲームアプリの配布会だった。当時小学生だった息子が遊んでいたゲームの追加ダウンロード版が、抽選に当たったものにだけ限定で入手できるというイベントで、息子とノコノコ幕張まで出かけた。今思えば、別棟である9-11ホールを打ち抜いた大会場で、中に入りきれない親子がホールの周りをぐるっと行列していたような記憶がある。
親バカと言われればそれまでだが、子供と一緒に遊ぶのが好きな時代だったのだ。土曜・日曜は子供と遊ぶと決めていたので、ゴルフなど一切する気がなく、おまけに休日出勤も極力避けていた。土日の仕事が気にならなくなったのは、子供が週末に塾に通うようになったからだ。そんなことを第9ホールの入り口で思い出した。

もう一つ幕張でおぼていることは、ここが大怪獣Gにやられた街だからだ。Gに破壊された街は銀座・霞ヶ関を皮切りに西新宿の高層ビル街まで、都内だけでも廃墟の嵐なのだが、なぜかGの新作が出るたびに、TOKYOは奇跡の復興を遂げている。Gの破壊が街に残されているのはビオランテ編の時くらいだろう。

幕張はバブル期の象徴だったので、怪獣の戦闘に向いた広大な空き地(笑)であり、壊すビルの数も少なくて済むという制作サイドの経済的な理由なのだと思うのだが。

怪獣映画で破壊された街は数多くあるがき記憶に残る戦闘場所は意外と少ない。もう一つのGである平成ガ◯ラシリーズは、その場面設定が秀逸だった。東京タワーがへし折られ怪獣の産卵場所になった。札幌ではススキノが壊滅した。仙台では自衛隊と激闘した。渋谷の街はとばっちりで壊滅した。京都駅構内での決闘シーンは怪獣映画で屈指の一幕、名場面中の名場面だ、京都駅に行くたびに、ここにガ◯ラが立っていたとサイズ感を実感する。

そんな幕張の記憶ではあるが、今ではすっかり落ち着いたオフィス街になっていた。やはり街というのは出来立てよりも時間経過したほうが味があるというか落ち着いてくるものなのだな。今の幕張で暴れる怪獣はいそうにもない。もし今年怪獣映画が撮られるとしたら、大阪の臨海地区だろうなあ。工事中のカジノビルが廃墟になり計画中止になりましたとか、博覧会会場の解体費用が浮きましたとかいうブラックネタで。

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杉玉の話

海鮮ユッケという一品 日本的なメニュー
カルパッチョを魚料理に変えてしまったのと同様の趣向だ

日本人の料理に関する情熱にはある種偏執的なものがあると思う。イタリア料理では肉とチーズで設えるカルパッチョを刺身料理に変身させたのは日本にあるイタリアンの店らしいが、今では海鮮カルパッチョはグローバルスタンダードにまでのし上がったそうだ。
寿司がアメリカに行って、アボカドとサーモン料理に変形したのは、現地仕様でありアメリカナイズだと思うが、それを逆輸入してカリゴルニアロールなどとありがたがっているうちに、さまざまなアボカド巻が開発されていくのには呆れてしまったものだ。ただ、日本食、特に家庭料理にアボカドが入り込んで行ったのは、この寿司屋(鮨屋ではない)の努力が大きいのではないかと思っている。

同じように隣の国の肉料理だったはずのユッケがいつの間にか、肉の刺身料理にアレンジされ、それが魚を使ったものに進化した。いやいや、これはびっくりだ。回転寿司大手のスシローが展開するすし居酒屋で見つけたメニューだ。
この海鮮ユッケを試してみると、中身はサーモンとブリのようで、確かに白身で油の乗った魚が辛味と醤油と胡麻油という強い味付けには向いているのだろう。
これが、マグロやサバやカツオなどの青魚であれば、ごま油のタレとケンカしやすいような気がする。淡白な白身、例えばタイとかヒラメでは魚の味が持たない。
ただ、この発想は鮨屋ではなく居酒屋的な発想が必要だろう。スシローという巨大チェーンが作ったすし居酒屋は格段に進化を遂げているようだ。

