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食べ物レポート

低温調理という技術

コース料理が肉づくしだと、少量ずつ出されても、途中でかなりの満腹感になる。コースの最初から最後までの重量を足しあげても、普通のステーキには届かないような気もするが、やはり「肉」に圧倒される年齢になったというのもあるのだろう。
中盤ですでに満腹中枢が危険信号を発していた。それでもタンとフィレの2点盛りは魅力的で・・・。肉自体はシンプルな仕上げで、ハーブとソースでさっぱりと食べる。真ん中にあるのは玉ねぎの付け合わせだが、これもトロッとシャキの中間点にあり、歯触りと甘味を楽しむ良いアクセントだった。
ただ、サーロインの後だけに、「肉」のパンチ力がある。というか、ありすぎる。これが、コースの中で一番「ニクニクしい」一皿だった。
和食ではあまり使われることのないハーブだが、肉料理にはハーブがよく合う。このあたりの「肉肉」しさと味付けのバランスは、やはりプロの技なのだ。感服するしかない。

次の品が、牛肉の部位違いを塩や醤油麹で食べ比べしましょうというご提案だが、実はこの皿を最初の方で出してほしかったなあというのが正直な感想だ。この時点で、お肉はもう十分でございますという弱気モードになっていた。
シンプルな調味料で肉を楽しむのは、舌も腹も元気なコースの最初でお願いしたい。逆に後半であれば濃い味付けの方が、平らげやすいかなあ、などとちょっと個人的な不満だ。
ただ、舌は正直で、この肉はうまいぞ! と伝えてくる。ハムやチャーシューの硬さは全くない。ナイフはいらない柔らかさだが、噛みきれないわけでもない。肉の味がそのまんま出てくると言う感じがする。塩で食べたのが一番好みだったが、ソースとしては醤油麹も良いバランスだった。

締めに出てきたのが、肉もりもりのTKG。肉ビビンパだとのことだが、これはやはり卵かけご飯だよ。それも暴力的な肉パンチが効いたご飯だ。肉にはご飯が一番合うと思い知らされたが、この時点で一膳のご飯を完食するのが危ういほど満腹になっていた。低温調理の肉はジューシーで柔らかく、丼飯にはよく合うのだと再確認した。しかし、これが最後に出るというのは、ほとんど反則技だろう。

最後に、デザートとして、季節柄なのか桜のアイスクリームとほうじ茶が出てきた。もう立ち上がるのも嫌なくらい満腹なはずなのに、冷たいアイスクリームだと入ってしまう。
計算が尽くされた肉コースだった。肉食女子にはピッタリ、肉食男子にはちょっと物足りないかもしれない。ただガツン系肉食男子は焼いて食う焼肉屋に行けば良いのだ。一番ダメなのは非・肉食系高齢男子なのだなと、ちょっと悲しくなった。一皿ずつは少量なので減らしようがない。となると皿数を削ってもらうしかないのだが、それだとバラエティが・・・みたいな困った客になってしまう。もう少し若いときにきたかったなあ、という「おいしい」のに「おしい」お店でありました。

食べ物レポート

焼かない焼肉屋というお店

知人に連れられて西新宿の外れにある会員制レストランに行った。ネットで行き方を調べながら向かったのだが、店が見つからない。看板も出ていない上に、お店が2階にあったせいだが、だから会員制なのかと妙に納得した。
スポーツバーのような大型モニターがあったのが不思議だったが、コース料理の説明というかプレゼンテーションを、これを使ってやっていた。ふーん、時代は変わるもんだなと、これも微妙な気分になった。
この店の売りは、「低温料理の肉料理」だ。ちなみに低温調理はすでに家庭にも入り込んでいて、家庭用調理機器も家電販売店で買える。低温調理とは、基本的にプラスチックバッグに入れて脱気した食材を、低温(60−80度)程度で湯煎する料理法で、真空調理とも呼ばれている。業務用ではスチームコンベクションオーブンを使い、庫内温度を60−80度、湿度100%で食材の水分蒸発を防ぎながら長時間加熱する。狙いは、高温による素材の変性(タンパク質が固まる、脱水して硬くなる)を防ぐことにある。
柔らかく、そして肉汁が残った仕上がりの肉になるのが最大のポイントだろう。

