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街を歩く

西新宿 飲んべいストリート復活

新宿駅西口を新大久保方向に北上すると、西新宿の飲み屋街がある。小田急ハルクの裏側の一角と言えば良いだろうか。そこには昭和から営業している渋い居酒屋が数軒あるが、よく通っていた店が焼き鳥の名店ぼるがだ。店内は薄暗い。複数で行くと2階の広間に案内されるが、一人のみだと一階のカウンター前になることもある。焼き鳥に日本酒を冷でというのがに合う店だ。ここしばらく営業しているか気になっていたが、元気で開けているようだった。ちょっと時間が早く、焼き鳥を焼いている姿は見られなかったが。夏の夕暮れ時に、この店の前を歩くと、焼き鳥の煙でもうもうと煙っている。個人的には、なんとなく西口の象徴的な店という気がする。夏が近づいたら、また来ることにしよう。

そこから徒歩1分にある居酒屋がこの日の集合場所だった。にほ飲酒の品揃えが良いと聞いていたが、店に入る前から「推し」銘柄がたっぷりと押し寄せてくる。階段脇のポスターを見ていたら今日はやはり濁り酒にするべきだろうと思った。濁り酒は冬のご馳走だと思うが、甘口なので飲み過ぎ中だ。一杯でやめる勇気が重要。

店内に入るとこれまた大量の銘柄札が並んでいる。飲んだ記憶があるものが半数くらいで、東日本の酒が多い。伯楽星を置いてある店は珍しいなと思うが、それ以上に豊盃は幻級で、都内どころか蔵元である青森でもなかなかお目にかかれない。日本酒ラブに溢れた店だ。今後は我が新宿の本拠地にしようと真剣に思う。食べ物メニューを見ても、基本的に日本酒に合う料理が並んでいる。どうやらとても良い店を紹介してもらったようだ。
しかし、歴史がある店だということだが、なぜ今まで存在を知らなかったのだろう。ちょっと人生を損した気分になる。店内は酒好きで溢れていた。賑やかなオヤジの居酒屋と思っていたら、女性客も結構多い。

日本酒に揚げ物は合うかなあとちょっと気になったとフライ料理だったが、これはなかなかに逸品で、酒も魚もうまいと感心した。西新宿の居酒屋はコロナ前のように賑わっていたが、これが本格的な復活なのか、もう少し時間がかかるのかもしれない。
入り口に貼ってある東京都のレインボー認定マークが、今更ながら当てつけがましいというか、行政とは無能者の集団だから気をつけろとい戒めであるように見える。意味のないことに意味を持たせるという意味なのだな、などと笑わせてくれた。このマークが東京都の暴政と歴史の教科書に書かれるのはいつの頃だろう。キリシタンを人別する道具だった踏み絵(最近は別の意味合いがあったとされているらしいが)と同レベルで記録されるのではないかと思っているのだが。
レインボーマークがあるから安心して飲める店、などと思っている呑んべいオヤジ(一部はおばさんも含む)は世の中にどれくらいいるのだろうか。
昔懐かしい店内の居酒屋風景にホッとしながら、そんなことを考えていました。しかし、良い店です。来週、また行こうとも思っております。

食べ物レポート

怖くて値段が聞けない海鮮丼

隣町の百貨店で北海道展があると家のものが出掛けて行った。そのお土産に、海鮮丼を買ってきてくれた。海鮮丼というより海鮮重と言いたいゴージャスな見栄えだ。どうやら普通サイズの海鮮丼は丸い容器に入っていて「普通の」丼に見えるらしい。この土産にもらったものは具材大盛りというか、贅沢版の海鮮丼のようだ。
ネタのノリ具合が半端ではない。このネタの下にご飯が隠れているのだが、ご飯の量はネタよりも少ない。海鮮丼とは美味しい魚で白い飯を食べるというコンセプトのはずだが、これは発想が逆転していて、美味しい魚を食べるためのおまけで白い飯がついているという感じだった。
鮨屋のお得なランチでよく見られるチラシでは、面積稼ぎで卵焼きやガリなどが非魚系トッピングがネタと同じように使われることがある。それはそれで格安に仕立てる工夫と言えば納得もするが、やはりちょっと見栄えが寂しい。
この贅沢版海鮮丼では、そんな見栄え改善策は何一つ取られていない。定番備品である緑のバランさえほぼ存在しない。ネタを重ねまくっているので、下敷きになったネタは半分しか見えていない。見栄え優先のメニューが多い中、質実剛健というか中身の量で勝負という贅沢な昼飯を食べてしまった。だが、これはランチというより、酒の肴ではないかとも思った。熱燗をちびちびやりながら魚をつまみ、その間に白い飯をちょっと口直しに一口放り込むみたいな食べ方だ。
食べ終わってから、値段を聞こうと思ったがやめた。おそらく自分では買う気が起きないほど高いものだという気がする。普通のランチで言えば二食分どころではすみそうもない。おそらく売り場の前に行っても、値段を見ただけで素通りしそうな豪華な代物に違いない。お高いものは誰かに買ってきてもらうのがいちばんで、値段を知らないからこそ純粋に味を楽しめる。
素直に美味しいものがたべららたことに感謝しよう。日頃の行いを考えると、こんな高額なお土産をもらえるなど、まさに感謝しかありません。

街を歩く

立食い蕎麦のバージョンアップ?

