街を歩く, 小売外食業の理論

ファサードの魅力と吸引力

札幌狸小路の話を長々と続けているが、実は今回の札幌探索で一番気になった店を狸小路で発見してしまったのが原因だ。何度も書いているが、狸小路の西端は建物がどんどん潰れて、駐車場になったりホテルになったりしている。新陳代謝が激しいと言えばそうかもしれないが、新しくできるレストラン、食べ物屋のほとんどは新築ビルに入居するわけではない。古くて小ぶりなビル・建物にひっそりと開店するのがほとんどだろう。
だから、ビルの2階にある店舗も多い。数少ない狸小路歩行者を店内に引き込むべく、外観のデザインやpopなど工夫している店が多い。だから、都心中心部を歩くより狸小路のはずれを歩く方が、今の札幌で店をやろうと思う若い衆の意気込みが感じられると思っている。そんな街歩きの中、数ある新進気鋭の店舗群の中で、一番目を引いたのがこの店だった。
ちなみに「点と線」は某有名推理作家の出世作の題名と同じだ。何か、その小説と関係があるのかもしれない。勘ぐれば、点と点をつなぐ線みたいな意味で、つながりとか共生などを考えているのだろうか。店名だけであれこれ考えさせられてしまう。

どうやらカレー屋さんが始めたラーメン店のようだが、「新しい麺料理のカタチ」と真面目な宣言をしている。デザインセンスはなかなか優れものだと思う。ただ、ラーメンが退色しているように見えるので、その点は気になる。
ああ、このラーメン食べてみたいなと思わせる説得力がある。コピーもシンプルだが力強い。このデザイナー、センスがいいなあと感心した。

入口横メニュー看板も一点豪華主義といいうのが良い。ついついフルメニューを乗せたくなるのが入り口看板だが、その誘惑をしっかりと退けている。いいぞ、いいぞと思う。
おまけが、地面に置いた行灯だ。夜になり灯りが入れば、これは実に効果的だ。この手の地面に置く行灯は京都先斗町や東京神楽坂でたまに見かける。夜に特化した「ハイセンス」POPだが、使い方が難しい。それをラーメン店でよくやり遂げたものだ。
次回の札幌では、この店を外すわけにはいかない。店内の姿にも期待が高いが、おそらくラーメンのビジュアルも相当にハイレベルでフォトジェニックな仕上がりになっている気がする。
レストランは見た目が8割、ということを理解している人は少ない。見栄えが悪いが味はうまい食べ物など、極めて稀な存在で天然記念物級のレアものだ。それと同じで、レストランの良し悪しは入り口で8割方決まっているものだ。初めて入る店は入り口で決まる。嫌な感じがしたら、決して中には入らない。意外とお店をやっていながら、このことに気がついていない店主・経営者は多いようだ。うちの食い物はうまいはずなのに、なぜか客が来ないという傲慢な店主は、入り口で客を惹きつけないどころか排斥していることに気がつかない。その意味でこの店は必見の一軒だと思う。

