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街を歩く

パルコにスシロー

吉祥寺でふと思いつき、回転寿司に行こうとネットで検索してみたら、スシローが見つかった。場所をよくよく確認してみるとパルコの中らしい。おやまあ、時代が変わったものだと感心してしまった。パルコの飲食店といえば、それなりにおしゃれなブランドだったような記憶があるが、そこに堂々と回転寿司が入る時代になったのだ。
パルコの飲食店は小降りの店がごちゃっと入っているイメージがあったので、スシローみたいな大箱店舗が入ったら他の店はどうなるのかも気になった。
そして最上階の飲食フロアーについてみると、なんとスシローしかない。パルコという商業ビルは、こういう変化をしてしまったのかと思い知らされた。
外食に限らずパルコの中では群雄割拠というか、小さな店が「わいがや」的に競い合っているというのが魅力だったと思う。いわゆる尖った店の集合体みたいなものか。それが、ワンフロアー独占の一強百弱な「勝ち組」が支配する世界になってしまったのだ。最近、時々こんな感じで時代の変化を思い知らされる。

みたいなことを入り口で感じてしまい、注文がおかしくなってしまった。最初にフライドポテトを頼んだのは、ちょっとした抵抗みたいなものだ。揚げたてであつあつのポテトを食べると、微妙な気分になる。うまいけど、悲しいみたいな感じだろうか。ちなみにケチャップが欲しかったのだが、レーンには回っていないし、パネルにケチャップがあっただろうか。

気を取り直し、キャンペーン中の蟹のほぐし身とウニの包みを注文した。まずまずのビジュアルで、こおすすめメニューとしては「アリ」だった。この海苔を巻かない海苔巻き?も、スシローメニューとしては、すっかり定着した感じがする。ただ、一口で食べるのがちょっと面倒くさいサイズだ。そこの改善はどうなっているのだろう。ネタ単体で勝負ではなく、アレンジメニューでバラエティーを作り出すのは、まさに創作だと思う。ただ、豪速球ではなくかなりスピードのゆるい変化球みたいな感じがする。

相変わらずの「魚レス」注文で、巻物主体のまま注文終わり。平日の昼下がり、店内がら空きだからのんびりできたが、週末だとファミリー客でいっぱいになるのだろう。
昔は7−8軒の和洋中レストランがひしめいていた空間で、スシローが単独でバラエティーを提供する時代かあ、などとため息をついてしまった。回転寿司でラーメンやうどんが注文できる時代だ。すでに回転寿司はファミリーレストラン化している。
最後に締めはアイスにしようかななどと考えていたのだから、もはや回転寿司は「デパートの大食堂」に近いところまで進化しているのだ(きっと)。

街を歩く

パン屋のPOPが秀逸すぎる

吉祥寺のパン屋で思ったことだが、繁盛店はPOP作りがうまいということだ。「本日のおすすめ」的メニューが昼前に売り切れてしまうというのは、確かに人気店の証明だと思うが、それを目当てに来た客にとってはちょっと残念な気分になるはずだ。
そこを「工場で只今作っています」とあれば、つい尋ねてしまいたくなる。「何時に次はでてくるのかな?」
10分くらいであれば待ってみようかななどと考えてしまう。

POPの二重化というのも荒技だ。クリームパンの説明の上に、「とろける旨さ!」と追い打ちをかける。まさに言葉の力というものだ。ついふらふらと手が伸びる。いつものクリームパンのはずなのに、なぜか今日は特殊なクリームパンに見えてくる。

北海道ローカル名物であったちくわパンを、最近首都圏のあちこちで目にする。豆パンもすっかりポピュラーになってきた。北海道文化が広がったと言い張るつもりもないが、やはり研究熱心なパン屋さんは全国あちこちの「うまいパン」をさがしてくるのだろう。ただ、ちくわぱんがヘルシー扱いされるようになるとは、これまた東京的進化なのかもしれない。北海道では「小さいがこってりうまい」的な評価だったと思う。

