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街を歩く

美鈴コーヒーと可否茶館

美鈴コーヒーとは長い付き合いだ。本店は函館にあるようだが、札幌でも長い歴史がある。40年以上も同じ場所で営業しているのだから立派なものだ。
かれこれ昭和50年代の昔、喫茶店文化というものが健在だった頃、あちこちにあった個性的な店はおおかた無くなってしまった。オーナーの代替わりに耐えられないということがいちばんの大きな原因だが、セルフサービスコーヒーがあまり目だたない札幌でも、喫茶店は退潮にあった。
いわゆる大箱の喫茶店も順番に消えていったような感がある。出会いの〇〇○、別れの△△△などとい肩書きを持った喫茶店もあったくらいだったが、いまは昔の話。

苦味と酸味の強いスタンダード

そんな喫茶店退潮の流れの中で、頑固に喫茶店文化を守っているチェーンが二つある。一つが、この美鈴コーヒーで、ススキの近くの地下街にある店は、多分地下街開業以来ずっとある。札幌駅地下の店は、地下鉄開業以来ずっとあるのではないか。つまり札幌オリンピックの頃からあるということだ。
コーヒーは、特に個性的な味ではない。だからこそ長続きしたのだろう。メニューも、コーヒー以外のソフトドリンクの他に、いわゆる軽食メニュが多い。ちょっとした待ち合わせにも使うし、昼食にも使えるというのが喫茶店だと思うが、その王道を行くような店で、学生からサラリーマン、最近では高齢者の友人同士といった集団まで客層は幅広い。

カウンターは喫煙席、テーブル席も喫煙席

店内は薄暗く、おまけにこのご時世に全席喫煙可能というかなりアナクロな店だ。テーブルの上にある灰皿は、もはや死んでしまった文化のような気がするが。それだから、モーニングの時間帯は女性の一人客が多い。札幌市内で喫煙可能な場所が激減しているのは確かで、屋外でも喫煙スペースを探すのが難しい。喫煙者にとっては、オアシスのような場所なのだろう。
だから、日中に客が多い時間は使いにくい。店内は燻煙状態だから、朝早く、まだ誰もいない時間にささっとコーヒーを飲むことにしている。昔は、タバコの煙とコーヒーの香りが当たり前だったのに・・・などと思うのは、歳を取った証拠だ。

ちょっと酸味があるスタンダード

もう一つの古手は、可否茶館。この店は市内のあちこちに増殖している。直焙煎のコーヒーを販売しているので、スーパーなどでも見かける。どの店も小ぶりなのでいつも混雑しているが、ちょっと混み合う時間を外せばそれなりに寛げる。昔はコーヒーの値段が高いと思っていたが、最近のスタバの〇〇スペシャルラッテの値段を考えれば、大した高さではないと思うようになった。本格派のコーヒーというイメージがあったので、高い値段も仕方がないと諦めていたが、今は普通の値段だと感じるようになった。

喫茶店が減ってしまったこともあり、比較対照する店舗がないということか。セルフサービスの安いコーヒーは、時間潰しの場所代を払っているという感覚があるが、喫茶店のコーヒーは。コーヒーそのものを味わいに来ているので、逆に納得しやすくなったということでもあるのだろう。

札幌の喫茶店話は、またいつか別稿で続きを。

旅をする

黒部ダム礼讃 その2

ダムカレーという楽しみ

黒部ダムレストハウス二階のレストランは、おしゃれ感が全くない。高速道路のSAにあるセルフサービスの飲食コーナーが一番似ている。自動販売機で食券を買い、並んで商品を受け取る。ただ、色々と珍しいメニューがあるので、それなりになかなか楽しい。

