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日高屋にて

三ヶ月に一度ほど行っている(笑)日高屋の新メニューチェックだが、実は日高屋が新メニューの投入を避けているので、すっかり足が遠のいていた。ここしばらく、日高屋は値上げとそれに伴う原価調整作業に注力していたようで、冬の定番であるもつラーメン以外、ほとんど動きがない。
小幅な値上げを繰り返しているが、他の町中華チェーン店の派手な値動きに従うことはなく、相対的に価格優位なちょい飲み中華というポジションを再度確立した感がある。安いと言われていた餃子の王将と比べても、明らかに2割程度の価格優位差がある。
一杯1000円を超えるメニューを投入してきた大手ラーメンチェーンもリピート客の減少に気がついたようで、すでに主力新商品は700円程度に戻している。つまり日高屋の政策は正しかったということだろう。
ということで、定点観測というよりしばらく間が開いた。今の日高屋はどうなっているかと確認しに行った。結論は、値段の小幅調整にとどめたことで女性客が増えたようだ。明らかに、一人で来ている女性客、それも20ー30代がずいぶん増えた感じがする。
全盛期の吉野家でも似たような現象が起きた。40代までの男性ばかりが丼をかっこんでいたところに、女子高生が突入して吉野家のジェンダー偏りは終わった。そして業績は急上昇していったが、似たようなことが日高屋でも起きている。
急激に客層が拡大しているということだ。そして、残念なことだが、日高屋らしく料理の振れ幅が大きくなってきた(もとにもどったというべきか)感じがする。爆弾炒めは元々、注文するたびに味が違う典型な日高屋商品だったが、今回はその振れ幅が過去最大級だった。辛くないのだ。ラー油を追加でかけたくらいだ。
調理の腕前のせいなのか、辛みに使っているキムチの仕様が変わったのかはわからないが。そのうち、また試してみるか。ただ、想像するに厨房スタッフの人員不足・教育不足が原因のような気がする。料理の出方も遅かったからだ。
ちなみに、日高屋は高品質志向の店ではないし、適度に美味いものを出すというのが会社の考え方だ。だから、行くたびにどのメニューを頼んでも多少味は異なるが、お値段はお安いので我慢してね的なチェーンだ。(それに文句は全くない、同意している)それを理解していれば、このあまり辛くない爆弾炒めも美味しく食べられる。

逆に一手間かけて欲しいなあ、と思うのがおつまみメンマだ。せめてサッと炒めるくらいはしてほしい。ぱらりと青ネギを散らせるくらいしてもバチは当たらないだろうと思うのだが、これも会社のポリシーを具現化するように、冷たいまんまのメンマが出てくる。卓上にあるラー油と胡椒をかけてセルフ味変するのが精一杯の抵抗だ。

まあ、この定期観察で分かったことは、日高屋にぶれはなく、ちょい飲み駅前町中華路線は変わらずに押し捲るようだ。ほとんどファストフードと言いたい提供速度の速さもある。お客さん、すいませんけどこのまままちょっとだけ値上げしました。ごめんなさいね。でも昔通りに使ってちょうだいねという路線であれば、業績安泰ではないかと思う。となると次に期待するのは、今年の夏も登場するであろう「改良型冷麺」の仕上がり具合かな。
個人的には紹興酒の炭酸割り、ドラゴンハイボールは素晴らしいドリンクメニューなので継続して販売を続けてほしい。

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河野さん やっぱりつかえないぜ

AI生成した「あまりにも使えない役立たずのマイナカードに腹を立てています」の絵

あれほど物議を醸し出す欠陥品のマイナカードシステムを擁護しまくっていた元・河野デジタル相に言いたい。やっぱり使えないじゃないか、あんたも自分で使ってみろと言いたい。

