街を歩く

良いお言葉です

神は細部に宿ると言う言葉はたまに聞く。職人芸の極みとでも言うべき、細工が行き届いた製品に使われることだと思う。それのパクリと言っては失礼だが、確かに旨さにこだわると、あれこれ細かいことを一つずつ潰していく工程が必要で、確かに旨さは細部に宿ると納得する。

美味しい生ビールを提供するため各ビールメーカーが講座を開いている。そこで一番大事だとされているのが、実は機材の洗浄だ。特にビールをタンクから注ぎ口(タップ)にまで導くホース類の洗浄だ。これを毎日丁寧に洗浄するだけで生ビールは確実に美味くなる。ただ、ホース洗浄をすると、ホースの中に残っているビール一杯ぐらいを捨ててしまう。この捨てるコストを嫌い掃除をサボる店が多いらしい。ビールは生物なので、ホースの中では劣化する。一晩放置されると格段に味が悪くなる。つまり、お掃除をサボる店では開店一番で生ビールを頼むと、劣化ビールに当たる確率はそこそこ高い。生ビールを頼むのであれば、そこそこ客が入り機器内のビールが一回転したくらいで頼むべきだ。というのが業界あるある。
ちなみに、タンクが空になるとランクを切り替える。この時も、切替タンクからのビールが安定するにはちょっと時間がかかる。今、タンク交換してるのでちょっと待ってねー、などという声が聞こえてきたら、しばらくビールは注文しない方が良い。


このハズレのビールに一度当たったことがある。ビールはこんなにドブ臭くなるはずがないと抗議をしたのだが。店主が取り合わないのですぐさま店を出た。

アメリカでクラフトビールの店に行った時、大きな窓のある冷蔵庫に全てのタンクが入っているのをみて感心したことがある。タンクごと冷蔵保管している。日本では見られない「品質」に対するこだわりだと思った。だいたい日本の生ビールタンクは常温放置だ。

ビールジョッキ・グラスを冷凍庫に入れて霜降り状態にするのを見て、アメリカ人の友人は感心していたが、英国人の友人は馬鹿にしていた。冷たいビールを喜ぶのは日本人とアメリカ人だけだと笑われてしまった。確かにロンドンのパブで飲んだビールは生ぬるいものだった。ビールの樽は地下室に置いてあり、その温度は夏冬あまり変わらないらしい。

と言うことで、細部に宿る神様は国によって随分異なるらしい。だからこの一言の前に「我が国では」と付け足した方が良いのかもしれないなあ。などと、思っておりました。酒飲みのこだわりは、役に立たないものの代表格と相場が決まっておりますし。酔っ払いの戯言、は箴言でありますからね。

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刺身居酒屋で

北海道ではなぜかエイのことをカスベと呼ぶ。そのエイの煮凝りがメニューにあったので注文してみたら想像と違う形で登場してきた。もう少したっぷりとゼリー状の煮凝りが出てくるものだと思ったのだが、これではエイの佃煮みたいだな。食べてみたら予想より固いと言うか歯応えがある。料理は言ったもの勝ちだな、とあらためて気がついた。味は良いのだけれど。

マグロ。ハマチ、ソイ、ツブ 刺身三点盛り+1 という注文でした

この店の名物はマグロの大きくて厚切りな刺身、一口では飲み込めないほどの巨大マグロが売り物なはずなのだが、出てきたのは普通のサイズより若干大きめ程度で、店頭のサンプルとは見た目が違う。クレームをつけるつもりはないが、店頭サンプルとの差は許容範囲とは言えない。地元客だけ相手にしていれば危ないレベルだと思うほどだ。現在の原料高に耐えきれないのかもしれない。が、名物料理を変えてはいけないよなあ。残念。

ニシン漬けは大根とキャベツが主役、身欠ニシンは味付け程度?かなあ

北海道名物?のニシン漬は、これまたおとなしめのサイズ感で、塩分も控えめタイプだった。個人的にはもっと塩辛く、もっと生臭さのあるストロングスタイルが好きなのだが。最近のニシン漬けはすっかり浅漬けになってしまい、それが悲しい。ちなみに身欠ニシンも柔らかい。ニシン漬けという古代の食べ物は(笑)、都会的洗練さを目指して改良するのには向かないと思うがなあ。