最初に出てきたのは、コンソメスープで中に入っている肉が柔らかい。確かに、コンソメスープは見た目とは全く異なり、作るのにとても手間がかかる。一見、インスタントラーメンのスープのように見えるが、シェフの腕前と時間的コストがかかるので、どこのレストランでもそれなりの高額商品となっている。低温調理の肉を具材にしたコンソメを作るのは、確かに理論的だ。お味は、とてもうまいというしかない。これは自分で試してみたいものだ。

低温調理した内臓肉などを合わせたサラダ。ドレッシングがさっぱり系だったせいか、思いのほか軽めに仕上がっている。良質のハムよりも塩分が少ないから、サラダ向けの肉だと感じる。温玉を混ぜてとろみを増すというのも良いアイデアだ。和風で行くのであれば、ごま油とポン酢、イタリアン的に行くのであればチーズ控えめのバジルソースが合いそうだ。肉は塊で料理して小分けにすれば良いので、好きな肉を選んでアレンジできそうだ。豚ならフィレ、牛ならランプなど脂身少なめの部位が良さそうだ。

中盤の「華」として出てきたのが、和牛のサーロインを使った代物で、野菜と蕗味噌を、この肉で巻き込んで一口で食べろと言われた。言われた通り肉を巻いてみると、小ぶりのいなり寿司くらいになり、一口では難しいのではと思いつつ、無理やり口に放り込んだ。
当然ながら、噛むのすら難しい量なので、窒息しないように注意しながら少しずつ噛み砕くというか噛みちぎっていく。確かに、味噌の味が口の中で肉と絡むのでうまい。肉には火が通っているというより、脂身がとろけている程度なので(低温調理だから当たり前だが)、牛脂がじわっと口いっぱいに広がる感じだった。
レアのステーキのように、「今、俺は肉を食っている」感はしない。あえて言えば、肉肉しい味のクリームが溶けていくとでもいう不思議な感覚だった。
ただ、低温調理をしても、タンパク質の熱変性温度以下で加熱殺菌するのは難しいはずだから、この料理を家庭で再現するのは危険かもしれないなあ、などと妙なプロ意識で考え込んでしまった。やはり、安全安心にはプロの腕前が必要だ。

低温調理の肉尽しは、あまりに美味しいので次回に続く。

街を歩く

アフターコロナ 新宿靖国通りの風景

最近の個人的新宿ランドマークは歌舞伎町・靖国通り沿いにあるこのビルだ。空いている階にどんな店が入るか楽しみで、新宿に行くたびにのぞいている。依然として1−3階は空き家のままで、アフターコロナの元気な店が入るのだろうと期待している。ただ、食べ物屋ではないような気がする。

一見当たり前に見える居酒屋の営業時間表示だが、ちょっと前までここにはランチ営業の案内が貼られていた。夜の商売である居酒屋が、ランチやってるよとい悲痛な叫びをあげていたのだから、実はこの営業時間のお知らせは、俺たちまともな商売に戻りまっせ宣言という意味がある。めでたい宣言だ。
近いうちに応援に行かなければなあ、などとこの看板の前で立ち止まってしまった。それでも休日営業をするのだから、まだまだ商売は苦しいのだろう。

紀伊國屋本店の裏側にあるビルで、テナントがいなくなっていたと思ったビルに新規業態が入った。アフターコロナの仕切り直しということのようだ。ここも一度は覗きにいってみなければと思う。それも昼ではなく夕方に行くべきだろう。色々な料理がスタンド形式で食べられるようだ。同じフロアー内で簡単に梯子もできそうだ。確かに横丁っぽいし、自分的に期待が高い。

