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自衛隊の展示館で多分? 最強

2017年の記憶 #32 昔に撮ったiPhone写真から引っ張り出してきたあれこれ

入り口にあるのはF86 セイバー

陸海空の自衛隊は、それぞれの広報展示施設を持っていて、自衛隊の広報宣伝活動を行なっている。陸上自衛隊は東京練馬駐屯地の脇にある「リックンランド」(まあ、ネーミングのセンスは横に置いておこう)で、大型特殊車両、つまり戦車を中心に展示されている。二階にはパネルなどの展示室もあるが、ここはもう少し展示する資料や見せ方を考え直して欲しいと思う。練馬の第一師団は帝国陸軍時代からのNo.1師団として精鋭部隊が置かれている。その辺りも含めて、もう少し陸上自衛隊のあれこれを宣伝しても良いのでは。特に災害支援の活動はもっと威張ってPRして良いと思う。
海上自衛隊は旧軍都呉にある「てつのくじら館」と佐世保にある「セイルタワー」がある。呉は潜水艦の艦体を利用した展示館で、隣が大和ミュージアムということもありとても目立つ。まさに「鉄ノ鯨」だ。潜水艦内のモックアップもあるので、これはかなりワクワクする展示だ。深海の潜水作業用スーツは、ほとんどロボットアニメの世界だ。佐世保は膨大な資料がパネル展示され、まともに読んで歩けば一日では読みきれないほどの物量なのが印象的だった。
そして浜松にある航空自衛隊の展示施設「エアパーク」だが、自衛隊の展示施設としては最大の規模だと思う。さまざまな歴史的航空機が展示されている様は、まさに圧巻だと言って良い。アメリカ合衆国ワシントンにあるスミソニアン博物館にも負けないのではないかと個人的には思っている。

ホンダが新設計でエンジン作ったら烈風を超える性能になりそう?

敗戦時に失われた帝国海軍、帝国陸軍の航空機を実機で見る機会は少ない。現在は全国あちこちで展示されている零式艦上戦闘機も、実は終戦後に占領された海外基地で鹵獲されたものが、しばらくたって返還されたのがほとんどらしい。戦後期のどさくさとは言え将来に備え各種機器を保存保管しようという官僚はいなかったということだ。ちなみに敗戦時に焼却廃棄された書類も軍機というより、軍が使った経理書類、つまり使途不明金帳簿みたいなものを優先処理したのだそうで、「官」の都合は戦前も戦後も変わっていない。
ただ、航空自衛隊は戦後に作られたこともあり、戦後に使用された機体はしっかりと残っているようだ。零式艦上戦闘機と、その後継とも言えるF1/F2を同時に見られるのはこの浜松だけだろう。実機の横に立てば映画で見るよりずっと迫力がある。飛行機好きだったら、絶対に行くべきだと思う。ちなみに、陸海空の3施設でお土産コーナーが一番充実しているのも、この浜松の空自施設だ。
個人的には陸自の売店をなんとかテコ入れして欲しい。あれでは昭和の寂れた観光地土産店にも負けている。戦闘車両の展示もジオラマ名人の指導でも受けて、もう少しメリハリつけて欲しいぞ。今のままでは中古車の展示場にも負ける。お願いしますよ。

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伊勢うどんとてごねずし 魅惑のお伊勢参り?

2017年の記憶 #31 昔に撮ったiPhone写真から引っ張り出してきたあれこれ

日本三大うどんといえば、秋田の稲庭うどん、讃岐うどんまでは定番らしいが、その後に続くのが諸説あり群馬渋川の水沢うどん、富山の氷見うどん、ん長崎の五島うどんなどが挙げられるらしい。個人的には五島うどんが好みだが、関東圏であれば水沢うどんだろうか。武蔵野うどんは有名うどんの仲間入りはさせてくれないらしいのが残念だ。
そして、知名度だけは抜群で歴史も長いのが、お伊勢参りの参詣者をもてなしてきた「伊勢うどん」だろう。長くて太めのうどんを甘いつゆで食す、と書けばそれなりに期待ができそうなものだが、個人的な体験をいえば「日本3大がっかり名物」級のものだった。うどんに腰がないとこんな食べ物になるのかと、そこが1番の気づきで、あとは完食するのがとても辛かった。福岡のうどんも劇的に腰がないので、日本二大腰なしうどんに認定したいくらいだ。ただ、お伊勢参りに徒歩で長距離旅をしてきた人には、食べやすくて消化に良いから人気があったのかもしれない。何事も経験することは大事だ。