意味不明の唐揚げ ダム湖に島はないはずだが・・

最近ダムの周辺で提供され始めた「ダムカレー」。ライスを堤体(ダムの壁というか堤防というか本体)にみたてて、カレーはダム湖の水、そしてカレーの反対側に下流にある木などの自然物をトッピングとしてあしらうのがお約束。カレーは地元の食材を使ったりして特色を出すことが多い。そして、黒部ダムのダムカレーだが・・・・ちょっと雰囲気が違う。ダムカレーとして初見のグリーンカレーが「黒部ダムカレー」だった。黒部のダム湖の水は緑か?と突っ込みたくなるが、一大観光地の黒部ダムの意地というものか。ご飯の微妙な形のアーチは、黒部ダムの直線部とアーチ部の組み合わせを模しているようだ。

なぜここにというメニューも多い  ラーメンもあります

面白いのが、このグリーンカレーの黒部ダムカレーにナンがついたものがあり、ナン付きダムカレー(ライスなし=堤体なし)は、ビックリアイデアというか、これはもうダムカレーではないでしょうと言いたいくらいだ。思わず笑ったが、これはぜひレストランの料理長に再考を求めたいものだ。

トンネルは暗い、ただ暗い

レストハウス脇からバス乗り場に向けてのトンネルがある。暗くて、水が滴り落ちていて、そして寒い。トンネルを2−3分ほど歩くとバス乗り場というのだが。

くらい、寒い、水が・・・

階段を登ったところがバス乗り場で、一気に明るい、暖かい場所に戻る。ほっとする。バス乗り場の前には記念品、お土産売り場もあって、文明のもとに帰ってきた感がある。電波も通じるのでスマホも使える。やれやれ文明はありがたい。

それなりに段数はある、バスに乗るのもたいへん

バスは30分から1時間おきなのだが、この日は混雑していたこともあり臨時便が出た。来た道を折り返し扇沢まで戻ると、有料駐車場は満車になっていた。ざっと100台くらいが止まっている。その下に無料駐車場が50台くらいあったから、確かにダムの上は混雑していたのに納得する。臨時バスが出たはずだ。

バスを降りたところにある駅標

扇沢の駅?はバスの発着場としては随分立派で、これはこれで何というか黒部ダムらしいというか、こんな山の中にこれまた大きなものを建てたのだななどと感心しながら、都会に戻ることにした。大町駅までは専用バスがあるので、車がなくても黒部ダムに行くことはできる。紅葉の頃に行けば、また違う景色が見られるのだろう。

扇沢駅?

ダムを見に行くのも、それなりに大変なのだよね

旅をする

黒部ダム礼讃 その1

黒部ダムは、日本で一番有名なダムではないかと思う。そもそも一般人がダムの名前を覚えていることなど、滅多にないというものだ。
黒部ダムは長野県と富山県の県境にあるので、富山からダムまでのルートと、長野からのルートの二通りがある。ただ、車での移動はできないので、どちらから行くにしても交通機関への乗り換えが必要だ。

バスの到着駅?

長野県からのルートは大町市の扇沢から電気バスに乗り、長いトンネルを走る。ダム建設時に資材搬入に使われたトンネルで、関西電力専用。バスが電動と言うのは電気会社運営だから当然だろうが、以前は屋根にパンタグラフを乗せたトロリーバスだった。とりあえず一階の切符売り場でバスの切符を買い、二階からバス乗り場に向かうのだが、駅というよりバスターミナル。土産物や食堂がある。バスの乗客には、軽装の観光客もいれば重装備の山歩き風のグループもいる。おそらく、富山側にハイキングでおりていくのだろう。

記念撮影用のバスのヘッド部分

「黒部の太陽」は、今は亡き石原裕次郎主演の、ダム建設物語映画だが、これをリアルで見た人はほとんどいなくなってしまっただろう。だから、この言葉の意味や話をわかる人がどれくらいいるかだが(多分70代以上限定)、最近ではブラタモリで破砕帯の説明がされていたから、そちらの方が記憶にある人が多いような気がする。

この映画のことは誰も知らない?

