食べ物レポート

幸楽苑の苦悩?

長らく幸楽苑の株主をしている。最小単位しか持っていないので偉そうな振りはできないが、長期保有株主としては認めてもらえるのではないか。きっかけは先代社長がラーメン業界でのマクドナルドになるという決意を表明していたので、そこに感銘を受けたということだった。

味噌野菜たんめん こってりと半チャーハン

オーナー会社でもあるので、変わり身が早いのは好感を持っていた。ラーメン業界はトレンドの変化が早いので、変わり身は大事なことだと思う。豚骨ベースのスープから魚介だしスープへ、あるいはつけ麺や油そばと言った嗜好の変化など、どのタイミングで取り入れるかは重要な販売技術だと言えるだろう。頑固に自分たちの味にこだわるのも大事だが、200店、300店と多数店舗を展開するチェーン店では、「今、何が売れるのか」はいつも探究すべき経営課題だと思う。

そういった意味で言うと最近の幸楽苑はちょっとブレ気味なのだ。異物混入事件の後に味噌野菜ラーメンで旗印を変えたのはよかった。醤油味の中華そばからのイメージ転換は成功したと思っていた。ところが、その「味噌味」の磨き込みが足りない。(ちょっと辛口な意見だとは思うが)
また、価格をいじりすぎる。単価をあげたいのはわかるが、上方に振りすぎだろう。低価格ラーメンチェーン店を脱却したいのであればやり方が違うような気がする。
サイドアイテムも餃子は改良されたと思う。しかし、チャーハンも含めセットの作り方、価格設定があまりに下手くそだと思ってしまうのだ。

普通の味噌ラーメン 平面的だな

「味噌野菜たんめんこってり」は、野菜が多めに乗っているが、味噌野菜たんめんとは100円差。つまり、こってり味に変更すると100円高くなる。スープで100円差というのはいかがなものかと言いたい。こってりと普通の味噌味を食べ比べてみたが、正直いって「そんな違いがあるかなあ」という気がする。

味噌野菜たんめんと味噌野菜ラーメンの差もよくわからないが、これも100円差。そして味噌ラーメンになると野菜がきえてもう100円安くなる。簡単に書くと
味噌ラーメン +100円=味噌野菜ラーメン
味噌野菜ラーメン +100円=味噌野菜「たんめん」
味噌野菜「たんめん」 +100円=味噌野菜たんめん「こってり」
という構造になる。

おまけに半チャーハンは味噌ラーメンより100円安いという価格設定なのだが、「半」チャーハンなのだ。おまけに普通盛りのチャーハンは販売指定ない(不思議だ)。

なんだか大混乱期だった7−8年前のマクドナルドを思い起こすようだ。コロナ禍の影響で大変な状況にあるとは思うが、ぜひ早く立ち直って欲しいものだ。
個人的には無くなってしまった「㐂伝ラーメン」が大好物だったのだが。あれもブランドとして復活してくれないかと願う今日この頃。

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みよしの

遠い昔はこうした郊外ロードサイド型の店は無かった。地下鉄駅の近くにカウンターだけの小さな店があり、隣にあるのはモスバーガーみたいな感じの場所と言えばいいのだろうか。営業時間も比較的長くて、夜になっても餃子が食べられるというのはありがたかった。ススキノの店では酔っ払いのおじさんたちがお土産を買っていたものだ。(多分、今でもそうだろう)

餃子はテイクアウトが多いと思う

餃子専門店だから餃子定食が当たり前なのだが、なぜか単品のカレーも置いてある。このプレーンなカレーが200円を切る低価格で、確かご飯大盛りが30円+ みたいな設定だったから、当時の学生はこの店を餃子屋ではなくカレー屋として使っていた。ただし、ちょっとリッチな時には餃子3個を乗せた餃子カレーを注文した。カレーの味は、よく言えば普通にうまい、突っ込んで言えば平凡で甘めに仕上がっている。万人受けというか、誰も嫌いと言わない味付けだろう。だから時々無性に食べたくなり、そして、ああ、やっぱりこんな味だったよなと軽く残念に思う不思議な食べ物だ。

餃子の味はカレーに隠されてよくわからない (笑)

そうした昔の貧乏学生たちがすっかりオヤジになりジジイになって、今でもみよしのを訪れているのだが、そんなオヤジや祖父は、今では金もあるのだから餃子W 定食でも頼めば良いのに、相変わらず貧乏に餃子カレーを頼んだりするのが、なんともなくいじましいやら悲しいやら。自分でもその悲しみの餃子カレーを食べながら、そうだ、これでいいのだ、餃子W定食など贅沢だと自己満足に浸る喜びはまた格別なのだが。

ちょっと気になるのは周りにいるのがジジイだらけで、若い衆が見当たらない。大丈夫か、みよしの?

