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街を歩く

ビッグサイトで展示会

ビッグサイトに来るのは随分と久しぶりな気がした。長い間、2月のビッグサイト展示会は年間の定例行事だったのだが、コロナの間は展示会自体がお休みになっていたり、こちらが出かけるのを躊躇ったりしていたので、感覚的には随分間が空いたような気がしている。国際展示場駅から10分ほどかけて歩いて行く間に吹き付ける湾岸の海風は相変わらず冷たい。
今年はコロナ前と同じくらいの人出にもどったようだ。

入り口付近に、年内の展示会予定も貼られている。開催者も今年は気合が入っているのだなと、思わず笑ってしまった。館内に入り辺りをせかせか歩いている出展者、視察者を見ると、こちらも戦闘モードというかお仕事気分になってくる。展示会は同業者、関連業界の企業が集まってくるので、いわば仲間内の世界なのだが、それだけに専門領域というかプロ仕様の仕事場という感じがする。こちらも気合を入れて視察してみようと力が入る。久しぶりな展示会のせいで入れ込み気味なのだ。

最初からお目当ての外食関連の展示に行くのは気が引けるので、ちょっとよそ見をしてみることにした。地域振興プロジェクトという名称に惹かれて、展示ブースの一番端まで行ってみた。全国の地方企業があれこれ賑やかに集まっているのを期待したのだが……………

なんだか最近流行のビジネス用語がたくさん並べられている説明がある。言葉は多いが中身がよくわからない、典型的などこかの「官主導」企画らしい。少なくとも自分にとって、3つのDXとは謎の呪文でしかない。Linked Cityは日本語にすると何になるのだと突っ込みたい。そもそも情報で繋がるいうのであればConectedの方が英語的にはわかりやすいのではないか?などと、看板の前で考え込んでしまった。しかし、何度読み返してみても、何をしたいのかよくわからない。仕方なく、わからないまま中に入ってみた。もっとわからなくなった。
そのあと、本日の目的地であるレストラン業界向けの展示ブースに移動し、コロナの間に止まっていた感のある色々な技術が進んでいるのを確認できた。これはよくわかる。すごくよくわかる。相手もこちらも専門用度で話し合える。プロの会話だなと、ついつい話し込んでしまう。
やはり展示会は。自分の守備範囲をよく考えていかないと、ただただ頭の中に???が浮かび、歩き疲れるだけのダメなアクティビティーになることが理解できた。
この日の歩数は15000歩、久しぶりにがっつり歩いたので、体のためには良いことをしました。

小売外食業の理論

福袋のハズレ通知は大手の策謀

もう古い話になる?が、マクドナルドの新年福袋に外れたと言う通知が来た。福袋応募抽選には、ここ数年毎年応募している。残念ながら当たったのは一回だけだ。そこに文句があるわけではないが、ハズレ通知の中に来年は当選確率が2倍になると書いてある。
これは微妙な表現だなと思う。来年も応募する気が満々(自分もそうなりそう……なのだが)な人間には、やる気を起こさせる。ただ、それほど気合の入っていない応募者の中には、「ヘン、うるせーよ」と言いたくなるものもいるだろう。
マクドナルドをはじめとする外食チェーン店の福袋は、大体が商品券で構成されているので売上という視点から見ると「需要の先食い」でしかない。しかし、顧客の確保、流出防止、利用頻度促進など「ヘビーユーザ対策」として考えると、これはなかなか興味深い集客戦術ということになる。最近では、応募・抽選・当選・連絡などもネット・アプリで完結するから、こうした「来年もまた応募してね」という長時間スパンの提案(販促)もできる。
ネット商売が勃興機の時代(もはや随分昔のような気もするが)には、ライフタイムバリューだのロングテールだの、あれこれカタカナ・マーケティング用語が噴出したが、結局のところ、常連客の囲い込みということでしかなかった。ただ、その手の細かい顧客対応が苦手だった大手チェーンが、ネット・アプリ環境が進化しネット販促が普及したことで、中小店よりきめ細やかな対応が可能になった。
というより、大手の得意技に仕立て上げたということだろう。ネット・アプリを使った販促は中小規模店には投入資金、運営技術共にハードルが高すぎる。
一時は万能兵器のようにもてはやされたSNSも、今では販促ツールとしては常用品となり、ツールとして差別化されてもいないし、目新しくもない。もはや古びた常備品というところだろう。
すでにSNSの販促効果はグッと低減している。アプリ制作などの導入費用や運営維持費を考えると、なかなか悩ましいツールだろう。SNSの次のツールが求められている、まさに、ネット販促戦国時代なのだ。そうした中で、マクドナルドは一人我が道を往くという感じで、強者の論理を実現している。(ような気がする)