繁盛店を作るには、店名とファサードがとても重要なのですよ。 

街を歩く

人生の落とし穴を発見した

何気なく見かけた一枚のポスターが人生を変えてしまうこともある、という怖いお話だ。JRの切符で入場券だけを集めた全集が15万円くらいで発売されるという記事を読んだ。今の切符はペラペラの薄紙だが、その入場券全集の切符は昔の固いもの、硬券だという。コレクター魂がぐらっとくる悩ましく怪しい企画だ。しかし、これはしっかりと諦めた。あれこれ断捨離をしている中で、物を増やしてはいけない。
はずだったが、たまたまJR北海道で似たような企画を実施している。それが、このポスターだった。
単独駅の単独企画だったら、「記念に一枚買ってみるか」で済む話だ。ただ、このポスターに書かれているNO.84に気がついた。少なくともNO.1からNO.83まで存在することは明らかだ。
おそらくJR北海道管内の駅をめぐるスタンプラリー的なものに違いないことも推測できる。危険すぎる。買ってはいけないだ。同じように、たまたま見かけた関東道の駅のスタンプラリー本に釣られて3年がかかりで完全走破した経験者だ。
翌日ネットで「北の大地の入場券」を検索してしまった。確かめてみれば、まさに「沼」企画だ。北は稚内から東は根室まで、南は函館どころか津軽海峡を越えて青森県いまべつまで企画に入っているのだ。
JR北海道の路線図と見比べてみると、要所要所の駅が対象で、それも一旦下車しなければ買えない仕組みになっている。例えば、旭川で降りて次の目的地は遠軽経由北見みたいな飛び飛びに進むしかない。特急を利用して乗り継ぐにも、特急の発車間隔は少なくても2時間程度の間隔がある。(東海道新幹線の5分おきみたいな発車間隔で北海道鉄道旅行は無理だ) つまり、1日にゲットできそうな入場券はせいぜい十枚、道北、道東に行けば1日五枚も難しいだろう。全部で82駅・94種でコンプリートするとのことだが、最低でも1週間かかりそうだ。おまけに過疎地域では駅が無人化していて、切符を買うには地域の公共施設、近隣にある道の駅などに行かなければならない。
無理ゲーというしかない。適当に札幌近郊の何枚かを手に入れてお茶を濁すというのもありかなと思ったが、一枚買えばそこから先は地獄行きの特急コースだろう。全駅コンプリートすれば表彰状がもらえるらしい。
いや、そんなのいらない。この話も記憶から消し去ろうと頑張っている。それなのに、いつの間にか全国JR時刻表をひっくり返し、乗り継ぎなどを確認してしまう自分が怖い。
夏の青春18切符発売は7月だ。その次は冬の青春18切符が12月発売で、完全制覇賞の締め切りは来年2月末。危険があぶない。
「北の大地の入場券」詳しくは ↓

  https://www.jrhokkaido.co.jp/CM/Info/press/pdf/20220428_KO_ticket.pdf

街を歩く

狸小路@deepでラーメン

狸小路7丁目を勝手に狸小路@deepと称している。もちろん某有名小説のもじりだ。狸小路7丁目・8丁目界隈には、いわゆる尖った店が多い。大体の店が小降りで、客席数もあまり多くない。ただ、熱烈な常連客がいて経営を支えているという感じがする。フリの客には入りにくいというか敷居が高い、コアなファン向けの店が集合している。札幌でもDeepな一角というのに間違いはないと思う。
このDeepさこそは、チェーン店のコスパの良さだけがお店の評価基準ではないという証明なのだが、コアなファンの店は、言い換えれば一見さんお断り的なムードもある。商売として広げるには、そこを突破しなければならないはずだ。だが、どこの店も「ひろげる」ことに興味がなさそうだ。どちらかというともっと深掘りしていく感じがする。
長年食い物業界に携わってきたこともあり、その手の一見さんお断り的ムードには免疫があるというか、根っから無視してしまうことが多い。特に最近のアフターコロナ世界では、店主の客あしらいを含め混乱が続いているので、一人飯、一人飲みはヘイっちゃらだ。店主がごねたら、何も注文せずに出て来れば良い。(注文していても出てしまう時もあるから、だいぶ厄介な客だという自覚はある)

友人から聞かされていた、狸小路7丁目のラーメン屋には一度行ってみようと思いつつ随分時間が経ってしまった。どうも店主こだわりの商品に、コアファンが信奉してしまったカルト的ラーメン店らしい、と勝手に思い込んでいたからだ。
たまたまランチに行こうと思った店が臨時休業だったり、長期休業中だったりしてランチ難民になってしまった。そこで不意に思い立って、昼のピークを外しこの店に出張ってみた。
不思議なラーメンだった。スープに潜む香草の味が独特で、ラーメンのスープというよりエスニック系な感じがする。ただ、パクチーではないようだ。セロリをメインにしてブーケガルニ的な何かだろうと思う。比較的とろみの強いスープだが塩味は控えめで、ネギのカットが大きいこともあり、やはりラーメンというより濃厚スープを食べている気がした。
おそらく、2度3度と繰り返すことで、だんだんハマっていくタイプの料理だと思う。岩のりをスープに入れてちょっとふやけた状態で食べる。これがまた気に入ったところだ。ラーメンの結構としては、スープの主張が強すぎる気もするが、確かに美味い「麺料理」だった。次に札幌へ行くときには、何度か通い詰めることになりそうだ。
ちなみに、この店の隣は、これまたユニークな「ジンギスカン屋」で、そちらも捨て難い。ラーメンとジンギスカンのハシゴは、あまり想像したくないが。