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残念な閉店 ペペサーレ消滅

びっくりドンキーの姉妹店と言うべきなのだろう。北海道で細々と営業を続けていたペペサーレというイタリアンレストランがあった。この時点で最後のペペサーレも閉店してしまっているはずだ。低価格のイタリアンというコンセプトはサイゼリヤと似たようなところがあるが、ペペサーレはもっとイタリアンしていたと思う。サイゼリヤはイタリアン風なファミレスだが、そことはちょっと匂いが違う気がしていた。

閉店すると知って慌てて行ってみたが、コロナの影響でというよりはアレフという会社の事業整理なのだから、やはり商売がうまく行っていなかったのか。おそらくびっくりドンキーの利益構造に追いつくことができなかったのだろう。
料理はレベルが高いので残念なことだ。
パスタを注文したら生パスタに変えられるというので、躊躇いなく変更した。もっちり系の腰の強い生パスタは濃い味のソースによく合う。エビとトマトのトマトのソースは酸味が程よいので生パスタ向きだった。

最後のペペサール 入り口で

この最後のペペサーレは二階がびっくりドンキーなので、閉店後は2フロアー合わせてハンバーグになるのか、それともアレフの新レストランとして改装されるのか興味がある。やはりあまりにも成功しているコンセプトを持つと、それを乗り越えなければ新業態と認められないという苦しい宿命があるのだろうか。自分の経験を思い返せば、確かに「2度目の成功」の基準は高いものになるはずだ。担当者としては泣きたくなるだろう。
外食産業の巨人企業を見渡しても、二番目のコンセプトで成功を収めたのは、スカイラークのバーミヤンくらいだと思うが、そのバーミヤンも今ではスクラップブランドと言っても良いくらい店舗数を減らしている。
二匹目のドジョウを獲るのがどれだけ難しいことか、世の外食企業経営者の皆さんには理解してほしいものだ。

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札幌の Now and Then

札幌の話が続いているが、コロナの影響でネタがないというか、偏っている。

札幌というか北海道というか、北の地の開拓が進んだのは、明治の内乱が終わり(個人的には明治維新という言葉が嫌いなので、西国大乱と呼びたいくらいだが)北方からのロシア侵略に対する防衛という観点で予算が投じられてからだ。それから150年経っている。

札幌ファクトリーの一角にある 爆珠工場跡

北海道開拓は鉄道網の進捗に合わせて進んだので、地方の中心地と道庁が置かれた札幌を結ぶ構造になっている。膨大な開発予算が投入されたので政府役人の汚職は一山いくらで起こっていたし、官民癒着が激しいというのも今の日本と変わりはしない。おまけに、西国政府に内乱で負けた旧幕府側の武家は棄民の如く北海道に移住させられた。(貧乏になって移住するしかなかった)
その北海道開拓の当初を主導したのが、北海道開拓使と呼ばれる行政機関だった。その後継が札幌開拓使で、札幌開拓使直営?施設が、現在のサッポロビールの前身となる麦酒工場だ。
今ではすっかり観光施設だが、当時は最新鋭の西洋文化の移入施設だったはずだ。しかし、明治の初期にビールを飲むものが一体どれくらいいたのかと突っ込みたいくらいだが、何事も最初はそうだろう。おそらく西洋で当たり前に飲まれているビールなるものを製造しなければバカにされてしまうというコンプレックスが動機だったか、お雇いできていた米国人に「俺はビールを飲まなければ働かないぞ」と脅されびっくりして作り始めたみたいな顛末なのではないか。

札幌駅ビルの一隅

そして150年経った現在では、札幌駅の周りは実に現代の気配が漂う。昼間に見れば駅前地下街の明かり取りにしか用がないとも思うガラスタワーだが、夜になればそれなりに美しいオブジェだ。厳寒期にさすがに見当たらないが、気候が良くなる季節にはこのガラスタワーでカップルが並んで座っていたり、なかなかおしゃれな待ち合わせスポット的に見える。テレビ番組のインタビューが行われるのはここか、大通り4丁目の交差点辺りなので、現代サッポロのランドマークと言える。