東京でサラリーマンをやっていると、この店のお世話になることは多いと思う。都内には有名な立ち食い蕎麦屋のチェーンは複数あるが、東京山手線東部では小諸蕎麦、西部であればこの富士そばにお世話になっていた。
東京で働くようになって駅前の立ち食い蕎麦と牛丼屋の多さにびっくりしたが、店の数が多いことはそれだけ需要が多いことを意味する。立ち食い蕎麦には寝坊をした時の朝飯や、残業食で随分とお世話になった。
ただ、コロナの最中から主力客であるサラリーマンがリモート勤務になったりしたため営業的にはなかなか大変だったようだ。このコロナの3年間で立ち喰い蕎麦屋の廃業はかなりあったようだし、チェーン店でもメニューの改変が進んでいる。表の看板で見るように、そばの店から天ぷらや丼推しに変わってきている。最大の変化はラーメンがジワリと勢力拡大していることだ。

普通の醤油ラーメンもあるのだが、個人的なお気に入りは煮干しラーメンだ。ぱっと見では豚骨系の白いスープに見えるが、味はしっかりと煮干しの出汁になっている。青森の煮干し中華そばに近い感じがするが、あれほど魚臭くはない。都会のマイルド系という感じだろうか。具材はシンプルというか、おかめそばのトッピングを思い出す和風テイストな感じもある。チャーシューが昔懐かしなペラペラなので、それもまた「味」というものだろう。個人的には厚切りチャーシューよりも薄切りの方が好みなので不満はない。いちばん頑張っているのはワカメで、蕎麦よりもラーメンスープの方が、よく似合っている気がする。この煮干しラーメンは一部限定店舗のメニューだったはずだが、全天に広がったのだろうか。富士そばは個店でのメニュー拡散がすごいので、全店共通メニューはそれこそ限定的だ。煮干しラーメンはいまだに都心部だけなのかもしれない。
蕎麦屋のラーメンが人気の高い山形県で、蕎麦屋のラーメンを食べると、蕎麦と中華そばの文化的ミックス具合がよくわかる。一時期、和風ラーメンなる怪しげなものが流行っていたことがあるが、蕎麦屋のラーメンはそれとは違う気がする。蕎麦屋のラーメンは「出汁を使った麺文化」という点で相性が良いと思う。麺の違いがバリエーションになる。だから蕎麦屋のラーメンは成立する。しかし、うどんとラーメンは同じ小麦麺製品なので同居が難しい。うどん専門店でラーメンがメニューに載っているのはみたことがない。逆にラーメン屋で蕎麦が同居している例は少ないというか、有名な店はほとんど記憶にない。(北海道の山頭火で蕎麦の麺があるくらいか)
蕎麦屋のメニュー拡張機能はすでに麺や丼の取り込みで保証されている。麺である蕎麦を飯に置き換えることで、メニュー拡張はほぼ自動的に可能だ。だから、立ち食い蕎麦チェーンが「蕎麦とラーメンと白米飯」を提供する次世代の大衆食堂に進化する可能性は大きい。おまけに立食い蕎麦は最初から、カウンターでの商品受け渡しという省人的コンセプト設計だ。
立食い蕎麦屋の好敵手である牛丼屋のメニューがやたら複雑化していて、おまけに値頃感を失うほどの値上げが続いている。現在の牛丼屋が取る基本戦略は、新商品投入=価格上昇の構図で、いずれ限界が来るだろうとは思う。だから、それを横目で見ながら立ち食い蕎麦チェーンはあれこれ画策しているようだ。そのうち、「牛丼が本業の店」よりもうまい牛丼が立食い蕎麦屋で出現しそうな気もする。「牛丼食べるのなら○○蕎麦がいいよ」みたいな評判が生まれそうだ。牛丼屋VS立ち食い蕎麦屋の決戦は、蕎麦屋の方が優勢な気がする。
演歌のかかる店内で、最後まで残しておいたメンマを噛み締めながらそんなことを思っていました。

