食べ物レポート

赤福の魅力 造形美の理解

レトロな包み紙

赤福は伊勢の名物だ。お伊勢参りに行くと、必ずお世話になる。関東圏では目にする機会も少ないが、名古屋から西に行けば、新幹線ホームの売店で山積みされて売られている「名物土産」だ。だから、初めて見た時は名古屋の名物だと思っていた。その後、京都や新大阪でも目にする機会がありずっと不思議に思っていた。伊勢名物と知ったのはしばらく経ってからのことだ。
流通経路を考えれば、名古屋・伊勢商圏と京都・大阪・奈良商圏はほぼほぼ一つの広域商圏と考えて良さそうだ。移動時間で考えると、東京を中心とした首都圏程度だろう。意外と関西商圏は狭いということか。

包装紙を取ると箱の蓋にもイラスト?がある

赤福は伊勢神宮の参拝客に振る舞うあんころ餅のような和菓子だが、きめの細かいあんこが独特の舌触りで、中に潜んでいる小振の餅とよく調和している。砂糖が高級品だった時代に、長旅で疲れた客には、この甘さが心に染みただろう。今では、伊勢神宮前まで車で乗りつけるので、体に染みいる感激はないにしても、赤福のすっきりとした甘さはお伊勢詣での上品な定番の楽しみだろう。
箸ではなく小ベラで食べるのもちょっと嬉しい。昔は、伊勢に行かなければ食べられなかっただろうから、さぞかし貴重品だったはずだが、今では関西、中京圏では気楽に手に入る。そういえば、名古屋のういろうも東京駅で帰るしなあ。地域名産を手に入れるには、全く地域にこだわらなくて済む時代になった。ありがたいような、ありがたみが消えてしまったような・・・。この赤福も新宿のデパートで手に入れた。

赤福は現代ではすっかり古風に見えるようになった和菓子の典型だが、造形美という点ではオーバーデコレーションな最近の洋菓子、特にケーキと比べると、遥かに好ましい。簡素な美しさの方が心に染みる気がするようになった。歳をとったということもあるが、手仕事の美しさは簡素に通ずるということがわかるようになった。簡素な美を理解するには、それなりの人生を送り、見聞や経験をつもことが必要なのだろうと思い至った。
確かに、赤福をうまそうだなと、造形美を堪能する間もなく、パクリパクリと食べていた時代は間違いなく「若僧」だった。「美」に価値などあるものかな、などと思っていた。我が身を振り返って思う。
食べる前によく観察する、そして「美しさ」を楽しむようになるには、ずいぶんと余裕のある時間が必要で、それなりに手間がかかる。そんなオヤジの道楽を理解できる程度の人生経験をなんとか積んだようだ。この歳になって、ようやく赤福の良さが分かったというのも、なんだか情けないが。このあんこの曲線は実に美しいなあ。

小売外食業の理論

コストコでチキン 日本外食の課題がみえる日米比較してみた

コストコのチキン

年末に家族の要望でコストコに行ってきた。開店当初は会員になっていたが、あまりの混雑に辟易して、ここ数年は非会員状態だった。そもそもコストコは会員制業務用卸の商売だったはずだが、今ではすっかり個人ユースが主流のようだ。コロナによる外出制限を追い風にして、商売も順調らしい。
そのコストコでいつも買っていたローストチキンを久しぶりに手に入れた。この立体パッケージはアメリカのスーパーでも良く見かけた、テイクアウト・ローストチキンお決まりの入れ物だ。
チキンの大きさと価格を考えると、もう一度コストコ会員になろうかと思うほどのコスパの良さだ。味付けはあまりくどくどしていないため、追加で自分のお気に入りのソースをかけて食べるのが良い。やはり、あくまで業務用でチキンメニューのベース材料という感じがする。この値段で仕入れて、ソースを自前で作成してレストランで販売すれば、3000円を超えるお値段が取れそうだ。
ローストチキンを食べている時に、クリスマスに買った某ファミレスの丼入りローストチキンを思い出した。