決してハズレたから文句を言うつもりはないが、ハズレたおかげでネット販促のあれこれ、特に大企業に有利に働く市場環境などを考える機会になった。転んでもタダでは立ち上がらない、せめて石ころの一つも拾ってやるという貧者の論理を実践できた。(つもりだ)
でも、来年は当たるといいなあと、すでに応募する気になっているのだから、まんまとマクドナルドの策にハマっているのだ。

旅をする

羽田空港で泊まった話

深夜2時ごろのロビー風景 普通には体験できない空間だ

去年の夏、飛行機の運行トラブルで羽田空港到着が夜の11時過ぎになり、終電も終わった時間に空港で放り出されたことがある。タクシーも長蛇の列で、いつ乗れるのかわからない状態だった。仕方なく、始発の電車までロビーで待つことにした。ロビーの中には帰宅難民がゴロゴロいたが、ロビー内施設は全部閉鎖。都内都心部までの臨時便(バスや鉄道)を何本か設定して貰えば、都内のどこかでホテルを見つけるなり、タクシーで自宅に帰るなりできたと思うのだが。
何年か前に、降雪で空港が閉鎖になり、大陸から来た観光客が千歳空港で足止めを食らったというニュースを見て、ちょっと不思議に思っていた。なぜホテルに行かないのかと思ったのだが、要は足がないと空港から移動できないのだと、自分が同じ目にあって初めて気がついた。
今年になり大雪で新幹線が止まり、やはり駅で夜明かしになった人たちのニュースを見ると、だいたい状況は似たようなものだ。どうも、日本社会において交通機関は絶対に定時で動く、止まることはないと信じている節がある。もし止まった時にどうするか、ということを想定することが苦手らしい。いや、考えたくないから目を瞑る、思考停止するようだ。
それが交通産業に関わる経営者の信念らしいのだが、空港間の移動は、新幹線駅間の移動は自分たちの責任範疇としても、その先の接続交通機関は自己責任でどうぞということだ。理屈としては正しい。日本以外の国でも、それが当たり前だと思う。
ただ、運行に遅れが出て駅や空港で足止めを喰らうという事態が、年に何度も起きているのもここ数年の事実だ。コロナボケというより平成から続く旅客需要低迷を契機としてコストカットを志向するあまり、リスク管理もできなくなっているような気がする。

結局、空港ロビーに滞在していたのは6時間程度だった。女性や子供もいたから、何か事故が起きたらいったい誰が対応するのかと不思議だった。照明も暗くなる。節電なのかもしれないが、それは平常時の対応だろう。ロビーに足止めして夜明かしする客がいる時には、犯罪防止の観点から考えるべきことがあるはずだが。おそらく、夜の公園的な、自己責任で対応する無法空間なのだろう。
トイレは使える。ただ、「ここはトイレです」というアナウンスがずっと流れている。視覚障害者のための補助アナウンスなのだが、それが夜の間もずっと流れている。あれはなかなかシュールな状況だった。
トイレの設備だけが24時間対応で、空港足止め発生時のリク管理ができているということだ。飲み物、食べ物は自販機が稼働しているから、最低限のものは手に入る。それが救いと思うべきか。
ハイジャック防止の身体検査が典型的な空港のリスク管理だと思うが、運行遅れによるロビーでの夜明かし対策を考えないのはリスク管理として片手落ちではないか。おそらく何か事故が起こると、全員をロビーから追い出してロックアウトすることが予測できる。まあ、その程度のレベルだろう。
後になって思ったことだが、羽田空港から徒歩で都内まで移動することはできるのだろうか。首都高以外の一般道も繋がっているはずだと思うのだが。であれば、夜中の遠足で蒲田あたりまで歩いていけばよかったのかもしれない。こういうアイデアはいつも後知恵で、まさに困っているその時には出てこない。自分も危機対応能力が低すぎることを反省すべきだな。