長いトンネルを抜けて、そこから100段近い階段を上り切ると黒部ダムが見えてくる。ダムの天辺を端から端で歩くと5分以上かかる。そのダムの突き当たりが富山県側に行く交通機関の乗り場になる。つまり、長野から富山に行くには、必ずこのダムの上を歩くことになる。ダム湖を眺め、放水される滝のような水を見ると、実に巨大なものを人が作ったという感慨に浸ってしまう。昔の人が巨大なものには神様が宿ると信仰対象にしていたことに思いを寄せると、この黒部ダムにも神様がいておかしくないかと言う規模だ。「ダムの神様」、東宝怪獣映画に出てきそうだな。

放水中のダム

ムのてっぺんを天端(てんば)というそうだが、そこを富山県方向に歩き振り返ると、これまたすごい光景が見える。この山の下をトンネルが通っているが、山の中腹に見えるあたりにも構造物がある。当時は一体どれだけの工事をしていたのだろう。
山の下にある建物がレストハウス。お土産屋や軽食売店、レストランなどがある。レストランは二階にあるので、ダムを見ながらの食事が可能だ。

レストランは大混雑だった

天端から放水を見下ろすと、虹がかかっていた。そして、その遥か下に地面が見える。確かに、これが人間が作ったものなのは理解しているが、なんだか那智の滝を見たときのような厳かな気持ちになったのは、巨大さの持つ力というものだろう。

虹が見えた

〈続く〉

食べ物レポート

美味しいビアホール 恵比寿で遊ぶ

恵比寿の町にはとても長い間通っていた。今のようにすっかりおしゃれになる前の恵比寿は、山手の下町などと言われてそれなりに不便な町だった。
駅ビルができるまでは、まともな本屋もなかった。マクドナルドと吉野家もなかった東京の僻地。それが今では住みたい町ランキングで上位になるとは。

ヨナヨナビールでダッッチオーブンご飯

そんな恵比寿でもおしゃれ系の店は意外と少ない。イタリアンの小ぶりな店は多いので、そこは評価したいが、もう少し賑やかに呑みたいとなるとガーデンプレイスのサッポロビール直営ビアホールくらいしかない。そのサッポロビールの本拠地に乗り込んできたのが、ヨナヨナエールの公式店で、ここはそれはおしゃれなお店だった。

ヨナヨナエールは地ビールのハシリで、たまには旅先で飲むくらいだったが、今や世の中すっかりクラフトビールブームで、「生」「ドラフト」が飲めるとはありがたい時代になったものだ。そして、ヨナヨナエールを飲みながらいただくのが、ダッチオーブンで炊き上げたご飯。ダッチオーブンといっても鋳物の鉄鍋に変わりはないので、単純にいえば鉄鍋ご飯だが、これは土鍋とは違ったうまさだ。気分的にはパエリアと炊き込みご飯の中間くらい。米の飯が料理に変わり、ビールによく会うのは驚きだったが、鮨食いながら日本酒飲むのと同じことだ。しみじみ旨いと思う。世の中、ノンカーボと言われる中、炭水化物でアルコールというのは、全く逆風だが、美味いものはうまいな。

恵比寿アトレ のライオンで クリーミートップ

恵比寿はサッポロビールというかエビスビール発祥の地。そもそも恵比寿という地名はエビスビール工場があるから着いた名前で、地名がビールの名前になったわけではない。その恵比寿の地にあるアトレ(駅ビル)レストラン街に銀座ライオンがある。この店、ビールもうまいがランチもうまい。サラリーマンの昼食ラッシュが終わったあたりを見計らい、ランチしながらビールを飲む。これは小さな悪徳だが、それはそれは楽しい。
昼時にちびちびやるには黒ビール、スタウトがよろしい。

ランチセットで付いてくるサラダがちょうど良い

ランチセットを頼むと、サラダがついてくるが、この程度の野菜をビールのあてにするのは正しいと思う。昼下がりのビールで、罪悪感を感じながらのビール、まさに背徳の極みだ。