カツオといえば高知みたいな印象があるが、太平洋岸の黒潮流域はカツオの産地が多い。九州でいえば鹿児島や宮崎、そして紀伊半島から静岡、千葉、宮城と黒潮に乗って北上するカツオ・ストリームに沿ったカツオ港が点在する。高知沖を通り過ぎた鰹が伊勢志摩あたりでキャッチされると手ごね寿司という名物料理になる。高知のカツオ丼と比べるとちょっと甘めかもしれないが、カツオ大好き人間にとっては、なかなかの優れものに思える。千葉や宮城では、地場特産鰹の名物料理というのを見かけない。そもそも宮城では鰹のポジションはあまり高くないようだ。マグロの二段下レベルみたいな扱われ方だと思った記憶がある。(ちなみにマグロは宮城県塩釜の水揚げが国内トップクラスなので、うまいマグロにありつける)

やはりお伊勢参りに行った時には、手ごね寿司を食べ、おかげ横丁をぶらつき、赤福で甘味を決めるというのが良さそうだ。

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美形なダムに巡り合うのはたいへんだ

2017年の記憶 #30 昔に撮ったiPhone写真から引っ張り出してきたあれこれ

ダム巡りを初めて、おそらく100箇所以上のダムを見てきた。最初のうちはあまり気にしていなかったが、美形なダムというものは確かに存在する。設計者の意図は極めて実用的な水資源管理のための建造物だと思うが、結果的に巨大建造物特有の美しさが生み出される。その造形美はダムの両サイドを固める山の連なりなどと調和してできるものだから、狙ってできるものでは無い。また、ダムの下側にダムを見上げる場所があり、そこから適切なアングルで見ないと、「美」を見つけることが難しい。東日本のダムを見てきた中で、おそらくこれが一番だというのが群馬県の山奥にある「奈良俣ダム」だ。

ダム建設の時には工事車両を通す道路が建設されるので、大体のダムには整った道が通じている。ただし、古いダムになると工事道路のメンテナンス状態が悪く木が覆いかぶさる山道というか悪路になっている場合もあるので、現地に着くまでは安心できない。この奈良俣ダムは、ダムまでの道はとてもスムースなのだが、その手前の山間部の道がちょっと大変だった。それでも長野県北部のダム工事道路よりは数段マシだった。山間部の町を抜けてダムに近づくといきなり見えてくるのがこのダム姿で、これはなかなか珍しい光景だ。大型のダム接続道路は大体が山の尾根近くを通り、川底に近い低地部分には繋がっていないことが多いからだ。このダム下部地帯は整備されて公園になっていたりキャンプ場になっていたりする。奈良俣ダムでは普通に道になっていた。
群馬県の新潟寄り、そして長野寄りには美しいダムが多い。行くのは大変な場所ばかりだが、行ってみればダムの美しさに惹かれると思う。自然と人工物の調和、みたいな言葉が浮かんでくる光景だろうと思っている。

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本場の讃岐うどん

2017年の記憶 #29 昔に撮ったiPhone写真から引っ張り出してきたあれこれ

初めて讃岐うどんを食べたのは、まだ瀬戸大橋がかかる前でフェリーで高松に渡る頃だった。確か1時間ほどかかったような記憶がある。高松でフェリーから降りたところに立ち食いうどん屋があり、出汁の匂いが強烈だったのを覚えている。うどん県の洗礼を到着と同時に受けたということだ。翌日は仕事の合間にうどんを食べようということになり、連れて行かれたのが屋島の近くにある古民家風の店だった。ここでも店外まで出汁の匂いがあふれていた。

