街を歩く

立ち食いそばの対応って・・・

地元の駅で電車が来るのを待っている間に、ぼーっと立ち食いそばの店頭を眺めていたら気がついた。立ち食いそばも飲食業だから、感染防止規制の適用になると書いてあるのは、なるほどそうなのかと思うしかない。しかし、どうにも、納得がいかない。立ち食いそば店に複数人で入店し、大声で騒ぎ、長時間滞在する?。そんなおバカがいるのかだろうか。
自宅の近所では、全国各所で度々クラスター発生した昼カラは流石に最近休業中だった。が、立ち食いそばがクラスター源になったという記憶はない。そもそも立ち食いそばでクラスターが出るなら、満員電車はクラスター発生天国だろうに。などと思っていた。
しばらくして気がついて笑ってしまったのが、閉店20時、オーダストップ19時50分。要は店内滞在時間は最大10分と店側が判断していることだった。まさに立ち食いそばの経験が生きた「小粋な判断」だろう。

店内を覗いてみたら、アクリルの仕切り板がきっちり設置されている。コロナ感染防止対応はしっかりとした上で、「お上の無体」に立ち向かう、そんな気がした。最近ではエアロゾル感染が主流学説のようで、そうなるとアクリル板(飛沫感染防止策らしい)は科学的根拠がない「おまじない」でしかない。
だが、「お上の妄言」には逆らわず、きっと撤去指示も出てこないから、この後も何年間はアクリル板を置き続けるのだろうなあ。しまいに、あまり掃除もされなくなり、薄汚く油染みたアクリル板が日本中の飲食店で放置されるのだろう。
この板を清掃するだけでも、それなりの仕事量になるだろうにと同情してしまう。元のコロナ大臣あたりが、この手の無駄や迷信や妄想に基づく規制、行動を止めてくれないものか。今のコロナ大臣の発言を聞いていると現政権では無理だろうな。
しかし、昼過ぎとはいえ店内はガラガラ、そちらの方が大問題のような気がする。

食べ物レポート

老舗の変わりぶり

味噌ラーメンがあったとは知らなかった

直久といえば、東京ではそれなりに有名なラーメンの老舗だろう。北海道から出てきたばかりの頃、東京人に「ラーメンと言ったら直久」と説教されて覚えた名前だった。その後、都内あちこちの有名ラーメン店に行って食べ比べをして、なるほど東京人が好きなラーメンとはこういうものなのかと理解した。いわゆる支那そばというやつだ。結局自分にとって、支那そばはうまいラーメンとはいえないという結論になったが、東京人のソウルフードらしいので文句を言うつもりもない。業務的に一時期ラーメンに関わり、先輩上司の「支那そば」論に付き合いきれず喧嘩になり、その業務を降りて以来、支那そばうまい論はトラウマだ。それでも直久の看板を見ると、たまに食べに入る。支那そばの原点みたいなものは確認しておこうという心持ちだ。大好きとはいえないが、まずいとも思わないので普通に食べる。あっさり系のスープは、たまに食べるとお腹に優しいと素直に感じる。

その支那そば屋だと思っていた直久に久しぶりには言いたら、まさかのびっくりバリエーション拡大で、ちょっと前まではキワモノ扱いだった「まぜそば」、「つけそば」まであるではないか。支那そばとは真逆の方向を向いていると思っていた「煮干しスープ」まで揃えている。まさに全方位展開だった。
何か、大きな変化が会社の中であったのかと邪推してしまうほどの変化だが。その動揺に引き摺られて、生まれて初めて「直久の味噌ラーメン」を注文してしまった。普通にうまいが、なんだか「らしくない」と感じてしまう。どうせなら、毒を食らわば皿までみたいな気分いで煮干しそばやつけそば、まぜそばまで順番に試してみようという気になった。老舗の覚悟に付き合ってみようと、こちらも心意気を見せてやろうじゃないかということだ。
個人的希望を言えば、横浜系ラーメンのような大きい海苔を乗せてほしいなあ。

食べ物レポート

埼玉県の反逆者としての誇り?

