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街を歩く

ルーティン

最近の飛行機旅ルーティンは、まず羽田空港ターミナル地下にある蕎麦屋から始まる。性格に言えば蕎麦屋ではなく、メルセデスベンツ・ショールームにあるかカフェコーナーだ。そこで、虎ノ門にあった立ち食い蕎麦港屋のそばが食べられる。温かい蕎麦もあるが冷たいそば、一択だ。以前と比べて心なしかそばの盛りが少ない気がするが、この量がちょうど良い。在りし日の港屋は満腹になるほどのボリュームだったが、今の体調を考えるとこれくらいの量がありがたい。ラー油蕎麦元祖の冷たい肉蕎麦で腹ごしらえをしたら旅が始まる。
現在の状況では機内で空弁を楽しむなど、人外の所業扱いされるので、時間に余裕を持って搭乗前に食事を済ませるのも旅の嗜みだろう。

千歳空港で降り立った後は、JRで移動する。今年、土地の値上がりが激しいことでニュースになった場所が実家があるところで、駅を降りたらいきなりドーム球場のオープン・カウントダウンでお出迎えになった。
確かに、ドーム建設が開始されてから駅構内の設備も改装され新しい雰囲気になっている。びっくりしたのは「お土産コーナー」併設のコンビニエンスストアが開いていたことで、北海道外からの野球観戦者にターゲットを当てた商売が始まっていることだ。さすが、コンビニ店舗数一位のブランドだけに、商売熱心というかあざといやり口だなと思う。ただ駅前からコンビニが消えていたので、住民にはありがたいだろう。

全く知らなかたご当地キャラも隣でお出迎え。写真は逆光になっている。これは撮影の腕前が下手くそなせいもあるが、展示の位置、高さなどに工夫が足りない。台座を高くして、ゆるキャラと並んで写真を撮るような仕組みを考えるべきだ。どうも、この辺りの詰めが甘いのは全国共通で、ローカル観光業の手抜きと言われても仕方がないところだろう。勉強不足なのか、勉強する気がないのか、などと辛辣な考えになってしまう。

駅を出たら30mでローカルチェーン焼き鳥屋が待っている。そこで、好きな串を4−5本注文し、コップ酒をあおれば、とりあえず旅のルーティンはおしまい。この焼き鳥屋を出る頃にはすっかり旅の目的を果たしてしまった気がしてくる。このまま飛行機に乗って家まで帰ってもいいかな、などとほろ酔い加減で思うのでありました。

街を歩く

東京弁当に満足した

歌舞伎座の真前にある弁当屋で、花見弁当を買って散歩をしようなどと書いてみたが、本当に花見弁当を買いたくなって、わざわざ東銀座まで行ってしまった。そして店内に入って初めて気が付いたのだが、この店は千住に本店がある和惣菜の支店だった。店内には弁当だけではなく、さまざまな和惣菜が並んでいた。随分と魅力的な商品が並んでいて、心引かれるものがあったが、初志貫徹で弁当を買うことにした。
気になっていたのは、行楽弁当ではなく普段使いと予想している「東京弁当」だ。迷わず一択・・・と思っていたのだが、なんとそこには罠があり、東京弁当は「鳥」と「豚」のに2種類がある。
これには参った。両方買って帰るという手もあるかと、一瞬考えでしまった。だが、試しに弁当を持ってみると、ずいぶん重たい。弁当としてはずっしりしている。体感的に、コンビニ弁当の5割増しくらいの手応えだった。
これは、ふたつは食えないなと判断し、豚は次回にしようと諦め「鳥」弁当を選んだ。ところが、会計をする時に、従業員の方から「鳥弁当で間違いございませんか」と駄目押しされてしまった。向こうは、鳥と豚取り違えのないようにと親切心で尋ねてくれたのだと思うが、やはり豚にするべきだったかと、心が乱れてしまう。親切さが恨めしいやら、悩ましいやら。

家に戻り蓋を開けてみて、これはびっくりだった。弁当の一面が鳥で覆い尽くされている。鰻重のルックスもこれに近いが、鶏肉は厚みがあるのでその分迫力がある。肉の下に何やら野菜らしきものが見えているが、とにかく鳥のボリュームが凄すぎる。どうやって食べようかとまとった上で、鳥をふたの方に移してみることにした。

