投稿者: 中田寿夫
千葉の道の駅で思うこと part1
道の駅のスタンプラリーというものが、毎年実施されている。全部スタンプを集めたからなんだと言われればそれまでなのだが、スタンプラリーというものは集めること自体が価値なのだ思うことにしている。(まあ、趣味なんてなんでもそんなものかもしれない)
道の駅という制度自体は、国交省主管で進められているのだが、24時間使用できる駐車場とトイレがあることが要件のようで、かなり緩い基準なのだ。だから、道の駅の標準モデルというのは存在しないようで、東の地平線から西の地平線まで、言ったもの勝ち的なバラバラさである。
強いて言えば、地域の農産物の直売所が設置されている事が多い。それに付随して、地域の食品製造業者、パン屋や米屋、菓子屋なども商品を置いている。そのため、時にはびっくりするほど美味しいパンに出会ったり、地域特産品を使った弁当が売っていたりする。
大手ショッピングモールのセレクトショップばりの雑貨が置いてあったり、お店の半分に米が売っていたり、千差万別、それは楽しい光景だ。
そんな道の駅だが、最新モデルはいろいろと工夫がされている。今回は千葉で見つけた最新バージョンの話。


「道の駅 保田小学校」、この名前を聞いてピンとくる人がいたら素晴らしい。
高速道路館山道のインターから降りたところにある小学校を改造したものらしい。(よく調べていないので・・・らしい) 道の駅といえば地名をつけるのが常套手段だが、ここは学校名だ。「道の駅 ◯◯中学」などは、他にありそうな気がしない。
そして設備は、まさしく二階建ての小学校が変身した感じで、おまけに体育館らしきものは大型販売所になっている。
校庭が駐車場になったのだから、広々として使いやすい。二階には宿泊施設もあるらしい。
一番感動したのは、一つの教室を使って営業中の中華食堂。いいなあ、このネーミング。中では「某テツヤ」先生が、ラーメン食べていそうだ。

少子高齢化が言われる中、都心部でも小学校の廃校は続いている。東京新橋駅すぐそばの小学校も、廃校になったあとコミュニティー施設に転用されている。高知県四万十川には小学校がフィギュア・ミュージアムになっている。
知恵と工夫で廃校すら観光資源になる。なんとなくウキウキする話ではないか。
道の駅を地域活性化の手段として使うのは良いのだが、やはり優れたグランドデザインが重要で、建物の立派さよりも使い道なのだなという気がする。
などと、理由をつけて道の駅巡りは続くのだ。
alexaと遊ぼう
コンテンツ論 アレクサの返事
アマゾン販売のAIスピーカーを使っていると、色々と面白い事にぶち当たる。
音声で指示をすることが、AIスピーカーの特徴なのだが、この「声」に癖がある。自分の声でも、朝と夜では声の高さも音量もちがう。だから、最初の頃はアレクサさんに向けて、いつも気張って声を出していた。よく聞き取れないと、「ごめんなさい。わかりません。」と謝られてしまうので、できるだけ聞き取りやすい発声を心がけたのだが。結局、それは全くの無駄だった。
ある朝、半分寝ぼけたまま低い掠れた声で「アレクサ、おはよう」と言ったのだが、はっきり認識できたらしく、いつも通りの「おはようございます。○月○日は・・・・・」(例えばアルバートアインシュタインの誕生日だとか、銀座で初めてガス灯が灯った日だとか)と説明を始めるのだった。
あれ?声の質は関係ないのかな?
