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悲別 かなしべつ という街のこと

昔のテレビ番組で使われていた建物が今でも残されている。北の国からに代表される倉本聰氏の一連の北海道を舞台にした物語の一つだ。

北海道中央部、石狩平野の北の端から帯広に抜けていく国道沿いに炭鉱町が広がっていた。砂川、滝川、赤平、芦別と旧財閥系の炭鉱が立ち並んでいて、一時期は人口も多く経済的に潤っていた町だった。今は炭鉱閉山後の過疎化した田舎町群になっている。

その炭鉱都市の中で国道からちょっと外れた場所にある歌志内市、日本一人口の少ない「市」で今年の5月末では3000人ほど。限界集落に近いような「市」だ。その町にあるロマン座は、今では観光客が訪れる観光地?なのだが。炭鉱町の全盛時代には、町にいくつも映画館があったという。

倉本作品には富良野を舞台とするものが多いが、富良野の町は観光も含め各種産業が発展していて、いわゆる「裕福」な町だ。世界的人気のスキー場と田園風景が売り物の観光産業は北海道でも有数だろう。その富良野の街から車で1時間も走れば、過疎化する旧炭鉱町に着くのだが、そこはまるで違う世界で。

先の戦争の後、炭鉱町で起きた街の急速な興亡は北海道だけではなく、福島や北九州でも起こったことだ。長崎の軍艦島も同じことが起きた。一つの産業に過剰に寄り掛かったまちづくりがもたらす災害とでも言うべきなのか。

この場所を訪れるとそんなこと思う。

札幌からだと、高速道路を使って1時間半程度。公共交通機関はJRで函館本線を滝川まで移動し、根室線に乗り換え、そのあとはバス?になると思うが、接続を確認する必要がある。旅行者には交通難所だ。

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盛岡は「好きな街」なのだ

盛岡という町が、けっこうお気に入りで自分で思っていたい以上に訪れている。盛岡名物といえば南部鉄器と三大麺(わんこそば、冷麺、じゃーじゃー麺)というところだが、実は日本酒もうまい。

最近、盛岡に行くと必ず寄る店がある。ネットで調べてみると仙台の会社がやっているらしいのだが、東北のあちこちにある「この店に行ったら一軒で県のご馳走が食べられる」というコンセプト居酒屋だ。
盛岡では南部藩長屋酒場となっている。

青森、秋田、山形、仙台の支店?も全制覇したが盛岡が一番良いと思いう。真ん中に囲炉裏がありな魚を炙っているのがなかなか楽しい。

なぜか隣の席にカッパがいたりする。このカッパは動作がとても緩慢なので、お酒を一緒に飲むのは無理だが。きゅうりでも分けてあげると喜ばれるのでは。

町歩きをしていて看板を撮るのが趣味のようになっているが、盛岡で見つけた(実は夜に見つけて次の日の朝に取り直しに行った)ラーメン屋。店に入る時間がなくて残念だった。次回行った時にはぜひ試食したいものだが。

しかし、何がもっこりなのか謎だなあ。

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ドラゴンロードと言いたいのだが

北海道の道の駅を回って歩いた時の写真。北海道人にしかわからん北海道内の地域名に昔の支庁という単位がある。今は道政改革ということで支庁ではなく「振興局」とか言っているようだが、それもなんだかね。

北海道の面積は日本の国土の約1/4で、人口は500万人ちょっと。東北6県を合わせた地域とほぼ同程度。つまり、北海道内には県庁所在地が6個あってもおかしくない。交通や通信が格段に遅れていた昔は、北海道庁の出先機関として支庁が置かれていたのも無理はない。ちなみに県庁所在地規模の都市としては旭川と帯広があり、次いで函館と釧路がある。この都市には空港がある。同一地方自治体間で航空便があるのは、離島便を除くと北海道くらいではないか。

現在の道庁がある札幌周辺は石狩と呼ばれる地域で、周辺は小樽界隈の後志(シリベシ)と札幌東部の農村を中心にした空知(ソラチ)、苫小牧から室蘭にあたる西部太平洋岸が胆振(イブリ)と言われる。

その空知地域で札幌から北上すると北海道一の米どころにつきあたる。昔は散々な言われようだった北海道米だが、今は食味検査で何度も優勝するほどの「うまい米」の産地だ。
そこに「北竜町」と「雨竜町」という町名に竜のつく町が二つある。

