食べ物レポート

じゅうじゅう焼は前菜か?

新宿三丁目駅の近く、末広亭の隣にある洋食屋がお引っ越しをしていたのに気がついたのは先月だった。この界隈は比較的頻繁に訪れていたが、コロナの2年間はほとんど足を踏み入れていなかったせいもある。
ただ、それ以前もこの店の前は何度も歩いていたので、一体いつ引っ越してきてリニューアル開店していたのか、一度お店の方に聞いてみなければと思う。
街の洋食屋というのは、もはや天然記念物に指定した方が良いほど減少している。貴重動物と同じレベルで、みんなで保護しないと無くなってしまう絶滅危惧種と思っている。それだけに、またこの店を使えるのは、ただただ嬉しい限りだ。

以前は一階の店だったが、引っ越した先は地下になっていた。そこに文句をつける気はない。旧店舗の時と客席数は同じくらいだが、昔は二階がパーティーなどで使われていたはずだから、だいぶ小ぶりな店になったようだ。それでも、使うのは自分一人か、せいぜい知人と二人でという感じだから、全く困ることはない。

久しぶりにきたので、まずはビールを注文してみようとメニューを見たら、瓶ビールがあった。最近、ビールといえば生で中ジョッキが標準仕様みたいだが、洋食屋で頼むとすれば、何と言っても瓶ビールだろうと思う。
そして、瓶ビールといえばこの「キリンラガー」だ。復刻版といえば良いのか、一時期スーパードライと一番搾りにやられてしまい、どんどん消滅しかかっていた。ビール界の帝王が、過去の栄光には及ばないが、また復活してきたようだ。老舗の洋食屋では、どこに行ってもラガーが出てくるのが、何だか嬉しい。
勘繰っていえば、洋食屋をよく使う層がすっかり高齢化して、昔懐かし「キリンラガー」に戻ってきているということなのかもしれない。ちょっと小洒落た居酒屋では「ビールはどちらにしますか」などと、数種類から選べるようになっているが、老舗洋食屋は選択肢なし、キリン一択で良いのだろう。
ちなみに、昔の上司にビールはキリンだけという困った愛社精神を発揮する方がいて、宴会でスーパードライが並んでいると、店の従業員にキリンを買いに行かせるという、今であればカスハラな人がいた。そんな昭和な価値観も、今では消滅したことだろう、めでたしめでたし。などと、麒麟麦酒を見るたびに思い出す。

この店の名物じゅうじゅう焼きが好物なのだが、これは写真の通りの料理で、大量のキャベツを少量の焼き肉と合わせて食べる「野菜料理」だ。鉄板が熱いので、一緒に添えられてくる「酸っぱい醤油系ソース」をキャベツの上からダボダボとかける。すると、鉄板でソースが焼けて蒸発する。その熱気でキャベツが熱々になるという仕掛けだ。
肉はあくまで添え物で、キャベツが主役という、洋食・ステーキ屋らしからぬ料理だが、これが美味い。おまけに値段はハンバーグより高い。肉たっぷりで出てくる生姜焼きと同じくらいなので、じゅうじゅう焼きという名前に肉料理を想像した客はがっかりするかもしれない。
この店は洋食屋なので、当然ながらオムライスもあるしナポリタンもある。その絶対定番を押しのけて注文したくなる「じゅうじゅう焼き」は、やはり熱々の「前菜」ということなのだろう。でも、じじゅうじゅう焼き定食もあるから、ご飯のおかずなのか・・・。お気に入りの洋食屋のちょっとした謎だ。

街を歩く

今年の桜 あれこれ思うこと

何だか、今年もあっという間に桜の季節が終わってしまった。それでも、何度かは満開の桜を見ることができた。桜を見るたびに竹内マリアの曲を思い出す。二十代、三十代と年を重ね人生の楽しみ方が変わるという曲だが、その中に「あと何回桜を見ることができるだろう」みたいなフレーズがある。
これは日本人特有の感性だなと、初めて聞いた時に感じた物だが、欧米人であれば年を重ねる象徴に何を引用するのかと思ったからだ。アメリカ人であればクリスマスやサンクスギビングなどに年齢を重ねるイベント感があるのだろうか。