ビフカツビール

そして一杯だけでやめておこうと思ったビールだが、ついおかわりをしてしまうのは、この日のランチがビーフカツだったせい。あっさり目のデミグラ風ソースがかかったアツアツのビフカツをハフハフ言いながら口に入れ、冷たいエビスビールで流し込む。まさに恵比寿の昼はこうしてプチ・ゴージャスに過ごすのがよろしいかと。

新宿や渋谷などの超繁華街では味わえない静かな昼下がり。ありがたいことだね。

食べ物レポート

仙台で魚 好きなものを独り占めの快感

仙台は後背地に気仙沼、石巻などの漁港を抱えているので、魚を食べるには良い町だ。北と南の魚が両方集まる三陸沖で獲れる魚種は多い。マグロやアジなどの南方系の魚と鮭やサンマなどの北方系の魚が同時に出回っている。仙台朝市で魚屋を見て回ると、それがよくわかる。

1 マグロがうまい

仙台はマグロがうまい。というと不思議な気もするが、どこの居酒屋に行っても本マグロが売り物になっていて、値段は東京の半額以下であることが多い。カツオも概ね東京よりはうまい。南から泳いできたカツオが高知沖、静岡沖、千葉沖とだんだん大きく成長してきて三陸沖でUターンするのだから、仙台の初鰹は脂の乗ったモチっとした味がする。ただし、店によって当たり外れが大きいので、無難に頼みたければマグロの方が良いと思う。

マグロもカツオも甲乙付け難い

2 白身魚もうまい

白身の魚を一匹捌いてもらう。脂の乗ったうまい魚だが、煮付けにするよりは刺身が良いだろう。これを一人で一気に食べる。1000円程度でこれが注文できるのだから、やはり仙台は魚好きには天国みたいな町だ。肝を醤油で溶いて食べると、また別物になる。個人的な意見だが、タイやヒラメよりこちらがうまいと思う。

目があうとちょっとかわ3いそうに・・

3 頭もうまい

日によって変わるカブト煮もうまい。ただ、皿が出てきてギョッとする。このような絵面は初めてだ。かこれだけの魚を独り占めして、しめてみれば2000円とちょっと。仙台は魚好きには本当に良い町だ。ぶとの開き?と言えば良いのか。そもそも頭の両面が兜煮で出てくることはあまりないのではないかと、記憶を辿るが思い当たらない。それでも一度箸をつければ、止まらなくなる。濃いめの甘辛い醤油で味付けされた煮魚で、特に脳天のあたりの肉は旨味たっぷりだ。頰肉も旨いが、やはり脳天が一番よさそうだ。骨だけ残しきれいに完食。

かぶとは骨の髄まで食べよう

これだけの魚を独り占めして、しめてみれば2000円とちょっと。
仙台は魚好きには本当に良い町だ。

書評・映像評

日本史の学び直しとして 「日本史」講義

学校で習う歴史は面白くない、特に日本史が苦手だった。それが最近は日本史が面白い。

表紙 by Amazon

https://www.amazon.co.jp/dp/4163910352/ref=cm_sw_em_r_mt_dp_U_tTkZDbS3DAPX6

「出口歴史本」はいつ読んでも面白い。特にこのゼロから学ぶシリーズは、地口が関西弁であり、その軽妙な表現がユーモアあふれているため、実に読みやすい印象がある。しかし、実際にはかなり骨太の歴史解説書なのだ。

最近は歴史の見直しが急速に進んでいるようで、昔々に歴史の授業で習ったことは、相当に修正され今では間違った知識になっているようだ。例えば、鎌倉幕府の開府は1192年(いい国作ろう鎌倉幕府と暗記したものだった)が、実際の東国武士の支配が始まったのはもっと前であり、1185年あたりからが実効支配開始ではないかと言うことらしい。文章に残った歴史資料の再点検と言うことで、歴史の解釈が異なると言うのも面白いことだ。