トラブルその1 マイナカードの健康保険証
これは随分前に連動させているが、便利なのは確定申告の時に医療費計算をしてくれていることくらい。とはいえ、所得控除にならない少額医療費支払いの方にはなんのメリットもない。
そもそも、健康保険証との連動をしてもマイナカード保険証を使える病院がほとんどなかったからだ。あの広尾の日赤病院ですら導入まで随分時間がかかっていた。自宅近くの小規模医療機関では締め切りギリギリまで使えなかった。
そして、いざ病院でマイナ保険証を使おうとすると2回に一回は読み取り不良になる。A病院では読めずに従来の保険証を見せることになった。B薬局ではマイナ保険証だけ持ってきても読み取れないと薬は出せないと言われた。さて、考えてみよう。病院に行って薬の処方箋を受け、その時にはマイナ保険証で確認できている。にもかかわらず、躍起ょっ句の読みより気でマイナ保険証が読めないと、こちらに文句を言われる。同じカードが場所によって読めたり読めなかったりするのは、自分のせいなのか? しまいには市役所に行ってカード交換してこいときた。
こんなことが何度も起きた。医療機関、薬局で読み取り不良が起きるのはP社製の読み取り記のことが多い。いつでも読み取れないのならカードの不良が疑われる。読めたり読めなかったりするとすれば、カード不良ではなく読み取り記の不良化システムの不具合ではないか。
ビジネスでこんなザマになればリコールの嵐だろうになあ。

トラブルその2 コンビニで住民票
今までは特にトラブルもなくコンビニで住民票を取っていた。これは便利になったものだと思っていた。が、今回はコンビニのカードリーダーでも読み取り不良になる。どうやら本当にカードがダメになってきているようだ。マイナカードが始まってすぐに取得したので、残り期限はあと1年。老朽化の激しい状態とも考えられる。耐久性が仕様通りになっていないのではないかと疑っている。少なくともこの手の重要なデジタル器具(?)については、耐久性について過剰なくらいのマージンが必要だろう。10年間無交換で使うとしたら15年ー20年は持つ仕様にするべきではないか。
以前使ったのは自宅近くの711社だったが、今回はL社で挑戦し、なんと30分近く格闘して諦めた。翌日、機械の相性もあるかとF社に行って10分争い諦めた。ちなみに、どちらの機械(システム)もマイナカードを読み取り中という表示が出ていても、そのまま読めない状態が延々と続く。読み取り不良とか、カードが破損していますとか、置き方が間違っていますとか、その手のエラーメッセージは一切出ない。
注意喚起画面にすぐに読み取れなければカードを置き直せという細かい注意書きもあるが、カードを置き直すとシステムがフリーズする。フェイルセーフが甘い仕組みらしい。

えトラブル3 住民センターで交換依頼
さて、薬局の方に市役所に行けとキツく言われたので、自宅近くの出張所・住民センターに行ってきた。これこれこういう事情で、保険証機能が使えたり使えなかったりするので交換するなり描き直すなりしてくれと頼むと、情報が本当に読めないか確認するという。それもそう方カードを出すと、なんと読めるという。一台ではまぐれもあるからと二台目のPCで確認するとこれまた読める。つまり、読み込み不良は起きないではないかと、丁寧に詰められる。
必死に病院や薬局でも読めたり読めなかったりするので、リーダーとの相性があるのではないかというが、そんな事例はないらしい。
保険証が使えないのは困るので即時交換してくれと頼むと、なんと通常では交換に一ヶ月かかるという。その間に健康保険証が使えないのは困るというと、資格証明書という「紙」が送られているはずだから、それを保険証の代わりに持って行けという。なんという「神対応」だろうか。
その紙がないとどういうことになるのかと、今度はこちらから詰めたら、いきなり対応があやふやになる。おそらく「紙」の再発行には一ヶ月以上かかるに違いない。それであればマイナカードをの再発行のほうが早いだろうに。しかし、空白の一ヶ月は病気をしても行けない、怪我をしたら保険適用外の自己負担となるのは明らかで、重症にでもならなければ病院でも診てくれないかもしれない
どうやらそれはまずいと思ってくれたらしく、本町に問い合わせをすると言って10分以上待たされた。結果は、本町に来て特急再発行依頼をすれば、なんとたったの一週間で再発行してくれるらしい。それが最速の緊急対応とのことで。
少なくとも医療機関の予約が二週間以上空いている時にしかできない荒技だ。

おおーい、河野さん、君があれほど威張っていたマイナカードの現実はこんなもんだよ。ちなみにもう一つ付け加えておく。システム連携が雑で使い勝手は最悪だ。確定申告をスマホと使い国税のeTaxで行おうとする。
まずマイナポータルでマイナカードの認証をする。そして、「確定申告をする」機能を選ぶ。すると国税庁の(これまた酷い仕様で使い勝手の悪い)eTaxに飛ばされるのだが、そこで再度マイナカード認証を要求される。
良いかね、河野くん。一度認証して飛んだ先でその認証が消されているのだ。おまけに、eTax画面内で「参照」機能を使うと(例えば、用語がわからない人のために説明画面に遷移する機能がある)、なんとここでもマイナ認証は消されてしまい、再度マイナカード認証を行わなければならないという「クズ仕様」だ。