西新宿 高層ビル街の一角にあるお寺で

今はスマホのカメラがすっかり高性能化したので、わざわざ桜の写真を撮るために一眼レフカメラを持ち出すことも無くなった。ほんの数年前までは、春になると一眼を抱えてあちこちに桜の写真を撮りに行ったが、今年はとうとう諦めてしまった。コロナの重圧に負けたわけではない。去年も一昨年も桜撮影はしていた。
ただ、もう桜を見たついでにスマホでパチリで十分な気がしている。一眼を担いで歩き回るのが面倒な年になったのか、それとも写真はスマホで十分という当世風な感覚に若返ったのか。どちらなのだろう、自分でもよくわからない。

スマホで光量調節もせずに夜景が撮れるということは、それ自体びっくりするほどの技術革新だと思う。が、それも当たり前になってしまえば、小学生がとった写真とプロの写真家の腕前の差は、一体どこに出るのだろう。そもそも画角とか露出みたいなテクニック話で言えば、今や撮影後に写真データを切り抜いたり編集するのは当たり前なので、プロの腕前と素人との差が縮まっている気がする。
ちなみにフィルム写真時代に夜桜を上手に撮るのは、とてつもなく技術が必要だった。今や、スマホで画面を覗いてパシャッでおしまい。良い写真を紙焼きにしてみるか、画面で見るかという違いの方が大事だろう。

近くの小学校の正門前に大きな桜の木が立っている。タイミングが合えば、満開の桜で入学式ということもあるのだろうが、ここ数年は4月になると葉桜になっていることが多い。今年も、入学式には全部散っていそうだ。

花見をする時、桜は見上げる物だと思っていたが、今年は桜を見下ろす場所を発見した。見下ろす桜というのも、これはこれで綺麗な物だなと気がついた。まだあと何年かは、こうして「新しい桜」を楽しむことができるのだろうか。竹内マリアが歌う楽曲の中では100歳くらいまで生きていくことになっているのだが。

街を歩く

新宿街歩き 新旧交代の景色

この「バスあいのり」という場所は、紀伊國屋本店の裏側にある。何とも不思議な施設で、同じものが銀座でも見かけた。想像するに、ビルの建て替え立地(現在隣の土地を地上げ中など)に、簡易型の建物を作り営業している業態らしい。サイトを調べてみると、高速バスの空きスペースを使って全国から地方の特産物を配送。販売するサービスのようだ。その特産物を販売する期間限定拠点ということなのだろう。

この日は、客席?にティピー型のテントを張って、そこで色々と飲食できるという仕掛けだったらしい。面白いとは思うが、いかにも東京らしい。このやり方は東京だけで通じる、全国各地の大都市ではなかなかうまく行かない仕組みのような気がする。東京人の半分以上が、全国からの流入、漂白移住民なので、だから逆に全国のあれやこれの風物に寛容だと思う。受け入れる土壌がある。
全国の地方大都市は、その地域の中心であるが故に地域住民がほとんどなので、よく言えばまとまりがある。悪く言えば排他的文化の核だ。大きな「オラが村自慢」の場所となる。
全国にある他地域の良さを肯定できるか。その寛容さがなければ、見ず知らずの土地のものを使った商売が成立しはしないだろう。沖縄でジンギスカン屋をやるとか、北海道で沖縄そばを販売するとか想像してみると理解は早い。地域性を無視した商売は地方ではなかなか難しい。ハイブリッドな東京で、それも新宿や銀座だから成立する商売なのではと思う。何十年経っても、東京は不思議な街だ。