また、鎌倉幕府は全国を統治していた訳ではなく、基本的に東日本に住む「平氏」を中心とした地方政権であったとか、武家政治が始まっていても、公家と寺社などの旧勢力はそれなりの領土(荘園)を持ち、武家政治に反発しながら存在したとか。こんなこと歴史の授業では習わなかったぞと言うことがゾロゾロ出てくる。

確かに歴史は勝者が作るものであるから、どんなに平清盛が良い政治をしていたとしても、鎌倉幕府の公式見解は平氏悪者であり、源氏は善玉になる。そもそも源氏の直系政権は3代しか続いていいないし、鎌倉幕府自体が東国地方政権で、領土の揉め事調停権(裁判権)と警察権(司法)を持っていただけと聞けば、鎌倉幕府が全国統治していたとは思えない。まして、元寇が引き金になり鎌倉幕府は倒れるが、その原因も全国の武士を戦時動員したのに、恩賞(給料)が払えないための反乱などと言う、身もふたもない話なのだ。どこかの小国のクーデターみたいな話だ。

勝者が自分の過去を飾りたて美談にするのは、歴史の常でありそれを非難しても仕方がない。室町幕府は統制が弱かったように記憶していたが、意外とパワーゲームには強かったようで、鎌倉幕府ができなかった全国統治(武士のみ)は達成したらしい。
そもそも鎌倉幕府の制度設計は平清盛が志向したグランドデザインの踏襲だったと言うことであれば、鎌倉、室町と続く源氏政権(東国武士政権)は、あまり能力があったわけでもなさそうだ。こんな話は学校では習っていないな。

こんなことを学校で教えてくれていれば、もっと日本史好きだったろうに。

食べ物レポート

B級でもうまいもの?

B級グルメ 行脚はしんどい・・・

よく言われるB級グルメとはどのようなものか。個人的見解として述べると以下の三つの条件があるのではと。
●店が大きくない、立派でない、きれいではない
●材料が、特上のものではない
●調理法や味付けがいささか変わっている。
逆にA級と言われるレストランはこの反対で、店がきれいで大きくて立派、材料は吟味された高級食材、伝統を重んじた優れた料理法。
B級とはA級の裏返し、あるいは条件のスペックダウンと思えばいいのだ。

この点でいえば、ファミリーレストランのメニューはB級とは言えない。条件1「店が大きい」に抵触する。しかし、本来美味しいものが不味くなるという不思議な現象が起きると、ファミレスメニューであっても条件3 「味付けがいささか変わっている」に該当するようになる。(嫌味ですよ、もちろん)

ただし、これはB級であってもグルメとは言えないかもしれない。まずいの一言で切り捨てるのもかわいそうだなあということでのB級認定だ。

これははずれという場合もある ファミレスでは多い

今年の夏は暑かったせいか、あちこちで酸辣湯麺が夏メニューとして取り上げられていたが、どこの商品も出来が悪く、酸っぱくもなければ辛くもなく、おまけにスープの味が薄いという三拍子揃った怪作ばかりだった。その中では、辛だけはなんとかクリアしていたのがジョナサンの酸辣湯麺。ドバッとラー油をケチらずに入れただけのことだが。見た目は辛そう、そしてスープはそこそこ辛かった。麺はくっついて団子状、スープは味が薄い。それでもラーメン専門店の幸楽苑のものよりはマシだったのでB級認定。幸楽苑はランク外だ。というか、幸楽苑のそれは、金返せレベルだったので、比較しても意味がないかもしれない。そもそもファミリーレストランのメニューで、鍋をあおってスープをいじくり回さなければならない中華系麺はオペレーション的に無理ではないのか?

