食べ物レポート

もつ焼きと焼き鳥

これはもつ焼きか? タン、軟骨、かしら、砂肝 どれも見た目は似ている

どうも「もつ焼き」と「焼き鳥」の区別がよくわからないまま歳をとってしまった。生まれた場所では、もつ焼き屋というものが存在していなかったせいだろう。焼き鳥屋で、鶏肉以外の肉、内臓肉も一緒になって販売されていることが多かったからだ。少なくとも鶏肉と豚肉は共存していたし、豚の内臓肉を含め色々な部位がメニューにあった。
それでもお江戸に出てくるまで食べたことのなかった部位がカシラ(頭の肉)と軟骨(喉笛あたり)。それ以外の多種多様な内臓肉はホルモン屋にはあったような記憶もあるが、串に刺さってはいなかった。
お江戸で初めてもつ焼き屋に入った時に、ねぎまを注文したら「うちはもつ焼き屋だから」と強く叱られたのがトラウマになり、しばらくもつ焼き屋にはいかなかった。
地元の居酒屋のメニューには、串焼きと焼き鳥が別ページになっていて、一緒に注文できる。こういうスタイルだと安心できるのに。

つくねに砂肝に豚肉生姜巻き 焼き鳥北海道スタイルだ

地元に帰れば、ナンバーワン焼き鳥チェーンに行って、あれこれと串に刺さった肉を注文するが、肉の種類がなんであれ、全て「焼き鳥」と呼称する。串焼きなどという気取った言い方はしない。豚肉だろうが、鶏肉だろうが、内臓肉だろうが、全部「焼き鳥」だ。タレと塩も1種類ずつ聞かれるが、面倒くさいので全て塩と言い切る。たまに、つくねはタレがよかったななどと後悔することもあるが、焼き鳥の注文は勢いが大事だ。
ちなみに、おそらく札幌で12を争う老舗、福鳥では一皿4本単位で注文するのが決まりだ。だから、一人飲みに行くと二品注文するとほぼギブアップ状態になる。異本ずつ注文させろとわがままを言うつもりはないが、せめて鮨並みに2本単位にしてもらえないか。ただ、焼き鳥屋の親父は頑固で偏屈ものが多いから、そういうお願いをするのも怖い。もつ焼き屋と焼き鳥屋の共通点は、店主が「頑固オヤジ」だということだろうか。

小売外食業の理論

外食DX考察 ファミレス ロイヤルホストの場合

外を歩く時にはマスクは不要という政府見解が発表され、いよいよコロナ収束のムードが強まってきた感がある。まだまだ同調圧力が強く「マスク・レス」社会までは時間がかかりそうだが、それでもアフターコロナの時代が到来したのは間違いないだろう。外食にとってこの2年半は受難・苦悩・経営危機だったというしかないが、それでも政府の休業補償で一息つき、ここからどう対応するかが生存戦略、最重要経営課題だ。
たまたま入ったファミリーレストランで気がついたあまりの変化のなさに、どうにもモヤモヤした気分になる。
ということで、モヤモヤ解消のためファミレスを含めた大手外食をみて回ろうと思った。ファミレス業界はどこも大きなダメージを食らっているので、各チェーンでそれなりの工夫をしているのではないかと予測した。ファストフードは全体的に好調なので、やはり観察対象はファミリーレストランと居酒屋だろうと決めた。
回る順番はその日の気分なので、特別な意味はない。混雑ぶりを見に行く(商売の良し悪し)に関心があるわけでもないので、比較的空いている時間、曜日を狙っていこうというくらいのものだ。
見どころとしては、アフターコロナに対応したDX、オペレーションの統合デジタル化・組み直しの進み具合を比較してみようと考えた。

ロイヤルホストは、ファミレス以外の事業もダメージが大きく、大手商社の資本参加で事業立て直しを図っている。コロナ前には中高年を主客層に比較的高めの単価設定で、高いけれど質が良いというアップグレード戦略が当たっていたと記憶している。が、コロナで一番外出を控えたのが中高年、特に高齢者層だったことを考えると、ダメージの深刻さが想像できる。
それでもロイヤルらしさというものが店内には散見できる。テーブル上の仕切り版にはロイヤルホストのロゴが刻印されている。薄っぺらなアクリル板で申し訳程度の小さなものを置いている店も多いだけに、このロイヤルの本気度は素晴らしい。

