街を歩く

帯広の味噌ラーメン

所用がありクリスマスを札幌で迎えることになった。冬の札幌なのにほとんど雪が積もっていない。路面も出ている。やはり地球温暖化は進んでいるという実感がする。少なくともクリスマスの札幌で路面が出ているなど、昭和中期には考えられない事態だった。
ホワイトクリスマスという言葉を覚えた10代の頃、ホワイトの意味とは積雪が1mを超えて世界が全て白くなっていることだと思っていた。それくらい雪が積もっていたのだ。初めてクリスマスにアルバイトをした時、最初にやらされたのは駐車場の雪かきで、きていた服が汗だくになるほどの重労働だった。今年の札幌はそんなアルバイト仕事は存在しないだろう。

暖冬?の札幌でクリスマスの昼飯を食べようとしたら、なぜか日本蕎麦屋も洋食レストランも満員で途方に暮れてしまった。クリスマスは意外とどこも忙しいらしい。ふと思い出したのが札幌のレトロ・スポットであるテレビ塔地下の食堂街だった。
ここが実に正解でインバウンドの団体客もおらず、すんなりと店を選ぶことができたが、やはり定食屋は席待ちだったので、久しぶりの帯広ラーメンの店に入ってみた。クリスマスにラーメンを食べる、それも二日連続というのがおかしく笑ってしまったが。幸楽苑のクリスマスラーメンをバカにしてはいけないなあ。

帯広がラーメンの街としては有名かというとちょっと疑問だが、それでもここの味噌ラーメンは独特の濃い味が人気の原因だと思う。初めてこの店ができた頃は帯広発ラーメンというのが珍しく行列ができていたが、今ではすっかり札幌の街に馴染んだようで、普通に美味しいラーメン店として長続きしている。良きかな善きかなだ。
今では当たり前になった濃厚系豚骨ベース味噌ラーメンだが、やはり売り物はドカンと乗った豚肉、つまりチャーシューだろう。帯広といえば豚丼を思い出す。その連想でチャーシューがたっぷり乗ったラーメンは帯広っぽい気がする。食べ終わり満足したが、店を出てからしみじみと思った。今日はクリスマスなんだよなあ。
このあとはなんだか不思議な気分で街を歩いていました。

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クリスマスにラーメン ??

いつもの幸楽苑に行って、初めて食べた豚骨味噌ラーメンは、ちょっと不思議な感じがするものだった。記憶の中にある博多ラーメンとは随分と異なる。どちらかというとお江戸の背脂ちゃっちゃ系を味噌味にしたような感じだ。
福島県発祥のローカルラーメンチェーンが店舗数を増やす中で全国の個性的なラーメンを貪欲に取り入れていくという姿勢はわかる。ただ、これは店内のオペレーションを複雑にするだけではないかと気gになる。お安い定番3種と季節限定のお高いラーメン1種くらいの構成を基本にして、チャーハン・餃子の変化系でサイドを固める。これがこのチェーンの基本だったはずだが、なんだかまたぶれているのだよ……………と心配している。

ただ、この豚骨味噌ラーメンはよくできている、普通においしい。価格対比で考えるとよくできている。ただコンセプトとして中途半端、オペレーション複雑化の原因ではないかなあ。
それよりも基本定番の野菜味噌ラーメンをもっと強化した方が良いのではとか、つけ麺の麺を専用にするとか、既存商品の磨き上げの方が常連客には意味がありそうだが。

そんなことを考えていた定点観測なのだが、今回一番びっくりしたのが、クリスマスの2日間限定というラーメンを予告しているのだ。これはコンセプトとしてどうか? と思うのだがなあ。
いや、商品に文句をつけているのではない。クリスマスにラーメン食べようという、新しい食習慣提案であれば良いのだ。ただ、もうちょっと言い方という表現に気を使っても良いと思う。クリスマスもバレンタインデーも昭和中期に人工的に作られた「食習慣イベント」であり、それをラーメンに適用しようとするのならもっと物語性が必要ではないのか。
平成では恵方巻きが作り上げられたブームだった。季節イベントを作り出すことは可能だ。それにあやかりクリスマスにラーメンをという「新しい文化」を作り上げようとすれば、それはそれで壮大な試みだし。

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お疲れ様な

お疲れ気味に見える テレビ父さん

観光名所ではキャラが擬人化されることも多い。札幌では中心部にあるとてつもなく目立つテレビ塔が、まさにそれだ。このキャラ、テレビ父さんという。語呂合わせもオヤジ級だが、まさにオヤジそのものの造形であるから笑ってしまう。これがけっこう好きなのだ。

