食べ物レポート

サイゼリヤで肉を喰らう

サイゼリヤといえばお手軽イタリアン・ファミレスという印象がある。店内に入るとBGM・装飾も含めタリア推しだから、そこに文句をつけるつもりはない。メニューも日本人向けイタリアンの絶対定番、パスタとピザをしっかり押さえた上でサラダやサイドも豊富だ。ところが、冷静にメニューを見てみればメインである肉料理(魚料理もか?)が、全然イタリアンらしくない。メインがハンバーグというのは日本のファミリーレストランでは必須アイテムで絶対常識だ。が、イタリアンハンバーグと言ってもチーズを乗せればイタリアンと平然と言い切ってしまう社会と文化だから、イタリアンな肉料理をサボっていても非難もされない・・・。

サルシッチャは本当に肉肉しい

などと意地悪いことを考えて、あえてハンバーグを頼まずに、別の肉料理を食べてみようと思った。弁解しておくと、サイゼリヤのハンバーグはファミレス業界の中で相当にレベルの高い方だと思うし、値段と品質を合わせて見ればハンバーグ専門店以上の価値がある。特に、ランチでしか出てこないオニオンソースなどソースアレンジが素晴らしい。念の為に言っておくと、サイゼリヤのハンバーグは好物の一つだし、まずいと思ったこともない。普通以上にうまい。某ファミレスのチーズ入りハンバーグより断然うまい。
それはさておき、最初に頼んだのはパンチェッタのグリル。イタリアのソーセージであるパンチェッタは、イタリアで食べるとこれまで食べてきた日本のソーセージとの違いにびっくりさせられる「すごい食べもの」だった。ヨーロッパ各国、そしてアメリカでの経験で言えば、どの国もソーセージが本当にうまい。さすが肉食の国の食べ物だと思う。ホットドッグを食べて感動するのは、あまりにパンがまずいくせに、ソーセージがうますぎるので、総合的にうまいものに感じてしまうせいだ。逆に日本のホットドッグはパンがうまいが、ソーセージが決定的にダメなことが多い。
このソーセージのうまさが日本で再現できていないのが悲しい。日本的改良品ソーセージはそれなりにうまいが、やはり本場の味との差は明らかだ。ただ、日本のソーセージは日本人的な嗜好に合わせてあると言われればそれまでで、シャウエッセンみたいなソーセージは日本でしか食べられない。
そうした本格ソーセージに対する、ちょっとしたモヤモヤ気分を解決してくれるのがサイゼリヤのパンチェッタだ。これは実食してもらうしかないが、「肉肉しい」という感がする。もう少し獣くさくなれば、ヨーロッパ的なソーセージにもっと近づく。サイゼリヤ特製の辛いソースと合わせて食すのが良い。

イタリヤ料理に存在するのか疑わしいが、大好物の辛いチキン

そして最近登場した、辛い鳥もも肉のグリル。これもイタリアンかと言われれば、頭の中はクエッションマークで埋め尽くされるが、明らかに肉料理としてうまい。骨つき肉は骨の周りの軟骨部分が楽しみだが、四国丸亀名物の骨付き鳥に通じる「肉食いました」感がある。根本の骨部分を手掴みで食べれば、例の漫画に出てくる原始人の肉っぽいところもある。鳥もも肉は、ナイフとフォークではなく手掴みでガブっと行きたいものだ。まさにそれは、人類のDNAに刻まれたうまい肉の記憶だ。
このパンチェッタと鳥もも肉の二品合わせて1000円もしない。だから、イタリアンだ、肉料理だ云々は全く無視して、「美味しく肉をバクバク食べる」のがサイゼリヤの正しい使い方だろう。肉三昧は楽しい。

しかし、実はサイゼリヤのすごいのはひっそりと提供されている付け合わせのソースにあると思っている。ソースこそが、イタリア料理の精髄に通じる道で、他のファミレスではできていないことなのだが。ソースの話はまたの機会にでも。

街を歩く

池袋西口@deep

好きな小説作家の作品の一つ「秋葉原@DEEP」という題名がずっと記憶に残っている。ちょっとSFチックというかファンタジー系の要素を入れながら、現代の若者模様を描く長編作品で、電脳社会とかオタク文化とかあれこれごちゃ混ぜな美味しいお話だった。その話を入り口にとして、池袋西口公園の話を延々と読み続けている。自分としてはドボンとハマった作家の一人だ。たまたま池袋に行ったので、その西口公園のあたりを一回りした後、池袋駅西口北側にある、東口に抜ける地下通路(私鉄地下鉄のコンコースではなく本当のトンネル)周りを歩いてみた。この辺りが池袋西口公園物語の主人公が住む自宅兼店舗があるという設定だ。