屋上に行こうとしたらいつの間にか地下深層にワープしているような「クズ」で「ダメ」で「間抜け」な仕様だと思う。あるいは、設計思想がダメダメすぎるやっつけ仕事なのだろう。

というわけで、明日は市役所に行って、まずは印鑑登録カードを見せて印鑑証明を取得する。その後で、特急再発行依頼の部署を探して、必ず一週間で再発行できるのかを確認した上で、担当者の名前も確認して、さいはっこい依頼をするつもりだが、おそらく一番権威のある個人証明書枚なカードを再発行するために、運転免許証とかパスポートとか見せないとダメだと言われるのだろうなあ。危なすぎるので、実はまだ捨てずに取ってある「旧型健康保険証」も持っていくつもりだ。それでも足りなければ年金手帳(写真はついていないが)、ガス料金の領収書でも持っていくか。

くどいようだが、河野さん。もっと現実を確かめてから、あれこれ発言してほしいものだ。マイナカードによる行政DXに反対はしないが、あまりにもお仕事が杜撰ではないかなあ。まあ、「私は今のデジタル相、担当者ではない」というとは思うけどね。

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沖縄に行きたいなあ

100名城の一つ座間見城で

今年の寒さは実に体に応えた感があり、沖縄に行きたいなと、寒い間はずっとそう思っていた。南国と言われる高知もしばらく毎月のようの訪れていて気がついたが、やはり冬は寒い。これまであまり気にしていなかったが、東京の冬と気温はほとんど同じだった。南国も寒いのだ。
沖縄は亜熱帯にあたる。南国というのはこういう場所のことではないか。そもそも現在の酷暑期が当たり前になった関東地区と比べて、夏の気温は明らかに沖縄の方が凌ぎやすい。海も近いし、食べ物は美味いことは昨年の沖縄旅で十分わかったし、11月から3月くらいまでは沖縄で暮らしたいなあと真面目に思っている。

やちむんと呼ばれる沖縄の陶器作りを習って、焼き物三昧みたいな暮らしができないものだろうか。もうスーツを着込んでのビジネス戦闘モードになるのは耐えられないみたいだし、塾の先生でもしてみるのが良いかもしれない。

極めて個人的な感想ではあるが、沖縄の鰹出汁の効いた豚汁を週に一回くらい食べていれば、とても長生きしそうな気もする。(誤解のないようにあえていっておくが、長生きしたいというわけではない)朝昼晩、ゴーヤチャンプルと島豆腐の冷奴とフーチャンプルだけ食べていればもっと長生きしそうだ。

ウィークリーマンションで自炊しながら一ヶ月くらい住んでみたいものだなあ。という、春の夢を見ておりました。

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神社巡りで思うこと

梅雨明けに行った上鴨神社は外国人観光客が少なくて良い場所だった

去年は西日本の神社を参拝していたが、どこにでもうじゃうじゃいるインバウンドと呼ばれる旅行者には閉口した。特に京都はひどい。市内中心部にある二条城など、行ってはいけない危険地帯だった。郊外でも嵐山などは近よるのが間違いという、都市型サファリパークの中みたいなところだろう。
日本人的な常識とは違う感性で行動する異人種とは、論理的なものではなく感情的などこかでモヤモヤとしたすれ違いを感じるからだろう。まあ、日本人の中でも行動様式が異人種という若者も多いので(ジジイババアにはもっと多いが)、人種差よりも人類としての偏差なのかもしれない。
道を3-4人並んで歩くという困った奴らは日本人にも存在する。インバウンド観光客は外観がアジア系人種とは異なることも多いので、その無作法と感じる行動が余計目立つのだろう。一見するとちょっと見かけが変わった日本人風のアジア系人種も、歩きながら大声で会話するので悪目立ちするタイプだ。福岡は一見変な格好をした日本人風に見える(ファッションセンスが違うだけなのだが)アジア系人種に占拠されている。百貨店のブランドショップで行列している客に日本をを話しているものは見当たらないほどだ。