テレビのニュースなどで札幌の代表的風景として扱われる、大通公園を上から俯瞰した映像は、このテレビ塔から撮ったものだ。つまり札幌のシンボルみたいなものから札幌のシンボル的な映像を撮るという合わせ技だ。そして、テレビ塔の上部にある大型のデジタル時計は街のあちこちから目にはいるので、腕時計など持たない小さい頃?はとても便利だった。

地下にある飲食店と中間階にある展望台は実にレトロな味わいがある。昭和な雰囲気を残したままの取り残された懐かしスポットなのだが、どうもあまり人気がないらしい。こと展望に関しては、札幌駅のJRタワーの方が見晴らしが良いせいだろう。

初めて札幌に行った人にはお勧めしないが、二度三度とリピート旅をするのであれば、夕方から出かけて夜景を楽しみ、展望台階にあるレストランを予約しておくのが、、札幌観光の裏技だと思うのであります。きっとクリスマスには裏技使いの恋人たちがいっぱいいたような気がしますねえ。お帰りには『テレビ父さん』グッズを忘れずにお買い求めください。

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クリスマスイブイブにラーメン

クリスマスイブの昼、友人と酒を飲むことになった。以前働いていた会社では24日に24時間ずっと働かないなど考えられない事態だった。歳をとるとそれなりに感慨深いことが起こるものだ。ちょっと早い時間だったが、池袋で昼飯を食べようと思いたどり着いたのがチェーン・ラーメン店だった。


クリスマスイブの昼に人々がどんな行動をしているのか興味があり、まずはデパ地下をのぞいて回った。いかにも豪華な料理が、これまたゴージャスな価格で売られていたが、記憶の中にあるような「凄まじいクリスマス」という感じはもはやしない。どの料理もこぢんまりとしている。高齢化社会と家族人数の減少が社会的に目に見える形で現れてきた感じがする。
そして町中華の店に入ってみればそこは客で溢れていたのだが、半分くらいが高齢者だった。これもなんとも不思議な光景だが、独居老人が増えるとクリスマスというイベントも関係ないということだろうなあ、などと一人で納得していた。

トッピング水没事件発生中

さて、いつものラーメンの代わり頼んだのが、初めての豚骨ラーメンだった。この町中華店はとてつもなくうまいものはないが、どれもそこそこ普通にうまいというのが経営方針らしい。社長がインタビューでそんなことを言っていた。だから、秘伝のラーメンとかイチオシのラーメンみたいなものは存在しない。実に町中華らしい、なんでもありなラインナップなのだが、それでも食べたことのないものはいくつかあって、とんこつラーメンはその一つだ。
食べた印象は、「薄味の博多ラーメン」かなあ。九州で食べるとんこつラーメンの濃厚さをお江戸向けの味に調整した感じだろうか。まあ、お値段を考えるとよくできている。残念なのはトッピングが全部スープの中に沈み込んでしまっていたことくらいだ。

フライドチキンもピザもアメリカナイズされた食べ物であり、チェーン店である限りは全国同じ味なのだが、町中華でも似たような現象は起きているのだなあ、などとクリスマスイブに思っておりました。マニュアル化されたラーメン調理は個性をなくすがハズレも出ないということだろう。ただ、記憶には残らない味なのも確かだ。gyカウに記憶に残りそうなことは、クリスマス・イブにラーメンを食べたこと。これが人生初めてかもしれないなあ。

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朝蕎麦 というしろもの 

何気なく入っているワカメが好きなんです お揚げは甘さ控えめ

二日続けて朝の渋谷に行くことになり、久しぶりに朝蕎麦にしようと、いつもの富士そばに立ち寄ったのだが、時間を見るとモーニングサービスタイムだったので、「朝蕎麦」を注文した。
写真で見ればわかるように、朝蕎麦とはきつねそばに温泉卵が乗ったもので、キツネ玉蕎麦とでもいうべき代物だ。この卵はそばを半分食べるまで、そおっと取っておく。蕎麦が残り半分になったところで、そばの上で卵を潰す。黄味が溢れてきたのを蕎麦にからめた食べると実に濃厚な甘みを感じる。普段は月見蕎麦など頼むことはないのだが、この朝蕎麦で、「卵で味変」はちょっと嬉しい食べ方だ。

富士そばでは紅生姜のかき揚げを乗せて食べるのが好みなのだが、この朝蕎麦もたまに食べると実に満足のいく朝食となる。特に、気温が下がっている時期は抜群の戦闘力を発揮する。
あとは渋谷で小諸そばが食べられるといいのになあ、とか思う。箱根そばは新宿駅に行けば何とかなるが、小諸そばは東京駅を中心とした都内東部にしかないのが悲しい。
そういえば、渋谷駅構内にあった渋そばが、道玄坂に開店したらしいので、今度はそちらにも行ってみなければなあ。