ノースドラゴンとレインドラゴン、なんだかファンタジーに出てくる守護竜みたいな響きだが、れっきとした大農業地域だ。北竜町の道の駅は入場門で竜二頭にお出迎えされる立派な施設だった。温泉・宿泊施設有りだから道の駅という規模を大きく超えている。このツインドラゴンが、どうもチャイナの伝説に出てくる龍と、西洋のナンバーワンモンスター「ドラゴン」の折衷案的なデザインというか造形で、ちょっと面白味がある。

そして北竜町から南に降ると雨竜町の道の駅があるのだが、ここは残念ながら「ドラゴン」は無し。美味しい雨竜米と暑寒別メロンが手に入るのは嬉しいがドラゴン出てこいよ・・・・。食堂もなかなかうまいので、ドライバーには人気らしい。

この二つの街を繋ぐ国道275号線をドラゴンロードと呼んで、道沿いにたっぷりとドラゴンオブジェ並べるというのはどうだろう。場所だけはたっぷりあるので、楽しいと思うのだが。

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松本あたりの蕎麦屋で

信州松本、きれいな街だと思う。松本城の美しさもあるが、信州の盆地特有の高く連なる山々と空の対比が好きなのだ。とくに、秋が深まりもう少しで冬というあたりが、一番良い季節のような気がする。そして、それは蕎麦の季節だ。

蕎麦の名所は日本中にたくさんあるが、蕎麦名人の店?と肩肘張らなくてもうまい蕎麦を食わせてくれる蕎麦屋は、長野県に多いような気がしている。そんなうまい蕎麦屋のお気に入りの一軒が松本市の隣町にある。幹線から外れた農地の中の住宅地の一角でひっそりと営業しているようだが、駐車場は台数も多く、週末には混雑していることだろう。

いわゆる民家レストランなのだが、縁側がある広々とした室内で蕎麦を食べると、まるで親戚の家に来ているような気がする。そして、蕎麦は盛り蕎麦に限る。海苔をかけたいという誘惑には負けず、薬味と蕎麦つゆを楽しむ。本山葵のほんのりとした辛味が良い。これもそばつゆに混ぜるのではなく、蕎麦の上に少しずつ乗せて食べる。
ただし、自分流のお作法というか決まり事で、まず最初にそばつゆにつけず蕎麦を啜る。会津の山都で覚えた水蕎麦の食べ方を真似してみる。都会の街中の蕎麦屋ではやらないが、田舎の手打ちそばならではの楽しみ方だ。

蕎麦を堪能したら信州名物のお土産探しをしてみるのも良い。七味唐辛子などはそばに合いそうだが、目についたのが漢方薬。なんだか名前からしてすごく効き目がありそうな・・・。

食べ過ぎに良いらしいので、蕎麦を食べ過ぎた時にでもと思ったが、落語の「そば清」になってしまいそうで。

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熊本城のうつくしさ

熊本城が地震で被害を受ける前に撮った写真だが、なかなかの雄姿だ。

アングルを変えてもう一枚撮ったが、どちらにしても今は再建工事が終わるまではみられないお城の姿だ。

天守閣に登城する前にドローン撮映禁止という標識があって、こんなところでドローン飛ばして何をするのだろうかと思ったものだが、最近のドローン空撮全盛時代を迎えてみると、確かにドローンで撮影したくなる気持ちがよくわかる。地面に張り付いた視点から、鳥の目になることはとてつもない変化だったのだ。
確かに、お城の周りを優雅に周回しながら高度を変えた映像は見てみたい。

夕日があたっている時間だった

熊本城が再建されたらまた一度行ってみたいと思うが、その時にはぜひ立ち寄りたい居酒屋がある。熊本市内には居酒屋選手権チャンピオンの名店が何店もあり、素晴らしい(ビジュアルあふれる)料理を手頃な価格で楽しませてくれる。

フォトジェニックな刺し盛り ゴージャスだ

天草産の魚もうまいし、熊本は旅先に選んで決して後悔しない町だ。

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看板のセンス  盛岡の街で

盛岡というまちは、けっこうお気に入りの町だ。函館まで新幹線が延伸している時代だが、ほんのちょっと前まで(個人的感想です)は、盛岡が終点だった。つまり、北の果ての街だった。典型的な江戸時代からの城下町なのだろう、鉄道の駅からお城は遠い。歩いて歩けない距離ではないのだが。
盛岡駅から川を越えてお城の下まで行くと城下町、繁華街に突き当たる。