ちなみに、2月には右側のように何もなくなっていた看板枠も、今では左側のようにきっちり埋まっております。めでたしめでたし。

食べ物レポート

カレーパン探索日誌 木村屋

普通のカレーパン 普通に美味しい

銀座に行った時にあんぱんを買おうと木村屋に入った。日本一高そうな場所で売っているあんぱんだが、うまさは土地の値段ではなく老舗の技術なのだよ、などと呟きながら行列に並んだのだが。
そこで初めて、アンパン以外にカレーパンも売っていることを知った。ちょっとした衝撃だった。アンパンのバリエーションが多いことは知っていたが、カレーパンまで手を広げているとは・・・。その日はアンパンを買いすぎたので諦めたが、ようやくカレーパンチャレンジを達成した。ただし、銀座の本店ではなく新宿の百貨店に入っているお店での調達だ。
本店では有名シェフコラボ・カレーパンが売っていたが、どうやら本店限定の企画らしく、新宿では売っていない。それは仕方がないとして、まずは「普通の」カレーパンを買い込んだ。食べてみれば、普通に美味しい。カレーパンとしては値段がお高めのような気もするが、そこは「木村屋ブランド」という物だろう。
カレーは甘くもなく辛すぎでもなく、中庸な辛さだった。その辺りも、妙に味が尖っていない老舗ブランドの安心感のような物だろうか。形も小判型でパンの中に大きな空洞もなし。パン生地がやたら厚いということもなし。生地とカレーのバランスが良い。うましだった。

そして、なぜかカレーパンと別のケースに陳列してあった「かつカレーパン」は、まい泉とのコラボだ。パンの中にはカレーと共にカツ(らしき物)が入っていた。
口に入れた食感からすると、確かにトンカツが入っているのはわかる。ただ、カレーとトンカツとパンのバランスが微妙な感じだった。
メンチカツやコロッケを挟んだコッペパンはなかなかうまい物だから、それがカツカレーに変わったと思えば良いのだろうが、おそらくカレーの量が足りないのだと思う。
カツにカレー味のソースをかけたコッペパンであればバランスは取れそうだが、カレーパンとして考えると、具材(カツ)の量とカレーのバランスがカツ寄りになってしまっている。そのせいで、カレーパンではなく、カツパンみたいな感じがしてしまう。
たっぷりとカツを入れるとこのアンバランスになってしまうのだろう。かと言って、カレーに合わせてカツを小さくすれば、カツカレーパンとは言いににくい。美味しいものを作るのは難しい物なのだと、改めて実感した。
サンドイッチ専門店でもカレー味はなかなか見かけない。カレー味は、味が当たり前すぎて調整が難しいのと、カレー味・スパイスの風味が飛びやすく劣化しやすいせいだと思う。だから、老舗パン屋の新カレーパン挑戦は素晴らしいことなのだが、それでも「名品」に至るには、なかなか時間がかかるようだ。

街を歩く

歌舞伎座と弁当屋

いつも歌舞伎座の前を通りかかると、死ぬ前に一度くらいは歌舞伎を見てみたいぞと思っている。が、行動につながったことはない。いまだに切符の手配の仕方すら知らない。ましてや、歌舞伎を見るときのお作法みたいなものなど全く存じ上げない。
何かの拍子で見たテレビ番組で知ったことだが、歌舞伎の台詞回しがよくわからない人向けに「録音された現代語版の同時解説」機械を貸し出してくれるサービスがあるそうだ。明治初期まで歌舞伎は、普通の町民が楽しんでいた「現代芸能」で、古典ではなかったはずだ。つまり明治の後の百年余りで、日本語が劇的に変わってしまったということらしい。
落語の世界でも、古典落語を理解するには、往時の町人暮らしなどの社会背景がわからないと、笑うこともできない。それと似ているなと思う。
あとは幕間の休憩時間に弁当を食べたり、食堂で食事をとるらしい。映画のように一幕終わったら全員入れ替えというシステムではないようだ。(これも行ったことがないのでよくわからない)
歌舞伎を見たこともないくせに歴史的な歌舞伎のあれこれについては、ちょっとお勉強したことがある。歌舞伎の全盛期である江戸時代は、芝居小屋の中が薄暗くて照明も届かないから、あの白粉をベタッと塗ったくまどり化粧をするのだと聞いている。現代の照明がある小屋では、すでに様式美としての白粉・隈取りのようだ。(無駄な知識だ)しかし、浮世絵にもなった有名な役者の名前などは全く知らない。
歴史的な知識だけでいえば、能も歌舞伎も当時の流行演芸であり、今で言えばEXILEとかAKBみたいな物らしい。だから、あと100年も経てば、秋葉原のAKB劇場が古典芸能を保護する場所となっていて、EXILEは3代目どころか、8代目宗家とか裏EXILE流五代目みたいな感じになっているのだろうか。