なんというか、おやまあ・・・という感想しか出てこない。鶏肉を取り除けてみれば、その下には和装材、お麩や湯葉、煮豆など和惣菜の綺麗どころが揃っていた。ご飯はこの下にある。要するに二重の丼のような「二階建て」構造のお弁当だった。
まずは、惣菜を食べ、その下から出てくるご飯を食べる。その繰り返しで、十分満足できる。薄味の惣菜がご飯によく合う。そして、時々鶏肉に手を出す。ただ、この鶏肉は一切れが分厚いので、半分ずつ噛み切りながら食べる。相当なボリュームがあり、半分程度食べたところで満腹感がで始めた。完食した時には、弁当を食べたというより、なんとか食べ切ったという妙な満足感があった。
これは仕事の合間のランチに食べるにはボリュームありすぎだ、午後には寝入ってしまいそうだ。
しかし、家の近くにこの店があれば入り浸りになりそうな魅力的弁当で、これは早いうちに「豚」の東京弁当を試しに行かなくてはいけない。その時は、お惣菜も物色してくることにしよう。

街を歩く, 小売外食業の理論

小麦の奴隷のユニークさ

うまいパンを焼けば売れる、というのは嘘だ。売れるパンがうまいのは確かで、まずいパンは売れない。ただ、うまいだけで売れるわけではない。売るための必要条件ではあるが、売れることを保証する「十分条件」ではない。
世の中には商品の優秀性に対する過信がありすぎるといつも思っているのだが、それをとあるパン屋で思い知らされた。

チョコチップの入った硬めのパンくろわっさ

くどいとは思うが、小麦の奴隷について書き連ねる。冷凍生地を利用して甘いパン(生地に糖分が多い)を作るのは簡単らしい。高級食パンも生地がリッチなのが流行りなので適応しやすいと聞いたことがある。逆に小麦と塩だけのようなリーンな生地(ピザ生地などがその典型)が難しいそうだ。
だから、小麦の奴隷に並ぶ数々のパン、柔らかくて生地が甘くて、ふわふわで、フィリング(中身の詰め物)がいろいろ入っているパンは、対応がしやすいのだろうと想像している。
ところが、その甘いパンのバリーションを開発するのは、個人経営の小規模パン店ではなかなか難しいのも容易に想像がつく。アイデアに関してであれば、流行りのパン屋に行って、売れ筋のパンを買ってきて、それのコピーを作るくらいのことはできるだろう。
ただ、多品種少量生産をしようとすれば食材は増えるし、焼く手間も増える。そもそもコピーとはいえ試作は何度かする必要もある。
個人経営者本人であれば残業時間など考える必要はないから、自分の頑張りが全てだが、パン職人を雇って経営しているとすれば、開発に要する人件費も増加する。

クロワッサンではない

つまり、レシピー開発は手間がかかる仕事で、できればやりたくないというのが本音だろう。ただ、バラエティーこそ「繁盛の基本」要素であることも確かだ。だからこそ、そこを代行するビジネスがフランチャイズとして成立する。
世間的によく理解されていないかもしれないのだが、フランチャイズシステムとは「売れている看板」を使う権利が「売り物」主体だ。次に「独自の商品」の製造許可が来る。商品ありきではなく、売れている看板こそが売り物なのだ。
ただし、どんな分野でも商品の経時劣化というか、時間と共にありふれたものになる、飽きられるのは避け難い。だから、強い定番商品は改良を続け、第二の定番を生み出すまで新商品開発も怠けることができない。優れた商品とは、「進化し続ける商品」であり、商品開発力こそがフランチャイズビジネスの基盤となる。
残念ながら多くのフランチャイズ企業で、この原則を守らない「なんちゃって商品」ばかり投入されるのを見てきた。このブランドも長くないななどと思うことは多々ある。