ジョナサン 酸辣湯麺

町の洋食屋はあたりが多い だから生き残っている

これは所沢にある洋食屋「キッチンサン」のランチセット、ハンバーグに豚天ぷらがついてお得な600円(だったと思う。他の料理は単品で頼めるが、この豚天ぷらだけはセットにしかつかないみたいだ。まさに豚肉薄切りの天ぷらなのだが、それにかかっているソース(トマト味)が微妙に豚肉にあっている。この店の一押しは豚天ぷら。残念ながらナポリタンはお勧めできないが、オムライスはまずま

キッチンサン ハンバーグと豚てん

立ち食い蕎麦は、一点豪華主義で攻める

仙台の立ち食い蕎麦チェーン店である蕎麦の神田で、冷やしそば・イカ天のせが好みだ。ここの蕎麦は立ち食いそばでは珍しく十割蕎麦で、蕎麦はうまいが、つゆがちょっと弱い。というか、東北の蕎麦屋は全体的につゆが甘めで大人しい。お江戸のそばとは違うのだが、これは東北ローカルのお約束なのだろう。ちなみに北海道の蕎麦屋は、昆布だし強めのお江戸風辛口つゆが多い。そばの地域さというのは意外とあるのだね。

立ち食い蕎麦ではかき揚げが名物ということが多いが、ここではかき揚げよりイカ天がおすすめだ。天ぷらの衣がつゆを吸って柔らかくふやけていくのを食べるのが良い。そばを茹で置きしないので、麺はスッキリしている。東京にはない、仙台の立ち食い蕎麦の良さだ。

神田そば イカげそ天

日本全国あちこちで、色々とローカルメニュー試してみるが、結構ハズレを引くことが多い。外食はいつもギャンブルなのだね。

食べ物レポート

米沢で蕎麦を食らう

ホームで駅弁売店は、もはや文化遺産

米沢の駅前で新幹線を降りると目の前が駅弁の売店だった。山形方面に向かうホームなので、山形や新庄に行く人が米沢で駅弁買うかなと思ったが、それは勘違いだった。米沢駅1番線ホームは、新幹線が上下線とも止まるので、東京行き上りの乗り込みもある。ということで2軒並んでいる弁当屋の競合体制も納得できる。奥の売店は、駅弁市場では超がつくほど有名な「牛肉どまんなか」を販売中。

駅を出てコンコースを歩くといきなり登場した前田慶次殿、なぜ米沢でと再び疑問符が三つくらい出てきた。どうやら前田慶次はこの地に最後は居ついていたらしい。戦国バサラの勇姿が最後は米沢まで来ていたとは。

さて、山形のそばといえば、板そばと冷たい肉そばになる。蕎麦の名産地だから、どちらもうまい山形名物と言えるだろう。「冷たい肉そば」は、山形県北部河北町あたりが発祥・本場で、山形県南部の米沢では見当たらないと思っていたが、しっかりと田んぼの真ん中の一軒家そばで登場してきた。さすが、そば王国山形。

実は、そばではなく「龍上海」の辛味噌の乗ったラーメンを食べようと車を走らせていて、途中で見かけた蕎麦屋にフラフラ入ってしまったというのが本当のところだった。しかし、旅の途中の直感はたまには良い仕事をしてくれる。昼時を過ぎていたが、店内はほぼ満席だった。

メニューの写真を撮る気になったのは、見ての通りのシンプルさだからだ。肉そばと肉中華とは、スープが鳥の出汁の強い透明感のある山形独特のものをつかい、麺が中華麺か日本蕎麦かの違い。あとはスープが冷たいか暖かいかは選択できる。冷たい肉そばか温かい肉そばかということだ。普通のざるそばもあるが、周りを見てもみんな食べているのは丼に入った蕎麦のようで、圧倒的な肉そば推しだった。

