街を歩く

すすきののパン屋

テレビでよく見る「薄野」の象徴、ニッカウイスキーの看板があるビルは、ススキの交差点の斜向かいから撮っている映像が多い。それをちょっと変化したアングルで撮ってみた。これはビルの西側から煽り気味で撮ったもの。
この撮影ポイントはススキノビルの広告看板が映り込まないのであまり使われないようだ。そのススキノ・ランドマーク交差点に新しくできた商業ビルは人手不足のせいもあり、テナント店舗が一斉に開業せず、何段階に分けてオープンしていたが、ついに全ての空きスペースが埋まったようだ。そこで地下から高層階のシネコンまで順番に眺めてきた。
シネコンは札幌駅の駅ビルにもあるので、札幌都心部はススキノとサツエキの2拠点に映画館ができたことになる。さて、典型的な飲屋街ススキノで昼の商売はうまくいくのだろうか。

そのススキノ新商業ビルからバブルの頃にできた観覧車付きのビルをのぞいてみた。札幌都心部はバブルの後遺症で30年以上ビルの建て替えが止まっていたが、ここ数年一気に古いビルが建て替えられた。メインストリートは一新された感がある。が、薄野界隈は全くと言っていいくらい変わりがない。古いビルが立ち並んでいるし、そのほとんどが築50年を超える。
この光景はバブルの頃どころか、1970年代後半からほとんど変わっていないと思う。

さて、ススキノ新商業ビルの中に札幌でも名が知られたパン屋の新店が開いた。他の店と比べると、並んでいる商品が違う。そもそも、値段が5割ほど高い。店名は同じながら別のコンセプトとして開業したようだ。
この地域特有の客層、夜のご商売に合わせて調整したのかかと思ったが、どうやそうではないらしい。この商業ビルの高層階はシネコンだが、そのもう一段上の階は、そこそこのシティーホテルになっている。そして、そこには大量のインバウンド客が宿泊している。どうもビル全体が、インバウンド対応になっているらしいのだ。中層階にあるフードコートを見てもテナントミックスがどう見ても異様だと思う。北海道らしさ「推し」ではない。ローカル感が薄い。地域の名店は呼び込んでいないようだ。
まあ、フードコートは通常2年も経てば半数は入れ替わるから、実情に合わせて変化していくとは思うが。今は、外国人から見た日本食的な組み合わせとでも言えば良いのだろうか。
当然、地下にある食料品売り場、飲食店も似たような匂いがする。

まあ、それでもPOPは日本語オンリーなのだから、自分の勘繰りすぎかもしれない。しかし、「お濃ーい、ほうじ茶」って、「おーい、〇〇茶」と似すぎていませんかねえ。こうした、ちゃめっ気のあるコピー、嫌いではないが……………
ほうじ茶クリームパンって、どんなあじなんだろうなあ。

食べ物レポート

お気に入りの味噌ラーメン

北の街には行列のできる有名ラーメン店は多い。ただ、観光客が訪れにくいようなところに本店がある店の方がうまいような気がする。それでも、札幌市郊外で実力をつけた店が都心部に出店すると、たちまち行列店になる。地元客に加えて観光客が行列に参戦するからだ。特に市内中心部の店になると、その行列の中にインバウンド客が混じり始める。
この店も昼のピークを外して行ったのだが、20分待ちになった。中には10人ほどの待席も用意されているが、それではピーク時には足りない。そして店内にいる客の半分ほどが日本語を話さない客だった。もはやラーメンは国際観光食らしい。

焦がし味噌ラーメンというのがこの店の売り物なのだが、おそらくこの界隈で一番濃厚な味付けだろう。豚骨スープの味噌味はスープに負けるので上手にできないという話があった。今では笑い話になるような「伝説」だが、要するに作り手側の手抜きだったというわけだ。濃厚スープに負けないように大量に味噌を使う、そして味噌味に負けないバランスのスープをブレンドする。その手間を惜しんでいただけだろう。原材料をけちり技術を磨かないとは、料理人としてどこか間違っていると思うのだが、それがちょっと前までのラーメン屋の常識だった。
現在の人気店では考えられないことだが、原価を高くして客の満足度を上げるのが、ラーメン店には邪道であると考えれれていた節がある。
濃厚なスープと2種のチャーシュー、太めのメンマというのが現代人気ラーメン店の標準仕様のようだが、この店もそれに従っている。あとはおかしなことにスープ少なめというのも最近の流行りのようだ。丼の大きさとスープのバランスが悪いように思えるのだが、穿った見方をすると出来上がったラーメンを運ぶときに、スープがこぼれないようわざと大きめのどんぶりにしているのかもしれない。美観より運用を選んだのだろうか。