街を歩く

狸小路を散歩する 7丁目に至る道

札幌狸小路は北海道開拓時代から続く伝統ある商店街だ。1丁目から10丁目まで続き、ストリートマーケットとしては全国でも屈指の規模ではないかと思う。東京のあちこちにあるストリート商店街とはちょっと違う感じもするが。屋根がかかっているアーケード街は冬でも雪を気にしなくて良い(しかし、しっかり寒い)雪国仕様だ。
駅前通りを挟む狸小路中心部(3・4・5丁目界隈)は都会的なブランドショップもある。が、東の端の1・2丁目、西の6−10丁目あたりは、なんというか場末感が漂う古びた店並みになっている。
昔は7・8丁目あたりに今風に言うところの風俗店、昔流で言えば連れ込み旅館街・女郎街だったらしく、狸に化かされるような街だったから狸小路といわれたと、昔々先輩に聞いた。それが本当かどうかは知らないが、知人が8丁目にあった連れ込み旅館を改造して店をやっていたから、おそらく風俗街があったのは確かだろう。

狸小路一丁目近くから引っ越してきた映画館

その狸小路もようやくバブルの後遺症から脱出しつつあり、ここ4・5年はあちこちで店舗の取り壊し、建て替えなどが続いている。それでも再開発の波は6丁目止まりで、7丁目以降は一体この建物ができたのはいつなのだろうと思わせる老朽建物を改装した小ぶりな店舗が増えてきた。ただ、その狸小路ルネサンス的なムードもコロナによって停止中という感じがある。

抜かしはお世話になった。当時はxxx無線だったような

東京であれば、秋葉原あたりにありそうな電子部品の店がいまだに健在だ。その昔、ラジオ小僧が集まるカルトな店だった。今では想像もできないが、真空管ラジオがまだまだ幅を利かせていた時代で、自分で回路設計したラジオを組み立てるのが流行っていた。真空管を3本使う簡易型、5本使う本格型など力量に合わせて(懐具合も含めて)ラジオ作成できた。回路集も販売されていたし、それこそ初心者向けのキット販売もしていた。もはやうっすらとした記憶だが、ここがハドソンの発祥の地だったのではないか。

店頭すっきりは珍しい

札幌でもタイ料理の店は珍しくない。タイ料理は普及期に入ったエスニック料理だが、ベトナム料理はまだちょっと珍しいかもしれない。ベトナム、タイ、マレーシア、インドネシアなどの東南アジア料理が女性に人気があるらしい。理由が全くわからなかったが、あの魚醤の臭さが女性向けなのだろうかと疑っていた。フェロモン的にヒト族雌に有効なのだろうかと生物学的妄想をしていた。どうやらそれは間違っているようで、パクチー^(香菜)のデトックス効果が人気の原因らしい。確かにあの草を使った料理は、独特の臭みがあり、毒消と言われればそんな気もする。よく言えば薬効がある。悪く言えば蓼食う虫も好きズキということか。どちらにしても、この店には一度きてみたいものだ。

バブルの後はすっかりシャッター街になりかかっていた狸小路7丁目も、ここ10年くらいで個性的なレストランが集まる場所になった。西端の9・10丁目はアーケードの屋根がないので、冬になるとほとんど障害物競争のグランドと言いたいくらいの歩行難所になる。だから、アーケードがギリギリある7丁目がレストランの集まる場所になったようだ。(8丁目は空き地が目立つだけ)
一年で閉めてしまう店もあるが、コロナ前後に空いた店は比較的健闘しているようだ。店舗の外観を見ても、好感が持てる斬新なデザインが多い。それでも、コロナ前の外国人観光客目当ての店は潰れてしまった。店内で世界あちこちの訛りがある英語が飛び交っていた店は看板を変えていた。まあ、札幌で飲むときに英語を喋るというのもグローバル経験としては良かったが。
新宿ゴールデン街でもコロナ前には英語のメニューが提示されていた時期があった。個人的には「第二のバブル」的なインバウンド狂騒時代だったと思う。たまたまゴールデン街のバーでシンガポールから来た旅人と喋っていたら、横から競争するように英語で話しかける客がいて、何が悲しいやら日本人同士で英語の会話をするハメになった記憶が蘇る。英語が喋れることをひけらかし、自分はグローバルな人間なのだとマウントをとりたがる輩が増殖していた。やはりおかしな時代だったのだ。おそらく、札幌の外国人向けバーでも同じ光景があったのだろうなあ。
アフターコロナではどうなるのだろうかと狸小路の片隅で思った次第であります。