山形のそばは太めでもちっと歯応えがある。もう一つの山形名物「板そば」なども、スルッとすするのではなく、もぐもぐ噛み締める蕎麦だ。肉蕎麦も同様で、濃い出汁の効いたスープが絡んだ硬めの麺を噛み飲み込む。トッピングで乗っているのが親鳥の肉で、これも日頃食べ慣れたブロイラーの柔らかさとは違う。ガッチリ噛み締めて、歯応えと肉の味を確かめるように食べる。麺を大盛りにする客が多い、というかデフォルトは大盛りなのだそうだ。しかし、ここでは鳥中華のために胃袋のスペース確保をしなければならない。

鳥そばは冷たいのを注文したが、鳥中華は暖かいものにした。スープはちょっと違うような気がしたが、麺の違いが味の差としては大きい。鳥トッピングは同じようなものだが、なんと言っても蕎麦と小麦の差がはっきりわかる。山形県のラーメン消費が多いという原因は、この蕎麦屋で食べる中華そばのせいなのだろう。ただ、ラーメンはローカルルールの塊なのでなんとも言えないが、この鳥中華はラーメンとは似て非なる食べ物ではないか。あえて強弁するとすれば、豚骨ラーメンとちゃんぽんのような違いというか、限りなくラーメンに近い何か違うものという感じだ。蕎麦つゆにラーメンの麺を入れて食べる地域もあるのだから、この鳥中華くらいはラーメンの振れ幅のうちという考え方もあるが。ただし、これはこれで好みの食べ物で、また食べてみたいとは思う。

山形の麺文化は奥が深いなあ。

旅をする

岐阜城 天下布武の始まりで思う

岐阜城に行ったのは初めてだった。そもそも岐阜市に行ったことがあるのは仕事の関係で一度だけ。それも県庁の会議室に1時間いただけなので、岐阜の街自体を見たこともないというのが正しい。
自分で車を運転して岐阜市内にたどり着くと、確かに岐阜城の周りに町がへばりついたような格好で、現代都市としては使い勝手が悪いだろうと思った。岐阜城の下にトンネルが抜け道として作られている理由がよくわかる。お殿様から見れば城の周りが一望なので都合が良かったとは思うが、下々のものにとっては、ちょっとした用事があってもぐるっと山の麓を回らなければならなかったのだから、当時からなかなか大変だっただろう。

さて、岐阜城は金華山の頂上に立つ典型的な山城で、ここまで毎日通っていただろう下層武士官僚、およびその手下たちはかなり足腰が強くなったはずだ。今ではロープウェイがあるので、10分もかからずに楽チンに頂上近くまで行けるのがありがたい。

そのロープウェイも、登る途中で見下ろせば、こんな急峻な岸壁を歩いて登れるはずがないと思う。それでも途中に三重塔があるのが不思議だ。

ローウウェイの頂上駅から歩くこと5分ほどで岐阜城の天守閣が見えてくる。計算されたような門塀の向こうにお城が見える。ところがここからがまた結構厳しい登り下りがあり、お城にたどり着く頃には足がガクガクになる。日頃の運動不足のせいにしてはいけないのだが、戦国時代の人々は本当に足腰が達者だったのだろう。 

そして、その上り下りの続く坂道の辿り着く先に浮かび上がるのがこの光景だ。確かにこれは恐れ多くも・・・という気分になる。たまたま晴れた日だったこともあり、威容というか荘厳というか、青空を背景に浮かび上がる城の姿は、支配者のシンボルという感じがする。
ここで信長と帰蝶が暮らしていたのか、天下布武の構想をここで練っていたのかと。今歩いている道も彼らは歩いたのだろうか。などとちょっと感慨深くなる。

お城の右側の方には、登山道路があるようで、たくさんのハイキング客がお城の周りで休憩していた。高さや道路の取り付け具合を含め、山登り初心者や日帰りハイキングには向いているのだろう。帰りにロープウェイを使うという抜け道もあるし。同じ道を竹中半兵衛が城攻めで登っていたかもしれないというのが、ゾクゾクする。歴史的な一体感と言えば良いのだろうか、戦国時代の城を訪れると感じることだ。
確か織田信長は出世(領土拡張)するたびに城を変えている。振り出しは那古野城、次に清洲城、小牧山城、岐阜城、安土城だったと思うが、その大半がう甘じろだ。高いところが好きだったのだろう。

