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旅をする

串鳥をオフ札幌で楽しむ

札幌を代表する飲食チェーンといえば、「串鳥」という答えが正解だと思う。札幌にもローカルのチェーン店はいくつかある。とんかつや日本蕎麦、ラーメン、スパゲッテなどで複数店を展開する企業も多い。夜のススキノでは綺麗なお姉さんの接客が売り物の隠れた大チェーンもある。ただし、知名度、店舗数でいえば串鳥がナンバーワンだろう。(いくつかの居酒屋チェーンがあったが、すでに本州資本に買収されているので除外する)その串鳥の札幌市外にある店が、地元の支持を受け盛況だ。飲食店としてはラーメン屋や蕎麦屋がありそうな郊外駅の駅前だが、ランチ営業もしながら、平日では夜も満席になることが多い。焼き鳥のテイクアウトもやっているが、おすすめは若鶏の半身揚げで、焼き鳥屋とは思えない専門店並みのクオリティーの高さだ。(失礼しました。でも、愛用させていただいてます)

今年から、お通し代100円いただくことになりました、すみません、と入り口のポスターに書いてあった。コロナの後遺症だなと同情したが、おすすめの串5本セットを頼むと100円以上値引きしてくれる。ハッピーアワーの時間延長もしてくれる。などなど。お通し代を帳消しにするくらいのサービスも実施中で、さすが串鳥と感心した。豚しそ巻と新生姜の豚巻(食べかけ)は好物なのだが、しそまきは割引セットに入っていたのでお得なお買い物だった。
昔はススキノで串鳥の空いている店を何軒か探し回るのが当たり前だったが(今でも金曜日にはそうなる)、ススキノ以外の住宅地でも串鳥が増えたこともあり、週末に行けばファミレス化している。子供の頃から、じいじばあばと一緒に焼き鳥屋に行く経験をしたら、大人になっても串鳥ファンになるという、まるでマクドナルドのような経営戦略だ。
一度、札幌市民の串鳥接触率を調べてみたいものだ。おそらく、ここ一年で札幌市外から移住してきた新参者を除けば、ほぼ100%ではないのかな。ちなみに東京都内では荻窪と吉祥寺にあるので、串鳥が懐かしくなればちょっと足を伸ばしても良いかなあ。でも、緊急事態宣言と言う禁酒令(それしかできないのかと侮蔑するクズ政策)では、行っても仕方がないか。

旅をする

大通公園がたいへんです

これは7月上旬に撮った写真だが、札幌の夏の名所「大通公園」が、コロナとオリンピックの二つに責められて大変な状況だった。今頃は、会場も公開されてマラソン開始を控えているはずだ。

札幌市中心部に広がる大通公園は季節に応じていろいろなイベントに使われる。冬の雪まつり、夏のビヤガーデンがその代表だが、春秋にもイベントが詰め込まれて、年中なんらかのお祭りが開催されている。そのお祭りの間の期間は、散歩をするにはちょうど良い空間でもあり、観光客、札幌市民合わせて、まさに都市公園の典型的な風景だ。ところが、今年はフェンスとバリケードで封鎖された異形な空間になっている。

公園の中心部である4丁目、5丁目がこの有様で、物々しさと合わせて馬鹿馬鹿しさすら感じてしまう。テロ対策という意味合いもあるのだろうが、反対派にデモや集会をやられるのを避けるということなのではと邪推してしまう。イベントには反対運動が付き物だとは思うが、市民の視点から見れば「なんだかなあ」という気分になるのではないか。

オリンピックパラリンピックが終わった後も1ヶ月近く封鎖は続くらしい。問い合わせ先は組織委だから、何を問い合わせても無視されるか、返事が来るのは来年の今頃になるだろう。それくらい信用のできない組織ときめつけるほど、あれこれやらかしてくれているからなあ。なんだか、9月の会場封鎖期間中に、オリンピックの記念碑でもできそうな怪しさもある。札幌が再度の冬季オリンピックに立候補するとして、そんな怪しげなものを作ると、今回のオリンピックのドタバタが古傷として残るようで逆効果だろうと思う。

