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散歩するなら神楽坂

お盆前の酷暑の時期が意外と空いているはず

そろそろ気温が上がってくると生きたところがある。神楽坂だ。メトロ東西線の神楽坂駅から飯田橋方向へ歩いていくのがよろしい。逆コースだと上り坂がきついと思うようになった。
とりあえずの目的地は毘沙門様だが、その途中で必ず立ち寄る場所がある。

老舗のまんじゅう屋だ。昔は毘沙門様の前に店を構えていたが今は少し離れたところに移転した。神楽坂で一杯やった帰りの土産といえば、この店の肉まんで決まりだった。

お江戸の街の良いところはあちこちにある古手の繁華街に、似たような名物店、老舗が存在することだ。赤坂や麻布、谷中、入谷、北千住などそうした名物目当てに、ついでに飲みにいくことが多い。

お江戸のお散歩コースはまだ外国人観光客の侵略を受けていないところもあるので、春のブル油歩きには向いていると思うのですよね。

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去年の桜

今週末は桜が満開になるらしい。(東京付近では) ふと思い出し去年撮った桜の写真を引っ張り出していた。近所を桜散歩と洒落込み歩いて回って撮ったものだと思うが、入学式の頃だった。他から今年は少し早く満開になるのだな。

今年も桜の季節が来ると、気分が上向きになる。桜の季節は花粉の季節でもありあまり外出はしたくないのだが、そこは気分の問題であり(しっかり花粉対策をした上で)、一眼レフを片手に散歩に出かける。公園の桜を眺めながら弁当鵜を食べる。

こうしたささやかな楽しみこそ、桜の季節ならではのもので、他の季節では見当たらないイベントだ。今年も酷暑が予想されているから、夏の間は屋外を彷徨き回るのにも注意が必要だしなあ。

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富士山の上空で 妄想したこと

羽田発、西行きの飛行機に乗ると富士山を眼下に見下ろすことができる。ただし、いつでも見えるわけではなく、目的地により富士山周辺での飛行経路が変わるらしく、どこ行きの便でも見えるわけでもない。同じ行く先であっても微妙に航路が違う気がする。

この写真は早朝の高知行きだった。晴れていて雲がかかることもない。絶景だと思う。特に、最近ではドローンによる空撮が当たり前になり、鳥の目で見た風景は当たり前になってきたが、この高度でのドローン写真は見た記憶がない。富士山を見下ろす高度なのだから、おそらく地上から7-8千メートルくらいではないか。それだけの高度になれば通常のドローンのリモコンでは誘導電話が届かないのかもしれない。

空中を起動するアニメでも、こうしたアングルでの映像を見た記憶がない。高高度からの風景はアニメーターの想像力を超えてしまうのかもしれない。ロボットもので宇宙空間での戦闘シーンは多いが、あれは上下共に漆黒の宇宙が広がるだけなので背景に関して想像力が必要ない。
富士山上空で戦闘を繰り広げる2体のロボットという絵を作ろうとすると、それを撮るアングルを含めて、完全な三次元軌道を思い描かないとできないはずだが、モデルになるものが存在しないので3DCGですら難しいだろう。あえてやろうとすればトップガンに代表される飛行機の戦闘シーンくらいだが、そもそも飛行機ではモビルスーツのような接触するほどのドッグファイトはできない。

などと、富士山上空で妄想に耽っておりました。そういえば平成ガメラでギャオスとの空中戦闘シーンは、それなりに3次元機動していたかなあ?

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15年ぶりに行った焼肉屋で

友人に誘われてチェーン焼肉屋に行った。記憶を辿るのが難しいほど昔に行ったきりだった。そもそも焼肉屋に行くことがあまりない。たまに行くとしても個人経営の小ぶりな店を探すことが多い。
おまけに今回は友人のこだわりで食べ放題を注文されてしまった。量は食べられないことはわかっているので、お高めのメニューを選んで食べれば良いのだと思ったが、注文タブレットを握った友人が凄まじい量のあれこれを頼んでしまい、こちらは出てきた皿を片っ端から焼く係になった。
どうやら一人前の肉は40-50g程度の小盛りなので、どれも二・三人前を注文したとのことだが、普通の焼肉屋の一人前よりも少ない気がする。食べ放題だから、小盛りでたくさん食べるという仕組みなのかもしれない。
卓上にある焼肉のたれは一種のみ。そして、この塩だれのようなものがある。中には液状のドロっとしたものが入っていた。少量を皿に取って味意味してみた。強烈な塩と化学調味料的な味がする。感覚的には液体の味塩という代物だった。
確かに世間的には塩ブームらしいが、個人的には塩でものを食べるのは文明的に後退する行為だと思っているので、単純な塩味の料理、例えば炙った牛肉に塩だけかけて食べるみたいなことはしない。
例外的に塩単独で食べるのは焼き鳥屋くらいのものだ。それには理由がある。焼き鳥屋の甘いタレは店によって千差万別だが、最近では自家製ではなく量産品を使う店が増えている。そのせいか、好みに合わないことが多いからだ。
とりあえずこの塩だれ?のようなものでカルビを食べてみたが、やはりタレで食べた方がうまい気がする。こちらの舌が保守的すぎるのかもしれない。15年前には、こんなものはなかったような気もするが、こちらの記憶違いだと思う。