150年経ってすっかり北海道民意識は形成されたのだと思うが、当初はかなり複雑な状況が入り乱れる貧乏人と逃亡者と犯罪者の雑居地だったことを忘れてはいけない。いまだに本州を内地と呼ぶ人も多いが、「内地」という言葉に秘められた望郷と怨念は歴史的事実だと思うのだが。
個人的には、人口が500万人もいるのだから日本から独立して「蝦夷共和国」でも建国すれば良いと思うが。デンマークが同じくらいの人口で立派に独立国家(王国)していますねえ。

街を歩く

コロナの惨禍 日高屋でさえ・・・

首都圏で日高屋といえば低価格のラーメン・中華料理店のチェーンとして知られている。味はそこそこ、値段はお安い、サラリーマンや学生の味方のような店だ。(味はそこそこというのは個人的な感想だが、確か社長もそんなことを言っていたはずだ)

満腹になるキムチチャーハン これに大盛りはいらないと思うが・・・

日高屋での最近のお気に入りは「キムチ炒飯」で、これが実に好物なのだが、人と会う時は避けるべき食べ物で、食べるタイミングが難しい。日高屋のキムチはあまり好みではないのだが、これがキムチチャーハンになるとどうしてこんなに旨くなるのか実に不思議だ。
だいたい日高屋のキャンペーン商品は当たり外れのブレ幅が大きくて(個人的感想です)、それでもついつい食べてしまうのは、このブランドの持つ不思議な魅力、たまには大当たりする新メニューが楽しみだからだ。

怖いもの見たさな弁当ラインナップ なんだか凄いぞ

その大衆路線でいつも繁盛している日高屋が、なんとテイクアウトをしなければならないほど商売が苦しいのだと、店頭で思い知らされた。各種弁当がズラりと並んでいるが、生姜焼き弁当は理解の範疇にある。唐揚げ弁当は定番と言って良いだろう。しかし、ニラレバ弁当とは、なんと常識のはるか上を行く。日高屋支持者からすれば当たり前なのかなあなどと思いもするが、持って帰ってどこで食べるのだろうとか、食べ終わった後で容器は洗わないと匂いがすごいのではないかと余計なことをたくさん考えてしまった。

確かにラーメン専門店だったら難しいテイクアウトも、日高屋だったらこなせるのだ。頑張って、このコロナ・アタックの時代を乗り越えてまた元気なおじさん食堂に戻って欲しい。個人的には日高屋でイカの唐揚げを肴にホッピー飲むのが好きなのだ。

がんばれ、日高屋。

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琴平にて

四国に行ったら金毘羅参りと思い続けて20年以上たった。その割に金毘羅さんがどこにあるかも調べていないのだからいい加減なものだ。ネットで調べてみると高松から電車で行けることがわかった。仕事の旅で1日寄り道をすればいけそうだと思ったが、なかなかその暇が取れないみたいな時間が何年か。ようやく日程調整をして、金毘羅様参り行けたのが4年前だった。

高松発の電車に乗りのんびりと鉄道旅を楽しんだが、生憎の雨降りで、それでも駅を降りたら雨は止んでいた。雨の中、あの参道の階段を登るのは実に危険で、自殺行為だなと気がついたのは一年以上経ってからだ。
電車の駅から参道に向かう途中にあるのが「うどん学校」。お参りに来る人が、うどん打ち体験をするらしい。確かに、この辺りで一泊するつもりであればうどんを打つくらいの時間はあるだろう。讃岐で自前のうどんを食べるというのは得難い経験だと思うが、やはりプロが作ったうどんの方がうまいのではないかと頭を悩ませつつ通り過ぎた。

金毘羅宮は海の神様なので、あちこちに船の奉納物があり、漁船だと大漁旗が定番ということなのだろう。その中で一際異彩を放っていたのが、この黄金のスクリュー。当然、本物を寄進したら船が動けなくなるので、レプリカというか模造品だと思うが、それにしてもこんな大きなものをどうやって参道から持ち上げてきたのだろう。そもそも参道は人しか通れない。参道から離れたところに金毘羅宮まで通じる通用道路があり、そこはお宮まで車で上がれるらしいのだが、それで運んだにしても最後は人力で移動させたはずだ。なんだか信仰にかける熱意というか、金毘羅さんへの絶大な信頼感のなせる技なのだろう。敬意を表すしかない。