ラーメンに白飯は魅力的だが腹が膨れすぎる せめてご飯の量が1/3だったらなあ

一番シンプルなこがし味噌ラーメンを注文したが、それ以外のバリエーションも豊富で、何度か通って見る気にさせる素敵なラーメン屋なのだが、一つだけ課題がある。ランチタイムは小ライス無料というサービスがあるのだが、個人的にはこれだと量が多すぎる。
ライスはいらないと伝えたつもりだが、なぜか提供されてしまった。もう、ラーメンライスが嬉しい歳ではないのだが、久しぶりにラーメンをおかずに白飯を食べる羽目になった。初めの一口二口は良かったが、あとは苦しい。ささやかなお願いとして、無料ライスは希望者が自己申告する仕掛けに変えてもらえないかなあ。
あるいは一口ご飯サービスとか……………

街を歩く

コロナの後始末

立ち食いそば ワンコイン時代は過去のものになったのだな

コロナの絶世期、銀座を歩いても全く人出がなかった頃に、神田から秋葉原まで歩いたことがある。銀座にも人がいないのだから、当然のように神田も、秋葉原も人の気配がなかった。その時期、サラリーマンを主客層にしていた業態はどんどん潰れてしまい、その典型が立ち食い蕎麦屋だった。
チェーン店も随分と閉店したようだが、個人店は店主が高齢になっていたりすると完全閉店になった店が多い。
今の人出が復活した具合を見れば、もう少し頑張れば良かったと思う元店主もいるかもしれない。ただ、人出が戻っても人手不足は変わらないし、原材料の高騰を考え合わせると商売としては難しい時期だろう。
個人的に思うことだが、財務省が目標としていた緩やかなインフレなど夢物語でしかなかった。愚か者の戯言というところか。そんな夢物語は起きず、コロナ収束と歩調を合わせるようにオイルショック期に似た急激なインフレで国民がダメージを受けただけだった。おまけに安倍政権後のボンクラ内閣は過度な円安を放置し、大企業の決算は良くなったが輸入に頼る個人消費物資の暴騰を招くだけ。無能で無様な内閣がよくあれだけ延命できたものだ。
インフレで潤うのは消費税で大儲けする財務省だけだ。個人的には大局感を持てない財務省は解体して、真・財務省でも作った方が良いと思う。

超絶的に大きいかき揚げを久しぶりに食べた ごちそうさまでした

サラリーマン向け外食激戦区である神田で、立ち食いそばのチェーン店に久しぶりに入った。このチェーン店は蕎麦がうまいと思っていたのだが、どうも味が変わっている気がする。蕎麦の原料、蕎麦粉と小麦粉がほぼほぼ輸入商品であり、ここしばらくの円安、それに由来する物価高の影響をもろに受ける。おそらく値上げする前に相当な努力をしたのだと思うが、同時に蕎麦の仕様をいじったのかもしれない。
個人的な舌の感覚なので定かではないが、ここのそばに限らずあちこちの食堂や麺屋で商品の味が変わっているのは間違いない。これもコロナの後遺症だと思うが、財務統計などの政府調査・資料には、こんなことは絶対に書かれることはないのだよね。蕎麦が「高くて不味くなった」など書かれた分析を読んでみたいものだ。

ただ、コロナの後遺症で良くなったこともある。席の間隔が広くなったり、通路幅が広がって歩きやすくなったりしている店も多い。トイレの改装もコロナの頃にはよく行われたようだ。人生万事塞翁が馬ともいう。ビジネスでも悪いことの裏側には良いことがあったりするので、そちらもしっかりと評価しないとねえ。ただし、財務省は対象外だ。

街を歩く

大通公園界隈を歩く

10月も後半になると寒い日があるはずの北の街だが、なぜか上着一枚で歩けるほどの暖かさ?だった。自分の記憶にある季節感とは一ヶ月ほどずれている。体感的に地球温暖化を感じる季節とも言える。もっとも、今では北海道でも夏のエアコンは常識になりつつあるらしい。つまり夏はもっと気温上昇が激しいということだ。
それでも、この時期に半袖で歩いている男女を見るよギョッとするが、どうやら日本人ではないらしい。やはり体感温度は、それぞれの住む国によって違うのだろう。