最後になってデザートはスキップしたが冷麺を注文した。サイズはミニということなので安心したが、そのミニの程度がちょっと小さすぎで、できればもう5割程度は増量してほしい。最後まで残っていたキムチを全量投入したら、なかなかゴージャスな見栄えの冷麺になった。これくらいにはトッピングがないと、貧相に見える。見栄えは大事だなあ。
実際、最初に出てきた時はほとんど具なしの素冷麺だったので、その辺りもちょっと改善を願いたいと思いながら食べたが、予想外に素冷麺は美味かった。思い込みで判断してはいけない。味は見栄えだけで決まらないということでした。

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2022年3月の写真から

2022年、つまりコロナ3年目ともなればあれこれすっかり慣れっこになっていた。コロナ危機を煽る絶叫系ニュースもなくなり、定期的に発生する第⚪︎波の危機みたいな報道もあっさりと無視される。たしかwithコロナなどというバカ標語が全く定着せず消えていった。

そのコロナの落とし子として社旗的に締約したのが「お運びロボ」と「キャッシュレス決済」だろう。これは人手不足の外食企業には幅員だった。オリンピックを睨んだキャッシュレス決済は、スマホ・QRコード決済が主流になるかと思いきや、クレジットカードからのタッチ決済という新技術により決着がつきそうな気配だ。
QRコード決済はスマホ利用という利便性が優位となるかと思っていたが、タッチ決済もスマホで対応するようになり、大資本力で押し切ったクレジットカードが優勢だろう。QR決済はクレジットカードを持てない未成年、あるいは現金信奉者に限定された利用になると予測している。

配膳ロボはもはやファミレスでは見慣れた光景だが、意外と普及が進まない。費用が高額になることと、どうやら耐久性に課題を抱えているらしい。万能ロボットが生まれるまでは、人間様の方がなんでもできるということに経営者がようやく気がついたということもあるだろう。
おそらく、もう一歩進んで配膳しないビジネスモデルを考え出す企業がそろそろ出現してもおかしくない。配膳しないビズネスモデルの先行形態は回転寿司だが、おそらくもう一捻りして汎用性を高める必要がある。

そういう一見奇妙なビジネスが生まれるのは、歴史的に大阪が多い。東京と比べて発想の自由さがあるのだろう。そろそろ大阪の街を探検に行ってみようか。難波の裏路地のごちゃごちゃしたあたりに、原石が転がっているような気がするのであります。

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2021年3月の写真から

たっぷりニンニク入りで、チャーシューは抜き という理解しにくいコンセプトだが、今ではこれは売られている? はずはないなあ

2021年3月といえば、コロナが始まり一年が経ち外出禁止と飲食・観光業界への補助というアクセルとブレーキを両方踏むような奇妙なことが起こっていた頃だろうか。撮った写真を見ると秩父に何回か行っているようだ。確か、秩父に行く特別割引制度が生まれて、電車賃が半額以下になり、無料で1000円分の食事ができるセットになっていた。確か昼のみが流行っていた時期でもあったようだ。

そんなコロナと馴れ合っていく時期に、なぜか青い髪の包帯少女とコラボしたラーメンの写真が混ざっていた。無口な少女とニンニクラーメンという古妙な組み合わせに惹きつけられて撮った写真らしい。どこの店だったのかも思い出せない。おそらくラーメン一杯 1000円といのにも驚いたのだと思う。

当時の外食業は、外出禁止による打撃を解消しようとあれこれ不思議なことをしていた。特に、休業で一度解雇した従業員が事業再開時には全く戻ってこない(それは当たり前だろうが)ので、強烈な人手不足に陥って一気に時給上昇が加速した。その結果、商品も値上がりしたが、値上げで客離れを起きて業績不振のスパイラルに落ち込んだ企業が大半だった。特にチェーン居酒屋は深刻だった。本来、自然淘汰されて然るべき居酒屋業界各社が、休業補償というバカげた制作でゾンビのように生き残ってしまったのだが、その弊害が深刻化するにはあと2年ほどかかる。