全国どこでも人気のメロンパンをどう差別化するのかは、パン屋さんにとって大きな課題ではないか。メロンパン好きとしては、そこがいつも気になる。パン屋に入って最初に探すのはメロンパンだし、どの店でも売上人気ランキングではメロンパンがいつも上位にある。
こちらの店の推し文句は「GOLDリッチ」だが、意味がわかるようで実はよくわからない「不思議」ネーミングだ。実食した感想は、普通においしいメロンパンだった。それでも、買う気になったのは、この「何やら旨そう感」溢れるネーミングのせいだったので、パン屋さんの作戦勝ちだった。いまだに、何がGOLDで何がリッチなのかは理解できていないが。
この店が自宅近くにあれば、週一で通うのは間違いない。ただ、電車に乗ってバスを乗り継ぎ1時間という距離は、かなりつらいかなあ。吉祥寺に住みたい、と久しぶりに思わせてくれるパン屋でありました。

街を歩く

琴似で酒を飲む

駅から100mも離れていない至近立地

札幌の繁華街といえば、昼は大通り公園付近、夜はすすきのと決まっている。それ以外のプチ繁華街といえば、地下鉄の元・終着駅であった琴似(東西線)や北24条(南北線)があたる。地下鉄が延伸するまでバスセンター機能があり、地下鉄からバスへ乗り継ぐ客相手にそれなりの繁華街ができていた。
琴似の地下鉄駅周辺には当時の名残も含めて、居酒屋やレストランが多い。すすきのと違うのは飲食主体の店がほとんどで、接待主体の店はススキノでお楽しみくださいという棲み分けになっていることだろう。
昔は接待主体の店もあったようだが、今ではすっかり駆逐され住宅地の飲み屋街となっている。近くにオフィスがあるサラリーマンの、わざわざススキノまで飲みに行くのも面倒臭いね的な需要を満たしているようだ。
帰りのタクシー代も安いし・・・という世知辛い懐事情もありそうだ。

刺身が売りの店なので、店頭の看板も「サカナ推し」だ。大手チェーン居酒屋で出てくる刺身とは正直にいって一段二段はレベルが違う。最近不調が伝えられる居酒屋業界だが、やはり質と価格をバランスさせている店は強い。大手居酒屋チェーンが提供していたサービス・商品は、結局のところ食べ物ではなく「場所の時間貸し」だった。食の楽しみを無視していたとまではいわないが、商品に力が入っていなかった。だから、大手居酒屋の不調とは、コロナの時代には「食事を求める客」はいても「時間貸しの場所」は必要とされなかったというのが原因だろう。
今では「おいしい食べ物を」「少人数で」というのが客の求める形だ。店舗運営するものが、その意識変化を十分理解して店舗運営をどう変えられるかが、生き残り条件となった。大人数の宴会が復活するには、この後何年もかかるだろう。それまで待ってもいられないだろうし。

真ん中の白身はサメガレイ これがうまい

地元の魚が中心の刺し盛りが良心的な価格で提供される。マグロやイカが入っていないのは、このご時世で立派なものだ。個人的な意見だが、海なし県以外では自分の周りの海で採れたものを食べていれば良いのではと思う。群馬や長野でマグロの刺身を食べたいと思わないが、そもそもマグロも近海で揚がったものを地域名産として食べていれば良いのではと思う。サーモンも大西洋から空輸して食べなくてもよい気がするのだが。

最近ではすっかり漁獲量が減ってしまった、元・大衆魚?のイカ加工品、「イカペン」というらしい。イカのすり身を棒に巻いて焼いたもの、というか「イカのつくね」みたいなものというか、形容が難しい。
イカのハンバーグっぽい感じがする。マヨネーズをつけて食べるのがおすすめらしい。イカ好きにはなかなか嬉しい食べ物だった。お値段は微妙で、焼き鳥串の2倍程度だから高級串になる。
ススキノの真ん中でこういう「当たり」の店を探すのはなかなか難しい。おまけに「当たり」の店は大体混雑していて予約が取れないこともある。だからススキノを外してちょっと札幌市の郊外に寄れば、まだまだ隠れ名店は多い。グルメランキングには出てこない「口コミ」の世界も捨てたものではないのだよ。