ファミレスのチキン

大きさは、コストコの半分程度。焼き方は腹が上のあおむけ焼き。味付けは色々濃厚だった。値段はコストコの5割り増しくらいなので、小さくて高いということだ。この2品を比較すれば、色々と言いたことが出てくる。ただ、その違いの理由も十分理解しているので、あえて語るつもりはないが、この差は一般の消費者から見ればなんとも腹立たしくなる違いにあたるのだとも思う。

コストコチキンは、自分の中のローストチキン像とマッチした調理の仕方で、うつ伏せスタイルで腹は下向き。背中がこんがり焼けている。チキンは上半身の胸肉、手羽が好みの部位だが、ローストチキンの場合は、適度に油と水分が残った足の部分がうまいと思う。
ただ、物性的にいうと手羽元付近の胸肉が旨味成分となるアミノ酸が多いので、某フライドチキン創始者のおじさんは、味見をする時には手羽元・胸パーツをたべたそうだ。なので、自分の家でローストチキンを食べる時には、解体役をしながら、解体役特権として手羽元部分を最初に手に入れる。
これにママレードなどの柑橘系で甘さ控えめのジャムをつけて食べると、なんともアメリカンな気分になる。ローストチキンは照り焼きソースや味噌、醤油系和風仕立てソースより、やはりアメリカンテイストで食べたい。アメリカ製バーベキューソースが手に入れば、それが一番よく合うと思う。

テイク・アンド・ベイク はアメリカピザ業界の新興勢力

アメリカではデリバリーピザよりも人気があるらしい、トッッピング済みのテイクアウトピザがあちこちで売っている。いわゆる生ピザだ。自宅に大型オーブンがあるアメリカの家庭では、この生ピザが絶対定番に近い商品だろう。日本的に言えば、生ピザはラーメン(インスタントではない方)に近い位置付けだと思う。
Take & Bakeと名付けられた持ち帰りピザは、デリバリーピザの半額くらいで売っている。価格の安さも魅力だが、自宅て焼きたてあつあつを食べられるのが最大のメリットだろう。スーパーでは常時5−6種類のトッピング違いピザが売っている。チーズの違うピザも人気がある。
Take&Bake専門店もあり、そこではお好みトッピングの指定もできるが、人気筋のミックスピザを10−15種くらいを取り揃えている。大きさは標準が16インチ、直径40cmくらいあるので、日本では特殊な家庭でしかそのまま調理できない。オーブントースターやグリルを使うにしても1/8くらいにカットしなければ調理機器の中におさまらない。当然、日本のスーパーでは売っているはずがないサイズなのだ。
そのアメリカンサイズのピザがコストコでは当たり前に手に入るのだが、やはりこれは業務用と考えるべきだろう。家庭向きの大きさではない。値段を見れば、デリバリーで注文する時のMサイズピザ(10インチ)の値段だ。コスパの良さは歴然としている。これもレストランで原材料として購入して、トッピングをアレンジして販売すれば、2倍程度のお値段は設定できそうだ。日本のコストコでも、生まれ故郷のアメリカンなDNAはなくしてはいないようだ。

イケアのホットドッグ シンプルでベストという感じだなあ

コストコに行った翌日にIKEAに行った。フライドチキン、ホットドッグ、どちらも100円程度。立ち食いスタイルとは言え圧倒的な低価格での提供だ。コストコでも同じように買い物後の立ち食いが人気コーナーだった。確かに、安い買い物をした後、高い食事をすればコスパ気分は台無しになるから、イケアもコストコも低価格提供することに、損得をあまり考えていないのかもしれない。
残念なことに、日本の外食産業が提供する低価格コンセプトが、いつもチープになるのはこのあたりの総合的な割り切り、コンセプトメイクができないことにあるようだ。コスト低減のと値付けの考え方に問題がありすぎるのだと思う。
Value for mpney 、支払った金に見合う価値 という考え方をもう一度ゼロベースで見直すべきなのだと、年末に欧米発祥の価格破壊コンセプトに買い物に行って、改めてあれこれ考えていた。