札幌でいちばんのランドマークだった4丁目プラザ、通称ヨンプラの建て直しが最終段階に入ったようだ。年初は立ち上がってもいなかったはずだが、今では外壁工事に入っていてビルの姿が見えてきた。
以前のビルより階数が増えているようだが、あの怪しい小間割のマイクロ店舗が並ぶ空間は再現されるのだろうか。なんとなく全国チェーンが鮨詰めになった面白くないビルになりそうな気がする。

大通公園南側の繁華街をぐるっと定期巡回をした後で、いつもであればススキに近くにある蕎麦屋に行くのだが、今回は気分を変えて札幌市役所の地下食堂に行った。前回は昔懐かし風のカツカレーを食べたが、今回は定番の醤油ラーメンにしてみた。
トッピングを見ると昭和50年代で時間が止まっているような、昭和チックなものだ。特に赤い渦巻きのナルトとお麩が素敵だ。
食べ始めると、ちょっと伸び気味の麺と化学調味料がガツンとくるスープに感動した。どうも、札幌市役所の中でタイムスリップしたような感覚になる。確かに昭和中期のラーメンはこうだったと感じる。これは北海道天然記念物とか、北海道文化遺産に認定しても良さそうだ。となると、次回は必ず味噌ラーメンを食べてみなければいけない。追加は、もりそばだな。

大通公園周辺はこれまで見逃してきたレトロスポットというか、無関心だった「むかしのままの面白い場所」がまだまだありそうだ。そう言えば、三越の大食堂が改装した後の高級食堂も行ったことがなかったなあ。

食べ物レポート

はじめてのラーメン居酒屋

島原で夕食難民になった。地方都市では平日、火曜とか水曜に飲食店が休みになることが多いようで、この日の島原では営業している店が少なく、どの店も満員だった。いよいよコンビニで弁当でも買うかと思った時、線路の向こうに明るく輝く店を見つけた。
店の前に来て思わず笑ってしまった。ラーメン・居酒屋とはありそうで、なかった業態な気がする。町中華を居酒屋使いすることはたまにあったが、この店ははっきり自分で居酒屋と宣言している。いさぎよい。

店の入り口横にもしっかり書いてある。確かに昼と夜で営業スタイルを変える二毛作店舗はよく見かける。お江戸の蕎麦屋なども昼は食事屋、夜は居酒屋というところが多い。が、蕎麦居酒屋と名乗っているのを見たことはない。大阪の天満にうどん居酒屋があったことは記憶しているが、今でも営業指定いるのだろうか。香川県で讃岐うどんの店は、夜だけ居酒屋になっていることもあるらしい。
だから、ある意味で「ラーメン」居酒屋は新鮮に思える。ひょっとして素晴らしい業態ではないかと期待感が高まってしまった。

店内はほぼ満席状態だった。大人数のグループが二組ほど宴会をしている。大盛況だ。その中に、子供を連れた家族客が普通に食事をしているのが、なんとも場違いに見えてくる。そちら家族客の方がラーメン屋としては普通だとは思うが。
メニューを見ると、町中華系の定番が並んでいるが、一番びっくりしたのは地魚の刺身があることで、なるほど、これは居酒屋だなと改めて感心した。ただ、ラーメン屋で刺身を食べるのはちょっと抵抗がある。
九州ではよく見かける甘酢の鶏皮を注文したら、なんとびっくりするボリュームで登場した。お江戸の居酒屋もこれを見習って欲しいものだ。お江戸スタイルを想像して注文したのだが、これだけで腹が膨れそうな勢いだった。

その後、つまみを追加した後に「ラーメン」を注文した。いわゆる九州系とんこつラーメンだった。よく考えれば、ここは長崎県なので豚骨ラーメンではなく、ちゃんぽん文化圏ではないかという疑問が浮かぶ。
出てきたラーメンを見ると、博多ラーメンに近い。食べてみれば、見た目とは若干異なり博多ラーメンよりあっさり系の豚骨スープだった。福岡県、佐賀県、長崎県の北部九州は食文化的には近しいのだろう。ただラーメンということで言えば、隣県である天草諸島を挟んだ熊本県とはちょっと違うような気もする。地続きと海の向こうの違いかもしれない。

