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旅をする

プトホテルを初体験

高知県四万十町と言われて、その場所がピンとくる人は少ないと思う。高知県は東西に長いが、四万十町は県西部の中央に位置する。香川県から高知県につながるJR土讃線の終点の駅がある。ここから愛媛県につながるJR予土線と、高知県西端の街、宿毛につながる黒潮鉄道の接続駅でもあり、乗り鉄にとってはなかなか魅力的なポイントだ。
ちなみに四万十町とは別に四万十市も存在するので、この辺りを訪れるときはきっちりと住所確認をする必要がある。
そんな街で、たまたま一晩泊まることになった。長い付き合いの友人が、隣町にも関わらず一夜の宿を手配してくれた。昔から続く老舗旅館の主人が、離れとして小さいホテルを開けたということだった。ぱっと見では古民家改造の旅館風だったが、実は歴とした新築で、内部のデザインも和をベースにして木を生かした作りだった。モダンジャポネスクという言葉が記憶の中から飛び出してきた。友人曰くビジネスホテルだというのだが、これはプチホテルというカテゴリーだろう。ペンションともちょっと違う気がする。

高知県は山と森林がほとんどの「森の国」なので、木材を使った建物がもっと多くても不思議はないと思うのだが、意外と木造建築は少ない。木のテイストを生かした建物で思い出すのはJR高知駅くらいだ。確か高知県長も高知市役所もガチガチの鉄筋コンクリート建造物だったような気がする。おしいなあ。
このプチホテルの2階で一晩過ごしたが、小ぶりながら快適な部屋だった。このオシャレ空間にむさ苦しいおっさんが泊まるのは場違い感がある。が、たまにはこういう洒落乙な宿も良いではないか。

チェックインするフロントは別の建物にある。食堂もそちらだ。ただ、そこに至るたる小道というか小路というか、それがまた風情がある。こういうのは計算され尽くしたものだと思うが、良いホテルは細部にこだわるものだ。作り手の感覚が優れているのだろうなあ。自分位は無理だと思う。

部屋の天井は木が剥き出しだが、これがやはり良い感じだ。宿の主人は実家の旅館を継ぐまでは美術関係のお仕事をしていたそうだ。人として感性が違うのだな。自分のようなおっさんでも、このホテルの良さ、細部までこだわった作りは理解できる。
もう一度泊まってみたいと思うが、どうやら観光シーズンは満室が続く人気ホテルだとのこと。それも納得できる。
ご興味のある方はこちらをご参考に……………

https://www.mimaryokan.jp

街を歩く

JR四国の戦略 すごいぞ

2-5歳くらいの幼児に圧倒的な人気を誇る国民的長寿キャラクターの作者は、高知県出身ということは知っていた。だからJR四国にキャラ列車が走っているのはわかっていたし、一度岡山まで移動する時に、このポップで賑やかな特急に乗ったこともある。
ただ、その幼児限定?人気者が、今年は某国営放送の朝ドラの影響でで大ブレイクしているらしい。
そもそもキャラ列車が土讃線の他にも走っているとは知らなかった。JR四国が擁する企画列車の最大貢献を果たしているらしい。すごいなあ。
少なくともこの列車に一人で乗る人間は、自分のようなはぐれものな乗り鉄を除くと、ほとんど存在しないだろう。メインの乗客は幼児で、それに同行する(お供をする)親やじじばばが複数名というのが基本乗車単位だ。つまり単価が高い。運行効率が良い。ボッタくるとは言わないが儲かる仕組みだ。

おまけに、今回の朝ドラ連動企画では作者の故郷である高知県内でも、高知市からはそれなりに離れた山際の地方都市まで連れて行かれる。普通は通勤通学以外に利用する乗客もいないであろう地方駅にどっと人が押し寄せる。観光効果というか集客効果は抜群だろう。
個人的には高知市内にキャラ関連施設を作れば良いと思うの。なぜか高知市内には「じじばば向け」の龍馬推し施設ばかりなので、高知観光にファミリーを呼び込むのは難しいと前から考えていた。土佐山田のミュージアムとは違う切り口で、高知駅周辺にキャラ推しエンタメパークでも作れば良いのになあ。まあ、それはJRの責任ではなく高知市か高知県の問題だろう。