だから歌舞伎座の向かいに弁当屋を発見した時、ちょっと嬉しくなった。歌舞伎見ながらお弁当を食べるひともいるんだなと。プロ野球を見る時に見かける、ビールタンクを担いだビール売りの若い衆が声を上げながらスタンドを練り歩いている姿を思い出した。江戸時代の歌舞伎小屋の中でも、幕間に弁当売りが歩いていたのではないかと想像してみた。色々な弁当屋の売子がたくさんいて競争して売っている感じだろうか。歌舞伎とプロ野球、どちらもその時代の現代演芸と言って良いから、客席では同じ光景が見られたかもしれないと思った。その当時の弁当売りの若い衆が、弁当屋の主人に成り上がったみたいな、アメリカンドリームならぬ、お江戸ドリームがあったりして。などと空想を巡らせてしまった。
大相撲でも枡席であれば、飲み物と食事がセットされている。日本的な興行では「見る」と「食べる・飲む」がセットされているのが必然なのかもしれない。


とすると、伝統的な歌舞伎を楽しむ小道具として、江戸から続く古典弁当でも売っているのだろうか、などと思って店先を覗いてみた。
なんと想像通りの豪華三段重弁当が売っていて嬉しくなった。お花見にも似合いそうだが、やはりこれは歌舞伎観覧者御用達なのではとも思う。しかし、このコロナな世界で、そもそも歌舞伎座の中でお弁当を食べる場所はあるのだろうか。江戸時代は桟敷の中で食べていたようだが、現代ではどうなのだろう。舞台近くで弁当の匂いがすると、役者もあれこれと考えてしまいそうだ。

一人前の弁当も色々とある。お値段はちょっとお高めのような気もするが、おかずも含め手の込んだ弁当であることは写真からもわかる。その中でも「東京弁当」というものが、値段も名前も含め他の弁当と別格で、どうもこれは日常使い用のような気がする。歌舞伎座周辺のオフィスビルで働いている人のお昼ご飯という感じだ。
歌舞伎を見にきた人だけでは、経営的に安定しないのかなどと勘ぐってみた。それでも、この東京弁当は一度食べてみたい気がする。
今や伝統芸能に成り果てた(?)歌舞伎を、現代演芸として楽しんでいたお江戸の人々に思いを馳せつつ、隅田川沿いのどこかで、満開にさきほこる桜の下で食べるのが令和の風情としては良さそうだ。

街を歩く, 食べ物レポート

立食いそばの老舗と名店 #1

立ち食いそばというのは、日本的ファストフードであり、B級グルメどころかC級グルメだよなと思いつつ、サラリーマン時代は実にあちこちでお世話になった。お気に入りの店の蕎麦であっても、決してうまいとは言えないのだが、何度も何度も行ってしまう妙な魅力がある物だった。
ここ2年ほど、コロナによる社会変動で立ち食い蕎麦はずいぶん閉店してしまったようだ。外出が減ったこともあり、どこかに行ったついでに立ち食い蕎麦を食べるという機会もなくなってしまった。
これでは日本から立ち食い蕎麦屋が消えてしまうという、個人的な危機感もあり、最近は外出先で立ち食い蕎麦屋を見つけると、応援と称して蕎麦を食べることにしている。おやつ代わりに蕎麦を食うというのは、ちょっと健康面を考えると「いけない」行為のような気もするが・・・。