きっとそのうちに、チキン南蛮ならぬ「さしみ南蛮」みたいなハイブリッド料理が出てくるに違いないと思う。もう少し深読みすると「深海魚セット」とか「内陸養殖セット」など、普通の寿司屋を乗り越えるようなメニューが生まれるに違いないと思う。

進化する外食とは、中小のベンチャーではなく巨大ブランドが作り出す時代になったのかもしれないなあ、などとハイボールを飲みながら思うのでありました。

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返してくれ

今ではファーストガンダムと呼ばれる、ガンダム第1作の初回放送を見たのは随分昔のことだ。そもそもガンダムの前作である「ダイターン3」をずっと見ていたのだが、どうやら最終回を見逃していたらしく、タイターン3の陽性キャラが出てこないで、やたら屈折したキャラがぼやいている画面に違和感を覚えていたら、なんとダイターン3よりだいぶ小ぶりな人型ロボットが登場するではないか。あれれーと思って後で新聞の番組欄を見たらタイトルが違っていることに気がついた。当時はパソコンすら存在しない時代だから情報検索の手段は極めて限られている。
確か月刊で発行されていたアニメ誌を本屋で立ち読みして、ダイターン3の終了とガンダムの開始を理解したのは随分後のことだった。
シリアスなストーリーとモビルスーツという言葉が意外と気に入って見ていたガンダムだが、毎週ビデオ録画できる時代でもなく(ビデオデッキが20万円くらいしていた)、途切れ途切れの視聴だった。のちにレンタルビデオで出回るようになり、ようやく全編通しで見ることができた。
以降、Zシリーズ、ZZシリーズは放映中に見るのではなく録画をしたりレンタルで借りたりして見続けた。個人的にはシナリオのアラが目立つと思っている。伏線を回収しないまま放映打ち切りになったファーストをはじめとして、シリーズの中でキャラの性格が変わってしまったりするのであれまあと思うことも多い。悪役と善玉が入れ替わるのも困ったものだが。それでも宇宙世紀シリーズは延々と付き合ってきたつもりだ。

渋谷の駅前の大きな看板で最新作が劇場公開中と知った。看板に近づいて読んでみた。どうやらこれはガンダム諸作の中で多用された「名前だけガンダム」なのかと思った。名前だけガンダムは意外と人気があり、実は平成のガンダムファンはこのスピンアウトガンダムの方が本物だと思っている節がある。
スピンアウトガンダムはファーストから続く宇宙世紀ガンダムとは並行世界というか別の宇宙の物語で、似通っているのは人が登場して操る巨大ロボット兵器という点と地球軌道上にある宇宙植民地だけだ。

だからモビルスーツの造形も、日本版元祖ゴ◯ラとハリウッド版ゴ◯ラ以上の差がある。この話もそうなのかと思うのだが、スターウォーズが30年かかって九部作を作って完結したと言いながら、第1作と第9作で繋がりがあるのは年老いたマーク・ハミルだけの別物語だったのと同じように、このガンダムシリーズ最新作は機動戦士ガンダムという名称だけが同じなのだなとちょっと悲しくなった。
まあ、原作者の親分はさておき、メインキャラを描いた方、マシンデザインをしている方、みなさんそろそろ引退のお年だし、誰か跡継ぎが必要なのだ。仕方がない。ただ、この最新作は観ることはないのだろうなと思う。

昔、バンダイビジュアルの関係者と話をしていた時に、実は原作者である親分が完全引退しない限りGシリーズに関してはがんじがらめで、いじくりまわせないのだと聞いたことがある。ということは、これほどの改変が起きたのだから親分は引退したのだろうか。
気になって公式サイトを調べて見たら、なんとまだ原作には名前が残っているが、脚本はあのエヴァンゲリオンの親分が噛んでいるではないか。ということは当然ドロドロした愛と憎しみ世界になるはずで……………見ないの決定だなあ。

