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焼き鳥番長@松本 GJ

松本つなぐ横丁の店舗ラインナップはサイトで見てもらうのが一番わかりやすい。色々な店があるので、好みの店を見つけてそこに行くのもよし。ぶらりとはしご酒をするのもよし。価格はリーズナブルだから、ちょい飲みでサクッと済ませる、ガツン飲みでどすこい気分、どちらも可能だ。

やきとり番長のカウンター席はこんな感じで、自信作は生レモンサワーらしい。カウンターの上にレモンが山盛りになっていた。「美味だれ焼き鳥」の提灯がよく目立つ。たしかに「タレ」が自慢だというのはよくわかる。ただ、やはり焼き鳥は肉の鮮度と焼き加減できまるので、そこの技にブレがないのが最低条件だろう。
比較的大振りの焼き鳥だが、火通りに問題なし。塩加減上等。うまい焼き鳥屋はこの最低条件に問題を感じさせない。普通に出してくるから当たり前と思ってしまうが、この最低条件をクリアできない、つまりまずいと感じる焼き鳥は多い。日通りが悪く生の部分があったり、逆に焦げ付いていたり。塩味がしない焼き鳥は食えたものではない。その塩味のしない焼き鳥に塩をかけても、まずさは変わらない。
チェーン居酒屋ではうまい焼き鳥が出てくることが稀なので、やはり焼き鳥は専門店に限るし、力の差が目立つ。その焼き鳥専門店の中でも、やはりランクというか腕前の差があるので、うまい店を見つけるのはなかなか大変だ。たかが焼き鳥、されど焼き鳥といつも思っている。個人的な活動領域で言えば、高田馬場には良い店が何軒かある。新宿や渋谷、池袋などの繁華街では、焼き鳥は既に消滅した文化のような気がする。

せせり 仕入れの力が見える一品

好みの焼き鳥は砂肝、セセリ、つくねだが、この3種はその店の調達力、鮮度管理、工程管理が露骨に出る「こわい」しろものだ。ちょっとした手抜きや手違いであっという間にひどい商品になってしまう。だから、初めて入る焼き鳥屋では最初に砂肝を注文して、その店のレベルを判断することにしている。
砂肝がダメなら、即時に会計して店を出るべきだ。おそらく焼き鳥で一番味を誤魔化せない部位で、鮮度管理も難しい。セセリも焼き加減が難しいので、焼き方の腕前判定には良いと思っている。また、セセリは調達するのが難しい貴重部位なので「仕入れの力」みたいなものも判断できる。
この店は、その三品全てが高い水準で、焼き鳥屋・エースマークあるいは個人的に星三つを進呈したい。その上で「美味だれ」なので大満足ということだ。

この店の箸袋は、ちょっと工夫がされていて、開運と書かれた部分をめくると。「おみくじ」になっている。今回は中吉だった。まあ、この頃の自分の運勢を顧みると中吉でも出来過ぎという気がする。今年は凶が続くことが多く、そろそろ厄落としをしたいものだから、焼き鳥屋で験担ぎも悪くないなあ。

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つなぐ横丁で焼き鳥

松本駅から徒歩2分くらい ただし、飲み屋街とは反対側

松本駅を降りて右手、東側に進むとホテルの一階に「つなぐ横丁」がある。全国あちこちにある屋台団地のようなもので、カウンター席が10くらい、テーブルが2−4卓という小ぶりな店が10軒くらい入っている。トイレは共用だが、多種多様な店が詰め込まれていて、横丁内ではしご酒も可能だ。焼き鳥屋でビールで乾杯、隣の餃子屋でハイボールを楽しみ、締めはタイ式焼きそばで、みたいな楽しみ方ができる。今やすっかり廃れてしまった、なんでも置いてある総合居酒屋みたいなものだが、専門店の集合体なので、やはり「味」に特徴があるこだわりの店として期待できる。