などと思っていたら、なんと高知駅の高架下というかホーム下にちょっとした体験型パーク?があるのに気がついた。今まではホームまでエスカレーターで直行していたから全く気が付かなかったのだが、階段を登ると中二階的な空間にあれこれ展示パネルと遊具が置かれていた。

これは実に安全安心な幼児向き施設だ。子どもが飽きるまで遊んだとしてもせいぜい15-20分程度。程よい遊戯空間であるように思える。遊具が増えると子どもが全部乗ろうとするので、キャラ列車を降りたあとひと遊びするくらいのバランスになっている。親にとっては(ジジババにも)ちょうど良いみたいだ。

どうやらキャラを集めるスタンプラリーも実施されているようだし、これは四国在住の親子であれば魅力的イベントではないだろうか。
ちなみに、普通列車乗り放題の青春18切符を使っても、四国のJR各路線は特急中心のダイヤなので、スタンプコンプリートにはかなり時間がかかる。時間短縮だけ考えるのであれば、自動車で一筆書きルートを検討した後、各駅で入場券を買って入場してスタンプ・ゲットみたいなやり方をするものもいそうだ。ただ、我がことであればやはり乗り鉄魂に火がつくから、JR四国全線踏破を目指すんだろうなあ。
などと裏技を考えていたら、スタンプはアンパンマン列車内にも置いてあり、駅と列車内のスタンプを両方集める仕組みらしい。なるほど、これなら自動車ツアーはなしだなあ。

あれこれ考えていると、そのままJR四国の作戦にハマってしまいそうだ。子供だけではなくじじばばを(それも乗り鉄を)拾うとは、なかなかJR四国の参謀は優秀らしい。
JR北海道とともにJRグループでは運営状態が苦境に陥っているJR四国だが、航空会社やJR北海道や九州など遠隔地とのタイアップをすれば、違う客層を惹きつけ復活のきっかけになりそうだけどねえ。
その昔、浜松町駅から自分の車を貨物車に乗せて札幌まで一晩かけて移動する季節運行の特別寝台車があった。これは家族旅行にピッタリで子供達も寝台車を楽しんでいた。それと同じことをアンパンマン列車連結でやれば面白そうだけどね。浜松町発高知行き。サンライズ瀬戸に便乗して多度津まで行き、そこからは気動車に連結を変えて高知までというのは楽しそうだけどなあ。夜10時前に出発して、翌日昼前にはたどり着けそうだし。どうです、JR四国の企画担当者の方。もし実施されれば、喜んで第一号の客になりますぜ。

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平和の使者 二次元アイドル

コロナの前まで、千歳空港メインロビーにぶら下がる広告バナーは大陸中国の金融機関のものだった。爆買いなどと言われていた、買い物グループツアー客向けのものだったのだろう。馬ではすっかり広告主がかわっている。
相変わらず外国人客の姿は多いが、おそらくその中身が変わってきてるのだと思う。ただ、日本屈指の観光客空港なので、国内線付近の土産物屋であっても各国語表記は以外と少ない。日本人客主体で十分商売が成り立つようだ。
ラーメン道場なるラーメン店集合エリアでも外国語対応はかなり低調だ。これが福岡空港や関空となると、日本語が各種言語の中に埋もれているような店もあるので、やはり地域による外国人客の質と量は異なっているのも間違いない。