食べ物レポート, 小売外食業の理論

ファストフードなステーキ 

今回で1000回目になった。ほぼほぼ食べ物の話だけで、飽きずに書き連ねたものだ。原因はコロナの流行で在宅時間が増えたということだと思う。まあ、数が多ければすごいというものでもないし。駄文はいくら書いても駄文だと自覚している。この後はぼちぼちという感じで続けていければ良いのかなというのが1000回目の正直な感想だ。

さて、進化するファストフード界のチャレンジャー代表が松屋だと思っている。成功しているブランドほど保守的であることを考えると、松屋のチャレンジぶりは尊敬に値する。
ただ、そもそも論的に言えば、松屋は最初から異端の牛丼屋だった。牛丼屋というより定食屋だとする方が正しいと感じていた。が、最近の動向を見ると定食屋からスタンド形式のファミリーレストランみたいなものまで進化?したように見える。そして、その進化の波は松屋本体から、姉妹チェーンに飛び火してカオスなファストフードを次々と展開している感がする。その松屋シスターズで一番気になるのがステーキ屋松だ。

吉祥寺の百貨店裏という立地は、ファストフード向け立地とはずいぶんと違う気がする。小ぶりなイタリアンとかフレンチ、あるいは洒落者気味の和食店あたりが似合いそうだ。このステーキ屋松という業態はファストフードとしてはアッパーな価格帯だけに、日常使いができるような客層がいる立地を選んだという見方もできる。
駅前に店を開け、300円の牛丼で客席を1日50回転させるような商売とは正反対な業態を確立する。そのための実験店ということもあるだろう。
面白いのが(コロナ対応だと思うが)入店する前に食券を買うことだ。松屋でも入り口を入れば券売機があるが、あえてそれを店外に設置している。
券売機で食券を買うと、ドアを開けて従業員が出てくる。席を案内するためだと思うのだが、店内のお好きなところにどうぞと言われて、いささか拍子抜けした。
この辺りもアフターコロナで対応が変わるとは思うが、松屋本体でも商品渡し口で食券と引き換えに受け取る方式もある。カウンター越しの対面接触を避けるため、新しい提供様式が試行錯誤されている段階と考えるべきだろう。

席に着くと数分でステーキが出てきた。その速さにびっくりした。肉が焼ける重々という音がしている。肉の上には紙ナプキンのようなものがかけられていて、油飛びを防いでいるようだ。その髪をとると石板の上でステーキ登場となる。石板は相当に熱く、レア状態で出てきた肉をナイフで切って石板に押しつけ好みに合わせて加熱するという仕組みだ。
極端に言えば生肉状態で提供するわけで、注文から提供までの時間が短いのは納得だ。焼き加減も関係ないので従業員が「焼き」の技術を身につけるのも不要だ。この辺はペッパーランチと同じスタイルでファストフード化するための必須技術だろう。

肉は石板に置いただけでなんの調味もしていない。ますます従業員の技量は必要ない。カウンター席の目の前にある多種のソースから好みのものを選んで、肉につけて食べる方式だ。このソースあれこれは、松屋本体で既に実証済みの仕組みだからお家芸に近い。4種類のソースを全部試してみたが、好みはオニオンソースだ。塩、胡椒、ワサビなども置かれている。これで味のバリエーションは確保した、ということだろうか。シャリアピンステーキのように肉の上からソースをかけるタイプには対応しにくいとは思うが、そこは「肉を生でくらう」的に割り切れば良いことだ。
そもそも、この店のコンセプトを考えるとソース上掛けによる単価アップは、あまり期待できそうももない。単価アップを狙うのであれば、肉増量して割引の方がよど補客層的にすっきりしたものになるだろう。