とりあえず横丁の中をぶらついてどんな店があるかを確認した。その後は、迷わず焼き鳥店に突入。最初に「中生」を注文したのだが、飲み屋で酒を頼むのも随分久しぶりだ。

この「やきとり番長」を目的に松本つなぐ横丁に来た。そもそもの話で言えば、札幌駅高架下にできた「つなぐ横丁」に飲みに行った時に、実は本店は松本の駅前にあるという話を聞いたからだ。おまけに「やきとり番長」という仙台にある居酒屋によく行っていたので、勝手に本店は仙台で、それが松本、札幌と広がってきたと思い込んでいた。実際には、仙台の焼き鳥番長は無関係らしい。

好物の砂肝 新鮮で臭みがない GJ

ここの焼き鳥は「うまい」と思う。世の中にうまい焼き鳥屋はたくさんある。札幌の「串鳥」はチェーン店でありながら、どの店もレベルが高い。焼き鳥屋といえば大衆店の典型みたいなものだが、個店では予約の取れない名人的な店もある。ただ、大衆料理の雄である焼き鳥屋で名人みたいのものはいらないなと思う。人気が出た焼き鳥屋が二店、三店と支店を広げるみたいなパターンが望ましいと、勝手に思い込んでいるが、この店はそのパターンらしい。
焼き鳥ダレが別添で提供される。カップに入ったものとスクーイズボトルに入ったものが出される。中身はどちらも同じなので使い方はお好みでと言われた。カップの方は串を持ってドボンとつける。スクイーズボトルは、マヨネーズやケチャップのように細長く絞りながら串の上にかけるスタイルのようだ。東松山の焼き鳥につく味噌ダレに似ている。こちらは味噌というより、ドロっとしたニンニクの効いたパンチのあるタレだが、個人的には絞ってかける方が量の調整ができて嬉しい。この追い掛けタレスタイルは全国の焼き鳥屋に広まって欲しいものだ。

【この稿続く

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縄手と松本城

松本城の近くを流れる小さな川がある。先日、某国営放送の旅バラエティー番組で松本城の成り立ちをあれこれと解説していた。この川がお城防衛の主要装置であったということを初めて知った。その川沿いに色々なお店が立ち並ぶ一角がある。土産物屋のような店、軽食の店、陶器屋、骨董品、ベーカリーなど雑多な店が立ちならぶ。ぶらぶら歩きにはなかなかたまらない場所だ。お目当てにしていたベーカリーはなんと休業日で当てが外れたが、陶器屋で安い蕎麦猪口を二つほど手に入れ、ほぼ満足した。

四柱神社 大物神揃いだ

その縄手筋の端っこにあるのが大きな神社で、建立が明治12年となると戊辰戦争後の明治新政府の政策神社だと思われる。そもそもつい目の先が諏訪大社の近くという場所で、日本神話の大物神々が4柱も祀られる時点で、神様の政治利用が見え見えだ。そもそも松本は徳川譜代大名の支配地が長く、目的も西国から反乱軍が中山道経由で江戸を攻める時の防衛拠点だから、明治政府にとっては邪魔な場所の代表格だったはずだ。

お城の入り口に続く堀を渡る橋

松本市内を地形図で見ると、確かに松本城は山と川で囲まれた優秀な防衛拠点で、お城の周りに大手町という街の中心が出来上がっている。松本駅とお城はちょっと離れた場所になる。旧市街地から離れたところに鉄道駅があるというのも、明治以降開発が進んだ地方中核都市の典型だ。だから、お城の周りには市役所とか銀行とか商工会議所みたいな政経の中核機関が立ち並ぶ。それに小判鮫のように飲み屋街ができる。そこに意図的に政治目的みえみえの神社が建立される。嫌味な世界だ。

今は国宝松本城を取り巻く公園として整備されているが、この遊歩道あたりは城攻めの決戦地なのだよななどと思いつつ、お堀を渡り天守閣方向に歩いていく。視覚的には良くできた公園だと思うが、観光客がほとんどいない。散歩をする市民の姿も少ない感じがする。ご時世だなあ。