カルツォーネと言っているが、外側はソフトなパン生地


この観点から、小麦の奴隷がどうなるのか一年、二年は見続けなければ答えは出せない。ただ、一つだけ確信しているのは「都会の匂い」を商品開発の軸にしていることだ。地方の小都市、田舎町をターゲットにしているそうだが、「都会の匂い」はまさにそうした立地の客に来店動機、行きたくなる気持ちをもたらす。基本コンセプトにブレがないことは重要だ。
それはネーミングのひねったセンスに現れている。そして、商品のおしゃれ感も「都会の匂い」には重要な要素だ。硬いパン、柔らかいパン、甘いパン、惣菜食事パンなどの配分も適切に見える。

誰でも知っているメロンパンであれば、形容詞で強化する。地方都市では、まだあまり知られていないようなパンは、イタリアン、フレンチのカタカナ名を濫用して圧倒する。おそらく定番の出し入れと季節商品の出し入れを頻繁に行い、常連客を飽きさせないヘビーローテンションを狙う作戦だろうと推測している。
地方都市の小商圏圏でパン屋を成立させるには、パン職人の腕前だけでは足りない。綿密なマーケティング戦略が必要なのだと、この店舗を実際に訪れて思ったことだ。
ロケット打ち上げビジネスをやりながら、田舎のパン屋を展開する、ホリエモンというビジネスパーソン、すごい人なのだね。

街を歩く

埼玉の桜と 埼玉の残念

埼玉県ときがわ町 見事な桜

そろそろ関東圏では桜が終わる時期だが、川沿いの歩道にある桜並木というのは、やはり絵になる光景なのだろう。東京では隅田川沿いの桜が有名だと思う。確かに上野公園の宴会会場になっている桜より、川沿いを散歩しながら見る桜の方が、なにやらありがたみがあるような気がする。
全国あちこちに、そうした「散歩」用の桜並木はたくさんあるが、場所によっては桜の下に菜の花が満開という、これまた絶景スポットといべきところもある。埼玉県蓮田市で駅から10分ほど歩いた住宅地に、菜の花と桜の豪快なコラボ風景が見られる場所がある。ただ、開花のタイミングが難しいので毎年見られるわけでもないようだ。
日本全国、どこの街にもそんな桜スポットがあり、地域の人たちの楽しみになっている。まさに桜は春の訪れを宣言する「日本の花」だろう。春以外でも夏、秋、冬、それぞれの季節を代表する花は存在する。ただ、桜ほど誰にでも愛される花が存在するかというと、想像するのは難しい(多分)。
夏はひまわり、秋はコスモス程度しか思い浮かばない。花の知識が欠落している自覚はあるので、花景色について語る資格はないとは思う。だから、埼玉が桜の名所と言い張るつもりはないが、それでも桜を楽しむ場所は埼玉にもたくさんある。春が好きなのは、桜のせいだろう。

そんな春に、ちょっと残念なニュースを見つけてしまった。自分でも度々購入している埼玉の和菓子屋での事件だ。川越はさつまいもで有名な場所で、この和菓子屋もさつまいも菓子を製造している。そのさつまいも菓子(チップス)の誤表示が問題になった。南九州の他企業が製造したチップスを購入し、自社工場で再包装して販売したが、製造元(南九州)のことは書いていない。つまり、九州産を川越産と誤解するような書き方になっているというものだ。
別の例えをすれば、中国やタイの工場で製造した商品を日本に輸入してきて、埼玉の工場で袋詰めしました。袋に詰めたのは埼玉なので国産です・・・みたいなものだろう。
食品表示法の改正時には、この手の表記について随分と業界を挙げて検討していたはずで、「すいません、ちょっと忘れてました」という言い訳はどうにも怪しいと思ってしまう。
ちなみに、大手スーパーなどで販売しているPB商品、自社ブランドの商品も、今では下請けの製造工場名を表記しなければいけなくなった。例を挙げると、カップ麺では東洋水産、サンヨー食品など、下請けというには随分な大手メーカーで製造していることがわかる。それを併せて考えれば、この「お詫び」は随分お粗末なものに感じる。
この和菓子屋の名物である最中を愛用していた。知人への手土産に、「埼玉の地元では人気の名物です」と使ってきた。ただ、こうなるともはや手土産には使いにくい。食品を取り扱っているところでは、下手をすると当てつけと思われるかもしれない。自分で食べる分には諦めもつくが、それもなんだかモヤモヤした気分になる。