噂には聞いていたが、池袋がマダラ租界になっている。サンフランシスコでチャイナタウンにいくとこんな感じがする、とでもいえば良いのか。横浜の中華街や神戸の南京町に行っても、ここまで強烈な異世界感は感じないだろう。要は日本人として見慣れた漢字がつかわれていれば、そこは日本の中華街であり、日本の一部と感じる。
サンフランシスコのチャイナタウンで感じるのは、普段見たことのない漢字が使われていて、カナがわりに英語が混在していて、おまけにその漢字も微妙に読めそうで読めないという違和感だ。日本の各地にある中華街では、この違和感がない。
ところが、そのなんともいえない違和感、ここは日本ではないという感覚が、池袋の街の片隅でマダラに生まれている。
台北や香港に行くと、全面的に読めない漢字だらけなので異国感はあるが納得できる。マダラではなく全部が違う、だから違和感につながらない。異国感ではなく違和感を感じるのは、中途半端に読めない漢字が、あちこちに混在するというのが重要な要素だ。

例えばこの看板だ。上部の万宝は読める。多分、意味もわかる。しかし下の「火ヘン」の二文字が読めないし、わからない。おそらく火をつかってある字だから、何らかの焼き物みたいなものではないかと想像する。看板の裏側を見ると、どうも串焼きのようなものらしい。読める漢字と読めない漢字が混在するのが、モヤモヤする原因だ。

これがビルの壁面看板になるともっとドキドキする。4Fの看板はよく知っている外食チェーンだ。5Fはどうやらお姉さんがいるお店らしい。6Fは有名な焼き鳥チェーン店。ここまでは日本語だけで理解できる。そして7Fは「熊猫火鍋」と書かれている。確かにパンダのことを熊猫と表記することは聞いてはいるが、日本語のセンスではないような気がする。それでも、まだ日本的な漢字常識で認識できる。ところが、池袋では一見して漢字だとわかるが、ちゃんと見ると読めない漢字というのが町中に溢れている。熊猫世界をこえている。

このビル一階の看板も普通に見ればなんの違和感もない。よくあるビルの店舗案内だ。ただ、4階 逸品火鍋をよく見れば、さりげなく読めない漢字が使われている。これがハングルだったりアラビア文字、タイ文字など全く読めない文字であればまた感じ方も違うのかもしれない。
読めそうで読めないのが、喉に刺さった魚の小骨的に感じるのだろう。まあ、池袋の北側はこんな感じに変わっていっている。関東各地にある異国人街、リトルデリーとかコリアンタウンとか呼ばれているエキゾチック?な街とどこが違うのかと言われると、多分、読めそうで読めない漢字のせいだろう。秋葉原とは違った意味で、池袋もすっかりdeepになっている。

ちなみに、古代から中世に漢字文化圏として影響を受けた漢字もどきに、ベトナム(阮朝)や西夏の文字がある。(日本語で使われる変形した漢字やカナもこの漢字もどきなのだが)この異国の感じインスパイア文字も歴史書などで見ると、わかりそうでわからないモヤモヤ感がすごい。
思うに、文化の発祥はいつでも大国なので、伝承された周辺諸国は劣等感のあまり、文化の精髄である文字をそのまま受け入れるのが耐えられないのだろう。古代・中世のスーパーステートであったチャイナに対する劣等感で、俺たちだって字くらいは作り出せるぞと生み出しのが各国の「漢字もどき」みたいなものなのだろう。ところが、それはチャイナ本国では蛮族の文字として余計に笑われるという事態をまねく。国交文書は正式な漢字でしか受け入れられない。その屈辱に耐えきれず、日本は遣唐使を廃止してしまったようだ。そしてカナ文字の発明、国風文化と民族自立運動を展開することになる。その後も日本が戦国時代末期まで大陸チャイナ帝国に対するコンプレックスを持ち続けていたことは、間違い無いだろう。(個人的歴史仮説であります)
同じことが第二次世界大戦の敗戦で起きたから、歴史的証明がなされたとしても良さそうだ。日本のカナは間違いなく、漢字インスパイア系国産文字だが、第二の漢字国産化は当用漢字(今の常用漢字)の導入だと思う。敗戦時のどさくさで作られた、変なプライドと政治的思惑で生まれた漢字もどきだ。池袋の話からずいぶんずれたが、日本の文化の変容はいつも劣等感から始まるという仮説は、また別の機会に。