お堀の向こうに見える天守閣は、もう少し青空が目立っていれば、「ぬけ」の良い光景、写真になるのになあなどと思いつつ、アングルを変えて何枚か撮った。松本城には何度も通っているが、やはりこの角度から取るお城が一番フォトジェニックな気がする。特に、空気の透明度が高い初冬が良いとは思うが、空気感でいえば春先も捨てがたい。これはスマホで撮った写真だが、実は保存用写真を撮るために一眼レフカメラも持ち込んでいた。趣向を変えながら大量に撮影した。お城の向こうには北アルプスの山々が広がる、松本らしい風景なのだよ。

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松本駅前 夜に彷徨う

駅前といえば絶対定番の土産物屋だが、最近は駅のキオスク(JR東日本ではNewDays)が、巨大お土産物屋するケースが多い。新幹線駅に限らず在来線でも特急駅は大体そうなっている。松本駅もその典型例で、昔ながらのお土産物屋が一見とはいえ生き残っているのは嬉しい。地酒やらお菓子やら、お店独自のセレクションを見るのが楽しみだ。流石に閉店前で客は1組だけだったが、長く続いてほしい街角の重要な風景パーツだろう。松本駅前のバスセンター地下にも大きな土産物屋があったが、そこは品揃えがまたちょっと違っていた。

信州といえば「馬刺し」と、観光行動テンプレート通りに馬刺しを求めて夜の街を歩き回っていた。看板に馬刺しの文字を発見してふらふらと入った居酒屋は客もまばらで、コロナの後遺症という言葉が思い浮かぶ。看板にある山賊焼も気になる食べ物だが、今回は馬刺し一択だ。

地元松本の酒を燗酒にしてもらった。ちびりと日本酒を舐めながら、生姜醤油煮付けた馬肉を食べる。ねっとりとした感触と、弾力のある噛みごたえが馬刺しの特徴だが、なんだか「肉」を食べているという気がする。初めて馬刺しを食べた時、随分「生」な感じのするマグロだなと勘違いしたものだが、今ではマグロより好みかもしれない。ただ、都内の居酒屋で出てくるものは、カチカチの冷凍薄切りなので、やはり馬刺しは生が良いなと思う。熊本も馬刺しで有名だが、あちらではニンニクで食べたので、東西で馬刺し文化は違うのだろう。

軽く締めにラーメンでも、と酔っ払いオヤジ特有の行動で、ふらふら歩いて発見した「レトロ」な看板にちょっと感動した。看板をよく眺めると、坦々麺推しらしいが、このカタカナで書かれたタンタンメンは、全国あちこちで感じの坦々麺とは似て非なるものであることが多く、その点でも興味が惹かれた。しかし、店名がラーメン屋らしくない。結局、歩き疲れてしまいラーメンを食べることなくホテルに戻ってしまったので、タンタンメンの謎は解明できないまま。ちょっと残念なのだ。

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夜の松本駅前

長野県第二の都市、松本の名物はなんと言ってもお城だろう。ただ、長野県の中央部に位置するだけに、駅前のバスセンターから出発する長距離バスの目的地が、なかなか壮観だ。東西に伸びる中山道の中間点みたいなものか。

ただし、夜になると人通りは少ない。というか、夜7時で皆無。おそらく、松本の住人は大多数が自動車通勤なのではないか。だから、このご時世では会社から家までまっすぐ帰ってしまう。旅行者も少ないし。実は何度も来たことがある松本だが、夜の街を歩くのは初めてで、夜歩きの気づきを何回かに分けて書いてみようと思う。。

食べ物レポート

弁当のご飯「抜き」

ここ最近のお気に入り ご飯たっぷりの高菜弁当は満腹の友

弁当というか「変形どんぶり」というべきか、どちらにしてもすっかり好みになったご飯たっぷりの高菜弁当。そもそもホカ弁とは、あつあつのご飯を食べるためにおかずが添え物的にあるというもの、ご飯が主体でおかずはおまけ(笑)。白飯優先の食べ物だと思っている。
ホカ弁=ドカベンだと信じているので、ご飯少なめで、栄養バランスよくちまちまとした幕の内弁当みたいなものは、ホカ弁界では人気がないのではと勝手に思っていた。ところがぼうっとメニューを眺めていると「おかず単品販売」という文字がある。アレレという疑問を感じてしまった。ご飯なしのホカ弁って、なんだよそれという気分だ。