お江戸でラーメン居酒屋、成立しそうな気もするのだけど、なぜか見当たらない。不思議だ。

旅をする

太宰府 国立博物館

太宰府駅前から天満宮までの門前町はとてつもない人出だった。感覚的には歩いている参詣者?の3割が外国人観光客だが、アジア系旅行者は日本人と見分けがつかないものも多いので、もう少し外国人比率は高いかもしれない。
その観光客に大人気(撮影用)だったのが某シアトルコーヒーの店だった。入り口のファサードが確かに異様と言うか前衛的と言うか、マッチ棒細工のような外観だった。入り口脇のテラス席?で高齢者男性が休憩しているのが微妙にミスマッチだった。

今まで気にしたことがなかったのだが、名梅ヶ枝餅は門前町にあるあちこちの店で売っているのだ。行列ができているところもあれば、待たずに買えるところもある。人気に偏りがあるのが不思議だ。
焼きたての餅はハフハフいいながら食べる。気温が高い時には熱々すぎてちょっと食べにくいかもしれないなあ。
たまたま並んだ行列の店で、前の客がとんでもない大量注文をして5分以上待たされた。隣の店では待ち時間なしなのだから、お参りする前から運が悪いとしか言いようがない。しかし、行列の原因はうまいまずいということではなく、たまたま入った大口注文みたいなことかもしれないと納得した。
食べた梅ヶ枝餅は美味かったのだけれどねえ。他の店の餅をハシゴするほどの望月でもないので一軒でおしまいにした。

天満宮に来たのは10年ぶりかもしれない。福岡で仕事があったとしても、時間に余裕がないと太宰府まで来るのはなかなか難しい。福岡中心部からだと一時間もかからないのだが、心理的な距離感がありすぎるのだ。

以前来た時より楼門が鮮やかに見えるが、改修工事をしたのかもしれない。春日大社のような鮮やかな朱色ではなく、かなり落ち着いた色調なのが太宰府っぽさとも思える。古代ヤマトの時代には、太宰府は最大の外交拠点であり貿易拠点でもあり、そして防衛拠点でもあった場所だ。当時であれば左遷の地ということでもないだろうが、平安中期を過ぎれば「都落ち」と言われるように場所になる。
遣唐使をやめるよう進言した本人が、西国にある大陸との中継拠点に飛ばされたのだから、ある意味で意趣返し的な貴族同士の政争だったのかもしれない。流罪であれば隠岐島とか八丈島とか、まさに島流にあったはずだからソフト左遷だったのか。

拝殿の屋根の上に緑のお山ができていた。これは初めて見たが、何かお祭りの意匠なのだろうか。最初見た時は屋根だとわからなかった。なんだかすごい……………

今回の本命は天満宮のお参りではなかった。ずうっと来てみたかった国立博物館にようやく来ることができた。ここで阿修羅王像の期間展示がなされていたことがあり、それを見にきたかったのだ。阿修羅王像は人気者なので、あちこちに貸し出されることも多いし、修復のためなのか展示されなくなることもしばしばだ。貴重な機会だと思って。
この博物館では比較的長期間の展示だったので、なんとか時間をやりくりして見に来たかったのだが果たせなかった。そのあと、奈良の国立博物館で阿修羅王とは会うことができた。東京の博物館では長蛇の列ができる人気ぶりだったから諦めた記憶がある。

阿修羅王はさておき、九州国立博物館はユニークな展示をしていることでも知られている。上野にある博物館と比べるとコンパクトだが、展示のあり方に独特の思想というか考えがあることくらいはわかった。素晴らしい展示だった。
あえて文句を言うとすれば、もう少し説明書きを照らす照明を明るくしてほしい(暗すぎて読めないのは高齢者だけだと思うが)のと、ミュージアムショップはもう少し大きくしても良いかなあ。明らかに外国人向けと思われる商品も多いが、もう少し日本人観光客向けの渋いセンスなものが欲しいと言うのはわがままでしょうか。

ずっとずっと行きたかったところにようやく到着した。人生の宿題として残っている「一度行きたい場所」が一つでも解決できたのは嬉しい。あと残っているのは大物はタージマハールとアイスランドの活火山なのだが、これを見るのはもはや……………望み薄で難しいなあ。

