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千歳鶴は名酒だ

北海道の代表的日本酒はと言われるとなかなか難しい。最近は北の錦が良いなとは思っているが、札幌で飲む時の代表銘柄は、やはり千歳鶴だろう。札幌に蔵がある日本酒メーカーというのも珍しい。

その直営店がススキノと札幌駅前通りにある。(立ち飲みの店も道庁近くにある)駅前通りの店は気になっていたが入るのは初めてだった。普通はこの辺りのサラリーマンで賑わう店なのだろうが・・・。現在はかなり静かな状態で。

千歳鶴製品のラインナップが素晴らしいことを除けば普通の居酒屋だが、いざ注文してみると値段の割にずいぶん品質が高いではないか。最近すっかり高価な食べ物になってしまった感のあるイカ刺しだが、夏前のこの時期は実にうまい。透き通ったイカが美しい。生姜で食べるのが定番だが、山わさび(ホースラディッシュ)も辛味が嬉しい。

イカ刺し 旨し

そして、個人的には山菜の王ではないかと思う「行者ニンニク」のお浸し。とろろ芋がかかっているあたりは芸が細かい。
実にうまい、日本酒に合う。これには千歳鶴の辛口で合わせるのが良いだろう。

北海道では山菜取りのシーズンが初夏になる。5月の連休明けから6月くらいで、竹の子(実際は笹の子)取りに行って山で迷子になったり、熊と遭遇したりと、山菜採りは冒険なのだが。経験者でなければわからない山菜取りの魔力は、実は簡単で、今目の前にある山菜を取ると、その2ー3mほど先に、もっと大きくて立派な山菜(竹の子だったりワラビだったり)を発見する。それを取りに前進すると、またその先にもっと立派な(そう見えるだけなのだが)ものが見つかる。そして直進しているつもりで右に左に曲折して、結局歩いて来た方向を見失う。遭難者一名様出来上がりだ。

行者ニンニクは初夏のご馳走

行者ニンニクはニラの仲間で、今ではニラと掛け合わせた中間品種が畑で栽培されている。だからと言って、野生の行者ニンニクの価値が下がることもない。今では、文化的に問題があるのだろうけれど昔は「アイヌネギ」と呼ばれていた。アイヌという言葉が蔑称とされていたのか最近では使われなくなった。ポリコレ名称なのだろう。今年に開館される白老の博物館で、そのあたりの問題が解決されると良いのだが。ゴールデンカムイのおかげで、アイヌ文化みたいなものも、広く知られるようになった訳だし。

うまい日本酒を飲みながら、つらつらと北海道の課題のあれこれを考えていた。

食べ物レポート, 旅をする

これもコロナの惨禍だった 花まる

札幌駅地下のレストラン街が再開され、いつもは行列ができる繁盛店も客入りが良くない状況だ。そもそも観光客がシャットアウトされている状態では、観光都市札幌も分が悪いと言うものだろう。

お気に入りの花まるも、昼も夜も行列が消滅した。スルッと入れる。カウンター席は間隔が開けられコロナ対策で、職人さんとの間にはビニールシートががられている。声が通りにくので注文がなかなか難しい。定番のホヤの酢の物は、相変わらずの品質の良さだったのが嬉しい。
コロナ対策のもう一つは「ネタの厚切り」で、いつもより切り身が厚いのだそうだが、これはあまりうれしくはない。さしみを食べるにも握り鮨を食べるにも程よい厚みというものはある。客が少なくなると原材料の管理も大変だとは思うが、もうちょっと違う方向でお願いしたい。

名物 根室のホヤ

隠れ名品サーモンユッケ。サーモン握りはあまり好みではないのでほとんど口にしないが、これはうまいと思う。単純な料理で、脂の乗ったサーモンを甘口の醤油だれで和えている。素材の良さもあるが、色気がある。

サーモンユッケ

自家製しめ鯖が、個人的にはこの店の一番のおすすめで、北海道では回転鮨屋ですらしめ鯖は自家製が多い。だから、鮨屋に行くとまず試すのがしめ鯖。塩と酢の加減がその店の持ち味になるが、全国チェーンの回転寿司屋の酢の味しかしない代物とは全然違う。締めるのは塩であって酢ではないのだよね。

フィニッシュはいつもの新香巻き。北海道特有の奈良漬けが使われている。この奈良漬けの違いで店によって多少味は変わるが、やはり巻きたての海苔巻きはうまいな。東京に来て始めて食べた新香巻は、中が沢庵漬けでびっくりした記憶がある。今はテイクアウト鮨屋に行っても沢庵巻は売っていないような気がするが、現在の業界デフォルト的な新香巻はどうなっているのだろうか。

北海道的新香巻は中が奈良漬け

美味しく握りを堪能できる良店なのだが、早く客足が戻らないと経営的に危ないのではないかと、余計なお世話だと言われそうだが、お気に入りの店が心配な今日この頃。

旅をする

札幌グランドホテルで出会った悲劇?