かめやの天ぷらそば 中庸だが好みの味だ

西新宿のJR山手線沿いに広がる「思い出横丁」は、焼き鳥や中華料理や居酒屋が密集している怪しい地帯だが、その中に座る「立ち食い蕎麦」がある。どうやら立ち食い蕎麦愛好家には有名な店らしい。カウンターだけの店だがスタンド式の椅子席なので、立ち食いではない。ただし、カウンターは屋外に露出しているので、背中は風にさらされている。冬は寒いし、夏は暑い。個人的には、夏にこの店を使う気にはならない。裏路地にありジトっとした熱気がこもる場所だ。熱い蕎麦を食べるなど、なんの罰ゲームだと言いたくなる。気温が下がった秋から春にかけての限定利用だ。
蕎麦は結構まめに茹でているので、ほぼ茹でたてに近い。つゆは甘すぎず、辛すぎず「普通」レベルだ。かき揚げも店内調理のようで、ぼてっと厚みがあるタイプだ。カリカリ感はない。ちょっとふやけている感じがするが、立ち食い蕎麦のかき揚げはサクサクさを楽しむというより、蕎麦つゆに漬け込みつゆを吸ってふやけてきたものを楽しむ物だと思っている。だから、ふわふわかき揚げには何の問題mのない。
ああ、これが立ち食い蕎麦の楽しみだな、などと思いながらずるずと蕎麦を啜っていたら、隣に来たお兄ちゃんが「天そば、ネギマシ」なる注文をしていた。
「ネギマシ?」と疑問に思い、横目で隣の注文を見ていたら「ネギが山盛り」になって出てきた。つまり、ラーメン屋のネギラーメンみたいな物で、今のご時世ではネギも追加トッピングになるらしい。
自分の中の立ち食いそば世界では、ネギはカウンターの容器に山盛り入っていて、勝手に好きな量を自分で乗せていくイメージだった。丸亀製麺などもネギとりはセルフスタイルだが、西新宿では追加のネギが有料になると思い知らされた。
まあ、立ち食いそばのスタイルに標準なんかあるはずもないし、どの店も自分のやり方でやっていることに文句はない。ただ、追加トッピングに「ねぎ 〇〇円」と書くことだけはお願いしたい。ちなみに、追加かき揚げは100円で、ネギ増しは30円みたいだった。(未確認)
次はネギ増し増しで頼んでみようかな。

食べ物レポート

じゅうじゅう焼は前菜か?

新宿三丁目駅の近く、末広亭の隣にある洋食屋がお引っ越しをしていたのに気がついたのは先月だった。この界隈は比較的頻繁に訪れていたが、コロナの2年間はほとんど足を踏み入れていなかったせいもある。
ただ、それ以前もこの店の前は何度も歩いていたので、一体いつ引っ越してきてリニューアル開店していたのか、一度お店の方に聞いてみなければと思う。
街の洋食屋というのは、もはや天然記念物に指定した方が良いほど減少している。貴重動物と同じレベルで、みんなで保護しないと無くなってしまう絶滅危惧種と思っている。それだけに、またこの店を使えるのは、ただただ嬉しい限りだ。

以前は一階の店だったが、引っ越した先は地下になっていた。そこに文句をつける気はない。旧店舗の時と客席数は同じくらいだが、昔は二階がパーティーなどで使われていたはずだから、だいぶ小ぶりな店になったようだ。それでも、使うのは自分一人か、せいぜい知人と二人でという感じだから、全く困ることはない。

久しぶりにきたので、まずはビールを注文してみようとメニューを見たら、瓶ビールがあった。最近、ビールといえば生で中ジョッキが標準仕様みたいだが、洋食屋で頼むとすれば、何と言っても瓶ビールだろうと思う。
そして、瓶ビールといえばこの「キリンラガー」だ。復刻版といえば良いのか、一時期スーパードライと一番搾りにやられてしまい、どんどん消滅しかかっていた。ビール界の帝王が、過去の栄光には及ばないが、また復活してきたようだ。老舗の洋食屋では、どこに行ってもラガーが出てくるのが、何だか嬉しい。
勘繰っていえば、洋食屋をよく使う層がすっかり高齢化して、昔懐かし「キリンラガー」に戻ってきているということなのかもしれない。ちょっと小洒落た居酒屋では「ビールはどちらにしますか」などと、数種類から選べるようになっているが、老舗洋食屋は選択肢なし、キリン一択で良いのだろう。
ちなみに、昔の上司にビールはキリンだけという困った愛社精神を発揮する方がいて、宴会でスーパードライが並んでいると、店の従業員にキリンを買いに行かせるという、今であればカスハラな人がいた。そんな昭和な価値観も、今では消滅したことだろう、めでたしめでたし。などと、麒麟麦酒を見るたびに思い出す。

