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街を歩く

焼きそばではない焼きスパを銀座のはずれで

2017年の記憶 #8 昔に撮ったiPhone写真から引っ張り出してきたあれこれ

銀座のはずれにある首都高速下の商店街?の端っこに当たる場所に、カウンターだけの小ぶりなスパゲッティの店がある。昼時は長い列ができるが、食べる客のスピードが速いこともあり、意外と待ち時間は短い。それでも、やはり昼のピークはずらして行ったほうが良いとは思う。世間的にはパスタと呼ばれる麺料理だが、その調理方法を見ていると明らかに焼きそばではないかと思ってしまう。カウンターから調理しているところが丸っと見えるからだ。茹で上げてある麺をガバッと大きなフライパンに放り込み、炒める、さらに炒める、ちょっと調味料が入り、また炒める。ソースと絡めてという感じではない。定番ナポリタンを頼めば、赤い焼きそばに見えてくる。

ナポリタンと並んで人気なのが、この見た目の黒い醤油味で、メニュー名は店名と同じだ。これは間違いなく箸を使って食べる食べ物だ。もぐもぐと噛みしめるべき麺料理で、腹を満たすために食べるという食事の原点を感じる。一見するとソース焼きそば風だが、これはスパゲッティ料理だ。食べている途中でナポリタンも食べたくなるが、2食を食べ切れるほどやわな麺料理ではない。剛直、という言葉が合うガツンな食べ物だ。目一杯腹を減らして、いや、もっともっと限界まで腹を減らして食べに行きたい。その時は2食食べられるかも。

旅をする

岩国で戦国アウトドア

2017年の記憶 #7 昔に撮ったiPhone写真から引っ張り出してきたあれこれ

岩国市の近くの山の中にある、屋外エンタテーメントレストラン「いろり山賊」をテレビの番組で見て、一度行ってみたくてたまらないと思ったまま数年がたった。青春18きっぷ西日本の旅のゴールはここにしようと決めた。岩国からでは1日で東京まで戻れないので、帰り道はどこかで一泊しなければならない。仕方なしに戻れるところまでを帰り道にした。名古屋泊になった。名古屋飯は好物なので文句はないが、青春18切符の旅は行き当たりばったりだとアクシデントも起きる。名古屋までなかなか遠い。
さて、この山の中の屋外レストランだが、日本にはなかなか存在しないエンタメ系レストラン。アメリカではあちこちにあるが、東京や大阪ではこの手の店はほとんどない。屋外で露天の掘り炬燵に入って食事をするという経験はなかなかのものだと思う。屋根はかかっていたが雨の日にはどうするのだろうと気にはなった。それはそれで楽しいのかもしれない。室内にもテーブルはあるが、晴れていれば寒かろうと暑かろうとお外で食べたい気分になる。もう一つ不思議なのが、屋外の席のあちこちにビールの自動販売機があること。酒は自販機で買ってねということらしい。

掘り炬燵の席から炉端に移してもらった。注文した食べ物が山賊おにぎりと山賊焼(鳥のももを串に刺して焼いたもの)だが、確かに見た目からして山賊が山の中のアジトで焚き火で焼いた的な感じがプンプンする。手掴みでワシワシと食べると気分は山賊の子分くらいにはなる。山賊焼は店に入ってすぐの大きな囲炉裏に串を刺して大量に焼いていた。ヤマメの串焼きを焼いているのはみたことがあるが、鳥のモモ焼きが10本以上ぐるりと輪を描いて刺さっているのを見ると、何やら勇壮な気分になる。山賊の宴会だ。車を運転して行ったのだが、ナビの位置が微妙にずれていてずいぶん迷ってしまった。最寄りのJRの駅からタクシーで行くのが正解かもしれない。夜に行けば篝火でもっと気分が盛り上がりそうだ。ここは大人の遊園地なのかもしれない。