街を歩く

パン屋のその他もろもろが凄すぎる

あの日本一のカレーパン屋?が自宅近くの街にもあるので、ちょっと昼飯を買いに車で出かけた。何やら看板が札幌で見たものとは違うが、「北海道出身でーす」と自慢してみたいらしい。まあ、これは博多本場とか新潟直送とか、首都圏ではよくある宣伝文句なので仕方がない。文句をつける気もない。ただ、店名より大き扱いの北海道小麦ねえ・・・。

店頭でも「北海道生まれ」を推している。確かに津軽海峡を超えてきているのだから、「海を越え」かもしれないが。これもまた気になると言えば気になる。やはり北海道は海を越えた「外地」らしい。「ゆめちから」という小麦の新品種が定着してきたので、国産小麦をブレンドしてパンが作れるようになった。でも、北海道は「外地」だろう? 国産って言っていいのかよと絡んでしまえば、もはや反社会的勢力と見做されそうだ。

POPの教科書に載りそうなボリュームエンド陳列

店内では、そのカレーパン一族と豚パン、メロンパンが一推しコーナーを作っていた。その中にあまり目立たないが「ちくわパン」も自己主張していた。ちくわパン全国化計画が発動しているらしい。そのうち瀬戸内あたりで元祖竹輪パンとか、九州で竹輪ぱんでごわす、四国で竹輪ぱんやき、などなど参戦し熾烈なちくわパン戦争が起きそうな気配は・・・全っくないなあ。

坂戸で活躍のペンギンだが、札幌では存在感が乏しかった

逆に、もっと推していても良いのかなと思う「店名ゆかり」のペンギンパンは、POPもおとなしい。札幌の姉妹店で見た威勢の良いPOP感がわすれられない。このあたりの割り切りというか、言ってなんぼ的な気合いが足りない感じがする。なので比較のために札幌の店のpopを並べてみた。

どうやら札幌の店の方が一つのトレイに乗っているパンの種類が多い。だから商品POPがやたら多く見える。考えようによっては、圧縮陳列を狙っているようでもあるのだが。単純に1日の販売数が少ないだけかもしれない。どちらにしても「売る気合い」は北海道組の勝ち。

その上、気合いが空回りしたかのように、当たり前のような顔をしてパンの中に混じる異族のすがたが微妙すぎる・・・。フライドポテトにナゲット、コロッケが平然と並んでいる。最初はフライドポテトというパンだと思った。チキンナゲットは、中にナゲットの入ったソーセージパンみたいなものかとも思った。よくよくみると、名前通りの商品で、パンではなかった。これでは、パン屋ではなく惣菜業態に・・・と言いたくなる。

しかし、極め付きの代物はこちら。まずは、ここはどこですかと言いたくなる「ザンギ」の説明POPだ。店の所在は札幌市中央区だから、このパン屋の利用者はほぼほぼ札幌市民だろう。もしかしたら転勤してきた道外移住者もいるかもしれないが、それでもザンギの説明をPOPでするか??? ザンギがわからない札幌市民がいるのか???
それとも、山鼻は道外人の専用居住区だとでもいうのだろうか。あるいは「ザンギ」が北海道、札幌では消滅しつつある幻の商品なのか。北海道人のソウルに関わる大問題のような気がしてきた。
それ以上にすごいのが「ざんぎバーレル」だ。確かにバーレルというのは樽を意味する一般英語で、そこに〇〇バーレルと形容詞などをつければ誰でも商標として使える言葉だが。どう見ても赤白ストライプのデザインは某唐揚げチェーンの入れ物だし、このあたりはジョークとパクリの微妙な境界線で、法的な地雷がたくさん埋まっていると思う。唐揚げ屋さんがめくじら立てなければいいのだが。
個人的には、このパン屋のザンギを食べてみたい気分で満々だったが、バーレルという容器は持ち歩くのにすごく不便なので諦めた。ザンギだけに全国で発売しているはずもないとは思う。でもちょっと気になるなあ。
そいう言えば、札幌の有名パン屋「どんぐり」でも昔からザンギ売っていたし、北海道のパン屋では、これが当たり前の販売方法になっているのか。
パン屋の進化はすごいものだね。