食べ物レポート

居酒屋の一品 お気に入り発見

生姜を揚げるという発想が、まず必要だ

大衆居酒屋の定点観測という名目で、いつもの低価格チェーン居酒屋に行ってきた。新メニューは何があるかと眺めていると、「新」マークはついていないが、どうやら最近導入されたらしいメニューに気がついた。生姜の天ぷらだ。
大阪南部では紅しょうがの串揚げや天ぷらがかなりポピュラーな品物のようだ。ただ、これは大阪全体というより大阪府南部限定のローカルフードらしい。昔、天ぷらのローカルメニューを研究した時に発見した。食文化では関西を共通圏として考えていたのだが、生姜の揚げ物については奈良や神戸では知られていないらしい。東京周りで置き換えると、埼玉の大宮限定だったり、神奈川県湘南地区限定みたいなものだろう。
研究を続けて天ぷらネタの多様性は面白いなと思った。社内にいた日本全国あちこちの出身者から天ぷらネタアンケートをして、アレアレとか、こんなのありとか、びっくりネタが多いことを知った。自分の食べているものは日本標準であるという誤謬というか誤認識を改めるには良い経験だった。食にも地方モンロー主義は存在するのだ。
話を戻すと、串カツでは平成中期に全国チェーンが広がったことで、紅生姜の串カツが広まった可能性がある。最近では、立ち食いそばで紅生姜のかき揚げが人気のようだ。
そして、この店の生姜の天ぷらだが、見た目は青のりが混じった衣のために、ちくわの磯辺揚げのようにも見える。一つ一つが小ぶりのサイズなので食べやすい。酒の肴としてはパーフェクトに近い仕上がりだ。量は少なめだが、この店のメニューは低単価低従量が標準なので文句はない。味は濃いめなので、このま何もつけずにつまむ。好みの味なので、次回もこれを頼むことになりそうだ。

郷土料理のアレンジの可能性は………

「りゅうきゅう」とは、大分県の名物で刺身をタレでまぶしたもの。タレはあれこれとアレンジがあるようだが、基本は醤油、味醂、胡麻生姜その他の香料、香草でちょっと甘めに仕立てる。福岡のごま鯖もこれと似た食べ物だから、タレに漬け込んだ刺身料理は九州北部の食文化基盤みたいなものだろうか。
その「りゅうきゅう」の鯖バージョンがメニューにあった。前回来た時もあったから、どうやら定番化したらしい。こういう一手間かけた料理をあれこれ導入するのは、低価格店では重要なことだろう。メニューの幅を広げるという観点では最善種の一つだ。プライスラインを一つ押し上げる役目も果たす。トッピング、フィリング、ソースの変更での味変やバラエティー化も可能だ。
アフターコロナの外食激戦区で、やはり重要なのは新メニュー開発だが、それには綿密な計算が必要なのだよと、大分名物(風)を食べながら考えていた。

食べ物レポート

高級パン屋でクイニーアマン

渋谷の北西側に東急百貨店本店がある。その真向かいに、高級パン屋がある。都内には有名なパン屋、ベーカリー、ブーランジェリーなどパンの製造販売の店は多い。その中でも、おそらくいちばんの高級店(自己評価です)は、この店だと思っている。たまに、ハード系のパンを買いに来るのだが、その味と価格にはいつも唸らされる。高いから上手いのではなく、上手いから高いのだと納得させる「パン」だ。
ただ、たまに浮気をしてデザート系パンというかケーキっぽいものを買うこともある。今回は、流行り物のカヌレを買おうとしてきたのだが、結局はカヌレではなくクイニーアマンを買ってしまった。

食べ終わった時の満足感がすごい

自分のイメージにあるクイニーアマンは小ぶりな砂糖菓子というものだが、こちらは随分と大型で直径は10cm程度あり、手に持てばずっしりとした重量感がある。表面が砂糖でコーティングされているのでカリカリとした食感があるが、中身の生地はやはり重量級の密度の高いものだ。
甘い物好きであれば、これを朝食がわりに食べるかもしれないなと思う。朝食といえば………しばらく住んでいたアメリカでの朝食は、ドーナツだったりワッフル(メープルシロップを溺れるほどかけるのでほぼ甘味しかしないもの)など、朝から1日分の糖分補給が完了するものが多いことを思い出した。朝食=超甘いというイメージしかない。だから、それと比べるとこのクイニーアマンなど甘さレベルで言えば初級でしかないのだが。
個人的には日本の朝食は塩分食、アメリカの朝食は砂糖食、そして西ヨーロッパの朝食は簡素食だと思っている。簡素食とはクロワッサンとミルクコーヒーで朝食というパターンになる。目玉焼きにベーコンとトーストでは、簡素食にならない。この大ぶりのクイニーアマンを朝食にするとすれば、アメリカと西ヨーロッパの中間食くらいになるのかと思った。
表面の砂糖がキャラメル状になりパリパリしている食べ物が好みなので、このクイニーアマンはとても満足したが、やはり朝食にはちょっと甘すぎる。結局は、3時のおやつ的に食べてしまった。ただ、おやつとしてはやはりちょっと高額かと思うしボリュームも多い。だが、ケーキよりはお安い。自分へのご褒美的なおやつとして考えれば良さそうだ。ただし、これを一つ食べると夕食は軽めになる。というか、夕食を食べる気にならない。おやつで腹が膨れるというのも考えものだ。