今ではすっかり絶滅した刺身居酒屋の生き残り

狸小路6丁目にある刺身居酒屋は、すすきのからも外れているちょっと不便な場所にある。だが、いつも満席になる人気店らしい。店の前にはインバウンド観光客が両手に土産物屋とドラッグストアの袋を下げて群れをなしている。なぜ外国人観光客が狸小路に押し寄せるのだろうといつも不思議に思うのだが。
とりあえず、狸小路は外国人密度が札幌で最大のストリートなので、当然ながらこの辺りの食堂、居酒屋は外国人対応な値付けをしている。ぼったくりとまでは言わないがメニューはお高めだ。その中で、この刺身居酒屋は日本人向け価格で頑張っているが、それを維持するのは難しいようだ。その辺りの判断はご自分でどうぞ。

とりあえずカップルで魚食べたい時には重宝します。ファミリー向けには、メニューが渋すぎるかも。

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北国の春景色

ひな祭りの日の光景

昔は4月上旬の光景がこんな感じだった。入学式の頃は雪解けで道がぐちゃぐちゃという印象があったが、最近は3月前半にこんな感じになるらしい。雪解けが記憶より一月くらい早くなっている。

歩道の雪が溶けて地面が見えてくれば、これはもうすっかり春が来たと感じる。空気の匂いが少しやわらかくなる気がして、春の匂いだなどと感じていたものだ。が、歳をとったせいか春の匂いが感じられない。感性が劣化したと思うべきだろうか。嗅覚が低下したというべきかもしれない。
ただ、ありがたことにこの季節、お江戸界隈では花粉が全開に飛び回るのだが、北国ではまだまだ花粉は飛ばない。花粉症の退避場所として早春の北国は実に良いのだ。

ただし、ちょいと住宅地の奥に入るとこんな感じで雪の壁が残っている。これをみて春だなと感じる人は少ないだろう。まあ、北国の春はまだら模様に訪れるのであります。

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回転寿司で腹一杯

ゲソというネタは一般的に鮨屋ではあまり見かけない。つまみに使われることはあるが、握りとして食べることは少ないと思う。ただ、回転寿司界では別物らしく、おおよそ5割の確率で「ゲソ」がメニューにある。無類のゲソ好きを自認する我が身としては、ゲソだけ5皿くらい注文したい。それも半分は甘だれをつけて食べたい。ところが悲しいかな、腹の余裕を考えるとゲソだけ注文するわけにもいかぬ……………

ゲソの次に注文するのが、マイカだ。これは外せない絶対定番だ。去年はイカの不漁が数年ぶりで終わったので、マイカは比較的潤沢に出回っていた。今年も豊漁でありますように。
そして、もしメニューにあれば鯖の巻物にする。このシメサバの巻物は、およそ確率2割程度の出現率なので希少品種だ。

低価格回転寿司ではまず存在しない。これがなければ鯖の握りにする。大手チェーン店の鯖は酢で絞めすぎていただけないが、北海道のローカルチェーン店は自家製シメサバなので、実にうまい。下手なマグロより油が乗っているので、これも外せない。
ここですでに3皿注文している。ちらりと焦り始める。ようやく本日のおすすめメニューに目を通す。順番に検討を開始する。
ただ、残念なことに本日のおすすめというと、大抵は本マグロトトロサーモンが登場してくる。それだけ人気があるネタなのだ、と理解はできるが同調はできない。今回は、北海道特有?のアブラカレイを頼む。
ねっとりとした食感の白身で名前の通り脂が乗っている。この後は軟体動物ネタ愛好家としてタコ、つぶ、あわび、ホッキ貝などに進んでいきたいのだが、実は4皿食べるとかなりお腹の隙がなくなっている。苦渋の選択でどれか一つを選ぶしかないのだが、その一つが決められない。迷っているうちに血糖値が上がりますます満腹感が押し寄せてくる。結局、5皿目は諦めるしかなくなる……………