同行した知人が注文したのはタライうどんで、大きな木桶というよりタライに並々とうどんが入っていた。初めて食べた讃岐うどんはいわゆる釜揚げうどんだったことになる。うまそうという思いと、うどんだけでこんなに食べられるものかという疑問が湧き出したが、なんの心配もいらなかった。人数分に1−2人前追加したうどんを4人でしっかり平らげた。知人によれば、この店はちょっと高級店なのだという。値段を聞いて、讃岐うどんの高級店とはこんなに安価なのかとびっくりした。その後、郊外にあるうどん屋などに連れて行ってもらった時に、ようやくその「値段の高さ」が理解できた。郊外店のうどんが安すぎるせいなのだが、高級店のうどん一人前は東京の普通のうどんよりも安かった。

うどんのつゆは熱々のまま、おおきな徳利に入って出される。徳利が熱くて持てないほどだった。つゆは使い放題らしい。ネギや生姜の薬味も取り放題。普通であれば天ぷらやら何やらをサイドアイテムとして頼むところだが、この店ではうどんのみで問題ない。忘れてはいけないのがうどんを人数分より多めに注文することだ。人数分しか頼まないと物足りなくて、あとから注文することになるのは間違い無いから、多めに頼むのが定石だ。
結局、この店は高松に行くと必ず立ち寄る絶対定番の店になり、それ以外のうどん店の開拓にいささか邪魔なのだが(昼飯にうどんを二軒はしごする羽目になる)、それでも一年に一度は行きたいなと思う。支店を東京に出してくれないものだろうか。

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静岡での好物

2017年の記憶 #28 昔に撮ったiPhone写真から引っ張り出してきたあれこれ

静岡県の諸都市は関西出張の通過点だ、とずっと思っていたが、実はこの店に行くのを目的に静岡に行ってもいいなと思う店がある。チェーン店のファミレスだが、関東一円にゴマンとあるファミレスとは格段の違いがある。これが、「一段レベルが違うよ」という実例だろう。個人経営の店では、確かに一段レベルが違うという店は多い。店主自らが細部までこだわり店を作り上げることは意味がある。繁盛店づくりの第一歩だ。しかし、チェーン店で求められるのは平均点で揃っていることであり、とても良い店とかとても悪い店を作らないことこそチェーン店の存在意義だとも言える。どの店も良くも悪くもないというのは、チェーン店経営にとっては褒め言葉だと思う。
ところが、その平均点が一段上になっているというのが、この店の素晴らしいところだ。意地悪な気持ちでどこかにダメな店があるはずだと何店も巡ってみたが、タメな店に出会うことはなかった。何年かのチャレンジで、すっかり脱帽した。本当にすごいです。
売り物はハンバーグとステーキで、最初はハンバーグだけ注文していたが、今ではハンバーグ+ステーキと両方頼むことにしている。どちらかにすると、美味しいものを食べ損ねた気分になるのが嫌なので、食べ過ぎでお腹が苦しいくなることが分かっていながら、やはり両方頼んでしまう。

店内に大きな看板?がぶら下げられているのも、なかなかみない光景だろう。しかし、コアなファンからすると、この看板を見て来月はまた来ようとか、フェアは両方とも試してみなければとかいろいろと考えることになる。お店の作戦にまんまと(それも喜んで)乗ってしまうことになるのだから、店内看板は重要だなと感心した。開店前から行列しているのも、こうしたコアなファン、リピーターに支えられているということだろう。
静岡県全県に展開している「さわやか」は、静岡観光の目玉にしても当然な「ご当地ファミレス」だと思う。

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渋い居酒屋

2017年の記憶 #27 昔に撮ったiPhone写真から引っ張り出してきたあれこれ

初めてこの店に入ったのは、おそらく30年近く前だったはずだ。その時でもすでに風格ある?店だったから、今や老舗というか古豪というか別格というか。札幌でも屈指の名店だと思う。コの字のカウンターにテーブル席が何席かあるというシンプルな作りで、予約しないと入れないことも多い。カウンター席に座れば、目の前で魚を焼いているのが見える。いわゆる炉端焼きのような感じだが、店内は意外と静かだ。居酒屋でよく聞く大声の接客もない。
一人酒を決めるには良い店なのだが、唯一なんとかしてほしいと思うのが愛想のない接客というか・・・話しぶりなのだ。長い間通っているから、当然接客担当の女性は何人も変わっていると思うのだが、いつ行っても対応は変わらない。うーん、きっと店主にそういう対応をしろと言われているとしか思えない徹底ぶりだ。だから、こちらも必要最低限しか話をしない。「熱燗で」「お水もください」「おかわりを」くらいで済ませてしまう。料理も名前を言っておしまい。「ししゃも焼きを」「イカ刺しを」「にしん漬け」などと済ませてしまう。