日本特有の文化であるらしい「二次元アイドル」「平面アイドル」という存在が、千歳空港の国際線ターミナルにドカンと登場したのは、この日本が誇る平面文化がついに本格的なグローバル文化に飛び立つ予兆なのかと、ちょっと感動した。
そもそもボーカロイドの出現は商業文化とは全く異なる、純粋オタク(そんな存在があるのかどうかわ知らないが)のフォ力の賜物で、せけんてきにはずいぶんとひややかなめでみられていた。当時、仕事で関わっていたアニメ業科関係者であってすら、ボーカロイドに関してはイロモノと見ていたくらいだ。
そのイロモノたちが、今ではすっかり世界市場に進出した上で、日本全国でローカライズされる時代となった。これぞ文化的な進化であり、世界平和の象徴だと思う。残念ねがらハリウッド映画でも風刺されたように、米国を代表するネズミキャラは、ベトナム戦争の兵士たちの人気者で国威発揚とまでは言わないが、ソルジャーを支える支柱だった。
このボーカロイドを嗜好する日本の若者たちが銃をとる時代が来ることはないと祈りたいが、戦場では無用無キャラのままであると思う。

そういった意味で日本特有の文化キャラ?のボーカロイドが世界進出して、平和な世界を広げて欲しいものだ。まあ、つわものどもが集結して応援しているとはいえ、それは平和的なライトによる集団乱舞みたいなものが多く、世界平和に役立つしかない。武装解決とは最も遠い集団だろう。少なくともボーカロイドとともに米国やロシアに輸出して布教活動に努めれば間接的な戦争抑制につながるとは思うが。

さて、ボーカロイドと同じ階に、巨大人型兵器の会場も設置されてしまった。こちらでは全ての物語の背景に、ドロドロとした恨みや自分より優れたものを羨み呪い引き摺り下ろそうとする「クズ人間」ばかりが登場する人類ダメストーリーだ。
敵味方含め全てのキャラ、特にメインキャラは全員怨念まみれであり、サイドキャラですら地獄に落ちること確定の呪いがかかっている。ストーリーを全部見れば、人類に生き残る価値などないと確信させる。おそらくシリーズ全編を通して「よいひと」っぽいのはララアくらいしかいないが、彼女も人殺しの一員だ。
ところが、このサーガのファンは、このダメ世界を肯定的ににうけとめているが、それは仮想世界の仮想兵器、現実に存在しない悲劇なので問題なかろうというスタンスなのだ。そして、自分は決して現実世界の戦争や悲劇に関わりはしないという無自覚な信念があるからこそオタク道を邁進できる。その点で、ボーカロイドファンとはかなり近しい存在だとはいえる。

だから、ボーカロイドと巨大人型兵器は世界平和の推進役として、千歳空港国際線ターミナルで日本オタク界の心意気と精神を伝導して欲しいものだ。

まあ、日本国政府が威張っていた「クールジャパン」って、こんなことなんだと思うのだけどね。国会議事堂前にRX98-2と鉄腕アトムでも並べて欲しいものだ。あ、どちらも平気か。となるとやはり青色の猫型直立歩行ロボットしかいないかなあ。

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駅のそばの蕎麦 お江戸の華 

最近めっきり減った山菜蕎麦は冷やしにかぎるぞ

二週間近く旅をしていて、お江戸に帰ってくると不思議と食べたくなるものがある。それは駅の立ち食いそばだ。最近では随分と値上がりしていて、お気楽に食べられるものでもなくなってきたが、実は立ち食いそば、それも駅周辺の店はお江戸の象徴であると思っている。
首都圏では各駅に存在するくらい一般的な立ち食い蕎麦屋だが、地方都市に行けば(当然だが)乗降客数が少ない駅が多く、駅構内あるいは周辺に立ち食い蕎麦屋があるところは激減している。
逆に自動車社会である地方都市では幹線道路沿いにそば・うどん・ラーメンのドライブイン方式の店が嫌というほどある。立地が駅前から道路沿いに変わっただけなのかもしれない。


だから、首都圏の駅そばは徒歩行動者にとって実にありがたい。できれば駅構内ではなく駅の近くにある個人店に行きたいところだが、それもコロナの影響で随分と閉店してしまった。
JR高田馬場駅の立ち食いそばも、首都圏外食事情の変化もあいまり駅ナカ店はすっかりおしゃれになり、注文も自販機で買った食券の番号を呼びだす仕組みに変わり、21世紀にふさわしいキャッシュレス立ち食い蕎麦屋になってしまった。それがちょっと悲しい。それでも電車に乗るまでの3分間でツルッと行けるのは捨て難い魅力でもある。
夏の気配がし出した5月なので、冷たい山菜そばにしてみたが、やはりチープなうまさは健在だった。