札幌で一番格式の高いホテルといえば、大多数の人がここ「グランドホテル」をあげるのではないか。皇室の方が泊まる貴賓室があると聞いているが、見たことはないので(当たり前だ)、都市伝説ではないだろうかと疑いもするのだが、多分本当だろう信じている。ここ以外の古いホテルといえば札幌パークホテルくらいだろうか。

名門ホテル

ビジネスの打ち合わせでここのコーヒーショップを使うことがよくある。ロビーで待ち合わせということも多い。今回も仕事先の相手と、何も考えずにロビーで待ち合わせとしたのだが、集合時間の10分ほど前に入り口について、何やら怪しい気配がする。中が暗い。明らかに「暗い」。おまけに車回りにタクシーもいなければ人の出入りもない。ホテルといえば365日24時間、出入り自由というのが常識だったが・・・。
なんと、コロナの影響で休業中という張り紙。あれまあぁぁぁぁ。おそらく、生きている間に2度と見ることがないだろう、ホテルの正面入り口の「シャットアウト・クローズ」だった。

いつもは人の出入りが激しい正面ドア 誰もいない

慌てて待ち合わせの約束を変更するべく電話をしたが、相手もそんなことがあるのかと笑っていた。
その後で、ホテルの近くの「中華と鮨」という変わりコラボの店で、ザンギをつまみにサッポロクラシックを飲み、北海道の地酒で刺身を摘んだのだが、これも明らかにコロナによる品質アップグレードの恩恵をこうむっていてびっくりするほどの良いネタがいつものお値段で。
ウニにつぶに中とろときたら・・・。

高級ネタのてんこ盛り 海水うには絶品だった

なんだか休業しているホテルには申し訳ないくらいだが、営業しているお店も大変なんだなと妙に納得した日だった。

食べ物レポート

幸楽苑の苦悩?

長らく幸楽苑の株主をしている。最小単位しか持っていないので偉そうな振りはできないが、長期保有株主としては認めてもらえるのではないか。きっかけは先代社長がラーメン業界でのマクドナルドになるという決意を表明していたので、そこに感銘を受けたということだった。

味噌野菜たんめん こってりと半チャーハン

オーナー会社でもあるので、変わり身が早いのは好感を持っていた。ラーメン業界はトレンドの変化が早いので、変わり身は大事なことだと思う。豚骨ベースのスープから魚介だしスープへ、あるいはつけ麺や油そばと言った嗜好の変化など、どのタイミングで取り入れるかは重要な販売技術だと言えるだろう。頑固に自分たちの味にこだわるのも大事だが、200店、300店と多数店舗を展開するチェーン店では、「今、何が売れるのか」はいつも探究すべき経営課題だと思う。

そういった意味で言うと最近の幸楽苑はちょっとブレ気味なのだ。異物混入事件の後に味噌野菜ラーメンで旗印を変えたのはよかった。醤油味の中華そばからのイメージ転換は成功したと思っていた。ところが、その「味噌味」の磨き込みが足りない。(ちょっと辛口な意見だとは思うが)
また、価格をいじりすぎる。単価をあげたいのはわかるが、上方に振りすぎだろう。低価格ラーメンチェーン店を脱却したいのであればやり方が違うような気がする。
サイドアイテムも餃子は改良されたと思う。しかし、チャーハンも含めセットの作り方、価格設定があまりに下手くそだと思ってしまうのだ。

普通の味噌ラーメン 平面的だな

「味噌野菜たんめんこってり」は、野菜が多めに乗っているが、味噌野菜たんめんとは100円差。つまり、こってり味に変更すると100円高くなる。スープで100円差というのはいかがなものかと言いたい。こってりと普通の味噌味を食べ比べてみたが、正直いって「そんな違いがあるかなあ」という気がする。

味噌野菜たんめんと味噌野菜ラーメンの差もよくわからないが、これも100円差。そして味噌ラーメンになると野菜がきえてもう100円安くなる。簡単に書くと
味噌ラーメン +100円=味噌野菜ラーメン
味噌野菜ラーメン +100円=味噌野菜「たんめん」
味噌野菜「たんめん」 +100円=味噌野菜たんめん「こってり」
という構造になる。

