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旅をする

札幌で喫茶店とカフェ

学生時代に全盛だった喫茶店はまるで倉庫の中のような薄暗さが特徴だった。店内が明るいというのは、ダメな店だったような気もする。ただし、例外的に明るい店がビルの高層階の窓際にあった。パルコの5階は大型書店で、その横にあった喫茶店は、4丁目の交差点を見下ろす日差しのよく入る店で、買ったばかりの本をパラパラと眺めるのが好きだったが、今はもうない。喫茶店どころか本屋までなくなってしまった。そもそもパルコができる前は、その本屋が立っていた。昔のランドマークだったのだが。

パルコ向かいの三越の交差点側には何店か喫茶店が残っていて、実はちょっとした休憩にはこの場所が良いかなと思っている。三越の中なので女性客が中心だが、店が小ぶりなせいなのか、一人で来る客ばかりで静かなのが良い。宮越珈琲のフレンチブレンドは苦味が強くて好みなのだ。

窓際の席の喫茶店といえば、大通り公園に面した徳光コーヒーも良いが、実は穴場と言うべきなのが札幌市役所一階ロビーにある元気カフェだ。セルフサービスなのでカウンターで注文するが席まで持ってきてくれる。カウンターは、なんだか駅の立ち食い蕎麦屋の雰囲気がするが、コーヒーはしっかりとした濃口の味で、これもまた好みだ。

市役所ロビーなので冬はちょっと寒いが、それ以外の季節は快適だろう。ロビーは天井が高く広い空間なので、セルフサービスコーヒー店の圧縮された空間感覚とは無縁だ。のびのび広々としているが、内緒話をするにはオープン過ぎるかもしれない。一人でちょっと一息つきたいときには良いと思う。デザートも豊富だし、お値段もお手頃。札幌市役所は屋上展望台があり、高層階レストランもある、ちょとした隠れスポットなのだなあ。

旅をする

オムライス 再び 秩父の大好物

寒くなると秩父に行きたくなるのは不思議な秩父引力みたいなものがあるからか。おそらくあの異様な姿の武甲山が、冬に見ると綺麗だということなのだろう。昔は秩父盆地が陸の孤島だったような時代、細い山道を越えて秩父霊場巡りをした人たちもこれを見たのかという、ちょっとした感慨だ。
だから秩父に行ったら秩父の酒を飲む。「武甲山」を飲みたいのだが、メジャーは「秩父錦」のようだ。

そして、パリー食堂で、サイドにサラダとフルーツ満載のオムライスを食べる。日本酒とオムライスが合うのかなどとは考えてはいけない。そもそも、パリー食堂自体が、昭和初期どころか大正レトロに近い風情の店なので、養殖に日本酒という組み合わせは全く当然だという気配がする。

ケチャップ味のチキンライスに薄焼きの卵焼き、真ん中にたっぷりかかったケチャップ。これぞ王道。スプーンでひとすくいチキンライスを口の中に放り込み、そのあとは秩父錦をグビリ。マリアージュアなどという野暮なことは言わず、昭和原初的食と酒の調和を楽しもうではないか。
オムライスを食べきってら、おもむろにバナナとメロンの甘さでしめる。満足の極み。隣のお客さんが食べているラーメンが、これまたうまそうで、次回はラーメンにしようといつも思うのだが、結局オムライスになる。魔的魅力のパリー食堂オムライス。

食べ物レポート

しゃぶしゃぶを食べに青山へ

知人に誘われ久しぶりに青山に出掛けた。「おいしんぼう」に出てきた美食倶楽部のような会合に参加することになった。

左は甘めコク強い。右は辛めでさっぱり系。

会場はおしゃれなカフェ風の内装だったが、昼は社員食堂、夜はレンタルキッチンのようになっているらしい。20人程度が集まり、おいしい豚しゃぶを食べると言う会だ。まずは主催者の口上から始まり、食する豚肉のあれこれや、しゃぶしゃぶの味付けについて蘊蓄を聞く。これがなかなか楽しい。「ほう、ほう、そうなのか」と言う感じだ。食べる前に知的興奮を掻き立てる、お上手な運営。
豚しゃぶによく合うお日本酒を用意したと言うことで、見たこともない日本酒が二種並べられている。これを手酌で楽しみながら、しゃぶしゃぶに突入する。