料理は手の込んだものではない。煮る、焼くが中心で奇をてらったものなど何もない。シンプルでうまい。自家製の漬物や塩辛など、酒飲みにはたまらないものがさりげなくメニューに載っている。店内は薄暗いので、一人で本を読みながらちびりと飲むというのは難しい。スマホをいじり回すのもなんだか無粋な気がする。ので、結局は斜め上30度あたりをぼうっと眺め、あれやこれや考えながら飲む。真面目なことなど考えることもなく、仕事の話などもってのほかで、北海道における沢庵の味付けとにしん漬けの関係とか、焼きナスと身欠きニシンのどちらが日本酒に合うかなどのあれやこれやを脈絡なく考える。一人飲みの楽しさとは、こういう古き良き居酒屋を舞台にする時に発現するものなのだろうなあ。
たまにギョウジャニンニクの酢味噌和え(昔はアイヌネギと言っていたが差別語認定されたようで現在は使用中止らしい、たまに高齢者が使う程度か)とか、鹿肉のステーキ?とか、落葉キノコのおろし和えとか、八角の刺身とか、北海道限定のつまみがあるのも季節の楽しみだ。実は札幌の飲み屋の名店はススキノではなく、Offすすきのにあることが多い。ジモティーのおすすめはススキノ以外と思って間違いない。

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秩父のトンカツ

2017年の記憶 #26 昔に撮ったiPhone写真から引っ張り出してきたあれこれ

秩父の名物といえば蕎麦だと個人的には思うが、一般的には「味噌豚」と「わらじカツ」の方が有名かもしれない。安田屋は開店前から行列のできる有名店で、このときもずいぶん早めに行ってなんとか席を確保できた。この頃は、コロナの影も形もなく、なぜか秩父にすら外国人観光客が増加を始めていた頃だから、開店1時間前でもすでにずいぶん人が並んでいた。昨今の外食危機など想像もできない良き時代だった。このわらじカツ丼の本店は秩父市の隣町、小鹿野にある。本店に行っても良かったのだが、この日は本店が休業日だった。お店の外見は何やらレトロで老舗感も漂う。店内に入るとカウンター席に案内され、目の前でわらじカツ丼の製造過程が拝見できた。店内もそれなりにレトロで、典型的な昭和の食堂感があふれている。

秩父名物わらじカツ丼とは、カツが草鞋のような大きさであることからのネーミングらしい。丼から大ぶりのカツがはみ出し、蓋が閉まらないが、それでも蓋がついてくる。カツの枚数を選ぶことができるが、この時は二枚(最小?)にした。いわゆるソースカツ丼系で卵とじにはなっていない。昼前からこのボリュームかと、かなりチャレンジ気分になったが、隣席の方達は強者揃いで三枚乗せの注文がほとんどだった。
カツ丼というのは時々無性に食べたくなるが、食べ終わると過剰なまでの満腹感で、本当にもう勘弁してよという気になる罪深き食べ物だ。普通のカツ丼でそうなのだから、このわらじカツ丼は悪魔級の罪悪感だった。一度食べると、次に食べるのは来年かなあ?くらいのインパクトだ。それでもあれからもう3年以上経っているので、今年はぜひ食べに行きたい。限界まで腹を減らして強者級の三枚乗せにチャレンジだ。

秩父のグルメ旅はお手軽で楽しい。パリー食堂もご無沙汰してるしなあ。

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たまにおきる人生でのささやかな驚き

2017年の記憶 #25 昔に撮ったiPhone写真から引っ張り出してきたあれこれ

浜松の植物園で初めてみた狐の顔の実。調べてみたら、フォックスフェイスというそうだ。まんまのネーミングだ。系統的にはナスの一族らしいが、食用にはならない。全くの観賞用だが、これが自分のうちの庭に生えていたら結構楽しいかも。小さな狐の顔がだんだんと大きくなっていくのは、タイムラプスで撮影しておきたい。人が作った建造物を見ても、ここまでびっくりすることはないから、やはり自然は偉大だな。