気になったのは、いまだにメニューが「紙」であることだった。つまり注文、接客は従来通りのお作法で進むということになる。非接触と丁寧な接触は相反するものだけに、ロイヤルホストは非接触より、従業員のサービス、歓待、ホスピタリティーを選んだということになるのだろう。アフターコロナでこの従来路線堅持が、良い方向悪い方向どちらに転ぶかに興味がいく。

満足度の高い定番朝食

ドリンクバーつきのモーニングセットが610円(税別)はさすがロイヤルホストと思わせる高品質だろう。郊外型コーヒーショップでコーヒーを頼むとトーストと茹で卵つきで400円程度だが、プラス200円でこのレベルになるとすれば、コスパの高さはどちらになるか。そして、もう一度中高年・高齢者を引き戻すためには、この従来型路線維持が効果を上げるか、業界的には興味深いところだろう。
もともと朝飯屋だった(と思っているが)デニーズと比較すると面白そうだ。

コロナ前から取り組んでいる冷凍食材の販売も、一応アフターコロナ対応と言えるとは思うが、売り場の大きさや設置位置を考えると、テイクアウトに関してはあまり力が入っていないような気がする。
高くてもうまい、スーパーで売っている冷凍食品とは質が違う、くらいの大袈裟な宣伝をしても良いのではないかと思ってしまう。すでに閉店した実験店舗での、冷凍食品をレンジアップだけで提供するという業態は、予想以上に商品レベルが高かった。ロイヤルの冷凍食品も同じレベルだろうから、もっと威張って売っても良いと思うのだが。
ただ、そのためにはテイクアウト専用マーケティング部隊を組織するくらいの意気込みが必要だろう。アフターコロナの事業計画の中にそれが含まれるのかどうか。
DXという世界とは、まだ距離があるようだ。

食べ物レポート, 小売外食業の理論

山田太郎の進化

昨年夏に開いた山田うどんの新規業態、埼玉タンメン山田太郎を時々観察に行く。地元ということもあるが、埼玉タンメンなる造語までした新業態がどう進化していくのか楽しみにしているからだ。2号店は川島(関越インター近く)に開いたので、そちらもそのうち見学に行こうと思っている。新業態の2号店は、1号店の修正がなされた増加試作的な形になることが多いので、1・2号の比較はためになる。少なくとも仮面ライダー1号2号程度の差はあるはずだ。

今回の気づきとして一番の変化は、メニューブックとスマホ注文を併用していたのが、タッチパネル注文に代わっていたことだ。開店時から非接触型のコロナ対応店舗だったが、どうやらスマホオーダーが不人気だったようだ。麺を主力とする業態だけに、中高年男性が多い印象があるが、その客層が問題の原因だと思う。何度か来店して観察していたが、いまだに携帯電話を使っている男性客が多いこと。そして、スマホを持っていても口頭で注文する面倒くさがりが多すぎるようだ。
タブレット式注文はその解決策だと理解できるが、やはり学びはあるようで「紙」メニューがテーブツの上に置かれている。ブック型ではなくペライチというのが、対応客層が誰かを連想させる。一覧できる一枚メニーはファストフードでも多用されているが、メニューが多くなると目移りがして選びにくい。その辺りもレイアウトで工夫しているのがわかる。(元ファストフード従業員としては、もう少し工夫の余地がありそうな気もするが…)
この紙とタブレットの併用策は客層に合わせた柔軟な対応と考えられるが、印刷物の用意は時間もかかるし、単店ではコストがバカにならない。できればタブレットに一本化したいだろうが。まだ試行錯誤中ということか。
また、タブレットはあきらかに一覧性が悪い。いくつかあるメニューからどれかを選ぶとなると、一覧性の悪さは「使い勝手が悪い」と客の不興を呼ぶ恐れがある。この店のように中高年男性が主客層になる場合は客離れの原因にもなりかねない。