テクニックを感じるハード系のパン

朝食には、ライ麦を使ったハード系のパン、それも中にクルミや干し葡萄の入ったものを買ってきた。このハード系パンとコーヒーの様な朝食を食べたのは、デンマークだったかドイツだったか記憶は曖昧だが、ライ麦のパンはやはりヨーロッパ北部に行くと出会うことが多い。もともと、小麦は地中海沿岸の様な気温の高い地域で栽培されている。北部になり気温が下がっていくと、小麦の代わりにライ麦が栽培されている。日本でいえば、米とヒエやアワなどの雑穀の関係に近い。
昨今の健康志向による雑穀礼賛は、やはり美味しいものを腹一杯食べられる時代の贅沢なのではと思っている。米が食えないからヒエアワを食うという生活では、やはり上手い米を食べたくなるものだろう。パンの世界も同じで、やはり小麦100%のパンはうまいし高いというのが西欧社会では常識の様だ。わざわざライ麦パンを特別視することもないらしい。
この店のライ麦パンは、ライ麦特有の香りが強い。スーパーで売っている普通の食パンと比べれば、その違いは歴然だ。おまけにずっしと重いし、買ったばかりでもそれなりに固い。手でちぎろうとしても難しい。ナイフを使って半分に切り、あとは食べやすい厚さで何枚かに切り分ける。
味が濃いので何もつけずに食べるが、歯応えが強く何度も噛み締める。パンの味というのはこういうものかなと感じる。口の中の水分を全部持っていかれるというか、吸い込まれてしまう。クルミや干し葡萄の味が良いアクセントになるのだが、食べ物を噛み締めるという「本能的な楽しさ」がある。
一つ食べ終わるととてつもない満腹感を感じるが、これは何も考えずに延々と固いパンを噛むという作業を続けたせいだろう。ものを噛むと満足感が湧くのは、人類が持つ最古の本能ではないだろうか。
日本の伝統的な食べ物であれば「するめ」、それも丸のまま一枚を噛み続けるみたいなイメージだ。

紙袋はオシャレ感というより品質維持のために重要だと思うのだが

自分なりの高級なパン屋のイメージなのだが、パンの個包装に紙袋を使う店というのがある。スーパーのレジ周りに置いてある水物を包むペラペラのビニール袋を包装に使う店は、残念ながらパンに対する愛情が足りないと思ってしまう。ビニールの匂いがパンに移るからで、それが嫌いなのだ。コストを考えるとビニール袋も仕方がないということになるのだろうが、5円10円高くても良いから、匂いがうつらない袋にしてほしい。
ブーランジェリーと名乗る高級店でも、ペラペラビニール包装の店がある。そういう店には、また行く気が起きないのも確かだ。パンを焼く技術だけが高級パン屋の売り物ではないだろう。美味しいパンを家に持って帰り、それを食べるまでが、パン屋のお仕事になるのではないかと思う。

書評・映像評

情報の断捨離 社会の断絶

1998年12月発行

不要なものを捨てていく断捨離から、使うものしか残さない断捨離に移行するべきだろうなと思い、まずは衣料品から捨て始めた。そろそろスーツはいらないのでは………と思うし、礼服も葬式にしかきそうもないから不要だ。黒い革靴は何足も捨てた。
本棚から溢れていた本もほとんど処分したが、それでも未読の本はそっくり残してある。一度読んだ本であれば、再読する気があるかどうかで判別するのだが、資料としてとってあった本はなかなか判断が難しい。例えば、燻製の作り方とか、ロープの結び方大全みたいな本は、二度と読むこともなさそうだし実用にすることもないとは思う。ただ、捨てられない。なので、本棚の奥に隠して二度と目に触れないように(笑)する。処分しようかどうしようか悩まなくて済む。同じようなカテゴリーに入るのが、このトレンドの記録みたいな本だ。
目次を見ると、第1章 12年間のヒット商品をレビュー とある。12年間とは87年から98年までのことで、バブル時代の最後から平成不況の前半に当たる時期だ。
ちなみに87年のヒット第一位は自動製パン機、88年は東京ドーム、そして98年は映画「タイタニック」だ。読み返せば懐かしいと思うが、その当時生まれていなかった平成生まれが今の若者世代なので、そもそもこれってなんですかという疑問しか浮かんでこないだろう。昔はお笑いの鉄板ネタだった「タイタニックごっこ」を理解するのはオヤジオバンからジジババになりつつある。
また、最終章 21世紀のスタンダードを探る  を読み返すと、ともかく予測というのは………という気分になる。99年のヒット作予測では、デジカメが200万画素時代到来と書いてある。今やスマホのカメラでさえ800万画素が標準仕様だし、そもそもデジカメ自体が消滅の危機にある。同じようにNTTにナンバーディスプレイサービスについても考察されているが、固定電話が世から消えつつある。時代予測が難しいというより、そもそも意味がないことなのかもしれない。
こんな世の中から消えてしまったものがオンパレードなので、もはや「資料」としての価値があるかというと、多分、ないのだ。あえて資料扱いすれば、現代考古学とでもいうべき分野に適応するかどうか。その時代を振り返ってみても、表紙に書いてある「次のエースを探す」ことに役立ったのか微妙な感じしかない。