ただ、お城の下から見上げると意外と小さいのだよね。

岐阜城はこちら

お城巡りは歴史小説とセットでどうぞ おすすめは司馬遼太郎「国盗り物語」

書評・映像評

名優高倉健と降旗監督

勝手に命名した降旗監督の「健さんと女優三部作」
81年 駅Station
83年 居酒屋兆治
85年 夜叉
この後10年以上間を開けた後期三部作もあるが、やはりこの頃が健さんの一番脂の乗った時期だったような気がする。

https://www.amazon.co.jp/駅-STATION【Blu-ray】-高倉健/dp/B00897BNPW/ref=sr_1_24?__mk_ja_JP=カタカナ&keywords=降旗&qid=1573024943&sr=8-24

一年おきに公開された3作だが、その当時の美人女優と健さんの絡みで淡々と語られる男と女の話。
その最初が「駅」で、倉本聰原作のオムニバスストーリー的な物語になっている。

健さん扮する警察官が「銭函駅」「増毛駅」そして陸の孤島「雄冬」・・駅はない町で話が進む。銭函、増毛どちらも北海道でも相当なローカル駅で、両駅ともに冬の雪のシーンが映像の記憶として強く残る。
降旗監督は雪の季節の海の絵が好きらしい。
今見れば、銭函駅で駅弁が売っていたり、陸の孤島であった「雄冬」には、映画で言われている通り国道が通じて孤島ではなくなっていたり、隔世の感がある。古い映画を見返すと、その当時の記憶が蘇るのが楽しみだが、現代の若者には理解できないことも多いのだろうなと感じたりもする。
「探偵はバーにいる」シリーズでも、同じように冬のススキノ(北海道)が描かれているが、その風景が微妙に違っているのは、やはり時代の差なのだなあ。

北の国からの放映が81年10月からであったことから、この作品も同時期に倉本聰が書いていた脚本なのでろう。テレビと映画の差はありながら、絵柄が似ているのは納得するところだ。

映像的には、当時の風潮、流血シーンが露骨にあったり、逆にベッドシーンが抑えられていたりと、なかなか映画の中の「モラル的な表現方法」の違いが見えるのも面白い。やたらとタバコを吸うシーンが多いのも時代の違いだろう。

この映画の見所は、やはり倍賞千恵子の芝居で、健さんとの関係がもう一息と言うところまで進みながら、結局は破局。警察を辞める決意をしたにもかかわらず、結果的に同僚を撃った殺人犯を射殺してしまう健さんの複雑な思いがそれを彩っている。主役は健さんなのだが、倍賞千恵子が押しのけたような存在感を見せている。「幸せの黄色いハンカチ」で共演した時は出所する夫を待つ抑えた演技だったが、この作品ではその正反対で健さんの抑え気味な芝居を押し除けるくらいの勢いだ。
「樺太まで聞こえるかと思ったぜ」と言う健さんのセリフが象徴的だ。

倉本節と降旗描写が相まって、健さんと美人女優の物語になっていくのだが、個人的にはこの当時の烏丸節子が一番綺麗だったような気がしている。また、一番最初に登場するワンシーンだけだった石田あゆみの泣き笑いの表情が、実は一番印象的だった。
降旗監督作品では、後年の「鉄道員」の広末涼子に匹敵する「女性の綺麗な瞬間」を切り取った名シーンだった。

不倫の上の離婚、殺人犯を兄に持つ女の離郷、昔の男を今の男に殺される女、三者三様の女の別れを描いた物語は不思議な印象を残したまま終わる。
この終わり方は、やはり「網走番外地」的なことなのだろうな。