せめて該当商品を販売中止にしてくれればなと思ったが、この「お詫び」を読むと表示を適正に変えて販売は続けると書いてある。ブランド維持とリスク管理、どう考えているのか、他人事ながら心配になる。埼玉の「残念な春」のニュースだった。

食べ物レポート

タレが売りの弁当って・・・

「例のタレ」という謎物体がついている

ミニストップの弁当が、時々すごいことをしてくれる。駅弁風弁当は、全国の有名駅弁のコピーだが、100%パクっているわけでもなく、駅弁のように冷めてもおいしい弁当というコンセプトが存在している(らしい)。
それ以外にも超大盛りだったり、おかず一品の豪速球だったりするのだが、そのヒット作の改良版が、このチャーシュー弁当(改)だ。ただし、どこにも(改)とか「進化型」とか書いていない。
確か、チャーシュー弁当はこれが三代目のはずだ。ヒット商品を磨き上げて進化させるというのは食べ物商売の正しい戦略だが、コンビニエンスストアの弁当で、この「改良計画」に対応するものは稀だろう。だいたいの新作弁当は一過性の使い捨てにされる。改良版が出て、もっと美味しくなりましたと言われても、「本当に?」と疑ってかかるのが今の消費者であり、その消費者の疑問は概ね正しい。改良点が開発担当者の自分勝手な言い分で、食べてみても違いがわからない商品が多すぎるのも事実だ。

タレかける前

さて、このチャーシュー弁当(改)だが、前回販売と異なる点は、(地味だが)弁当箱が浅い丼型から平たい箱に変わっている。これは重要なポイントだ。今回の最大の改良は「例のタレ」と称するミシュラン星付きレストランとのコラボで開発された、おいしいタレかけご飯を目指したとのこと。
そうであれば、丼型の容器では底にタレが溜まってしまう。平型の箱にしたのは、底部のタレが均等にご飯に染みていくことを狙っていたものだと推測した。底のご飯が汁だくにならないようにということだろう。(当たっているかどうかはわからない)
タレかけご飯を楽しむのだから、おかずは添え物程度で良い。ここに汁気のない卵焼きを選んだのは、箸休めの甘いものという点と、ご飯にタレ以外の汁気がつかないようにという繊細な選択なのかもしれない。
個人的には牛丼のように紅生姜をつけて欲しかったが、色気は卵焼きの黄色だけ。あとは真茶色のルックスなので、その辺りは第4弾での改善ポイントか。

タレの容量は多めでチャーシューの上にたっぷりとかけても十分な量だった。このタレ付きチャーシューを裏返し、ご飯を挟み込みバクリと大口を開けて食べる。確かにうまい。それも、レンジアップしただけの白飯がうまいと感じる。肉を食べたというより、米を食べた満足感の方が強い。例えていえば、焼肉屋でカルビを白飯てかき込むようなものだ。
どうやらミニストップのタレ弁当は、新しい領域を生み出したような気がする。おかずの豪華さではなく、米をうまく食うという工夫だ。このシリーズ、続きを楽しみにしたい。

街を歩く

不思議な場所のパン屋

埼玉県北西部、キャンプ場のセンターハウスの中にパン屋がある。食堂の一角にこじんまりと設えられたベーカリーというより、パン売り場といった感じだが、なかなか意欲的なパンが並んでいる。

店名もなんだが物々しい感じがするが、看板を見ていて気がついたのが、この奴隷とはパンを買いに来る客のことのようだ。小麦らしきものを持って前を歩く農夫?に後ろから跪いて縋っているのが客だろう。おいしいパンを求めて、客が奴隷化するというコンセプトなのだろうか。諧謔、皮肉、色々と考えさせられるが、米食い民族の中でパン好きを宣言する「裏切り者」的な意味合いもあるのかもしれない。
ちなみに、日本人の主食が米であることは間違いないが、小麦の消費量は米の8割程度なので、米と小麦の差は僅差のワン・ツーフィニッシュ程度だ。米が主食なら、麦は準主食の位置にある。ただし、麦にはうどん・ラーメンなどの麺類消費も含まれるので、パンが準主食というのは厳しい。