おまけに半チャーハンは味噌ラーメンより100円安いという価格設定なのだが、「半」チャーハンなのだ。おまけに普通盛りのチャーハンは販売指定ない(不思議だ)。

なんだか大混乱期だった7−8年前のマクドナルドを思い起こすようだ。コロナ禍の影響で大変な状況にあるとは思うが、ぜひ早く立ち直って欲しいものだ。
個人的には無くなってしまった「㐂伝ラーメン」が大好物だったのだが。あれもブランドとして復活してくれないかと願う今日この頃。

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みよしの

遠い昔はこうした郊外ロードサイド型の店は無かった。地下鉄駅の近くにカウンターだけの小さな店があり、隣にあるのはモスバーガーみたいな感じの場所と言えばいいのだろうか。営業時間も比較的長くて、夜になっても餃子が食べられるというのはありがたかった。ススキノの店では酔っ払いのおじさんたちがお土産を買っていたものだ。(多分、今でもそうだろう)

餃子はテイクアウトが多いと思う

餃子専門店だから餃子定食が当たり前なのだが、なぜか単品のカレーも置いてある。このプレーンなカレーが200円を切る低価格で、確かご飯大盛りが30円+ みたいな設定だったから、当時の学生はこの店を餃子屋ではなくカレー屋として使っていた。ただし、ちょっとリッチな時には餃子3個を乗せた餃子カレーを注文した。カレーの味は、よく言えば普通にうまい、突っ込んで言えば平凡で甘めに仕上がっている。万人受けというか、誰も嫌いと言わない味付けだろう。だから時々無性に食べたくなり、そして、ああ、やっぱりこんな味だったよなと軽く残念に思う不思議な食べ物だ。

餃子の味はカレーに隠されてよくわからない (笑)

そうした昔の貧乏学生たちがすっかりオヤジになりジジイになって、今でもみよしのを訪れているのだが、そんなオヤジや祖父は、今では金もあるのだから餃子W 定食でも頼めば良いのに、相変わらず貧乏に餃子カレーを頼んだりするのが、なんともなくいじましいやら悲しいやら。自分でもその悲しみの餃子カレーを食べながら、そうだ、これでいいのだ、餃子W定食など贅沢だと自己満足に浸る喜びはまた格別なのだが。

ちょっと気になるのは周りにいるのがジジイだらけで、若い衆が見当たらない。大丈夫か、みよしの?

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残念な閉店 ペペサーレ消滅

びっくりドンキーの姉妹店と言うべきなのだろう。北海道で細々と営業を続けていたペペサーレというイタリアンレストランがあった。この時点で最後のペペサーレも閉店してしまっているはずだ。低価格のイタリアンというコンセプトはサイゼリヤと似たようなところがあるが、ペペサーレはもっとイタリアンしていたと思う。サイゼリヤはイタリアン風なファミレスだが、そことはちょっと匂いが違う気がしていた。

閉店すると知って慌てて行ってみたが、コロナの影響でというよりはアレフという会社の事業整理なのだから、やはり商売がうまく行っていなかったのか。おそらくびっくりドンキーの利益構造に追いつくことができなかったのだろう。
料理はレベルが高いので残念なことだ。
パスタを注文したら生パスタに変えられるというので、躊躇いなく変更した。もっちり系の腰の強い生パスタは濃い味のソースによく合う。エビとトマトのトマトのソースは酸味が程よいので生パスタ向きだった。

最後のペペサール 入り口で

この最後のペペサーレは二階がびっくりドンキーなので、閉店後は2フロアー合わせてハンバーグになるのか、それともアレフの新レストランとして改装されるのか興味がある。やはりあまりにも成功しているコンセプトを持つと、それを乗り越えなければ新業態と認められないという苦しい宿命があるのだろうか。自分の経験を思い返せば、確かに「2度目の成功」の基準は高いものになるはずだ。担当者としては泣きたくなるだろう。
外食産業の巨人企業を見渡しても、二番目のコンセプトで成功を収めたのは、スカイラークのバーミヤンくらいだと思うが、そのバーミヤンも今ではスクラップブランドと言っても良いくらい店舗数を減らしている。
二匹目のドジョウを獲るのがどれだけ難しいことか、世の外食企業経営者の皆さんには理解してほしいものだ。