食べ物レポート

家から2分のラーメンストリート

去年の後半、家の近くにある県道沿いにバタバタとラーメン屋が開いた。コロナによる外食不況が終わりつつあるんだなと、素直に喜んでいた。ただし、他の外食店が撤退した跡地への出店なので、世代交代というか淘汰が進んだという側面が目立つ。
その新規開店の店で家から一番近いのが、この双子店舗だ。入り口は一つで中の客席をシェアするのかなと思っていたが、実際には入り口が二つあり、店内は壁で完全に分離される構造だった。そこで、まずは右側の店を試してみた。ラーメン界では有名な東京発チェーン店だが、すでに中堅から老舗の域に達している。
ちなみにラーメン屋の開店2年後の生存率は5割程度と聞いたことがある。開店から2年経つと、半分の店が閉店するということだ。だから10年生き残っていれば、ラーメン界では老舗になる。20年続けはレジェンドだろう。このブランドも20年ものでレジェンド級だ。

メニューはシンプルだが、やはりレジェンドになる店は定番品が圧倒的に支持されるから長生きできるのだという証明だ。この店の絶対定番は「つけ麺」だと思うのだが、とりあえずというか捻くれて「中華そば」を注文することにした。ちょっと気温が低かったこともあり、温かいものを欲していたという単純な理由だった。これが炎天下の夏だったら、迷わずつけ麺にしただろう。当然、次回はつけ麺にするつもりだ。ただし、腹ペコにしていないと、つけ麺のボリュームに負けてしまう。

薄めに切られたチャーシュー  スープによく絡むのが好みなのだ

魚介出汁の濃厚スープは、ゴワゴワの太麺とよくあう。太麺は啜るというよりもぐもぐ食べる、噛み締めるものだ。相変わらずの面食い向けうまさだ。線路を挟んで反対側には、池袋大勝軒の暖簾分けした店もあるが、やはり人気のつけ麺店はもぐもぐ系なのだと思う。その大勝軒分店は、創業者の味を一番忠実に再現しているとネットの記事で読んだことがある。コロナの間は多少空いていたが、今では前にもましてランチの行列ができている。行列が空いてから行くと、スープ切れで閉店してしまう。人気店はやはり行列を覚悟しなければいけない。家の近くにあるから我慢できるが、うまいレー麺を食べる代償として諦めるしかない。名店特有の「玉に瑕」というやつだ。
この大勝軒分店とこの新鋭つけ麺レジェンド(?)が、どちらも徒歩圏にあり食べ比べできるのはかなりラッキーなことだと思う。おまけに、ぎょうざの満洲本店も徒歩圏にあるから、実はラーメン天国に住んでいるのかもしれない。

カウンターの壁に貼ってあった「商品説明」は、簡素にして十分な情報だ。この店の中華そばは年配の客が慣れ親しんでいる「昔風ラーメン」と、北極と赤道くらい離れているので、こういう説明書きは意味がある。
都心部のラーメンフリークが行列するような繁盛店では、客が行列する前からその店の商品特徴を事前に下調べしているから、この手の情報は不要だ。しかし、埼玉県のハズレにある高齢者多数在住のベッドタウンでは、この手の注意書きは必須だろう。高齢者のクレーマー対策は、今や飲食店では「無銭飲食」よりもタチが悪い、絶対必要な営業テクニックになっている。
タチが悪いクレームの典型だが、味のうまいまずいではなく、自分の体験し損なった「楽しい時間を返せ」などと言いだす。超能力者でなければ、時間は戻せない、返せない。無理難題というしかない人類では対応不可能な要求だ。そもそもそんな時間を巻き戻せるサイキックな能力があれば、飲食店などやらないと言いたくなる。ただ、一言そういうと、まさにヒートアップする「やから」が多い。そのクレーマー対応を見てしまうと、周りにいる客が引くのは間違いない。明らかに営業的にはマイナスだろう。
商品説明は、今や、店舗常備のマストアイテムだな、うまいラーメンを食べた後で真剣に考えていた。飲食店をやるには、教科書には載っていない裏ノウハウが重要な時代なのだよ、と呟いておりました。