ヨドバシカメラも、新宿を象徴する商売だと思う。個人的に大の家電好きなので、暇があればヨドバシに行ってショッピングではなくショールームとして楽しんでいる。そのヨドバシカメラ(新宿東口)で、売り場の大改造が行われていた。そもそも一階とはデパートや大型モールでも通じる鉄則だが、その店で一番売れて一番儲かる商品を並べるものだろう。だから、ヨドバシカメラで一階の定番商品は、高級カメラを中心としたカメラ売り場だった。国内メーカーの一機50万円もする一眼レフカメラやプロ仕様の高級レンズが無造作に並べられていた。
それが、コロナ感染と共にインバウンド客がいなくなると、カメラがスマホの置き換わった。まあ、それは販売の主役が変わったので仕方がないとしても、それ以外の地滑り的主従交代がすごい。
カメラは別ビルという相当に売り場的には僻地に左遷された。2階3階という比較的好立地にいたパソコン、テレビなどは最上階近くという「負け犬」立地へ飛ばされた。一時期は一階にいたこともある、ワイヤレスイヤホンも同じく僻地に転勤になった。
いわゆる情報系家電が全滅した結果、一等地に栄転してきたのが、エアコンや調理家電などのグループだ。つまり「引きこもり」「おうち時間」需要がヨドバシカメラ、家電業界ですっかり主役になったということを意味する。コロナの影響を、一番実感した光景だった。たかが家電店の陳列が世界経済を表す時代なのだなあ。

あちこちで五月雨的に変わっている新宿だが、馴染みの居酒屋で入口脇に貼られていたポスターをみて、何と20世紀のライブ告知だということに気がついた。それも、この方はすでに他界されて久しいはずで。同じ新宿でも、ここには流れが止まった時間がある。
深夜放送でよくかかっていた「ぷかぷか」を聞いてみたくなった。でも、すでにLP版レコードは処分してしまったし、どうやって手に入れようか。頼るはAmazonになりそうで、これが二十一世紀の音楽を聞くお作法なんだと、ため息がひとつ出てきた。

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岩手の旅 おまけ

岩手のアンテナショップの件でもう少し。お店は東銀座、歌舞伎座の向かいにある。銀座の中心から歩いて5分もかからない便利な場所だ。都内にある各県のアンテナショップの中でも、群を抜いて広いお店だと思う。ゆったりとしたつくりなので、陳列されている商品も多い。

おそらく新幹線を使った配送ではないかと思う「岩手の駅弁」も並んでいるのだが、ちょっと嬉しいお買い物といえばこの白石のパンだ。岩手のローカルパンメーカーだが、宮城あたりまでは販売されているようだ。仙台のスーパーで買った記憶もある。首都圏ではみかけない珍しいパンがあり、地元のスーパーであれこれ物色しては楽しんでいた。その中の一つが、この山型食パンのクリームサンドだ。青森にも似たようなものが人気商品だから、北東北の人には慣れ親しんだ食べ物なのかもしれない。食事というよりは、おやつタイムにもぐもぐ食べるパンだろう。

あとは、北海道人のソウルにも刻み込まれている豆パンだ。中身は甘納豆で、あんぱんの亜種という気がする。日本各地で豆パンは存在する。だから発祥の地がどこなのかは依然としてわからない。
存在が確認できた場所だが、四国と岡山では普通にスーパーでも売っている。九州のどこかで見かけた記憶もあるが、場所が8キロともいだせない。最近では、首都圏ベーカリーショップでも「うちの目玉商品」的に売られていることも増えた。
ただし、そうしたベーカリーショップの高級豆パンは、甘納豆の投入量が過大でパンというより、甘納豆をパン生地で繋いだ感もある。あれはもはやパンとは別の食べ物だろう。
この岩手の豆パンはバランスが良い。明らかにパンの一族だ。しかし、豆パンのルーツは一体どこなのだろうか。パン食が拡大したのは明治以降だから、明治中期に岩手のパン屋で発明され、それが北海道に渡ったと考えて良いのだろうか。
開拓期の北海道は東北を中心とした移民混成文化だったので、自分としては岩手ルーツが本命で、岡山や香川の豆パンは同時並行進化のような気がする。ただ、北海道も開拓時期に酪農が国家事業として導入され、いきなり欧米ルーツでアレコレ的な食品が定着したこともある。その一連として北海道開拓使御用達の豆パンが東北に逆上陸した可能性もありそうな気もする。ちょっとモヤモヤした気分なのだ。