俺のガンダム、返してくれーと海辺で叫びたい気分なのでありますよ。でもアムロもシャーもシャーのクローンとクローンの出来損ないまで死んじゃってますからね。この先やるとしたらミネバ様の物語になるしかないし、それではお話が続かないか。

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エスニックな辛さ

辛い調味料を調べるため手近のスーパーに行ったらあまり品揃えがないので、少し遠出をして最近有名な安売りスーパーに行ってみた。 そして、びっくりした。実に多彩な調味料が、それも激辛シリーズというべきすごいやつが並んでいた。
辛い業界でグイグイと成長しているシラチャーソースはしっかりあるが、アフリカ生まれのハリッサもあれば、絶対定番のタバスコも……………と思ったら、なんとタバスコシラチャーになっていた。

おまけに辛くないナンプラーまで奈ならんでいるという、なんとも節操のない棚だが、これがなかなか楽しい。並んでいるものを全部買って試してみたくなる。
日本人がどうしてこんなに辛いソースに関心を持つようになったのかはわからないが、少なくとも平成中期まで日本の「辛いもの業界」は実に貧弱だった。

今ではお隣の国のコチジャンは普通にスーパーで買えるし、中華の原点豆板醤などすでに標準調味料扱いだ。韓流ブームあたりから、オリジナル食文化の流入が始まったことも大きだろう。西日本を中心に半島の料理店はあったはずだが、やはりジャパナイズされていたし辛味もマイルドに調整されたものが多かったようだ。今では、ストレートに辛い料理がカプサイシンによる健康効果宣伝もあり、実に当たり前になっている。
辛いものといえばカレーとキムチくらいしか知らなかった日本人が、辛さに覚醒したといっても良い。あまり辛いものを食べると舌の味蕾の働きが悪くなり味の判別がしにくくなるそうだが、基本的に舌が破壊されるほど「辛いもの」を摂取することもないだろうし。
あまり試したことはないが、赤くて辛いスパイスやソースと魚の刺身は相性が良いと思うのだ。そのうち、タイやヒラメは赤いソースで食べるものになるのかもしれないなあ。

明日はシラチャーソースでタコとかエビとか食べてみようかな。

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吉野家のライバル

ハッと気がつけば7年ぶりくらいになるのだろうか。コロナの間は一度も使っていなかった安売り中華チェーンの看板を見つけて久しぶりに入ってみようかと思った。
看板で気になったのが「美安楽早」の4文字だった。よくよく読んでみると、これって牛丼の吉野家のキャッチフレーズをそのままパクったような……………

吉野家はうまい・早い・安いだったと思うが、これはそれに「楽しい」を追加している。まあ、それに文句があるわけではない。吉野家を超える中華ファストフードになろうという経営戦略なのかもしれないし。レストランで「楽しい」をは何を意味するかは、これまた難しい問題だとは思うが。
さて、その元になる吉野家の言いたいことはわかるが、個人的に吉野家は安い・早い・そこそこうまいだよねえと思っていた。最近では、あの洗練された牛丼特化型のビジネスを放棄したこともあり、遅い・高い・普通の味になってしまっている気がする。
少なくともタッチパネルを入れるのであれば、メニューを絞って提供速度を上げるべきだし、逆に提供の速さ重視にするのであればオーダーコールと連動した自動販売機にするべきだろう。オペレーションの肝である早さを犠牲にしてタッチパネルを入れた意味が理解できない。業界トップが混乱しているのは困ったものだ。

さて久しぶりに入った低価格中華チェーンだが、昨今の値上げブームとは一線を画しているようで、それなりの低価格を維持していた。一番変わっていたのは、一品料理が増えていたことで、低価格サイドアイテムを増加していることもあり、中華居酒屋的に変化していたことだ。これは業態の先駆者である日高屋を見習ったものかもしれない。日高屋が扱っていないメニュー、例えば酢豚であるとか、青菜の炒めといった定番人気メニューもしっかり加えている。どうやらコロナの間に体質強化を図ったらしい。
この価格帯でこのメニュー数を維持できるのであれば、今のご時世で随分な戦闘力になっているだろう。店舗数が増えていないのが不思議だ。