街を歩く

早くも始まった円高還元に見る日本政治のあれこれ

アフターコロナは値上げの時代、そしてその反動は半年から一年で出る、と言っていたのだが。近くのスーパーで、さっそく円高還元セールが始まっていた。半年どころか、年が明けて一月もしないうちにだ。
確かに、日銀の口先介入(?)で円は一気に高騰した。というか、円ドルのレートが150円台まで行ってしまえば、輸出産業の儲けよりも原油輸入の損の方が大きくなるという、単純な経済原理だろう。為替だ、金利だ、国債だと、経済学者は精緻に入り乱れた要素をあげつらい解説しようとするが、やはり「オッカムの剃刀」を一振りすれば、ことは落ち着くところに落ち着くということではないか。
これからはゆっくりと円高が続いて、安倍政権末期の安定レートに至るのではないかと思う。どこの国でも長期政権が続く時は、為替変動が少なくなると記憶している。国内の政権基盤が強い(たとえそれが独裁政治であれ)と、国外も含めて通貨は安定するのは、歴史を振り返ればよく起こっている現象だ。ただ、弱小国家の長期独裁政権では、経済無視の政治が続くのでハイパーインフレが起きたりするが、その場合は革命なり政権交代で事態が収まる。
現・自民党政権は、そういった歴史的観点から見て、安倍長期政権の後釜としては力不足なので、為替の乱高下が発生したと見るべきだろう。政治の無策や無能な政治屋は、国民の災厄というしかない。その被害は、まずは物価という身近な経済現象として現れる。歴史をふりかえれば、今の日本は、大正デモクラシーで浮かれた後の昭和恐慌みたいな感じだろうか。昭和初期には、政治家テロも起きたし、軍備増強と増税が始まるのは、まさに昭和はじめの狂気な政治的状況に似通う。結局、敗戦に至る長い愚かな政治が続き、国民はそれに熱狂し失望した。敗戦という外部からの革命を受けても、愚かしい政治屋が一斉に廃棄されたためか、昭和中期は経済繁栄の時代になった。その結果、昭和の中期にはキングメーカーとして精力を誇る元首相が生まれヤミ将軍などと呼ばれていた。この時期狂乱物価などと言われる時期もあったが、賃金は上がり市民は豊かな経済のおこぼれに預かっていた。概ね、小市民が幸せを感じる時代だった。そして、平成の経済沈没があり、小市民は豊かさとは関係ない暮らしになった。貧乏になった平成日本が令和の時代になり、キングメーカーを狙っていた最長政権保持者が突然いなくなった。これからは、おそらく短期間で小物政治屋がくるくる変わる時代になるのだろう。平成前半の、日本が救われない時代が再来するに違いない。


たかがバナナではあるが、されどバナナというか、典型的な輸入商品であるバナナの値段で世界が見えてくるというのも言い過ぎか。
ただ、このバナナ、以前の値段と比べても安くなっていない気がするのだが。バナナ好きなので、他の果物や野菜の値段は覚えていないが、バナナの値段だけは記憶にある……………

食べ物レポート

埼玉の誇る名品 秩父編

埼玉名物は数多くある(はずだ)が、自信を持ってお勧めするのが「シャクシ菜」で、説明は写真に書いてある通り。(だと思います)


いわゆる古漬けになった発酵食品としてのしゃくし菜漬けが大好物だが、しばらく見ない間にシャクシ菜スピンアウト諸品が大量にできていた。おそらく、コロナによる観光産業壊滅に危機感を覚えた関連業種の方々が、頑張って新商品投入をされたのではないかと推測している。自宅近くの元・百貨店でも食料品売り場に秩父産品コーナーがあるので、そこに行けば買えるかと思ったが、残念ながらこのスピンアウト商品群はまだ新興勢力らしく、秩父に行かなければ買えないらしい。
とりあえずまた秩父に遊びにいく口実にはなるので、それはそれで良しとしよう。