埼玉県西部のベッドタウンに住んでいるので、今回の第6回コロナ対策ではめでたく禁酒県になってしまった場所で、いろいろと観察している。そのベッドタウン中心駅から一つ隣の駅は、駅の北側が埼玉県、南側は東京都になっている。とうぜん、北側では酒を販売するのに「検査制度」を導入していなければいけない。それを嫌ってか大手チェーンは埼玉県の店舗では酒販売を中止している。
つまり、駅の南側では酒が飲めるが、北側では酒が飲めない(正確にいうと酒の販売を企業が悪い忖度するという意味になる)という場所だ。

煉獄の卵

それを確かめるため、埼玉県では酒販売を中止しているサイゼリヤに行って、酒を注文してみた。後で気がついたことだが、駅北側住人、つまり埼玉県人は駅南側に来て東京都民のふりをして酒を飲めるのだな。そして、駅北側の埼玉県の自宅に帰って行く。埼玉県の制限の意図は一体なんなのだろうと、馬鹿馬鹿しくなるだけだ。これまた当たり前のように、自分の席の周りは高齢者飲酒グループが5組もいる。若い人たちはほぼ一人で黙食なので、店内に響く大声はジジイババアの阿鼻叫喚とでもいうか。これで高齢者クラスターが発生したら、店のせいにされるのだろうかと、これまた微妙な気づきをしてしまった。
マンウォッチングも終わったので、気になっていた「煉獄の卵」に挑戦したらさっさと帰ろうと決めて試食開始。

ついでに、辛い鳥焼きも注文したのだが、マイ親子セットみたいな組み合わせになった。煉獄の卵は自分のこれまで食べてきたサイゼリヤメニューで、ダントツのトップに認定した。うまい。というより、自分の好みにドンピシャとハマった感じがする。卵嫌いとかニンニク嫌いの方には無理な食べ物だとも思うが、これを食べるだけにサイゼリヤに行く意味があると思ってしまった。次回からは絶対注文品に決定だ。
埼玉県の意図には全く従う気もなく、サイゼリヤに行くなら当分は東京遠征するぞと決意し、埼玉県の税収(消費税)には貢献しないことにする。
そもそも埼玉県独自の飲食店対策をして、東京都と比較して感染者減少に効果があったどうか検証しろよと言いたい。

絶対しないだろうけどね。

街を歩く

カフェメシにあぶれて思うこと

地元駅の商店街のはずれにあったおしゃれなカフェが閉店してしまった。どうやら、跡地はパン屋(ブーランジェリー)になるらしい。たまに店の前を通ると、女性客でいっぱいでなかなか気後れして入れなかったが、いつかは入ってみたいと思っているうちに閉店してしまった。「思う」だけではいけないなあ、と後悔している。
この商店街からすぐそばにあった至極の喫茶店もいつの間にか閉店していた。コロナのせいというべきなのだろう。談笑する場がなくなるのは、夜の業態だけではないということだ。コンビニの百円コーヒーも随分と品質が良くなり、車を運転しながら飲む分には実に満足度が高い。ただ、喫茶店やカフェはコーヒーの味を楽しむだけではなく、空間と雰囲気も味わうものだ。良質の時間の過ごし方が、また一つ失われてしまった。