この店の名物じゅうじゅう焼きが好物なのだが、これは写真の通りの料理で、大量のキャベツを少量の焼き肉と合わせて食べる「野菜料理」だ。鉄板が熱いので、一緒に添えられてくる「酸っぱい醤油系ソース」をキャベツの上からダボダボとかける。すると、鉄板でソースが焼けて蒸発する。その熱気でキャベツが熱々になるという仕掛けだ。
肉はあくまで添え物で、キャベツが主役という、洋食・ステーキ屋らしからぬ料理だが、これが美味い。おまけに値段はハンバーグより高い。肉たっぷりで出てくる生姜焼きと同じくらいなので、じゅうじゅう焼きという名前に肉料理を想像した客はがっかりするかもしれない。
この店は洋食屋なので、当然ながらオムライスもあるしナポリタンもある。その絶対定番を押しのけて注文したくなる「じゅうじゅう焼き」は、やはり熱々の「前菜」ということなのだろう。でも、じじゅうじゅう焼き定食もあるから、ご飯のおかずなのか・・・。お気に入りの洋食屋のちょっとした謎だ。

街を歩く

今年の桜 あれこれ思うこと

何だか、今年もあっという間に桜の季節が終わってしまった。それでも、何度かは満開の桜を見ることができた。桜を見るたびに竹内マリアの曲を思い出す。二十代、三十代と年を重ね人生の楽しみ方が変わるという曲だが、その中に「あと何回桜を見ることができるだろう」みたいなフレーズがある。
これは日本人特有の感性だなと、初めて聞いた時に感じた物だが、欧米人であれば年を重ねる象徴に何を引用するのかと思ったからだ。アメリカ人であればクリスマスやサンクスギビングなどに年齢を重ねるイベント感があるのだろうか。

西新宿 高層ビル街の一角にあるお寺で

今はスマホのカメラがすっかり高性能化したので、わざわざ桜の写真を撮るために一眼レフカメラを持ち出すことも無くなった。ほんの数年前までは、春になると一眼を抱えてあちこちに桜の写真を撮りに行ったが、今年はとうとう諦めてしまった。コロナの重圧に負けたわけではない。去年も一昨年も桜撮影はしていた。
ただ、もう桜を見たついでにスマホでパチリで十分な気がしている。一眼を担いで歩き回るのが面倒な年になったのか、それとも写真はスマホで十分という当世風な感覚に若返ったのか。どちらなのだろう、自分でもよくわからない。

スマホで光量調節もせずに夜景が撮れるということは、それ自体びっくりするほどの技術革新だと思う。が、それも当たり前になってしまえば、小学生がとった写真とプロの写真家の腕前の差は、一体どこに出るのだろう。そもそも画角とか露出みたいなテクニック話で言えば、今や撮影後に写真データを切り抜いたり編集するのは当たり前なので、プロの腕前と素人との差が縮まっている気がする。
ちなみにフィルム写真時代に夜桜を上手に撮るのは、とてつもなく技術が必要だった。今や、スマホで画面を覗いてパシャッでおしまい。良い写真を紙焼きにしてみるか、画面で見るかという違いの方が大事だろう。

近くの小学校の正門前に大きな桜の木が立っている。タイミングが合えば、満開の桜で入学式ということもあるのだろうが、ここ数年は4月になると葉桜になっていることが多い。今年も、入学式には全部散っていそうだ。