そんな自分の横ですでに10皿以上積み上げて、まだまた注文が止まらないいる若い衆を見ると人生の悲哀を感じてしまう。回転寿司は隣に客がいない暇な時間に行くべきところだなあ、と反省するだけだ。せめて5皿は食べたいものだ……………と思う今日この頃でありました。

本日のお店は1時間待ちが当たり前の人気店でした。

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一人で祝杯?を上げたのは

北海道のとんでんは居心地が良い店なのだ

3か月かかって面倒臭いお役所向けの書類仕事を片付けた。一区切りがついたお祝いに、役所近くのファミレスでちょっとゴージャスなランチを食べることにした。
開店直後の時間だったから、自分以外には誰もいない。それは良いのだが、どうも省エネモードで運営しているらしく店内がうっすらと寒い。北国の街では冬の室内温度が過剰に高くて困ることが多いが、寒いと言うのも困ったものだ。結局、コートを着たまま食事をするか随分と迷ってしまった。

料理も見た目8割ということであります

奮発して鮨と蕎麦と天ぷらのセットを注文したら、何やら大袈裟なものが登場してきた。ただ、冷静に見ると料理の皿よりつけ汁の腕や味噌汁など、いわばおまけの皿が多いだけなのだが、皿数が多いと豪華に見える。視覚的にかんじさせる「うまさ」は重要だなと改めて思う。
実はこのセットについている茶碗蒸しが好物で、200円追加すれば大盛り茶碗蒸しにも変更できるのだが、流石にそれでは量が多すぎるので諦めた。しかいながら、完食した後でやはり大盛り茶碗蒸しにすればよかったなとちょっぴり後悔した。鮨5貫と蕎麦半人前程度だから、見た目よりも量は少なかったせいだ。

メニューを見ていると夜は居酒屋として使って欲しいみたいだが、そうなるとノンアルの運転手を調達しなければならないし。ファミレスで一人飲みと言うのは光景として寒々しいかもしれない。テーブル一杯に並ぶほど小鉢を注文して一人満漢全席的な酒宴をやってみるかと考えたが、やはりそれは気が引ける。絵面として寒むすぎる。

ファミレスはやはり大人数の方がよろしいみたいだな。ゴージャスなソロ・ランチの結論でした。

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JR札幌駅で思い出す ゲーム妄想

地球防衛軍というゲーム・シリーズがある。巨大化した虫が地球占領の生物兵器として登場し、人類は防戦に努めるというストーリーだ。ただただ押し寄せるアリンコやダンゴムシを打ちまくるという実にシンプルなゲームだが、なかなか完了するのが難しい。
その宇宙人(古い言い方だな)による侵略の舞台は日本のどこかにある架空の大都市なのだが、街の感じとしては名古屋駅周辺の都市部に似ている。その大都市はかなりの広がりを持ち、都心部と住宅地域がつながっているので、都心部から住宅地が遠望できたりする。戦場は都心部オフィス街であったり郊外住宅地のショッピングモールや高層アパートだったりする。だが、あくまでも架空の都市だ。
ところが、もう一つの都心部戦場になるのが、この札幌駅を中心とした市街地だ。まっったく架空の舞台ではない。北海道庁や大通公園までほぼほぼリアルに登場するが、圧巻なのはこの札幌駅周辺部を巡る戦いだ。周辺ビルが忠実に再現されている。
駅前を蹂躙する巨大ダンゴムシをJR駅の屋上からミサイルで打ちまくるという状況になる。ミサイルの爆破に巻き込まれ、ダンゴムシとともに駅前のビル群は悉く破壊され駅周辺は真っ平らになる。

などということを駅前交差点で思い出してしまった。自分は(ゲーム内のキャラとして)あの大時計の上からスナイパーライフルで防衛戦をしたのだ……………などとあらぬことを思い出してしまった。
実際のスケール感で言うと巨大ダンゴムシはビルの二階あたりまでの高さだったから、明らかにバスよりも大きい。そんなダンゴムシが出現したら、実に気持ち悪いだろうなあ。