街を歩く

狸小路を散歩する 7丁目あたり

元ウィーン 跡地も喫茶店らしい

狸小路が観光名所かというと、ちょっと違う気がする。外国人観光客が跋扈していた時代は、2丁目から6丁目あたりまで、段ボール箱をキャリーカードで引っ張る人向けの店が立ち並んでいた。ドラッグストアが30mおきに営業していた。今や、そのドラッグストアも大部分が撤退し、跡地には色々と面白い「日本人向け」店舗が出来上がっている。コロナで消えた外国人観光客特需だが、日本人向けの商売が成立するのであれば、特需も不要だろう。要は知恵が足りない商売人が多すぎたということだ。
そんなアブク銭商売とは無縁だったのが、狸小路7丁目だ。
ススキノとは違う、ちょっと尖った飲食店が次々とできて、オフ・ススキノとでもいうべき「面白ゾーン」になっている。歴史あるクラシック喫茶が閉店したのは3年ほど前だと思うが、その跡地にもどうやら喫茶店が入居したらしい。この隣はビリヤード場がある。それも映画の影響で流行ったプールバーではなく、まさにビリヤード場だ。ポケットのあるナインボールよりも、ポケットのない4玉の台が多かった。

冷え雨営業をやめたみたい 

コロナの時代は昼営業をしていた居酒屋も、どうやら通常営業というか、夜営業に戻ったらしい。それでもTake outの看板を外していないのが、後遺症の深刻さを感じさせる。オフ・ススキノではあちらこちらに個性的な料理を出す店があるが、この店は豪速球の魚居酒屋で、店長の趣味が競馬という正統居酒屋だから、復活後も元気に営業してほしい。

老舗の和菓子屋もあるのが狸小路らしいというか、カオスな雰囲気がする。この和菓子の店が知る人は知る名店で、串団子が絶品だ。団子が柔らかいのと、あんの種類が豊富なのが魅力だ。
あまり目立たないが2階に喫茶コーナーがある。札幌では珍しい甘味喫茶なので、昼下がりの暇そうな時間を狙って、クリーム餡蜜や団子セットなどが食べられる。団子とコーヒーのセットというのは、なかなか他では食べられない魅惑のセットではないか。みたらし団子とブラックコーヒーという組み合わせには、ちょっと震えがくる。ちなみにこの店では、謎の北海道菓子「中華まんじゅう」も売っている。隠れ札幌土産として推奨したい。

7丁目の怪しい楽しさは、観光客には知られたくない「秘密」の札幌だと思っているのだが。

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遠き記憶の底から

きっかけは古い手帳の中から出てきた一枚の優待券だった。オーシャンブラックというのは今はなくなってしまった国産ウイスキーのブランドで、当時ススキノでは「若者向け」の店で大量に販売されていた。このワンランク上がサントリーホワイト、その上が角サン、オールド、リザーブと続く「ウイスキーカースト」を形成していた。要するに一番安い酒だった。
若者向けパブとは、店内が暗く、轟音のような音楽がかかり会話も難しい、おまけにタバコの煙でちょっと先も煙っているという劣悪空間だった。よくそんなところに足繁く通っていたものだと思う。
それとはちょっと異なり、弾き語りの演奏がかかっているライブ・パブがこの優待券のお店だった。「蟻の歌」という店で知り合いが歌っていたから、時々飲みに行っていた。ただ、ライブチャージがかかる分ちょっとお高い店だったのだろう。当時の1000円は今で換算すると3000円くらいだと思う。多人数で騒ぐにはパブへ、少人数でしっとり過ごすにはこのライブハウスで、と使い分けをしていた記憶がある。
当たり前だが、今はこの店はすでにない。