ロース

まずはロースからいただくのだが、鍋に入れても全くアクが出ない。肉が上等なせいかと思ってはいるが、主催者の説明によれば切り方なのだという。アクが出ない切り方があるのであれば、全国の肉屋に教えてあげて欲しいものだ。しゃぶしゃぶした肉は、甘味が強く肉の味が濃厚で臭みも全くしない。普段食べている豚肉とは別物だと思う。

バラ肉

続いてバラ肉。これも脂身の甘味が際立つが、薄く切った長ネギをしゃぶしゃぶしてバラ肉で巻いて食べると、うまさが倍増する。見た目は脂身が多いのだが、しゃぶしゃぶすれば赤身の部分と絶妙なバランスになるのが不思議だ。

世の中には、まだまだ食べたことのない美味いものがあるのだなあと、改めて気がつかされた。
しかしながら、もっとすごいと思ったのが、この会に参加している人たちの会話で、どこそこで〇〇を食べたという情報というか、ウンチクがすごい。SNSに載っている情報なんて目じゃない。実は豚しゃぶよりも、その口コミ情報の方に圧倒された。

金持ちの実態を見た思いだった。

食べ物レポート

武蔵野うどん 藤店(ふじだな)

武蔵野うどんという代物が全国的に有名になる日は来ないだろうなとは思うが、個人的には極めて好みの食べ物だ。大阪ローカルかすうどんは、串カツ田中のおかげで準全国区になったと思うが、武蔵野うどんと吉田うどんは、ひっそりとローカル的に熱愛される商品として生きていくのだな。

その武蔵野うどんだが、特徴め噛み締めて噛み締めて食べる腰の強いうどんと、とても濃い味付けの甘辛い付けつゆにある。梅雨の具材は豚肉、鶏肉、きのこ、カレー味など数種類あるが、どれも具沢山で食べ応えがある。親切な店ではWスープセットなどもある。
男女問わずうどんの大食い者は多く、通常うどんの大盛が普通盛りで、うどんを2−3玉食べ切る人が多い。うどんのおかわりとか、つけつゆのおかわりとか、よく腹が破裂しないものだと感心する。

そんな武蔵野うどんにも名店がいくつかあり、この「ふじだな」が、知る限り一番混み合っている店だ。駐車場が満車になっていて、店内では順番待ちの行列ができている。国道17号のバイパスからちょっと入ったところだが、週末は渋滞が起きるほどの人気店。店内はカウンター、テーブル、小上がり全てで、親子揃ってうどんをもぐもぐやっている。(すすっと吸い込めるうどんではない)
これと匹敵するのが「田舎っぺうどん」(北本、熊谷)だが、所沢や東村山にもひっそりと小ぶりな人気店がある。武蔵国といえば、東京都と埼玉県を合わせたような地域になるが、東京都下では存在をあまり聞かない。23区内ではほとんど聞いたこともない食べ物だろう。(新宿や渋谷でうどんと言えば讃岐うどんになっている)

自分のことを言うと埼玉に移民してきたなんちゃって埼玉人なので、土着埼玉人の埼玉ラブはあまりピンと来ないのだが、例の埼玉ディスり映画には笑ってしまえるくらい埼玉には詳しくなっている。やはり埼玉の誇りは「武蔵野うどん」だろう。

埼玉ラブの証として、休日には武蔵国のうどん屋巡りなんてのもよいね。

街を歩く

鮨屋で飲むのは、ちょっと大変な時代に

新宿で昼過ぎに腹が減った「井之頭五郎さん」的に、ランチの場所を探すことになった。ただし、ゴロウさんのように看板を見ながら街を走り回しはしない。スマホで現在地周辺検索をするのが今風のやり方だと。ところが検索して気がついたのだが、意外と食べたい店が見つからない。特にランチは難しいようだ。当たり前だが、昼と夜で価格帯も違うし、出し物も違うし。

結局、近場でお手頃な値段でランチすしでも食べようかと、新宿すしざんまいを選んだのだが、それが後悔の元になった。新宿は外国人観光客に人気があるのか、ランチ時には変な行列ができることがある。いつものおなじみの新宿三丁目の鮨屋も、最近はランチで外国人客だらけなんてことになっている。隣のテーヴルの会話が英語というのも勘弁してほしい。有名店はなあ・・・と思い、わざとチェーン店にしたのが失敗だった。