などとゲーム世界とリアルを混ぜ合わせて妄想してしまった札幌駅前は自分にとってなんとも不思議な空間だ。そういえば、すすきのは平成ガ⚪︎ラに木っ端微塵にされたし…………… 札幌は巨大破壊の舞台として使いやすいのかもなあ。

怪獣映画でリアルな街が登場して破壊され街はそこそこ多い。ゴジラ・シリースで新宿と幕張新都心が記憶に残っている。特に新宿高層ビルの破壊後に残されたゴジラの足跡みたいなリアル感が印象深い。ただ、ゴジラシリーズは戦場は南洋の孤島だったり、おそらく東京湾にある思われる架空の工場地帯だったが、シンゴジラでは明らかに東京都大田区から中央区にかけが舞台だった。最新作ではもろに銀座だった。

平成ガメラシリーズでは福岡・札幌・仙台・京都・渋谷など、なぜか大都会破壊が前提だったようで、地方巡業シリーズと言って良い。秀逸なのはギャオスによって営巣地とされた東京タワーだが。いつともしれない時代設定、どこともしれない舞台設定はリアル感に欠けるということなのだろう。次にやられそうなのは東京であればスカイツリー、新築の名所としてはエスコンフィールドくらいだろうか。VRゴーグルをつけて新宿・渋谷の激戦後を巡るツアーみたいなものができれば面白いのになあ。

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品川駅のホームで楽しむ

JR品川駅はすっかりおしゃれな駅中プレイスに変わってしまったが、山手線ホームにはしっかり昭和の名残がある。今ではすっかり数を減らしたホームの立ち食い蕎麦屋だ。山手線では五反田のホーム蕎麦は健在だが、あとはどこに残っているだろう。駅の改修とともにホーム蕎麦は消えて行ってしまったから、常磐線の我孫子の唐揚げそばくらいしか思い出せない。

この品川駅のそばは、羽田空港の始発便に乗ろうとする時にお世話になる。早朝から営業しているのが実にありがたい。6時代であれば店内もガラガラだが7時を過ぎると店内もラッシュアワーを迎えるので、入れないこともある。

さて、朝飯代わりの蕎麦はきつねそばにすることが多いのだが、今回はお江戸名物コロッケそばにしてみた。記憶は定かではないが首都圏の立ち食い蕎麦屋では一般的なコロッケそばだが、名古屋以西では見かけない。仙台の立ち食い蕎麦屋ではかろうじて存在していた。

そもそもコロッケ蕎麦は銀座の老舗蕎麦屋で有名なメニューだが、そのコロッケは「普通のコロッケ」ではなく、肉団子の変形みたいなものだ。立ち食い蕎麦屋のコロッケは、ほぼじゃがいも。決定的に異なっている。
どこかの蕎麦屋でかき揚げのを載せるのであれば、似たようなコロッケを載せても良いと始めたのだろうか。などとあれこれ考えながら食べるのはなかなか楽しい。まずそばを完食し、コロッケの衣がそばつゆを吸ってぶよぶよしてきたら、おもむろに半分にわってそばつゆにひたしてたべる。そしてちょっと芋が溶け出してとろみの出たつゆをぐいっと飲む。なんともチープだが、この食べ方が一番望ましいと思っております。消して、卵など追加してはいけないのがコロッケそばのお作法であります。

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恵比寿駅のホームで

90年代にはこんな感じの豪華キャスティング番組が人気だったのだが……………

恵比寿駅の山手線ホームには大きな看板があり、2か月に一度程度のローテションで色々な商品の宣伝が並ぶ。確か、ホーム中央部の一番目立つ位置は恵比寿に根拠地があるサッポロビールの定位置だと思っていたが、なんとテレビ番組の番宣になっていた。
大型大予算をかけたテレビ番組が番宣を行うことはある。ただそれも番組開始までだろう。特に連続ドラマは制作システムが少年ジャンプ式というか、毎週の視聴率変化により脚本が変更され、悪役が実はトラウマを抱えていて正義の味方になりたいと思っているとか、正義の味方が実は過去に重大な犯罪を起こしていたと暴露されるとか、要は終わってみるまで話がどうなるのかも決まっていないというヌエ的制作方式なのだそうだ。だから、番組放映期間中に同じ看板で宣伝するのは実にリスクがあるはずなのだ。おまけに最近では役者のスキャンダルで番組降板などという事件も度々起こっている。