街を歩く

新宿感動 再確認の巻

去年の暮れにおっさん3人クリスマスイブを迎えるにあたり、発見したおしゃれなお店にぜひいってみたいと思っていたが、早々と念願を叶えることができた。2階の感動を味合わせてもらいたいと「二階席」を要望し、めでたくゲットした。一応、入店時に「二階席にも感動があるようですが、一階席はもっと感動しますか」と聞いてみた。ところが、あっさりと一階にも二階にも感動ありますよと返されてしまった。うーん、ノリツッコミの呼吸が欲しかったなあ。などと思いながら、2階に行けば窓の外は新宿の歩行者を見下ろすおしゃれ席だった。なるほど、これが感動の素だろうか・・・。

新宿駅東口を出てすぐの場所なので、もっと席が狭いファストフード的な店内かと思っていたら、予想以上に余裕がある。軽く一杯という使い方もできるが、ちょっとゆっくりと時間を過ごすにも問題ない。想定外の居心地良い空間だった。

こんな時はビルスナーではなくエールに限ると、黒ビールを頼むことにした。東京も下町では黒ビールの人気があるそうだが、山手線西側では黒ビール人気はそれほどでもないような気がする。ただ、冬になると無性に飲みたくなるのも黒ビールだ。

ガーリックソースを塗ったバゲットとアヒージョの組み合わせは、濃い味の黒ビールによく合う。黒ビールの後には、切り替えたハイボールですっきりと・・・。普段はちょっと敬遠気味だったビヤホールというかビヤバー?だったが、次は一人呑みで行ってみようかと思った。
しばらくして、怪しい黒服、襟にきらきらバッジをつけたジジイ連中が入ってきて、露骨に聞こえてくる賄賂と利権の話にすっかり辟易して退散した。次回行く時は、録音機(言い方古いなあ)持っていって、録音データを文春に送ってやろうと「黒い企み」を思いついた、新年早々の出来事でありました。
どうやら、これが2階で味わえる感動らしい。

食べ物レポート

ラーメン日誌 1月の満洲

天津飯のあたま というか蟹玉

ぎょうざの満州本店で、月替わりメニューを頼むのはささやかな楽しみだ。特にコロナ環境で外出制限がかかっていると、行動半径が狭くなる。地元の商店街で食べる頻度も増えたせいで、定番は食べ飽きてしまうことも多い。月替わりの限定品は、そういう状況で実に嬉しい。ところが年末12月はなんと「普通のラーメン」特集だったので、一回パスしてしまった。
年が明けて1月は昨年に続いて天津飯 甘酢あんかけがテーマだった。餃子の王将の店舗が広がったせいで、天津飯にも甘酢餡ではない関西バージョンが増えてきた。そのための、わざわざ「甘酢餡かけ」宣言だろう。
今回は、天津飯ではなく、その上に乗る蟹玉だけを単品注文した。酒の肴に向いているとメニューには書いてあったが、確かにそうだろうという味だった。白飯なしではちょっと味が濃いかもしれない。蟹の存在感は微妙だが、卵料理としておいしいものだ。

そのあとは冬になると食べたくなる味噌ラーメン(定番)を注文した。満洲の味噌ラーメンは肉けなしで、野菜炒めが乗ったタンメン風だ。味も比較的あっさりなので、味噌ラーメン的濃厚さには欠ける。しかし、するすると入ってくるから、軽めのラーメンが好みの方には向いている。いかにも町中華という感じの味だが、それがこの店の主張だといえばそうだ。普通にうまいではなく3割うまいが、満洲のキャッチフレーズだし・・・。
満洲の料理は基本的に餃子と合わせて食べる設計になっているようで、単品で食べるとちょっと物足りないが、餃子と合わせると餃子の肉と油をよく中和するようにできている。ある意味計算された料理という感じがする。このあたりが3割うまいということだろうか。よくできている。
というわけで、餃子を外した、カニ玉とラーメンという注文はあまり良い組み合わせではなかったようだ。まあ、人はこうして学習をするのですよ。

