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駅麺で思い出した

2024年に念願の砂場そばに行ってきた

BSの旅番組にはなかなかユニークなものが多い。地上波のテビ番組は基本的にギャーギャーうるさいものが多いのは、視聴率稼ぎを若年層、つまりF1層に充てるせいだ。が、このF1層がテレビを見ない。動画はネットで好きなものを拾ってくるので、そもそも動画受像機としてのテレビすら必要としていない。だからF1狙い(20ー30代女性)を狙って作った番組が、全く想定各層に届かないというのが今のテレビ業界の最大課題だと思うのだが、決してそれを改めようとしない不思議な業態だ。
では、今熱心にテレビを見るのは誰かというと、ジジババ層しかいない。ところが、現代のジジババはジーンズとコカコーラを標準装備とした最初の世代なので、時代劇など見ない。見るとすれば90年代のトレンディードラマの高齢者版、シェアハウスで暮らす高齢者グループの日常みたいなものになる。
某国営放送は、意外とこの辺りの対応がよろしいので、報道番組以外のほとんどが高齢者志向の番組編成となっている。いわくローカルニュース重視でバラエティー・エンタメ系も出演者は全て高齢者みたいな感じになる。当然、若者世代にはウケが悪が視聴率は遥かに高い。

ところが、BSになるとこの状況が一気に変わる。BS各局は高齢者にしか興味がない話題に絞り込み、番組スポンサーを高齢者対応の健康食品や健康器具に特化させている。そもそも制作予算も少ないので、自社制作による旧番組の再放送が中心であり、制作するとしても予算がかからない旅番組中心になる。

そんなかなり偏った旅番組の一つが「駅麺」の旅だ。ローカル鉄道の駅周辺で麺料理だけを巡るという、実に濃い番組になっている。登場する麺屋も老舗だけでなく、駅のホームの立ち食い蕎麦屋あり、駅高架下の洋食店あり、なんともユニークな番組だ。一体、誰がこんなコアな番組を見るのだろうと笑ってしまう。いく場所もローカル線すぎて、東京からだと1日皇帝では絶対無理なところばかりなのだ。

そんな麺鉄ファンとして、一度は行ってみたいと思っていた「鳥取駅」の駅蕎麦屋に行ったことがある。西日本では日本海側にそば文化圏が広がっているので、鳥取でも立ち食いうどんではなく、立ち食い蕎麦屋だった。味付けはお江戸;関東風とは違う優しいものだが、ユニークなのはアゴ(飛魚)のちくわが乗っていることだろうか。

麺鉄に登場した店に行くと、はるばる来たぞ感が強くて、実に満足感が高上がりする。なんとかして一度行きたいと思っているのが、北海道石北線、遠軽駅の蕎麦屋だ。ここで蕎麦を食べるために下車すると、次の列車が来るまで約2時間待ちになるはずなので、旭川から行っても日帰りがしんどい。札幌からだとどこかで泊まりになる。いっぱいのそばのために一泊というのは、なんとも贅沢ではないだろうか。

まさに、旅好きジジイの心をざわめかせる番組で、本来のテレビ番組作りとは、こういう具合に使用層をを絞り込んで傑作ができると思うのだがなあ。今ではYouTubeがその役割を果たしているので、やはりテレビ業界は衰退していくしかないのかもしれない。

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AIが作成した画像をみてあれこれ考えた

美人顔というより綺麗かわいい系で、かつハイブリッドな欧亜混血系がAIのお好みなのだろうか

ヒッグス粒子の解説図をAIに作成してもらった時、なぜかよくわからないままライブラリーの中に保存された画像がこちらだ。おそらく画像生成用の依頼文を間違ったままキャンセルしないで作成してしまったのではないかと思うのだが、そもそもそどんんな文章からこれが作成されたのかもわからない。
女侍風でもある。が、歌舞伎に出てくる女形がモデルのようにも見える。背景にある赤提灯も居酒屋のものではないみたいだが、書いてある文字自体が意味不明だし。

IT各社のAI画像作成をあれこれ試してみると、画風というか絵作りにそれぞれ各社の特徴があるのがわかる。個人的にはWordPressのものが一番しっくりとくる。MS社の物はどうも低予算SF映画みたいでいただけない。