にもかかわらず、この看板はすでに2か月ほど継続しているということだろう。広告として大博打だと思うが、それを決行しなければいけないところに、このテレビ局の苦悩が見えてくる。若い世代の視聴率は劇的に低下し、視聴者の主力は高齢化し切っている。この先、若い世代の資料率が上がらなければ、そもそもテレビを見る人間の絶対数自体が減少する。放送局どうして視聴率争いなどしている場合ではないのだが、最後に生き残る一局になるつもりで歯を食いしばり頑張っているという構図だろうか。そうなると経営破綻が理論的にあり得ない某国営放送以外が生き残るには、専用局になるしかないと思うのだがなあ。
放送を営む以上、報道機関としての使命があるとか、誰も信じていないのになあ。そもそも親会社が新聞社で新聞社のお先棒担ぎのはずが、視聴者の要望によりというわけのわからない理由で視聴率稼ぎの娯楽番組をメイン位据えていること自体、自分たちの存在理由を曖昧にしているだけだろうに。蕎麦屋がラーメンやカレーライスに手を出し、いつの間にか一番売れるメニューはオムライスになっていましたみたいな話だ。蕎麦屋のプライドはどこいったとバカにされても仕方がない。

あれもこれもに手をださに、ニュース専門局やエンタメ限定曲は、すでにケーブルやネットの世界ではたり前だし、視聴は有料化して経営が可能だろう。いつまでもCM放映r料に頼っているから、その辺りの踏ん切りがつかないのだとは思うが、オワコンと言われてすでに10年が経つ「放送局」というシステムが再生することはないのだろうな。

タダで見る動画ならYouTubeで十分という時代に、そのYouTubeからネタ探しをするのだから、やはりテレビはもう終わっているのだと思いますよ。

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どんく で一飲み

歯医者の帰り道に立ち寄ってみた

JR恵比寿駅西口を出たところに飲み屋の固まる一角がある。チェーン居酒屋は何故かこの街では生き残ることができず、個人営業の居酒屋が長生きするようだ。その中でも移植中の異色なのが「どんく」という町中華で、40年近く生き残っている。初めは長崎ちゃんぽん推しの店だったが、いつの間にか夜営業に比重が移り居酒屋メニューの拡大により、今では中華料理屋というより恵比寿的な居酒屋として確固とした地位を築いている。店内は暗めでニスのかかった木材で山小屋的雰囲気もある。こうなる前は蛍光灯が煌々と輝く、台湾的な明るい店内だったのだが。

居酒屋としての人気は安さもあるが、ちょっと変わった味の中華料理にあると思う。厨房で腕を振るうのがマレーシア系中華のシェフ?らしい。南方北方どちらの中華料理だとも言い難い、ミックス的な味付けだ。おまけに長崎名物というすり身(揚げかまぼこ?)やちゃんぽんがメニューに並んでいる。ハイブリッド中華という場良いだろうか。
そこのメニューにある「めんま」は、よく中華料理や出てくるラーメンの上に乗っけるトッピングをそのまま皿にもったものではなく、ネギと合わせて炒めたものが出てくる。一手間かけたこれがうまいのだが、日によって量が違うのが玉に瑕だ。今回はいつもの半量くらいで、ちょっと損した気分になる。まあ、このいい加減さというか曖昧さが、この店の良さであるからため息ひとつで諦めるしかない。次回に期待しよう……………という感じだ。

そして締めにはスタミナラーメンを注文する。この店は担々麺も美味いのだが、頼むのは確率9割でスタミナラーメンになる。ちなみに、担々麺と言っても通常四川料理で出てくる山椒の効いた痺れる感じの胡麻蕎麦ではない。胡麻風味の挽肉炒めが乗った「担々麺のようなもの」だ。まあ、そこも突っ込むとことではない。これをこの店では担々麺と呼ぶのだと理解して美味しく食べれば良い。
スタミナラーメンはニラと豚肉を炒めたものが麺の上に乗ったラーメンで、スープの味はなんとも形容し難い。豚骨系濃厚周瑜ベースとでもいうか。ちなみに定番のどんくラーメンは、これまた異なるスープであり、どうもラーメンの種類ごとにあれこれスープの味付けが違っているという、凝り性とも言えるラーメンラインナップになっている。ほぼ全品試してみたが、同じスープのラーメンはないのではないかと思う。