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札幌の Now and Then

札幌の話が続いているが、コロナの影響でネタがないというか、偏っている。

札幌というか北海道というか、北の地の開拓が進んだのは、明治の内乱が終わり(個人的には明治維新という言葉が嫌いなので、西国大乱と呼びたいくらいだが)北方からのロシア侵略に対する防衛という観点で予算が投じられてからだ。それから150年経っている。

札幌ファクトリーの一角にある 爆珠工場跡

北海道開拓は鉄道網の進捗に合わせて進んだので、地方の中心地と道庁が置かれた札幌を結ぶ構造になっている。膨大な開発予算が投入されたので政府役人の汚職は一山いくらで起こっていたし、官民癒着が激しいというのも今の日本と変わりはしない。おまけに、西国政府に内乱で負けた旧幕府側の武家は棄民の如く北海道に移住させられた。(貧乏になって移住するしかなかった)
その北海道開拓の当初を主導したのが、北海道開拓使と呼ばれる行政機関だった。その後継が札幌開拓使で、札幌開拓使直営?施設が、現在のサッポロビールの前身となる麦酒工場だ。
今ではすっかり観光施設だが、当時は最新鋭の西洋文化の移入施設だったはずだ。しかし、明治の初期にビールを飲むものが一体どれくらいいたのかと突っ込みたいくらいだが、何事も最初はそうだろう。おそらく西洋で当たり前に飲まれているビールなるものを製造しなければバカにされてしまうというコンプレックスが動機だったか、お雇いできていた米国人に「俺はビールを飲まなければ働かないぞ」と脅されびっくりして作り始めたみたいな顛末なのではないか。

札幌駅ビルの一隅

そして150年経った現在では、札幌駅の周りは実に現代の気配が漂う。昼間に見れば駅前地下街の明かり取りにしか用がないとも思うガラスタワーだが、夜になればそれなりに美しいオブジェだ。厳寒期にさすがに見当たらないが、気候が良くなる季節にはこのガラスタワーでカップルが並んで座っていたり、なかなかおしゃれな待ち合わせスポット的に見える。テレビ番組のインタビューが行われるのはここか、大通り4丁目の交差点辺りなので、現代サッポロのランドマークと言える。

150年経ってすっかり北海道民意識は形成されたのだと思うが、当初はかなり複雑な状況が入り乱れる貧乏人と逃亡者と犯罪者の雑居地だったことを忘れてはいけない。いまだに本州を内地と呼ぶ人も多いが、「内地」という言葉に秘められた望郷と怨念は歴史的事実だと思うのだが。
個人的には、人口が500万人もいるのだから日本から独立して「蝦夷共和国」でも建国すれば良いと思うが。デンマークが同じくらいの人口で立派に独立国家(王国)していますねえ。

街を歩く

コロナの惨禍 日高屋でさえ・・・

首都圏で日高屋といえば低価格のラーメン・中華料理店のチェーンとして知られている。味はそこそこ、値段はお安い、サラリーマンや学生の味方のような店だ。(味はそこそこというのは個人的な感想だが、確か社長もそんなことを言っていたはずだ)

満腹になるキムチチャーハン これに大盛りはいらないと思うが・・・

日高屋での最近のお気に入りは「キムチ炒飯」で、これが実に好物なのだが、人と会う時は避けるべき食べ物で、食べるタイミングが難しい。日高屋のキムチはあまり好みではないのだが、これがキムチチャーハンになるとどうしてこんなに旨くなるのか実に不思議だ。
だいたい日高屋のキャンペーン商品は当たり外れのブレ幅が大きくて(個人的感想です)、それでもついつい食べてしまうのは、このブランドの持つ不思議な魅力、たまには大当たりする新メニューが楽しみだからだ。

怖いもの見たさな弁当ラインナップ なんだか凄いぞ

その大衆路線でいつも繁盛している日高屋が、なんとテイクアウトをしなければならないほど商売が苦しいのだと、店頭で思い知らされた。各種弁当がズラりと並んでいるが、生姜焼き弁当は理解の範疇にある。唐揚げ弁当は定番と言って良いだろう。しかし、ニラレバ弁当とは、なんと常識のはるか上を行く。日高屋支持者からすれば当たり前なのかなあなどと思いもするが、持って帰ってどこで食べるのだろうとか、食べ終わった後で容器は洗わないと匂いがすごいのではないかと余計なことをたくさん考えてしまった。

確かにラーメン専門店だったら難しいテイクアウトも、日高屋だったらこなせるのだ。頑張って、このコロナ・アタックの時代を乗り越えてまた元気なおじさん食堂に戻って欲しい。個人的には日高屋でイカの唐揚げを肴にホッピー飲むのが好きなのだ。