旅をする

島原鉄道の映えスポット

鉄道番組が好きでよく見る。地上波の賑やかしいものよりも、BSのちょっと落ち着いたトーンの番組が好みだ。放映される路線は地方の私鉄が多い。特にコロナの時期は車内撮影を自粛したりしていたので、あまり混雑していないローカル線がよく使われるようだ。
当然、撮影に適したローカル線は全国でも限られているので、同じ私鉄路線をよく見ることになる。東日本で言えば、会津鉄道、わたらせ渓谷鉄道、銚子電鉄、大井川鐵道あたりが常連だ。
西日本になると高知黒潮鉄道とこの島原鉄道がよく目立つ。中国地方は私鉄ではなく日本海と太平洋をつなぐJR西日本の路線が人気筋だ。
その人気路線、島原鉄道にようやく辿り着くことができた。たまたま所用があったおかけだ。島原鉄道に乗るためだけに訪れるには、島原はちょっと遠い。

さて、島原駅のホームに島原高校美術部の大物作品(2m×4mくらい)が掲示されていた。鯉のぼりに乗っている少女という画題もなかなかシュールだが、怪しげなネットゲームや通信キャリアーの広告があるよりよほど良い。ローカル線の良さは、実はこんなところにあると思うのだが。これまでの経験でいうと、駅のホームの広告は地元の比較的大きい病院か地元建設会社が多いように思う。儲かっているところからの冥加金みたいなものだろう。

その島原鉄殿の駅で一番有名なのが、ホームの目の前が海という「大三島」駅だろう。この駅のホームに黄色いハンカチの物干場?がある。どうやら恋の願掛けみたいなことらしい。恋などという柔らかい感情とはすっかり無縁になった身としては、何やらこの黄色いハンカチの大群が眩しい。みているだけで照れ臭くなる。それでも、何組かの女子カップル(男女カップルではない)が降車していた。
晴れていたら絶好の映えスポットだろう。ただ、この駅で一度降りると、次の列車が来るまで一時間待ちになる。願掛けのためには辛抱が必要なのだな。でも、こんな場所で海を見ながら一時間待つというのは、案外楽しい経験かもしれない。まあ、恋は全てを凌駕する価値があるということでありますね。もっと若い時に来てみたかったなあ。

ちなみに黄色いハンカチはホームにあるガチャで購入できるらしい。(未見)

旅をする

通りすがりの長崎ラーメン

乗り継ぎのために降りたのが諫早駅だった。予想していたよりはるかに巨大な駅で驚いたが、ここは長崎新幹線の駅だった。駅構内に大きなポスターが掲げられていて、なんのことか調べてみたらJ2サッカーチームのホームグランドがここにあったのだが、それを新設された長崎スタジアムに移すとのこと。これまでお世話になりましたということらしい。

その大きな駅ビルの中で昼飯を食べようとしたら、驚くほど飲食店が少ない。確かに新幹線駅でも売店くらいしかないところも多い。だから諫早駅だけが不便ということでもないのだが、それにしても駅舎の巨大さと比べて、商業施設部分の不足が目立つ。ようやく一軒の「ラーメン屋」を見つけた。長崎なのにちゃんぽん屋ではなくラーメン屋だと、旅行者としてはちょっとだけ残念な気分になる。。
長崎ラーメンというものらしい。確かに見た目は独特だった。豚骨スープの白濁系とは異なるが、スープの粘度は高い。博多ラーメンの亜種といった感じだろうか。食べてみて、ますますその感が強まった。麺はストレートで固め。これに木耳細切りと高菜を乗せれば、博多ラーメンで通りそうだ。では、長崎ラーメンとは博多ラーメンと何が違う? ちょと不思議だが。答えは見つからない。

サイドアイテムで手羽先唐揚げがあった。串に刺さって一直線に伸びている。これもどこかで見たような気がするが、長崎名物なのだろうか。よくわからないまま、ラーメンを完食し手羽先をたべきった。諫早で通りすがりに入った長崎ラーメン店では、沢山の疑問点が見つかった(笑)

本当に長崎ラーメンとはどういうものなのか知りたいのだが。

旅をする

永遠に断線したままの新幹線?

長崎駅はとてもおしゃれになった

長崎新幹線、正確には西九州新幹線が部分開業してしばらく立った。新幹線が開業すると、ホクホクしながら乗りに行くのが常だったが、今回は流石に遠い。おまけに福岡から直通ではない。長崎から佐賀県の西部、武雄温泉までが新幹線区間で、その先は在来線に乗り継ぎという面倒くささだ。
色々と事情はあるらしいのだが、結局は在来線特急で十分用が足りる佐賀県と、なんとか福岡との時間距離を詰めたい長崎県の温度差にあるらしい。新幹線が通ると従来から利用されている在来線の維持費を地元自治体でも負担させられるようになる。その負担金を超えるメリットがあれば新幹線誘致、メリットがなければ新幹線反対ということになる。
この長崎新幹線の部分開通を他の新幹線で例えてみれば、東北新幹線で仙台と盛岡の間だけ繋がっていないとか、北陸長野新幹線で、長野・富山間が在来線接続みたいな話だ。これは乗客にとって不便だろう。

まつ毛きっちり エクステ?