食べ物レポート

大和から来た北京飯店@所沢

埼玉県は某ヒット映画で散々に茶化された通り、「海なし県」なので海産物に名物はない。(当たり前だが)
だから有名な鮨屋も存在しない。(と断言して良いかちょっと自信がないが)鮨を食べに行くなら当たり前のようにお江戸に行く。それとも、手近の回転寿司で簡単に済ませるかだ。
蕎麦も秩父の山間部では有名だが、全県的に見ると圧倒的な「うどん県」だろう。讃岐うどんには勝てないかもしれないが、武蔵野うどんは関東が産んだ最高峰の麺料理だと思う。(ここだけは評価してもらいたいものだ)
にも関わらず有名なうどん屋といえば、山田うどんになってしまうのがちょっと悲しい。一部の地域、加須あたりではうどん懐石の店もあるようだが。行列ができる店といえば大宮の藤店くらいだろうか。
それにも増して、中華料理の店は圧倒的に少ない。なぜか町中華ですら少ない。当然、美味い中華を食べるのであれば、お江戸まで行くことになる。そんな非グルメ的環境の中、所沢の駅ビルが第二期拡張を完了してレストラン街が広がった。そこに新しく出てきたのが、京都のお好み焼き屋・仙台の牛タン屋・そして神奈川県大和の中華料理屋だった。埼玉発のレストランは、川越のラーメン屋元々あったが、拡張部分は全て「外地」からの侵攻だった。ほかにはオムライス屋・ビヤホール・焼肉屋もできたが、これはどれも全国チェーンだった。埼玉グルメ界の発展を祈りたい。
しかし、素朴な疑問だが、なぜ大和の中華料理屋?と思う。どうせ神奈川から持ってくるなら、横浜の中華街で元気のある店を連れてこれなかったのかと聞きたくなる。

そんなことを考えながら、新規開店からずいぶん時間が経ってしまったが、ようやくその中華料理店に行ってみた。時間がかかった理由は簡単で、開店以来ずっと行列ができる人気店だったからだ。待たされるのを嫌っていただけで、そのうち人気が落ち着いてきて行列がなくなったら入ってみようと思っていた。ところが、コロナの間は多少空いていたようだが、それでも行列はできていた。客の数は減っているはずだが、席を間引いているから収容人数も減っていたためだと思う。
そして、馬鹿馬鹿しいことに、ようやく気がついたのだが、開店時間早々に行けば入れるだろうということだ。開店当初は、営業時間前から客が並んでいたので、早めにいってもなあ・・・思い込んでいただけだ。
当たり前だが、昼のピークに行けば1時間待ちになる。が、今であれば、開店と同時に入れば問題ないはずだ。朝飯を食べずに腹を減らして、11時に行ってブランチにすれば良い。いやいや、頭悪すぎというものだと反省した。結局、11時5分過ぎくらいに行って、全く待たずに楽勝で入店した。それでも席は半分くらい埋まっていたが。

とりあえず、午前11時のブランチ、最初の注文は多少軽めにしたいので水餃子にした。一人前3個とありがたい量だった。普通に美味い。皮が厚めなので小籠包的な感覚はないが、もっちりとした伝統的な日本式中華料理(?)の味だった。黒酢のソースがオシャレ感を出している。何やら埼玉的ではない香りがする。

そして、中華料理における我が絶対定番「酢豚」を頼んだ。単品注文なので量はそれなりにある。というか、一人で食べるには多すぎる。おまけに、この大和スタイルの酢豚は肉だらけだった。総固体量の7割が「豚」で、お肉のお供というかおまけ程度に野菜が顔を出す。超がつくストロングスタイルだ。これに匹敵するのは紅虎餃子房の黒酢酢豚くらいしかない。(あれは酢豚というよりゴロっとした塊肉だ)
できれば、キクラゲとか歯応えのある野菜などを入れて欲しい。玉ねぎとか筍なども増量して欲しい・・・などなど、肉好きのための食べ物「酢豚」を注文する割には、ひ弱な希望が溢れてくる。
どうやら神奈川県大和式中華は肉モリモリのストロングスタイルなのだ。もう一度来店して、麺料理とチャーハンを試してみなければ解決できない仮説だが、多分正しいと思う。西武鉄道の商業施設開発部門の方々は、きっと大の肉好きなのだろう。そして、彼らの思惑と野望は、自分たちの本拠地を「肉肉しいレストラン街」にすることなのだと思い知った。
ちなみに、この中華料理屋の隣は仙台の牛タンや、川越のコッテリ系ラーメン屋、居酒屋系蕎麦屋、札幌のイタリアン、そしてお江戸のトンカツ屋だ。フロアーの反対側には焼肉屋がある。逆隣はお好み焼き屋、ビール洋食、オムライスと並んでいる。こうして見渡しててみると、このレストラン街は相当にヘビー系に偏っているのがわかる。
これが西武鉄道グループの陰謀なのか、埼玉県西部に住む人民の嗜好なのか。微妙ななところだなあ。どちらにしても、神奈川県大和からきた中華料理屋には今日も行列ができている。