ススキノの東側にあるビルの8階にあった。当時は、今のダイキンの看板がある辺りに、「蟻の歌」「パフ」の看板が出ていたはずだ。店はなくなってもビルは存在している、ススキノらしい光景だ。
わざわざこのビルを見に行ったのに深い意味はない。ビルごとなくなっていることもあるので(最近の札幌はビルの建て替えブームだから)どうなっているかなあという、昔懐かしさに惹かれただけだ。
このビルの一階は、札幌では珍しい鰻の店だ。なので鰻屋のビルとして記憶の方が強い。ただし、この店で鰻を食べたことはない。というか、札幌で鰻を食べた記憶がない。それくらい北海道の若き貧乏人には、「うなぎ」は縁遠い食べ物だった。いつかは鰻を食べてみたいと思っていたせいでビルの記憶に残っている。たまに通ったライブハウスはすっかり思い出さなくなっていた。

そんな昔のことを思い出しながらススキノ周辺を感傷的な気分で散歩した。若い頃の記憶は苦い。舌を噛んで死んでしまいたいようなことばかり思い出す。だから散歩で軽く落ち込んだ後は、古い居酒屋で一杯やるのが精神衛生上よろしい。
居酒屋にはうまい肴もたくさんあるのだが、ふと思い立って盛り蕎麦を肴に飲むことにした。飲んだ後の締めに蕎麦というのが一般的な気がする。ただ、古き良き時代の蕎麦屋風に、蕎麦を一本摘んではもぐもぐと食べ、酒をちょっと飲むというのがしたくなった。
そうするとセイロ一枚平らげるのに小一時間かかる。お店には申し訳ないが、たまにやりたくなる悪習だ。最近の蕎麦屋でこれをやると嫌われるだろうから、蕎麦の置いている居酒屋でコソコソとやるしかない。ススキノにはこんな悪さができる店はないので、川を渡って離れた居酒屋を目指した。鑑賞的な散歩を完結するには、なかなか面倒な手続きが必要なのだな。

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ラーメン今昔 

今風のラーメンというのは、既に麺類の域を越え「ラーメン」という新しい日本料理の部門を作り出している気がする。昔々の中華料理店で提供されていた麺類、汁麺という範疇から大きく変化、進化しているからだ。

新世代ラーメン 飛燕 千歳空港

業界的な話で言えば、今のラーメンと昔のラーメンは原価率が全く違う。昔のラーメンは安い素材を調理人の腕前でおいしい麺料理にするという、ある種マジックがあった。だから、下手くそな料理人が手を出すと不味くて食えないというラーメンも存在していた。そんな不味いラーメンを懐かしむ人はいないだろうが、それくらいラーメン屋によって味が異なっていたものだ。昔のラーメン屋には安かろうまずかろう的世界が存在した。
ところが、今のラーメンは明らかに高原価主義であり、原価をかけた分値段も上がるという高級麺業態になっている。麺もスープもトッピングもしっかりカネをかけているのだから、不味くなるはずがない。
それだけに高いお値段で周りのラーメン屋と差別化するには、色々と独自性を押し出す必要がある。うまいもの同士の競争なので、なかなかシビアなものだ。差別化の広がりは店内の内装や雰囲気、従業員のユニフォームなどあらゆるところに広がる。
結果として、高級ラーメン店は似たような店作りに収斂していく。店内は暗めで落ち着いた高級感志向になる。従業員も麺職人というよりシェフ的な見え方になる。街の中華屋ムードはどんどん減少していく。これがラーメン屋かと思う店にまで進化する。
味は濃厚、スープは素材からこだわった本格志向、チャーシューも製法や使用部位を変えた二種盛り、三種盛りへと進化する。ラーメン一杯が1000円を超える時代が到来した。

ありし日のラーメン 萬字醤油屋本店 萬字ラーメン

その反対側になるのが、昔ながらのラーメンを提供する「老舗」や「二代目」をなのるオールドウェーブ・ラーメン店だ。味は昔のままにするということが基本だが、一概に高齢者対応とは言えない。昔(昭和)は平成生まれにとって既にレトロであり、平成の反対側にある不思議世界という位置づけだ。
だから、昭和創業のラーメン屋は、それだけで支持を受けたりする。味が今風でないことが有利に働く、計算外のプラス要素もある。そこにもう一歩踏み込んで、レトロ感を加速させると「新・コンセプト」として成立し始める。