このパン屋は北海道十勝にある小さな町に本部を置くフランチャイズシステムで、全国展開を図っている。ローカルな小商圏でも成立する日常使いのパン屋を目指しているらしい。大都市部では、有名なチェーン店が百貨店や大型食品スーパを中心に展開している。最近のスーパーでは、インストアベーカリーが常備され、惣菜部門の売上増強の絶対手段となっている。だから、都市部では焼き立てパンの需要も供給も高いレベルだ。そこから取り残されている田舎町、小さな町でもパン屋を成立させる取り組みとして、あえて地方展開をしているようだ。商売としてはありそうでなかったコンセプトだと思う。
おそらく、生地とレシピーの提供がフランチャイズ本部の仕事だろう。こういうやり方は、すでに大手のチェーンパン屋でもやっているはずだ。それを、少人口地域で成立させる仕組みとして開発したところに「新しさ」がある。
パンの種類は豊富だった。ネーミングも含め「都会らしさ」みたいなものを感じる。食パンとコッペパン、メロンパンとあんぱん、うちのパンは以上! みたいな限定メニューではない。多品種少量生産で単価を引き上げるという戦術も理解できる。田舎町だからできないと言い訳を並べ立てるのではなく、都会のパン屋とほぼほぼ同じと言い切れる業態をどう作るか。「田舎ビジネス」の教科書に載りそうな事例ではと思うが、成果は一年後の判断だろう。一年経って儲かっていれば、この近くの街にも支店が開くはずだ。アフターコロナの元気印になってほしい。

食べ物レポート

カレーパン探索日誌 ドンク

バターチキンカレー・パン 見た目が上品だ

ドンクといえば、自分の中では高級パンの代名詞だった時期がある。個人経営のおいしいパン屋があることを知る前は、デパートの中にあるインストアベーカリーこそ高級パン屋だと思っていた。フランスパンを売っているというのが、高級店の意味だった頃だ。今ではすっかり当たり前でスーパーでもメーカー品のフランスパンが買える時代だから、当時のフランスパンの高級振りが理解できる人はもはや高齢者しかいなくなっただろう。
パン屋で焼きたてのフランスパンを買い、無造作に放り込まれた紙袋を抱えて歩くとプチプチと音がする。そんな映画のシーンを見た後、プチプチ音を聴きたくて、並んで焼きたてのバゲットを買ったことがある。バゲットという名すら知らなかった、昔々のお話だ。
そのドンクで(自分の中では神格化されているパン屋で)、まさかのカレーパンを発見した。その驚きと落胆みたいな複雑な心境は、ちょっと説明するのが難しい。なぜにカレーパンなどという庶民的な世界に突入してしまったのだというガッカリ感と、老舗ブランドの名にかけてどれだけすごいカレーパンを作ってくれたのだろうという期待感と。

カレーの味が濃いめなので量は少ないが生地に負けない

形は扁平小判型、フィリングはバターチキンという、カレーの中では高級優秀種と見なされるものを使っている。カレーの中身をあれこれいじくり回すのは、カレーパン高級化の基本的戦略で、「和牛」「三元豚」などうまい肉型で勝負するか、「海軍カレー」「欧風カレー」などカレーの作り方などで差別化するか。
そこをちょっと横にそれて、バターチキンカレーというのが「ドンクらしさ」かもしれない。揚げパンではなく焼きパンなのもチープ感、庶民感を避ける狙いがあるのかもしれない。などなど勝手にドンク擁護の理屈をつけてみた。
カット断面を見るとわかるが、やはりカレーの上に狭い空洞ができている。個人的な評価基準では、この空洞が大きいカレーパンは残念認定となる。揚げタイプでは、空洞が断面の半分以上になるものもある。
空洞が大きいと食べた時に「スカ」感がある。かぶりつき噛み締めると、空洞の分が一気に潰れてしまうので、歯ごたえがないからだ。だからこの程度の空洞は、ギリギリだけど許容範囲としておこうと思う。
ただ、よろしくないのは底面の生地が薄いところと厚いところの差があることだ。これは、噛んで身見るとわかるが、厚い生地のところはカレーの味が少なくなる。逆に生地の薄い部分はカレーが濃厚になる。この違いを楽しむか? というと、それはない。
バターチキンは、ソースとして優秀だった。マイルドなカレーという感じがするが、味はしっかりと強い。安いカレーパンでよくある「インチキっぽい」味はかけらもない。安いカレーパンは特売安売りのレトルトカレーみたいな味がする。要するに深みが足りない。このバターチキンはレベルの高さが感じられる。
でも、ドンクでカレーパンを買いたいか、と言われるとちょっと微妙な気がする。全くの個人的な思い込みなのだが、ドンクだしなあ、やめてくれないかなあ、的な気分が強い。メゾンカイザーではカレーパンが売っていない。(見たことがないだけかもしれないが)やはり、バゲットの横にカレーパンは似合わないと思うのだけれど。