すでにコロナが収束しつつあり(感染者数の減少より社会的認識として)、アフターコロナの外食ビジネスがどういう運営方法に落着するのかが目先の課題だろう。外食各社の思惑で「百花繚乱」状態から、どのやり方が定着してくるか。業界標準が定まるには、もう少し時間がかかるようだ。
埼玉タンメンは山田うどんの系譜につながる、テーブルサービスのファスト提供というユニークな業態なので、進化の行方が楽しみでしょうがない。

今回の新商品はトマト味のタンメンだった。トマトスープのラーメンは先行業態があるが、そこのトマトラーメンとは全然違う。埼玉タンメンのスープをベースとしてトマト味に仕上げたものだが、全体的に印象のぼんやりとした味になっている。イタリアンを意識したのか、あるいは先行形態のトマトラーメンを狙ったのか、粉チーズをかけて食べる仕上がりになっている。当然、チーズの旨味成分と塩が加わって完成形になるという、合体方式の麺料理らしい。ただ、それであればチーズが別提供、後掛けではなく提供時から合わせたものを出すべきだろう。
チーズなしで食べるとスープの味が薄く、麺料理として完成していない気がする。ちなみに、薄味が気になって卓上にある醤油とニンニクを追加してみた。予想通りスープの塩味が足りていないのが醤油で補われると旨味を感じる。ニンニクが入いると「イタリアンなトマト味」に変化した。味変を楽しむという意味では、面白いベースだと思ったが、それが狙いでもないだろう。
まあ、色々な試行錯誤の中から「ヒットメニュー」も出てくるのだろうし、あれこれ新しい味を楽しませてほしい。
次に行った時には何が起こっているだろうか。実に楽しみだが、進化速度をもっと早めても良いような気がする。アフターコロナの生存戦略の一つは「変わり身の速さ」だと思うのだが。

食べ物レポート

いつものランチ サイゼリヤで

煉獄の卵 うまし!

ひと月ぶりくらいでサイゼリヤに行こうと思ったのは、ここ最近のマイ定番卵料理が食べたくなったからだ。商品名は煉獄の卵。トマトソースとオリーブオイルで味付けされた卵2個のオーブン料理だ。これを食べながらいつも思うことだが、イタリアには天国の卵とか地獄の卵という料理はあるのだろうかというささやかな疑問だ。
あの料理の天才、イタリア人だから、きっとあるんだろうなあとは想像しているが・・・。サイゼリヤで是非実現してほしい。イタリア卵料理トリオ「天国と煉獄と地獄」を季節限定で良いから当場させてくれないものだろうか。

普段は、単品ハンバーグかハンバーグとチョリソーのセットを頼むのだが、今回はランチ限定のスパイシートマトソースのハンバーグを注文した。このソースもできれば定番メニューに加えて欲しい。ランチのハンバーグはレギューラーのものより小さめな気がするのでフルサイズで食べたい。(測ったわけではないので感覚的なもの)
サイゼリアのハンバーグは単品で食べるのがうまい。最近はなぜか醤油も置いてあるので、醤油をつけて食べるという野蛮な食べ方もできる。ただ、ソースアレンジで食べるのも捨てがたい。ランチ限定のオニオンソース、トマトソースは是非選べるソースとして定番にしてもらいたい。
このスパイシートマトソースには、ホットソースをハンバーグの半分にたっぷり追いがけする。イメージとしては右半分が普通の辛さ、左半分が辛さ強化パートという感じになる。そして、右端と左端から真ん中に向けて攻めていく。マイ・ハンバーグ攻略法だ。これを定番ハンバーグでやってみたい。右半分はトマト、左がオニオンソースという感じだろう。
最近のサイゼリヤの「自分でアレンジしてね」路線を、レストランとして手抜きだろうと最初は馬鹿にしていたのだが、今では悔い改めた。あれこれ自分でアレンジするのは、なかなか楽しい。おそらくサイゼリヤの価格のせいでもあるようだ。たとえアレンジに失敗しても諦めがつく値段だ。最悪、同じものを注文し直してもさほどのダメージは受けない。
だから、サイゼリヤはどんどんソースなり調味料なりを増やしてもらいたいなと願っております。そうしてくれたら、もっとランチに行くのだがなあ。