岩手を代表する工芸品の一つが南部鉄器で、最近は「黒」一色ではなくカラフルなカラー鉄瓶なども作られている。それでも鉄瓶といえば、渋い黒というイメージが一般的だろう。
個人的には鉄瓶好きで何個か所収している。だから、時々鉄瓶を見に岩手に行ったりしたものだが、一時期は大陸から来た観光客に鉄瓶が買い占められていて、陳列オンリー、買うのは予約して一年先みたいな困った状況になっていた。それも最近では解消されたようだが。インバウンド消費は生産者にとっては福音だったかもしれないが、普通の日本人にとっては相当に迷惑だったことは事実だろう。
のんびりと鉄瓶鑑賞をしていたら、とてつもなくすごいものを見つけてしまった。箱に書かれた「南部鉄瓶」の字体が何やら見覚えがあるなあと思い、よくよく見てみると、なんとなんとびっくりのコラボ先。おまけにお値段が一段と冴え渡るというか痺れてしまう物だ。普通の鉄瓶とくらべてもかなりの高額作品だった。熱狂的なアニメファンだとしても、このお値段は手の届くものなのだろうか。
確かに、初コラボというのは正しいのだろうが、なぜ鉄瓶とコラボするのだろうか、?????、頭の中が疑問符だらけになった。
オリジナル機体色は紫か赤だしなあ。ひょっとすると、あのとんがった頭部が何か鉄瓶にインスパイアされていたのかとか、ブラグの一部に南部鋳造鉄が使われているという設定だったのか。はたまた、司令の出身地が南部鉄瓶の工房がある町だったのだろうかとか。疑問は尽きない。ウルトラマンと福島県須賀川のコラボ以来の「びっくり発見」だった。
でも、ちょっとこの鉄瓶、欲しいかも・・・。岩手県、奥が深いなあ。

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銀座で旅をする 広島編

銀座にある広島県のアンテナショップが改装して、売り場のレイアウトもずいぶん変わっていた。改装直後ということもあるのか、店内は大賑わいで歩くのも大変な混雑だった。商品は見やすくなったが、混みすぎて歩くのもたいへんなのはちょっと困る。
広島名物といえば、もみじ饅頭になるが実はあまり興味がない。個人的な好みでもみじ饅頭の代わりとして、洋菓子店バッケンモーツアルトの硬いクッキーをいつも買っている。クッキーのうまさというのはなかなか微妙な物で、スーパーで売っているメーカー製のクッキーより、洋菓子屋のクッキーの方が数段うまいような気がしている。その中でも広島のクッキーが1番の好みなのだ。
今回は、目新しい広島ものを探していたが、発見したグッとくる物がこれだった。おたふくソース製てんかす。関東圏では「あげ玉」というが、温かいそばに乗せるとうまい。おたふくソースのメーカーがあげ玉を売るのかとちょっと意外だったが、よく考えれば、あげ玉はお好み焼きの具材として使うのだから、お好み焼きソースのメーカーとしては関連商品ということになる。おまけに、最近の広島はなんでも辛くするのが流行っているみたいだから「辛い天かす」なのだろう。痺れる「汁なし坦々麺」や「辛いつけ汁の麺」も新広島名物代表として勢力拡大中だ。

そこまで考えて気がついた。辛いつけ汁麺のつゆの素が売っているのではないか。ともおったら、すぐに見つかりましたよ。おまけに、こいつもおたふく製だった。確かに「ソースメーカー」なのだから、つけ汁などもお手のものかもしれないが。今回は2品ともおたふく社製の広島特産物となった。