おそらくエコノミックアニマルと恐れられた(軽蔑されていた)昭和中期の日本人ツアー客も似たようなものだったはずだ。その国の経済水準が上がり、海外旅行が一般的となり、国際的な慣習に慣れていくこと、つまり「国民がグローバル市民として成長していく」過程で起こる「通過儀式」みたいなものだと理解してあげる。それを許容してやる………ほどに日本人は大人でもないだろう。自分の境界を乗り越えて侵入してくる加害者たちという意識が強いはずだ。


近い将来、現在のオーバーツーリズムと呼ばれる嫌悪期から、一部の暴走する過激日本人による外国人観光客襲撃という過激期に移り(SNSの迷惑投稿みたいにブーム化しそうだ)、そして外国人全体に対する憎悪期に向かうのではないか。それを喜んで煽るゲスな日本人グループも多い。憎悪の拡大は一瞬だろう。すでにヨーロッパで起きている右翼化傾向も米国で起きている違法移民排斥も、根は同じところにある。

日本全体にばら撒かれた外国人観光客は年間4000万人近いそうだが、怒れる日本人の一部が忍耐を切らす最初の瞬間は、きっと京都で起きるのだろうなあ。それも京都の住人ではなく、京都観光に来たどこかの日本人がブチギレてのような気がする。

そうしたことを避けるために日本人の知恵を発揮してもらいたいものだ。例えば、外国人が群れ集まる場所は避けて)二条城とか大阪城とか)、タクシーを使って観光すれば良い。バスに乗ると安上がりの移動をする外国人観光客の「圧」に負けてしまうかもしれない。インバウンドな連中とは非接触で旅をするのが一番安心だろう。
京都市内には泊まらず食事も京都市内ではしないなど、エイリアン・異邦人と無用な接触を避けるのが得策だ。嫌な目に遭わなければ憎むことにもならない。
大阪万博がもしインバウンド集客に成功したら、触発の地は京都ではなく大阪、南になるのかもしれないなあ。どうやら、今年いっぱいは関西に近寄らないようにしておくのが賢明かもしれない。大阪でイカ焼き食べたいんだけど、今年は我慢だな。来年になれば、北米大統領の圧力に負けて円が高くなれば(例えば安倍政権期の1ドル百円台に戻れば)インバウンドも減るだろうし。

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道の駅モーニング おまけ情報

高知県西方にある道の駅で楽しめる、食堂モーニングセット・メニューがこれ。トーストセットはよくわかる。おにぎりセットはちょっと珍しい。サンドイッチセットは、実は高知の喫茶店ではかなり当たり前の存在らしく、あちこちの喫茶店でたまごサンドのセットを見かける。丸いバンズではなく三角サンドというところが妙に奥ゆかしい気分がする。三角サンドは古典的な朝飯とは言えないが、昭和のおしゃれ感みたいな感じはあるなあ。

そして、朝からこんなに食べて大丈夫かな?というボリュームは全品共通している。その中でもボリューム最大ではないかと思うのがシイラバーガーセットで、実食した感想を素直にいうとこれはすでにディナーの領域にある。朝飯としては、この半分でも多すぎる。おそらくバーガーの重量は、サム◯イマックを超えていると思う。
うまいのは間違いない。ただ、これを小型にしたとしても朝飯にはあまり向いていない気がする。テレビのグルメ番組などでよく使われるインチキ英語「ボリューミー」というやつだろう。朝飯としてはボリューミーすぎるのだ。
しかし、あのボリューミーなる言葉はどこから出てきたのだろう。最近ではすっかり使われなくなった和製英語の典型、ナイター(ナイトゲームのことですねえ)などと同じように放送関係者か芸人が言い始めた言葉なのだろうか。聞くたびにイラっとする、気持ちの悪い言葉なのだがなあ。

まあ、言葉の話は横に置いて、このバンズからはみ出るシイラのフライは大きくてうまい。天丼のように白飯の上に乗せ、甘めのタルタルソースをたっぷりかけた丼にしてもらえば、間違いなく満腹系晩飯になるはずだ。
シイラバーガーの下にひっそりとあるカレーセットだが、実は個人的に朝カレーは好きだ。あのスパイスによる発汗作用は朝飯向きだと思う。そして、この店のカレーは、隠れ名物と言って良いくらいうまいポークカレーなのだ。これだけを武器にしてポークカレー専門店、あるいはカツカレー専門店を出せば良いのにと思うほど完成度が高い。しかし、いくら美味いからといって朝飯向きと言えるかどうか。