封鎖空間を西に一丁ほど歩けば、そこはいつもの大通公園の姿なのだ。しかし、観光客もいないコロナ空間なので、これはこれで異様な光景であるのだなと、無人の芝生を見て思った。普段であれば、この芝生には親子連れが座っていたり、若い学生達が元気に話していたりするのだが。
今年の大通公園はたいへんです。

街を歩く

札幌のあれやこれや

ベンチに座って見上げるテレビ塔

7月の札幌は北国の短い夏を楽しめる大切な時期だった。だったと過去形なのは、ここ10年くらい7月8月は高温期となり、下手をすると東京より気温が高いという酷暑が続くことが多い。札幌に避暑に来たつもりが東京より暑かった経験があまりにも多すぎる。それでも、湿気の少ないカラッとした気候でもあるので、やはり札幌にいくのは7月前半がおすすめだ。

札幌の観光名所、大通公園では夏の間だけ、とうきび屋台が出現する。焼きトウキビと茹でトウキビが楽しめる。トウキビはとうもろこしの北海道表記だ。商品名にトウキビと書いてあれば、北海道生産品である可能性が高い。おすすめは焼きとうもろこしだ。茹でトウキビは自分の家でも簡単にできる。焼きトウキビを公園のベンチに座って一本平らげ、その後は市役所のロビーに行く。
ロビーのはじにある喫茶コーナーで出てくるコーヒーが、いかにも喫茶店らしいストロングな味で、これも札幌での楽しみだ。最近のカフェで出てくるなんとかラテが苦手なせいもあり、コーヒーも味が選べる時は、いつも苦くて濃い味にしている。

市役所で一息入れたら、そこから地下街に潜り込み、軽く散歩をする。東西に伸びるオーロラタウンと、南北に伸びるポールタウンのつながるあたりに、障害者の作った様々な雑貨や食品を売っている店がある。そこをのぞくのも楽しみにしている。ここではブックカバーとか便箋などをよく購入する。あとは焼き立てパンも好みなのでたまに買い込む。今回は、店の中で「札幌黄」という札幌特産のタマネギの販売ポスターを見つけた。札幌黄は甘みが強く、一時期は北海道タマネギの代表的存在だったが、新品種に置き換わりほぼ絶滅していた。それを最近復活させた農家の方達がいる。これも新しい農業の試みだと思うが、一口応援してみようか・・・。札幌鬼はカレーによく合うのだ。

大通公園下の地下街から、札幌駅を繋ぐ地下歩行空間(何とも愛想のない名前だが)で札幌駅を目指す。晴れた日には地上を歩くが、雨が降ったり、雪が降ったりすれば地下道が便利だ。今回は、外があまりに暑いので地下に潜ってしまった。

札幌駅に直結する地下商店街には飲食店が立ち並ぶ一角があり、そこのカフェでたまにコーヒーを飲む。ここはコーヒーの味で選ぶのではなく、一休みするのにとても便利な場所だからだ。自分の中で、喫茶店とカフェの使い分けははっきりとしている。喫茶店は好きなコーヒーを飲むためにわざわざいく場所、カフェは一休みするための空間。その便利な場所のカフェで売っているのが、ロイヤルの冷凍食品で、なるほどなあと感心した。
このカフェはロイヤルの系列店だったのかという発見と、カフェで個食の冷凍食品販売は相性が良いなあという感心だった。手指の消毒をする時に必ず目に入る場所に、商品ポスターがあるというのも商売が上手い。
街歩きをするといろいろな発見があるものだ。

街を歩く

炭オヤジというラーメン屋?