ご飯は少なめを選択

肉が素早く出てきてしまったので、サラダバーに行くのを忘れてしまった。食後に確認に行ったら、最低限の野菜サラダは食べられる状態だった。郊外型ステーキ店の重厚なサラダバーとは異なるが、ファストフード・ステーキ店としては十分だろう。
150gの赤身肉ステーキは、あっという間に胃袋に消えた。自分でも驚くほどの速さだった。これならばハーフポンド、約250gでもよかった。もう少し腹を減らしていたら1ポンドもいけそうな気がする。
この先、この店がどう進化していくのかが楽しみになった。立ち食いステーキのあれこれを学んで改良されたコンセプトだと思うが、やはり二番手の方が色々と改良されている。次回はテイクアウトも試してみよう。もしテイクアウトがあるレベルを超えていれば、アフターコロナの対応進化型ファストフードとみなすことにしよう。その時には新型ファストフードの定義と理論を整理してみたい。

街を歩く, 食べ物レポート

カレーパン探索日誌 札幌

カレーパンは東京発祥の食べ物で、それが津軽海峡を渡って来たのは何時ごろだろうか。少なくとも昭和中期にカレーパンを食べた記憶はない。うろおぼえだが、TBSラジオの深夜放送でカレーパン論争みたいなものがあり、一度食べてみたいと思ったのが最初のカレーパンにまつわる記憶だった(ような気がする)
キン肉マンに登場していた牛丼と同じく、東京にはあって札幌には存在しないものの代表だった(もはや薄ぼんやりとしたもので・・・)
そのカレーパン不毛の地で、どうやら日本一になったカレーパンがあるらしいと知った。これは実食してみなければなるまい。

札幌の中心地から路面電車で10分程度のところにある、まさに町のパン屋でございます、といった雰囲気のお店だった。札幌市内には何軒か支店があるらしい。その店頭に力強く置かれている「日本一宣言」。まあ、確かにすごいことは期待できる。

カレーパンの包装は紙袋だった。これは大事なポイントで、揚げパンの特性だと思うのだが、ビニール袋だと匂い移りがしやすい。スーパーの荷詰め台に置かれているペラペラの袋に入れると致命的だと思う。
袋を開けると小判型で表面は細かいパン粉がついているタイプだった。見た目が奇抜ということではないようだ。
二つに切って中身を覗くと、おやまあという感じ。空洞がやたら大きい。生地は薄めだからフィリングとの相性は悪くなさそうだが。隙間が多いのが気になる。
実食してみると、なんだかカレーの味がしない。というか、味は濃厚なのだが量が少ないせいだろう。生地が薄めなのでバランスをとっているという見方もある。
しかしだ、カレーの味がしてこない。フィリングも食感が感じられるものではなく、カレー味がするソース的なものだった。名前がカレーパンフォンデュだから、チーズフォンデュのようにカレーソースにつけて食べるものをイメージしているのかもしれない。そういう食べ物だと思うことにした。
カレーパン道を極めるのはなかなか大変なのだと思い知った。

街を歩く

カレーパン探索日誌 三鷹??

最近の自分勝手に盛り上がっているカレーパンめぐりは、パン屋巡礼みたいなものかと思う。三鷹の人気パン屋を目指して久しぶりにJR三鷹駅で降りた。が、駅前の風景に全く記憶がない。おそらく三鷹と言えば北口周辺にしかいったことがないのだろう。南口でおりても初見の街という感じしかしない。ただ、JR中央線は、もう数十年もの間、延々と改良工事をを続けているので、駅前風景が変わってしまっただけなのかもしれない。
その三鷹駅から住宅地を歩いて15分でたどり着く。こじんまりしたベーカリーは、確かに町のパン屋さんの気配が濃厚にする。

当然ながら、カレーパングランプリ推しのポスターが店頭にかけられていた。売りは「サクサク」らしい。

オレンジデーというのがあるのは知らなかった。確かに、オレンジマーマレードとチョコの組み合わせはうまいぞと思う。オレンジの皮のチョコは大好物だし。
ついでに気になったのが、今月のおすすめ「ちくわパン」だ。北海道のベーカリーのヒット作がじわじわと全国区商品になっていくのは、長年のちくわパンファンとして、なかなかうれしい。ただ、ちくわパン本家である「どんぐり」を超えるものにはお目にかかったことがないのだが・・・。