見た目はちょっと平らなカツ丼 ご飯の高さだけ低くなる

善意に解釈すれば、追加おかずという大食らいに親切な対応だろうか。のり弁だけでは足りずに、鳥唐揚げ単品を頼むという感じだ。まあ、のり弁に鳥から弁当というW弁当を頼む強者もいるには違いないが、おかず追加はガツンと食いたい客からは普通にありそうだ。ただ、そこでも湧き上がる追加の疑問が、丼の頭だけ、つまりカツ丼の上だけに相当する、「カツ卵とじ煮」なる存在だった。いや、弁当のおかず単品はありだとして、丼の上だけって・・・。
老舗の蕎麦屋に行けば天ぷらそばの蕎麦抜きを注文できる。天ぷらを肴にちびちびと日本酒を飲む。それもそばつゆに浸かりちょっとぶよっとしてきた衣を剥がして肴にする。確かに、こういう食べ物がある。そして、うまい。ただし、蕎麦屋で頼む蕎麦でない方という「裏的」存在だ。
居酒屋でもたまに「カツ玉子とじ」みたいなメニューがあり、確かにあれで飲むビールはうまい。だからカツ丼の頭が単品としてまずいはずはない。仙台にあるお気に入りの居酒屋ではカツカレーの飯抜きがメニューに存在する。これはまさしく絶品で、ハイボールとの相性が最高だ。

牛丼の飯抜きは牛皿として存在している。牛皿を牛丼(並)と合わせて注文して、牛皿を全部そのまま牛丼(並)の上に乗せる。頭特盛の上をいくスーパー牛丼をセルフで完成させることができる。この食べ方は牛丼のプロ級レシピーだと信じている。(ただし、価格は倍になる高額、高級牛丼だが)
これと同じで、カツ丼を頼み、その上にカツ卵とじ追加というスーパーカツ丼を食べたい人もいるかもしれないが・・・。ご飯に合わせてちょっと甘辛く煮付けたトンカツは、酒の肴としてはうまい。この上に冷蔵庫の中に入っている紅生姜でもふりかければ、また一段とうまくなるだろうとは思う。味が濃いめなので、冷えた吟醸酒あたりが合いそうだ。フルボディーの赤ワインも良いかもしれない。
昨今流行りのアレンジメニューというより「ヌキ」メニューだから、手抜き感は半端がない。が、ゴテゴテと飾り立てるより、いらないものをどんどん「抜いていく」断捨離メニューの方がご時世にあっているか・・・。などとつまらぬ妄想をめぐらしながらお庭で昼酒にしようと思ったのでありますよ。

街を歩く

新宿は被災地

テナント看板が白地とは  名物店だった大型食べ放題の店は消えたようだ

元・新宿コマ劇場前広場がただの平面になっていた。先日、所用の途中で新宿歌舞伎町の中心部を歩いて感じた違和感だ。新宿コマ劇場が建て替えられて、その後にはゴジラヘッドが屋上にオブジェとして展示?されているホテルと映画館の複合ビルに変わった。そして、コマ劇場前の広場は柵があり、そこには多種多様の怪しい人影が朝から深夜まで出没する、ちょっと無法的というかアナーキーな感じのする新宿歌舞伎町らしさが漂っていた。
ここから、もう少し北側、大久保寄りに行けばもっと怪しい雰囲気の飲屋街と風俗街が立ち並び、逆に南側には靖国通りを渡って明るい新宿駅前商店街が立ち並ぶ。その中間こそディープ新宿なテイストが漂っていた。
新宿を舞台にした警察小説の名作「新宿鮫シリーズ」や、任侠ゲームの名作「龍が如く」の舞台であり、「魔界都市新宿」では魔物の巣食う街だった、あの歌舞伎町のど真ん中が、何もないただの「平面」になっていた。広場というより、ものすごく幅の広い歩道だ。
おそらくコロナ感染に伴う路上飲み対策なのだろう。本当に何もない。高田馬場駅前の広場も学生が飲んで大騒ぎをするというので、噴水が撤去され、公園になり、いまでは柵がまわされて立ち入り禁止になっている。それよりももっとひどい都会特有の無機質空間になった。路上飲みが流行っているくらいなのだから、当然のように、広場周りにあった数多くの居酒屋、レストランなどは閉店している。新宿歌舞伎町のビルの看板が白くなることなど想像もできないことだった。