街を歩く

新宿散歩で 酉の市 発見

ちょっと話は前後するが、新宿酉の市のお話だ。

ニューヨークにありそうな摩天楼チックなビル 丸の内あたりだとこのデザインはないだろう

西武新宿駅の隣に全く気がつかないまま高層ビルが出現していた。工事をしていたのは覚えているが、いつの間にか外壁も備わって、「おや、まあ」という感じでビルができている。歌舞伎町の真ん中にあるゴジラヘッドがモニュメント的な高層ビルと向かい合う形だ。これで西武新宿駅上部構造物の新宿プリンスと合わせて、歌舞伎町の高層ビル三点セットという感じになる。
歌舞伎町はペンシルビルばかりなので、地上げをしなければ高層ビル化ができない。ただ、大多数のビルが老朽化しているので、そのうちに歌舞伎町は50階、60階建ての高層ビルに全部置き換わるのかもしれない。西新宿のオフィスビルより、遊び心がある建物ができると良いなと思う。
気分的にはニューヨークみたいな感じになって欲しい。東洋一(もはや古典的な表現だが)の怪しいビル街になるかもしれない。10階までが飲食店、20−30階がホテル、40階以上が風俗店みたいなビルができそうだ。上層階ほど怪しいテナントが入り込み、魔界ビルみたくなる。最高層は超高級マンションになり、まるで「龍が如く」の世界のような「怪しい歌舞伎町」にならないかと妄想している。

毎年、このポスターを見ては年末だなあと思っていたのだが・・・

散歩がてらに歌舞伎町からJR新宿駅方向に進むとき、ルートは二つある。靖国通りという幹線路を渡り新宿アルタに向かう地上ルート。もう一つは西武新宿駅から地下道に潜り、ちょっと遠回りになるが新宿駅地下や伊勢丹の地下につながる地下ルートだ。地下ルートは雨が降っていたり、やたらと暑い日には避難路として活用する。この日はお天気が良く普段であれば地上ルートを選ぶのだが、ふと気まぐれに地下に潜ってみた。

酉の市を思い出したのは、新宿駅から新宿三丁目方向に伸びる地下通路を歩いていたときにポスター見つけたからだ。これを見なければ思い出すこともなかっただろう。コロナ前は毎日のように歩いていた新宿だが、最近では月に一度か二度程度くるのがせいぜいになってしまった。
家に引きこもるようになると色々なことを忘れてしまう。おまけにテレビもほとんど見なくなったので、最新情報はネットニュースだけみたいな生活だ。
そうなると、以前は歩き回ることで目にしていた情報が全く入らなくなってくる。街歩きも無駄な散歩だったわけでもないということだ。逆に人の暮らしが家にこもっているだけでよければ、マリ歩きをして無駄な情報ばかり拾い集めていたということにもなるのだが。
などと、あれこれ考えていた。おそらく家に篭りすぎて、皮肉っぽいことしか思いつかなくなったらしい。ダメ人間になったような気がしてきた。イカンイカンと反省した。

大行列のお参りだが  不思議と静かだった

という反省の結果、酉の市には意を決して行ってきたのだが、またもやアフターコロナ社会の祭りとは・・・などと考え込む羽目になった。お祭りは、お祭りらしく楽しむべきなのだがなあ。家ごもりの影響は深刻だ。

食べ物レポート

隣町で蕎麦

落語などで昔の町人暮らしの話などを聞くと、よく出てくる言葉に「隣町」 (となりちょう)がある。お江戸の行政単位で商業単位が「なんとか町」だったせいだろう。同じ町内の中で色々な物事が完結していたことがよくわかる。町内には風呂屋と床屋と蕎麦屋が必ずあったらしい。あとは、酒屋と魚屋と寄席だろうか。
町内では需要が足りず広域商圏が必要であれば、移動販売・訪問販売することになっていたようだ。だから、「となりちょう」で買い物をしたりするのは、非常事態の時だけみたいな感覚があったのだろう。例えば、町内の酒屋にツケで酒を頼みすぎて売ってもらえなくなり、隣町に買いに行かなければならない、といったアウトローな買い物関係だ。

埼玉の名酒 秩父錦 とは渋い選択だ

そんなお江戸のことを思いながら、線路を挟んだ隣町にそばを食べにいった。隣町といっても同じ市内だ。ただ、自宅のある一角には蕎麦屋がない。ラーメン屋は数軒あるが、うどん・そばの店はない。仕方がないから、「となりちょう」にお出かけすることになる。
このとなりちょうの蕎麦屋は、こんな街にあることが不思議と言いたいくらいの本格的蕎麦屋で、当然のように手打ちそばを出す。それも田舎蕎麦と更科そばを選ぶことができる。都内であれば倍ほどの値段がとられても文句が言えない高いレベルだと思う。その店で昼のピークを外し、古式にのっとり熱燗で酒を注文することから始める。なんと驚くべきことに、焼き味噌がついてきた。

蕎麦屋で頼むのだから天抜きといきたいものだが、なぜかメニューにあったカツ抜きにしてしまった。どうも理由はわからないが、こちらの店では、埼玉産豚のカツ丼推しをしていてる。それに釣られて、ついカツ丼のあたまを頼んでしまった。しかし、後悔することはなかった。予想以上にうまい。おまけに適度に油が抜けているので熱燗によくあう。これはあたらしい蕎麦屋の肴の発見だ。