AIで作成された画像の著作権などについてもあれこれ議論が起きているようだ。商業利用に関してはまだまだグレーゾーンが多い用でもある。
が、こういうミスで誕生したキャラを再度作り出せなければ、商業利用にも持ち込めないかななどと思った。ツールとしての使い勝手と言えば良いのだろうか。群然の産物を追跡・再現する機能が欲しいものだ。
例えば、完全CGで3Dはモデルの動画を作成するツールみたいなものだろう。世に言われるフェイクニュースは完全合成ではなく、さまざまな個々動画の編集や修正で作るらしいのだが。これをゼロベースで作成するものができれば、映画制作とか俳優の必要性とか、あれこれ激変するのだろうなあ。それを使えば、ボーカロイド初音ミクの完全版ができそうだ。


しかし、どうすれば間違って生まれたもの・キャラを再現できるのだろうか。おそらく製造過程で自分が打ち込んだ文章がサーバーでログになって残っているのではと思うのだが、それを取り出す手段はあるのかなあ。

生成AIをAIで開発させて、それを何代か続けていくとまさに進化した「人工知能」が生まれるのではないかななどと思うのだが、おそらくその最初の用途はいつの時進化した代でも変わらない「エロス」方面になるのだろう。その最初のオプションが、自分好みのイケメン・美人ちゃんを作ろうみたいなものになるはずだと思う。


人の仕事を奪うAIみたいなことが言われているが、これは今の高齢者にITリテラシーが足りないものが多いだけのアレルギー症状だろう。そんな心配をするジジババは、AI社会が実現する前に往生しているはずだ。無用な心配というしかない。
それよりもここから先はAIを使用した若者たちが、AIとの付き合い方を自分たちで作り上げていので、放置しておけば良いのだと思う。スマホが急速に進化したのは、スマホを子供の頃から使った世代が開発に加わるようになってからだ。
ラジオしか知らない世代にテレビ番組が作れなかったように、AIを使いこなす世代からしか次世代のAI社会?を作り出すことはできない。
ジジババはうるさいことを言っていないで、静かに退場していけば良いのだが。それができないのが現代の「幼稚なジジババ」だから、余計にうるさがられるのにねえ。進化したAIにもきっと嫌われてしまうと思うぞ。

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恐竜の話

小学生の頃から恐竜が好きだった。当時の化石復元モデルをモノクロの挿絵で見ては興奮していた。学研の小学生向け雑誌「⚪︎年生の科学」には年に一度、恐竜特集が組まれていたのを覚えている。
以来、大人になっても恐竜の話が好きで、あれこれ科学雑誌の特集号などを買っていた。その継続的な恐竜学習を通じて時代、時代の恐竜の姿の変化を学んできたが、最大の変化は羽が生えたことだろう。1980年代から恐竜のモデルは激変し始めたのだが、その最初が鱗ではなく「羽」が生えているというものだ。つまり、恐竜はワニやトカゲのような爬虫りいの見かけでなく、鳥のように羽毛で覆われているというのだ。これは相当に衝撃的な「リアル」だった。
もう一つは二本足歩行をする恐竜は、ゴジラのように、あるいは襟巻きと影のように直立していないというもので、頭と尻尾を一直線に伸ばしてバランスをとる。横から見るとTの字ような形態になっているというものだ。

あの恐竜映画大作「ジュラシックパーク」シリーズでもサブキャラである小型恐竜ラプチルの走り方が、その新型2本足走行で描かれている。悪役?の大型恐竜もT字タイプで歩行している。

引用画像はNHKスペシャル 完全解剖ティラノサウルス のサイトからです

この手の情報をビジュアル化するのはNHKの独壇場だ。というか民間放送の各局では、この手の科学情報番組を作らないのは視聴率が取れないとの判断なのか、それとも作る能力がないのかは不明だが、せいぜいオカルト映像か、例のあれ系冒険フィクションとか、私は宇宙人に攫われた的な「トンデモ科学」番組くらいのものだろう。
だから年に2ー3作程度放送される恐竜研究の最先端は実に興味深い。特に最近放映のものは、確実に羽毛をまとった恐竜が描かれている。ティラノサウルスの羽毛はライオンのたてがみのように首周りを中心に生えているような描かれ方だ。

引用画像はNHKスペシャル 恐竜超世界 のサイトからです

高速走行をするラプトル系は集団生活をしているという前提で、、ダチョウののような形態で再現されているが、これはまるで某FFシリーズに登場する黄色チョコボとしか見えない。
羽毛の色を探る解析も進んでいるようだが、頭蓋骨の解析から「鳴き声」の再現すら行われている最先端科学技術の華が恐竜学なのだがなあ。