旅をする

高野山で昼食難民

2017年の記憶 #6 昔に撮ったiPhone写真から引っ張り出してきたあれこれ

高野山といえば、思い出すのは「孔雀王」だ。高野山で修行したモンスターハンターが妖怪と戦うというコミックで、式神使いのサブキャラが結構渋い。呪を唱え印を結ぶ、和風ヒロイックファンタジーの走りだったと思う。だから、高野山は自分のイメージの中で妖怪と戦う密教戦士の総本部みたいなものだった。そしてとてつもない秘境で平民がいくには果てしなく遠い「秘境」と思い込んでいた。近しいイメージで言えば、長野県戸隠とか鬼無里といった山奥の地のもっと山奥盤というところだ。

それでなんとなく遠すぎていけないと思い込んでいたのだが、ちょっとネットで調べてみたら、小学生が遠足で行けそうなくらいの場所らしい。拍子抜けしてしまった。そこで、関西神社巡りの中に1日日程を追加して、南海電車で高野山の麓までちょいちょいとついてしまった。そこから高野山の上まではケーブルカーで、これまたちょいちょいと・・・。ケーブルかはなかなかのイベント感のある乗り物だった。頂上駅では駅員さんが案内してくれて、町の中央というか寺院複合体の中心部、つまり本山まで行くバスに乗り込んだ。事前の下調べが足りずに、どこにいけばわからなかったボンクラ旅行者に駅員さんが丁寧に説明してくれ。親切な町だ、という印象が強い。

金剛峯寺前に立ち、ささやかに感動した。おお、これが妖怪ハンター養成所か。などと不謹慎なことを考えながらお参りする。思っていたよりもこじんまりした感じがするが、京都にある巨大宗派の本山と比べるのがおかしいのだろう。こちらは密教修行のための本山で、京都にあるのは政治的示威が必要な教団本部だから違いがあって当然だろう。関東、西国、四国の札巡りが終わるとお礼にここにくるそうだ。その後、バスを乗り継ぎあちこち回って高野山をすっかり堪能したのだが、昼時を過ぎてそろそろご飯を食べようと思ったら、どの食堂も満員で空席待ち。平日であっても高野山は大量の参詣者が押し寄せてくるらしく(季節が初夏ということもあり)、完全に昼食難民となった。あまりの空腹に耐え金、コンビニで買ったアメリカンドッグをベンチで食べることになった。(弁当やおにぎりもほぼ売り切れ状態だった)
やはり罰当たりなことばかりを考えていた報いだろう。次回はもっと崇敬の念を持って再訪したい。そして、忘れずに食事の予約もしておこう。

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成田でうなぎ

2017年の記憶 #5 昔に撮ったiPhone写真から引っ張り出してきたあれこれ

首都圏では一番訪れた機会が多い町が成田だと思う。勤務先があった恵比寿は毎日通う場所だったし、帰りがけにいっぱいやるため新宿には立ち寄ることが多かった。そうした日常的な街と違い所用があるから、わざわざやってきたという感じがするのが成田だが、厳密にいえば成田の町ではなく成田空港に来ていた。空港を訪れた回数でいえば、羽田空港の方がはるかに多いが、羽田は感覚的に「駅」なので通過点意識しかない。成田空港は「駅」というより、長旅の始まり、第一チェックポイントみたいなところがあ理、意識の上では「街」だった。
そのせいで、あれほど有名な「成田山新勝寺」のお不動様にお目にかかったことがないことに気がついたのは、タモリの出演する某テレビ番組をみたときだった。そこで、青春18切符の残り、最後の一回分を使い成田に行ってみることにした。東京駅から千葉で乗り換え成田駅までは、なかなか乗りご耐えるある距離だ。この頃から御朱印集めを始めたこともあり、日帰り旅としてはなかなかの充実ぶりになった。お不動様を拝んだ後の楽しみは、「うなぎ」。