それからは、だいたい小声でボソボソと話しかけてみるが、だいたい聴きとるようだ。なんだが拍子抜けした。どうやら自分の声は大変滑舌が悪く聞き取りにくいようで、いつも地声で話すと、家人に聞こえないと怒られる。それで、ついついアレクサさんにも、テンション上げて話していたのは、全く必要のない努力であったらしい。
アレクサと遊ぼう
という内容のメールが、月に1−2回アマゾンから送られてくる。例えば、しりとりができるとか、クイズを出してみろとか、なんだか小学生が遊ぶような内容なのだ。これはどうもためす気にもならない。大の大人が部屋で、一人で機械に向かってボソボソと話しかけるだけで、随分不気味な光景だ。多分、小学生くらいだったら面白がってやるのだろうけれど。アマゾンにはもっと違うことを教えて欲しいものだ。
自分として面白いのは「89年のレゲエをかけて」とか「J-popのヒット曲をかけて」というと、「アマゾンミュージックのプレイリストから選んでくる。だから、だいたい注文通りに曲がかかるのだ。
アーティスト名を特定して曲をえらばせることもできるので、「スペクトラム、かけて」というと1970年代後半のブラスロックバンドの曲がかかる。このバンドは、今、CDが絶版のはずなので、結構ありがたい機能だ。しかし、宣伝も上手で、「○○の曲かけて」というと、「○○の曲は、アマゾンプライムにはありません。アマゾンミュージックアンリミテッドに入会しますか。」などとのたまうのである。おまけにアレクサで入会するとお安いとまでオススメいただくのだ。
ここは丁寧に、「いいえ、結構です。」と答えると、セールストークは止まる。よしよし、しつこく勧誘されると機械相手に人間様の方が切れてしまうかもしれない。良心的な設計である。などなど、AIと喋るのはなかなか面白いものだ。
アレクサの一番人気のあるアプリは
(アプリのことをスキルというのだが)、ピカチュウが返事をするというもので、例のピカチュー語で色々と遊んでくれる。これを大の大人が楽しむのは、相当勇気がいるというか、誰かに見られたら死ぬほど恥ずかしいではないかとか、色々と思うことはある。きっと、大人ではなく子供が使っているに違いない、いや、そうだ。そう思わなければ、人として・・・・。
ニュースを聞く、天気予報を聞く、音楽を聞く、ラジオを聞く、現時点でのスピーカーとしての機能はこれくらいを使っているが、テレビのCMでやっているように、音声入力指示が可能なものは順次取りこまれていくだろう。ルンバを起動させるとか、エアコンや照明のスイッチを入れたり切ったり、自動給湯器でお風呂にお湯を入れるくらいは楽勝だろう。
そのうち、宅配便のお兄さんとインターホン越しにやり取りをするくらいには賢くなると思う。ひょっとすると留守電がわりになり、インチキなテレホンセールスやふりこめ詐欺の電話を適当に対応し、警察に自動的につなげてしまうとか、悪者撃退するくらいはお手の物ではないか。
独居老人の癒しマシン
としても機能しそうだ。自分が昔ファンだった若い頃の歌手の声で話してくれるとか、(人工的音声に著作権は発生するものだろうか)、山口百恵風のアルトボイスとか、松田聖子風のハイトーンボイスとか、日によって変わる「おニャン子シリーズ」とか、郷ひろみと西城秀樹が一日置きにかわるとか、昭和歌謡全盛期の歌手ボイスが、アマゾンプライム会員限定で手に入る。ありそうなサービスだ。
ちなみに朝日新聞のニュースは人工音声の読み上げだが、TBSはアナウンサーが喋ったものの録音、NHK定時のニュースの録音だが、そのうち初音ミクのニュースとか、エンタメ的なニュース配信(中身は一緒だろうけれどね)も始まる気がする。
現時点で、コミュニケーションが音声だけということは、デメリットにはなっていない。そもそも、誰かにものを頼む時はボディーランゲージを別にすると、一方的に話しているだけ。音声限定指示でも機能的には問題ないのだから。
「アレクサ、○○してよ」という指示命令について、視覚情報は不要だ。
口述筆記という世界
こうして文章を書くときも、今は、スクリーンを眺めキーボードで入力しているわけだが、これも「アレクサ、口述筆記開始」とか「アレクサ、メモ」とかいうだけで、文章作成ができるようになるのは、一年も待たずに実現してしまうのだろう。