しかし、本当の目的は広島式お好み焼きを食べることだった。広島式お好み焼きは、東京のどこにでもありそうな気がするが、想像以上にお店が少ない。東京では定番の「下町のもんじゃ・お好み焼き文化」とガチンコで戦えるほどの戦闘力はないようなのだ。おそらく在京広島県人のため、各地域にポツリポツリと薄く広がっている程度だろう。
それでも「東京下町文化」に汚染されてはいない、北海道からの流れ者としては、少数派の広島式お好み焼きにはほのかな共感を覚える。異郷の地で、細々ながら首都圏民族に抵抗しているゲリラみたいなものだ。だから、広島県アンテナショップ2階に見つけた広島式お好み焼き店は、いつか行ってみようと思っていた。
ただ、この店は広島県人の人気店らしく、いつでも長い行列になっている。今回は、昼が終わった後の隙間を狙ってやってきたが、それでも20分ほど待った。

広島式お好み焼きは、お好み焼きというより焼きそばの異種というか亜種だろうと思う。東京下町風、あるいは大阪風の粉物とは全く違う。焼きそばの上に甘くないクレープが乗っているという形容が正しい。具材が多くなれば、五目焼きそばになるだけだ。ただ、うすい皮の上にたっぷりとソースを塗りたくり、それと一緒に麺を食べると、幸福な気分になるのも確かだ。白飯にふりかけをかけたうまさに近い。焼きそばを一段進化させた食べ方と言うべきかもしれない。

これまで現地で食べたのも含め、それなりに広島式お好み焼きを楽しんできたが、久しぶりに食べて気がついたことがある。麺の種類が増えている。昔は、蒸し麺(ソース焼きそば風)か、うどんが選択肢だった。今回初めて知ったのだが、それに併せて茹で麺(ラーメンの麺を茹でたもの)と辛めん(麺の中に唐辛子が練り込んであるもの)が加わっていた。
生麺を使った焼き蕎麦は神田神保町にある行列のできる店を筆頭に、それなりに広がっている。大分の有名焼きそばチェーンも同じやり方だから、その辺りの何処かから流入した文化だろう。しかし、辛い麺というのは聞いたことがない。辛いスープの有名店はたくさんあるが、「麺」が辛いといわれると・・・知らないなあ。
物は試しと辛い麺を注文したら、これはなかなかにうまい物だと感心した。広島クオリティーと称賛すべき物だ。帰りがけに気になって、一階のショップを覗いたら、「辛い麺」がしっかり販売されていた。買って帰っても、自宅でどう使うかが難しいと思ったが、広島県人であれば自宅でお好み焼きをする時に使うのだろう。
また一つ、食の異文化と出会った「広島の旅」だった。

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銀座で旅をする 沖縄編

プチ沖縄旅行の入り口が、こちら。銀座わした館はずいぶん長いおつきあいになる。毎月のように通ったこともあるが、その頃は泡盛に凝っていて、あれこれ買い込んで試し飲みしていた。泡盛は蒸留酒だが、各メーカーごとに相当クセがあり、その違いを楽しんだり、びっくりしたりしたものだ。

沖縄名物といえば色々あるが、なんといっても1番のお気に入りは「ちんすこう」になる。ちんすこうもいくつか異なるメーカーがあり、最近はこの雪塩ちんすこう一択だ。雪塩の工場を見学に行ったこともあるので、非常に愛着がある。大きさも程よく、甘すぎないところも気に入っている点だ。

最近はミルク味も販売されているが、これは好みの問題で、元祖が良いか新製品が良いかは食べ比べての判断だろう。自分的な好みで言えば、元祖ちんすこうの方が素朴で良いかなと思う。

入り口で待ち構えているシーサーは、あまり怖そうな顔をしていない。優しい顔とは言えないが愛嬌はある。沖縄旅行をしたときに、あちこちの住宅におかれているシーサーの写真を撮りまくったことがあるが、それぞれ表情やポーズが変わっていて、琉球らしさみたいなものを感じた。