札幌市中心部、狸小路という東西に広がるアーケード商店が最近復活しつつある。昔からの店が相当潰れて、その跡地に外国人観光客向けのドラッグストアーが大増殖していたのが、この一年以上続くコロナの被害でドラッグストアーがどんどん閉店している。そこに色々と新しい店が開店している。街の変化、新陳代謝が進んでいるということた。コロナのせいで活性化されていると言う不思議な状況が生まれた。
その狸小路の西側、7丁目、8丁目界隈に小ぶりな飲食店がたくさん開いて、ちょと小洒落た飲食地域になってきた。その中で、赤星というラーメン屋の社長が居酒屋を開けた。居酒屋なのだが、なぜか昼はラーメンを売っている。姉妹店というよりは、いとこ店という感じだろうか。夜は海鮮居酒屋で焼きもの中心に、刺身などあれこれ。そして、昼はラーメンを出すという、変わった二毛作のような感じの店だ。

午後3時まではラーメン屋、3時を過ぎたら居酒屋になる。その店に2時ごろに入って酒を飲ませてくれるかと聞いたら、簡単なつまみはできるのでどうぞ、ということになった。締めにはラーメンを食べる気満々だったのだが。結局、酔っ払い特有の短期性健忘症で、ラーメンを食べるのをうっかり忘れて帰ってしまった。店長に申し訳ない。

簡単なつまみに含まれるのは「豆腐類」、全品OKとのことだったので、スタミナ豆腐というものを注文した。スタミナだからキムチが乗っているのかな?とか、ニンニク山盛りだったらどうしようとか、あれこれ考えていた。東京の十条で、ニンニクの効いたみそ味の豚汁みたいなものがかかった熱い豆腐を食べた記憶がある。それを思い出したからだが。結局。出てきた豆腐は冷奴で、ネバネバ系、つまりオクラや納豆がトッピングされているというものだった。これはまた想像と随分違う。ふと思いつき、ビビンパのようにぐちゃぐちゃにかき混ぜて、どろっとした粘度の高い半液体をスプーンですくって食べた。これは麻婆豆腐とも違う、ねばねばドロドロの豆腐料理?になるので、初体験に近い。不思議な食べ物だった。

そして、お約束のラーメンを忘れて、締めに頼んだのがザンギ、鳥の唐揚げ北海道スペシャルだ。最近は北海道人でもザンギと鳥の唐揚げの明確な違いが分からないほど、鳥の唐揚げの侵略が進んでいる。しかし、ザンギは一口食べた時、ああこれはザンギ、とわかるシロモノのはずだ。ニンニク生姜醤油味がベースなので、最近の鳥唐揚げとはとても似ている。
この店のザンギは昔ながらの?衣が薄めのもので、好みにバッチリとあっていた。個人的には、鳥の唐揚げとは東京に出てきて、ホカホカ弁当店で売っていた鳥の唐揚げ弁当が原体験だ。世の中にはザンギと違う味の鳥の唐揚げがあることを知った最初の衝撃。文化の地域差を知らされた一撃だった。以来、数十年、居酒屋に行くと鳥の唐揚げを注文し続けたが、やはり北海道外で食べる鳥の唐揚げと、北海道内で食べるザンギは似て非なるものなのだという感覚は強い。ただ、若い店主がやっている店では、そのザンギと鳥唐揚げの差がどんどん縮まっているのも事実で、文化の拡散と変質みたいな。

そんな世間に背を向けるように、この店では正統派ザンギが出てくるので、今後も贔屓にすると決めました。はい。

駅弁

釧路の駅弁

久しぶりに釧路駅から特急で札幌まで移動することにした。楽しみといえば駅弁に決定と思い込んでいたら、なんとお目当ての鯖と鰯のほっかむり寿司が売り切れ。予約しておけば取っておいたのにと販売員の方に言われたが、後の祭りだった。エビやカニの弁当はあるのだが、どうもそこには興味がいかない。ちょっと頭を冷やすため駅の中を彷徨いてみたら、おやきの店を発見した。