街を歩く

飯田橋界隈 恋愛の神社らしい

東京大神宮

九段下から飯田橋界隈は、駅からすぐ近くの場所ばかり行っていたので街歩きをしたことがない。東京の街は地下鉄、JRともに駅間距離がさほどでもないから、一駅二駅くらいは歩いての移動が可能だ。逆に歩いてみないと、地理感覚が身につかないようにも思う。
東京都心西部地域、目黒から池袋にかけては折々歩いているので、そこそこ土地勘もできた。大地震の後、どうやって自宅まで帰るかが問題らしいが、少なくとも東京都内西部域からであれば、何通りでも帰り道の検討はつく。しかし、皇居周辺を含む東部域であれは、かなり怪しい記憶しかない。だから、秋葉原から神田、九段下、麹町、飯田橋、四谷から新宿にいたるまで、中央線沿線の繋がりで東京都心部の東西横断はしておくべきだ思う。
そんなことを考えつき、九段下近くから飯田橋、市ヶ谷と歩いてみた。そのついでに、今まで行ったことのなかった東京大神宮に立ち寄ってお参りした。どうも恋愛成就の神様らしいが、今更お世話になることもなさそうなので、見当違いを承知で商売繁盛をお願いしてきた。それでもバチは当たらないだろう。

街歩きをする時の楽しみの一つは、飲食店を含む面白看板を探すことだ。麻辣湯という文字は池袋で見た。酸辣湯麺は好物でよく食べるが、その「酸」がない麺料理のことかと想像してみる。すごく辛そうだ。水が大量に必要になるに違いない。でも食べてみたい、誘惑に駆られてしまう。
隣の「あらごし団」は、なんとなく意味はわかるが、何があらごしなのかなと疑問が湧く。普通は「あらごし果汁」みたいなつぶつぶ感のある液体を指す言葉なのではと思うが、「あら+ごし」という九州の言葉の合成?を疑ってみたり・・・。そもそも「あら」とか「ごし」という単語の記憶があるわけでもない当てずっぽうだ。

歩いているといきなり広場が出現した。この規模であれば普通は公園にするような気もするが、何かの理由があって「広場」で放置されているのだろう。都が地上げをして、この先は周辺も回収して何かにするのかもしれない。青山の児童館建設で地域住民が揉めていたことを思えば、収容した土地を広場として放置するという策もあるだろう。地域住民が高齢化して消滅するまで処分を決めないでおく「住民と揉めない長期戦略」なのかもしれない。義務を果たさず権利を追求すのは、都市住民だけでない。もはや国民的運動とでも言いたいぐらいだ。土地問題は利権が絡んでいるから「専門家」が砂糖にたかるアリのように集まってくるせいもあるだろうし。「専門家」ホイホイが必要な時代だろう。

JR飯田橋西口に出る途中に青森県のアンテナショップがある。たまに青森産の日本酒を調達す流のに立ち寄っているが、銀座周辺のアンテナショップ密集地帯を離れてポツンと一軒あるのが不思議といえば不思議だ。原宿にも新潟県のアンテナショップが単独でポツンある。銀座は家賃が高いから不採算なお店が多いと聞くが、青森県や新潟県の場所選びの理由は知りたいと思う。
この後、法政大学キャンパスと靖国神社の裏を抜けて市ヶ谷まで歩いた。頭の中で、駅と駅、点と点で結ばれていた九段下から飯田橋界隈がようやく道で繋がった。歩くというのは重要だなと再認識する。次は市ヶ谷から四谷経由で新宿あたりまで。あとは四谷で分岐して北側を攻めてみることにしようか。北ルートのゴールは多分高田馬場だな。東京歩き旅?も面白いものだ。

食べ物レポート

北海道人の独善と欺瞞

某局の「秘密の県民」情報番組が好きなので欠かさず見る。ネットであちこちに書かれている、「あんなことは実は一般的ではないぞ」という暴露クレームも、エンタメだから許してやろうよ、と鷹揚な気持ちで見ている。そのはずだったが、どうも最近の生まれ育った場所の情報を見るにつけ、確かにネットの意見は正しいとも思う。特殊事情を一般化して(要するに話を盛大に盛っている)事案も多いようだ。
以前にも何度か書いた記憶があるが、北海道は元々、原住民族アイヌが全道に散らばって住んでいて、樺太(現サハリン)や千島(現クリル諸島)にもアイヌは存在していた。だからアイヌ民族は北海道だけではなくアジア北方域に広がる広域民族だった。ただ、言葉は多少違っていたようだ。
そこに、南部から日本人が侵入してきた。商売を含め共存していた時期もあったようだが、結局は明治政府の時期に、直轄地として日本人による開拓が進んだ。だから北海道の地名はアイヌ語きげんがほとんどだ。
その明治期の開拓前は、津軽海峡を挟んだ津軽海峡文化圏とてもいうものが北海道南部の沿岸地帯に広がっていた。だから、当初の北海道は津軽の北縁的なもので、津軽文化が色濃く残っている。そこに、明治期の流刑人および戊辰戦争敗残者が多数移住してきたため、全国各地の風習や言葉がミックスされていった。
このミックス言語を「北海道弁」として認識しているのだが、当然ミックスには濃淡があり、北海道人の中でも互いに理解できない単語が混じっている。札幌人は函館人の言葉がわからないが、津軽の人はよく理解できるという現象が、その典型だろう。
逆に北海道人が、北海道独自の風習だと思っていることのほとんどが、北部東北を中心とした地域にルーツがある。