昼でも明かりのついていない1階テナント

元・新宿コマ劇場前の一等地で、一階の路面店が消滅している。高い家賃に見合うだけの人出がなくなったこともあるだろうが、商売が人の「密」を前提にしていることが致命傷だったのだろう。首都圏の某知事が新宿歌舞伎町を目の敵にしたことも主因だと思う。某知事は、生贄を見つけ出し、それを市民の前に差し出し火炙りにするような仕事ぶりで信任を受けようとした。ずいぶん露骨な政策だったと思う。
フランス市民革命時の革命暴力政治家や戊辰戦争後の明治新政府下級武士の成り上がりたちと同じ手法だ。この後はマッチポンプのように外国人観光客誘致活動あたりを言い始めるに違いない。オリンピック開催を成功だと自画自賛する知性(痴性かも)と感性では「恥」とか「反省」という言葉には縁がないだろうし。
経済的な不況では何度も厳しい状況に対応してきた歌舞伎町も大規模感染症には勝てなかった。病に負けたよいうより、政治に負けたのだから、対応策はあまりみあたらない。ゴーストタウンを作るには、バカな政治屋が一人いれば良いのだという「歴史的学び」が、今、現在、東京都新宿区歌舞伎町に存在している。

12月には復活するのだろうか。

食べ物レポート

九州発のお弁当 満腹感に異変

ほっともっとの弁当は、時々すごいものが登場するので目が離せない。ただ、普段から使うにはお店がちょっと遠いのでそこが悩ましい。今月は「月見」が目玉のようだが、ハンバーガーをはじめとしたありとあらゆる業種で「月見」フェアになっているので、ああここも月見なのねという感じになってしまう。確かに温玉とつくねの組み合わせはうまそうだが。業界全体の卵保護政策は、なんだかなあと思う。卵は値上がりしているし。

今回はネットのニュースで見たお弁当。のり弁の変形板で、九州ではローカルメニューとして定番とのことだが、関東圏では新登場らしい。確かに高菜の油炒めは九州特有の食べ方だと思う。生まれて初めて高菜を食べたのは、九州出身の偉い人が土産に持たせてくれた時だ。独特の酸味と発酵臭があるので、食べなれない人にはちょっと気になるかもしれない。個人的には酸味が出ているくらい発酵が進んだ漬物が好物なので、初めて食べた時から気に入った。当時は、関東圏で高菜漬けを手に入れるのは難しかったような記憶がある。九州出張の時の定番土産だった。今はごくごく当たり前にスーパーの漬物売り場に並んでいる。ありがたいことだ。
しかし、ホカ弁で消費期限が表示されるような時代なのだなあ。賞味ではなく消費期限というのが、時代の厳しさだ。

高菜の緑と炒り卵の黄色、そこに紅生姜の赤が乗った3色弁当で、のり弁とは違うゴージャスさみたいなものがある。とり天は柔らかい胸肉なので、甘辛いタレとよくあっている。のり弁のちくわ天は、あのチープさが弁当を引き締めている(笑)と思うが、とり天はほんのりと上品で、そこに微妙な差がある。これが鳥の唐揚げだとワイルドすぎて高菜と喧嘩するだろう。
個人的な好みで言えば、もう少し高菜を全面的にびっちりと敷き詰めて欲しい。のり弁のノリのように、どこを食べても高菜が感じられるようにして欲しい。のり弁の海苔の裏側にあるおかか的存在も加えて欲しいなあ。家庭の弁当のように、高菜・ごはん・高菜・ご飯的なサンドイッチ高菜弁当にしてもらっても良い。
しかし、この高菜弁当は弁当というネーミングながら、ほぼ「丼」的なしろもので、おかずwithライスではなく、トッピングOn theライス ではないか。あえて言えば貧乏人のどんぶり的なシンプルさで、これに匹敵するのは、ねこまんま(これも好物だが)くらいだろう。
あまりのコメの多さに満腹感が最大値を振り切った感じがする。のり弁の5割り増しくらいのコメの量ではないのか。あまりに気になってプレナスにお問い合わせをしてみた。結果は予想外で、のり弁の方が高菜弁当より、ご飯の量は多い。
のり弁のご飯は多すぎると思ったことはない。確かにすごい満腹感はあるが・・・。のり弁を食べて白飯の量の問題を感じた記憶がないので、自分の腹の容量が減ったのかもしれない。感覚は当てにならないものだなあ。