街を歩く

土産物で考察したこと 2

10年以上前から不思議だったのだが、なぜか北海道土産の準定番に「おかき」が入ってきている。生チョコレートとかポテトスナックであれば、とりあえず北海道ものとして納得できる。しかし、米菓子がなぜ?とずっと思っていた。仕事の資料を調べていて、ようやく気がついた。
北海道は今や日本の米の主産地になっている。昔は味は不味いが量だけたくさん採れるみたいな評価だったが、温暖化の影響なのか西日本の米の食味が落ち、北海道では新品種の投入も続き「質」「味」「量」の三拍子が揃った米の名産地になっている。ところが、そのうまい米が売れ残っているのも現状の課題らしい。
おそらくその辺りの「大人の事情」で、米菓子を北海道観光名物・土産物に仕立てようという陰謀?があるのだと推理した。当たっているかどうかは想像にお任せする。
先行して発売された名物おかきは、「エビ」「カニ」「ホタテ」などの海産物フレーバーだった。冷静に考えればスーパーで買うと100円程度の量しか入っていないおかきが500−600円という「観光地価格」で売られている。そこに付加価値、納得感を与えるには北海道限定感を出すしかないだろう。
北海道といえば・・・と連想ゲームをして、その中でもお高い物を選ぶ必要がある。ステロタイプなものは既に出尽くしているようだ。前述のカニ・ホタテ・エビは当然として、味噌ラーメン、ジンギスカンなどの料理や、コーン、ポテト、カボチャなど変わり種もどんどん登場して、どんどんいなくなっていく。ほとんどアイデア合戦というしかない。
そんな競争の果てに出てきた究極な感じがする「極め物」を見つけた。「北海道昆布おかき」「北海道チーズおかき」だ。大事なのは「北海道」という枕詞だろう。つまり、この「北海道」をとれば、全国どこで売っていてもおかしくない「普通」のものになる。
おまけにどちらも国産米100%使用としている。ところが北海道産米とは入っていない。ちなみにおかきや煎餅の原材料である米は、安価な輸入米が使われることがほとんどなので、国産米使用というのはそれなりに評価できる。しかし、北海道米を使わなければ、北海道米問題の解決にはならないのではと気になるところだ。
昆布は北海道産らしいが、北海道以外で昆布が取れるところはあるのだろうか、というささやかな疑問も浮かぶ。東北地方北部のどこかでとれているのかもしれない。鮭は日本海側では新潟県、太平洋側では茨城県北部までとれるから、昆布もどこかで採れているのではないか。あるいはロシア産昆布とか中国産昆布があるのかもしれない。羅臼昆布は名産だが、ちょいと海を越えた対岸の国後島でも当然ながら昆布は取れるだろう。ロシア人が昆布を好んで食べるかどうかは知らないが、蟹と一緒に送られてくるのかもしれない。勉強が足りていないのであくまで憶測だ。
チーズも、北海道産チーズなのかどうか、表記上はわからない。北海道は国産チーズの拠点であるのは確かで、三大乳業メーカーも大きなチーズ工場を北海道各地に持っている。北海道産チーズであることを否定できないのだが、確かめようもない。
そんなことをあれこれと考えてしまった。
店頭で山積みにされていたから人気商品なのだと思う。土産に買うので、なにも考えずに買ってしまった。その人気の土産物の裏側に、宣伝広告やら社会問題やら生産調整問題などがたっぷり詰まっているらしいことを想像して、帰りの機内でなんだかなあと思いながら飲んだコーヒーは、かなりほろ苦いものでありました。