すでに全国区になった感のある「高菜漬け」製品では、和歌山のめはり寿司が好物だ。それと共に熊本のごま油炒めが漬物加工品として秀逸だと思っている。その高菜漬け油炒めの変形(コピー?)がしゃくし菜油炒めだが、個人の好みを言うとこちらの方がうまいと思う。埼玉・秩父贔屓ということではなく、発酵食品として、漬物としての完成度もあるが、加工品としての仕上げ方が上手いのだと思う。あれこれ調味料が入っているせいでもあるが………加工食品だしなあ。
ただし、高菜の油炒めもスーパーで並んでいるものではなく、九州に行って現地生産(ローカル品)を買えば、また違う味わいがあるのも間違いない。近いうちに銀座のアンテナショップに行って仕入れたものと食べ比べをしてみようか。

菜葉の漬物としてシャクシ菜・高菜漬け以外に思い浮かぶのは、超有名な長野の野沢菜だ。ただ、これもさまざまなアレンジ品が売られているが、ごく普通の家庭で作られているもの食べた時が一番うまかったような気がする。諏訪の蕎麦屋で出てきた自家製野沢菜漬けもうまかった。だから、秩父のシャクシ菜も秩父の家庭でつけられたものを食してみたいものだなあ、などと思うのでありますよ。

小売外食業の理論

コンビニのPB観察 その1   クリームパン

アフターコロナの時代は、値上げの時代になった。コロナの落とし子はいろいろあるが、その中で食料品を含む物価上昇は、デフレなき平成時代の名残を吹き飛ばしてしまった。今では、食品の値上げは「当たり前」のことになり、その波が外食にも押し寄せている。
値上げした食品価格が、少なくともその企業で働く従業員の給料に反映にされるのであれば良いのだが、どうも賃上げは抑え込みながら商品の値段を上げる経営者が多いらしい。そういう時代感のない経営をすると、手ひどいしっぺ返しがくるのが世の中の常だ。賃上げをケチる会社という風評で、会社の経営が揺らぐ。川下産業である食品販売業や飲食業の特徴だと思うのだが。
今はみんなが値上げするからうちの会社も値上げしようという便乗型企業は多い。このご時世に値上げの正当化は説明が簡単だからだ。みんなで渡れば赤信号も怖くない日本社会の典型だ。ただ、半年もすればその中から低価格を売り物にする「逆張り商売」が注目を浴びるようになるはずだから(歴史は繰り返す)、今のうちに値上げ商品と価格についてあれこれ調べておこうと思う。
値上げした企業・商品が競争に負けて値下げする時に、昔と今を比べてやろうという、意地悪い気分もある。どうせ値下げする時には、消費者還元とか社会貢献とかいい加減な理屈をこねくり回すのはわかっているから(これも歴史は繰り返すだ)、嘘つき企業として、犯人探しをしておいて証拠を残して見ようとも思う。
まあ、社会が実力主義偏重になりサラリーマン経営者が多くなると、短期的なビジョンしか持てないから、あれこれ面白いことが起きるものだ……………というのが今回の趣旨だ。

たまに食べたくなる小ぶりなクリームパン 薄皮まんじゅう的な優れものだ

さて、ちょっと長い前置きになる。今では当たり前になったコンビニのPB商品も、実は物価上昇の時代に始められたものだ。今となれば懐かしいダイエーが、メーカーに対抗して価格破壊の一環として大々的に始めたのが最初期のPBだった。当初は「価格は安いが品質はねえ」という感じだったが、だんだんに品質が向上しNB品と変わらなくなっていった。
ただ、コンビニはスーパーとは異なりPBの導入が遅れた。コンビニはもともとNBの定価販売が基本だったからだ。仕入れで規模の経済を生かして、個店経営より安い仕入れ価格を実現し粗利を増やす。その増えた粗利を本部と加盟店が分け合う、みたいなビジネス構造だったはずだ。コンビニの基本ビジネスモデルとは、卸業者(本部)が個店(加盟店)における販売ノウハウを提供し、取引先(加盟店)の囲い込みを図る、中間流通業者の経営改革と理解するべきだろう。
それがコンビニ各社が利益改善を図る中で、いつの間にかPB商品投入が当たり前の手法になってしまった。販売量の多いコンビニにメーカーがすり寄ってきたという方が正しいかもしれない。
この値上げの時代に、スーパーより強い購買力をもつに至ったコンビニ本部がどういう価格対応をするか、業界一位のセブンと二位・三位企業がどう対抗するのか、興味津々だ。
ちなみに、業界一位のセブンは問答無用で自分の理屈にあわせて値上げをしていると思う。ものによってはNB品より高いぼったくり商品と言いたくなるものもある。まさに強者の論理の実現だ。だから、基本的にセブン商品に対しての評価は辛口になるということを最初にお断りしておく。盛者必衰は歴史からの学びだが……セブン帝国は我が道をいくらしい。