まあ、そういった事由は色々あるのだが、とりあえず乗ってみようと、旅程では少し遠回りになるが長崎経由で移動をした。先頭車両は最近の高速車両の特徴である鼻先の伸びたものだったが、ライト周りがお化粧されている。なんと、まつ毛か描いてある。なんだか、ふーんという感じがする。
私鉄ローカル線では、けばい化粧をした車両もあるが新幹線は全国どこでもスマートなデザインだと思っていた。これは……………ちょっと予想外だった。

車内は落ち着いたデザインだが、JR九州独特なデザイン感はあまり感じられない。どちらかというと没個性的な東海道新幹線風だ。
新幹線に乗るといつも思うことだが、座席の位置と窓の位置が微妙にずれている。車窓越しの風景を楽しむには、これがなかなか不便だ。最新鋭車両でそれが治っているかと思ったが、相変わらずのずれた窓位置だったのが残念だ。
武雄温泉まではあっという間だった。体感的には東京・新横浜くらいだろう。新幹線区間は在来線特急より時短にはなっているようだが、それが特別にありがたいほどの短縮でもない。

博多には行かないのだけれどね

車体にはかもめと書いてある。博多行きだった。だが、途中下車して乗り継がなければいけない。困った新幹線だが、種々の事情で全線開通は今世紀中頃になるのではないか。リニア新幹線も含め、地元利益誘導型にしない新幹線延伸は、この国で不可能になった。これを地方自治体の横暴と呼ぶのか、それとも新幹線が地方活性の役に立たなくなった時代遅れのしろものなのか。こんな話もいつの間にか有耶無耶になってしまう。個人的には新・新幹線の開業は、高速道路の地方延伸よりも経済効果が低いと思う。新幹線が通ったら観光客が増えるとか、経済波及効果があるなどというのは昭和の幻想だろう。現在の山陽新幹線にある中型駅を見れば簡単にわかることだと思う。
今でも新幹線誘致をしている中国地方日本海側、あるいは札幌からの延伸を望む北海道新幹線次期工事と比べてみても、佐賀県の姿勢は独特なものだ。まあ、生きているうちには博多から長崎まで新幹線で行けるようにはならないだろうなあ。

街を歩く

久留米で朝カレー

久留米に来たのは10年ぶりくらいだろうか。久留米の有名なパンを買おうと熊本出張の帰り道で立ち寄ったことがある。そのパン屋はすでに廃業してしまったようで、ちょっと残念な気分になった久留米再訪だった。

久留米といえば豚骨ラーメン発祥の地だっだはずで、JR駅でもご当地キャラがラーメン推しだった。実はJR久留米駅でおりたのは初めてだった。新幹線も止まる大型駅だが、久留米の中心地はどうやらこちら側ではないらしい。

JR久留米駅からバスで西鉄久留米駅へ向かう。その途中が、いわゆる官庁街、ビジネス街という感じでビルが立ち並んでいた。西鉄久留米駅に近づくに連れて、飲食店や商業施設が増え始める。西鉄駅前は大繁華街だった。
駅前から伸びるアーケードはすこぶる賑やかで、駅周辺を歩きまわった。漏れ聞こえる歩行者の会話に「ああ、異郷に来たなあ」という感じがする。西国の言葉、特に九州の言葉は異郷感を強き感じる。テレビ番組などで聞く九州の言葉は、生まれ育った北の地と全くイントネーションが違う。それを生で聞くと一段と印象が変わる。リアルな言葉はインパクトが強いのだな。

本格的なスパイスカレーで驚いた

その久留米の朝食がカレーだった。確かに朝カレーはありだと思う。朝からスパイスで体が活性化されるのは良いことだ。ただ、これはやはりちょっと意外感がある。本格的なスパイスカレーで、食べた感想は素直に美味いと思ったのだが。
異郷の朝飯という言葉が浮かんできた。九州は憧れの地ではないが、まるでびっくり箱を開けるように楽しい場所だと思う。福岡のような巨大都市ではなく久留米や熊本や鹿児島のような中規模都市ほどびっくり感を楽しめるような気がする。まるで「ひとりケンミンショー」をやっている気分になるのだよね。