死に体になりながら本宮までたどり着いたのだが(足の弱い人がカゴを頼むという意味が身に染みて理解できた)、そこから見晴らす瀬戸内海の光景は確かに素晴らしいものだった。何百年も前からこの場所で海を見る参拝客たちがいたのだと思うと、何やら久しぶりに感慨深いもの見た思いがする。その後すぐに、あの長い階段を降りていくときに足腰は持つのだろうかという不安に襲われた。予想通り行きも辛いが帰りも辛いを実践することになった。
結果的に翌日には直立歩行に著しい困難を感じる「人類以前の存在」になってしまった。金毘羅宮は祟る神なのかと自分の体力不足を棚に上げてぶつぶつ言いたくなった。だから、バチが当たったのだな。

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高知でランチをするならば

高知市は人口32万人で、県庁所在地としては中堅どころの街だと思う。国公立の大学があり、百貨店があり、中心部の繁華街はアーケードになっているみたいな感じの町が県庁所在地だろう。ローカルテレビ局や地方新聞があり、県内の情報が集中し発信される。首都圏や近畿圏とはちょっと異なる「街の匂い」的なものが濃厚なのだ。

見た目はレストラン

高知は人口に比して飲み屋が多い町だという感じがしているが、その繁華街からちょっと離れたところにある料亭で食べるランチが最高だと常々思っている。繁華街には土佐料理の名店も多いが、どちらかというと夜の需要向けなのだろう、ランチとしてはお値段がはる。ローカル民限定御用達みたいな店もあるが、そこは敷居が高い。(昼からおっちゃんたちがカウンターでグビグビと酒を飲んでいる横で食べるオムライスは最高なのだが)

料亭の「職人が作ったランチ」は見た目も美しいが、旬の魚や野菜が盛り込まれ、おまけにコストパフォーマンスが抜群に良い。平日はビジネスランチで使われることも多いような気がするが、あまり混雑した日に当たったこともないので、のんびりとソロランチを楽しめる。
夜に来るといわゆる芸妓さんと御座敷遊びもできるようなのだが、料理を楽しむのであればランチで十分。カツオが食べたかったり、靭が食べたかったりするときは追加で注文しても良いし、今日は帰って寝るだけ的な休日であれば、昼から土佐の銘酒を楽しんでも良いだろう。

そういえば、高知で鮨屋に入った記憶がない。カツオだけで満足してしまうせいだろうか。ただ、高知は田舎寿司という超名物があるからかもしれない。昼に田舎寿司を食べると鮨屋に行く気にならないということか。

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津軽のうまいもの

青森に行きびっくりしたのは、北海道と同じものが、例えばホッケだったり、筋子だったりが食べられることだったが、これはおバカな間違い。津軽で食べられていたものが、北海道に渡った津軽人集落で食べられていただけで、北海道の食べ物のルーツは青森を中心とする東北一帯から。そして、当時の主交通路である日本海航路にある諸地方だったということ。北海道中心主義に陥っているだけだ。東北北部と北海道南部は漁場がほぼ同一地域であり、当たり前に獲れる魚が一緒なので、当然魚屋に並ぶ魚も一緒になる。

かまどで炊いた飯はさぞかしうまいことだろう

青森の中心部の商業地区を歩くと、なかなか楽しいお店が並んでいるが、その中で米屋を見つけた。大かまど飯とはなんと魅力的な響きだろう。炊き立ての白飯をいかの塩辛と筋子でかきこむイメージが止まらない。塩分過多は承知の上で、プリン体多いぞと危惧しながら、糖質だけの食事はどうよという心の声などねじ伏せ、「あー、白飯うまい。日本人に生まれてよかった」的な感動をしてみたい。町歩きの妄想は実に楽しい。

二階に登る階段には舞の海様がお待ち

津軽平野を西の果てまで行き着くと鯵ヶ沢という町にたどり着く。そのちょっと先にある深浦という町では、雪の下に埋もれた人参が冬の間に糖度を増すという名物農産物があり、一度雪に埋もれた人参を掘りに来ないかと誘われたことがある。かなり高い確率で地吹雪が吹く津軽の冬に恐れをなして、未だに行っていない。