しょうがないので、最近流行りの「おうち時間」とやらを楽しむことになる。いや、実際には全然楽しくないのだが、それを楽しいものと錯覚させる小道具をあれこれ探す羽目になる。そんな不毛な探索の結果が、これまた自宅近くで発見した1/4カットの「ピッツァ」だ。ピザではなくピッツァなのですよ。
既にホールサイズのピザは500円が事実上の標準価格で、その上に1/4カット売りがこれまた定着してきたようだ。おまけに、ビニール袋の簡易包装になってきた。もはやピザに高級感はいらない。並のパンと同じ普及品となったというわけだ。
背景は「おうち時間」の拡大のせいだと思う。この2年で家庭内消費としてテイクアウト需要が外食を押し退けて伸びた。その増えた分が、販売数が損益の境界線スレスレで儲からない「ピザ」カテゴリーを押し上げた。ようやく販売数増加で儲かるようになったのだと思う。ピザの人気で増えたわけではなく、テイクアウト全体の増加のおこぼれで儲かるようになったと理解するべきだろう。
似たような話で言えば、カレーパンを2種類おく店が増えている。これも、カレーパンの総販売数が増えたせいで、バリエーション拡大を図れるようになったということだろう。近くのスーパーのインストアベーカリーでは「エピ」を2種類に増やしていた。バゲットをオリーブ入りと普通版の2種類販売する店も出てきている。ブーランジェリーなどのパン専門屋ですら、なかなかできない二種持ちだと思うが、それをスーパーがやり始めている。

近所を歩いているだけで、あれこれ発見し想像できるようになったのが、コロナ感染拡大の最大の恩恵のようだ。実につまらない能力を身につけたものだと、鼻で笑ってしまう。

街を歩く

埼玉二大中華対決 料理ではない話 

埼玉の二大町中華チェーン「ぎょうざの満洲」と「日高屋」がコロナ対策で全く正反対の対応をしている。どちらが正しいなどというつもりはさらさらないが、あまりに正反対なので面白くなってしまった。満州は酒提供をする。ただ、接種証明を見せろ、というのが条件で、これが埼玉県のご意向というやつだ。

平日の午後、昼のピークが終わり空いた頃を狙い、オペレーションを確認してきた。ラーメンとビールという注文をすると、すかさず接種証明を・・・と言ってきたので、スマホの画面を見せてチェック完了。おそらくラーメンだけだったら、普通に注文が通るのだろう。

埼玉中華対決

おなじ町中華でもちょい飲み需要で人気の日高屋は、バッサリと酒提供禁止としている。無条件に止めているのは、おそらく「ややこしい」客が多いせいだろう。オヤジが何人かで入ってきて、ビールなどを注文して、接種証明を確認しようとすると、そのうちの一人か二人し証明をみせず、残りは接種証明を持っていない状態を想像すればわかることだ。
絶対騒ぎが起きる。酒を出せ、出さないの問答が起きる。そのようなカオス状態が毎晩発生することは店にとっては悪夢以外の何物でもない。自社の客層を的確に把握しているというべきか。(逆に満洲では、それほど酒呑みが多く無いのだろうか。あるいは、ややこしいオヤジが少ないのかもしれない。)

そういうクレーマー予備軍のオヤジたちは、日高屋を追い出されて、酒が飲める満州に流れて行くのだろうか。そして、そこで接収証明を出さず、きっちり店を追い出されて、埼玉県知事を恨んで暴れるという展開が考えられる。ただ、所詮は酔っ払いオヤジの暴走だから、放っておけば良い。県警の手間は増えそうだが。
しかし、これは埼玉県内だけで起きる現象で、都内や近県では同じ看板を上げた店でも、この問題は起きないのだと思うと、ちょっと悲しい。「埼玉県エレジー」というしかない。なにより、埼玉県が県内企業を優遇もせず、逆に県内でいじめている構図と見える。
この先に県が郷土愛だの、地元品・県産品愛用など語り始めたら、さっさと引っ越してしまおうかと思う今日この頃。

「クズな行政」という言葉が頭の中で繰り返される。

街を歩く

店頭の楽しみ方

街をぶらぶら歩き、いろいろなお店の前にある「看板」を取るのが楽しみだ。思わず「座布団一枚」と言いたくなる気の利いたフレーズを見つけると、なんだか1日得したような気分になる。逆に、これ書いたやつ出てこい、俺が指導強いてやる、と偉そうなことを思うくらい下手くそな看板もある。書き手の想いが上手に出ているものを見ると思わず入ってみたくなる。逆に、これは上司に命令されて嫌々書いているなというのもわかるので、そういう店には近寄らない方が良いと思っている。
そんな「看板ウォッチング」で、最近のベストは「あと3歩」の焼肉屋さん、これ一択だ。看板を見ながら通り過ぎ、写真を撮りに戻ってしまったくらいの「名コピー」だ。今年はこれを超えるものに出会えるとも思えないくらいの秀作。