自分の中での沖縄、琉球の一押しといえば、やはりこの石垣島の泡盛に限る。久しぶりに買いに行ってみたら、何やら面白い札が貼ってあった。そうか、八重泉飲みは人としていささか課題を抱えているらしい。
うまいからついつい飲みすぎるのだなあ、などと思ったのだが、これは石垣島住人に直接尋ねてみなければいけないなとも思った。
この酒を飲むときは、ちょっとぬるっとした沖縄独特の暑い夜に、ロックで飲むのが最適なのだが、暑さに負けて飲みすぎることも多いのだろう。しこたま八重泉を飲んで、酔っ払って石垣の街を港に向けて歩いたことを思い出した。そのときに食べた島バナナは美味かったなあ、などと妙な記憶の切れ端が残っている。これが八重泉の怪しい効き目なのかもしれない。
銀座のプチ沖縄旅行は、なかなか楽しい。

街を歩く

サンドイッチを東銀座でゲット

東京メトロ東銀座駅、歌舞伎座のあるあたりを銀座というのかどうかはちょっと微妙だが、銀座三越からは徒歩圏だし、同じ距離を銀座の反対側に歩けば築地になるので、やはり銀座の際ということで良いのかと思う。歌舞伎座も立て替えしていたような気がするが、それも随分前のことだったようだ。気がついたのは、歌舞伎座の後ろに高層ビルが建っていたことで、近代ビルと伝統芸能の対比が、なんだか不思議な光景だった。

その東銀座、歌舞伎座の後ろにそびえ立つビルの裏手に、これまた昭和中期で時間が止まったような「古典的商店」がある。チョウジ屋という、おそらく肉屋のはずだが、自分の中では「パン屋」扱いの店になる。昼時であれば行列もできる、揚げたてメンチの入ったサンドイッチというか調理パンの店だ。
パンは食パンかコッペパンを選ぶ。そのパンに挟むものがメンチカツ、ハムカツ、トンカツ・コロッケなど自家製揚げたて熱々の具材だ。目の前で具材を揚げているのが見える。注文してからパンに挟んだ作り立てを買う事になる。

お店の住所は銀座三丁目だ

出来立ての調理パンを油漏れがしないように薄いラップで包み、それを包装紙で巻いてゴム留めという「The 昭和」なシロモノだ。この見た目だけで、コンビニサンドなど敵ではないとわかる「昭和無双」な商品だ。お値段はその場で手作りということもありちょっとお高めだが、ビッグマックよりは安い。個人的にはビッグマックより満足度が2段階ほど高い。コスパということを言うなら、こちらの方がハイパフォーマンスだろう。

家まで持って帰ってきたので、パンに多少しなしな感があるが、この厚みのあるメンチカツにかぶりつくと、口の中に幸せが広がる。いいもの食べているなあ、と言う満足感がある。わざわざ買いに行ってよかった、自分を褒めてやりたいと言う自己陶酔だ。
ちなみに、メンチカツに自家製ソース以外は何も足していないシンプルさだ。コンビニサンドに代表されるオーバーデコレーションな、キャベツの千切りが入っているとか、チーズソースがかかっているとか、自家製ブレンドのタルタルソースだとか、そう言う夾雑物は一切なし。清々しいまでのシンプルさで、これ一つで昼飯は大丈夫と言うボリュームもある。
下っ端歌舞伎役者が幕間に楽屋でひっそり食べていそうな「昭和のサンドイッチ」だ。これのコッペパンバージョンは、コロッケパンが一番美味いと個人的に思っているのだが、絵的に映えるのはメンチカツパンかもしれない。歌舞伎座に御用のある方はお土産にどうぞ。