ランチセットと熱燗を一本頼むと、速攻で茶碗蒸し(ランチセットについてくる)がでてきて、茶碗蒸しで一杯というスタート。つまみに頼んだマグロの皮のポン酢が意外と気に入ってしまい、ちびちび飲みながら時間潰し。寿司が多少遅くても構わないという体制を作ったのだが。

右隣のテーブルはチャイニーズの家族連れで、大人2人に子供4人。そして一人一人がメニューを指差しながら、単品注文をする。「ウニ、フォー。ツナ、ツー、OK?」みたいな会話が延々と続くのだ。それに気がついて周りを見渡せば、左側のテーブルは日本人女性とアメリカ人男性が注文開始。それも日本語と英語のミックスで。それを従業員がカタカナ英語で繰り返したりするので、左右ともにカオス状態。そのもう一つ左のテーブルは高齢のカップルで、日本語では話しているが、メニューの仕組みがよくわからないらしく、これまた従業員と問答している。その混乱の中すし登場。左右からのステレオ英語で、妙に落ち着かない。

カウンター席でも半分が明らかに外国人で、インド系と思しき彫りの深い顔やヨーロッパ系の金髪までは外見でわかるが、そこにアジア系外国人が混ざっていると、一体誰が日本人なのだろうという軽い目眩がしてくる。これならマクドナルドに行ったほうが良かったかと思うほどのミックス社会が鮨屋という空間で発生していた。(マクドナルドの方が、よほど日本人率高いだろうな。)オリンピックゲーム開催時は、このカオスがもっと凄くなるのだから8月は東京にいない方が良いかもと思い始めている今日この頃。ただ、お盆の時期に札幌へ脱出すると、この混乱が瞬間的に東京から移動してくるのだから油断ならない今年の夏だ。

書評・映像評

ナミヤ雑貨店の奇跡 職人芸の極み

表紙 by Amazon

映画にもなった東野作品だが、やはりこう言う話を描かせると本当に上手い人なのだな。オムニバス形式で登場人物が微妙にオーバーラップする。物語の舞台は、80年代のバブル期と2010年代を行き来する。時系列が前後に飛びながら話を収束させていく。思わず登場人物の時点と関係を作表して整理したくなるほどだ。
ただし、この整理表を見た瞬間に全てのネタがバレてしまうので、一冊読み終わった人しか見てはいけないものだろう。

この話は昭和後期に発表されていれば、間違い無くSFとして扱われたであろう作品だが、今ではこの程度のタイムスリップ、パラレルワールド的に話を展開させても、小学生ですら驚かない。そもそも小学生でもタイムスリップとか次元転移が常識になったのは何時頃からだろうか。少なくともドラえもんで刷り込まれたSF的概念に誰も抵抗を覚えなくなったのだ。とすれば、40年前の小学生が大人になり、自分の子供とドラえもんの話をするようになった時から、SF的ガジェットは大人も子供も共有できる「一般化した」ものになったのだと思う。
この東野作品も、そうしたドラえもん(その他各種SFアニメ・コミックなど)で教育された大人たちが読者になった時代だから、タイムスリップ的事象に余分な説明をしないでスラッと書けたはずだ。タイムトラベラーの説明が必要だった「時をかける少女」から、読者も作者も随分と進化したものだ。

ただ、手紙のタイムスリップという話だけでは物語として膨らむはずもない。5話の物語のどの話の中でも不幸な人間関係が縦軸となり、そこにナミヤ雑貨店主とその人生相談に関する回答が絡むようになっている。それぞれの話の主人公たちは誰も幸福ではなく葛藤を抱えたままだ。その葛藤が続きの話の中で解消されたこととして語られたり、サラッと逸話として流れたりする。この辺りが名人芸とでも言うべき気持ちの良さ、長く放置された伏線が回収されるスッキリ感となる。
読み切ってみると映画化されたものを見たくなってきた。原作がどのように料理されたのか、ちょっとドキドキする。