その後、また朝早くの便で仕事に行くことになり、朝飯かわりに品川駅で立ち食いそばをたべることにした。この駅ナカ店舗はJR東日本子会社の直営店だから、実に小綺麗な店なのだが品川駅という巨大ターミナルにあるだけに朝から大混雑で、なんと客席(?)誘導係までいる繁盛ぶりだ。
味に関しては立ち食いそばとして普通で、あまり特徴が感じられない。が、JR東日本飲食事業の特徴は、「特徴がない」ことなのだ。首都圏という日本全国から移民が大量に流入してくる土地では、そもそもお江戸流というものがない。あるとすれば全国のありとあらゆるローカル要素を全部混ぜ合わせたハイブリッド、ミックスしたもの、つまり特徴がなくなるということになる。
誰からも絶賛されはしないが、誰からもまずいと言われない平均的な味こそ、お江戸で生き残る大事な要素だ。お江戸が発祥と言われる蕎麦でさえ、ルーツをしっかり調べると異なる地方のミックスカルチャーであり、まざりものの典型だ。
そもそも家康による江戸開基まで、江戸は東国の田舎町、ヒナなる場所でしかなく、開基以降の人口流入により、全国のあれこれが混じり合ってできたものだから威張ってみても仕方がない。江戸っ子といきがる人の大半は、そのご先祖を50年も遡ればどこかの田舎町の出身者であることが多い。かくいう自分も5代遡れば富山の水飲み百姓にあたる。4代前が北海道で一山当てようと故郷を逃げ出した、明治政府棄民政策に騙された者の子孫だし、先代、つまり父親は田舎町で農業をするのを嫌い大都市のサラリーマンになった。
なんと大都市住人のほとんどは、そうして生まれ故郷を脱出?逃亡?してきた者の成れの果て。その逃亡者たちの膨大な食習慣を丸っとまとめたものがお江戸の食文化だろうに。

きつねそばだけは、関西の駅そばの方がうまいと思う 例えば天王寺

品川駅で食べたのはいつものきつねそばだ。出汁の濃さも普通、あぶら揚げの味付けも甘すぎず辛すぎずに中庸で、ネギの量も控えめ、どことをっても中位というか普通というか。でも、電車に乗る間の朝飯にはこれくらいのライトさで良いのだよね。

ちなみに、品川駅山手線内回りホームにある立ち食いそばは、これとは正反対の嗜好品で「濃い味」「濃い色のつゆ」「油っぽいぼてっとしたかき揚げ」「茹で置きしたちょっと柔らかめの麺」という超個性的な蕎麦が楽しめる。
たまたまこの日は混み合っていたのでホーム蕎麦は諦めたが、ホーム蕎麦の方が昔ながらの立ち食い蕎麦だと感じるので、ご興味あれば一度お試しあれ。
かき揚げを乗せた品川丼(たしかそんな名前だった)は、朝飯で食べては行けないボリュームでおまけにハイカロリーだが、体調万全であればチャレンジする価値ありだ。

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高知の夜散歩

高知の街中を夕方から彷徨いてみる「夜散歩」が最近の趣味みたいなものだ。ここはビル一棟丸ごとお祭りな雰囲気のあるのが素敵だが、実はこの店には一度も入ったことはない。次回はここに行こうと目星をつけた一軒。

カウンターで鮨をつまむのも良いとは思うが、高知でわざわざ鮨を食べるのかという怪しい疑問も湧いてくる。まあ、どこであれば鮨を食べても良いというのか、という滅の疑問もあり。お江戸で鮨を食うのはあまりにも当たり前だし、大阪の鮨はこれまたちょっと違う食べ物のような気もする。
ご当地ネタにこだわりがあるわけでもないから、どこでもたべてもイカとサバと言えば、それまでだなあ。高知であればカツオの握り、ということでもないし。