さて、カレーパンだが、形状は小判型で確かに表面はサクサクしている。揚げたてを買ってきたので家に着く頃にはだいぶ萎んでしまったが、フィリングと薄い生地に大きな隙間はない。明らかに生地とフィリングのバランスが良いのがわかる。
食べた感想を言えば、これまでで一番お気に入りのカレーパンだ。カレーがちょっと大人めというか、程よいスパイシー感があり、薄めの生地とのバランスが絶妙なせいだろう。肉まんを食べる時によく感じる、生地が多すぎる、肉はどこいった?感がまったくない。
中にフィリングが詰まったパンでよく起きる現象、最後の一口はパン生地だけという位がっかり感もない。最後のひとくりまでカレーと生地の調和が楽しめる。
底面についている網目の跡から想像すると、このカレーパンは油の中に深く沈めて浮き上がらないように網で押さえつけられているのだろう。上下左右から均一に加熱されているから、生地に薄いところ厚いところができていないのだと推測する。
普通のカレーパンはぷかぷか油面に浮いているので、相当丹念に上下を裏返して調理しなければ底面が加熱されてしまう。生地厚の不均衡ができる原因だ。
この店のカレーパンはそれがない。技術と商品進化の賜物だと感激した。

こういうパン屋がある町は幸せだろうなと思いつつ、また15分かけて三鷹駅まで戻るのかと心が折れかけていたのだが、店の前を頻繁にバスが通っているのに気がついた。道路の反対側にバス停もある。試しにバス停を確認してみたら、なんと吉祥寺駅行きだった。迷わず次に来たバスの乗って、わずか5分ほどで吉祥寺駅に着いてしまった。道すがら確認したら井の頭公園の横を通っていた。どうもこの店は三鷹というより吉祥寺のパン屋なのだな、と最後に認識を改めた。
が、場所がどこであろうとうまいパンはうまい。こういう時は吉祥寺に住んでいたらよかったと思ってしまう。

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神田の不思議空間

店名と入り口テントに描かれた店名は違う

昔の仕事仲間である友人と不定期で開催している私的OB会というか飲み会をコロナ前には年3−4回程度でやっていた。気が向けば共通の知人友人も招き、結構規模が膨れうこともあったが、コロナになってからすっかり会う機会も減っていた。これまた社会情勢に個人生活が負けるという典型例だな、などと一人で考察していたのだが。
ようやく下火になったこと、お互いの社会環境が変わったことなどもあり、ぼちぼちと再開することになった。開催地選択はお当番制(自分はなぜか免除特権があるらしく)なので、普段行ったことのない目新しい場所を紹介される。実に楽しみな飲み会で、今回は神田の奥まった場所に集合した。

日本酒の品揃えが素晴らしいと聞いていたので楽しみにしていた。いくつかは飲んだことがあるが、ほとんどが初見ものだった。半合売りとのことだが、最近はそれくらいがありがたい。正一合で売って欲しいのは立ち飲みのコップ酒くらいで(一合とかきながら8勺(しゃく)くらいしか入ってないことも多い)、居酒屋で美味い酒を楽しむ時ははんごうで十分だろう。

店内は、元々の喫茶店をテーブル席に変えただけのようだが、変に内装をいじくり回していることもなくシンプルで小綺麗な囲碁ごちの良い空間だった。昔は小上がりのある伝統的な店が好みだったが、最近は足の楽さを考えると小上がりがしんどい。日本人の畳の上に直に座ると言うお江戸以来の伝統・習慣はたった50年で破壊されたことになる。まあ、戦後長生きするジジババが増えたことも原因だと思うが・・・。生活習慣の変化は居酒屋に現れる・・・と断じて良いものか定かではないが、居酒屋が面倒な約束事を嫌う本音の場所であることは間違い無いから、小上がり、畳席が消えたのは、あの座り方がやはり嫌われているのだな。

料理をいくつか注文して気がついた。品書きに書かれている名前と出てくる料理がどうにも一致しないというか、当たり前の居酒屋メニューがどれもこれも一手間ふた手間かけた良質のものなので、「〇〇です」と言って出された料理を、「えっ、えっ?、えー!」と見直す羽目になる。すごい技があるものだと、箸をつける前によくよく見なければと思う。