世間で二番めにオイシイと言われても、一番はどこなんだと突っ込みたくなる、おもしろ系看板。ここは以前は喫茶店だったのではないかと思うが、記憶が定かではない。ずっと昔には本屋だったような気もする。
さて、「おやき」とは北海道では今川焼き、大判焼きのような物を指す。たい焼きが丸くなった、中にあんこやクリームが入った例の焼き菓子だ。北海道語だと信じていたが、某県民紹介番組で青森の言葉だと解説されていた。へー、と思っていたが、青森からの移民に伴い北海道でも「おやき」が定着したらしい。ザンギとおやきは北海道ごと確信していただけに、ちょっと意外な気もする。この店の向かいはコンビニ店になっていた。キオスクはすっかり土産物屋に変わっていた。釧路駅の中は自分の記憶にあるものと全く変化していた。10年ぶりだったしなあ。

釧路駅は改札口を入ると、地下通路で隣のホームと繋がっている。昔の札幌駅もそうだった。確かに冬を考えると、線路上の橋では寒いだろうな、と妙に納得する。根室方面、網走方面にはこの地下通路を渡った隣のホームから発車する。一番ホームは札幌行きの特急専用みたいだ。

釧路で買うはずだった、2個の駅弁のうちの一つが、この牡蠣の駅弁。一つは車内で食べ、もう一つは晩飯にするはずだったのだが。残念ながらいわし・サバは売り切れで、まぼろしの弁当になってしまった。次に釧路に来る機会があるかどうか考えると、本当に幻になりそうだ。やはり、若い頃にしっかりと試しておくべきだったと後悔したが、それもだめオヤジのぶつぶつになってしまった。

牡蠣の出汁で炊いた味付きご飯の上に、牡蠣が6個乗っているだけという極めてシンプルな見栄えだ。付け合わせも本当にお印程度の卵焼きと漬物なので、まさにこれは牡蠣ご飯を食べるだけの豪速球弁当だった。名物駅弁にはこのパターンが多い。山形の牛肉ど真ん中とか、広島の穴子弁当もこのシンプルのっけご飯パターンだが、どちらもうますぎるくらいうまいので不動の定番人気弁当だ。
うまい駅弁をまた食べたいと思っても、その街を訪れる機会がなければ食べるチャンスはほとんどない。百貨店で開催される駅弁大会や地方物産展に僅かな期待をかけるのがせいぜいだろう。よほど親しい知人がいれば「東京に来る際に買ってきて」と頼むこともできるが。都合よく知人が好物駅弁の街に死んでいることなど、まさしくレアケースで、まぐれでしかない。
一期一会とは駅弁のためにあるような言葉だなあ、などと牡蠣をつまみにビールを飲んでの感想だ。この弁当は、是非また食べたいのだが、駅弁大会にでてきてくれるかな。

旅をする

釧路の変貌がちょっと悲しい

釧路の話をもう少し続ける。釧路市民でこの店を知らない者はいないと言われるレストラン「泉屋」は、初めて釧路に行った時に知人に連れられて以来、数十年愛用している。釧路末広町という大繁華街(当時は本当に人混みが凄かった)で、休日であれば空席待ちをするほどの超がつく繁盛店だったと思う。いわゆる洋食屋なので、メニューは豊富だし肉料理主体なので、若い時代は本当にガツガツと食べ、腹一杯でうまかった記憶しかない。

この泉屋の最強メニューがスパカツで、ミートソースのスパゲッティの上にカツがどんと載っている。今思えば洋食屋であればどこで売っていても良さそうなメニューなのだが、当時はどこにもなかった?ので、他の店で食べた記憶はない。まだ、ファミリーレストランの普及期前で、喫茶店でランチセットを頼むのがオシャレっぽい時代だった。スパゲッティーは喫茶店で食べるものみたいな感覚だった。おそらく、喫茶店ではカツをあげることが面倒くさかったのだろう。そういえば喫茶店ランチにカレーはあってもカツカレーはなかった。
スパカチを食べるには釧路に来て泉屋に行くしかない、とまでは言わないが、それくらいインパクトのあるメニューだった。熱々の鉄板でソースがジュージューしながらテーブルの上に置かれると、思わずゴクッと唾を飲み込んだものだ。生まれて初めての「シズル」を感じた時だったと思う。