街を歩く, 食べ物レポート

いつものランチ 新宿アルタ裏

ポークソテーとコロッケのランチ

新宿アルタ裏にある雑居ビルに、お気に入りの洋食屋と居酒屋がある。ランチは洋食屋、夜の飲みは居酒屋でと使い分けている。ビルの5階というちょっと不便な立地で、おまけに一階はゲーセンなのでエレベーターに行くまでに相当賑やかな空間を突っ切らなければならない。
それでも新宿では貴重な洋食屋で、オムライスを食べたい時は、ほぼこの店一択になる。洋食屋と言いながら、在りし日のデパートの大食堂的なメニューなので、焼き魚定食もあればステーキもあるという賑やかさが嬉しい。
いつもであればオムライスを頼むところだったはずが、たまたま隣の席についた若い女性客がオムライスを注文して、その注文を聞いた従業員がそのまま自分の注文を取りに来てしまった。「じゃあ、こちらもオムライス」と定食屋のノリで注文すればよかったのだが、なぜか若い女性とメニューがかぶるのは・・・などと躊躇ってしまった。普段はあまり頼まないポークソテーを頼むことにした。コロッケをセットにしたのは気まぐれだ。ランチのセットなのでライスにスープがついてくる。お値段もリーズナブルだった。
注文したものを食べて予想外だったのは、コロッケが手作りらしいカレー味だったことだ。ランチにセットでついてくるコロッケだから、業務用冷凍品に決まっていると決めつけていた。その先入観が見事に裏切られた。
これが出るのであれば、コロッケ定食を頼んでも良いかもと思ったほどだ。付け合わせについているマカロニサラダも好みなので、次はコロッケとマカロニサラダをどちらも単品で頼んでみようと思ったほどだ。
ポークソテーはデミグラスソースで仕上げている本格的なものだ。洋食屋のポークソテー、チキンソテーはどの店もソースに工夫を凝らしているので、その店の味が楽しみなメニューだが、こちらはオーソドックスな味付けで十分に満足した。
ただ、これもランチセットではなく、単品で注文すればよかったなと後悔した。単品だと、肉が二枚になる。セットでは一枚だけなので、食べ終わるとなぜか中途半端なところでお預けを食らったような寂しさが残ってしまう。どうもオムライスから浮気をしたバチが当たったようだ。それでも新宿の真ん中にあるレストランで食べるランチは満足度が高い。

靖国通りを挟んで歌舞伎町を見る

今ではすっかり定着した、おひとり様用カウンターは靖国通りに面した窓際なので、目の前は歌舞伎町のさまざまなビルが見える。ちょっと前までは外国人観光客で溢れていたドンキ前も、今ではすっかりおとなしくなっている。
そのドンキの先に高層ビルがニョキニョキと生えてきて、今では竣工寸前だ。コロナですっかり静かになったてしまった歌舞伎町も、密かに新陳代謝が進んでいるようだ。ゴジラ・ヘッドのホテルビルと並んで、新宿ツインタワーなどと呼ばれるのではと思いつつ、洋食ランチを楽しんだのでありました。

街を歩く

土産物で考察したこと 1

あちこちに旅をして地域の土産物を買うと、その時期やその地域の文化や社会問題に突然ぶち当たることがある。土産物を買うのに政治問題など意識したこともないが、たまたま今回は頼まれた物を買うので、間違いがないようパッケージをしっかりと確かめたせいで気がついた。
「ぽてコタン」という商品名だが、最初は何も気がつかなかった。コタンはアイヌ語だ。集落・村という意味だったと記憶している。つまり英語のポテトとアイヌ語のコタンから作られた造語の商品名だ。じゃがいもと玉ねぎが集まった・・・みたいな意味を込めているのだろうか。コロナの感染拡大が始まった頃に開園した、北海道白老のアイヌ文化伝承施設「ウポポイ」のロゴがあしらわれている。北海道を挙げてのアイヌ文化復興支援みたいなことらしい。
日本国政府が重い腰を上げ、アイヌ民族を先住民として認め、その文化保存に渋々乗り出したのは画期的なことだと思う。国連機関に非難されたことがきっかけだとはいえ、何も認めない、やらないより100倍マシだ。北海道が舞台の大人気コミック「ゴールデンカムイ」のヒットのせいで、北海道限定のコラボ商品も数多くある。(サッポロビールのコラボビールはなかなか良かった) 
北海道内では好意的なムードが広がっているような気がする。ただ、それが道外観光客に伝わるものかどうか。小さな積み重ねが社会を少しずつ変えていくと期待するしかない。SDGsもカーボンニュートラルも大事だが、こうした足元にある問題にも目を向けていこうという「社会的に正しい企業行動」は是非続けてほしいものだ。
ただ観光土産のほとんどに、こうした社会問題を考え始める「サイン」やら「提案」やら「支援」やらがあると、それはそれでちょっと息苦しいかもしれないなあ。