実際に、口述筆記を(Siriを使い)やってみたのだが、(野口悠紀雄さんはすでにSiri口述で本まで書いている)、音声認識率は8割くらい、誤変換が同じく2割くらい出るので、現時点での精度は今ひとつ。それでも来年には、ほぼ実用的レベルにまで来るのではないか。大学生の書いたレポートがとの程度精度が高いものかは判断できないが、一年もたてばSiri口述入力もその程度にはなると思う。
個人的には数年以内に家の中全体に、アレクサのマイクが置いてあり、家の中のどこにいてもなんでも頼める環境が出来上がるのだろうと思う。まさしくデジタルバトラー、「私の執事」様が誕生する先駆けこそ、AIスピーカーなのだ。
季節外れの暑い春の日 諏訪市でコーヒーについて考えた
4月だというのに、今日は関東を含め夏日どころか、真夏日の場所もあるらしい。よく晴れた春の終わり、来週からはゴールデンウィークを控え行楽シーズン突入ということらしく、朝から高速道路は渋滞がひどくなりそう。それを嫌って出発したのは早朝4時半。ありがたいことに7時には諏訪についているのだが、お目当ての諏訪大社は社務所が開くのは9時からなので、二時間ほど時間つぶしをしなければ。
諏訪インターを降りて、朝食がてらひと作業と思いロイヤルホストを目指したのが・・・。なんと開店が9時から。確かにロイヤルホストが営業時間を短縮をしているのは知っていたが、それは深夜時間帯のみだと思いこんでいた。朝ごはんが食べられないようになっていたのであります。これは、まあ、仕方がないことも理解できる。やはりよほどの都市部でなければ、朝食需要は限られるだろうし。ということで、二十四時間営業を継続中のマクドナルドにてマックカフェを利用し、朝からラテを飲んでいるのだが。
朝出がけに寄ったセブンイレブンで、100円コーヒーを購入、マクドナルドで150円ラテ。途中の高速道路のパーキングエリアの自動販売機のコーヒーの値段は、この2倍。コーヒーの値段というか相場というか、この数年ですっかり変わってしまった。自販機で買う缶コーヒーより安い入れたてコーヒー。それが全国のコンビニ5万店強、マクドナルド葯2500店で買えるのだ。
スタバのコーヒーに不満が出ているのも頷ける話だ。スタバの提供する「雰囲気たっぷり」付きのコーヒーは、確かに私はスタバのコーヒーを飲むような素敵な人なのよという自己陶酔でもなければ、とても価格と引き合わない。
目隠しでスタバのコーヒーとマクドナルドのコーヒーとセブンイレブンのコーヒーを出されたとき、一体どれくらいの人が明確な差(好みではなく質の差という意味で)を感じ取ることができるのかなあなどと思ってしまう。
経験的にいうことだが、外食産業の陥りやすい罠がここにある。美味しくて良いものを出せば・・・、という考えは個人営業の小さな店にしか当てはまらない。
ビジネスとして食べ物や商売をするのであれば、コスト管理をしっかりして販売価格を下げることに集中すべきだ。価格が下がれば、購入者、利用者の満足度は確実にあがる。(コスパが良くなるから当然だ)
みんなが100円で売っている時に、うちは美味しから200円で売れるはずというのは幻想であり、自己満足でしかないでしょう。相場価格を守った上での品質競争、これをサボってしまうと、あっという間に退場宣告される。
カタカナ・アルファベットで書かれたブランドで、サボっているブランド・企業が多すぎるんだよね。
最初のメッセージ
マーケティングという仕事に首を突っ込んだのは、実に30年近く前のことになります。
物を売る仕組みづくりということが「マーケティング」だと思いながら、あちらこちらにふらふらしつつ、それなりの経験を重ねてきたわけです。成功もあれば失敗もあり(どちらかというと失敗が多かったような気もします)、経験値とそれから導き出した知見と言えるものも幾つかまとめることができました。
仕事に役立つ考え方のヒントになるようなことを書き残せるといいなと思っています。
その知見の中で最大のものは、「ヒントはデスクの上にない」。
その辺りをぼちぼちと書き連ねていくつもりなので、長らくお付き合いいただければ幸いです。