そんなぶらぶら歩きの途中で古民家、町屋改造の店を見つけた。イタリアンらしい。これは洒落ているとよくよく見てみたら、なんと古いビルの外壁に古民家風の装飾、和テイストに仕立てたものらしい。随分と凝ったことをするものだと思う。確かに最近は大正モダンチックな店構えが増えている気もする。昭和レトロのもう少し前が、今の和テイストの基本みたいだ。
ただ個人的には、こういう店の中があまりにも暗くてメニューも読めないので苦手なのだが、それも加齢による眼力低下なので、若い形にはなんの問題もない。
スマホのライトでメニューを照らして読むというのはちょいと格好が悪いので、そろそろ懐中電灯を持ち歩いてみようかと思っている。おもいっきりレトロな「電灯」を選ぶことにしよう。

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マクドナルドのあるところ

この新型トマトソースはお気に入りなので定番にしてほしい

マクドナルドのチキンナゲットは率直に言ってとても美味しい食べ物とは言えない。ただし、よく食べる。好きな食べ物と言っても良い。その理由はナゲットソースにある。定番はBBQとマスタードだが、これは流石に定番だけあって味にブレがない。ナゲットによく合う。
あとは年に3-4回ある季節ものの味変ソースが楽しみなのだ。そして、楽しみではありながら、だいたいはいつでも、まあ、こんなものだよねえ。という程度の感想で落ち着く。
なんというか、ラーメン屋のラーメンとカップ麺の違いのようなものだろうか。リアルな鳥唐揚げと鳥唐揚げもどきがあり、もどきはソースを楽しむものになっているという感じだ。
不思議なもので、他のファストフードではチキンナゲットを注文することはない。
そのマクドナルドだが、昔は駅や交通ターミナルなど人が集まるところにはいちばんいいところに店を構えていたものだが、この10年くらいですっかり見かけなくなった。

千歳空港のロビーの広告から中国語が消えたのはすごい変化だ。

記憶にある限りだが、日本の空港でマクドナルドの店舗は存在してい流のは羽田空港だけではないか。関空にあったかどうか、思い出せない。それ以外の基幹空港、千歳や福岡では見かけない。
たとえば新幹線の駅を考えてみても、東京駅にはなかったような気がする。新大阪は地下鉄との連絡通路にあっただろうか。首都圏最大のターミナル駅である新宿駅付近にはもはやマクドナルドは存在しない。
何が言いたいのかというと、すでに繁華街の店は儲からないからどんどん閉めている。そのため、インバウンド客がマクドナルドを見つけられずに、日本的なファストフードに乗り込んでくるということだ。
マクドナルドが儲からないのだから、それ以外のバーガー系、フライドチキンなどは全滅状態だ。今、繁華街で生き残っているのは立ち食いそばに代表される高速回転型の日本的ファストフードくらいだろう。チェーン店ではない回転寿司も意外としぶとい。そういう生き残り店舗に外国人が押し寄せてくるのは全く困ったものだ。なぜ立ち食いそばで行列ができる、ということをぶつぶつ言いたいだけだ。
新宿系付近はすっかりマクドナルドの店舗が減ってしまい、なんと歌舞伎町の端にある店に日本語を介さない方達が集まってきている。まあ、この店も従業員の大半が日本人ではないので、それはそれなりの活気があるのだが。

自宅近くにある徒歩10分ほどのマクドナルドはまだ健在でありがたいが、実はここはここであれこれ変化が起きていて、平日の午前中など客の平均年齢は70代だろうという零子高齢化したみせになる。まあ、この方達が20歳前後の頃にマクドナルド一号店が開店したはずなので、我が青春のマクドナルドという感覚はお持ちなのだろう。