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メリーメリークリスマス

たちのポン酢 酒が進む

クリスマスの夜、一人飯を食うことになった。今更、誰かと集まりクリスマスパーティーなどやる年でもないので、特別の感慨もない。ただ、自分の好きなものを食べようとあれこれ考えた末、どうも洋食とか居酒屋は避けた方が良さそうだと気がついた。世間ではクリスマスに集まることこそ意義があると考えるものも多い。そんな大騒ぎの中に紛れ込んで一人の時間を台無しにされては敵わない。ということで、鮨屋を選んだ。良いところを見出したと自分を褒めてやりたい。流石にチキンではなく鮨でパーティーを企むものはいないようだった。カウンターを中心にカップルが数組いるくらいだ。
ほっとしつつ、まずは季節のものを頼む。鱈の白子、北海道的に言えば「たちのポン酢」だ。濃厚な白子が実にうまい。この白子は足が早いので食べる時は、慎重に店を選ばなければならない。小さな居酒屋だとハズレを食わされることもあるが、この日は大正解だった。ただ、昔は実にお安い食べ物だったはずだが、今ではいくらに並ぶ高級品になっている。

北海道の鮨ネタといえば、かにだのえびだのサーモンだのがしゃしゃり出てくるが、やはり絶対的にうまいと思うのが鯖とマイカだ。鯖は福岡で食べるのが良いと思う。太平洋沿岸、つまり東北から四国、九州の南部にかけてあちこちに鯖の名所はあるけれど、やはり日本海側の鯖の方が旨いように思う(個人的な意見です)
北海道ではチェーン鮨屋でも鯖は時点で占めていることが多いので、外せない一品になる。イカはここ数年、不漁続きだったそうだが、今年は回復したらしい。イカ、うましだ。

そして、これもメニューにあったら外せないイカのゲソと鮑を頼んだ。実にうまい。北海道産の鮑は、小ぶりなのだが身が閉まっている。特に冬場の鮑はなかなかのものだと思うが、これを獲る漁師はこの寒さの中、海に潜るに大変だろうなあ。感謝だ。

ということで最後の鮨三昧はクリスマスの夜でありました。どうもこれは癖になりそうだ。

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くちとりでとしとり

北海道では新年を迎えるにあたり、大晦日の夜に盛大なご馳走大会を開く。いわく、年取り(としとり)という。おせち料理とは大晦日に食べるものだたずっと思っていたが、どうやらこれは北海道と一部の東北だけで行われる風習らしい。
その「年取り」でなぜかお菓子のセットが一人一人に下げ渡される。鮮やかな色使いの鯛や海老などの縁起担ぎの形状をしている。
中身は「餡」だ。これを年取りのご馳走として食べるのだが、おそらく甘いものが貴重だった時代の名残だろう?
味は単純に甘い。あんこをボリボリと食べるイメージだ。食感は餡なので柔らかい。甘いのですぐ食べ飽きる。子供の頃は、もっと洋風な甘さを求めていたので、大抵は食べきれずに食べ残していた。今ではすっかり小降りになっているが、当時は鯛や海老の起きさが、おおむね20cmもある巨大なものだった。

たまたま年末に札幌にいたので、昨今の口取りを見に行ったのだが、これは随分と小ぶりになっていて、おまけに色鮮やかな造形が溢れていた。定番の鯛と海老のほかに行く年の干支と来る歳の干支も入っているあたりが、現代的な芸の細かさだろう。

お土産に一つ買ってきたのだが、どうも観賞用であり食用ではないと思われたようだ。まあ、見た目からするとそうだよなあ。

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10年ぶりの渋谷で蕎麦

JR渋谷駅と京王井の頭線渋谷駅の中間あたりに、ごちゃごちゃとして飲食店が固まっている一角がある。ほとんどが居酒屋、焼き鳥屋、ラーメン屋などの軽便な飲食店であり、その中に数軒パチンコ屋も混じっている。
渋谷の駅がまが発展途上の田舎町だったころの残滓とてもいうべきか。。なかなか居心地の良い場所なのだ。その中に立ち食い蕎麦屋が一軒ある。渋谷で簡単に飯を食べたくなるとたまに立ち寄っていた。ただ、ここ10年ほどはご無沙汰していた。

ふと気になり久しぶりに店の中に入り、いつものかき揚げそばを注文した。そのかき揚げがやたら緑色で、どうやら春菊のかき揚げになっている。明らかに記憶の中にあるかき揚げとは違うのだが、10年ぶりに行ったので、その間にかき揚げがバーションアップしたのかもしれない。あるいは単純にそばを作るお兄ちゃんが、普通のかき揚げと春菊かき揚げをいれ間違った可能性もある。
そんなことで目くじら立てることもない。ちょっとびっくりしたが、そのまま食べ始めた。かき揚げは衣少なめなので、そばつゆの中に押し込むとハラハラと溶け出していく。この半分くらい溶けたかき揚げが好きなのだが、どうも溶け具合が速すぎて全部溶けてしまった。かき揚げそばではなくたぬきそばになってしまった。これはちょっと困る。


