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札幌で 屋外美術館 モエレ沼公園

札幌市の北東にあるモエレ沼公園は、これからの季節に行くのが良いようだ。公園と言っているが、ここは屋外美術館として楽しむ場所だと思う。詳しくは公式ホームページを見てもらうと良いのだが、イサム・ノグチデザインの公園ということだ。

https://moerenumapark.jp

人工の小高い丘?があり、登山もできる。丘の上からは札幌が一望できる。園内は広いので入り口でレンタサイクルのサービスもある。最初はあれって思ったが、借りて正解だった。夏に歩くと相当しんどい。

園内には様々な立体造形仏があるが、これなどまるでUFOの基地ではないか、などと思いながらあちこちを回ってみるのが楽しい。

山登りをしながら美術鑑賞できるというのは、それなりに高尚な体験ではないか。気に入った場所でお弁当を広げて食べるのもアリだし。芝生と木が生えているだけの公園も多いだけに、こうした文化を感ずる場所は貴重だ。
公共交通機関でくるのは時間がかかるが、それでも地下鉄とバスの乗り継ぎで可能。

初夏の札幌を楽しむのは、こんな場所がおすすめだと思うが。

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鉄の鯨

広島県呉、大和ミュージアムの隣に異様な建造物がある。海上自衛隊の広報施設「てつのくじら」館。この潜水艦の中が展示施設になっている。いや、これはじつに大きい。陸上に上がった船としては最大級のような気もする。

中に入ると様々な展示があるのだが、個人的な好みで言うと、この「輪切り」構造が楽しい。あとは、潜水艦司令塔付近の実際とか、乗組員のベッド室が実際に展示されていて、潜水艦生活が垣間見れる。特にトイレが感心するところだった。(撮った写真を確認したが、トイレの写真はなかった。)
でぐり付近の海自グッズ販売は、残園ながらヤマトミューゾアムには敵わないが、海自カレーは楽しい。

JR呉駅の方から歩いてくると、こんな具合に見える。最初に見た瞬間はギョッとするほどの威容だった。呉市民にとっては日常の風景なのだろうけれど、じつにシュールというか現実感を喪失させる光景だ。何だか昔のウルトラQを思い出した。

呉の町は老舗レストランも生き残っているし、美味しいビールを飲めるバーもある。またいきたいものだなあ。

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高原の息抜き

長野県茅野市の山奥に蓼科と呼ばれる一帯がある。大体黄土が1000m前後、夏の気温は北海道程度なので涼みに行くのに良い。ただ山の中野なので観光名所があるかと言うと微妙だ。

それでも青い空を背景に木々の写真を撮る。なかなか爽快の光景ではないかと思う。これが10月になると金色に変化するので、実は同じアングルで夏と秋を比べてみたいと思うのだが、どちらもピーカンの晴れの日が必要なので未だに成功していない。

それでも秋になると見事な光景になる場所が何箇所かあり、お気に入りが「御射鹿池」。
東山魁夷の絵になった場所らしい。最近はいろいろ規制ができたようで、池の横には入れなくなったらしいが、まだ駐車場もない頃に撮った写真の一枚がこれ。場所はなかなか面倒なところにあり、カーナビを使って行くことをお勧めする。

雪が降ると路面凍結もあり危険なので、くれぐれもご注意。

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北海道観光する時に 小樽と狸小路

北海道の古い街といえば、やはり小樽になるのだろう。札幌は官庁が置かれた行政都市。古さでいえば函館だが、あそこは北海道よ言うより津軽の出張所で出先機関の街だった。小樽は本格的な北海道の商都だったのだ。

その小樽駅前にあるアーケド街、人通りもまばらではあるが古くから営業している店も多く残っている。まだ、シャッター街とまではいえない現役商店街だ。
そこにじつに味のある外見の喫茶店があり、小樽に行くと立ち寄ることにしている「光」。中はランプの明かりで薄暗い。写真撮影禁止なので内部の写真はない。実物を味わってもらうしかないが、コーヒーを頼むとついてくるカステラ(北海道式)は甘くて旨い。

札幌では、昭和の初期には街の中心だった狸小路がおすすめだ。最近は中国人や対人観光客に占拠された感もあったが、今では日本人しかいないので、寂れた感もあるが歩きやすい。狸小路は1丁目から10丁目まであるが、おすすめは7丁目あたり。怪しげな店やびっくりするような老舗も生き残っている。ちょっと前まではクラシック喫茶とかビリヤード場のあったが、今は閉店してしまった。だ、その後にはまた新しい店が開いたりもするので、街の新陳代謝は進んでいる。