個人的にはNHKのいビジネスモデル、つまり法律で強制的に視聴料金を召し上げるというのは公営事業とは言えずではなく国営事業であり、第二の税金ではないかと思っている。現在の技術をすればスクランブルをかけた有料放送は当たり前に実現できるのに、それをしないのはやはり既得権にしがみつくダーティービジネスでしかないと断じる。
ただし、自分は金を払っても見たいと思う番組が多いので、間違いなく有料であっても払うし、これまでも払ってきた。少なくともCMを見ないで済むだけ、同じく有料なアマプラよりも良心的?かもしれない。
自分の視聴料が恐竜番組に生かされているとすれば、本望というものだ。

話はそれたが、恐竜学で最大の謎がまだ残っている。なぜ、恐竜は体長30mを超えるような巨大化に成功したのかだ。現存する陸上生物で最大のものは象だろうが、象を4匹くらい縦に連ねたよりも大きい恐竜が存在したのだ。

これを今年の特番でやってくれないものだろうかなあ。

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去年の4月はキャンプしていた

去年の3月は恒例の佐山智光山公園キャンプでシーズン員したはずが、なんとそれ以降一度もキャンプすることなく終わってしまった。あれこれ身近で面倒な用事ができてしまい、バタバタと一年が終わってしまった。
頑張れば2-3回くらいはキャンプに行けたとは思うのだが、なんとなく熱くなってきたなとか寒くなってきたなとか、雨が降っているなとか気候のせいにしていた。
今年は心を入れ替えて? せっせとキャンプでの遊びしようと思う。そこで道具の手入れがてら整理してみたら、なんだかいらないキャンプ道具ばかり目立つ。これも断捨離の対象として処分することから始めなくてはならないなあ。

今年使わない道具は、きっともう2度と使わないので年末にはドンと捨ててしまうことにしよう。本はすでにほとんど処分したが、自宅の屋根裏にしまってあったものがあることを思い出したので、これも年内処分。買い集めたDVDも年内にすでに処分する。バックアップ用に揃えたハードディスクも半分は捨てることにした。

今更ながら何もない暮らしが良いなと思い始めて、まず最初にやっつけるのは趣味の世界とはねえ。

とりあえず古いシュラフとマットを次回の粗大ゴミの日に処分します。はい。

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ヒッグス粒子についてAIに相談してみた

ヒッグス粒子をご存知ですか。実は私、素粒子論?が大好きなのです。あれこれ本をとみ漁りまして、素人ながら素粒子のあれこれを楽しんでいます。

ヒッグス龍について、よい感じの説明をネットで見つけたのでご参考までに引用します。  https://higgstan.com/what-is-higgs/
この中の解説イラストがわかりやすいのでご覧ください。。

ヒッグス粒子とは、どうして物質に質量があるのかの説明をするために考えられたものです。宇宙全体に溢れているものらしいです。

ヒッグス粒子のわかりやすい説明を日本語でとAIに頼んだら、こんなのが出てきました。これでは日本語もどきで日本語ではない。これで何が何だかはわかりません。そこで「日本語で」という限定を外したらこんなのが。

なんだかよく話かわからないのでマイクロソフトのAIにお願いしたらこんなの出ました。

やはりよくわからんなあ。AIが進歩したのは確かみたいですが、まだまだ、こんなものですか。

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戦国時代について考えたこと 安土城跡で

織田信長が本能寺で倒れず、戦国時代の日本を統一して終わらせたというIFなお話は多い。織田・豊臣・徳川と続く統一過程で、成り上がり伝説を作った秀吉や忍耐と辛抱で天下を手に入れた家康などはビジネス界でも格好の経営書題材として人気がある。それだけに破天荒な性格で当時の常識をひっくり返して天下布武を行った創造型リーダーの信長に関しては、どうも評判が良くない。
ただ、ここでよく考えなければいけないのは、織田信長の言行を記録したものは少ないことだ。
多くの話のネタ本として使われる信長公記は、徳川時代になってから書かれているものだし、若き日の家康の同盟者である信長は、家康の引き立て役として描かれている。こんなすごい人だった信長さんも、結局は我らの家康公の徳には叶わなかったんだよね、というお話の仕立てだ。
当然、宿敵であった秀吉に対する記録はもっと酷い。歴史は勝者だけが書き記すことができる。だから正史よ言われているものでも、当然ながら攻め滅ぼしてライバルについては悪様に描く。歴史とは歪曲されたものであり、勝者に都合よく、敗者は性格が悪く悪政を敷いたから成敗されたのだという構図を取る。
これは人類が文字を発明して以来、どの地域でもどの時代でも必ず起こる、自己正当化と自我肥大症候群がもらラスものだ。人類普遍のありようなのだ。歴史を書き換える?のはどんな宗教よりも根が深い人の根源的な性だろう。まさに誰もがかかる「俺ってすごいでしょう」症候群なだ。