長々と書いてきたが、北海道人がよくいっている「北海道だけ」のお菓子みたいなものに、中華饅頭がある。一般的な饅頭とは全く見栄えが異なり、どら焼きを二つ折りにしたような形というのが一番近い表現だろう。半月型のどら焼きという感じか。
北海道では冠婚葬祭によく使われる。大きさも手のひらサイズからスイカを半分にしたような巨大なものまで、色々とサイズ違いを見かける。ところが、これは北海道独自のものではなく津軽ルーツなのだろう。青森の市場にあるお菓子屋で中華饅頭の原型を発見した。
同じ店に売っていたリンゴ最中は北海道では見たことがない。青森のリンゴ栽培は明治期に始まったので、りんご最中はそれ以降の商品だろうから、北海道に流れ込まなかったようだ。しかし、中華饅頭は道南を起点に十勝平野から東へ、旭川から北へ広がったようにおもえる。鉄道網の広がりと合わせて広がった食文化ではないだろうか。
例の県民情報番組は、この辺りの時代考証はあまり行わないので、北海道独自スイーツ的な扱いになっていた。どうやら中華饅頭北海道起源説は北海道人の独善的解釈らしい。まあ、どうでも良いと言えばどうでも良いことだが。

ただネーミングは中華饅頭ではなく「大中華」と書かれていた。どこで名前が変化したか、それともこの店独自のネーミングなのかはわからない。青森、弘前で菓子屋巡りをしてみれば判明しそうだが。

最中については、どうやらリンゴに対する熱烈なこだわりというよりは、モナカバリエーション拡大作戦の結果のようで、貝モナカや菊モナカも存在している。津軽人が和菓子大好きで、特に最中が好きだからリンゴ最中が出現したと考えても良さそうだ。北海道人が特別の最中嫌いだったということもないだろう。

岩手や宮城の食文化も北海道には移入されていて定着しているものも多いが、どうも北海道人はモンロー主義的に「これは北海道特有で独自」と言いたがるようだ。ちょっと調べると、意外とルーツがわかるものなのだが。おそらく北海道に流されてきたもの、故郷を追われてきたものの子孫なので、その出身地域へのコンプレックスが「北海道独自」と言い張りたくなる原因だと推測している。親に嫌われた子供みたいなやるせなさだ。しかしルーツを隠した欺瞞情報で喜ぶなど、先の大戦の大本営みたいなものではないか。
ただ、ルーツに対する屈折した憧れは、アメリカ人やオーストラリア人のイギリスに対する複雑な心境に似ているかなとも思う。北海道人気質も、ちょっとグローバル問題ととらえて考えたり解釈をしてみると面白い。
蝦夷地が北海道になり150年。初代入植者から数えて五代目から七代目あたりが今の北海道人なので、そろそろルーツの呪縛とも離れて良さそうだ。全国各地のミックス文化から北海道ユニークな文化が、まさにこれから生み出されるような気がする。

念のためお断りしておくと、生まれも育ちも北海道で、二十代に東京近郊に流れてきたため、ルーツというべき場所を無くした半端者の考えです。

食べ物レポート

駅弁風コンビニ弁当 新版

ミニストップの企画弁当に最近ハマっている。ネットニュースで見つけては新作を買いに行く。正しいリピートユーザーだ。今回はレモンステーキ弁当。原型は佐世保の有名店の名物、レモンステーキのようだ。
コンセプトが「冷めても美味しい駅弁みたいな弁当」ということなので、当然ながらレジでレンジ加熱は頼まない。家に持ち帰り、室温で多少放置してヒヤヒヤ状態を脱したところで食べる。