高知のモーニングセットはひょっとするとファミレスのディナーよりレベル高いのかもなあ。

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昔のの写真から 秩父夜祭り

夜祭の山車

一時期、秩父に足繁く通っていたことがある。札所巡りもしていたが、秩父が昔は独立国だったと知り、古代ヤマト王朝との関わりに興味があったからだ。秩父鎮守である秩父神社はおそらく独立国からヤマトの軍門に降ったあたりで一度変身しているのだと思う。古代秩父が独立国であったならば、神社の様式などが違うはずなのだが。島根や岡山にある神社は古代ヤマトと異なる形式を維持している。ヤマト政権が地域文化の象徴である主神の姿までは強奪しなかったことがわかる。まあ、反乱対策だったとは思うが。
秩父神社は江戸期に徳川治世で再度変身したらしく、古代の姿は残していない。そのためなのか、戊辰戦争後の革命政府が推進する皇国史観と神道礼賛政策とは対立しないで済んだようだ。
秩父は明治初期における富国強兵モデル地区だったから、革命政府も強く出られなかったのかなとも思う。まあ、西日本の田舎から出てきた下級武士にとり、関東の西の果てにある東国の田舎に興味が薄かったということもあるだろう。
政府の無関心が秩父夜祭を生き残らせたと考えれば、田舎者の政府は意外と文化の保存に役立つのかもしれない。世界史的に見れば、世界中どこでも田舎者が起こした権力は必ず文化破壊を行うものだが。ルネサンス前の西欧世界は、まさに田舎者が都会者に挑む「十字軍」という強盗集団を生み出した。
イスラーム世界が高い文化水準を保ったのは、イスラームを信じる世界の内乱で王朝交代が起きていたせいだろう。19世紀から20世紀にかけて欧州の田舎者、文化的に周回遅れとなったロシアの策動が混乱を引き起こした。また世界の田舎者だった北米大陸の国家が工業化に成功して、これまたならず者国家となったことが混乱を増幅した。
戊辰戦争後の日本も、田舎者の誇大妄想が大戦による破滅まで一直線につながっている。田舎者の暴力は、いつも世界に混乱を引き起こしているのは間違いない。

夜祭の絢爛豪華な山車を見て、そんなことを考えていた。秩父は田舎とはいえないなあと。

確か東松山で食べた味噌ラーメン屋の辛い麺 ヒーはー言いながらも激うまな記憶がある

行くたびに思うことだが、秩父夜祭はとてつもなく寒い。が、秩父だけでなく冬の観光地はとにかく寒い。冬は山の中とかに近寄ってはいけない。海沿いでも名古屋より東は近寄ってはいけない。
カメラを持つ手も悴んでしまいシャッターが押せなくなるほどだ。だから、冬になると赤いラーメンをよく食べていた。辛いラーメンがラーメンの主流になったのは一体いつからだろうか。
辛いラーメンのルーツの一つは酸辣湯麺だと思うが、それの進化系が全国あちこちで並行的な進化を遂げたというべきだろうか。千葉の勝浦担々麺は実に辛い。もう一つの千葉名物、アリランラーメンはもっと辛い。
埼玉はうどん文化圏なのでラーメン屋は目立たないが、味噌ラーメンのチェーン店では必ず辛い味噌味がある。神奈川の家系ラーメンにも「辛いそば」はあるが、勢力としては弱めだろう。広島の辛いそばや宮崎の辛麺は専門店になる程に別格の地位にある。

秩父によく行く蕎麦屋はあるが、そういえばラーメン屋にはほとんど行ったことはなかったな。今年の春キャンプは秩父に行って、帰りに辛いラーメン食べてみるか。あ、そういえば秩父には趁達があったか。あそこに辛麺あったかなあ。