これも不思議な看板で、ビルの奥にジンギスカンやがあるという「誘導看板」。確かにビル通路の奥まったところに店があるとは、普通に歩いていてもわからない。ただ、この看板は日中はよく見えるが夜になるとどうなるのだろうと、ちょっと気になる。可愛い羊の絵が描かれているが、なんだかこいつを食べるのかと思うと、ちょっとためらいも出てきそうな・・・。ジンギスカン好きとしては、近々せひこの店に行かねばならない。と決心したのは看板のおかげです。

まさに「痛い」看板だった。気持ちはわかる。うまいものを、制限なしで、今日だけ限定で、自分を甘やかしていいのだよ、と悪魔の囁き。痛風に悩んでいない人には、クスッと笑える表現だろうが。
でも、本当に痛風の人には笑えない冗談のようなものだろう。社会的には多少余裕を持ってブラックジョークを受け入れる土壌が欲しい。だが、これはブツブツいう人がたくさんいそうで。著応戦的といえば挑戦的。無難な表現が多い、外食業の広告としては度胸がある。
まあ、痛風になるのは贅沢で暴飲暴食が原因と思う人が多いらしいので、そこを逆手に取ったとも言えるかなあ。どうせなら、プリン体総量〇〇g (1日の取得制限量の〇〇倍) とか書いてみるとい手もあるか?

などなど、街を歩くと楽しい発見がゴロゴロしてますよ。

街を歩く

全国チェーンの埼玉対応はさまざまで

mだ憤りが収まらないのでコロナ対応の話を続ける。おそらくこれが埼玉県で普通の対応だと思う「検査パッケージ」ポスター掲示でほぼ通常営業可能というもの。県の担当者や知事からすると、まさに要求通りということだろう。自画自賛しているはずだ。
ただ、結局のところ時短営業だし、心理的要因で普段賑やかな店ほど客数減少を起こしているようだ。串カツのテイクアウトもなかなか魅力的だけど、やはり、あの「わいがや」空間が人気なので、客が減るとあまり楽しくないのかもしれないなあ。だから、応援に行く気にはなるのだが。

立ち飲み業態は、確かに大打撃というか、コロナ対応がむずがしい業態の典型だろう。酒を片手にしゃべるというのが商売の基本で客の来店動機だから、友人としゃべりたい人にとって「黙飲」しかできないのであれば、店に行く意味もない。「政府、自治体からの要請」という文言に無言の怒りが込められている気がする。

居酒屋業態でも、休業するところはあるのだなと、ちょっと意外だが、「措置終了日まで」という部分が、政府を信じていないというのがあからさま。実際に、三週間延長になったから、この不信感は正しかったというべきだろう。

個人的な興味で、あちこちの店の掲示物を写真に撮ってみたが、ジャーナリズムを名乗るライターや出版業の方は、歴史の教科書を書き残すためにも、こうした記録を丁寧に残しておくべきだと思う。
先の大戦になぜ日本が踏み込んだのか、という記録・検証が足りないのは、開戦を煽った新聞・雑誌などのメディア・出版業界の負目なのだから。コロナ感染下で危機をあおり扇動しかできないメディアには無理な要求かもしれないが・・・。人に厳しく自分に甘いメディアの特性といえばそれまでだが。