現代の歴史学者はそう言った正史とされるものの裏を取るため、当時の文字記録として第三者的だった(つまり権力基盤から遠ざかっていた)公家や坊主・神官などの書き残した記録や日記を漁り、つなぎ合わせる作業をしている。
当時の武士の識字率はどれほどであったかは推測しかできないが、成り上がりであればあるほど読み書きが不得手であったと考えられる。武家同士の書簡、手紙の類はお殿様が書記役に欠かせたものだから、多分に文章として装飾が多いようだ。つまり公式文書は、嘘が混じっている可能性が高い。
だが、直筆と思われるものもあり’例えば兄が弟宛に送った手紙など)、あれこれを組み合わせて炙り出しのように歴史事件を探るそうだ。

だから、織田信長が信長公記にあるように暴虐な君主であったかとなると、実は相当に疑わしい。実際にはどういう思考をしていて、どういう治世を敷こうとしていたのかを知る手段は極めて少ない。信長公記をネタ本にあれこれ戦国時代の歴史を語るのは、ある意味でフィクションの片棒を持つようなものだと思う。
これは戦国時代に限らず、古代ヤマト王権成立の時代を描いた古事記や日本書紀にも当てはまる。針小棒大、白髪三千丈の類で満ち溢れていると思った方が正解だ。

戦国時代に関しては、個人的に秀吉が嫌いだという性もあろ、どちらかというと信長贔屓になる。成り上がりの末に狂気に囚われ暴政を恣にした豊臣家が2代目で滅びたのは当たり前という気がする。人たらしでのし上がった秀吉が晩年は恐怖の対象になったのだから、盛者必衰を地で行っただけのことだ。
戦国時代の覇者徳川が善政をしいたかと言われるとそれもどうかなという感じだ。少なくとも、当時の農業先進地帯であった西国武士を抑え込み、京都の政治的影響力を排除するため東国江戸から統治を行うという先進性はあったのは認める。鎌倉時代よりさらに東遷したのは大正解だ。実質的な新首都建設は、その後の西国大名への統治性あっ区と合わせて、それなりに合理的だた。
苦労人だけあって、成り上がり秀吉より強かだ。が、もっと徹底的に西国と京都を弾圧するべきだったのだと思う。
おそらくは時間をかけながら徳川政権5代目あたりで西国を全て徳川直轄地にしてしまうくらいのことはできたはずだし、京都の朝廷と廃する程度の実力はついていたと思うのだがなあ。

もう一度行きたい安土城考古博物館 安土城 1/100の再現モデル

だから、織田信長が生きていたら、日本をどう統治したかはついて想いを馳せる。唐天竺まで攻め入ると言っていたようだが、日本統一が完了すると最大の問題は戦時から平時への経済転換だ。自分の兵隊も含め、戦国大名が抱える兵隊は英和な時代には過剰な負の遺産となる。
その処理は基本的に人員整理しかない経済的な大問題になる。戦国時代、兵隊の給料は、敵の兵隊を叩き潰してその領地を奪い取り、その分を味方に配分するという典型的な略奪経済だから、全国統一後は潰す相手がいなくなり人員の昇格・昇給どころか給与の欠配につながる。
かと言って、兵隊を解雇して野に放てば必ず盗賊化する。暴力しか能力がない集団が生きていくには暴力を資本にするしかない。終戦処理の最大の課題とは、この「兵隊」を穏便に引退させる社会に溶けこませることにある。
おそらく信長は国外進出して派手に戦争を起こし、適当に元の敵であり破れて従ってきた大名ごと処分する気だったのだろう。