2010年12月発行

こちらは、12年後に出された続刊みたいなものだが、編集テーマがちょっと変わっている。帯にある「流行は繰り返す」と前書の「次のエースを探す」には、ずいぶん異なるニュアンスがある。世紀末直前の98年には次世紀を予測するという「力強さ」があったが、21世紀に入ると「流行は繰り返すのであれば昔を探れば良い」という、後ろ向きで弱気なスタンスになっている。
ちなみに2010年のヒット作はスマホ、新登場で目立っているのが東京スカイツリーだから、これはそこそこ現在と繋がる感じがする。だが、予測のパートはふんわりとしたものだ。平成後期の社会全体が自信をなくしていた雰囲気がよく現れている。そして、この後に東日本大震災が起き価値観の大変動が起こった。つまり予測の立て様がなくなるほど社会や意識が変わってしまった。この後、続刊は出版されていないように記憶している。ただし、12年サイクルで発刊されるのだとすると、そろそろ続刊が出るのかもしれないが、コロナという世界的大変動があったから、やはり無理かも(すでに出ているのか?)
どちらにしても、この本も資料的価値があるかと言われると、やはり微妙だろう。若手研究者が消費者意識の調査でもするときは、字引きがわりには使えるかもしれない。ただ、自分で持っていても使えることがあるかというと、多分、ないだろう。
学生時代の同窓会をやる時に持って行って、クイズのネタとして使う手はあるかなあ、などと考えている。たまごっちが流行ったのは何年だったでしょうとか、ビデオデッキ(もはや死物)が初めて100万台売れた年は何年だったでしょうとか。記憶が弱くなってきた世代にとっては、良い頭のトレーニングになるかもしれない。
世代を超えて繋げていく価値がある知識など、あまりないのだね。

街を歩く

3年ぶりにOB会? 鍋パーティー

味噌ちゃんこでたっぷりうどん入りという珍しい?タイプ

ちゃんこ鍋を食べることになった。4人での小規模新年会みたいなものだが、この当たり前の世界が復活したことに気がつくと、なんだかあれこれと考えてしまう。
少なくとも店内にコロナ対策の名残は存在する。入り口の消毒スプレーは設置されたままだ。これは個人的にコロナ対策とは別に、残った方が良いと思う。コロナ期間中に食中毒が減っていたのは事実だ。客数、飲食回数が減っていた以上に、店舗側の衛生意識が向上したことが原因だろう。その衛生意識改善の戒めとして、消毒スプレーは残しておいた方が良い。
ただ、全く意味がなかったアクリル仕切り版はもう撤去しても良いだろう。飛沫感染ではなくエアロゾル感染(空気感染の言い換えみたいなものか)がコロナ感染拡大経路に認定されているのだから、壁を作るよりも換気に主眼が置かれた対策が必要だ。まだ官はそこに踏み込もうとしないのが、官の官たるところだろう。
コロナの時代に多人数の飲食を制限していたが、あれも科学的根拠はどうだったのだろうか。10人20人という大人数であっても、4人テーブルに分散すれば大丈夫だみたいな「政治屋の屁理屈」もずいぶん聞かされた。所詮、科学は迷信やおまじないやクズな政治屋の言い訳には勝てないのだ。
付け加えると、最近流行りの政治屋的言い訳は、ワクチンの接種率が上がったので高齢者の死亡率が減ったということらしい。確か最初の頃は、ワクチンを打てば流行が抑えられると言っていたはずだ。が、今ではワクチンは流行を抑える力はないが、重症者を減らす効果はあるに変わっている。
要するにジイさんバアさんが死ななくなれば問題解決したと言いたいらしい。さすがにそれをはっきり言う政治屋はいないが。だから、コロナ終息宣言を出さない。実にこの国らしい「解決策」なのだが、それでも人はその胡散臭い匂いをかぎ分ける。どうやら、コロナは終わったらしいよと。だから、鍋料理の新年会が復活できたということだろう。
飲食店にとっては、はっきりとした「コロナ終わり宣言」は必要ない。人々が暗黙のうちに、そろそろ大丈夫みたいだねと思ってくれれば良い。逆に、マスメディアが馬鹿馬鹿しいコロナ報道で視聴率稼ぎをしなくなれば、客は戻ってくると考えているだろう。それもまた世間知というものだ。
今では、コロナ報道の代わりにインフレ報道で社会を煽っているが、放送局社員が高級取りだということも知られているので、このインブレ報道は今ひとつ正義として機能しない感じもする。円高に振れれば、必ず輸入還元セールを始めるのが流通業の習いだから、インフレも一息つくことになると思う。そうしたらメディアは一体何を次の生贄にしようとするのか。
ちゃんこ鍋を食べながら、そんなことをぼんやりと考えていた。ちゃんこにたどり着く前にあれこれ頼んでいたので腹が膨れていたせいもあり、久しぶりに会った友人たちとの会話が楽しかったことに加えて、ちょっと飲みすぎた酔が合わさり、あれこれ妄想したことだ。
ちゃんこ鍋を食べるのは、実にささやかな幸せだが無くすにはあまりにも貴重な幸せでもあるとも思っていた。
この3年間は、こんなささやかな幸せが全国で抑えられていたのだ。やはりコロナは静かな戦争だったと思うべきなのだろうか。10年も経てばその手の社会分析がされるのだろうが、現在進行形で生きているうちは、ささやかな幸せをまた手に入れたことを素直に喜ぶべきだろう。そして二度と手放してはいけないのだ。来週はどんな鍋にしようか。