いつの間にかお安い居酒屋ではなくなっているが、このご時世に40年以上続いているというだけで立派なものだ。シェフ?も従業員もマレーシア系の人が多かったが、今ではあちらこちらの方もいるようだし、そもそも女主人が40年前から今でも現役だというのがすごいことだ。

個人的には恵比寿のイチオシであります。

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冬季限定メニューの満洲で

このドレッシングは唐揚げようなのかキャベツにかけるのか、いつも悩む

何度か書いたような記憶はあるが、ぎょうざの満洲は不思議なチェーン店だ。自宅近くに本店があるのだが、埼玉県西部の地方都市で、それも新興住宅地の一角にカウンターだけのラーメン屋?からスタートした時tにローカルな町中華店だ。
初めてこの街に来た時には、安かろうまずかろうの典型的な店だと思っていた。おそらく北の街から流れてきたものにとって、首都圏の中庸の味というのが理解できなかった性だろうと思う。埼玉県との東京と隣接都市ということは、人口の大多数が流れもので形成されている典型的なベッドタウンだ。それも昭和中期に大規模造成された高層アパート群のある街なのだから、所得レベルも高くはない地域だ。元々は雑木林と茶畑しかなかったのだと、年上の隣人に聞かされたものだ。
そんなベッドタウンのそれまたはずれにある街にある中華料理屋が生き残るために始めたのが、善本餃子付きというセット化だったらしい。そして味付けは日本全国から流れてくる、地域住民の平均的総和、つまり特徴のない味になるしかない。誰も嫌わない中庸の味とは、誰もうまいとは言わないが拒否されることもない。

初めて満州でラーメンを食べた時には、あれっと思うほど味に違和感があったが、それはお江戸周辺のすべての食堂で感じることだった。拒否されないために味が中庸化するというのは飲食店にとり正しいことなのだろう。結局、自分もお江戸で数年過ごすうちに、その味に慣れた。まずいとは感じなかったことが大きな誘因だったと思う。
同じ時期にこの街で発祥したうどんチェーンも利用したが、これははっきりまずいと思った。味付けではなく麺自体がまずいと思ったのは記憶にある。世の中にまずいうどんなど存在するはずがないと思っていただけに、それなりのショックだった。が、そのまずいと感じたうどん屋の味にも慣れてきた頃、劇的にうどんの質が上がった。どうやら創業経営者が変わったのだと聞いてなるほどなと思ったのも覚えている。

満洲もある時期から全品餃子付きのような表現がメニューから消えた。そしてメニューが変化してきた。やはり感じたのは麺の質が良くなった、スープの味が良くなったことだ。その時期、創業経営者が変わり方針転換が起きたらしい。中庸から良質へ、ということだろうか。セントラルキッチンが変わったのも要因らしい。そして、劇的な変化は餃子に起きた。普通の味ではなく、うまいと思う餃子になり、驚くほど価格性能があがった。安くてそこそこというポジションから、安くてうまいに変化した。

素材にもこだわりが生まれたようで、メニュー全体が大食いの若者向けから少食の高齢者向けにシフトしてきた。

その結果、メニューから唐揚げが消えてしまった。(らしい) そして、冬の間だけ思い出したように唐揚げが復活する。昔は餃子一皿と唐揚げを注文すれば、それだけで満腹する一人宴会ができたものだが、今では唐揚げの代わりになるものは餃子のWセットくらいか。一昔前はワンコインだった冷やし中華も限りなく1000円に近付いてしまったし。もう2度と安くてうまい満洲に戻ることはなさそうだなと、ほろ苦い思いを抱きながら食べる唐揚げは、相変わらずうまいのだよね。