すみません、日本マクドナルドの社長さん、せめて千歳と福岡空港にはフードコートに出店してください。通常より百円くらい高くてもちゃんと量しますから。

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空港でラーメン

千歳空港は散々利用しているが、実は晴れの日がとても少ない気がする。だいたい、いつも曇っている。不思議なくらい曇りが多い。太平洋に近いせいだと聞いたことがある。それとは真っタック異なり、九州の空港はいつ行っても、どこの空港に行っても晴れていた記憶しかない。これはいったいなぜなのだろう。南北さの気候の差というより、自分の記憶に何か問題があるのかもしれない。

千歳空港ないにあるラーメン屋の集合施設も最近ではどの店も満席の大人気状態だが、その中でダントツに行列ができる店は「エビスープ」の店で、あとは日によって混雑具合が違っている感じだ。個人的な好みは横に置くと、やはり札幌味噌ラーメンの店が混み合っているようだ。その中の一つである、札幌市南部郊外に本店がある店に久しぶりに入って見た。
食べて見たら、どうやら味が進化したようで、記憶にある味とはちょっと違っている。まあ、ラーメンの味については調理人の違い、本店支店の違いなど当たり前に違っているものだ。概ねこれくらいの振れ幅の中で、というのが暗黙の了解というものだろう。そもそも店の味が同じだとしても、こちらの体調により感じ方も変わる。味の感覚は外気温の高い低いにも大きな影響を受ける。
だからそこに文句を言う気はない。せいぜい、今日はあたりだなとか、今日はちょっと外れたなと思うくらいだ。

ただ、値段を見てまじまじと考え込んでしまった。1000円を超えたものしかメニューに見当たらない。もちろん、この1割は消費税だから、いわゆる本体価格はもっと安い、はずだがそれでも本体価格も千円超えれいるのだなあ。円ドルのレートが百円台だった頃、アメリカでラーメンが10ドルくらいだった。なんだかそのレートに近い。アメリカのラーメンはぼったくりだなと思ってものだが、今では日本で食べてもぼったくり感が出てしまう。

インフレの実感というのはこの辺りで生まれるものなのだな。そう言えば、スーパーに行ってメロンパンを買おうとしたら100円を超えていた時のショックもこれに似ている。キリの良い価格設定などもはや平成時代の遺物でしかないらしい。りんごやバナナ人ふさが百円ポッキリだったのはつい何年前もことだったか。今ではりんごが1個200円近い。ラーメン千五百円時代も目の前かと思うと、思わず頭がくらくらしてしまいます。

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ホテルのフードホール

濃厚スープにチャーシュー二種類というのは現在のスタンダードであるらしい

実家近くの駅前にできたホテルにはフードホールが設営されていた。フードコートとフードホールの違いはなんだと言われるとちょいと説明に困る。外食企業に働いている人間でも薄ぼんやりとした説明しかできないだろう、それくらい曖昧な言葉の違いなのだ。
個人的な定義として、フードホールと名乗る場合、全国的なチェーン店は出店していない。またメニューが全般的に高めのかかくでていきょうされる。ランチであっても千円を超える。
フードコートは誰もが知っている全国チェーンが大半を占める。価格帯も五百円程度の経済的でこなれた値段のものが中心となる。ハンバーガーとフライドチキン、ラーメンとセルフうどんが入っている、という感じだろう。平たく言えば、金持ちと貧乏人の違いになるのかもしれない。
だから、この駅前のホテル二階にあるものはフードホールと名乗って良い。ラーメン屋が2軒も入っているが、その他にインドカレー屋、スタンド居酒屋が3軒といった夜対応型のラインナップになっている。
自前の食堂は持たないが、宿泊客向けに作った比較的高価格帯でバラエティーを持たせた飲食施設ということらしい。このホテルのメイン客がインバウンド客であることを考えると、入居業種のラインナップも納得がいく。メインダイニング・メインバーを持たない軽装備ホテルだが、それをフードホールで補うという図式だ。