街を歩く

アフターコロナの我が街では

この方は、自宅近くの地元出身だということは知っていた。実家が地元の街にある芸人さんはもう一人いるが、どちらの実家も徒歩10分程度の近くにある。お笑い芸人の街だとは思わないが、テレビでローカル案内番組が放映されるときはよく登場する。しかし、この街に観光する場所があるのかと長年不思議に思っていた。
市役所の横にある航空公園は、なかなか快適で広大な空間だが、元は帝国陸軍航空基地で戦後米軍に接収された。まだ一部が米軍通信基地(レーダー基地)になっているので、野党議員を中心に基地変換運動が生き残っている。航空自衛隊の基地は隣町の入間にある。、東京都のハズレ横田基地に空自の本社(?)もあるから、この周りは首都圏の航空基地群と言って良いが、観光名物かといえるか。集まるのはミリオタばかりのような気がする。
それ以外の名所は、トトロの森(のアイデア原型)くらいか。狭山茶の畑はあちこちにあるが、あれは純粋に農地であり、能登の棚田のようま観光地ではないだろう。
最近では角川の複合施設が街の東側に出来上がり、なんとか観光地化した気配がある。鉄道スタンプラリーの目的地になったりもする。首都圏にある都市としては、観光地として認識されつつあるのかもしれない。それでも千葉にありながら東京を名乗る巨大リゾートには敵わないが。

確か何年か前のビジネス雑誌で首都圏郊外のベッドタウンが縮小しているという記事があり、立川、八王子、所沢、船橋、松戸あたりで人口減少始まった、この先どうなるみたいな内容だった。どの街も人口30万人以上あり、他県であれば県庁所在地クラスの中核都市にあたる。子供世代は通勤の楽な都内に引っ越して高齢化が進み深刻な社会インフラの問題が………みたいな話だった。
そうか、人口減少都市なのだなと思っていたが、なんと昨年末では人口が増えている。男は減ってているが女は増えている。年末の数値なので、引っ越しなど季節要因での変化は少ないはずだ。
高齢者はあまり引っ越さないから、若い世代が増えたのか。角川の社員が引っ越してきたか?などと馬鹿な想像をしてしまったが、この街に新しく大企業が移ってきたという話も聞かない。東京都の人口は減少したという記事も出ていた。コロナのせいで大都会脱出が進んだということらしい。
女性が増えたということは、やはり子供を産む世代が増え、結果的に出生数が増えたという意味だろう。ただ、赤ちゃんが女ばかり生まれるはずもないので、高齢者の死亡数で男性が多いということが推測できる。赤ちゃんがたくさん生まれてジジイが死んでいく街になってきたということか。ふむふむ。なんとなく納得した。これは、街という巨大な生き物にとっては良い兆候だ。
街を車で走っていても、軽自動車の比率が随分と増えたような気がする。大型のワンボックスより多い感じだ。元気な女性の街になっていくのであれば、うるさいジジイは早めに消えていくのもありかもなと、我が身を振り返りながらしみじみと思ってしまった。
統計から読み取れることは多いなあ。(勝手読みですが)