当たり前のように締めはもりそばにした。田舎蕎麦の黒っぽさがうまさをそそる。こういう手打ち蕎麦屋では蕎麦つゆが上品すぎることが多い。蕎麦にツユが負けるというやつだが、これもなんなくクリアだった。鰹出汁が強く効いた濃いめのツユで太めのそばに負けない。「となりちょう」の蕎麦屋はとても良い店だった。線路を渡った隣町(徒歩3分)には、この先随分とお世話になるだろうな。

街を歩く

池袋 歩き回ってみつけたもの

池袋と新宿はどちらも巨大ターミナル駅で、駅の東西に繁華街が広がる東京屈指の「盛り場」であることは間違いない。新幹線の集結する「東京駅」が東京の表玄関だとすれば、JRと私鉄と地下鉄の結集点で裏口的なのが池袋だ。新宿も裏口的な要素は同じだが、中央本線という脱出路があるので、隠れ玄関とでもいう感じがする。東北方面に限定すれば、上野も裏玄関的存在だが、すでに東北新幹線、上越新幹線、北陸新幹線すべてが東京発着なので、没落した裏玄関「上野駅」という漢字だろうか。
新宿で盛り場といえば歌舞伎町で、その外れにあるゴールデン街あたりがアナーキーな場所の代表として相当に有名だ。だが、池袋は街自体がアナーキーだから「ゴールデン街」的な場所はどこにあるかと思ってしまう。少なくともサンシャインが立つ東口側にはない。(一部、昔の名残も残っているが)
西口も、南側はすっかり文教地区っぽい香りがする。ただ、西口の北側が最近メキメキとアナーキーというか無法地帯っぽい匂いがしてきた。無法地帯といっても、あくまで感覚的なもので、犯罪が多いという意味ではない。

その西口北部を歩き回ってみて発見した強烈な看板。確かに、そうですね。100%同意します。と思ってしまった。本当に言葉は人を虜にすることがある。この店には行ってみなければならない、と使命感すら抱いてしまう強烈さだった。

店頭のボードを見ると鶏白湯ラーメンのようだ。開店時間は夕方からで、昼飯時にはおやすみしていた。池袋で酔っ払った後に立ち寄るのも良いが、飲む前に食べに行くかなやみどころだ。なんだか、食い物屋の意地というか矜持というかが伝わってくる、とにかく感動した看板だった。

池袋駅の地下通路は、今でも昭和の雰囲気が残る猥雑な露店が並んでいる。すっかり綺麗になった新宿駅コンコースなどとははっきり異なる薄暗い、怪しげな通路だ。おまけにJR、地下鉄と私鉄が各2路線入り込み超巨大地下迷路が構成されている。その怪しいダンジョン屋台で発見したクリームパン屋の売り場に思わず立ち止まってしまった。
コロナの拡大の中ひっそりと店を閉じたとはニュースで知っていた神楽坂のパン屋さん。確かにこの店のクリームパンは手土産に持っていけるほど上等なものだった。手に持てば中のクリームの重みでパンが下に垂れ曲がるほどの超重量派のクリームパンだ。人気がありすぎて購入個数に制限があったが、いつもその制限数まで買っていた。一人では一個食べるとお腹いっぱいになるくらいのボリュームだったが、周りの誰かにお裾分けというかお福分けするととても喜ばれた。周りの人を幸せにするクリームパンだった。
復刻版ということで、ついなつかしくて2個ほど買ってしまったが、残念ながらあの懐かしのクリームパンとは全く別の食べ物だった。昔の記憶を懐かしむだけの結果になった。再現するなら、もっと本気で再現度上げてくれよとお願いしたい。

池袋でのぶらぶら散歩に疲れて、一人酒を飲むには実に快適なキャッシュオンデリバリーの居酒屋に入った。コロナ明けでようやく復活して営業再開していた。大振りの徳利に入った熱燗でちびちび飲む楽しみは、酒飲みにしかわからない奇妙な習慣だと思う。喫煙と同じでなくなっても誰も困らない代物だろう。一人酒を文化などと言い張るつもりもないし、社会的弱者の一員扱いされても仕方ない「滅びゆく文化らしきもの」だ。だから、コロナで飲酒の機会を制限されても、それは受け入れるべき社会変容だと思う。ただ、それを誰彼構わずに強制しないでほしい。どうせ10年も放置されれば消えいく運命だろうと思うし。