食べ物レポート

タンメンじゃないほう

埼玉県ローカルチェーンの雄「山田うどん」が送り出した、カカシラーメンの後継ブランド「山田太郎」は、去年のお盆時期の新規開店だった。それから半年が経過したが、相変わらずの人気ぶりで2号店も開くらしい。めでたしめでたし。
しかし、この埼玉タンメンというのは、いまだによく理解できない単語というか造語だろう。少なくとも「埼玉タンメン」なる概念は、自分の知る限りの埼玉各所には存在していなかったと思う。初耳だ。埼玉もそれなりに広いので、どこか、秩父の山奥とか限りなく群馬に近い県境周辺部で埼玉タンメンは存在しているのかもしれないが。
店内でメニューを見ても、店頭のポスターを見てもその辺りはフニャッとしているというか、「これが埼玉タンメンの定義」ときっぱりしたものが書かれているとも思えない。「ヘルシー野菜をお腹いっぱい」らしいが、これでは広告コピーでしかないしなあ。

魚介だしラーメン 煮干し系醤油ラーメン

などと、ブツブツ言いながらも、決して埼玉タンメンがまずいと思っているわけではない。ほぼ月に1−2回のペースで通い、順番にメニューを制覇してきた。最後に残っていたのが煮干し系ラーメンだったが、それをついに平らげてきた。
スープは確かに魚介だしだが、それほど強くない。よくある魚介系スープの苦味も感じない、スッキリとした(若干魚介系という言葉と矛盾があるが)仕上がりだった。チャーシューは「鬼チャーシュー」と書かれているが、鬼っぷりは穏やかなもの。全体的にはおとなしめでバランスしている。ちょっと期待値を上げすぎいていたが、普通に美味いラーメンだった。
ほぼ全種制覇した感想として、やはりこの店では濃厚タンメンがよろしいようだ。野菜はマシマシでも物足りないので、もう少し追加しても良いかもしれない。「痺辛」はくせになる辛さだが、味噌味の痺れる辛さ「麻辣」が自分好みだと思う。今後は、山田太郎ブランドで出店拡大していくのだろうが、できれば既存の「山田うどん食堂」で埼玉タンメンを発売してほしい。そうしたら、うどんとたんめんのW 麺セットを頼むのにな。

街を歩く

埼玉の特殊事情の現場 ブツブツ言いたいぞ 【続き】

首都圏の4自治体で埼玉県だけが特殊な対応をとっている「まんぼう 酒対応」で、とりあえず営業する店舗の方たちはそれぞれ法規制に従った対応をしている。簡単に言えば、全国チェーン店の多数が「埼玉県、面倒でうるさいから酒やめた」で、ファミレス・ダストフードを中心に酒提供をしていない。
ところが個人店、中小企業はそうもいかないので、埼玉県独自で実施している「検査パッケージ利用すれば酒提供可能」ということに対応して何とか酒営業を継続するようだ。

ところが客の立場からすると、どの店では酒売っているか、売っていないかが実に分かりにくい。県の指導は、当然ながら規制することに意味があるので、客の利便性など考えてもいない。
まあ、この時期に酒なんか飲むんじゃねえ、という「官製」の命令だから、下々のことなど考えているはずもない。それでも、面倒臭い「ど・埼玉」対応を考えてくるチェーン店もあり、店頭に行って一つずつ確認してみないと、何が何やらわからない。地方自治体の独自性を、こんな時だけ主張するのも、どうしたものかと言いたい。たった一年前は首都圏1都3県で同一対応をすると威張っていたのをすっかり忘れているらしい。頭が悪いのを健忘症のせいにしているのかと言いたい。「塩対応」「クズ反応」だと、個人的には憤激している。

どうも掲示物制作が間に合わなかったらしく、なじみの居酒屋では情感溢れる段ボール紙に手書きの注意書きがあった。思わず涙が込み上げるほどの「切なさ」が溢れていたので、とりあえずお店に入ってみた。当たり前だが、ちゃんと接種種証明(スマホ)を確認された後でようやく入店できた。店内はガラガラだった。おそらく「スマホ不得手」の高齢者は、この接種証明をスマホで提示というだけで店に入る気力を無くすだろうなあ。