市役所の中も、ステイホームだ三密だワクチンだと言った、コロナに関する恐怖を煽り恫喝するあれこれは消えていた。それと合わせたように、市内にあるレストランのテイクアウト促進コーナーもひっそりと隅に追いやられていた。
代わりに、地域振興なのかスポーツ選手の応援看板?(タイアップ看板)が並んでいた。コロナで脅す街からスポーツイベント都市へイメージチェンジを図るつもりらしい。まあ、この方が健全だよねとは思う。
官庁のやり方もアフターコロナで色々あるのだなあ。

食べ物レポート

アフターコロナで気がつく小さなこと 世界の変わり方

四角い方を小分けして食べようとすると、中の水飴がなかなか邪魔してくれる。小さい子供のイラストがあるが、決して子供向け商品とは思えない。ハイレベルの飲食テクが求められる。

間違いなくとてもローカルな菓子なのだと思う「あめせん」が復活していた。これは南部せんべいを2枚合わせたもので、中に水飴が入っている。丸型と四角型があるが味は同じだ。南部せんべいは岩手県北部から青森県東部にかけて存在した南部藩の特産品だと記憶しているが、岩手県でこの水飴サンド煎餅を見かけたことはない。存在するのかもしれないが、水沢から盛岡にかけてのスーパー巡りをしても発見できなかった。
青森県西部、津軽で似たようなものを見かけた記憶があるので、南部せんべいの一族とはいえ「あめせん」は津軽がルーツの食べ物かもしれない。生まれ育った北海道では南部せんべいがかなり当たり前の食べ物だったが、一般的には郷土食的な扱いらしい。東京に暮らすようになって気がついた。
東京周辺のスーパーではあまり普通の食べ物ではないようだ。たまに見かけることもあるが、そもそも売っている種類が少ない。南部せんべいといえば、プレーン、ポーナッツ、ゴマは絶対定番で、それにあれこれ木の実を入れたものなどのバリエーションがある。(と思い込んでいた)自宅近くのスーパーでは、バリエーションがないどころか南部せんべい自体が存在しないこともある。

この二つの「仲よしあめせん」は札幌の企業が製造している。だから北海道のユニーク菓子と言っても良いのだろう。
ただ、この2品がコロナ感染中は札幌のスーパーから消えていた。ひょっとして廃業したのかなとも思っていたのだが、去年の年末に発見した。それも、一軒ではなく複数のチェーン・スーパーで見つけたのだから、完全復活と見て良いだろう。
推測するに、コロナの間は工場が人手不足で維持できなかったのではないか。原料の南部せんべいが調達できなかったとか、水飴が全国的に製造中止になっていたという話は聞かないので、やはり工場の稼働問題だったように思う。
ステイホームの掛け声の元、在宅率が高まり食品の家庭内消費量は軒並上がったはずだ。当然、食品メーカーの売上も好調だったはずだ。このあめせんも売れなかったはずはないと思うのだが、最後に買ったのはコロナ初期のマスクパニックの頃だったから、やはり2年半は市場から消えていたことになる。(去年の夏には見かけなかった)
他にも、同じようにしばらく市場から消えていたローカルな菓子や食品があるのだとは思う。それが復活してきたということは、ようやく経済が元に戻ってきた考えてよさそうだ。それも統計に残るような大企業の業績ではなく、町工場でひっそりと作られていた製品が戻ってきたことが「当たり前の世界」という意味になる。「昔の通り」の世界が再び現れる。ようやくコロナの時代が終わり、小市民の暮らしが元に戻るということだなあ、とあめせんを食べながら感動していた。

ちなみに、このあめせんは歯が弱い人には向いていない。せんべいは若干湿り気味なので、歯応えは微妙なところがある。ところが水飴が中央部分に固まっているので、端はせんべいだけ、中央部は水飴が強靭な感触をもたらす。そして、水飴のくせに(?)やたら硬いので、齧ってもなかなか噛みきれない。感覚的にはコンクリートを食べたらこんな感じと言いたくなる。(大袈裟ですみません)
それを口の中で多少温めて水飴部分を溶かさないと、せんべいと水飴がマリアージュしてくれない
難度が高い食べ物なのだ。
食べるのに高度なテクニックを要求されるためか、あめせんの置かれている棚は「子供向け駄菓子」ではなく、郷土名物菓子みたいな扱いになっていた。それもちょっと違うかなとは思うのだが。
もう一つ蘊蓄を披露すると、昭和中期だったが子供相手に紙芝居をやるおじさんという商売があった。自転車でやってきて、公園などで紙芝居をご披露する。その紙芝居観覧の代金が割り箸に巻きつけた水飴5円、水飴を南部せんべいに挟んだもの10円だった。駄菓子の相場が10円だったから、現在価値に直すと水飴サンドせんべいは100円くらいに相当すると思う。今だと食品衛生がどうとか、お話の内容が教育的かとか、経済格差をあらわにするとか(せんべいを買えない子供はおじさんに追い払われていたような記憶がある)、色々文句をつけられそうな商売だ。
つまり、このあめせんは紙芝居を見て育った世代に向けたノスタルジー商品なのだ。(キッパリ)決して子供向けの駄菓子ではない。そして、そのノスタルジーを感じる世代は、すでに前期高齢者になっている。歯も弱り始める世代だ。咀嚼力も弱り下手をするとの後に詰まらせる。高齢者向け危険認定が必要な菓子だ。だから、あと20年もすると、この「あめせん」は世の中から消失する可能性が高い。まだ未体験の方がいれば、早めにご試食ください。お値段は税込で130円くらいだったと思います。

