街を歩く

埼玉の特殊事情がたいへんです

埼玉県の特殊禁酒事情はあまり知られていないはずだ。日本国政府が検査パッケージ利用をしないと言っているのに、埼玉県だけがこれを使うと言っている。
埼玉県でオミクロン株「埼玉限定変異体」でも流行しているというのなら特殊事情として認めても良い。あるいは、埼玉の風土病みたいなもので、埼玉在住者だけがDNAに変化を受けて、オミクロン株耐性に支障があるとか、埼玉県の空気を吸うと感染度合いが重症化するというなら、埼玉独自対応もあるだろう。
ところがそんな説明を「県」はしない。論理的説明もなく、隣町の東京都東村山市では不要なことを、県境を跨いだ瞬間に要求する。その混乱をほぼ全面的に飲食店に背負わせる。次の選挙を見ていろよと言いたくなる飲食業者は多いはずだ。
そんな混乱の中で、一番分かりやすいのが、この「制度利用店」という赤いポスターだが、どうもこれも県統一デザインではないようだ。

埼玉の県鳥?らしきコバトンという鳥型の県キャラがいるのだが、この「・・・・・安心宣言飲食店プラス」というステッカーが貼ってあり、「検査パッケージうんねん」という赤いポスターが掲示してあると酒が飲めるらしい。
ところが、この「コバトン」ステッカーを貼っていない店も多い。赤いポスターは少数派だと思う。まんぼう延長がきまったから、ひょっとすると赤いポスター掲示も増えたかもしれないが。
そのうちに、この例が拡大して酒の飲める店は「赤」「青」のポスターが掲示してあるとか、「黄」ポスターは高齢者入店不可とか、「緑」はジェンダー差別お断りとか、「黒」は喫煙可能だとか、まさしく色々な規制ができそうな気もする。それならいっそうのこと、店頭にQRコードでも掲示してもらって、スマホで入って良いかどうか確かめるようにしたらどうか。
自治体DXとか言って、率先して埼玉県はやりそうだが。そうなったら引っ越すしかないなあ。

駅弁

大好きな駅弁大会 その3

今年の駅弁大会はなかなかか盛況だったと思うのだが、開催直後から一斉に感染拡大が始まり、なんだか後半は息切れした感じもある。それでも実演弁当はどれもこれもうまそうな気配を醸し出していた。出来立ての駅弁というのも不思議な話なのだが、そこが楽しみといいう人も多いのだろう。

今年の出店の中で、我がイチオシだったのが秋田県から登場した「鶏めし」で、これを買うために駅弁大会に来たといっても良いくらいだ。行列に並ぶと製造工程が見えるので、それがちょっと楽しみだった。鶏めしは将軍ランクにある有名弁当だが、それを超えるアップグレード鶏めしも販売していた。

比内地鶏の鶏めしは、鶏肉の代わりに比内地鶏が乗ったスペシャルバージョンだった。たまたま、この日は比内地鶏の方が人気だったようで、売り切れ中だった。30分ほど待てばできるというので、迷わず予約して店内をぶらついて時間潰しをし、ようやく調達できた。いつもの赤い包装紙ではなく、高級感のある地味目の包装がなぜか食欲を刺激する。高そうだから、うまそうというわけでもないが。

蓋を開ければ、普通版鶏めしと似たようなルックスだが、既に脳内には「比内地鶏=高級鳥」という情報がインプットされているので、情報バイアスかかりまくりで、何やらとてつもなく高級そうな魅力を感じ始めている。当然、一口食べると「うまい」と思う。ただ、頭の片隅で「普通の鳥飯と何が違う?」という悪魔の囁きも聞こえてくる。仕方がないので、普通版鶏めしの写真を引っ張り出してきて比べてみた。

ご飯の上に乗った卵と鶏そぼろはレイアウト違いだがほぼ同じだろう。鶏肉トッピングは明らかに見た目が違う。味も確かに違っていた。一番違うのは、付け合わせのおかずの品数だが、内容はほぼ同一でも、ちょっとしたアップグレード感はある。