花見をする時、桜は見上げる物だと思っていたが、今年は桜を見下ろす場所を発見した。見下ろす桜というのも、これはこれで綺麗な物だなと気がついた。まだあと何年かは、こうして「新しい桜」を楽しむことができるのだろうか。竹内マリアが歌う楽曲の中では100歳くらいまで生きていくことになっているのだが。

街を歩く

新宿街歩き 新旧交代の景色

この「バスあいのり」という場所は、紀伊國屋本店の裏側にある。何とも不思議な施設で、同じものが銀座でも見かけた。想像するに、ビルの建て替え立地(現在隣の土地を地上げ中など)に、簡易型の建物を作り営業している業態らしい。サイトを調べてみると、高速バスの空きスペースを使って全国から地方の特産物を配送。販売するサービスのようだ。その特産物を販売する期間限定拠点ということなのだろう。

この日は、客席?にティピー型のテントを張って、そこで色々と飲食できるという仕掛けだったらしい。面白いとは思うが、いかにも東京らしい。このやり方は東京だけで通じる、全国各地の大都市ではなかなかうまく行かない仕組みのような気がする。東京人の半分以上が、全国からの流入、漂白移住民なので、だから逆に全国のあれやこれの風物に寛容だと思う。受け入れる土壌がある。
全国の地方大都市は、その地域の中心であるが故に地域住民がほとんどなので、よく言えばまとまりがある。悪く言えば排他的文化の核だ。大きな「オラが村自慢」の場所となる。
全国にある他地域の良さを肯定できるか。その寛容さがなければ、見ず知らずの土地のものを使った商売が成立しはしないだろう。沖縄でジンギスカン屋をやるとか、北海道で沖縄そばを販売するとか想像してみると理解は早い。地域性を無視した商売は地方ではなかなか難しい。ハイブリッドな東京で、それも新宿や銀座だから成立する商売なのではと思う。何十年経っても、東京は不思議な街だ。

ヨドバシカメラも、新宿を象徴する商売だと思う。個人的に大の家電好きなので、暇があればヨドバシに行ってショッピングではなくショールームとして楽しんでいる。そのヨドバシカメラ(新宿東口)で、売り場の大改造が行われていた。そもそも一階とはデパートや大型モールでも通じる鉄則だが、その店で一番売れて一番儲かる商品を並べるものだろう。だから、ヨドバシカメラで一階の定番商品は、高級カメラを中心としたカメラ売り場だった。国内メーカーの一機50万円もする一眼レフカメラやプロ仕様の高級レンズが無造作に並べられていた。
それが、コロナ感染と共にインバウンド客がいなくなると、カメラがスマホの置き換わった。まあ、それは販売の主役が変わったので仕方がないとしても、それ以外の地滑り的主従交代がすごい。
カメラは別ビルという相当に売り場的には僻地に左遷された。2階3階という比較的好立地にいたパソコン、テレビなどは最上階近くという「負け犬」立地へ飛ばされた。一時期は一階にいたこともある、ワイヤレスイヤホンも同じく僻地に転勤になった。
いわゆる情報系家電が全滅した結果、一等地に栄転してきたのが、エアコンや調理家電などのグループだ。つまり「引きこもり」「おうち時間」需要がヨドバシカメラ、家電業界ですっかり主役になったということを意味する。コロナの影響を、一番実感した光景だった。たかが家電店の陳列が世界経済を表す時代なのだなあ。

あちこちで五月雨的に変わっている新宿だが、馴染みの居酒屋で入口脇に貼られていたポスターをみて、何と20世紀のライブ告知だということに気がついた。それも、この方はすでに他界されて久しいはずで。同じ新宿でも、ここには流れが止まった時間がある。
深夜放送でよくかかっていた「ぷかぷか」を聞いてみたくなった。でも、すでにLP版レコードは処分してしまったし、どうやって手に入れようか。頼るはAmazonになりそうで、これが二十一世紀の音楽を聞くお作法なんだと、ため息がひとつ出てきた。

街を歩く

岩手の旅 おまけ

岩手のアンテナショップの件でもう少し。お店は東銀座、歌舞伎座の向かいにある。銀座の中心から歩いて5分もかからない便利な場所だ。都内にある各県のアンテナショップの中でも、群を抜いて広いお店だと思う。ゆったりとしたつくりなので、陳列されている商品も多い。