その末広町の真ん中にオシャレな百貨店があった。丸井今井釧路店は、飲食店や酒場が取り囲むように立ち並び、釧路地域の商業中心として輝いていた。しかし、いつの間にか百貨店は閉店し、その後に商業ビル化したが、それも閉店してしまったようだ。今やシャッターで閉じられた廃ビルのようで、自転車置き場に変わっている。このシャッターの前を、札幌のススキノを上回るような数の若い人たちが歩き回っていた、などとは想像もできないだろう。夜の8時過ぎには歩道から人が溢れて車道を歩いていたものなのだが。

この親子のブロンズ像はいつ頃できたのだろうか。全く記憶になかったが、おそらく街頭整備でアートが喜ばれた華やかな時代の生き残りなのかもしれない。お母さんの視線が実に良いのだが。

元百貨店の前が放置自転車置き場になるのは、街のスラム化につながる。アメリカの地方都市で、これと全く同じようなことが起きているのを何度も見た。スラム化は犯罪から始まるのではなく、大型ゴミの放置という街の維持機能の低下から始まる。
釧路市役所の方々、ぜひここを見つめ直し、考え直して欲しいと思う。一度スラムになれば、街を取り戻すのには膨大なコストがかかるというのもアメリカ社会が実証している。自分の好きだった街が、劣化していくのは辛いものがある。都市中心部の再開発とまでは言わないが、景観維持、環境維持は市民の財産を守ることにつながる。是非ご検討を。

旅をする

やはり釧路でうまいもの

休日に釧路入りした。本日の夕飯はどこにしようかと迷うところだ。釧路名物と言われれば「炉端焼き」だったはずだが、たまにしかこの街を訪れないと、炉端焼きのどの店が良いのか迷ってしまう。おまけに、休日は休みの店がほとんどだから、炉端焼きは最初からパスと決めていた。いつもの居酒屋でお世話になることにしたのは、そんな消極的な理由だったが、この店の料理は完成度が高いのだよなあ、という信頼感はある。それにしても、店の前が何やら賑やかなのは、やはりこのご時世のせいなのだろう。釧路で牛タン推しに出会うとは思わなかった。

釧路といえば水産業の街で、「魚がうまい」のは間違いないが、その中でも一番の好物は厚岸産の牡蠣だ。当然、生牡蠣を期待していたのだが、どうも季節のせいか蒸し牡蠣か焼き牡蠣になるようで、ちょっと迷ったが蒸し牡蠣を注文した。大粒の牡蠣はうまい。厚岸産の牡蠣は何種類かあるのだが、これが一番大きい種類だった。

ザンタレ 小盛り

釧路の名物、その2としては「ザンギ」が挙げられる。ザンギの発祥の店が、釧路の繁華街にあるというのちょっと有名な話だ。ただし、これについては諸説あるらしく、釧路市民の心情を考えて、ザンギのルーツ談義には突っ込まないようにするのが、正しい釧路の居酒屋作法だろう。昔、実際にそのザンギ発祥の店に行って食べたことがある。その店のザンギは、ちょっと自分の中のザンギ。イメージとは違っていたが、伝説とはそんなものだろう。ちなみにザンギとは、中国の鳥唐揚げ、炸鶏(サーチー? 字もうろ覚えだ)が訛ったものだという話を聞いたことがある。ニンニクや生姜をたっぷり使っているから、案外にも中華風味付けの鳥唐揚げというのは正しいかもしれない。その「ザンギ」に甘酸っぱいタレをかけたのが「ザンタレ」という料理だ。これは釧路市の隣町にある食堂?が有名で、これまたわざわざ食べに行ったこともある。個人的には、宮崎のチキン南蛮と匹敵する優秀鳥料理だと思う。