見た目は確かに肉系駅弁に似ている。白飯の上にびっしりと敷き詰められた薄めの牛肉にタレがかかっている。甘酸っぱい味がする。おかずは箸休め程度なので、コレは肉と米を楽しむ弁当だ。
本家本元の佐世保のレモンステーキは、一度挑戦しようとしたことがある。が、超がつく人気店で、予約なしで入店するのは至難の業だった。2時間待ちと言われてスゴスゴ撤退した。
ローカルの有名店は行列ができる名店になっても営業スタイルを変えたり、増席したりしないことが多い。少なくとも帰りの飛行機の時間が決まっているような時には、予約なしで行くことは無謀以外の何者でもないと思い知らされた。予約はお早めにだ。
だから本家と弁当で味の比べようもないのだが、おそらく原型を食べたことがある人はちょっと違うと感じるのかもしれないと思った。
肉系弁当としては、既存のカルビ弁当の方が「らしい」仕上がりのような気がする。だから、この弁当は「気分を楽しむ」という目的で食べるのが良さそうだ。
冷たくてもおいしい弁当という基本コンセプトがあるのだから、肉を厚くするわけにもいかず、開発は難航しただろうと予測できる。
弁当一つ開発するのも大変なんだよね、と思いながら完食した。

食べ物レポート

津軽ならあめん

津軽の中心地といえば、やはりお城がある弘前になるのではと思う。県庁所在地の青森市は明治における陸海交通の要衝だったから、今では青森市の方が賑やかな気もするが。その津軽地方の名物(と個人的に思い込んでいる)が煮干しラーメンだ。青森(津軽地方)に行ったときには、一度は食べたいローカル定番フードだ。
弘前には何度も行っているのだが、ラーメンを食べたことがないので、今回はラーメンを食すのだと決めていた。ただ、鉄路の旅なので郊外の人気店探しは諦め、駅前で良さげな店を探すことにした。

駅近くで発見した「らうめん」屋でスルッと煮干しラーメンをと思った。だいたい、ひらがなで「らうめん」と書いてある店はこだわりのラーメンが食べられるというのが経験則だから、期待値は高い。店構えも「うまそう」じゃないか。

それでワクワクしながら店内に入ってメニューを見ると、あれっという感じがした。「煮干し」の文字が見当たらない。その代わり「津軽ラーメン」と書かれているものが定番らしい。迷わずに、それを注文した。
出てきたラーメンは見た目が実にシンプルな、昭和の風情がする。トッピングに使われている「お麩」が懐かしい。めんまというよりシナチクと言いたくなる。スープはあっさり系の醤油味で、ちぢれ細麺がよく合う。とりあえず弘前のラーメンが完了だ。どうやら青森県の定番としての煮干しラーメン店は郊外にあるようなので、それはまた雪のない時にしよう。

雪の弘前駅前で放置された自転車を見つけた。きっと雪が降り始めたので、帰宅は徒歩にしたのようだ。まさか春までは置いておかないだろうが、車で取りに来るのだろうか。
駅前の郵便ポストの上に乗ったりんごがちょっとかわいい。最近は、このリンゴがのっているような場所には、ご当地ゆるキャラが置かれていたりする。個人的には、弘前駅の丸っとしたリンゴの方がスッキリしているなと思った。
このあと、弘前名物の市場に行って「イガメンチ」を買って帰った。弘前の楽しみ方は、こんな普通の暮らしを体験することにあるような気がする。お城を見に行くのも良いけど、桜を見に行くのも良いけど、市場を覗く方がもっと楽しい。

駅弁

絶対王者と言いたい駅弁

秋田県大館市の駅弁、鶏めしの包装紙はよく目だつ。駅弁売り場で一眼でわかる「アイコン」性は抜群だ。コレに匹敵するのは、立体造形が見事な「峠の釜飯」と黄色がトレードマークの崎陽軒「シウマイ弁当」だろう。
この大館の鶏めしは新青森駅、岩手駅などでも買える。駅弁大会ではたまに出動している。最近の話題では、パリの鉄道駅で半年間販売されているそうだ。花のパリで日本代表駅弁として活躍している「日本の誇り」だろう。