そのラーメン屋の一軒に入ってメニューを見たらびっくりしてしまった。1000円越えのラーメンが並んでいる。驚きました、たっぷりと。ただ、冷静に考えると消費税込みの値段を書けば、どこのラーメン屋でも普通に1000円は超えてしまう。だからこの店が特に高価だというわけもないし、価格帯に無理はない。
ただ、論理的には納得できたとしても、生理的にはどうにもむずむずしてしまう。いや、ホテルのフードホールだから、普通の店より高くても仕方ないだろう。でもみしラーメンが1000円超えてるとは……………

完食してみれば美味いラーメンだった。最先端の流行をいくラーメンだと言って良い。味や値段に文句をつけるつもりはない。ただ、値段を聞いて(見て)びっくりしただけだ。それでも、地元住民がリピートするにはちょっとなあという感じもする。ホテルに泊まる客であれば問題ないだろう。
ニセコの街で鮨がとんでもない値段になっているのをニュースで聞いて鼻で笑っていたが、なんと自分の身の回りでも似たようなことになっているとは。
グローバル化という言葉が意味することが、自分ごととして身に染みてよくわかる今日この頃であります。

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グローバルアイドルとジェンダー

千歳空港のフードコートは滑走路が見える大広間にある。そこに飛行機を見に行ったら、なんと猫型二足歩行ロボットがいた。このロボットのAIは50年以上前から現代の最先端AIより優秀なのだが、この風貌のせいで高い評価を得られていないような気がする。差別だとロボット社会からは非難されても仕方がない。この猫型二足歩行ロボットが大量に生産されれば、子供社会のさまざまな問題は一気に解決しそうだし、その子供たちが成長した社会は今よりずっとマシな世界になるような気がする。人類改良計画の一環として、ぜひ国家維新をかけて開発してもらいたいものだ。まあ、それでものび太は大人になってものび太だったけどなあ。

どうやら、そのその猫型二足歩行ロボットのテーマパークらしきものが国際線ターミナル付近にあるらしいので、のこのこと見物に行ってみた。子供が小さい時にこんな施設があれば楽しかっただろうなあ、などと思いながら。

入場料を払えば中に入れるのだが、流石におっさん一人で入るのには躊躇いがある。入り口付近を見て回っておしまいにした。時間が早すぎるせいか、あたりには子供の声も聞こえない。

ただ、現在のインバウンド観光客箱連れが多い。自分の常識的な判断では、まだ飛行機に乗せて旅行するには幼すぎるのではないかと言いたいおちびさんも連れているものがとても多い。
当然、空港での時間まちなど退屈して走り回る子供がいても不思議ではないし、日本が保安上は比較的安全んな国だとしても、インバウンドの金持ち目当てで子供を攫う不届きものがいるやも知れぬ。と、思う外国人観光客の親は多いだろう。
だから、隔離された子供の遊戯施設は需要があると考えた誰かが、この猫型二足歩行ロボットランドを作ったのだな。それは理解できる。そしてこのキャラクターが選ばれたのは、外国人、つまり異文化で育つ子供たちにも受け入れられる(もちろん、親も承諾できる)普遍的な、グローバルな価値観や道徳感に裏付けされた物語なのだと思う。
のびたのようないじめられっ子はどこの世界にでもいるだろうし、そもそも大多数雨の子供がのび太のような怠け者なのだ。だから、いつでも怠け者をなんだかんだ言って救ってくれる猫型二足歩行ロボットは子供の世界で「最大級」の敬意と信頼を得る。
スーパーマン的な勧善懲悪を果たす正義の味方より、もっとずっと頼りになる友達だからだ。おまけに、この猫型二足歩行ロボットには男女による好みの差はない。そもそもロボットは中性的でジェンダーレスなのだ。たまに超男性的、マニッシュ(これも差別語だったか)な性格のロボットが出現しても、それはいつでも悪役でしかない。アトムから始まる二足歩行ロボットの大半は中性的であるが、そこにはジェンダーレスな正義を望む子供達。大人たちの願望が含まれていると言えば言い過ぎか。
まあ、男の子にも女の子にも、人として生きている子供たちには人気があるからこそえらばれた、おまけに親世代にも支持されるグローバルなアイドルだろう。