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昔の写真から 仙台名物

仙台に毎月通っていた頃、仙台名物をあれこれ試していた。もちろん牛タンは何軒か試してみて、自分のお気に入り探しをした。仙台名物として一番納得したのは元祖冷やし中華だったが、これは自分の中にある冷やし中華のイメージが変わるほどのご馳走バージョンだった。
予想外に美味かったのは(おまけに安かったのは)マグロだ。塩釜、気仙沼という大漁港を後背に持つだけではなく、東北全域から魚が仙台に集まってくる。仙台は確かに海産物の美味い街だった。その中でちょっと異色だったのが「たらきく」というタラの白子だ。これが驚くほど旨くて、そしてお高い。冬の食べ物だが、街中の大衆居酒屋に行っても、これだけはそれなりにお高い食べ物だった。
そして、基本的には大衆魚と思っていた鯖が、これまたちょっと高級系な魚として扱われていた。三陸沖の鯖は高品質ということらしい。仙台は鮨屋も多く、おまけに大衆価格の店も多いので、居酒屋代わりに鮨屋に行くこともあった。が、そこでも鯖は高級魚扱いで、少なくとタイやハマチなどと肩を並べていた。
今思い返しても、仙台は日本で屈指の住みやすい街ではないだろうか。夏は東京ほど暑くない。冬は北海道ほど寒くないし雪も少ない。伊達家ゆかりの地であるのにはそれなりの意味があるのだな。

もう一つの個人的仙台名物がある。日本中どこにでもありそうだが、仙台でしか見かけたことのないメニューだ。
仙台のローカル居酒屋チェーンはマグロの旨さで人気だったが、その店で最大のお気に入りがカツカレー・ライス抜きだった。カツの厚みが厚すぎず薄すぎず絶妙なバランスなのだが、何よりカレーのルーがうまい。これはカツにかけるために作られたカレーソースというべきで、白飯と合わせ食べるように設計されていない。キャベツの千切りは箸休め的な位置付けのはずだが、実はカレーと合わせると超絶に美味い。
ああ、仙台に行きたくなった。カツカレー・ライス抜きでいっぱいやったら、文化横丁の小体な飲み屋で浦霞の熱燗……………やはり、仙台は良い街だなあ。

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昔の写真から オオカミウオ

人生に疲れた時は、こいつに会いに行くと良い

おたる水族館はとても小ぶりな施設だが、時々無性に行ってみたくなる。半島の先に突き出したような場所にあり、小樽駅から路線バスで行ける古き良き観光スポットだ。水槽には北の海育ちの魚が多く、海沿いには海獣のプールもある。
トドやアシカに餌をやるのはなかなかスリリングな体験だ。ちなみに餌はホッケをまるのまま投げ与える。トドがダイビングキャッチするのは、実に迫力のある光景だが、夏は臭いし冬は寒すぎる。
さて、なぜおたる水族館が好きなのかというと「オオカミウオ」が飼育されているからだ。オオカミウオはオホーツク海に生息しているらしい。うろ覚えの記憶でしかないが、日本海のあちこちで訪れた水族館ではこの魚を見たことがない。やはり、北方の魚だと思う。
このオオカミウオの顔が異様というか醜悪というか、魚界でも屈指の「コワモテな顔」だ。この顔をゆっくり眺めていると、人生のあれこれを悩んでいたとしても全てが忘れられる。人間に生まれてよかった、オオカミウオに生まれたら自分の顔を見て人生?に絶望してしまうに違いない、などと大変失礼なことを感じてしまうからだ。

どう見ても異相であるし、そのすごい顔の連中が水槽の中で何匹も群れている。オホーツクの海でも大集団で泳いでいたりするのだろうかと想像するだけで恐ろしい。もしも自分がティラノサウルスに生まれ変わったとしても、その凶相にはあまりたじろがないのではないか。おそらくオオカミウオに生まれ変わった時ほどの衝撃は受けないような気がする。
いい歳をしたおっさんがそんなことを考えながら、オオカミウオの水槽前でずっと立ち続けている光景の方がよほどホラーかなとも思うが。
やはり心が疲れた時にはおたる水族館に行って人生の自信を取り戻すのが良振る舞いというものだ。しかし、北はこのおたる水族館に始まり、オホーツクの水族館にも行った。南は沖縄美ら海水族館まで日本の水族館のほとんどに行ったような気がするが、このオオカミウオに匹敵する凶相は見たことがない。基本的に魚の顔は平和的で平面的だからどの魚を見ても違和感を感じることはないのだが、この魚だけは別格だ。見た目だけでいえば、ジョーズを遥かに凌ぐ。