と、ちょいと哲学的な社会考察をしながら一人で酒飲んでました。もちろん、一言も喋らない黙飲。電車の中で大声で喋りまくる非飲酒者の方がよほど迷惑だと思いつつね。

街を歩く

カツ重比較してわかったこと

久しぶりにスーパーマーケットの熾烈な競争を発見してしまった

食品ディスカウントスーパーマーケットの「オーケー」に対抗しているらしい、フーコットの商品を確かめてみると、色々と面白いことが見えてきた。オーケーの商品の中でも、テレビ番組なので取り上げられるお値打ち品はホールピザ500円であることは間違いない。ただ、それよりもすごいのがカツ重に代表される300円未満の弁当だろうと思う。間違いなくコンビニキラー商品だし、ホカ弁も対抗できない。戦略的目玉商品と捉えるべきだろう。
どうやらそこに競合ラインを合わせているのがフーコットの弁当だ。以前フーコットに行った時には見当たらなかったカツ重弁当を発見した。価格はオーケーより1円安い298円。この1円差に開発者の意地を見た気がする。コスト差が産んだ1円差ではなく、競合より1円でも安く売りたいと言う意地っ張りと執念の一円差だろうか。

蓋を開けて中身を見ると、オーケーのカツ重とはほとんど双子の兄弟状態で差を見つけるのが難しい。一つだけはっきりとわかるのは、オーケーカツ重は四角いフライパンで作成したようにも見える、長方形型の卵とじが特徴だ。フーコットの卵とじ部分も四角っぽいが、少し形が緩めというか四角っぽいが丸みがあり、カツの上にも卵が載っているというあたりが違いだ。
色彩バランスとしては三つ葉が乗っているフーコット製が若干優位といった感じがする。オーケー製は「三元豚」を箱の上のシールでアピールしているので、さりげなく高級感を漂わせる意図があるようにも見える。フーコットは演出不足というか、何も言っていない、書かれていない状態で、ここは改善の余地が残っている。

この二軒のスーパーがどこかの街で隣り合っているのだとすれば、1円差の価格違いを含め熾烈な競争しているのだなと感じ取ることができる。しかし実際は、直線距離でも20km近く離れている。その20kmの間には10店以上のスーパーがびっしりと詰まっている。隣の店とは全く言えない。おまけに隣町ですらない。西武線の特急使用して2駅、普通の駅でも8駅も離れている。
それでも、お互いに競争相手の店を繰り返し視察に訪れているのだろう。ライバル心というか敵愾心というか、激しいものがあるに違いない。
1円の差に気がつく客は少ないが、競争相手には宣戦布告と映るはずだ。大スーパーの1円戦争。ちょっと面白いと思うのは、外野からみる野次馬の意見なのであります。

食べ物レポート

ぎょうざの満洲で餃子以外の方

よだれドリのハーブサイズ 皿までハーブサイズだった
これこそ、ちょい飲み需要対応商品なのだが

コロナによる禁酒令が停止した10月になって気がついたことだが、昼飲みジジイが復活していない。相次いだ緊急事態宣言の隙間では、夜の活動を自粛というか逃げ出していたジジイが大量に昼飲みをしていた。ジジイだけではなく高齢者女性も同席した(ポリコレを意識した言葉遣いで・・・)昼飲み会もずいぶん目撃した。それが、10月を境にさっぱり見かけなくなった。普通に夜に飲みにいくようになったのだろうか。去年の春先にはあれだけクラスターを発生していた昼カラも大復活しているから、そちらに戻ったのかもしれない。
この辺りの人の流れの分析は、定量的に行うのが難しいこともあり、メディアもネットも沈黙している。おそらく第6波なり第7波がくれば、医療関係者ではなく社会学者が登場して、色々と分析がされるだろうと思う。少なくも第5波収束の説明ができない以上、医療関係者の発言はオオカミ少年以下と思った方が良い。
そして、おそらく昼のみジジイが減った分、ランチ客は純減しているのではないかと推測している。その分はディナー客が増えれば良いのだが、どうもディナーも回復していないように見える。町中華はちょい飲み居酒屋としての需要が復活しないと苦しいだろうと推測はしている。外食の受難はまだまだ続くのだな、と思っている今日この頃だ。

おそらく5年ぶりに食べた満州のレバニラ炒め

ささやかな支援として近場の町中華の店をそれなりに使うことにしている。その中でも本店が自宅近くにあるぎょうざの満州は使用頻度が高い。ただ、頻度が上がると食べるものに飽きが出る。たまにいくのであれば、飽きることなく自分の定番を食べ続ければ良いのだが、頻度が上がったせいで今日はいつものやつではない方を注文しようという感じになる。普段では手を出したことのないレバニラを頼んでみたのは、そんな気分での気まぐれだった。そして気がついたのだが、満洲の味は薄味の方向に移っているのだなということだった。濃い味の典型料理だと思っていたレバニラだが、あっさり味付けでおまけにニラも少なめだから、イメージの中にある強烈な匂いとレバーの内臓肉感みたいなものが希薄化している。洗練されたとまでは言わないが、ずいぶん上品な味になったなと感じた。