ススキノで飲むより狸小路7丁目・8丁目の飲み屋の方がユニークな店が多いのでおすすめだ。

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北海道の観光する時に

自粛明けで、旅行をしていよろしいと言っている期限が6月後半、飲食業も観光業もあとほぼ一月お預けを食わされるわけで、まだ潰れる会社も多いだろうなあ。

旅行解禁は(政府が決めることか、と腹が立つ)梅雨入りの時期になるので、北海道旅行をするならその時期が良いと思う。
ただ、人混みの中での観光はあまりよろしくなさそうなので、2箇所おすすめの場所を。

一つ目は羊蹄山、札幌から車で2−3時間で行ける。見所はスキー場があるニセコ方面ではなく、その裏側に回り込んでジャガイモ畑の端っこから見る景色が良いと思う。

二つ目が室蘭の白鳥大橋。これも山川からではなく、道の駅に回り込んで見ると、こんな具合の美しいバランスで見ることができる。
どちらの場所もグルメとはあまり縁がないが、写真「映え」のするスポットなのでおすすめ。レンタカーを借りて札幌からニセコ方面へ、そこから高速道路を使いながら室蘭苫小牧と周れば1日ドライブコース。

朝早くから出発すれば、午後には苫小牧のカレーラーメンにありつけます。

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呉 ヤマトミュージアム

広島県呉にある大和ミュージアムは、この手のものが好きな人には堪らない場所だ。呉はもともとの軍都で、帝国海軍実戦部隊の本拠地だった。(厳密にいうと連合艦隊の根拠地が近かったというべきか)
現在の海上自衛隊の呉地方隊総監部がある。

JR呉駅を降りて案内板の通りに歩くと10分もせずに辿り着ける。大和ミュージアムの観覧車の年齢はじつに幅広く、小学生くらいの子供から、90歳近い高齢者までmそれも男女の偏りは目立たない。おすすめは入り口近くにある売店、ミュージアムショップだが、じつに人気があるようで。普通にはk仏館に行ってもこれほどの賑わいを見せるところは少ないと思う。

さて、大和ミュージアムの目玉は、何といっても戦艦大和のミニチュアなのだが、これをミニチュアと言って良いものか。1/10サイズなので周りをぐるっと歩いても全体像が見えない。全体を見たけれ3階の回廊まで行く必要がある。
戦艦の構造が見たければ、最初に甲板レベルで一周したあと、回廊を上がって上から見下ろすということになる。

上から見るとはっきり分かることだが、船のフォルムというか形がちょっっと違う。軍艦というものは高速性を追求するので艦の幅が狭く縦に長い。たとえは悪いがサンマのような形だ。ところが大和は万高がぼてっと太い。ふぐとまでは言わないが、マグロ的なフォルムだ。これは当時の世界最大の巨砲(その後も大和以上の大口径の艦砲を搭載した戦艦はないはずだが)を搭載したせいで、それでも高速性を出そうと艦首部が細く長く伸びたということだ。現在は大和を超える巨船はたくさんある。クルーズ船のような縦に伸びたホテルを移動させるような船や大型タンカーなどは経済速度で移動するから、シャープな線形はいらない。上から見たら小判型になる。

しかし、よくこんなものを当時の貧乏日本が作ったものだ。国家予算の1割以上かけているのだから、現代で換算すると7−8兆円ということになる。空母化される海自「いずも」が大火改装工事を入れても1兆円はかからない買ったはずで、クルーズ船でも5000億円くらい。いかに大和が金のかかった戦艦だったかということにもなる。

みたいなことを考えながら大和(ミニチュア)の周りを何回も歩き回り写真を撮るのはなかなか楽しい。ところが、大和ミュージアムにはもう一つ目玉があり、隣の部屋?に零式艦上戦闘機62型が展示されている。62型は零式観戦の最終改造型の一種で、その前の52型が最量産モデルだ。現代の航空機開発は10年近い年月がかかるが、当時の開発は年単位。
いかに戦争が関連技術を強引に進化させるものかということが分かる。零式艦戦は昭和12年開発開始して、昭和14年に試作機完成。昭和15年には実戦投入。昭和17年には世界最高保の戦闘機だったが、昭和19年には遥かに時代遅れの劣等機になってしまった。この戦闘機は現在価値に置き換えると一機3−4000万円程度になるらしく、ポルシェより高いがフェラーリより安いといことになる。