ウポポイとは「おおぜいで歌うこと」という意味だそうだ。白老にある文化施設のホームページに書いてある。
https://ainu-upopoy.jp/facility/upopoy/

面白コンテンツ, 街を歩く

いつものランチ 日高屋

日高屋でランチにしようと思い、ふらりと近場の店に入った。季節限定商品もあるが、新作メニューが出ていない時にはマイ定番として爆弾炒めと半チャーハンを注文することが多い。ここ数年、冬場になると登場していたキムチチャーハンは、今年は登場しなかった。キムチチャーハンがあればそれにするのだが・・・。
爆弾炒めはキムチ味の肉野菜炒めのようなものだとが、見た目の赤さほど辛くはない。野菜炒めに白飯という組み合わせは、若い頃食べすぎたせいもあり微妙に避けたいメニューだ。ただ、町中華で野菜を食べたいと思うと、野菜炒め以外見当たらない(ことが多い)。だいぶ譲歩して八宝菜くらいだろうか。ただ、あの塩味のあんかけ料理があまり好みではない、という全く個人の嗜好の偏りもあり、野菜料理の選択肢が狭くなる。
だから、日高屋では爆弾炒めを連発してして食べることになるのだが、食べるたびに微妙に辛さが変わっているので(多分キムチの仕込み度合いのせいだと勘繰っているのだが)、毎回毎回、今日の辛さはどうかな?と楽しんでいる。辛さ控えめに感じた時には、ラー油を追いガケして味変するのも楽しみだ。
そして、半チャーハンを辛さ中和剤として合間に食べる。日高屋の炒飯は、意外なことに薄味なので、フルサイズ食べると食べ飽きてしまうが、半チャーハンであればちょうど良い。
ありがたいことに、半チャーハンを頼んでも、スープがついてくる。実は、この町中華定食におまけでついてくるスープが好物なのだ。できればラーメン丼で出してもらいたい。別料金でも注文したいと思っているが、どの店のメニューを見ても「中華スープ」などというものはない。具材が入った、卵スープとか、キクラゲと筍のスープとかになってしまう。飲みたいのは、チャーハンや餃子定食についてくる、醤油ラーメンの麺抜きみたいな具なしスープなのだ。一度勇気を出して、聞いてみようか。「チャーハンについてくるスープを大盛りにしてもらえますか」と。
まあ、町中華で飯を食べるということは、こんな好き勝手な妄想をしながらマイ中華メニューを楽しむことなのだと思うのですよ。

街を歩く, 食べ物レポート

いただきもの 高知県おもてなし課(元)