最近ではますます高級品化してしまった鰻だが、どうやら成田詣に鰻はつきものらしい。門前町をぶらぶらと歩いていると何軒も鰻の店が目に付く。事前に調べていた有名店も、平日ということでスルッと入れた。店頭で鰻を捌いているのが覗き見できるのが、新鮮さを感じさせる。鰻重は上品に食べるものではないと勝手に思い込んでいるので、熱々の鰻をご飯と一緒にガツガツと勢いよく食べる。江戸時代はまるぎりにしたものを焼いて食べたようだが、この開きで焼くスタイルを考えだした職人?は偉大だ。東京に出てきて初めて食べた鰻にびっくりしたのはもうずいぶん昔のことだ。蒲焼といえば秋刀魚の蒲焼の缶詰しか知らなかった地方出身者にとって、うなぎとは本の中でしか知らない、何やら怪しげなうまいものの代表だった。今では自前で注文できるようになった、我が身の立身出世(大袈裟な・・・)の印みたいなものだ。一年に何度か無性に食べたくなり、今日は鰻を食べるぞと勇んで外出することもある。名古屋のひつまぶし、諏訪の鰻の名店、そして高知の四万十産鰻、どれもこれもうまいものだ。今年の夏は鰻三昧してみようかなあ。

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お伊勢参りでかき氷

2017年の記憶 #4 昔に撮ったiPhone写真から引っ張り出してきたあれこれ

伊勢神宮入り口にある参詣者向けの商店街というか、門前町というか、土産物や食べ物が楽しめる一角がある。人工的に作られた商店街なのだが、それも随分と時間が経ってすっかり「町っぽく」なっていた。伊勢名物、あんこ餅の「赤福」の社長さんががんばって旗振りをしたそうだ。赤福は本店は実に大きく立派な建物だったが、この「おかげ横丁」の中にも何店か出店している。当然、赤福のあんこ餅を食べる人で賑わっている。ちょっとした順番待ちも起きているので、違う場所に行ってみたら、そこでは「かき氷」を食べている人を見つけた。5月下旬の暑い日だったせいもあり、何やらとてつもなくうまそうに見えて、急遽あんこ餅からかき氷に変更した。

柔らかなかき氷に抹茶味のシロップがかかっていた。少し食べたところで、氷の中にあんこの芯があるのに気がついた。気になって「芯」を確かめてみることにしたら、何やら相当な大きさのあんこ塊が出てきた。氷を食べて、キーンとしてくる頭を、温かいお茶で宥める。箸休めというかスプーン休めにあんこ玉を少し食べる。かき氷が何段階か進化した、ラスボス級かき氷だった。
やはり和菓子の老舗が考えることはさすがだ。物価とか、洗練とか、かき氷には似つかわしくない言葉が浮かんでくる。歴史のある街は違うなあと感心した。この街は、少なくとも江戸中期から300年以上、伊勢参り観光客を相手にしてきた、凄腕の観光業者集団だから「接待商売」のレベルが違う。北海道の自然を全面に押し出した「考えなしの素材提供」と比べれば、その巧妙さのレベル違いは歴然だ、などと文化的考察に浸りつつ、かき氷を堪能した後は「赤福」を追加してしまった。伊勢商人の観光技に完敗だった。

街を歩く

浅草 観音様の裏でアイス

2017年の記憶 #3 昔に撮ったiPhone写真から引っ張り出してきたあれこれ

2017年といえばインバウンドなる業界用語が一般的な言葉として使われ始めた時期だったような記憶がある。町中に跋扈する(としか言いようがない)外国人観光客に、あれこれと言いたいことがあるんだがなあ、などと思っていた。(今は見る影もないが)
浅草寺界隈は、日本人観光客と外国人観光客がミックスされて一種異様なくらいのインターナショナル空間になっていた。お気に入りの洋食屋にできた行列の長さに辟易したものだ。その行列から溢れ出たように、浅草寺の北側も観光客に占拠された感じがしたものだが・・・。このあたりは老舗の和菓子屋や、古風な貫禄のある洋食屋、喫茶店なども多い。そのどこにも行列ができるという賑やかな時代だった。しかし、お茶屋の前に行列ができるとは想像できない。行列に並ぶお客のお目当てはお茶ではなく、お茶を使った甘いもの、アイスクリームだった、