鶏肉の好みで言えば、普通の鶏めしの方が気に入っているかも、とも思う。ただし、そこは個人の好みの範疇で、歴然とした味の差があるほどでもないとも思う。それでも、普段口にすることが難しい比内地鶏を食べたという、情報過多で情緒的な満足感はあるから、駅弁としては「比内地鶏の鶏めし」のほうが記憶に残るかもしれない。
どちらにしても、この駅弁「鶏めし」が駅弁自己ランキングでは最上位グループに入るのは決定なので、食べて残るものは満足感だけだ。
あとは、この鶏めしと比較するため、かの有名な「九州のかしわ飯」を食べねばいけないが、博多駅で売っていたかなあ。鶏めしは全国あちこちで販売されているので、鶏めし駅弁行脚でもしてみようか。たのしそうだなあ。

食べ物レポート

完全に脱帽したオリーブの丘

すき家の姉妹チェーンというべきなのか、サイゼリヤのコピーコンセプトなのか、などと思っていた「オリーブの木」が、自宅近くにあったココスを改装して開店した。一度見てみたいと思っていた、低価格イタリアンレストランだが、神奈川県、東京西部あたりに店舗があったため、サボってみに行ったことがなかった。久しぶりに向学心が高まりお勉強に行くことにした。そして、結論を言うと、サイゼリヤのコピーではなく、低価格イタリアンとして秀逸なコンセプトに仕上がっていると感じた。個人的には、こちらの方が「良い」レストランだと思う。サイゼリヤが割り切って切り捨てた部分を、丁寧に拾い集めた感じがすると言えば良いのだろう。

イタリアンといえば、短絡的にパスタを思い浮かべるのが日本人的特性だと思うので、まずは定番トマト味のパスタを注文した。化学調味料の味が強すぎることもなく普通に美味しい。トマトソースの味もしっかりしている。パスタは硬めで、最近はヤリのもちっと系ではない。カルボナーラなどのクリーム系パスタはソースの加工度よりも生クリームの使用量で加減ができるので、そちらもチェーンの実力を図るには試食するべきだが、とりあえずトマト系は十分人気商品になる力がある。

ピザはサイゼリヤと比べると、さっくり系だろう。一般的なファミレスは「パン」のような記事が多いが、こちらはナポリ系に近い。リーンな生地と言えるほどさっぱりはしていないが、個人的にはこれくらいが好みだ。生地の仕上がりは、そのチェーンの考え方次第でいくらでも帰れれる。サイゼリヤはパンよりに仕立てている。こちらは、より「イタリアン・ピザ」の方向を目指しているという違いだ。
マルゲリータをバジルソースで逃げるか、バジルの葉を使うかは、チェーンの食レベルの差に直結すると思っている。バジルソースを使うと決めた時点で、なんちゃってピザ、ピザのようなものを容認するということだろう。
縁、エッジの焼け焦げを嫌う人も多いが、そこはしっかりと焼き焦がすべきだ。焼け焦げができないピザは工業製品で料理ではないと思っている。
という諸点から考え、このピザは間違いなく「良いピザ」認定とすることにした。

ムール貝の料理は、ビジュアルインパクトが強い。これをアサリの酒蒸しと比べれば歴然となる。料理は味も大事だが、最初の見た目で8割決まる。という点で、この盛り付けの多さも含め合格品だ。サイゼリヤでにたようなメニューはあるが、ビジュアルで負けている。
個人的には、貝の味として考えると、アサリの方がより味が濃いとは思うが、アサリではこの見栄えが作りにくい。おまけに、貝のみを食べる時にムール貝は大きくて撮りやすい。ファミレスに適した食材だろう。