鯵ヶ沢は「舞の海」の出身地で、相撲記念館があるが、その下が市場になっている。お目当ては「ヒラメのヅケ丼」だった。なぜヒラメが有名なのかは忘れてしまったが、よく脂の乗ったヒラメの丼は「白飯ガツガツ系」の典型で、食べ終わるとため息が出る満足ぶりだった。マグロを名物にするところは多いが、ヒラメをこれだけたっぷり食べるところは記憶にない。

ヒラメたっぷり。おばちゃんの愛嬌はさっぱりなかったが・・・。

店頭にいる頭にヒラメを乗せた丼キャラは、良い出来だと思うが、実はこの市場の最強キャラは舞の海でもなく、ヒラメのヅケ丼でもなく、あのブサイクなワンコだった。等身大の?写真パネルもあったが、確かにブサイクなと言われればそんな気もする愛嬌ワンコの写真には和んでしまうものがある。

ヅケ丼の横になぜコーヒー?不思議だ。

津軽のうまいものは、やはり米。そして地元の海産物と一緒に食す。幸せな気持ちになるのは間違いない。
青森駅前のホタテフライが食べられる食堂もよかったなあ。

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函館でうまいもの

函館から車で2時間はかからないと思う「森町」は、この看板の通りに「いかめし」発祥の地だと言うことは知っていた。JR森駅の前にある本家本元のイカめし屋に行ってイカ飯を食べようと思ったが、時間が遅くなってしまい断念した。悔しいので看板の写真を撮ったのだが。

北海道には港町が多い。小樽や釧路と並び函館は観光名所として有名だが、当然海産物を楽しむ街としても知られている。小樽の鮨屋通りや釧路の和商市場の勝手丼が観光客向けには馴染み深いものがある。地元民が使うかと言うとちょっと疑問だが。函館といえば、駅前朝市の海鮮丼が定番という気もするが、実は小体な居酒屋に入って、その時にとれたものを食べると言う楽しみもある。

そんな函館の居酒屋でぶち当たったと言うべきなのがこれで、お通しが紫ウニ一つ丸々と言う感激体験。お通しですと言って出てきた時には「???」となった。北海道のウニといえば、このトゲトゲの激しい紫ウニとトゲトゲの小さい馬糞ウニの2種になる。好みにも寄るのだろうが、甘みとねっとりさでは馬糞ウニ、味の強さ鮮やかさでは紫ウニと言う感じだろうか。気の利いた居酒屋ではウニ2種セットなどがあったりする。

サバといえば日本中あちこちに名所があるが、九州あたりの高価なものと違い北海道のサバは比較的大衆値段だと思う。そして、港町では鮮度が良いせいか、自家製しめ鯖をだす店が多い。最近すっかり有名になってしまったアニサキスだが、日本海側のサバは種類が違うらしく被害度が小さいようだ。北海道でも太平洋側のサバはどうなっているのかは知らないが。

自家製しめ鯖は塩加減と酢の締め具合が命だが、函館ではどこの居酒屋でも上手に加工してくれているような気がする。イカ刺しと合わせてぜひ食したい。北海道ローカルの回転寿司では自家製しめ鯖を出すところもあり、実は北海道は隠れたサバ名所ではないかと思っている。

函館でサバを食うと言うのもいささか乙というものだ。

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松本で洋食屋

松本の町には川の流れに沿った中町と言うおしゃれな一角があり、そこには蕎麦屋や喫茶店、小洒落たカフェや焼き鳥屋などが混在する実に楽しい空間だ。
そこにある洋食屋がたいへん好みなのだが、残念なことに週末は待ち時間が長くてなかなか入れない。外見を見ると昔風の喫茶店みたいな感じがするが、中はシックなレストランで、二階席もある。

店外に書いてあるメニューが実に好ましいい。オムライスとナポリタンにハンバーグで「大人の洋食セット」となっているが、これは下に書かれているお子様ランチに対抗したメニューではないか? つまり、「大人様」ランチなのだと個人的に解釈していて、注文するならこれだと思う。

コロナ自粛で県境を閉ざした感のある長野県だが、広域移動可能となればまた訪れてみたい町が松本。しかし、まだまだ県外ナンバーはいじめられそうな気もするのも確かだ。JRで行ってお散歩するのが良いのかもしれない。

JR松本駅から松本城に向かう途中。お城を見た後帰りにぶらぶらするのが良いかもしれない。