友人に先んじて入店した時に、今日は混み合っていますのでと断りを入れられ、フーン、そうなんだと思っていたが、出てくる料理を見て理解した。
兎にも角にも神田に店を開けて繁盛店にするというのはこういう事なのだ。神田と言えばお江戸から続く老舗も多いが、やはりそうした素養のあるものしか店を出さないというか生き残れない土地柄なのだろう。新宿や渋谷などの大繁華街にあるチェーン居酒屋がお上り新米東京人のためにある安心な店(名前を知っている、自分の故郷の街にもあるなどなどで)だとすれば、神田の奥まった路地にある看板と店名が異なる店は東京に居付いて長い土着化しつつある東京人のためのものというところだろうか。生まれも育ちも東京よという、固定種の行く店はまた他にあるかも知れない。
ただ、自分の友人知人で「固定種」専用の店に連れて行ってくれたものはいないので、実は「固定種」専用店は、合言葉を言わなければ入れない秘密クラブで、地下鉄銀座線0番ホームから入るのだ、みたいな世界なのかななどと、神田の帰り道に妄想しておりました。

街を歩く

吉祥寺をぶらり

吉祥寺の町はいつの時代も若い人たちに人気があるようだ。自分が若かった頃から人気の町だった。駅前の比較的狭い所に飲食を含めた店舗がごちゃごちゃと存在し、アーケード内では地元の老舗が存在感を示している。大手百貨店や専門店ビルも存在する新旧、大小ブランドの混在が魅力なのだろう。JRで新宿へ、井の頭戦で渋谷へ直通しているという地理環境も後押ししている。
その吉祥寺のアーケード街で、古手のチェーン寿司屋がイメチェンしていた。コロナで大被害を受けた外食産業では規模の代償に関わりなく事業再編が全力進行中で、この寿司屋も「親会社」が変わった後、店名も変えさせられてしまった。旧店舗はなかなか好みだったので、名前が変わっても使い続けたくなるような店であって欲しいと、ちょっとだけ応援しようかと・・・。

そのアーケードの片隅でお茶を買いに入ったコンビニで見つけた「0秒」商品。この分野は既に有名な「ベビー」が存在していたと思うのだが、それと真っ向勝負的な新商品だ。そもそも、ベビーな方は、この黄色い奴に対するニッチ商品みたいなものだと思っていただけに、本物というか大物がニッチを叩きにくるという構図にはちょっとびっくりだ。
国内最強のインスタント麺ブランドが手を出すには、あまりにニッチな・・・すきま商売だと驚いてしまった。それをまた、コンビニ最強ブランドが「全面推し」らしい。コンビニにあるまじきエンド陳列で上段二段抜きとは、これまた何ともえげつないパワー商法だ。コロナで時代は本当に変わったらしい。弱肉強食どころか弱小殲滅の時代がやってきた。
街角で見る「死闘」の光景だった。吉祥寺も優雅なだけの街とは言えない。ライオンとハイエナで完全にしゃぶり尽くされる捕食状らしい。

それでも、アーケードを抜けて百貨店の裏手の隠れレストランがあるあたりに行けば、何やら優雅さが戻ってきて「吉祥寺らしさ」みたい看板が目立つようになる。ワイン食堂とは、これまたずいぶん昔に流行った気がするが、たのしい店内と素敵な料理が想像できる。これが夕方だったら間違いなく飛び込んでいたと思うのだが、あいにくランチタイムでちょっとのぞいた店内は女性客で満席。どうにもオヤジが一人で入る雰囲気ではなかった。

ただ、その看板を横から見れば、ワイン持ち込みOKということで、ここにもコロナの後遺症を発見した。レストランは基本的にワインを売って儲ける商売なので、そこを放棄したということは、どれだけディナーの商売がうまくいっていなかったかという証明だと簡単に推測できる。客からすれば、店内で注文すれば1万円を超えるワインが、半額以下で飲めることになる。自分で利用するとしたら、最低でも赤白1本ずつを買い込んでいくだろうなと思う。
店側からすれば、ワインを安くした分だけ料理に金を使って欲しいとか、月に2回来てくれないかとか、淡い期待は抱くのだろうけれど。確かに徒歩圏に住んでいれば月2回はありかもしれない。ただし、一人で行くことの方がはるかに多くなりそうだ。
やはり次回は夜の吉祥寺にしよう。