美しい名前だともう 映画館通り 

20世期文明で最大の娯楽は映画産業だったのは間違いない。だから、盛岡の街にも多くの映画館があったのだねと言う名残がこのバス停だろう。映画館通りにどれだけの映画館があったのか想像するのも楽しいが、当時の若いカップルにとっては「マストアイテム」的なスポットだったのだろう。確か出張に来た時に、1人での夕食の後、この辺りで映画を見た記憶がある。怪獣映画だったか超人映画だったか。ソロ出張には映画館は大切だ。そう言えばスターウォーズも半分以上は出張旅先のローカル映画館で見た。映画館通りから外れた場所に盛岡の繁華街というか飲み屋街があり、路地の照明が意外と暗いので夜歩くとちょっと惹かれる場所だ。そこにある居酒屋が提灯満載の店頭でお出迎えしてくれる。この店はとうとう入らないままにしてしまったが、次に行った時は必ず行きたい店だ。

そして、超有名な大阪心斎橋界隈のカニやらタコやら親父やらの立体看板に負けない「牛」看板。確かに前沢牛は絶品だから、盛岡で牛を食うのは意義がある。個人的にはもう少し古びた、おじさんとおばさんがやっている昔ながらの焼肉屋でホルモンとハラミあたりが食べたいなと思うが。

牛食べたい

当然ながら締めは盛岡冷麺で。

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看板のセンス? 金沢にて見つけたもの

金沢に仕事でよく行っていた頃は全く知らなかった食べ物が「カニ面」だった。テレビ番組で知ったのが何年か前で、ちょっと悔しくなった。ちなみにカニ面とはカニの甲羅に蟹肉を詰め込んだおでんの具。カニ甲羅揚げという最近世界から消えつつある料理のおでん版みたいなものだと思っている。

夏に金沢に遊びに行った時に、とある居酒屋で見つけたお知らせに感心した。いったいどれだけの観光客が「カニ面」求めてきているのかがよくわかる。断るのにも疲れてしまったのだね。もう一つおまけに気になるのは、その横にある「夏だ!ドテ焼」で、これは名古屋のどて焼きと同じものか。ぜひ食べてみたいのだが、冬にカニ面食べにいた時にどて焼きは食べられるのか、そこが心配で仕方がない。

金沢で居酒屋の名店「いたる」はよく行った。当時は本店しかなく、賑やかな店だったが予約が取れないほどではなかった。今は、予約の取れない超繁盛店らしい。そこで予約が取れた支店に行くことにした。

カウンター席で旨いものを食べ、旨い酒を飲み満足したが、確かに金沢らしいものを食べたという記憶がない。金沢名物と言えば「カレー」と刷り込まれてしまったいるのだ。

いかんなあと反省。金沢では鮨屋に行くのが正解なのだが、すっかり忘れていた。それでも当時通っていたショットバーは健在で、馴染みの店がありがたい。

金沢は町歩きに良い町だ。ただし、夏は暑すぎるので要注意。

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看板のセンス 小樽編

個人的な意見であるが、北海道人はユーモアの量が足りないと思う。風土的な問題(冬が寒く家に閉じこもりがち)は、北部東北も同じだが、おそらく最大の原因は150年ほど前に集まってきた戊辰戦争敗軍集団が新明治政府派遣の官僚にいじめられたせいだと思う。負けた集団は政府に逆らうことができなかった沈黙の集団になるしかなかった。というのが個人的な予想なのだが。
おそらく北海道移住民が口を開くようになったのは、戦後になり明治政府の残骸が消えたあたりからだろう。戦後の北海道はいわゆる左翼政党が強い地域だったし、冷戦のおかげで税金がジャブジャブ投入されたので、ようやく経済的に一息つけた。鉄道と空港の整備が行われ観光産業が立ち上がり、北海道人が明るくなってきたのは「北の国から」が流行ったころからみたいな感じだ。

北海道最大の観光都市小樽を歩く時にそんなことを考えた。小樽は戦前は大商業都市として栄えていたのだが、戦後20年も経つとすっかり斜陽化していった。ところがバブルの前あたりから一気に観光都市化した。小樽のホテルは予約が取れなくなるほど賑わったのだが、確かに北海道の中では函館と並ぶ歴史が感じられる町だ。
おしゃれな喫茶店やレストランもすっかり増えたが、この「おもちゃと湯気の出るカップの店」にはちょっと惹かれる。多分、コーヒーなのだろうと思うのだが、湯気の出るカップの中身がスープだったり、紅茶だったり、ココアだったり、はたまたトムヤンクンだったりするのか気になって仕方がない。おしゃれなユーモアと言うべきか。

そして、南小樽から運河に至る観光通りを歩くと豪速球な看板を見つけた。これは確かに北海道ユーモアだ。お父さんが邪魔者扱い、歩く生ゴミ的捉え方、それで良いではないか。確かに観光地でお父さんは浮いているし、絵にならないし、早く帰ろうとか言って家族の観光妨害するし、その早く帰りたい理由がテレビでプロ野球観ながらビール飲みたいとか、競馬中継が始まるからとか言う全く理不尽なものが多いので、家族の賛同は得られない。