街を歩く

復活 The 立ち飲み

渋谷にある立ち飲みの店によく通っていた。なんとなくしばらく行っていないうちにひっそりと閉店していた。街の再開発の影響だったようだ。まだ禁煙規制が緩かった時代、地下にある店の入り口を潜るとタバコで店内が煙っていた。(という印象がある)古き良き昭和の世界で、天井近くに置いてあるテレビでは野球中継が流れていた。家に帰ると野球中継が終わっているから、なじみの居酒屋でテレビを見て帰るなどということが当たり前だった時代だ。
立ち飲みの店で長居はしないという暗黙のルールは、この店では全く成立していなかったような気がする。自分のためにひとり時間を過ごすのが立ち飲みの店のはずだが、スポーツ・バー的な共感の場という役割を果たしていたのかもしれない。

その店が、去年の年末近くに再建されたと聞き、恐る恐る出かけてみた。前の店はビルの地下だったが(だから初見で入る人はいなかったはずだ)、新店舗は通りからちょっと引っ込んだではいるが一階にあり入りやすい。夏になれば扉を開けて表で酒を飲む人も多いだろう。ただ、今の東京ではエアコンなしの屋外で立ち飲みすると命の危険がありそうだ。
看板もオシャレというかひっそりとしていて、渋めのスタンド割烹みたいな感じがする。これだけみると昭和の香りはかけらもない。

店内は、さすがに新店だけあって綺麗なものだ。タバコの煙もないから、店内が煤けて風格が出ていくのにも時間がかかるだろう。あちこちの店で消えていたテーブル上のあれこれ(箸立てや調味料など)もすっかり置かれるようになった。
壁にブラさがっているメニューが描かれた黒板は昔と同じスタイルだ。

カウンターの前には、白い紙に印刷されたメニューが丸めてコップの中に入っていた。おもむろに取り出してあれこれ注文の品定めをする。The 居酒屋定番というメニューが並ぶ中、オヤっと思う新しめな名前もある。クリームチーズやらアーリオオーリオやらキャラメリーゼやら、カタカナが混ざるメニューになっているのは令和の証だろうか。お値段も昭和価格から令和価格(最新版)になっているのは仕方がない。
赤丸付きがおすすめのはずだが、よくよくみるとこれこそ居酒屋メニューと言いたい定番品だった。

今回は一つだけ注文してみた。昔食べていた記憶があるメンチだが、何やらとてつもなくすごい料理に進化していた。酒の肴というより、ビストロで出てきそうな風情がある。定番のメンチでこの変わりぶりなのだから、やはり端から順番に食べてみたいものだ。全部試し終わるまでには週一で通ってもずいぶん時間がかかってしまう。燗酒は熱めだった。昔ながらの燗付け機が使われているのだろうか。

一番変わったのが最新型と言えるスマホQRオーダーシステムの導入で、なるほどこのあたりは居酒屋DXだなと思っていたが、お店の方に最初から口頭オーダーでOKと言われたので、それじゃあと普通に注文してしまった。
これからの立ち飲みする客層を考えると、スマホオーダーが主流になるのは間違いない。が、いまだに生存しているヘビーユーザーの大半はオヤジ族+高齢者のはずだから、スマホオーダー制一択にはなりきれないのだろうなあ、などと燗酒を飲みながら考えていた。
飲み物も燗酒などという衰退した酒はそのうちに消えてしまい、ハイボールとサワー中心になるのも間違いなさそうだ。それでも、ホッピーと焼酎という東京居酒屋の王道はしっかり残っていたから、新世代のハイブリッド立ち飲み屋としてなんとか生き残ってほしい。
次に行けるのはいつになるか、それとも全ての予定を渋谷経由に変えるか。あれこれ悩ましい。