その猫型二足歩行型ロボットの施設の向かい側に、これまた不思議なグローバルキャラ、座った猫の施設がある。猫被りな施設は、犬よりもめこキャラが普遍的人気を持つせいなのか。ただ、こちらは少しジェンダー的な偏りを感じる。おまけに、子供向けに作ったフリをしながら特殊な嗜好を持った大人のための施設の香りがする。
世界的なシンガーも大好きなどと言っているグローバルキャラクターだが、猫型二足歩行ロボットとは違う世界設定のようだ。

そして、この猫キャラをあしらった二つの施設の上階には、巨大二足歩行型戦闘兵器の世界が待ち構えているし、その隣には二次元ヒロインの先立であるボーカロイド北海道バージョンの施設もある。
千歳空港国際線ターミナルは、グローバルな嗜好に合わせた世界平和を目指すキャラたちで溢れていた。まさに、これが日本が果たすべき世界平和への努力ではないのだろうか。愛は地球を救うなどという昭和なキャッチフレーズはもう捨てて、キャラが世界を調和に導くというメッセージを日本国政府は真剣に検討すべきだろうなあ。
そのためであれば、制作各社も著作権だのうるさいことは言わないはずだ。マリオに化けた総理大臣を馬鹿にした連中はもう一度世界のあり方を考え直すべきだ。少なくとも現総理大臣はマリオ顔ではなくクッパ顔だとは思うが、それでもハルクのように顔ではなく心意気で世界をすくうヒーローもいることだし。顔の悪辣さでは米高大統領も良い勝負だ。恥じることはない(笑)。

グローバルでジェンダーレスなアイドルは世界を救うのだなあ、というのが千歳空港での結論であります。

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ジンギスカン定食 ですか?

札幌市役所18階のレストラン、というか食堂が最近のお気に入りんだ。そこで、ちょっと気にあるメニューがあり悩みに悩んだ末、酢豚定食は諦めてこちらを注文した。ジンギスカン定食という。
写真右上がそのジンギスカン定食の「ジンギスカン」だが、出てきた瞬間に猛烈な違和感を感じた。脳内にあるジンギスカンのイメージと乖離がありすぎる。そもそも肉より野菜が多いではないかと……………
ご飯は丼飯でも仕方がない。味噌汁とサラダがついているのは定食として十分なサービスだ。なぜかサイドアイテムがひじきの煮物であり、確かこの店は中華系のメニューが主力のはずだから、中華風の味付けのひじきかと思ったらごくごく普通のひじきの煮物だった。あれまあ、という感じもする。
そして、ジンギスカンの皿に手を伸ばしてみるが、食べてもてべても野菜炒めとしか思えない。たまに肉の切れ端が入っていてそれを食べると羊肉だとわかる。うーむ、自分の頭の中にあるジンギスカンとは仏自肉の焼き肉であ理、それに付け合わせてもやしなどの野菜があるという感じなのだが。
これではまるで肉入り野菜炒めではないか。などとぶつぶつ言いながら完食した。正確にいえばご飯は1/3食べ残してしまったが。

食後店頭にあるメニュー写真を見直してみた。確かに野菜は多めだが、やはり主役は肉だよなあ。なんとなく納得のいかないものを感じる。ただ、ひょっとすると、今回の調理師がたまたま肉を少なめに作ってしまった可能性もあるか…………… あるいは、原材料の値上げに耐えきれず多少見た目とは違うものに方針変更した可能性もあるのかも。
この店では各種定食がそれなりにリーズナブルな設定であり、ジンギスカン定食も高いという感じはしない。でもね、もう少し肉は増やしてほしいなあ。せめて写真と同じくらいに。
ちなみに、これまた札幌における飲食店の特徴なのだが、ラーメンの値段が高い。普通の醤油ラーメンがこの定食値段とほぼ同じとではラーメンを注文する気になるないだろう。

というわけで、次回は冒険パート2として定食ではなくラーメンを頼んでみようと思うのだが、それはかなり無謀な試みかもしれないと自覚はしている。