その時代には、安土城を天皇家に譲り宗教的権威社に祭り上げる一方で、公家や寺社勢力の排除を進め、朝廷を解散して織田王国を作り、博多あたりに拠点を移していたのだと思うのだ。
戦国時代末期の日本にあった鉄砲総数は、全ヨーロッパにあった鉄砲数を遥かに上回っていたらしい。またスペインやポルトガルの常備軍など戦国大名の率いる兵数と比べても桁桁違いに少ない。大型船さえ作れれば織田日本はユーラシア大陸の半分くらいは制覇できるほどの軍事大国だった。明朝が女真族に滅ぼされるタイミングで大陸での傭兵団になっていた可能性すらある。そのミニチュア版こそ秀吉が起こした半島侵略戦だ。

戦国時代の荒々しい気分を残した織田日本が成立していれば、海外進出は当然のことだっただろう。徳川の統治により平和だが内側に縮んだ江戸期日本は生まれなかったはずだ。

そんな妄想を安土城の下で抱いておりましたのは、2022年の秋のこと。コロナがほぼほぼ終わり旅が解禁された時期のことでありました。

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ホットサンドメーカー ミニ

冷凍たこ焼きの加熱用に使ってみたい

ホットサンドを作る道具は食パンを上下に2枚挟んで役物が一般的だ。ただそれでは量が多いという人のために、パン一枚用のホットサンドメーカーが作られた。それを手に入れたのは3-4年前のことだった。これはキャンプで2度ほど使ったが、どうも使い勝手が良くない。不精をしてパンおをり曲げたまま焼いたがあまりに焼きむらができる。焦げがきついといいところなしだった。
そこで気がついたのは食パンを半分に切って上下に挟めば良いのだということだった。が、それが面倒くさい。どうせ上下にパンを葉様のであれば食パン2枚で良いか、などと怠け者はついつい考えてしまう。

が、この道具をホットサンドメーカーとして考えるのではなく、上下をひっくり返しながら使えるフライパンと考えれば、また違う用途が生まれそうだ。例えば卵焼きを作ってみるとか、ソーセージを焼いてみるとか。ししゃもなどの小魚を焼くにも便利そうな気がしてきた。今年のキャン王は、これをメインにあれこれやってみよかなどと考えている。3月も終われば待望の春キャンプシーズンなのだなあ。

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戦国城郭復活計画 和歌山へ行こう

夏の盛りに訪れた和歌山城 暑さと白までの水戸を登るしんどさが記憶に残る

某国営j放送の歴史大河ドラマが人気のようで様々な歴史考証番組が放映されている。それを見るのはなかなか楽しい。特に現地を訪れた場所が舞台になっていると、ああ、確かにそうだったなあなどと感心することが多い。

戦国時代の華といえば、やはり城郭に限ると思うが、実際に現在見る城のほとんどは消失、あるいは廃城となったものを再建したものだ。席の対戦で焼失した名古屋城などは管理詳細な資料があるので外見だけはかなり忠実に復元されているそうだが、ほとんどの城はかなり願望が入り込んだ復元になっているらしい。
観光資源としては城が「らしく」あれば復元モデルにあまり目くじらを立てる必要もないし、そもそも現代人は実物を見たこともないのだから、城の復元は恐竜の化石から恐竜を想像するようなものと変わりはない。要はモデルが超古代かちょっと前の過去かの違いしかないエンタテイメントでよいではないか。


だからどうせ復元するなら、近代城郭の最高峰の一つである安土城を再建してもらえないかなと思う。安土城博物館?には精緻な復元モデルもあるのだから、あれを実物大で再現してもらいたいものだ。再現の地は、旧安土城で跡地である山の上にしてほしい。
もう一つは徳川時代に建て替えられた大阪城を、旧モデル、つまり豊富時代の大阪城で再現するというものだ。場所は当然、大阪城公園内になる。現在の新・大阪城(徳川版)と豊臣秀吉版大阪城を見比べるようにする。とこれで織豊時代の名城が蘇るが、あと一つ復元してほしい城が残っている。徳川時代の江戸城(千代田城)の再現だ。ただし、これが一番難しそうで、現在の居住者に一時立ち退いてもらわなければならない。流石にこれは恐れ多いという国民も多いだろうし、あれこれ忖度する政治家が多すぎるとは思う。が、再建した江戸城に住んでもらえば良いので、これをなんとかしてくれるのは稀代の政治家となる首相の決断だおるなあ。