ということは、これを10万機揃えても大和より安い。戦艦が時代遅れになるのは、戦闘力よりもコスパだったということがよくお勉強できるヤマトミュージアムなのだ。

https://yamato-museum.com

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空港のラーメン

ようやく自粛解除でめでたしめでたし。旅行ができるのは来月後半らしいが、少なくとも同調圧力の強い日本国で暮らしていると、しばらくはそろりそろりと外出になるのだろうな。

千歳空港のラーメン街も今日から元気になっているはずもないが、多少でも旅行開始の時にご参考になれば。

10軒クリアまとまっているラーメンフードことの中で、残念ながら行列ができる店とできない店はある。知名度の問題なのだ。頻繁に北海道を訪れる人には順番にためして贔屓の店を作ることもできるが、北海道旅行の帰りに最後の一発決めようぜ的な場合、やはりネットの評価とか行列で選ぶことになると思う。自分の場合は今日は味噌とか、醤油でガツンとみたいな決め方なので、逆に行列のできる店は避ける傾向にある。

普通の醤油味が食べたいなというときは、味噌の名店は避ける。えびそばは普通の醤油ではないので避ける。旭川ラーメンはちょっとそそられるが、たまに爆発的に並んでいたりする。そこで、札幌の普通のラーメン店を選ぶとここになる・・・。

麺も普通、スープも普通、メンマも普通。チャーシューがちょっと多い、ありがたしという感じになる。ストイックに何お追加トッピングもしない。観光客向けの一期一会的全部乗せは、ノーサンキューだ。だからお店にとってはあまりよろしくない客になるだろうが、そこは諦めてくれというしかない。北海道でもすっかり豚骨ラーメンが主流になったが、昔ながらの透き通ったスープで醤油ラーメンが食べたくなる時がある。

今日は何を食べようかと迷っていられた世界は実に貴重で幸せだったのだねと思い知らされる今日この頃。新しい性格様式など、個人的には全く気に入らないが(政府の容喙することかと言いたい)人に移すのを避けるという意味でマスクはしっかり装着する。きっとそのうちにマスクをしたままものが食べられるというとんでも発明な新生活様式グッズが出てくるとは思うが。そんなものもノーサンキュー。ラーメン食う時は、1人で壁に向かって食べることにしよう。

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ハワイ雑記その11 おまけのぶつぶつ

ぶつぶつといった感じで書いた個人的なハワイ・オアフ島のあれこれで全く何の役にも立ちそうもない話だという自覚はある。

ただコロナ騒動で家にいろと言われると、昔話でもするか、政府・政治家の悪口を呟くくらいしかない。悪いのはコロナだなどということを言う人たちがテレビにいるが、全然そうは思わない。悪いことがあったときのために高給を払っているのが政治家・議員なのであって、過労死しても当然と思われるくらい、こう言う時には働いてらわないとねとおもうので、当然ながら誰も悪口しか言わない。ほめてやりたいほどのことをしていない。ネットでも、テレビの中でも政府のやり方を褒めるのが少数派なのはしかたがないことだと・・・。

と言うわけで人畜無害なテーマ「永遠の楽園ハワイ」は、心の平安のためによろしいのですね。

楽園ハワイの地では、屋外飲酒が禁止なので、ビーチでビールだのバーベキューだの野蛮な日本人の風習は許されない。だから、ビーチの近くにあるオープンなレストランでハワイ産クラフトビールをやるしかないのだ。ただ、極めて個人的感想で言わせてもらう。ハワイのビールは好みではない。はっきりいってまずい。(個人的感想ですよ)

今では発酵時の温度管理、醸造工程の問題は外気温と関係ないので、ハワイでも美味しいビールができると思うが、多分に人的な問題、ビールマイスターの人材不足だと思うのだ。

まあ、オアフ島でマウイビールを飲むのは、サッポロビールの「サッポロクラシック」北海道限定を東京で飲むようなものだしなあ、などぶつぶつ言いながら、結局たっぷり飲んでしまったなあ。