最近ちょっとこだわっている味噌ラーメンを注文してみた。そもそも本格的な中華料理(中国料理)にラーメンはないので、ラーメン自体は和食とでもいうべきものらしいが、そのラーメン族の中で最もジャパナイズされている味噌ラーメンは、全国各地域で強烈なローカルアレンジが行われている。そうした進化味噌ラーメンの特徴は、濃厚の一言に尽きる。スープに箸が立つなどと威張っている店もある。
ただ、お江戸の普通の町中華ではちょっと濃いめの味噌汁的な味噌ラーメンが多い。このチェーンの味噌ラーメンは典型的なお江戸スタイルだった。個人的な好みでいえばもう少しもやしいためが多くても良いのになあと思うのだが、このお値段で注文をつけるのも失礼というものだ。

ただ場所柄なのか、店内で日本語を話すのは客も含めて自分一人だった。なんだか不思議な街になったのだね、と新宿歌舞伎町でのランチタイムでありました。

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味噌ラーメン屋の担々麺

昔々、ピザ屋をやっていた頃にメニュー拡張の研究として、味噌ラーメンや豚骨ラーメンを食べまくっていたことがある。生パスタを利用したスープパスタ系というか、汁だくパスタを開発しようと思っていた。
カルボナーラに代表されるクリーム系も、ベースを豆乳に変えてさっぱり濃厚という語義矛盾な商品を作ろうともしていた頃だ。その頃に、新進気鋭の急成長チェーンが味噌ラーメンの田所商店で、その本拠地である幕張まで何度も足を運んだ。家系と言われる濃厚なラーメンの拡大期でもあったが、豚骨ベースの味噌味がそれを凌ぐ勢いで急速に広がっていく時期だった。
久しぶりに幕張に来たので「味噌ラーメン」食べてみるかと思っていたら、なんと「担々麺部」という新規コンセプトの店があった。ちょいと迷ったが、次に幕張に来るのはいつになるかもわからないし、おまけに新規コンセプトの店は実験終了するとなくなってしまうことが多い。やはり、ここはお試しするしかない。

普段であればお試しメニューはその店の定番にすると決めている。だから、この店でも普通の担々麺を注文する予定だったが、テーブルにあるメニューを見るうちに気が変わった。エビ味がある。
エビ味スープといえば、札幌の名店「一幻」に尽きると思うが、それが胡麻スープの担々麺と組み合わせるとどんな味になるのだろうと興味が湧いた。
出てきたものを見て、これは担々麺の地平線にある料理だなあと思ってしまった。スープの見た目が「らしくない」。担々麺特有の表面に浮かぶ赤いラー油も見当たらない。挽肉炒めはどこに行った。あれこれ迷いながらスープを一口啜り、ああ、これは新ジャンルなのだとわかった
。なまじ担々麺一族を名乗るから誤解されるのではないか。これは明らかにエビスープ、胡麻味というべき新料理だろう。麺が太めなのはスープの味が強いからだと理解できるが、そこもよくある担々麺との違いに感じるなんだか久しぶりにすごいものを食べた気がした。

店頭にある看板?は黄色に赤で実に目立つのだが、どうも「うまさ」が上手に伝わっていない気もするが、インパクトはすごい。これを一度試してみると病みつきになる客は多いだろう。自宅近くに店ができれば、せっせと通いそうだ。

試行錯誤を繰り返しながら外食勝ち組は進化しているのだなと改めて思った次第。それと比べて我が古巣のブランドは……………

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新宿で二次会をするならこんな店

新宿歌舞伎町のハズレというか区役所通りに面した雑居ビルにある店に、友人に誘われてたまに遊びに行く。コロナを挟んでこの手の商売は大変なことになっていたようで、それでもまだ営業を続けているのは女主人の甲斐性というか経営努力の賜物だろうと、いつも行くたびに敬意を抱いている。