アヒージョも自宅で簡単に作るのは手間がかかる料理だ。大量のオリーブオイルで食材をあげるというところはなんとかなる。しかし、アンチョビーが課題だ。一度開封したアンチョビーを使い切るのはなかなか難しい。2−3日連続でイタリアンメニューを続けなければならない。あとは小鍋でオリーブオイルを加熱すると、ものすごく周りに油が飛び散る。
ただ、オリーブオイルに溶け出した塩味と旨味がたまらない。中に入れる具材は、日通りが良ければなんでも良いが、キノコ類や鳥肉が合うと思う。このメニューは温泉卵を投入していた。これが予想を遥かに超えてうまいと感じた。卵とアンチョビー・オリーブオイルの絡みが想定外の美味さだった。バゲットをガーリック風味のついたオイルにつけて食べると、食欲が増してくる。逸品というべきだろう。

メニューをじっくり眺めていると、サイゼリヤとの対比が見えてくる。原料で大きな違いはない。サイゼリヤがオペレーションの簡素化のために落としたようなメニューがあちこちに目立つ。これが王者サイゼリヤを迎え撃つために研究した成果だろう。敵の嫌がることをやるはマーケティングの鉄則だが、それを忠実に実現している「オリーブの丘」はすごいのだ。

グループ本家のすき家は王者吉野家に対して、立地では都心部繁華街ではなく郊外ロードサイド、メニューでは牛丼専業に対して、トッピング牛丼とカレーで対抗した。それと同じ血が流れているような気がする。定点観測していくことにしよう。

食べ物レポート

大都会池袋で居酒屋「大都会」

大都会池袋にある「大都会」。知る人ぞ知るセンベロの聖地らしい。超省エネ運営で低価格を実現しているので、コロナ前は繁盛していたようだが、ようやく復調してきた感じがする。ただ、寒い季節になってもドアが開放モードであるあたりが、まだまだコロナな日々ということだろう。だから、この季節は背中が寒くならない席を確保するのが一番重要なポイントになる。

入り口に書かれているメニューに嘘はない。実に大衆居酒屋っぽいメニューだ。個人的にはチーズサラミという昭和中期の人気メニューが健在なのが嬉しい。キャベツコンビーフ炒めというのも、これまた郷愁をそそるというか、実に東京の大衆居酒屋らしいメニューだと思う。我がホームタウンである北海道の都市部では、こんなメニューは見たことがない。そういえば、エイヒレも東京に来て初めて食べた「びっくり食べ物」だった。東京で当たり前の食べ物が、地方都市に行くと存在しないことは多い。

高級メニューのマグロカツ 420円は初めてだった。

店内でも入り口の看板に書かれているメニューは注文できる。ただ、店内に入ってから初めてわかるメニューの方が、もっと冒険的で、あれあれと言いたくなるものが多い。
この店は自動販売機で食券を買い、飲み食いした後は自分で下膳するセルフサービスの店なので、あまり酔っ払うと行動に問題が出る。なので、適度な酔い、できればほろ酔い程度におさえる必要がある。とは思うのだが、店内には歩行がおぼつかなくなるほど酔った男女も多い。

どちらも120円の「揚げたこ焼き」と「イカフライ」

その対策として、1000円分の100円玉を用意して、それを使い切ったら帰るという方式をお勧めする。小学校の遠足のおやつルールみたいなものだ。千円札でもお釣りは出るから、使用に問題はない。ただし、一度お札を使えば、二枚目三枚目の千円札を使う誘惑から逃れるのは・・・難しい。100円玉を準備する方が無難だ。
またこの時に、おやつにバナナば入りません的なルール違反をしてはいけない。つまり、最初のビール一杯はカウントしないとか言い始めるのはいけないということだ。言い出したらキリがないし。
ハッピーアワーのつまみは120円から、飲み物も140円で購入可能なので、1000円ルールは十分に有効だと思いますよ。

140円の酎ハイと120円の塩辛

店内のBGMは1970年代の昭和歌謡なので、ジュリーや山口百恵ちゃんがガンガンかかっている。よく考えると、この楽曲がわかる昭和世代は、もろ前期高齢者だからなと周りを見渡してみたら、確かにそういう客層でした。