街を歩く

サッポロの街ハズレ

サッポロの地下街が誕生したのはオリンピック開催の頃だからすでに半世紀が経つ。その後もじわじわと増殖が続き、今では怪しいダンジョン一歩手前になりつつある。元祖ダンジョンの大阪梅田地下街にはまだちょっと敵わないとも思うが、増殖の機運が続いているので世紀をかけて100年ダンジョン計画だと言い張れば良いのかも、などと思っている。この地は、またゾロオリンピックをやりたがる馬鹿者政治屋とその一味がいる街なので、本当に100年計画化しそうなのが怖い。
そのダンジョンの東の端にあるサインというか看板が散歩の途中に目に止まった。オーロラタウンというのは札幌の名物、大通公園の地下にある地下街の公式名称だ。この「名称」が金のネタになる時代に、いまだにネーミングライツ販売されていないらしい。
まあそれはいいのだが、公式名称の下に有名チェーン書店の店名が書かれている。おそらく看板のスポンサーというか設置をしたのが書店なのだろうと想像できるが、今の時代で考えると何やら権利関係も含め怪しい気がする。どちらかというと書店より地下街運営団体の怪しさだ。きっと何十年も続いている習慣で誰も気にしていないのかも知れない。TMも©︎もないから、地下街公式名称は利用し放題ということかも知れない。権利関係に鷹揚な昭和の看板なのだろう。だとしたら、この看板は何十年ものだ?

その看板のすぐ近くに、さっぽろテレビ塔の地下入り口がある。テレビ塔の地下入り口というのもなんだか不思議な感じがするが、テレビ塔が先に建設され、その地下にあった食堂街に地下街が接続されたということだろう。
こちらの看板は、さすがに権利関係があちこちに現れている。この髭を生やした赤い存在はさっぽろテレビ塔のゆるキャラで、フィギュアなどの商品化もされている。
看板を見れば、出店しているブランドもそれなりに渋い玄人好みの銘柄が並んでいて、観光名所というより地元民優先の隠れグルメスポット的な雰囲気だ。やはり運営団体の商売観みたいなものが見え隠れする。
たった20m程の距離で見つけた散歩の楽しみだった。

その後、オーロラタウンを東から西に歩き切ると地下鉄大通りの改札口に当たる。そこを左(南)に曲がれば、札幌一の繁華街である4丁目界隈を抜けて薄野まで続く「ポールタウン」になる。右(北)に曲がれば、札幌駅まで続く通称「チカホ」(正式名称は知らない)に分かれる交差点だ。その交差点を地上に向けて登れば、バブルの時代に最初に潰れた都市銀行の本店跡地に経つ商業ビルに出る。その2階にあるのが最近お気に入りの喫茶店で、例の東京オリンピック出張マラソンを眺めるにはベストポジションだったはずだ。窓際の席に座って大通公園を眺めながらぼうっと過ごすのが好きなのだが、ここ2年ほどはコロナのせいか客もまばらだった。
ところが、今回はほぼ満席でようやくテーブル席が確保できた。ここ二年間は店内で大声の会話など聞いたこともなかったが、久しぶりの店内では中年のおっさんグループ(黒のスーツにネクタイ)が、地元政治屋の生臭い話をしているのが筒抜けだった。どうにも中年男には学習機能が備わっていない奴が多いのだと思っていたら、そのあと女性3人組がこれまた大声会話で参戦し、コロナで何も学習しないお馬鹿さんに男女差はないことを理解した。さっさと退散したのはいうまでもない。我が愛しの喫茶店はもはや「低学習能力者の巣窟」になったらしいので、当分行くのはやめることにする。ここのドリップコーヒーは本当に美味いのだが。