今回の元ネタはネットニュースだった。大手パンメーカーの定番品が値上がりする。それと似たようなコピー商品はどうなるのか、というような話だった。NB品の値上がりを待ってコンビニPBと比較して見ようと思った。それぞれを買ってきて比べてみた。

左 PB  右 NB 
写真ではわかりにくいが、実際に見るとNBが一回り以上大きく見える

包装袋には重量情報が載っていなかったので、自分で計測した。NB品は38g(平均)に対してPB品は27g。内容量はNBが4個入りに対してPBは5個入りなので、総重量はNB152g、PB135gになる。重量比にするとNBはPBに対して126%と多い。そして価格比は144%。となるとお買い得なのはコンビニPBになる。味の好みは個人的なものだから、上手いまずいをコメントするつもりはない。試食した感想で言うと味に大差はないように思う。
製造元はどちらも山崎パンなので、製造ラインが別だが、製造ノウハウは共有されているのではないだろうか。パンの焼き色やクリームの違いはあるので、NB品をコンビニ向けに改造した(スペックダウンした?)ものであることはわかる。別物というより、二卵性双生児みたいなものか。若干、クリームの濃厚さが違う気もするが、それも好みの差の範囲だろう。
一包装で中身の個数が違うから、小さくてたくさん入っている方が良い人はコンビニで、一つの大きさや食べ応えが重要な人はNBをスーパーで買うのが良さそうだ。価格だけで決めるのならば、コンビニPBの方が安い分だけ価値があるかもしれない。ただし、コンビニは納入数が少ないので売り切れることも多い。その辺りが評価の差になりそうだ。自分の意見では、どちらでも良いのでは………と言うところだ。
クリームパンの他にあんぱんもあるので、そちらはもう少し中身の「あんこ」の味について、好みの差がでそうな気もする。
この調査の目的?は、NB・PBの優劣差をつけるというより、半年一年先に起こるであろう値下げの言い訳を楽しむ頼めの証拠・記録なので、しばらくあれこれ比較してみたい。

食べ物レポート, 小売外食業の理論

一人中華三昧を楽しむ

辛い肉野菜炒めとでも言えば良いのか 「爆弾炒め」は野菜たっぷり

中華料理屋に行って一人飯を食べようとすると、基本的な一品に小皿がついたセットを注文することになる。麺や丼は当然一人前だが、あれは食事としての完成度が低いというか簡素すぎるのが寂しい。そう感じる時には、定食・セットのお世話になるしかない。回鍋肉セットとか、酢豚セットとか、エビチリ定食みたいなものだ。サラリーマンのランチで考えれば全然リーズナブルで当たり前だろう。高級中華料理店であれば、小皿が2・3品ついてきて相当にゴージャスなものも選べる。町中華であれば餃子定食とかレバニラ?定食とか「がつん系絶対定番」も存在する。
ただ、色々な料理をちまちま食べたいという中華の食べ方となると、これは一人飯では難しい。絶望的に難しい。だから、中華をしっかり食べる時には5ー6人のパーティーが必要になる。それが世の常識というものだとは理解している。それでも、一人で「中華ちまちま喰い」をした時はある。そんな時には、日高屋に行く。居酒屋使いする夜パターンを、すこし変形して使ってみるのが良いと思う。
まずはメインの一品を決めてそれを頼む。それに追加するのは全て「小皿」シリーズにする。日高屋の優しいところは、餃子も3個で頼めることだ。今回は頼んでいないが、サイドで餃子を選ぶのは一人中華のお決まりと言える。