ちなみにワイキキのトランプタワーの近くにある大人気のクラフトビール屋で飲む各種生ビールは実に旨いのであります。

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ハワイ雑記 その10 空港にて

ホノルル空港のフードコートが随分と立派になっていて、登場前の楽しみが増えた。アメリカ本土西海岸から帰るときはロスアンジェルスからと決めていたのだが、それはANAのゲートがあるターミナルにラーメン屋があったからだ。LA最後のご飯はいつもラーメンとチャーハンという変な習慣があった。

ところがハワイ帰りの時は、どうにもピザやハンバーガーということになる。きっとハワイではサイミン(ハワイ式ラーメンというか、沖縄そばの変化系ではないかと思うのだが)が食べられるせいだろう。
ホノルル空港で搭乗を待つ間に、ぼうっとした時間を過ごすのが好きなのだが、なぜかホノルルでは「あと2−3日居たかったなあ」という気分になる。これが西海岸だと、「やれやれ、やっと帰れる」になるのだが、この違いは一体何なのだろう。原因として考えられるのは、やはり食事で「米」と「麺」が食べられるかどうかの差なのだと思う。

昔は日本語の新聞とか読み物とか活字的禁断症状みたいな理由もあったような気もするが、今ではタブレット持っていけばKindleで新刊すら読み放題だし、世界は本当に便利になった。

ホノルル最後の食事に選んだのは、チーズなしピザだった。ニンニクとトマトソースだけ、という組み合わせは日本で食べるのが意外と難しい。普通のイタリアンレストランではメニューに載っていないことが多い。ピザ専門店では当然置いてあるが、ピザ=チーズという認識の人が多いので、あまり売れ筋ではないと思う。何にでもチーズを入れるのが大好きなアメリカでも少数派でチーズ嫌いがいるらしく、チーズの有る無しでメニュー提供するのもアメリカっぽいと思う。
ちなみにこのチーズなしピザは生地が薄めなのにもかかわらず生焼けという最悪なものだったが、それもまたアメリカと思うことにして完食。しかし、せめてバジルくらい乗せてよと言いたい色気のなさだ。結局この後バーガーキング に行ってチーズなしワッパー をテイクアウトで頼んで搭乗ゲートの前で食べた。ハワイの食事の最後はバーガー、過大なカロリー摂取でフラフラになりながらの帰国だった。

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尾張名古屋は城で持つ? 

名古屋は「名古屋飯」を食べに行くところだと個人的に断定しているのだが、町の真ん中にあるお城も、それはそれで立派なものだ。
先の戦争で焼かれてしまったお城を再建している自治体は多いが、その中でも名古屋城は相当に感動する。やはり金切らしたものは目立ってよろしい。
ただ、名古屋城を写真に撮ろうとすると意外と難しい。場所柄余計なものが映り込みやすい。松本城や地震で崩れる前の熊本城はフォトジェニックでよかったのだが。

それでも名古屋城天守閣前はそれなりに広い場所なので、近寄ってみてもなかなか勇壮な画角がある・

個人的には、天守閣前の鯱鉾(実物大)が実に好みなのだが。これは白の屋根の上に乗せるより、城の周りにずらっと並べておくほうがよほど優美な気もすのだが、要は殿様にしか見せる気がなかった様式美なのだろう。天守閣に上がらないと見えないというのは城の重盛というより、下賤な奴らには見せんぞという殿様の意地悪というか、悪い考え方だったと思う。(まあ、殿様に良い者がいたとも思えないので、悪の象徴として。バッドマンに出てくるビル屋上のアーガイルと同じだ)

そしてお城の横にある殿様の居住館の再現が、実に名古屋っぽくてよろしい。ドエリャーはでえなきんぴかの室内は、おそらく豊臣家もこうであったのだろうなという尾張的な感じがするのだ。そもそも今の名古屋人のしまりや的性格は江戸後期に日本全体が縮退する時代の名残ではないか。尾張松平家が派手な文化で江戸幕府から嫌われたからだと思う。織田時代から続く派手さこそが尾張本来の姿のような気もする。

昔の仕事で付き合いがあった名古屋の社長さんは、ゴルフクラブに番手の数だけ宝石を埋めていた。五番アイアンには石が5個。ピッチングエッジは何個だったか?
いやはや、手渡すのも恐ろしいクラブだったがキャディーさん達は気にしていなかったのか。心の底で、これこそ名古屋のドンと敬っていた。豪放磊落という言葉が似合っていた。名古屋飯好きになったのもこの人のおかげだな。