チャーハンは店によって味が違うような気がする 好みは本店のもの

その後でチャーハンを食べたら、これも塩味薄めというかさっぱり系のチャーハンだった。油でギトギトという感じはしない。高級中華料理店のようなパラパラでもない。ちょっと形容としておかしいとは思うのだが、健康的なチャーハンとでもいうべきだろう。自分の好みではもっとラードたっぷり、化学調味料たっぷりの濃い味が良いのだが。そういうものを食べるには、高齢化が目立つ自宅近辺ではなく、学生が大量にいる高田馬場とか池袋に行けば良いのだろう。

10月のメニューで登場したもので気に入ったのは二品あった。一つ目は昔は売っていたような気がする(今は定番では無くなってしまった)キクラゲと卵の炒め物だ。これは是非にでも定番化して欲しい秀逸さだった。二つ目はネギとりチャーシューで、ネギチャーシューの鳥版だ。ネギチャーシューも同じだが、相変わらずネギたっぷりというか、ネギ多すぎるでしょうと言いたくなるモリモリのネギだった。
これを頼んだ時は、ネギを半分残して、麺を注文してそこに残ったネギを投入する「自家改造ネギラーメン」などにすると良い。
あとは、何故か「むき枝豆」が単品で定位置を占めている。メニューを見ると、会長おすすめらしいが、なんだか味が薄いので中華料理としてコメントしようがない不思議なもの。豆は豆の味しかしないのも困ったものなので、ラー油とか酢とか醤油とか卓上にある調味料を適当にかけてみた。どれをかけても、豆は豆という結果だ。仕方がないか。会長お勧めのわけがよくわからないが、この豆を入れた炒飯が「推し」らしいので、それは次の機会にでも試してみよう。

食べ物レポート

ようかんパン アゲイン

散歩がてらに近所のスーパーに立ち寄った時、山積みになっている地方のパンがあった。駅弁特集と同じノリであちこちのパンを集めてきたようだ。その中にようかんパンを発見した。表面に書いてあるようかんパンの文字に釣られて、思わず値段も見ずに買ってしまったのがだ、後で確かめると200円以上もする高級パンだった。パンの中には甘い金時豆が入っている。北海道では定番の豆パンに羊羹がかかっているスタイルで、これはちょっと高くても仕方がないかと思わせる。
確認のため賞味期間を見ると、なんと2ヶ月も先の日付が書かれていてギョッとした。中には脱酸素剤が入っているので、ロングライフ仕様のパンというより菓子に近いものだった。食べてみれば、食感はパンとはちょっと違う。饅頭とパンの間のような感じがする。日配品であるパンとは「似ているが異なる」ものだった。

冷静に考えると、北海道で北海道名物と書いたものを売るとすれば、それは道民以外、つまり観光客目当ての者だろう。道民向けであれば、何か違う文句を書くと考えるべきだ。たまたま地元の有名商品が観光客に支持されるということはある。美唄の袋入り焼きそばとか、北海道特別仕様の中華饅頭(肉まんの親戚ではなく、折り畳んだドラ焼きみたいなものを指す)とか、ケンミンショーのネタになりそうなものだ。ただ、地元民の愛する商品に北海道名物とは書かないよな、という気がする・・・。
北海道名物として抜群の知名度を誇る石屋製菓の「白い恋人」も、ロイズの「生チョコ」も、マルセイバターサンドも自分で買って食べた記憶はない。美味いまずいではなく、なんとなくの思い込みで、あれは観光客が買うものという感覚があるからだ。マルセイバターサンドも勤務先で誰かの手土産でもらったものを、ひとつわけてもらった。初めて食べた北海道銘菓体験だった。東京名物「ひよこ」は、大阪の事務所でお茶と一緒に出てきたのが初体験だったし。そういえば埼玉名物の菓子も食べたことのないものが結構ある。(埼玉のソウルフードと言われる十万石まんじゅうは一度自分で買って食べたが、あまり感動しなかったなあ)

同じ場所で売っていたのが、岩手県の豆パンと日光金谷ホテルのカレーパンだった。これも微妙にお値段が高いのは、輸送賃が含まれているせいだとは思う。本来は地産地消であるローカルパンをわざわざ通販で頼んだり、運賃をかけて首都圏まで持ち込んで販売するというのは、コロナの影響を否定できない。
自宅に縛り付けられた感じがする生活の息抜きみたいなもので、行ったことのない場所の食べ物を自宅で楽しむ。本来は旅先で楽しむものを近所のスーパーで買い付ける。旅の代用品みたいなことだ。これは、典型的な代償規制になると思う。ただ、そこに文句はつけないが、注文はつけたい。できれば滋賀県長浜つるやのサラダパン、福岡県久留米のホットドッグなどを販売して欲しいのですよ。全国展開している某スーパーチェーンのバイヤーさん、ぜひご検討ください。