浜松フラワーパークという大きな植物園みたいなところで見たもので、この公園はのんびり花を見ながら散歩するには良いところだった。
ご興味があればどうぞ ↓
https://e-flowerpark.com

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坂東札所巡り19番

2017年の記憶 #24 昔に撮ったiPhone写真から引っ張り出してきたあれこれ

秩父札所参りと同時並行で坂東札所参りもしていた。関東全体にお寺がばら撒かれていて、鎌倉が一番札所で、ぐるっと関東平野を時計回りに周り千葉県館山が最終になる。西国札所を関東でもということで、鎌倉時代に始まったようだ。ゴールの地、館山は鎌倉幕府に縁が深い三浦半島の反対側に当たる。坂東札所巡りはこちらの都合で、1番から巡ったわけではない。四国88カ所のように回る順番に厳密ではなくても良いらしい。

札所巡りは、そのお寺の御本尊の観音様をお参りに行くものだが、御本尊にはお目にかかれないことが多い。ただ、この大谷観音の外には、大谷石を刻んだ大きな観音様もいるので、何やら普段よりもありがたみがあった。人は現実に目にすることで、納得するものなのだと実感した。宗教によっては偶像崇拝を禁止する教義もあるが、やはり、大きなものを目にしてありがたがるのは人間の本性みたいなものなのだろう。古来、宗教的な建造物や神像が巨大化するのは、この辺りが理屈なのだなとおもった。しかし、東大寺の大仏には工芸的なもので感心したのだが、この石仏はそれとは違う感銘を受けた。金属加工よりもっと原始的な石を削るみたいな手法の方が、よりありがたみを感じてしまうらしい。この辺りは理屈ではなく動物的な感性みたいなものかなあ。

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秩父の札所巡り 昔から観光客はバカたっだ?

2017年の記憶 #23 昔に撮ったiPhone写真から引っ張り出してきたあれこれ

秩父札所巡りを始めたきっかけは、ずいぶん前に録画していてそのままにしていたアニメをみたことだった。秩父を舞台にした高校生たちのストーリーで、遊び場として使われていた17番札所が妙に気になったせいだ。サクッとネットで調べた後、札所の解説本を買いに行って、どれどれと始めた札所巡りだった。お約束通り一番札所から回り始め、お目当ての17番札所にたどり着いたのは、1ヶ月くらい後だったと思う。34カ所ある札所巡りのお寺も、中盤は住宅地の真ん中にある場所ばかりで駐車場を見つけるのが大変だった記憶がある。この17番札所も駐車場を見つけるまで苦労した。
あちこちのお寺で札所巡りをしている人には会ったが、17番札所は特別で、若いカップルが何組もいた。おまけにそのうちのひと組は外国人観光客だった。札所巡りの国際観光地化だな、と妙に感心した。

札所に行くには車のナビにお世話になったので、あまり迷うことはないのだが、古いナビのせいなのかお寺の裏側に連れて行かれて、行き止まりの道をUターンするのに15分以上かかったこともある。それ以来お寺の近くに行ったらナビは信じないことにした。寺の山門前にたどり着けば、たいてい駐車場の案内がある。親切なお寺の場合は、山門前が駐車場になっている。

それにしても、有名な神社や仏閣に行けば見かけることになる「千社札」なる張り紙が気になっていた。有名観光地の落書きもどきで、バカどもの存在証明だなどと憤慨していた。ところが調べてみると、許可をとって貼ることが多いらしい。禁止されていることもあるようだが、お参りに来て千社札を貼ると功徳が長持ちするという風習のようだ。おそらく貼らせてもらうには、なんらかのお布施もするのだろうから(札貼り単体にではなく、お経を上げてもらって、写経して、納札してと色々お願いした上での千社札はり)宗教的な商売だとも言えるのか。この汚らしい古びた紙札と思っていたが、意味があるのだと知ってからはちょっと見方が変わった。

観光地の落書きは日本人だけではない。Kilroy was hereと落書きするアメリカ人も有名だったし、今で言えばバンクシーもアートの顔をした落書きだろう。きっと落書きの類は人類共通の悪戯なのだ。しかし、わざわざ「札」を印刷し、ご丁寧に糊付けして貼っていく、この日本人の執念は一体なんなのだろうか。やはり宗教的信念なのかなあ。