旅をする

グランピング場を初めて見て感動した件

パン屋を目指して行き着いたところがキャンプ場だったという、なんとも不思議な経験をした。要するに、キャンプ場のセンターハウスというか食堂で、パン屋の営業を始めたらしい。確かに、キャンプ場は営業が週末、長期休暇型なので、平日や閑散期の商売安定のために、パン屋を始めるというのは良いアイデアだと思う。特に埼玉県北西部の山沿いにあるこのキャンプ場は、周りが住宅地でもあり平日需要はそれなりに期待できそうだ。
ネットで調べてみると、このキャンプ場は元公営の施設だったようだが、今は温泉ホテル経営の会社によって運営されているらしい。最近キャンプ場は全く利用していないので、ひょっとすると今の流行りはこの手のハイレベルな施設なのかもしれない。しかし、ピザ釜が借りられるというのは、単純にすごいなと思う。昔々、コールマン社の組み立て式のオーブンでピザやパンを焼いて楽しんだこともあるが、あれはやはりおもちゃの類だった。石窯とはねえ・・・と感心するしかない。

そしてこのキャンプ場は川沿いにある「グランピング」施設が主体のようだ。離れたところにテントサイトもあるのだが、この超高級グランピング・テントを見てしまうと、心が半分くらい持っていかれてしまうだろう。何も知らずにテントをサイトを予約してきたら、楽しいキャンプ気分をぶち壊してくれる「凶器的存在」だ。でも、ここで泊まってみたいというワクワク感が湧き上がる。困ったやつだ。

また、この季節ならではの光景だが、桜並木沿いにグランピング施設が並んでいる。いわゆる「映え」のする光景だ。春休み中ということもあるのか平日にも関わらず利用者が多い。朝のキャンプ場といえば子供の声で騒がしいというのが相場だが(まあ、それを楽しむのもキャンプらしさではあると思う)、ここは意外と静かだった。大人のグランピング場ということと、朝食はセンターハウスで楽しめるらしい。

サイト脇では川のせせらぎの音を聞きながらハンモックでまどろむという、なんとも贅沢な時間が楽しめるらしい。なんだか、昔に貧乏キャンプをやっていた頃のことを思い出してしまった。テントを貼るのが面倒くさくなり、車中泊のできる車に買い替え、全国あちこちにキャンプに出掛けていた。それでも外で焚き火をしたくて、ホテル泊まりはほとんどしなかったのだが、今では焚き火のできる「グランピング」があるのだな。であれば、車中泊などもする必要がない。良い時代になったものだなあ。

食べ物レポート

自分史上最強サイゼリヤ

またまたサイゼリヤの卵の話なのだが、この煉獄の卵というメニューを再現しようとあれこれ試してみた。結論は、家庭で調理するのはかなり面倒くさい。おまけに後始末も普通のフライパン料理より格段に多い。そして、卵料理のクセに(馬鹿にしているわけではないが)必要な素材、調味料が多すぎる。オリーブオイルとニンニク、赤唐辛子くらいは我慢しよう。トマトソースはトマト缶(カット)で作るとして、一缶使い切るにはこの皿のサイズで3−4回はかかる。トマトソースはみじん切りにした玉ねぎを炒め、トマト缶を開け、同量程度のコンソメの素を水溶きしたものと合わせて煮込む。乾燥バジルとオレガノ(ごく少量)で香りを調整する。隠し味を仕込みたければ、クミンも良い。塩味をアンチョビーでつけるか、ベーコン細切れにするかも重要なポイントだ。それをオーブンに入れて加熱し、ソースに火が通ったくらいで卵2個を割り入れ。半熟になるまで再加熱する。その間にバゲット薄切りをトーストして・・・・。
なんだ、この面倒は。たかが卵2個食べるだけなのにと真剣に悩むレベルだ。どう考えてもサイゼリヤで300円払って食べる方が簡単だ。自家製煉獄の卵作成、実証実験はしていないが、手順を書き出して検証しただけで十分すぎるくらい面倒だ。
そもそも、この手のオーブン料理は庫内にソースが飛び跳ね焦げ付くという、後始末が致命的に面倒臭いものだ。究極の家政婦さんでもいない限り、素人が手を出してはいけない。(・・・と思いますよ)