家康の最大傑作である江戸城を除いて、徳川時代で御三家の城を考えると、名古屋城は家康が最初に作った傑作城のお下がりだ。水戸藩はとうとう大きな城を持たなかった。紀州和歌山城が戦国時代終了後に完成した、いわば近代城郭の最終形だから、これの巨大版が江戸城みたいなものだろう。最初の江戸城を想像するには和歌山城を見るのが良いと思うのだ。

オリンピックや万博など開催するより、巨大3城復元はよほど社会貢献するビッグ・プロジェクトだと思うのだがなあ。そのためにも、ぜひ和歌山城を見に行ってほしいぞ。

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奈良の話をもう一つ 橿原神宮の周辺

乗り鉄の端くれとして、この駅は全国ベスト10に入れて良い造形美があると思います
全国一宮巡りをした神社オタク?とし、この槇原神宮と熱田神宮が神社世界の2Topsだと思います

奈良県南部は和歌山県まで峻烈な山峰が続く。奈良盆地の地形を考えると飛鳥宮のあったあたりは後背の山並みが自然の防壁となる守りに固い場所だっただろう。古代のヤマト王権としては防衛を重視した拠点い政宮をおいたと想像できる。
古代の建造物は礎石をおかず直接地面に柱を置いたので、20年ほどすると柱の根本が腐ってくる。その度に建て替えが必要となり、その度に政庁を移転した。同じ場所に政庁群を立てることをしなかったから、都があちこちに移っていったらしい。おまけに政庁の立替には夥しい大木が必要だから、大木が周りにある場所が引っ越し先になっていたのではないか。

王権が強くなり豪族連合から王に対する権力集中が進んだじ、つまり奈良時代後期になると防衛拠点という意味合いは薄れ平地の真ん中に都が作られた。平城京は軍事的ににみると全く防衛拠点にはむいていない。
平城京から平安京に移った時は、大陸国家との摩擦が強めり、防衛意識が高まったせいだと聞いたことがある。確かになら盆地の真ん中よりは、内陸部にある京都盆地の方が守りやすいだろう。あわせて、平城京には神社と寺が増えすぎ、反政府勢力が多すぎるということもせんとの理由であったらしい。今の現代日本でも宗教団体はなかなかの政治勢力を持つが、古代から中世にかけては、王権に対抗するほどの政治勢力であり利権集団であった。そのりゆは明らかで、政権中枢部、つまり宮家や有力豪族の後継になれない子供達が、寺や神社の押し込まれたからだ。
言ってみれば権力中枢にいるものたちの身内であり、同族の落ちこぼれ集団とでも言える権力者予備軍でもあった政だろう。

まあ、そんな古代史の裏側というか生臭い権力闘争を思い浮かべながら神社を見て回ると、ちょっと違う世界が見えてくる。そんな想像を広げるには、外国人で溢れきった平安京跡地より平城京ができる前の「なら」を見るのが良いのではないかなあ。 

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奈良のはずれで

この時は、気温が35度を超えていたが境内に入ると涼しく感じる

何年かに一度くる「奈良に行きたい病」が、今年はやってきそうだ。前回行った時はお盆前の日ドック暑い時期で歩くのにも苦労したから、今年は少し凌ぎやすい季節にしたいと思う。5月の連休後が良いかもしれない。

奈良といえば訪れるのが唐招提寺と決まっていた。高校の修学旅行で訪れた神社仏閣は多いが、一際記憶に残ろうのが唐招提寺の屋根のフォルムだった。あれぞ寺院建築の最高峰だと思っている。
ただ歳をとると共に好みも少し変化してきて、朱塗りの神社も良いものだと思うようになった。昔は派手すぎて嫌味だなと思っていたのだが。

ところが奈良にある高校生修学旅行向けの神社仏閣は、実は初心者モードであると気がついたのが40歳過ぎてのことだった。現在の奈良中心部は近代以降の中心地のようで、古代から中世にかけての建造物は奈良南部に多い。ただ、この辺りは地味なものが多いせいか、修学旅行のコースには入らないらしい。

最近のお気に入りは大神神社だが、ここは三輪素麺でも有名だ。一度、三輪素麺を食べてみたいと思いながらいつ行っても長蛇の待ち行列なので諦めている。次回はぜひチャレンジしたい。
それと、法隆寺と橿原神宮も外せない。初夏の奈良盆地南部ツアーが楽しみだなあ。