中身は古豪の風格を見せるシンプルさだ。おかずが二品に漬物が添えられているが、やはりこの弁当の主役は「米」だ。薄い醤油味で炊き上げられたもっちりとした米が主役だ。上に乗っている卵と鶏そぼろと鶏肉とのバランスが絶妙で、米と一緒に卵を食べる、米と一緒に鶏そぼろを食べる。口の中で起こる「マリアージュ」、一体化することで生まれる美味さだ。鶏肉の味付けは甘しょっぱいのだが、コレは単独で食べる。とりの後味が残るうちに、コメだけを放り込む。再びのマリアージュだ。
全国に鶏めしは数多くあるが、個人的にはコレがダントツの一番だ。自分にとっての絶対駅弁だ。弁当の完全調和だ。The king of Ekiben in Japan, The Great Ekiben over the world というものだ。

弁当についていた箸袋を見ていたら、なんとびっくり。横文字が書いている。おそらくフランス語だろう。杉の間伐材を使用した割り箸を提供していると、袋の表側に日本語で書いてあった。
杉箸は香りが良い。おそらくおフランスの駅弁愛好者に間伐材利用というエコと杉の香りのことを説明しているのだろう。駅弁もすでにグローバル化の時代を迎えているようだ。ただ、グローバルになる前にせめて東京駅限定でよいから定期販売してくれないかなあ。

食べ物レポート

イカを食べに行った寿司居酒屋

イカゴロ焼き チープグルメだ

回転寿司で寿司がぐるぐる回らなくなった。タッチパネルで注文して、作りたて(握りたてではないのが特徴)を楽しむスタイルはすっかり定着している。と思っていたら、なんと新年のテレビCMで「蓋をして回るのが世界水準」などと言い始めているではないか。
いつの間にか、回転寿司に世界基準が存在するようになったのだろう。まあ、この手の話は言ったもの勝ちだし、とうとう「うまい寿司ネタ」では情報差別化ができなくなったということのようだ。回転寿司業界もいよいよ末期的競合症状を呈するようになったな、と一人で納得していた。
そんな回転寿司業態の中で、回らない回転寿司の筆頭が、何度も登場しているガッテンずしだ。(回っているのはお茶の粉のビンとわさびくらいか) 職人がカウンターの中で握っている、もはや古典的と言いたい運営手法だ。だから提供可能なのだろう、居酒屋化したメニューの数々がたのしい。
差別化というのは、こういうところで見せて欲しいものだ。ちなみに回転寿司超激戦区の北海道や北陸では、ピーク時でも寿司は回らずのバイオーダー握りが主流だから、そこと比べると関東圏の回転寿司はお手軽だが「ちょっと残念」な感じもする。
寿司居酒屋(?)がってん寿司で、イカを食べるとしたら、まずは握りの前にイカゴロ焼きを楽しむべきだ。ぶつ切りのゲソと耳がイカのキモ(ゴロ)と焼かれて、煮込まれる。イカイカしいとはこのことだ。冷たい日本酒によく合う。

ゲソ巻提供店は少ない イカ差別だと抗議しよう!!

そのあとは、イカゲソ握りとイカ三種盛りを楽しむ。ゲソはついお代わりしてしまった。口直しにたこも注文して、本日の握りは終了となる。頭足類オンリーで満足度は最大、マックスだ。
もちろん回転寿司屋としてこういう注文をされると、ちょっと迷惑かもという気遣いはあるので昼のピークが終わった後、客待ちの行列が切れてから入店する。夕方5時くらいに入ってこんな注文すれば、間違いなくちょい飲み需要なので上客と歓迎されそうだとも思うのだが。
回転寿司でマグロ祭りはよくあるが、イカ祭りとかたこ祭りは聞いたこともないので、イカ・タコの頭足類はやはり外道ネタなのだろうね・・・。

それでも我が道を行くことに一点の曇りなし。イカうまし。いとうまし。寿司居酒屋はもっと増えてほしいなあ。