駅弁

大好きな駅弁大会 その2

また駅弁の話だ。今年の駅弁大会では、過去の駅弁大会優秀弁当「将軍」に認定された弁当が、復活販売されていた。将軍位に輝いた弁当は、地元に行けば定番として販売されたりすることもあるようだが、季節限定だったり、あるいは販売中止になっていたりすることもある。その過去の「将軍」認定された弁当で、新潟直江津の弁当がとても魅力的だった。これも、いつかは新潟に遠征して食べてみたいなと思っていたものだ。それが、特設カウンターで数量限定ではあるが販売されていた。素直に嬉しい。

製造元は、駅弁屋ではなく駅前にあるホテルというのが珍しい。パッケージは、これまた何やらそれっぽい。

日本海沿岸の文化圏ではよく食べられている棒鱈(干したマダラ)を甘辛く煮込んだものが乗っている。これの親戚みたいな感じで、身欠ニシンを甘辛く煮たものを乗せた弁当もある。そばに乗せれば、京都名物にしんそばだ。が、タラそばはみたことがない。ちょっと不思議な気もする。
たらこと、鱈の身の甘酢漬けものっている。鱈オンパレード状態の弁当だった。素朴といえば素朴だが、棒鱈の甘煮の完成度が高いせいで、現在主流の肉乗せ駅弁よりも、お気に入り度合いは高くなった。
この手の駅弁は新作であまり出てこないようだから、ぜひ定番として残しておいて欲しい。まさしく、食の文化遺産だと思うが、JR直江津の乗降客数を想像すると、定番販売をするのはとても大変なことのような気もする。
全国で駅弁大会がもっと開催されれば良いのだろうか。百貨店イベント関係者の方々、他人様の企画を「パクる」のも悪いことばかりではないですよ。なんせ、新宿では58回も続いているのです。第1回の時に生まれた子供が、アラカンになるほどの長寿人気企画ですし、ぜひ、全国各地での開催をご検討いただきたい。
札幌でもやって欲しいなあ。

食べ物レポート

ラーメンのはなしを2題

ぎょうざの満洲 旨辛菜湯メン

美味いラーメン屋で店主が苦心の末に開発した名品ラーメンを食べるのは、なかなか贅沢な行為だと思っている。初めてのラーメン屋で注文する時は、全部乗せみたいな過剰トッピングラーメンは注文しない。ノーマル定番を注文する。当然、トッピング追加もしない。ストイックな(??)食べ方にすると自分では決めている。ラーメン屋のルーティン、その1だ。
ルーティンその2として、町中華でごくごく普通なラーメンを頼むのも良いが、その時は餃子にビールをつけて、ちょい飲みしながら腹ごしらえという感じにする。ラーメンは濃いめの味つけが多いので、醤油か味噌かでちょっと迷いつつ、「ラーメンの基本は醤油だ」、と決めつけて注文する。手前勝手な理由ばかりだ。
ただ、日常遣いのぎょうざの満洲本店では、この定番ルーティンを守らないことが多い。「旨辛菜湯麵」を頼むことが多いのだが、旨辛という割にあまり辛くはない。野菜が多いからタンメン扱いなのだと勝手に思っている。ただ、定番メニューにタンメンもあるので、その変形ということだろう。他の中華料理屋やラーメン屋では見かけたことがないので、満洲オリジナルと言って良い。マイ定番ラーメン的なもので、月に一度は食べたくなる弱中毒性があるようだ。

年末に自宅近く(といっても車で30分くらいかかる)ショッピングモールに行って、フードコートでランチにした。行列が比較的少ないところを物色していたら、ラーメン屋が行列2人だったので、そこに決定。鶏白湯の店で、昔はびっくりするほど長い行列だった記憶があるのだが、と不思議に思いながら待つこと5分で無事注文完了した。
が、そこから渡された呼び出しベルが鳴るまで10分くらいかかった。注文の行列は短かったが、注文した商品が調理されるのを待っている人はたくさんいたということだった。なるほどねえ、と理解はしたが、あまり納得できない気分で待つことしばしだった。
鶏白湯はラーメン界でもヘルシー部門というか、濃厚だがさっぱりみたいな位置付けにあると思う。野菜たっぷりのトッピングやレモンを絞って味変をするあたりは、明らかにヘルシーイメージを醸し出す。
味は普通にうまい。鳥スープは濃厚でコラーゲンたっぷりな感じがするが、後味はスッキリしている。久しぶりに食べた鶏白湯にはすっかり満足した。