この店は立ち食い蕎麦屋では珍しく、蕎麦もつゆもうまい。だから、多少のことでは腹を立てることもない。旨いものはうまい。昔はちょっと高級な立ち食い蕎麦屋だったが(お値段が他店と比べて1割くらい上だった)、今では駅の立ち食い蕎麦よりも安い。コスパが良くなっている。
長く続く店というのは、やはりこのように、味と価格のバランスが良いのが絶対条件だろう。やはり、10年などという間を空けてはいけないのだ。せめて、月に一回は利用しなければなあ。次は海老天そばにしたいぞ。

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良い喫茶店の価値

新宿紀伊國屋本店の地下にある飲食街が耐震工事で休業したあと、新規テナントの入れ替えなどもあり新しくなった。その中に、新宿駅東口にあった古い喫茶店の支店ができていた。ただ、すでに開店一年だそうで、1年間全く気が付かないでいたのだ。どうしてだろう。

東口にあった本店も落ち着いた良い店だったが、場所柄か席の間隔が狭かったような記憶がある。ちょっと窮屈な感じだった。こちらの店はかなりスパースを贅沢に使った、落ち着いた店になっている。昔ながらの喫茶店という感じがしみじみとする。

一杯ごとにドリップするコーヒーが運ばれてきた。焙煎が強めで苦味が立っているコーヒーだった。これは実に好みだ。喫茶店の珈琲とはかくあれかしと願う、典型的な一杯だった。また来ようと思ったのだが、会計をしてちょっと驚いた。
おそらく帝国ホテル1階カフェで飲むコーヒーと同じくらいのお値段。ドトールのようなセルフ喫茶店であれば、おそらく6杯分くらいなのだ。場所も場所だし、雰囲気も良いのだが、この値段ではなかなか足繁く通うのは難しいなあと諦めるしかない。

たまに新宿でのんびりしたい気分の時に、また訪れることにしよう。カクテル一杯と同じだと思えば、飲みにいく前の戦闘準備(笑)に向いているとも言える。

良いものはお高いのだ、という世界の真実を突きつけられた。

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中華料理な日 part2

さて、忘年会パート2を少し時間を空けて、早めの夕方から開始した。特別に予約もせず行き当たりばったりの店で良いかなということで、新宿で待ち合わせをしたのだが、駅の周りの手近な店で良いではないかということになり、駅を出て徒歩1分の店を選んだ。
隣の店も安直なチェーン居酒屋で、そちらにするつもりだったが、喫煙推奨店?だったダメ断念した。今では数少なくなった「喫煙者の楽園」らしく、それなりに混み合っている。ということは店内がスモーキーハウスとなっているのは間違いない。同行者が嫌がり、隣の中華チェーン店に入ることになった。
昼にも中華だったので、少し軽め、サッパリ系のメニューにしようと選んだのが豆苗と干し海老の和物。これはほとんど味付けのないオイル・アンド・ビネガー的なお腹に優しい料理だった。

追加であれこれ注文したが、餃子などのサイドメニュー的なものに偏り、ちょっと炒め系の料理が食べたくなる。そこで選んだのが豆腐とエビの餡掛けだったが、何とこれは変形酢豚のようなもので、すっかり昼メニューとかぶってしまった。が、普通に美味しいので文句はない。どうやら豆腐は一度さっと油を潜らせたようで、表面の食感がかりふわ的になっているのがポイントだ。

そして、締めは現在では絶滅種になってしまったらしいキムチチャーハンにした。一時期は街中華のどこでも食べられたものだが、今ではすっかり存在が薄い。あの日高屋でさえ、限定店舗でしか食べることができないのが悲しい。ちなみに自宅近くの日高屋ではドロップされているのが、もっと悲しい。
さて実食してみれば、おやまあと軽くため息が出た。余りキムチの味がしない。ほんのりとしたキムチ味というべきか。もっとどかっとニンニクのパンチが効いた味を期待していたのだが、生存するためにマイルド化路線に転向してしまったのだなあ。いや、ちょっと残念だ。
ちなみにこの店ではアルコール類が激安でどんどんおかわりしても懐は傷まない。だが、何杯飲んでもなかなか酔いが回ってこない。不思議だな。薄いのかな。まあ、良いか。忘年会で酔っ払うほどの失態はない。

当たり前のように「良いお年を」などと言って別れたが、これもビジネスマン人生で身についた条件反射のような挨拶で、こういうことだけは意識せずにすんなりできる。後からそれに気づいて、我ながら呆れてしまった。新年会は全く予定もないので、こうしたサラリーマン気質の挨拶をすることもないとは思うのだけれどね。