最近のサイゼリヤで一番コスパが高いのがこの目玉焼きハンバーグとチョリソのセットではないかと思っている。個人的な嗜好であるが、サイゼリヤのガルムソースがとても好きで、ホットソースやドレッシングと同じように、別売りにしてほしい。煉獄の卵を楽しみながら、追加でこのハンバーグ&チョリソーで我がランチは大変充実したものになる。五百円ランチも良いけれど、ちょっと贅沢に好きなものを好きなだけ主義者には、この組み合わせがお薦めであります。1000円札一枚でお釣りが来ます。

街を歩く, 食べ物レポート

究極のカレーパン あります

ちょっといけてるポスターですねえ

最近カレーパンに凝っている。自宅近くの駅は東口と西口に分かれていて、そのどちらにもベーカリーというか手作りパン屋がある。どちらもなかなか凝った商品が多く、あれこれと変わったパンを楽しんでいる。
同じ駅の構内にもパン屋があるが、そこは工場からパンが配送されている。これはどうも食指が動かない。また、西口にある商業ビルには大手ベーカリーチェーン店が、店内焼きたてパンを売っている。ここはたまにお世話になる。
それ以外にも駅から徒歩3分程度の住宅地に、40年近く営業している老舗ベーカリーもあるので、パン屋の大激戦区だ。おいしいパンを手に入れるには恵まれた環境に住んでいる。
その激戦区で新興勢力「ブーランジェリー」を名乗る店が、店頭に「究極のカレーパン」なる挑戦的な看板を上げているのに気がついた。確かに、この店のカレーパンは美味いと思う。好みでもあるし文句をつける気はない。ただ、周りのパン屋はどう思っているのだろう。と多少は気になり、ついでにカレーパン探しをしてみることにた。

2019年の優秀賞

ここの店のパンはどれもおいしい。そして、周りのパン屋と比べて2割ほど高い。高級パン屋というより、最近はやりのブーランジェリーというやつだろう。店内は照明も落とし気味でおしゃれだ。メロンパンが山積みにされていたりしない。小ぶりのパンが少量ずつ、ちまちまと並べられている。フードデザイナーとでも呼ぶべきかもしれない。その中でカレーパンだけが包装紙に包まれている。

袋の中身は丸型の揚げパンで、ちょっと濃いめの色になっていた。揚げたてを売っていたので、少し時間を置いて冷ましてから食べることにした。熱々はおいしいが、味が熱でよくわからなくなるのを見越してだ。

断面を見るとほとんど空洞がない。生地の底部が少し厚くなっているが上面は明らかに薄い。生地といいうより皮に近い薄さだ。カレーの味は濃厚で、具沢山だから、カレーを楽しむ食べ物というべきだろう。
肉まんと小籠包の差みたいなもので、中身の具を楽しむには、パン生地が薄い方が良い。特に、揚げパンにする場合は、揚げ油の吸収量が味に大きく影響するので、薄めの皮を早く揚げるというのが望ましい。おそらくこの辺りが「究極」の要因だと思う。
間違いなく高いレベルのカレーパンの一つだと理解はするのだが、「究極」とはなんなのだという疑問も残る。包装紙に書かれている「カリ、トロ、モチ」の3点セットのことだとしたら、確かに達成できているなあ。ただ、カレーパンの評価定義みたいなものに、この3点セットが当てはまっているのかはよくわからない。
庶民としては高くてうまい芸術的カレーパンを楽しむだけで良いのかもしれない。とりあえず、この究極のカレーパンを標準として、あちこちのカレーパン食べ比べをしてみようと思った次第。