たっぷりオオカミウオと対面して癒しを受ける。そのあとは、階上にある食堂で蕎麦を食べながら、あるいは名物オムライスを食べながらビールをちびりと飲むと、我が精神世界は完全復活を遂げている事に気がつく。水族館は精神安定に良いところだよなあ、と書きながら思い出していた。来週は、小樽水族館に行くとするか。

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昔の写真 千葉に旅をした時

地名とは思えないネーミング

コロナの流行前に、関東にある道の駅をぐるぐると回っていた。全制覇するのには確か2年かかったように記憶している。関東といっても首都圏に道の駅はほとんど存在しない。主力は首都圏を外れた地方都市、中小町村地域だ。昔ながらの道の駅、つまり観光地の休憩所風なところも多いが、最近では地域観光の拠点としてそれなりの金を突っ込んだであろう(当然、補助金も莫大だったはずだが)大規模施設も増えている。
その中で、お気に入りといいたい道の駅が千葉県内房沿いにある「保田少学校」だ。廃校になった小学校を改造した面白いところだ。

教室は店舗になっている。一部は飲食店になっていて、なつかし系のメニューが並んでいる。3年B組は、確か中華料理店でった。
体育館は吹き抜けの市場になっていて土産物や磁場の野菜、産物が売られていた。校庭は駐車場と休憩施設になっている。

2階建ての小学校

全国のあちこちで廃校をいろいろな施設に変えているようだ。こうていがきゃんぷじょうになっていたり、教室が長期滞在用の宿泊施設になっていたりする。まあ、学校だけに限らず昭和中期に補助金で建てられた中古物件、老朽化物件が余っているのが地方都市の現状だろう。札幌市のようにオリンピックを誘致して国税で老朽化施設を建て直そうという邪な考えを持つ自治体も多いらしい。
大阪万博の目的は、万博後のカジノ建設のインフラ整備を国税から騙し取ろうということだと一部のメディアが暴露しているが、それも大阪だけの話ではない。典型的なのが長野五輪で、オリンピック開催を言い訳に新幹線は長野まで伸びた。沖縄の高速道路施設も似たような経緯だった。全国の至る所で起こっているイベント誘致ビジネスは官民合わせた「ぼったくり」戦略と言って間違いないと思う。
そういえばつくば万博と愛知万博ではおねだりインフラ整備はあったかなあ。茨城は何も起きなかったのではなかったか。TX開業は筑波万博とはかん駅なさそうだ。とすればずいぶん健全な話だが本当だろうか。茨城県にはおねだり体質がないということかもしれない。
愛知は、世界のトヨタの本拠地だけに、会場周辺の高速道路網が進んだくらいか。セントレア空港の開港もこの時期だったかなあ。ただ、あれはまさにトヨタの万博だったような気もする。

などなど、全国で広がる巨大おねだりプロジェクトを振り返ると、この学校再利用の道の駅など実に可愛らしく思えてくる。千葉県、ひょっとしたら環境先進県であるのかもしれない、と見直したのであります。

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FB 腹のたつメッセージ

Screenshot

文面を見るだけで日本人が書いたとは思えない怪しい文章だが、今時のAIであれば大陸語や半島語をこれくらいの怪しさで日本語訳できるのだろう。

MagenerはManagerのスペルミスなのか。それともあえて紛らわしい言葉を使ったか。昔、デスノートというコミックで、ネットに悪さを仕掛けるやつをサーバーから遡って特定して懲罰するという「夢のような機能」があったが、差し詰め現代であればアクセスしたスマホを爆発させるとか、PCのマザーボードを焼き切るとか、そんな対策ができないものかと思う。新しいメディはいつもエロと詐欺から使われ始めるのは、人間の欲望が、つまり色と金につられる生態が全然変わっていないということだろう。詐欺は騙される方が悪いみたいな社会通念があるようだが、人類の歴史を振り返ると詐欺には厳罰を与えた方が効果があるようだ。ハムラビ法典に倣い詐欺をした奴は舌を抜くくらいの厳罰主義にしなければ、現代の宿痾は治せないだろうに。いや、舌を抜くのではなく画面が見えないようにするのが良いのか?それとも入力ができないようにするのか。

罪人に優しい世界は、社会の不安定を招くだけではないのかなあ。

とりあえず中学生の作文としても怪しいと感じる文章に出会ったときは注意しましょう。