散歩の後の至福の時間は、やはりアルコールではなく珈琲に限ると言うのは、昭和生まれの感傷でありますね。

街を歩く, 食べ物レポート

カレーパン探索日誌 小麦の奴隷

くどい話で申し訳ないが、まだ小麦の奴隷の話というか考察をする・・・。

プラごみ削減政策のため怪しい法律が施行され、小売店で買い物をするとレジ袋が有料になった。その規制外に当たる紙袋やバイオマス利用袋は無料だが、今のところ有料で従来型レジ袋を提示する店がほとんどだ。「有料袋が必要ですか」と会計のたびに聞かれるのもすっかり聞き飽きたし、いささかモヤモヤする。お前は環境保護に賛成するかと毎回踏み絵を踏まされる会話だ。新しい「気持ちの悪い」商習慣だ。
だから、なにも聞かれずに紙袋に詰められたパンを渡されると、なにやら感動的なシーンになってしまう。当然、紙袋はプラ・レジ袋よりコスト高であり、これまた当然ながらパンの価格にも反映されているはずだが、「有料」袋を買いますかと念を押され、見識を試される不快感を考えると、このやり方(無料で紙袋)が実に嬉しい。
もともと日本の文化的に、過剰包装を喜ぶ意識があるのは確かで、そこを社会的に変革し簡易包装に切り替えるのは賛成だ。ただ、そのやり方が「店頭での口頭認証」というセンスのない手法であるのが苛立たしく、それを「官」のいうままに、なんの工夫もしない「小売」側にも腹が立つ。
せめて、入口で「袋はありません」宣言をするとか、袋が必要な人は「最初に袋を買ってください」と入場時に強制するとか、なんとかならないものか。
某スーパーではレジ横に大きな表示で、「袋が必要ならここで買え、一枚3円」(表現はもうちょっと優しい)としてある。会計時にレジでは袋に関する会話がない。これでいいのだと思うのだが・・・。対面販売の店では、この袋会話が買い物の最後の気分を台無しにする。

長い前置きになってしまったが、話はカレーパンの話になる。ただし、くどいがまだ袋の話だ。パン屋でパンを買うと薄手のプラスチック袋にパンを放り込む店が多い。パンの種類によっては、トッピングがジャムやクリームであったり、脂分が多かったりするので、個別に袋に入れるのは構わない。ただ、このプラ袋がいけない。スーパーのレジの脇にある荷詰台に置いてあるペラペラのアレだ。
安いペラペラを問題にしているのではなく、パンにプラ臭が移るが嫌なのだ。高い値段のパンを売っている店はこのことに気がついていて、紙袋や匂い移りのしないプラ袋を使う。確かに袋に金をかけてもね・・・という、コスト意識があるだろう。ただ、食品を売っていて、品質劣化(匂い移り)がわかっているのに対策を取らないということが許せない。パン屋の質とは、パン自体ではなく包装・袋との合体で決まるのだと思っている。
ようやく「このカレーパン」の話にたどり着いた。紙袋に個包装されて、その袋もデザインが施された自己主張が見える。これだけで、このパン屋の評価が上がるというものだ。

袋からカレーパンを取り出すと、「おー」と歓声が出てくる(大袈裟か)イガイガというかゴツゴツというか、とにかく目立つ外観だった。大多数のカレーパンは茶色の楕円形物体で見栄えのする食べ物ではないが、このルックスであれば、カレーパン特有の「茶色問題」が解決できている。

ただ、中身を見てみると、うーんちょっと残念感がある。内部の空洞が大きい。上部生地が厚くて底が薄くてバランスが悪そうだ。食べてみると、やはり空洞と生地バランスが気にはなる。ただ、表面のぼこぼこしている部分の食感がたのしい。
カレーの中身は、ちょっとスパイス多めだった。食べているうちにスパイスの効き目でうっすら汗が出る感じだが、辛すぎることはない。見た目、カレーの味、パン生地それぞれのバランスは良くできている気がする。色々と計算され尽くした完成形なのだろうと予想がつく。これはまた買いたくなるだろう。

ザックザクカレーパンというのだね。アートなカレパン」でありました。