待ち時間の間、何気なくメニューボードを見ていたら、開店後随分時間が経っているからか、いつの間にかメニューが増えていた。昔は鶏白湯一筋みたいな記憶があるが、今では醤油ラーメンもあるし、辛い麺もあるようだ。当然な工夫だと思うが、隣がつけ麺屋だけに対応が大変だろうな、とつい同情してしまった。
ラーメン屋が二軒並んでいるのはディベロッパーが塩対応しているせいだという気もするが、フードコートで運営する店舗の苦労が偲ばれる。隣の店が潰れたら、そこに直接競合が入ってきたなんてことはよくあるのだろう。
この先も頑張ってくださいね。でも、鶏白湯チャーハンとか鶏白湯中華丼とかは売ろうと考えないで欲しいです。

食べ物レポート

外道な寿司屋の使い方

回転寿司とカウンターの鮨は漢字を使い分けることにしている。単純な思い入れの違いと言えばそれまでだが、魚を旨くする食べ方が、にぎり「鮨」で、魚以外も使って米をうまく食べさせる「寿=ことほぎ」を司る料理が「寿司」みたいな気分だ。もちろん極めて個人的な理解だ。
だから握りではない機械整形の回転寿司に「鮨」の字は使わない。ただ、機械整形が悪いとも思わない。安くてうまい米料理というカテゴリーでは、牛丼やカツ丼など米主体メニューを押さえて、一番出来の良い「マスタークラス」だと思う。

その回転寿司に行って、寿司をあまり食べずに居酒屋使いをするというのは、悪行三昧というか外道の振る舞いと、我ながら思うのだがやめられない。まず、小型コンロであぶり焼きを頼む。一通り焼き物を堪能したら、熱燗ではなくやかん酒を注文する。この小型のアルミ製やかんで日本酒を提供するという居酒屋は何箇所か行ったことがある。
お酒の熱さを自分好みで適度に調整できるはずだが、だいたいぼーっとしたまま熱しすぎて、舌を火傷しそうな「熱々燗」になってしまうことが多い。個人的には失敗の多い残念な提供形態なのだ。しかい、今回はやかん酒ではなく、やかん「昆布酒」だ。慎重の上に慎重をかさね温度管理に注意を払う。熱燗のちょい手前で昆布の味?を堪能することができた。やればできる子だった(エヘンエヘン)。フグのひれ酒は熱熱燗だが、昆布酒はぬる燗程度が良いようだった。

そして締めは最近ハマっているイカ三昧にする。当然主役はゲソだ。マイカも外せないが、メインディッシュは甘だれが塗られたゲソに決まりだ。今回は他の頭足類には目も向けない。魚類など論外だ。カンピョウだの、お新香だの、植物系巻物も拒絶する。当然ながら新興勢力のマヨコーンやカニカマサラダ、ハンバーグなどはアウトオブ眼中だ。

そして、締め中の締めは、なんと「塩辛巻」。これも普通の回転寿司ではなかなか見かけない、チープだがリッチだかよくわからない軍艦巻きだ。ただ、結論を言えば塩辛巻は締めで食べるより、飲んでいる途中の箸休め的に食べる方が良さそうだ。塩味と米のバランス、特にシャリ玉が小ぶりなので、つまみとしての適性が「米の酒と米の肴」という点で、抜群に良いと思う。

などと考えること自体、寿司屋では外道な食べ方だとは思っているが、決して反省するつもりはない。逆にここ10年間、進化を続けてきた回転寿司業態は、こういう変形変態的使い方をする客によって、あらたな進化の道筋が切り開かれるというものだろう。などと自負しております。