日高屋の小皿メニューは中華というより居酒屋のつまみに近い。が、そこはちょっと妥協して、イカゲソ唐揚げと焼き鳥(という名の鶏肉甘辛煮?)にした。これにラー油をかけたり、酢と胡椒で味変したりすると、気分はそれなりに中華感が出る。そして白飯の代わりに半チャーハンを頼む。よくあるラーメンを頼むと半チャーハンセットにできるという限定しばりメニューではなく、単独で半チャーハンが頼める。これも日高屋は偉いなあと思うところだ。ちなみに、半ラーメンも単独メニューとして存在するから、半チャー半ラーメンという掟破りな組み合わせも注文できる。日高屋、偉いぞと本気で褒めてしまう。

手間をどう考えるかで値段設定は変わるだろうが、世の中の町中華経営者は本気で日高屋的少量・半量メニュー対応を考えるべきだろうと思う。いや、中華に限らず全ての飲食コンセプトに適応できる考え方だ。アフターコロナの時代に、原材料価格上昇と人手不足から値上げやむなしという雰囲気が広がっている。特に大手チェーンは値上げにためらいなしの対応だ。しかし、賃上げが後回しになっている社会構造では、この値上げが受け入れられるとは思えない。すぐに価格競争が再開する。その時に、中小規模の経営者はどう対応するかの回答が、「定番の少量化」ではないかと思っている。
ちなみに、同じ町中華大手の満洲餃子では、日高屋とは別の考え方があるようで、それはまた別の機会に考えてみたい。
昼のピークを過ぎた頃に楽しむ一人中華三昧は、なかなか真面目なビジネsyテーマを考えさせてくれるものなのだ。

食べ物レポート

つまみのピザとはこうでなきゃ

お気に入りのピザ 新宿にある洋食店 はやしや

ピザはすでに国民食に近い一般化された食べ物だと思う。家庭向けには冷蔵・冷凍両方が販売されている。ピザが変形した食べ物でピザトーストなるMade in Japanな食べ物も存在する。ここ数年は宅配ピザの需要が爆発していて、それと合わせて宅配専門店ではテイクアウト品を低価格で売り出すことが当たり前になり、ピザ1000円時代になった。1000円のピザ(Mサイズ)は、ほぼ2ー3人前なので、ハンバーガー3個を買ったとすれば、一人前換算をするとほぼ同価格の商品になる。
宅配ピザを注文してレンタルビデオを見るというのは昭和後期、平成初期のそれなりにトレンドに載ったライフスタイルだったが、いまでは宅配ピザも手抜き消費の代表として、カップ麺の代用品くらいの位置付けではないか。
売り手にはそれなりの思い入れがあるだろうが、昔のピザが持っていた「ご馳走感」はすでに遠い過去の話だろう。ただ、一部のレストラン(イタリアンではない一般洋食系)や洋風居酒屋では独自の進化を遂げたピザがある。


その特徴は、たっぷりチーズにある。今や宅配ピザではお目にかかることがないほどのチーズの量で、まさにチーズに溺れているトッピングたちという感じがするチーズの多さだ。ただ、このチーズはあまり匂いが強くない。ブルーチーズのピザのような強烈な臭気(香りとは言い難い)が好きなチーズ好きには物足りないかもしれない。ただ、食べた時のボリューム感であったり、咀嚼した時のかみごたえは、「酒の肴」向きに定向進化したおつまみメニューとして高い完成度がある。進化の方向が明確だった結果という気がする。料理は、薄ぼんやりと美味いものを作ろうとしてもうまくいかない。「こういう食べ物にしたい」という明確なビジョンが必要という証明だろう。
具材はミックスピザであってもシンプルなものが多い。基本はソーセージ、ベーコン、サラミなど塩味の強い乾燥肉製品で、たまに変わり者としてシーフード(イカ・エビ・タコなど)が使われるくらいだ。ファミレスで人気の「変わりピザ」、マヨコーンなどは居酒屋系、酒のつまみ系ピザではあまり見ない。
この酒の肴ピザの良い点は、冷めてしまってチーズが固まって、酒のつまみとしては機能することだ。脂分が多い、タンパク質が多い、味が濃いなど料理としてのバランスはどうかと思うが、冷めてもうまい。
鶏の唐揚げやフライドポテトと同じで手づかみでも食べられる。重量型のスナックという位置付けにあたる。どの店でもピザ専門店のこだわりみたいなものはないのだが、それが逆に酒のつまみとして完成度が上がる原因にもなっている。
当然ながら、「生地が手作り」だの「ソースが自家製」などとうるさいことは言わないのがお約束だ。ピザと似たような商品のはずだが、ハンバーガーやフライドチキンになると途端にうるさいことを言い出す(店と客のどちらも)連中が多い。あれはなんとかならないものか。ジャンクな食べ物にはジャンクな旨さがあるのだ。もったいをつけて語りたいのであれば、せめて正統フレンチくらいにしてほしい。
が、不思議とピザに関してはうるさく言う人間が少ない。ひょっとするとピザに関しては知見や知識が足りないだけなのかもしれない。ピザはイタリア発祥の食べ物だが、そもそもイタリアンはグッとカジュアルな料理で、ピザはその中でも軽量級になるから、語るのは自分の感想だけで良いと思う。