お茶フレーバーのアイスクリームを作るとき、それなりの緑色に仕立てようとすれば、びっくりするほどの抹茶を使うことになる。また、緑茶の緑色はあっという間に退色するので、作り置きをすることが難しい。抹茶アイスが高級で高価なものになる理由だ。スーパーなどで売っている量産品のお茶アイスクリームは当然ながらお茶の含有量は少なく、何らかの対応をすることになる。
このお茶専門店のアイスは、その緑茶関連の問題点を豪速球でねじ伏せた商品を販売し人気があった。写真で見る緑色のアイスクリームは確か「お茶10倍」というものだった。肉眼で見るともっと深い緑に見えていた。味は、お茶の苦味をガツンと感じるほどの強さだった。何やら、「大人限定フレーバー」だなと思った記憶がある。価格も普通品の倍以上したハズだ。お茶屋のプライドを爆発的に発揮しました、という感じだった。

写真をひっくり返して見ていると色々なことが思い出すものだが、このアイスクリームの写真は「思い出す」より「また食べに行きたい」だった。東京に来るなと言われているのでいささか抵抗はあるが、少し落ち着いてきたら浅草寺にお参りに行って、蕎麦を食べて、帰り際にに七味唐辛子と芋羊羹を仕入れて、お茶アイス食べて帰ろうかなどと思う今日この頃。そうそう、地下鉄に乗る前に老舗バーで電気ブランをクイっと。

旅をする

 大阪みなみで酢豚

2017年の記憶 #2 昔に撮ったiPhone写真から引っ張り出してきたあれこれ

2017年の春先に関西に出かけて神社仏閣巡りをした。その時の起点を大阪の「みなみ」にしたのは、高野山が主目的地だったからだ。南海電車の特急で高野山を目指すことにしたための難波泊まりだった。大阪には数知れないほど出張していた。それでも、難波駅界隈に宿泊することはなかった。大体は阪急梅田駅周りに泊まっていた。たまに浮気をしても神戸三宮界隈だっだ。
ホテルの近くで晩飯をと思って、千日前をぶらぶらしていた。有名な洋食屋のカレーを食べに行こうかなどと思っていたが、あの有名な饅頭屋の行列を見つけて気が変わった。饅頭屋の二階にある中華料理やの看板が目についたからだ。そしてその中華料理屋でメニューを見て、これまたなんの躊躇いもなく酢豚定食にした。思い返せば、大阪で酢豚を食べるのは初めてだった。
結果は(個人的な意見だが)、東京酢豚と比べるとちょっと甘い。ただ、他の大阪の中華料理店の酢豚を食べ比べていないので、この店だけの違いなのかもしれない。奈良で食べた酢豚も神戸で食べた酢豚もやはり甘い感じがしたので、やはり関西圏では甘めの味付けが好まれるのかもしれない。甘い酢豚が不味いというつもりもないし、丼飯をモリモリ食べ切るほどで「おかず」として上等なものだった。確かに大阪に行ったら粉物だ、というちょっと偏った意識はあるが、大阪は首都圏に次ぐ大規模都市圏なので洋食や中華もおおいに楽しめるはずだ。次回は中華料理屋巡りでもしてみようか。その時の比較対象は酢豚とチャーハン、天津飯あたりかな。