そして今やすっかり高級品となってしまったつぶ刺し。これも釧路名物というわけではないのだろうが、新鮮なツブが食べられるのであればめでたいことだ。当然、炉端焼きと同じで「焼き物」も色々と食べられるのだが、隠れ名物はシシャモで、釧路の知人は有名な鵡川のしシシャモより釧路のシシャモが格段にうまいという。これにも礼儀正しく反論はしないことにしているが、釧路のしシシャモはリーズナブルな価格で、確かにうまい。スーパーに並んでいるシシャモもどきしか食べたことのないかたには釧路の絶対定番としてお勧めしたい逸品だ。

この居酒屋の隣が、釧路有数の繁華街末広町の中心だと思うのだが、今はすっかり全国チェーンの店に乗っ取られた?感じもある。このビルの最上階がディスコ(古いなあ)だったと知る人は、今やほとんどいないだろう。今は高齢者になったとはいえ、生まれた時から高齢者だったわけでもなく、じいちゃんばあちゃんも昔は「デスコでフィーバー」していたのだ。バブル時代の代名詞であるジュリアナ東京開店よりも5年以上も前のことだ。

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幣舞橋といえば、霧の中?

今や覚えている人の方が少ないと思うが、「釧路の夜という楽曲がとても有名だったことがある。その曲が歌われていた頃は、釧路の夜の街、酒場街は混雑の極みで、札幌の薄野と匹敵するくらいの繁盛ぶりだった記憶がある。その「釧路の夜」がかかるモニュメントが、もう一つの釧路名物、幣舞橋のたもとにあった。これは初見で、モニュメントに近づいたら、あの気だるい声の歌が突然流れ出してびっくりした。

どうやら夜にはライトアップされるこの場所は、インバウンド向けと思しき写真スポットのようだった。この時は若いカップルが1組座っていたが、自分ともうひとりのおっさんが写真をとっているだけで、観光客の姿は見当たらない。ちょっと残念な感じだった。夏もさかりになれば、もっと人が集まるのだろうか。

幣舞橋(ぬさまいばし)は、北海道人にはそれなりに有名だと思う。この橋の反対側が小高い丘になっていて、NHKの天気予報などで流す釧路の風景というと、その丘の上からとった幣舞橋というシーンが定番だからだ。札幌のテレビ塔上から撮った大通公園と同じくらいの定番シーンだ。当たり前だが、市内の幹線道路が通る橋なので車は通るが人通りは少ない。それでも、日本3大がっかり名所とされる某県某橋とは違い、名所としての規模感なるほどというもので、観光地としては大変良くできました的な感じがする。この幣舞橋のすぐ近くが釧路の繁華街なのだが、都市機能の郊外移動が激しい北海道では、当然ながらゴーストタウン化が進んでいる。それはまた別の稿で。

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釧路駅前で思うこと

道東という言葉がある。北海道の東部地域という意味合いで、同じように道北、道南、道央となる。道西はない。十勝がちょっと微妙で、位置的に道東にあたると思うが、十勝モンロー主義などと言われるように、十勝は一種独立的地域で「とかち」という存在を見せつけるところがある。道央の中心都市は札幌、道北が旭川、道南が函館というのに異論はないだろうが、道東については釧路というとちょっと微妙な感じになる。十勝の帯広の方が今や都市規模としては大きい。帯広駅はすでに高架化され新しくなっているが、釧路駅は昭和の駅感がたっぷりだ。(そこが情緒的には良いところだと思うが)

釧路といえば「丹頂鶴」と短絡的に思い込んでいたが、よく考えると最近では釧路湿原の方が知名度が高いかもしれない。周辺は木材、石炭、硫黄の産地で、釧路はその積み出し港であり物資集積地として発展した。産業基盤は水産業、石炭鉱山、そして製紙工場と一次・二次産業が厚く、まさに道東の中心地だった。道東の中核都市釧路は、また観光地の起点でもあり、阿寒湖、摩周湖に代表される道東観光は北海道の人気抜群な観光地でもあった。自分の中では、函館よりもお気に入りの観光地だった。釧路の街がとてつもなく元気で賑やかだった頃のお話だ。