がんばれ、日高屋。

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琴平にて

四国に行ったら金毘羅参りと思い続けて20年以上たった。その割に金毘羅さんがどこにあるかも調べていないのだからいい加減なものだ。ネットで調べてみると高松から電車で行けることがわかった。仕事の旅で1日寄り道をすればいけそうだと思ったが、なかなかその暇が取れないみたいな時間が何年か。ようやく日程調整をして、金毘羅様参り行けたのが4年前だった。

高松発の電車に乗りのんびりと鉄道旅を楽しんだが、生憎の雨降りで、それでも駅を降りたら雨は止んでいた。雨の中、あの参道の階段を登るのは実に危険で、自殺行為だなと気がついたのは一年以上経ってからだ。
電車の駅から参道に向かう途中にあるのが「うどん学校」。お参りに来る人が、うどん打ち体験をするらしい。確かに、この辺りで一泊するつもりであればうどんを打つくらいの時間はあるだろう。讃岐で自前のうどんを食べるというのは得難い経験だと思うが、やはりプロが作ったうどんの方がうまいのではないかと頭を悩ませつつ通り過ぎた。

金毘羅宮は海の神様なので、あちこちに船の奉納物があり、漁船だと大漁旗が定番ということなのだろう。その中で一際異彩を放っていたのが、この黄金のスクリュー。当然、本物を寄進したら船が動けなくなるので、レプリカというか模造品だと思うが、それにしてもこんな大きなものをどうやって参道から持ち上げてきたのだろう。そもそも参道は人しか通れない。参道から離れたところに金毘羅宮まで通じる通用道路があり、そこはお宮まで車で上がれるらしいのだが、それで運んだにしても最後は人力で移動させたはずだ。なんだか信仰にかける熱意というか、金毘羅さんへの絶大な信頼感のなせる技なのだろう。敬意を表すしかない。

死に体になりながら本宮までたどり着いたのだが(足の弱い人がカゴを頼むという意味が身に染みて理解できた)、そこから見晴らす瀬戸内海の光景は確かに素晴らしいものだった。何百年も前からこの場所で海を見る参拝客たちがいたのだと思うと、何やら久しぶりに感慨深いもの見た思いがする。その後すぐに、あの長い階段を降りていくときに足腰は持つのだろうかという不安に襲われた。予想通り行きも辛いが帰りも辛いを実践することになった。
結果的に翌日には直立歩行に著しい困難を感じる「人類以前の存在」になってしまった。金毘羅宮は祟る神なのかと自分の体力不足を棚に上げてぶつぶつ言いたくなった。だから、バチが当たったのだな。

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高知でランチをするならば

高知市は人口32万人で、県庁所在地としては中堅どころの街だと思う。国公立の大学があり、百貨店があり、中心部の繁華街はアーケードになっているみたいな感じの町が県庁所在地だろう。ローカルテレビ局や地方新聞があり、県内の情報が集中し発信される。首都圏や近畿圏とはちょっと異なる「街の匂い」的なものが濃厚なのだ。

見た目はレストラン

高知は人口に比して飲み屋が多い町だという感じがしているが、その繁華街からちょっと離れたところにある料亭で食べるランチが最高だと常々思っている。繁華街には土佐料理の名店も多いが、どちらかというと夜の需要向けなのだろう、ランチとしてはお値段がはる。ローカル民限定御用達みたいな店もあるが、そこは敷居が高い。(昼からおっちゃんたちがカウンターでグビグビと酒を飲んでいる横で食べるオムライスは最高なのだが)

料亭の「職人が作ったランチ」は見た目も美しいが、旬の魚や野菜が盛り込まれ、おまけにコストパフォーマンスが抜群に良い。平日はビジネスランチで使われることも多いような気がするが、あまり混雑した日に当たったこともないので、のんびりとソロランチを楽しめる。
夜に来るといわゆる芸妓さんと御座敷遊びもできるようなのだが、料理を楽しむのであればランチで十分。カツオが食べたかったり、靭が食べたかったりするときは追加で注文しても良いし、今日は帰って寝るだけ的な休日であれば、昼から土佐の銘酒を楽しんでも良いだろう。

そういえば、高知で鮨屋に入った記憶がない。カツオだけで満足してしまうせいだろうか。ただ、高知は田舎寿司という超名物があるからかもしれない。昼に田舎寿司を食べると鮨屋に行く気にならないということか。