街を歩く, 食べ物レポート

サイゼ食べる うまいものとそうでもないもの

ちょっと名前と違う食べ物のような気がする

埼玉県で禁酒が解除になった日、サイゼリヤに行ってみた。これまでおとなしくしていた昼飲みジジババが大量出動するのではと、タウンウォッチングの一環だったのだが。期待は外れて、昼時の店内は高校生に占拠されていた。間違いなく店内客の平均年齢は20歳未満だったと思う。年度末で終業式の日だったのだろう。制服の異なる男女高校生が群れを成してランチを食べているのだから、ジジババは入る隙間がない。これはこれでサイゼらしい光景だなとは思った。
そのサイゼの500円ランチが変更になったので、新メニュー、ナポリタンを注文してみた。うーん、とうなってしまった。サイゼの調理法はフライパンを振る方式ではないはずなので、ソースを多めにしなければ麺が乾燥気味になる。要は汁だくでないと、サイゼのパスタはよろしくないのだ。
だが、このナポリタンは「つゆなし」に近い。当然、口の中の唾液が全部持っていかれるタイプの料理になり、あまり好みではなく、おまけにソースの味がしない。ただし、びっくりするほどソーセージの量が多い。似たような傾向の料理で言えば、肉多めの焼きビーフンみたいなものか。時々、サイゼがやらかしてくれる、「明らかにこれは狙いとメニュー名」が違うという料理だった。

これぞ絶品

逆に、前回のメニュー改定から登場した「煉獄の卵」は、サイゼ的には狙い通りというか、安くて美味い個性派料理、何度食べても飽きが来ないという要素をしっかりと押さえている。
ニンニクオリーブオイル味に濃いめのトマトソースで卵を焼いただけのシンプル料理だが、家庭でこれを真似しようとしてもなかなか面倒だ。少なくともガーリックオイルを仕立てるだけで、家中がイタリアンな香りで充満する。他の料理を作ろうとすると致命的で強烈な匂いが邪魔になる。
家庭で本格的にイタリアンを作ろうとするときの、最大課題がこのたちこめるニンニク臭だ。だから、イタリアンは外で食べるに限るのだが、その外で食べるべき典型的な料理が、このガーリックトマトソースをオーブンで熱々に焼いたものだろう。
お高いイタリアンレストランで注文するには、簡便すぎる料理に見えるが、サイゼリヤであればなんの躊躇いもない。何度食べても美味いと思うし、完成度も高い。辛いソースをかけて味変も楽しめる。ただ、なぜか不思議なことに、サイゼでは自分が気に入った料理はかなりの高確率で廃盤になる。この卵料理が長生きするよう祈っている。

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日本一高い土地で飲むビール

テレビのニュースでたまたま見た土地の価格ランキングで、今年も全国トップだった銀座山野楽器本店前。これは三越側から撮った写真だが、左手のビルが木村屋、そして和光なので、まさに銀座の中心地という場所だ。その日本一高い場所でピアノを売っているとかバイオリンを売っているというのは納得できる。しかし、その隣があんぱん元祖の木村屋で、今でもあんぱんを売っているのだから、銀座という土地は不思議だ。
木村屋も税金払うためにあんぱん売っているという感じの商売だろう。この場所で普通にパンを売る商売をして儲かるとは思えない。一個5000円のアンパンであればなんとかなるかもしれないが、木村屋のあんぱんは自分でも「普通に」買えるレベルだから、超高級パンとは言えない。カレーパンとアンパン2個買って、1000円でお釣りが来るレベルだ。ただ、品質は最高級で安心できる。ここのアンパンを食べると舌が奢ってしまい、コンビニのあんぱんでは満足できなくなる「危険物指定品」なのだ。

記憶の中では、日本で一番高い土地とは銀座鳩居堂前だった。いつから地価の設定地点が変わったのかは知らないが、この場所も山野楽器とさほど変わりがあるわけではないだろう。和光の交差点を渡った先という違いだけだ。鳩居堂も一度中に入った時に、こういうものを売っていて儲かるのだろうかと思ったものだ。高級な和風文具はそれなりのお値段だが、それでもなんとか自分でも手に届く値段だった。和紙や書道用品やお香といった「雅」な世界のお道具には、ほとんど縁がないが。