街を歩く

渋谷散歩 奥渋で看板探し

JR渋谷駅の駅名は看板位埋もれてしまった

年に何回か所用で朝早くに渋谷に行く。商業都市渋谷は朝の目覚めが遅いのか、8時前では歩く人も少ない。渋谷駅の看板を写真に撮るには絶好の時間だ。日本で屈指の歩行者数の多い場所だけに、駅ビルや駅舎に貼られている巨大広告はその時期特有の「世のあり方」を映しているような気がする。一年前の広告物はオリンピックのカウントダウンだった。時代を映し出す醜い鑑と思うこともある。
配信型動画サービスが拡大し続けているのは、現在のテレビが機能不全に陥っているからで、有料動画配信サービスはその機能不全のテレビのエンタメ機能が置き換わったものだ。オリンピック前はコロナ批判を繰り返し社会に恐怖を煽り、オリンピックが始まれば手のひら返しで全局あげてのオリンピック礼賛に呆れ果てた。
だったらエンタメだけやっていて報道など偉そうな物言いはやめれば良いのだ。そもそも親会社の新聞社がオールドメディアで、機能不全どころか中立的な報道機能が崩壊しつつある。政府支持か反政府かに分かれたファンクラブの会報みたいなものでしかないだろう。だから、オールドメディアの子会社であるテレビ放送局は劣化バージョンの扇動しかできない。偉そうに人様に意見を垂れるより、視聴率稼ぎの芸能スポーツに特化して、沈黙すれば良いのだと思う。
出来の悪いエンタメ番組を垂れ流すテレビより、有料配信の質の良いエンタメに流れていく人が多いのは当然だ。ラジオがテレビに負けたように、テレビはネット配信に負ける。勝てるはずがない。要はまたもやメディアの世代交代の時期が訪れたということだろう。
在京局ではテレ朝やフジテレビがいくら頑張っても、所詮は日本ローカルだ。ディズニーという世界資本のエンタメ企業には勝てるはずもない。世界企業に対抗できるのは、国民から強制的に課金徴収している某公営放送だけだ。その某公営放送がある渋谷駅の広告がこれなのだから笑ってしまう。

渋谷のランドマーク、ハチ公が立つ駅前広場に面した東急百貨店も、ついに取り壊しが始まった。何年かすれば、高層ビルに置き換わるのだろう。渋谷は谷底の街で、その1番の底がJR渋谷駅だが、駅の周りの東西南北全方位で高層ビルが取り囲むようになる。だったら高層ビルの屋上を使って屋根でもかけて、渋谷の街全部を全天候型都市に変えて仕舞えば良いのに。空が見えない街は、渋谷ににあっているような気がする。

渋谷駅から北側に5分ほど歩き東急百貨店本店を超えたあたりが、渋谷という街の外れになるのだろう。その先は某公営放送の本局があるので、渋谷というより代々木になる。この渋谷の北側の端っこが、どうやら「奥渋」というらしい。街頭に奥渋と書かれた旗というか不思議な垂れ幕がたくさん下がっている。渋谷中心部はすでにほとんどビル化されているが、奥渋は低層階のビルが立ち並ぶ程度で、中には二階建ての住居も残っている。渋谷の辺境とでもいうべきだろうか。

そんなおとなしい雰囲気の町にかわるあたりにレストランビルができていた。各階ごとに特徴あるレストランが入っている。なんだかバブルの頃を思い出す、レストラン専門ビルだった。想像するに、これもビルが出来上がった頃にコロナの影響で用途が変わったというか、テナントが集まらなかった、みたいないわく因縁がありそうな感じだった。

壁面いっぱいを使った看板は、なんだか沖縄風で異国感がある。渋谷の街中のゴミゴミした感じとは、ちょっと色合いというかテイストが違う。センスあるというべきなのか。早朝だからイメージが湧かないが、夕方の薄暗くなったあたりに来ると、なんだか全然違う印象になるだろう。奥渋は朝しか訪れたことがないので、今度は夜にぶらぶら歩きしてみるのもよいかな。

最後に、とてつもなく気になった看板というか店舗がこの「ガガナラーメン」で、あたまのなかで???が爆発してしまった。ガガナとはなんなのか。そもそも日本語なのか。看板を見るとGaGana Ramen 極 とあるからには、どこかに普通のがガナラーメンを売っている店があり、そこと比べて極上品質だから、極ということなのだよね、それでどこが極みな訳?と聞きたくなる。謎だ。謎が謎を読んでいる。そして、奥渋にはこんな謎の店がゴチャマンとある。街自体が謎な存在だとも言えるか。やはり夜の奥渋ぶらり散歩は決行しなければいけないなあ。
渋谷は南側の桜ヶ丘あたりも謎が多いので、2回ほど夜遊びに来ることにしようか。