釧路から伸びる鉄道網は、北海道東部の産業基盤を支える動脈であった。釧路から東に伸びる花咲線と、西に伸びる根室本線がある。根室本線が幹線で、旭川から帯広を経由して釧路を結ぶ北海道東部のメインルートだった。のちに、根室本線は旭川発ではなく滝川から富良野経由に変わり、その後は日高山脈越えで札幌→帯広→釧路と走る石勝線に変わり札幌からの移動時間が短縮された。釧路と網走を結ぶ釧網線も道東の2大都市を結ぶ産業路線だった。鉄道華やかなりし時代の跡が、この周年記念プレートになる。釧路の栄華の跡とも言える。

釧路駅のホームに立つと、ラッピング列車が止まっていた。ただ、ちょっと悲しいのが二両編成のうち、一両だけなのだ。なんだか、JR北海道の苦境がそのまま現れているようで物悲しい。確かに、北海移動何のローカル線で一両編成の列車を1日に何本か走らせるために鉄路の維持管理を行うのは経営的に大変なことだろう。バスへの運行切り替えにすれば、鉄路維持費は無くなり、道路の維持費は国と自治体持ちだ。経済的な意味をわきまえない、鉄道ノスタルジーでは語れないリアルな経営の話なのだ。昔のように貨客車を走らせて運行効率を上げるとか、駅に宅配便の営業所を直結するとか、何か新しいビジネスモデルがいるはずなのだが。民営化されているのだからコラボ企画で黒猫ラッピング車とか、飛脚のマークの車とか開発しても良さそうなのになあ。
この一両だけのラッピング車両は、個人的にはなんとか鉄道残して欲しいなあ、と思わせる切ない光景だった。

食べ物レポート

海老ラーメンの本店 ニューウェーブから老舗へ

えびそばと聞くと、塩味のラーメンに炒めたエビがばらっと乗っている光景を思い出す。東京の中華料理屋で、これが名物だと勧められて食べたが、あまり感動もせずに終わった。東京の名物ってこんなものかと言う、残念感が強かった。以来、中華料理屋でえびそばなるものがメニューにあっても、全く興味がわかないまま数十年(笑)たった。個人的感想なのだが、東京人はエビに対するリスペクト度合いというか、偏愛ぶりが甚だしいような気がしている。たかがエビになぜそんな有り難みを感じる?と言うのが素直な気分だ。ちなみに生まれ育った北海道ではエビが安いせいだろうとは思う。エビは高級品ではない地方なのだ。
ところが、10年ほど前に北海道で行列ができるエビそばの店があると聞いたが、ふーんと思いつつしばらく放っておいた。エビがどうした、と言う気分だった。それでも多少は気になっていたので、すすきので飲んだ帰りに立ち寄ったいつものラーメン屋が満員だったせいで、ふとえびそばを食べに行ってみようかと思った。ススキノの真ん中から5分も歩けばたどり着く、ススキノの外れにその店はあった。夜にもかかわらず待ち客がいたのはちょっと感心した。

豚骨とエビスープの合わせたものに、平打ち麺という、ちょっと変わったラーメンだった。魚介出汁と豚骨のWスープが本格的に広まり出した頃で、魚介出汁の代わりにエビを使ったのかと思った。まあ、ありがちなちょっと趣向の変わったラーメン、などとお気楽に考えていたが、一口食べて認識が変わった。「海老」のうまさはラーメンに合う。多分、海老出汁だけでは生臭くてうまいスープにならない。豚骨という動物系の合わせスープが生み出す調和というかイイトコ取りだ。
麺が選べたり、スープの海老出汁の強弱が選べたり、細かいところも調整可能なのが良い。ラーメン作りに「計算が行き届く」という表現が適切かとは思うが、まさに計算尽くされた一品という感じがした。以来、機会があれば足を運ぶ好みのラーメン屋になった。千歳空港のラーメン店街ではダントツの行列の長さで人気ぶりが知れる。今や、札幌を代表するラーメン店だが、そろそろ次の一手を見せてくれないだろうか。期待してるのでありますよ。