80年代、バブルの時期って、もはや経験者の方が少数派なのだなと思いつつ。

食べ物レポート

新宿の老舗で飲む イーグル

新宿アルタの裏通りのビルの地下深くにあるバーが、長年のお付き合いいただいて感謝状を差し上げたいくらいだが。入り口の看板にはサンロチーラウンジと書いてある(はずだ)。もはや死語に近いラウンジという言葉が語り尽くしている。ただし、本格的なカクテルも飲めるが食べ物が高品質なので、洋風居酒屋的に使うことが多い。一人でぶらっと入るのも良いし、小グループで飲むのも良い。ただし、6時を過ぎるとほぼ満席で席を確保するのはかなり幸運が必要だ。

季節の料理として殻付き牡蠣の大盛りみたいなメニューもあるが、洋風料理がお勧めだ。なぜか中華風料理もいてあり、これもなかなかの実力だと思う。一押しはと言われると、「ミックスピザ」と言いたい。直径15cmくらいで小ぶりだが、見ての通りチーズでヒ表面が覆い尽くされている。中身はサラミと玉ねぎとピーマンというオーソドックスなものなのだが、酒のつまみとして食べるには抜群に合う。多めのチーズの脂っ気と、塩味強めのピザソースが酒の肴としてのベストマッチになっている。これに表面が赤くなるくらいタバスコをかけると、超絶技巧と言いたいくらいの旨さになる。ピッツァではなく、ピザとはこういうものだ。散々ピザ屋としてピザを食べてきたが、誰かに一番うまいピザは?と聞かれると、迷いなく「新宿のイーグル」と答える。くどいようだが、ピッツァではない。ピザだ。

もう一品がタコス。これもメキシカンレストランで食事として食べるタコスとは相当違う。酒の肴としてのタコスで、チーズも少なめだし。本格的なタコスはタコビーンの油との戦いになるが、このタコスにはそんなめんどおう臭いことは起きない。サク、サラッと食べられる。タコミートの辛味がそもそも適量というか、マイルドだからだろう。

ピザを食べる時はハイボールで、タコスを食べる時はテキーラベースでマルガリータを、何ていう具合に一杯ずつ飲む酒を変えていけるのもこの店の良いところ。夏の暑い日に、生ビールをぎゅっと行くのも良いけれど、シンガポールスリングではじめて、アレクサンダーで終わるみたいなカクテル責めの飲み方もできる。良店なのですよ。

食べ物レポート

家庭料理 まさき おまけ

札幌に行くとついつい足が向く店が何軒かあり、その中ではちょっと贅沢な店に当たる「まさき」。店名通り北海道の家庭料理の店だが、重要なのは北海道というところ。いわゆるおばんざいの店とはちょっと違う。鱈子の煮たものとか、カスベの煮凝りとかちょっと北海道外の方には想像しにくい代物がたくさんあるのが良いところ。

さて、これも季節限定だと思うが「かじかのこっこ」。かじかという魚の魚卵を醤油漬けにしたもの。おそらくスーパーに行っても売っていないと思う絶滅危惧種的珍味だ。こっことは子供のことを意味する北海道(多分一部東北起源)の言葉だ。だからタラコはタラのこっこだし、いくらは鮭のこっこだ。人間の子供のこともこっこという。「うちは〇〇ちゃんのコッコが欲しい」とは、某最終兵器・・・というコミックで、ヒロインのセリフだった。
魚卵料理は数々あるが、このカジカのコッコは新鮮なカジカが手に入る時期にしか食べられない。粒は大きめだが、いくらより二回りくらい小さいイメージ。皮が硬く、食感はキャビアに似ている。味は薄味のイクラという感じがする。あまりしょっぱくないので、そのままスプーンですくってぽりぽりと噛み締める。プチっと弾ける。濃厚な卵液が口の中に広がり、そこに冷酒を流し込む。絶妙だ。

二品目はシャコ。小樽あたりで取れるシャコは大振りで、自分で買ってきて茹で上げて食べることもあるが、相当でかいシャコを買ってきても殻を外すと驚くほど小さくなってしまうのがいつも残念。おそらく体長20cm以上のシャコを捌いても、この写真のサイズには届かないのではないか。シャコは子持ちのメス(こっこ入りね)がうまいと思うが、肉自体を味わいたいならオスがよろしい。お財布に余裕があればオスメス一尾ずつ頼むのがおすすめ。北海道は春と秋にシャコの旬があるので、5月初旬と10月下旬くらいに行くと食べられるはず。最近は漁期にブレがあるらしく運任せになりがちだが。お江戸のシャコとは一味違う、これも北海道的珍味だ。