店内は実に昭和だ。空気感というか雰囲気というか昭和50年代から平成にかけて、つまりバブルの前後はこうした店が全盛だった。当然、その頃に社会人駆け出し組だった若者も、今ではすっかりオヤジどころかジジイになっていて、この店はジジイ比率が異常に高い。(笑)

まあ、現在の飲料主体の接待業(いかにも官僚語だが、これが正しい用語らしい)業界で、標準コンセプトはキャバクラということになるのだろうが、このコンセプトはその前駆形態というのだろうか。銀座であれば「クラブ」(ただしイントネーションは頭のクにある)がその文化の担い手であり、少しクラスとかお値段が下がるとミニクラブとか言われていたものだ。関西ではザクっと丸めてラウンジとか言われているようだが。そういえば、もう少し砕けたキャバレーというのもあったが、今では消滅危惧種だろう。


同じように接待してくれる従業員がいる形態であっても、カウンター席だけであればスナック。ボックス席があればクラブといった違いがあるようだが、その境目もあいまいだ。ちなみに接待が無い形態は「バー」と呼ばれていて、渋いバーテンがいたり、妙齢のママさんがいたり、髭面のおっさんがいたりする。飲む場所というより会話を楽しむ場所がバーだという意識があるが、それに加えて「よいしょ」をして居心地良くさせてくれるのがクラブとかスナックという感じだったろうか。
カウンターに座ると、目の前にはボトルキープした日本酒の一升瓶がどんと置かれるなんてバーもあったなあ。客は運動会系のガタイの良い若者とその先輩で体型の崩れた元若者ばかりだった。女っ気はまるでなしの、運動部の部室みたいな…………… よくそんなところで酒を飲んでいたものだと、思い出すと今更ながらに呆れてしまう。

今では、ガールズバーとかイケメンバーとかいうものに呼び名も置き換わっているらしいが、中身はいつの時代でも変わりはなさそうだ。

このサロンというかクラブというか、まあ飲み物の準備をして接待してくれるところでは、乾き物やチョコレートなどをつまみに薄い水割りを2ー3杯をサクッと飲んで帰る。他愛のない話で終始するが、たまにはシリアスな商談を5分ほどでやっつける。そんな便利な場所だったのだが、今ではすっかり過去の遺産になりつつあるのが残念だ。まあ、web会議で商談をする時代にはすっかり不要な代物になっている、そんな寂しさもあるのだけれどね。

この店に20代の若者を連れてきたら、一体どう感じるのだろうか。それはちょっと知ってみたい気もする。

旅をする

あちこちにいるアン○ンマン

アン○ンマンはJR四国の土讃線・予讃線を支配している。少なくとも幼稚園に通う子供たち、それより下の歳の子供達の心を鷲掴みにしている。その吸引力は時にママやパパへの愛情を押し除けるほど強いものだ。
この丸い顔のキャラクターとそのファミリーで満載された特別列車は、おそらくだが週末はとてつもない混雑なのではないかと思っている。ただ、子供時代の純真な愛情をすっかり失って久しいジジイ世代としては、このキャラ列車に乗っても特別な感慨はは生まれない。JR九州のデザイン列車であればなかなかときめくものもあるのだが。
車内が明るいなあとか、あちこちにキャラがいるなあとか、つまらん感想しか出てこない。感動は……………ないなあ。
ただ、ジジイ世代向けにこの特別列車は違う魅力があるはずなのだ。孫を連れて日帰り旅行を楽しむジジイの絵が頭の中に浮かんでくる。孫ッチのご機嫌取りにいそいそとアン○ンマン列車の乗り込むジイさん、バアさんという光景は、パパとママの姿よりしっくりくる。おまけに、まだこのキャラは外国人アニメオタクの侵略を受けていないようで、異国人に車内が占拠されることもない。
オタクに向けたキャラ列車は確かに短期的な収益は上げやすいし話題にもなる。ただ、少子高齢化に悩むこの国にとって、ジジイババアのエンタテイメント、つまり孫に阿る活動はもっとも広がりがあるビジネスではないかと思うのだが。
阿蘇では復興のためにワン○ースのキャラ列車がはしているそうだが、例えば国民的なアイドルキャラ筆頭の「青い猫型ロボット」列車を日本海沿いにリレーで走らせるとかやらないかなあ。新幹線の路線はあえて外して地域の活性化に繋げるのが吉だ。中央本線は新宿から松本経由で名古屋前、ライダー列車にするとか、東北本線で東宝怪獣キャラ総出演とか。東海道53継でウルトラ怪獣53体を撃破せよとか。ゴールは大阪駅でバル○ンがお出迎え……………いや、大阪城決戦はゴモ○だったか。楽しい妄想だなあ。