そんな外食業界のドタバタ劇の一面が現れたのが、この包帯少女コラボ・エアーメンだった。やはり写真は記憶の外部記録装置として優秀だなあ。

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202お年3月のこと

北海道庁 旧庁舎

コロナ騒動が始まった頃だった。観光客が一気に減り始め、テレビでは毎日政府の対応を糾弾するエンタメ・えせニュース番組が溢れていた。今思えば茶番というしかない喜劇だが、時代が生み出した道化ものもたくさんいた。コロナ女帝なんて言われていた例の方は今では何をなさっているのだろうか。
政策的には今の総理大臣の方がよほど過激なのだが、当時の自民党政権は保守寄りと批判をうけていた。実際にはリベラル野党よりよほど貧民救済に梨花らを注いでいたと思うのだが。待機児童などという言葉は最近聞かなくなった。政治の実績が評価されるまでのタイムラグの典型だろう。当時の首相はマスク騒動で随分叩かれたが、やはり無能なブレーンに優しかったのだな。

大陸系チャイニーズの観光客が溢れかえっていた札幌の名所も、この年は残雪が多かったこともあり、人影一つ見当たらないようになっていたのだ。たしか2月の雪祭りで最初の感染者が発生し、一気に社会が騒然とし始めた。その後は一泊3000円というビックリ価格にまで低下した札幌のビジネスホテルだが、今では10000円でも予約は無理になっている。たった5年でどれだけの変化が起きるのか、思い返せば笑いだすほどだ。

2020年に撮った写真を眺めていると、意外とあちこちで歩いているので、外出禁止令が発令され、三密などというおバカな標語が生まれるのはもう少し先のことだったのだろう。

三密という言葉を聞くと戦前に使われたらしい「鬼畜英米」とか「一億火の玉」みたいなおバカ標語を思い出す。言論統制で大儲けした大新聞社がこぞって好戦的な煽りを行っていたのは、半藤さんの著作に詳しい。今ではリベラルを気取る朝日・毎日の戦前記事を読めば、同じ会社かと思うほどの戦闘バカな記事で溢れている。戦闘的な煽り記事が部数拡販にいかに貢献したか、ということなので、戦争大好きな読者(帝国臣民つまり国民)がたくさんをいたということだ。
コロナを煽るようなメディアは、戦前に戦意高揚で部数拡大を目指した新聞社の純正な後継者であり、その体質は全く変わっていないという頃だろうな。

人の不幸は蜜の味というが、それを商売ネタにしているのがメディアであり、昔も今も何も変わっていないことがわかる。一枚の写真からあれこれ考え込んでしまった。

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狸小路の味噌ラーメン その3

狸小路4丁目 三軒並ぶ山岡家の中で味噌ラーメンの専門店

狸小路4丁目のど真ん中に山岡家が三軒横並びで店を出したのは2年ほど前だったか。普通の山岡家に、新業態である味噌ラーメン山岡家と魚介スープ山岡家が隣り合わせで営業中だ。その中で一番理解に苦しんだのが味噌ラーメンだったのだが、初めて食べてなるほどなと思った。豚骨濃厚スープが売り物の山岡家だからこそできる、濃厚系豚骨スープの味噌ラーメンを作りたかったのだなと。

豚骨スープが売り物の旭川ラーメン山頭火でも味噌ラーメンは出している。ただ、味噌の味が中途半端というか弱い。そもそも塩ラーメンとして開発されたものを味噌味に仕立てるのはやはり無理があるのだろう。
博多ラーメンも味噌味とはなじみが悪いのは、このベーススープの味付けにある。ところが、革命は起こるもので、これでもかとどかどか味噌を放り込むことで覚醒した豚骨味噌ラーメンが生まれた。それがチェーン店となり、全国に豚骨味噌味が急速に広がった。
伝統的な札幌味噌ラーメン業界にも豚骨味噌ラーメンがジャンルとして開花した感がある。(ちなみに老舗の純連は別系統のとんこつラーメンで、こちらは純蓮一族とでもいうべき拡散を続けている)
豚骨rー雨んの頂点?を目指す山岡家としては、それを見過ごすわけにはいかないということだったのだろう。ただ、なぜか「札幌味噌ラーメン」と名乗ったせいで、従来型の味噌ラーメンのイメージが混交してしまった。(自分の中では)
だから、なぜ山岡家が味噌ラーメン?という疑問に繋がったのだが。なんちゃって味噌ラーメンは嫌だなという気分もあった。

食べてみてはっきりわかったのは、豚骨スープが味噌味に勝つほど強いということで、これは最近の濃厚系味噌ラーメンの中でも最強に近いと感じる。そして、ともかく味が濃い。食べていて喉が渇く。このラーメンはおかずに白飯が食べたくなるほどだ。