まさきの料理はどれもうまいが、季節により色々と出し物が変わるので、それを食べに行くのも良いね。興味がある方はFacebookで探してみれば。

面白コンテンツ, 旅をする

有馬記念

競馬はほとんどやらない。学生時代に凝りすぎ、社会人になってすっぱりやめた。ただ、10年に一度くらい有馬記念だけ買うことがある。人生の験担ぎみたいなものだ。去年の年末に都内を歩いていたら号外を押し付けられた。なんだろうと見たら、なんと有馬記念の予想紙だった。そうか、もう年末なのだなあとしみじみ思ってしまった。しかし、一時期の競馬ブームを思えば、街頭でこうして宣伝しなければならないほど、競馬人気は落ち込んでいるのかなどと社会的考察を巡らせたりした。

前にも書いた道の駅「サラブレッドロード新冠」には、名馬の顕彰碑のようなものがある。一番偉いのは?銅像になっているハイセイコーだと思うが、それ以外のダービー馬、有馬記念、天皇賞などの重賞で勝ち上がった馬の名前がプレートにされて並べられている。

すっかり忘れていた競馬馬の名前だが、このマヤノトップガンだけは覚えていた。10年ごとに買う有馬記念で、この馬の勝ち馬投票券を買っていたのだ。競馬新聞も見ないで馬の名前だけで決めるという乱暴な買い方だが、年末の思いがけないお小遣いとなり、なんに使ったのかは忘れたがたいそう気前の良い温泉旅行でもしたのだろう。

昔の競馬評論家(大橋巨泉さんだったような記憶があるが)の「競馬はロマンでみろ、馬券は金で買え」みたいな名言があり、また久しぶりに競馬見に行こうかなどと思ってしまった。

書評・映像評

アサシンクリード  12年前のゲーム

今やamazonでも買えないほど古いゲーム・・もちろん中古では買える

パッケージ by amazon
PS3版もあるが、そちらは流血シーンが自主規制されているらしい。日米のゲーム感の違いか?

アサシンクリード とは、訳してみると暗殺者の信条、信念という感じか。アサシン教団、つまり宗教的な暗殺教団の存在は、今では伝説とする考えが支配的らしい。
ただゲームの設定としては、ファンタジー世界と同じ扱いで問題はないだろう。ゲームとしては背景がイスラームとキリスト教の対立が起こっていた十字軍世界なので、冒頭に「フィクション」であり、宗教信条が雑多な集団によって作られた(宗教的な偏りはない)という言い訳が必要になったのも無理はない。

さて、ゲームとしてはすでに10年以上前の作品なのでゲームシステムも含め古びてはいる。ただ、当時としては相当に進んだ設計だった。ファイナルファンタジー12あたりと同時期なのでビジュアルでは3D的な展開となっている。最近では当たり前になったオープンワールド的な部分もあるが、基本的にはシナリオ通り進行しなければ話が進まない、ゲームのゴールにたどり着けない。
要するにアクション型の謎解きゲームで、シーンの合間に多少動画によるストーリ展開があるという、現在の主流なゲームスタイルの元祖的作品だろう。続編も10作近く作られているので、やはり人気シリーズであり、ドラクエやファイナルファンタージー的なコアファンがいるということだ。ジャンルとして「龍が如く」と似たところがあるのだろう。新作が出るとつい試してみたくなるということか。

ゲーム自体は謎解きもほとんどなく単調だ。ターゲットを指示され暗殺すると、スキルが上がり強くなる。最初は雑魚キャラを倒すのも精一杯だったが、最終局面では雑魚キャラ撫で斬りも可能になる。暗殺目標を9回倒し続けるのだから、最後の方ではほぼ作業になってくる。良くも悪くもシリーズ物の第一作品とはそういうものだ。ただ、このシリーズが長く続いているのは、なんと言っても画像の緻密さと美しさなので、その点を楽しめるのであれば、これは名作というべきだ。

オヤジにとっては指先の訓練になるというメリットもある。もっともスーパーマリオで3面までしかいけない腕前にもかかわらず、そこそこ楽しめるということはアクションゲームとしては優しい部類なのだと思う。

押し入れに押し込めていた昔のゲームを引っ張り出してきて、年末年始は楽しく過ごせましたとさ。