JR四国の主要駅ではそれぞれ趣向を凝らしたキャラお出迎えが準備されている。個人的には松山駅が一番よろしいと思う。駅内で一番良い場所を占領していたが、お子様にとっては絶好の撮影スポットだろう。バイキ○マンではなくド○ンちゃんなのは、昨今のジェンダー問題への配慮なのだろう。意外と芸が細かい。

岡山から高知へ向かう特急も、なぜか高知駅ホームでしばらく待機しているので、時間さえ合えば親子揃って(いや、ジジババ孫ッチ揃って)絶好の撮影スポットになっているのだが、意外と写真を撮っているファミリーを見かけたことがない。たまに、女一人旅風の観光客が熱心に写真を撮っているのをみることはある。おそらく、2歳くらいからの熱狂的なファンなのだろう。大人になって念願の一人アン○ンマンツアーを楽しんでいるに違いないと思っている。

高知駅ではホームに上がる階段が撮影スポットみたいだが

アン○ンマンの著者が生まれた高知県だが、意外と高知駅に撮影スポットがない。松山駅とは大きな差があるなあと思うが、これはJR四国の管轄違いによるものだろうか。駅長の考えなのだろうか。あれこれ考えてしまう。
ちなみに、高知駅から、あの有名なはりまや橋に続く駅前通りには、あちこちにアン○ンマンファミリーの石像が並んでいる。鳥取県境港市には鬼太郎ファミリーがこれでもかと道沿いに並んでいたが、あれよりはだいぶひっそりとしている。石像設置の担当が高知県なのか高知市なのか観光協会なのかはわからないが、登場キャラ全部を並べるくらいの気概を見せて欲しいものだ。アン○ンマンファミリーには軽く100を超えるキャラがいるはずだから、全国の腕自慢な石工を集めて石像製作コンテストでもやれば良いのになあと思う。

高知空港では全体的に龍馬ラブが溢れまくっているので、アン○ンマンはほとんど脇役だ。2階の休憩ロビーにあるキッズコーナーにひっそりと立っている。この隣には高さ2mを超える鳴子(よさこいの必須アイテム)があって、その脇役というかおまけ扱いになっているのが寂しい。
主要ファミリーを最低でも十人くらい登場させて撮影スポットにすれば子供に、そして子供を喜ばせたいパパママ、ジジババには大人気になるだろうに。少子高齢化対策などと行政が下手くそな策を講じているが、子供を喜ばせる施設をもっと大量に作って、じじばばに孫を連れ歩くようにすれば、つまり孫のために金をたっぷり使わせるネタを作れば、経済活性化と併せて良い試作になるのになあと思う。
子供が喜ぶ姿を見れば、パパママはもう少し子作りに頑張るだろうし、ジジババは孫っちの面倒を見ることで体を動かし健康寿命が伸びるというものだ。子供が一人では一回しか行かない「お子様向け施設」も孫の数が二人、三人となれば当然ながら行く回数も増える。

アン○ンマン文化が国を救う、社会を守る。まさに描き手が思い描いた元気百倍な良い社会の実現ではないか。来年、この著者を主演とした某国営放送の朝ドラの舞台になる高知県はどれだけどれだけ自分の金を突っ込むのだろうか怪しいものだ。ただのり便乗商法は避けて欲しいものだがなあ。

どうもアン○ンマンの理念は、子供にはよくわかってもらえるが、金儲けをしたい大人には難しすぎるらしい。