今回は味噌ラーメンのバリエーションで胡麻味噌を注文しようとしたのだが、自販機で辛味噌のボタンを間違って押してしまった。仕方ない。胡麻味噌は次回だと諦めて、これを食べ始めたら三口目で汗が吹き出してきた。
あまり辛いとは思わなかったのだが、たっぷりとした発汗作用がある。予想外だった。スパイス・唐辛子が強い感じはしないのだが。完食したら顔が汗だらけになっていた。
カラウマという言葉がピッタリだが、これは味噌ラーメンの地平線まで行った味だなとも思う。なかなかチャレンジしているメニューだった。次回こそ胡麻味噌を食べようと思う。

狸小路はわずか200mほどのアーケードの中にラーメン店が10店ほどひしめき合っている。この中で生き残るのは誰なのか、なかなか興味が尽きない。ちなみに我が一推しは7丁目の赤星であります。これまた個性的なラーメンで好みが分かれると思いますけどね。

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狸小路で味噌ラーメン その2

狸小路6丁目のラーメン 魅力的なファサードだ

狸小路に随分とラーメン店が増えて、老舗からチェーン店まで各種お取り揃えが完了している。その中で比較的新しい店が狸小路6丁目の入り口にできた。店構えを見て気になっていたのだが、狸小路6丁目はちょっと中心部から離れているので、ついつい後回しになる。
今回は意を決して(大袈裟な)この店に入ってみることにした。店頭に並ぶ看板を見て、ニューウェーブ系のラーメン店だろうと期待していたのだが。

丼大きめ スープ少なめ というのはある意味ニューウェーブ系だが

メニューを見ると味噌・塩・醤油と3種類の味は揃っている。辛い系もあるしバラエティーは豊富だ。イチオシが味噌バターラーラーメンというのは気になるが、おそらく味噌が売りの店だろうとあたりをつけ、普通の味噌ラーメンを注文した。出てくるのがものすごく早い。それは良いのだが。
一口食べてあれっと思った。どうもニューウェーブ系ではないようだ。伝統的な札幌味噌ラーメン系統の味がする。スープはあっさり目、麺も昨今の流行りかと比べるとやや細い感じがする。ごくごく普通の昔風味噌ラーメンだった。
店名を見て勝手に新潮流に乗ったラーメンだと思っていただけに、肩透かしを食らった気分だ。なるほど、こっちの方面に味を戻していきたいということなのかなとは思うが、どうにもスープが薄く感じる。濃厚味噌ラーメンになれすぎてしまったらしい。
普通にうまいので文句はないが、特徴がないといいうか、ちょっと物足りない感がある。町中華の味噌ラーメン的というか。お江戸で食べてばこの味は標準的とも言える。ただ、札幌で食べれば異端的とでもいうべきだろう。まあ、ラーメン界ではよくある、思い込みとは違う味だっただけだ。


一度、三平に行って老舗系味噌ラーメンの味をチューニングしておかなければなあ、などと思った。自分の舌の記憶に頼っていてはいけない。こちらの舌がボケてきている可能性も高い。
ただしだが、この店の味はひょっとするとインバウンド向けに調整をしているのかもしれない。そちらの方がありそうな話だ。などなど、あれこれ考えさせられる悩ましいラーメン店だった。

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狸小路で味噌ラーメン その1

狸小路5丁目でたべた味噌ラーメン うまし

札幌に滞在する間、三日連続でラーメンを食べる羽目になった。好きな食べ物なので文句はないが、店ごとにまるで違うラーメンが出てきたのでちょいとまとめてみよう考えた。1日目はいつもの定番、吉山商店の焙煎胡麻味噌ラーメン。焙煎というからには味噌を焼いているのだろう。大変香ばしい味噌味のスープは豚骨ベースの濃厚なもの。札幌ラーメン特有の腰のある中太ちぢれ麺によく絡まる。チャーシューは最近の流行を抑えている柔らかなもので安定の旨さだ。これが現在の札幌味噌ラーメンのスタンダードだろう。
味噌ラーメン発祥の地と言われる三平の味噌ラーメンとは、まるで別物かと言いたくなるくらい違う。50年以上進化を続けてきた札幌ラーメン界の到達点といえる。

一時期はインバウンド客が押し寄せてきていて大混雑だったが、どうも外国人用グルメサイト?の推しが他のラーメン屋に移ったらしく大陸系観光客は別の店で行列を作っていた。不思議なのはイスラム系と思しき南方アジアの観光客が躊躇いなくラーメンを注文している。現在の札幌ラーメンのほとんどでは豚骨ベースのスープが使われている。大丈夫なの?と言いたくなる。そもそもラーメン店でハラルな原材料が使われているとも思えない。

旅の恥はかき捨て、と言うのは日本人だけではないようだ。ラーメンは宗教の壁すら崩す魅惑のグローバルフードになったのか?