高知県で農産物を仕入れたことから、ご縁が続いている高知県観光振興部観光政策課おもてなし室から送られてきたお茶とコーヒーのサンプルが4種類。見た目はおしゃれでシックなものだった。
以前はおもてなし課だったが、おもてなし室に降格?されてしまったのがちょっとさみしい。「おもてなし課」は映画化もされていた高知ブランドの一つだけになあ、と残念に思う。
それはさておき、お茶はブレンド茶で、ハーブティーの親戚みたいなものだった。あまり知られていないようだが高知県はお茶の大産地で、静岡にも輸出?され静岡ブレンドのキーパーツになっていると聞いたことがある。
できれば、静岡で加工用に使われるのではなく、高知ブランドで売りたいのだと、高知県山間の町で農業に関わる人に聞いたことだ。
来年の某国営放送朝番組で高知県が扱われるそうだ。その牧野先生に関連してのお茶なのだろう。個人的には(普段はあまりお茶を飲まないのだが)、なかなかシャレオツな気分になる素敵なものだと思う。何しろパッケージが相当にシックだ。伊勢丹三越のハロッズの横においても負けない気がする。
一緒に送られてきたコーヒーは、高知となんのゆかりがあるのかはよくわからないが、パッケージの裏にある「コーヒーの淹れ方」を読むと、高知人的センスが読み取れる。曰く、コーヒー粉末にお湯を注ぎ10−20秒蒸す間は、遠く高知の風景などを思い起こすと良い、とすすめている。
高知の街をぶらぶら歩くと、あちこちに気の利いたセリフが書かれた看板や広告を見つける。センスの良い街だと思う。そんな高知気質みたいなのが、コーヒーのパッケージにも現れているようだ。
日曜市の猥雑な賑わいや、ひろめ市場の昼飲み天国状態を見るにつけ、この町はラテンな人たちが住んでいるのだなあと思っていた。優れもののデザインが溢れていることも考え合わせると、高知は日本で一番イタリアンな場所なのかもしれない。それも南部のとびっきり明るい街、ナポリに似ているような気がする。
ナポリであったマリオみたいなおっさんを高知のカツオ名人たちに合わせてみたいな、などと高知ブレンドコーヒーを飲みながら考えておりました。

食べ物レポート

赤い牛丼

なか卯の和風牛丼

ネットで紅生姜を山盛りにした牛丼を見て、アーッとショックを受けた。赤いビジュアルもなかなか劇的だったが、ショックを受けたのはそこではない。こんなに紅生姜使っても良いんだという、なんとも脱力する気づきだった。
牛丼を食べる時の楽しみは、牛肉の味というより、紅生姜と絡まって生まれる酸っぱさ、塩味のハーモニーだと思っている。牛丼非存在圏であった北海道で育ち、お江戸に出てきて初めて食べた牛丼の衝撃のせいだ。牛丼特有の油臭さというか牛臭さを生姜で紛らわせて食べるという食体験は、子供のうちに済ませておくべきだ。大人になってから学ぶ「異文化」は、なかなかしんどいものがある。
牛丼初体験時にうけた異様さの比較対象としては適切ではないかもしれないが、台湾で食べた臭豆腐を食べた時に近いものがある。現地の人は旨そうに食べているが、どうも自分は馴染めないという異邦人感覚だ。
そんな初期牛丼体験から、いつの間にか週3牛丼フリークになったのは、紅生姜による味変が可能だったからだと思っている。
ただ、本音ではもっと大量に紅生姜を乗せたいのに、建前として「これは付け合わせだからとって良い適量というものがある」だろうなと、遠慮しつつ紅生姜を乗せていた。
おまけにテイクアウトでついてくる紅生姜小袋をみると、これが一回分の適量というものだろうかと悲しんでいた。個人的には、あの小袋入り紅生姜は牛丼一杯に対して3−4個ほど使いたいと思っていた。それでも、「紅生姜追加でお願いします」という勇気がなかった。一袋分の生姜で泣く泣く我慢していた。
が、ネット記事の牛丼を見ると、どうやら紅生姜は使い放題のようだ。これまで耐えてきた日々は全く無駄だったということだ。汁だくブームの時に気がつくべきだった。これぞ、宗教的な回心に近い気づきだった。食の神様が降りてきたような気がする。
そこで、夢の紅生姜牛丼を実現してみた。自分でかけたいだけ紅生姜をかけてみた。ビジュアル的には全く別物の料理になっている。恐る恐る食べた。これは法悦だった。これまで食べてきた牛丼の時間を全て返して欲しいと思った。残りの人生で、あと何杯牛丼を食べるかはわからないが、少なくとも「赤い牛丼」しか食べないだろうということは確信している。
もっと早く知っていればなあ、と後悔することが年々増えてきているが、この赤い牛丼事案は、その中でも最大の衝撃だと思う。我が人生、数多の曇りありだ。やはりラオウにはなれない。