イタリアンレストランに行ってピッツアにタバスコを使おうとすると、あれこれ問題が出ることもあるが、飲み屋のピザは一面が赤く染まるほどタバスコをかけて食べれば良い。飲み屋のピザはお気楽に、あくまでお気楽に楽しむワン・ハンド商品だ。お値段も安めだし、ぜひ酒のお供としてご検討ください。ちなみに、焼いたチーズは想像以上に日本酒によく合うので、酒の種類は選ばないはずであります。

食べ物レポート

久しぶりの回転寿司

カツオの握りは、もはや季節感なしなのだなあ

去年後半で外食業界最大のニュースは回転寿司大手が公取にキツイご指導を受けたことだろう。そしてご指導を受けている最中にもかかわらず、似たような悪いことを再発していたこと。普通に考えれば、個店の問題ではなく経営の問題なのだが、さすがファンドの経営らしくその辺りははっきりさせないのが、今の外食産業の抱える宿痾だなと考えていた。
別に正義感に溢れているわけではないが、あのコンプライアンス無視な経営を見れば、食の衛生、安全安心といった「根本原理」すら守ろうとしていないかもしれないと思い、しばらく利用するのをやめていた。同じことを考える一般客も多かったようで、業績は急降下したようだ。
食べ物産業は、風評次第ですぐに業績が変わる。悪評がたてば売り上げは瞬間に急落し、回復には年単位の時間がかかるという教訓を再認識させてくれた。コロナの覇者だった回転寿司も、最近の事件と値上げラッシュでなかなか厳しい道を歩いているらしい。
外食企業は「他山の石」として欲しい。それも正しい意味で認識してね、と言いたい。某与党政党の元幹事長のような「誤認、誤解、自己都合の勝手な解釈と言い訳」はしない方が良いですね。またネットで叩かれる。

今回はトラブルを起こした方ではない大手の店に行った。オーソドックスに魚が乗った寿司を注文して、最後にチャンジャにぎり?で締めた。チャンジャも魚製品といえばそうなので、カルビやマヨコーンという最近人気のある新定番、変わり寿司とは違うが、やはり変わり寿司の一種なのかもしれない。しかし、今回のネタは全て「泳ぐもの」だから、珍しく正統派の注文をしたと自慢しても良い。エヘンエヘン。
ちなみに注文したのは全て一皿125円のものだが、全品100円均一だった価格が、いまでは一皿値段が何種類かに分かれている。複数価格帯の皿をどうやって会計するのだろうか不思議だ。今までは皿の枚数かける単価で計算していたはずなので不思議に思ったが、皿の返却口にICタグのセンサーがあるのだろう。回転寿司は業界を挙げて最先端のIT技術を導入しているから、皿勘定も人手ではないはずだ。最近では、事故対策としてイタズラ防止用のセンサー・カメラも回転レーンに備えているようだし。回転寿司は、もはや素人が始められる業態ではないし、簡単に儲かる商売でもないようだ。
随分と小ぶりになってしまった握りを食べながら、この業界の進化について考えていた。次の進化はテイクアウトの完全自動化だろう。そうなると店舗の従業員は、機械の補助要員に成り下がるのだね、きっと。機械が人を使う時代が、ついに到来するようだ。