埼玉全県でこうなっているのかはわからない。また、この後に県が何らかの「お店にやさしい」対応なり指導なりをしたのかもしれない。コロナ感染が始まり最早2年目。何もわかっていなかった一年目とは違い、科学的検証も進んでいるはずなのに、合理的、論理的な説明や分析もしない。魔女狩りのように特定業種をいじめて自分達の責任は果たしたつもりらしい「県」の対応は(国対応もだが)、歴史の教科書に「くず」「無能」と書かれるのは間違いないと思う。
ただ、歴史の教科書に書かれている明治以降の現代史は、決して教えてはいけない教育界のタブーらしいので、教科書に書いてあっても教えられることはないからどうでも良いのだろうな。
第二次大戦で国を滅ぼす戦争を始めて、オマケに戦争に負けた政治屋を咎めないのであれば、歴史を学ぶ必要などない。戦争に負けるのも、パンデミックに負けるのも、同じようなものだろうからね。

街を歩く, 食べ物レポート

2月の満洲は麻婆豆腐

ぎょうざの満州 2月メニュは辛麻婆豆腐

今月の満州 月例メニューは「辛い麻婆豆腐」で、これは試してみなければと、イソイソ本店に出かけた。確かに、満洲の定番麻婆豆腐は甘めというか辛さがないというかマイルドなものだ。だから、ちょっと不思議な、わざわざ「辛い」とこだわる麻婆豆腐に興味があった。
家庭でつくる「麻婆豆腐の素」が普及したせいで、すっかり日本の麻婆豆腐は「お子様」向けの甘いものに変化したと思っている。本場四川で食べたことはないが、大陸で食べた味と比べると、似たような別物であるのは間違いない。パンダとレッサーパンダの違いくらいはある。インド料理屋のカレーと家庭のカレーの違いような「差」はある。
どちらが上だとか、うまいとかいうつもりはない。麻婆豆腐もカレーも家庭料理には子供を許容する優しさがあり、専門店で食べればそれなりに大人の味が楽しめる。料理とはそれでいいのだが、なぜか町中華の麻婆豆腐は家庭の味に寄り添っているのだ。甘めの麻婆豆腐というか辛くない麻婆豆腐の存在が不思議だ。だから、町中華でも麻婆豆腐は甘いので、ラー油をかけて味変がデフォルトな食べる食べ物というのが我が認識だ。
そして、今月の満洲「辛い麻婆」だが、確かに辛味はアップしている。それでも追いがけでラー油が欲しくなるので、中辛といったところだろうか。できれば、これを定番にしてもらって、麻婆 甘辛が選べるようにしてもらえないかなあ。

普通にうまい 日高屋の麻婆豆腐 

などと、麻婆のことを考え続けた挙句、日高屋に行って麻婆を頼んだ。比較してみようと思ったのだ。そして結論はシンプルだった。日高屋の麻婆は満州より辛味がアップしている。が、満州の「辛い麻婆」ほどではない。要するにマイルド系麻婆だった。これはこれで酒の肴として食すに良さそうだ。ラー油をかけると味変可能で楽しい。こうなれば、麻婆を連続的に食いまくって「王将」「大阪王将」「ばーみあん」辺りを攻めてみようか。でも、どコマ「甘い麻婆」なのは間違い無いだろうなあ。

日高屋 おすすめは半ラーメン

麻婆を楽しむにあたり、個人的なおすすめとして日高屋の「半ラーメン」をお勧めする。添え物として食べるにはジャストサイズだ。満洲も麺少なめラーメンがあるが、お値段がそれなりなので、お買い得感があるのは日高屋。
ただ、この発見も、ランチで高齢者が連続4人、半ラーメンを注文しているのが気になっていたからだ。自分で半ラーメンを試してみる気になったのは食い気からでは無い。
おそらく半チャーハンと同じ発想でできた半ラーメンだと思うが、全く別の客層、別の利用動機でヒットしているようだ。追加の半ラーメンではなく、食が細った高齢者にちょうど良い量という需要だ。
この辺りが、量・ボリュームの変化で世代別攻略法があるという典型だろう。甘い麻婆豆腐と量の少ないラーメンに、新メニューを考えるときのヒントがあるような気がする。町中華は学びの場なのだ。