駅弁

大好きな駅弁大会 その1

毎年、新年明けに新宿の百貨店で開催される駅弁大会を、ここ数年とても楽しみにしている。コロナの影響もあり、色々とやり方は変わってもいるが、中止にならずに続いているのにはただただ感謝だ。今年も売り場では色々な対応をとりながら、めでたく実施された。

特設会場では、その場で製造する駅弁が大人気だが、一部の有名駅弁は現地から輸送されてくる。今年はお目当ては、愛媛県松山の駅弁だった。老舗のお弁当屋が廃業するので一度は無くなった「名物駅弁」を、岡山の駅弁屋が復活させてたという話は聞いていた。一度松山に行って、その名物駅弁に挑戦してみたいと思っていた。それが新宿まで配送されてくるというので、これは絶対に調達しなくてはならない、マスト駅弁だと新宿まで出張ってみた。

弁当の作りはシンプルで醤油飯の上に卵や鶏肉、たけの子、椎茸などの煮物が乗っかっている。実に駅弁らしいというか、まさに王道をいく駅弁だった。味付けは思いのほか薄味で優しい。昔であれば土瓶に入った温かいお茶を飲みながら、車窓越しに沿線の風景を眺めつつ、ゆっくりと食べたのだろうなと思う。ご飯の上に乗った煮物を食べながら、醤油飯を放り込む。和食的なマリアージュ。ご飯とおかずを同時に口に入れると「口内丼」と馬鹿にする人もいるようだが、駅弁の米は冷たいので、美味しく食べるには必須のテクニックだと思う。懐かしさを感じつつ、あっという間に完食してしまった。これこそ車内で食べたい駅弁だったなあ。

注)口内丼については、団塊世代の教員が小学校で色々とやらかしてくれた不思議教育の一つである「三角食べ」に由来するようだ。これは東日本が被害地だった模様で、当然、団塊ジュニアにも三角食べ信奉者が多いらしい。現代の食育では、どう評価されているのか知りたいものだ。ハンバーガーとポテトとコーラの三角食は、反米主義者には耐えられないだろうなあ。

個人的には、団塊世代教員が担任だったため、ひどくトラウマになるような経験を「指導」の名の下に多数強制された。我が人生で最大級の人的災害だと思っているので、「三角食」には極めて批判的であります。

食べ物レポート

一人焼肉を食う お仲間発見

埼玉の有名焼肉チェーン お手軽価格でファミリー向け

最近の日課になりつつある長距離歩行の目的地に、歩いていくとちょっと遠いレストランを選ぶことが多い。無目的に歩くのはしんどいので、食事をお目当てに遠くまで歩くという自己欺瞞というか、情けない目標設定というか・・・。まあ、歩いて疲れたら美味しいものを食べて、また帰ってくるのに歩いて疲れて、みたいブラック企業にありがちな変形労働制的騙しだ。その目的地に焼肉屋を選んてみた。埼玉県が地盤で長年お世話になっている焼肉ファミレスだが、この店の100m先に愛知県地盤の食べ放題焼肉店がある。焼肉競合激化地帯なのでたまには覗きに行ってみようという野次馬根性もあった。当然、競合対策で食べ放題もやっているが、昼飯で食べ放題もないだろう。

結局、ランチメニューを選んだ。基本的に肉の量で価格は3段階くらいに分かれている。ちょっぴり肉を食べる500円級、普通に食べる1000円級、ガツンと肉を食べる1500円級みたいな感じだった。ライスとキムチとスープ、杏仁豆腐はどのセットにもついている。
都内の高級店の焼肉には叶うはずもないとは思うが、ランチで食べるにはありがたいレベルだ。ハンバーグも良いが、焼肉の持つパンチ力は、ハンバーグと同じ肉とは言えない。歴然と異なるパンチ力がある。
「いやあ、焼肉うましだな」などと満足しながら食べていたのだが、はっと気がつくと周りのテーブルが全員一人客だった。年齢層は比較的高めだが、ざっくりと言えば前期高齢者3割、中高年サラリーマン風4割、あとは女性30−40代(一部子連れ)2割といった感じで、残る1割が二人連れだった。(それも高齢者カップル)
これがコロナ環境の特性なのかと思った。随分前にランチ利用した時は、仕事中のサラリーマン風な男性2−3人組が圧倒的多数だった。やはり焼肉をガツンと食べて、スタミナつけて、昼からの仕事頑張ろう的なムードがムンムンしていた。
今や、焼き肉はおひとり様で食べるものになっているらしい。時代の流れというか、社会環境の変化というか、色々と考えさせられる焼き肉ランチ(一人モード)だった。