きっとここではペットにおやつを与えるように、観光の邪魔になるお父さんにはビールと柿の種でもあてがっておけと言う場所なんだろうな。

迷子預かり所とレベル的には同じだね。

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空港でラーメンという贅沢

緊急事態宣言という名の強制された自粛が終わると、一斉に外に飛び出すかと思われた日本国民の皆さんは、意外とステイホームを続けている。それほどコロナ が怖いのかということだが、テレビを始めてとして狼少年的発言が止まらないので、無理もない。テレビ大好き人間にとってはステイホームで朝からテレビは理想の生活なのかもしれない。
政府がこれからやろうとしている「観光しようぜ大作戦」を成功させるには、この気分を変えないとうまくいかないだろう。

朝一番の光景ではない

各地方自治体の発言を見ても、「今は俺ん地に来るな」が圧倒的で、ところが観光産業は苦しいから夏休みには首都圏からジャンジャン観光に来てねというのだそうだ。それまでは県民同士で県内観光だって。正直言って甘えるなと言いたい。都市住民をバカにしすぎてると思う。今は来るなと自粛警察放置して他県ナンバー狩りをやめないところに誰がいくかよって思わないのか。まさしくダブルスタンダード。これの拡大版が外国人観光客誘致再開にあたると思うが、下手をすると「外国人入国反対」の大騒ぎになると思う。それを宥める対策を取ると、今度は面倒くさいと外国人観光客に嫌われつかもしれない。日本スタンダードとはそんなものだと思う。
そもそも今の空港の景色を見れば、夏以降は航空運賃値上げは間違いないと思うし、政府の補助金当てにして各種ツアーも値上げの嵐になるだろう。海外旅行に行けないから国内旅行って、そんな簡単に変えられるものか?もともと国内でも人気スポットは限定されていて、その人気から外れた場所が外国人観光客で埋まったからのインバウンドブーム。日本人の人気で観光名所にする努力をさぼっていたところにいきなり日本人が押し寄せるものだろうか。甘いよねと思う。この際、もっと日本人好みに大改造するぞ、インバウンド当てにしないぞ、というところだけが勝ち残り生き残ると思うのだが。

えびそば 旨し

こんな厳しい状況の中で店を開けて営業すれば絶対赤字だろうという人出のなくなった空港で営業しているラーメン店には本当に頭が下がる。いつもは長蛇の行列で1時間待ちになったりしていた店が、ふらっと入ってすぐ食べられる。申し訳ない気分にもなるが、せめてこんな時には、空いているお店に敬意を表して美味しくいただこうと入店した。本店でも食べてはいるが、やはり海老スープラーメンはうまい。また行列が戻れば食べられなくなるとは思うが、早く元のような行列店に戻ることをお祈りしてますね。

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看板のセンス 京都編

京都の町を歩くときは裏通りが面白い。新京極の商店街の裏通りにはひょっこりと不思議な店がある。

未だによくわからないのが、このネーム店という存在で、調べてみれば正体がわかりそうな気もするが、謎は謎のままの方が楽しいかもしれないと放置している。京都の人には当たり前の商売「ネーム屋」なのだろうが。

衝撃的だったのはこの看板「包まぬ豚はただの豚」。よくビルの壁面に大きな看板がかかっていて「あなたは神を信じますか」とか、「東京オリンピックをみんなで応援しよう」とか、意思を強く訴えかける押し付けがましい広告がある。それと似たような「日本包豚普及協会」みたいな組織のキャンペーンではないかと思ったのだ。おまけに豚料理店で緑色の看板、いろいろと考えさせられた。一度入ってみようかと考えたが、京都で豚を食うより、もっと挑戦すべきものはあると思い直したのだが。やはり気になる。

そして、先斗町辺りを歩いていて見つけた「日本珍百景」的な建造物。これは木を切るのが嫌で壁に穴を開けて立てたのだと思うが、この木の下には根が広がっているはずなので、基礎工事をどうしたのかとか下水の配管はどうしたのかとか、いろいろなことがとても気になる。
もしかして家を建てた後、壁を食い破って木が成長してきたのかとも思うのだが、それだと家の床下の真っ暗闇の中でじわじわと成長したことになり、まさしく怪奇現象だ。
それ以上に木の横のパイロンの駐車禁止が不可思議。こんなところに車止められるのだろうか。

ああ、京都は日本の「怪しげなもの」の中心地だと実感した。