そんな「高い地価」の銀座で飲食店をやっていくのはさぞかし大変だろうなといつも思う。だから、ビール中瓶一本が650円也といわれれば、銀座だからなと納得してしまう。まあ、この値段で売れば、商売としてなんとかなるかもなあという気もする。
だいたい普通の居酒屋でビール中瓶は500円程度だろう。つまり、銀座価格とは一般の相場より3割増しという感じになる。瓶ビールの原価は日本どこでもほぼ同じだから、3割高く売れれば、これは相当なぼったくり商売と言っても良い。
逆に中瓶650円で売れる飲食店の方が限られる。いわゆる空間料、座っていくらという商売に近就なければ無理だ。
銀座を利用する人が、その高価格を受容するというか、「銀座だしね、仕方ないよね」と諦めてくれるから、銀座で飲食店が成立するのだ。銀座で飲んでも、新宿で飲んでも、ビールの味に変わりはないが、「まあ、今日は銀座での飲んでいるんだし、俺って結構すごくねー」的な自己満足が銀座料金を正当化するのだろう。
ちなに円安のせいもあり、今や銀座のビールは上海や香港で飲むビールの半額くらいのはずだ。外国人観光客が押し寄せてきていたのは、自分の国で飲むより銀座で飲む方が安いという、真っ当な価値観のせいで、決して日本が良い国だと思っていたわけではないと思う。
日本国行政府は「おもてなし」などと言って日本人の優越感と情緒をくすぐっていたが、インバウンド観光客からすれば「滞在費の安い国」程度だったのではないか。所詮は、観光事業で外貨稼ぎをするしか無くなった貧乏国対応だっただけだ、と今更ながら銀座で思った次第。ビールもほろ苦くなるわけだ。

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銀座で旅をする 岩手編

岩手県のアンテナショプは、東銀座にある。他の県のショップとはちょっと離れているので、わざわざ訪ねる感じの場所だ。日本橋にもいくつかのショップがあるが、長崎県がちょっと離れた場所にあり、岩手ショップと似たような距離感になっている。アンテナショップは県による運営が基本のようだから、岩手県庁と長崎県庁の運営方針が似ているのかもしれない。どちらのショップもちょっと離れた場所で、大きめの店になっているのが共通点だ。あとは陳列上手で店内通路に余裕があり歩きやすいといったところも似ている。おしゃれ感という点で言えば、三重県ショップが一番だと思うが、その次くらいにはオシャレといえる。。

My岩手土産の定番は、このテトラパック(四面体)包装の南部せんべい、一択になる。南部せんべいは豆入りとか胡麻入りとか色々と伝統的なバリエーションがあるが、醤油を表面に塗って焼いたものはなかなか珍しい。そして、あえて割り煎餅にしているので、小さく食べやすい。素朴な南部せんべいにあれこれ手間をかけて改良している「近代南部せんべい」とでも呼ぶべき一品だ。岩手ではJRの売店でも売っている一般的なものだが、東京で手に入れるのは難しい。

岩手のお土産といえば、やはりこれを忘れるわけにはいかない。かもめの卵のミニサイズだ。これも現代仕様というか、もともと「かもめのたまご」は、実際のサイズにあわせているのか、それなりに大ぶりで一口で食べるという大きさではない。おまけに、口の中の唾液を全部持っていく系の脱水デザートなので、大ぶりの卵はちょっと食べるのに厄介なものだった。
それが二回りほど小さくなり食べやすくなったのがミニサイズだ。この辺りは、マーケティングの教科書に載せても良いほどの実例だろう。こういうノウハウを発信していけば、県内産業の振興に役立つと思うのだが。ノウハウや工夫のシェアリングこそ、行政が金をかけるべき領域ではないのか。

今回の新発見は岩手の隠れ名物らしい鯖缶と、あの有名米菓「ばかうけ」とのコラボだった。岩手県の誇る伝統焼き菓子、南部せんべいを放り出して、新潟県の米菓メーカーとのコラボだから、これは商売としてかなりの本気モードだろうと思った。
県内産業振興であれば南部×南部コラボになるはずだ。せいぜい旧南部領である青森県八戸周辺までが提携範囲だと思うのだが、岩手県チームは、それを超えた商売をか考えているのだ。いるはずだ・・・。
東北六県の中では岩手がお気に入りで、個人的には行く機会が多い。それでもこの2年の間はご無沙汰していたので、久しぶりに現地に行ってみたいなと思った「銀座の旅」でありました。