食べ物レポート

北海道ラーメンの罠は危ない

生まれた土地の食べ物は、やはりそれなりの吸引力というか魅力を感じるものだ。20年以上昔の話だが、会社勤務をしていた頃、九州大分出身の後輩と宮崎出身の上司の組み合わせでラーメン議論をしたことがあり、九州チーム曰くラーメンとは豚骨で白いスープの食べ物だと断定された。東京に来て黒いスープのラーメンを見て仰天したとも言われた。
こちらは札幌ラーメンで骨の髄まで染まっており、とんこつラーメンの獣くささは食べ物と思えないなどと反論したが、二対一で罵倒されて議論に完敗した。その当時から比べれば、いまでは九州でも豚骨以外のラーメンが食べられるようになり、北海道では豚骨スープがラーメンのメインスープになるほど食環境は変化した。
それでも、昔懐かしの鶏ガラ野菜スープが主流だった北海道ラーメンの記憶は刷り込まれたままで、北海道、札幌、旭川ラーメンなどと北海道ご当地系のラーメン店があると、ついふらふらと吸い込まれてしまう。

西新宿で昼飯を何にしようと探しているときに発見した「北海道ラーメン」の看板は、ずいぶん魅力的に感じた。腹ペコだったせいだろう。実は、その時点では、さんま節で有名なラーメン店に行くつもりだった。その途中に見つけてしまった「北海道ラーメン」の文字にほとんど食欲が持っていかれた。
おまけに北海道三大ラーメンの地、札幌、旭川、函館を抑えている強力ラインナップに心が惹かれてしまった。(実はよく考えると、この三大ラーメン併記が怪しいのだ。力量があれば、旭川ラーメンとか函館ラーメン、それ一本で勝負するはずだろう)
結局、ふらふらと吸い込まれてしまい、ちょっと考えた末にサッポロ味噌を注文した。個人的には一番シンプルなラーメンのつもりだった。ところが、目の前に出てきたのは自分の脳内イメージとは全く異なるもので、まずスープの色が違うことにめんくらった。食べてみるとわかったが、いわゆる豚骨味噌だった。
今では札幌でも主流になりつつある豚骨スープのラーメンで、それが悪いとかまずいと言っているわけではない。ただ、メニューや看板に札幌ラーメンと書いてあると、地元でも老舗級のラーメン屋が提供する昭和世代のラーメン、つまり透明感のスープ(化学調味料たっぷりで味噌ラーメンでもスープはあまり白濁していない)に、中太ちぢれ麺、細いメンマ、薄くて固いチャーシュー、赤いナルト、ついでにお麩みたいなイメージが浮かんでしまう。それとの違いに動揺しただけだ。とりあえず旭川醤油も試してみたいと思うくらいにはラーメンとしてうまい。
ただ、これが東京では、もう何度も陥っている「北海道ラーメン」の罠だ。自分の中にある純正北海道ラーメン・イメージと、東京人(東京の飲食業)が描く北海道ラーメンのギャップというか違いが、いつまでも消えることがない。そして何度も同じ罠にハマる。
きっと九州人も同じような目にあっているのだろうと思う。同じ日本の中でもこうなのだから、世界中で不思議な日本料理が増殖中というのも納得できる。
まあ、そんな不思議な料理が日本に戻ってきて定着することもあるし。アボカド海苔巻きなど日本人では絶対生み出せなかったと思う。料理の世界は狭いようで広いのだなあ。
それでも豚骨ベースの札幌ラーメンは、心情的「反対派」であります。