食べ物レポート

武蔵野うどん 行列の店

2017年の記憶 #1 昔に撮ったiPhone写真から引っ張り出してきたあれこれ

写真のうどんは並

埼玉は隠れうどん県だとテレビのバラエティー番組で言っていた。確かに、初めて首都圏に出てきた頃(場所が所沢で)、なぜか送迎バス付きの大きなうどん屋があるのにびっくりした記憶がある。宴会をうどん屋で???と思ったものだ。それからずいぶん時間が経って、武蔵野うどんなる「固い」うどんが、この地の名物なのだと知った。確かに、加須のうどん懐石なども有名だが、このもぐもぐと噛み締めるうどんは、「武蔵野」という勇ましい響きがよく似合う。
日本三大うどんは、秋田の稲庭うどん、香川の讃岐うどん、長崎の五島うどんだったか? 群馬の水沢うどんを入れたり、富山の氷見うどんを入れたりすることもあるようだが。その著名うどんたちと比べると、武蔵野うどんは田舎っぽい気もするが、だからこその力強さがある。そもそもうどんを注文するときに並、中、大、特大、超特大みたいな頼み方をするものだろうか。香川で食べたタライの釜揚げうどんがそれに近い注文の仕方だったか、あれは人数に応じて頼むものだった。埼玉武蔵野うどんは、1人前の量のことだ。出汁の効いた濃い味のつゆにつけてもぐもぐと噛む。決して啜るうどんではない。食べ終わる頃には顎が疲れている。具材は豚肉が主力だが(肉うどん)、鶏肉やキノコという変化もある。店によってはカレー汁もある。サービスの良い店ではつけ汁二点セットなる食べ比べもできるようになっている。

本店は大宮にあるが、そちらは大駐車場に誘導員がいて交通整理が必要なっくらいの混雑ぶりだが、こちらの川越店も負けず劣らずの混雑で、昼時には駐車場満車は当たり前で入り口前には行列ができる。昼しか営業していないので、混雑を避けるのであれば午後2時くらいに行くが、開店早々の10時に行ってうどんブランチにするか。などと書いているうちに武蔵野うどんが食べたくなってきた。今日の昼飯はどこのうどんにするかな。

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昔々に食べた駅弁 コピーがすごいが・・・

2017年3月に購入したもの

青春18切符 2度目のチャレンジで東海道から山陰本線の旅をした時の昼飯。東海道は一気に京都まで移動して一泊した。次の日は朝早くに駅弁を買い込み、山陰本線で鳥取県倉吉まで。これが、列車の乗り継ぎはまあまあの接続の良さだった。途中の鳥取駅で駅弁を追加して買い込んだのだが、流石に昼飯に駅弁2個は無理だったので、鳥取の駅弁は翌日の朝食になった。

関西味巡りというアバウトなネーミングだったが、うまい駅弁だという記憶が残っただけで、中身がどんなものだったか思い出せない。いわゆる定番のおかずだったのだろう。うまい駅弁というのは案外そういうものだ。横浜崎陽軒のシウマイ弁当も普通のおかずという点では、まさしく普通そうだ。横川の釜飯も同じで、特別な何かが入っているわけではない。米沢の牛肉ど真ん中に至っては、一面に牛挽肉が乗っているだけと言われれば、その通りなのだが、見た目からあのうまさは想像できない。この駅弁の「うまいもんいっぱいあるぞ」の言葉に嘘はなかったが、うまいもんの記憶が残らないのは、ある意味で実に正しい駅弁のあり方のような気がする。

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駅弁なのに「とっとりの居酒屋」

2017年3月に購入 現在は進化しているらしい

青春18きっぷの旅「西日本編」の目的は色々あったが、「食べ物」版で言えば、この鳥取駅販売の駅弁が一番の目的だった。駅弁なのに白飯が見当たらない。イカに詰まっている「すし」はある。それ以外も、飯のおかずというより酒の肴が勢揃い。満足度の高い構成だ。そもそもこれが旅の目的なので、売り切れていると困る。電話で予約をして、到着時間まで告げておいた。駅弁を買うために、ずいぶんと努力をした。お釣りもいらないようにきっちりと小銭まで用意するという準備周到ぶりだった。
鳥取駅での乗り継ぎ時間が10分程度しかなかったので、時間通りつかなければどうしようとドキドキしていた。駅弁買うのにこんな努力をしたのは最初で最後かもしれない。西日本では名物駅弁が多いが、この「とっとりの居酒屋」は購入難度高かったこともあり、現在の個人的な駅弁ランキング西日本編では第一位を保持している。

ご参考までに駅弁屋さんのサイトはこちら ↓
有名な鬼太郎丼も販売中(のはずだ)
https://www.abetori.co.jp