食べ物レポート

唐辛子最終収穫は微妙な量で

プランター栽培の唐辛子を放置していた。完熟赤唐辛子にしようと思っていたのだが、後からずいぶんと新しい実がついたようで、青唐辛子が目立ってきた。全部を放置するという手もあるかと思っていたのだが、赤唐辛子になった物が乾燥してきたり変色したりしたので、一気に全部採ってしまうことにした。だいたい赤と青が半々くらいで、これをどう処理しようかと悩んでしまった。加工するには量が足りない。なので、これはこのまま放置完乾燥させて、クラッシュペッパーにしようと決めた。
乾燥した後で、中からタネを取り出して来年に備えるということも考えたが、多分、F1だと思うので、タネをまいてもろくに育たないような気がする。今年の成果としては、二つ買ってきた苗でそれなりに収穫もできたし、加工品も瓶2本程度できたし十分満足できたので、来年には大量生産しても意味がない。苗3本に増やすくらいでちょうど良い。それ以上は必要ないし。
青いゆずを手に入れて、柚子胡椒もどきにする手もあるかなどと考えたが、柚子が手に入るのは冬になってから。そもそも来年はコロナが流行っていなければ、のんびり唐辛子栽培などすることもない気がする。
もし来年もコロナでステイホームになるとすれば、タバスコソースを自家製するくらい唐辛子栽培してみるか、などと秋の夢を見ておりますが。

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とんかつは飲み物って、すごい

普通に店名を見るとギョッとする人が多いと思う。トンカツをゴクゴクと飲むのは、物理的に無理だろうと思うが、感覚的には飲み物的に流し込むほどトンカツが好きだということを表している。などと自分を納得させてみた。この店は「カレーは飲み物」という店を展開している会社の新業態なので、まあ、看板でびっくりさせて客を呼ぶというジョーク的店名だと思うことにした。カレーであれば、液体と言えないこともないので、ゴクゴクと飲むことは、できるんだろうけれど。
そもそも、カレーは飲み物といったのは、某大食いタレントだったそうだから、大食漢の感じる食意識は色々と特殊だということで理解すべきだろう。そして、この店舗の前を通り過ぎた先に、お目当ての「なぜ蕎麦にラー油を入れるのか」がある。新宿の外れというか大久保の端というか西武新宿駅の北端で営業している。昼時はそれなりに混雑している。夜はそば居酒屋?になるようだが。

コロナのせいでずいぶん久しぶりの来店になった。今回はかなり腹ペコ状態でいったので、久々に中盛りにしてみた。いつもだと感触が難しいので、小盛りにしているのだが気合を入れて中盛りに挑戦した。見た目は小森とあまりに変わらないのだが・それは丼に持っているからのマジックで、普通の蕎麦の2食分ほどになる。前半は海苔と蕎麦を中心に食べ、後半は追加で入れたラー油と肉を中心にして食べる。生卵を入れるとつゆが甘くなるので、今回はパス。あれこれ作戦を立ててみたが、なんとか完食できた。ここのそばはかみごたえがあるので、満腹中枢を刺激するから、食べ終わると動くのが嫌になるくらい腹が膨れる。いつもなら諦める、蕎麦湯に魚粉を入れて締めるというお作法も今回は達成できた。やはり、限界まで空腹にしておくという蕎麦完食行動における準備は重要だと理解した。
駅前にある立ちぐい蕎麦屋でサラサラと蕎麦を啜るのも良いが、こうしてガツンと食べる蕎麦もいいものだ。次回は、トンカツをサラサラと飲んでみようかなあ、とは決して思わないが。