おそらく新幹線を使った配送ではないかと思う「岩手の駅弁」も並んでいるのだが、ちょっと嬉しいお買い物といえばこの白石のパンだ。岩手のローカルパンメーカーだが、宮城あたりまでは販売されているようだ。仙台のスーパーで買った記憶もある。首都圏ではみかけない珍しいパンがあり、地元のスーパーであれこれ物色しては楽しんでいた。その中の一つが、この山型食パンのクリームサンドだ。青森にも似たようなものが人気商品だから、北東北の人には慣れ親しんだ食べ物なのかもしれない。食事というよりは、おやつタイムにもぐもぐ食べるパンだろう。

あとは、北海道人のソウルにも刻み込まれている豆パンだ。中身は甘納豆で、あんぱんの亜種という気がする。日本各地で豆パンは存在する。だから発祥の地がどこなのかは依然としてわからない。
存在が確認できた場所だが、四国と岡山では普通にスーパーでも売っている。九州のどこかで見かけた記憶もあるが、場所が8キロともいだせない。最近では、首都圏ベーカリーショップでも「うちの目玉商品」的に売られていることも増えた。
ただし、そうしたベーカリーショップの高級豆パンは、甘納豆の投入量が過大でパンというより、甘納豆をパン生地で繋いだ感もある。あれはもはやパンとは別の食べ物だろう。
この岩手の豆パンはバランスが良い。明らかにパンの一族だ。しかし、豆パンのルーツは一体どこなのだろうか。パン食が拡大したのは明治以降だから、明治中期に岩手のパン屋で発明され、それが北海道に渡ったと考えて良いのだろうか。
開拓期の北海道は東北を中心とした移民混成文化だったので、自分としては岩手ルーツが本命で、岡山や香川の豆パンは同時並行進化のような気がする。ただ、北海道も開拓時期に酪農が国家事業として導入され、いきなり欧米ルーツでアレコレ的な食品が定着したこともある。その一連として北海道開拓使御用達の豆パンが東北に逆上陸した可能性もありそうな気もする。ちょっとモヤモヤした気分なのだ。

岩手を代表する工芸品の一つが南部鉄器で、最近は「黒」一色ではなくカラフルなカラー鉄瓶なども作られている。それでも鉄瓶といえば、渋い黒というイメージが一般的だろう。
個人的には鉄瓶好きで何個か所収している。だから、時々鉄瓶を見に岩手に行ったりしたものだが、一時期は大陸から来た観光客に鉄瓶が買い占められていて、陳列オンリー、買うのは予約して一年先みたいな困った状況になっていた。それも最近では解消されたようだが。インバウンド消費は生産者にとっては福音だったかもしれないが、普通の日本人にとっては相当に迷惑だったことは事実だろう。
のんびりと鉄瓶鑑賞をしていたら、とてつもなくすごいものを見つけてしまった。箱に書かれた「南部鉄瓶」の字体が何やら見覚えがあるなあと思い、よくよく見てみると、なんとなんとびっくりのコラボ先。おまけにお値段が一段と冴え渡るというか痺れてしまう物だ。普通の鉄瓶とくらべてもかなりの高額作品だった。熱狂的なアニメファンだとしても、このお値段は手の届くものなのだろうか。
確かに、初コラボというのは正しいのだろうが、なぜ鉄瓶とコラボするのだろうか、?????、頭の中が疑問符だらけになった。
オリジナル機体色は紫か赤だしなあ。ひょっとすると、あのとんがった頭部が何か鉄瓶にインスパイアされていたのかとか、ブラグの一部に南部鋳造鉄が使われているという設定だったのか。はたまた、司令の出身地が南部鉄瓶の工房がある町だったのだろうかとか。疑問は尽きない。ウルトラマンと福島県須賀川のコラボ以来の「びっくり発見」だった。
でも、ちょっとこの鉄瓶、欲しいかも・・・。岩手県、奥が深いなあ。