店内の装飾に「なつかし系」を置くと、高齢者にはなつかしの空間が生まれる。若年層からは、自分の生まれる前の異空間であり、共感がないが興味はあるという雰囲気に映るのだろう。
スポーツカードならぬ力士カードや、自分が見たこともないキャラクターのセルロイド人形など、ひょっとすると親子二代で楽しめる空間なのかもしれない。
アッパーなレストラン化を目指す現代ラーメン店と、昭和レトロを訴え二世代をとりこむコンセプトレストラン化を目指す旧世代ラーメン。どちらがアフターコロナ世界で生き延びることができるか、ちょっと楽しみなのだ。

街を歩く, 食べ物レポート

喫茶店とカフェ

北海道庁近くに相当昔からあり、たまに使っている喫茶店がこの店だ。ビルの地下にあり昼でも薄暗い、昔ながらの喫茶店スタイルだ。この店のナポリタンが好きでたまに来ていたのだが、コロナの間は休業していることが多く、久しぶりに店先を覗きに来たら、なんだか賑やかな看板が出ていた。
知らないうちにずいぶんデザート推しの店になっている。自分の記憶では、「純喫茶」というのは飲み物しか出さない、フードなしの店だったと思うのだが、どうやら今では違うものになっているらしい。
別にそこに文句があるわけではない。美味いナポリタンを食べた後、チョコパフェを食べるというのは財布に余裕ができた大人の特権だ。ソーダフロートを飲んだ後、渋くコーヒーで締めるというのもやはり大人の特権だ。まして、追加でプリンを頼めばプチ王様気分になれる。喫茶店はそういう使い方ができるのが嬉しい、オヤジ好みのコンセプトではないか。
などと看板の前で妄想してしまった。確かに、純喫茶はオヤジの楽園になりつつある。アフターコロナ時代の良い落とし物かもしれない。

その古い大人の楽園から徒歩5分もかからないところに、今の大人のおしゃれスポットがある。北海道庁正門前に広がる広場を眺めながら、優雅にお茶ならぬ「おアイス」を楽しめるカフェだ。全国的にはこのブランドの飲食スペースは減少しているはずだが、札幌では実にゆったりとした空間がある、そして昼でも夜でも比較的混み合っていない理想のカフェ的存在だ。

ミント味のチョコレートがブームの後に定着して嬉しい

そのおしゃれな場所で街行く人を眺めながら、洋風かき氷(としか形容しがたいのだが、要はフラペチーノもどき)ミントチョコ味を楽しんだ。普段はあまり甘いものを飲み食いする習慣はない。だから時々無性にソフトクリームとかフラペチーノやキャラメルマキアート的な「甘甘甘」な物が欲しくなる。
ラムレーズン味かミント味があれば尚更良い。昼に飲む酒が背徳的な旨さだとしたら、オヤジが一人で楽しむ「甘い呑みもの」は悪魔的な旨さだろう。
ただ、それを若い女性に囲まれて楽しむ余裕がオヤジ族にはない。だから、札幌のこのカフェは貴重だ。一年に一度か2度しか使わないダメ客だが、是非この場所でこの店を営業続けてください。東京には、こういう「オヤジに優しい」空間が存在していないのです。

街を歩く, 食べ物レポート

東京五十番で酢豚

札幌中心部 南3条通り沿いにある町中華

「札幌町中華の本」というムックが発売されている。ネット記事で見つけてAmazonで買ったが、ふと気になって都内の書店で探しても見つからなかった。令和の時代はこういう買い物の仕方になるのだと思った。本屋でぶらぶらと書棚の間を遊び回り、気になった本を手に取りペラペラパージをめくる。そんな本を買い方、楽しみ方は、既に過去のものらしい。ネットリテラシーが低いと、おちおち読書も楽しめない困った時代だ。
その札幌町中華紹介本の中には見当たらないが個人的お気に入りが「五十番」だ。学生時代からお世話になっていた旧店が、ビルの建て替えで閉店した。残念に思っていた。それが、ある日突然転居して営業再開といううれしいことになっていた。以前の店よりちょっと広くなったような気がする。メニューは普通の中華料理屋にあるメニューは揃っているという感じで、特別尖ったものはない。当たり前の中華といえばその通りだ。

この店で注文するのは決まって酢豚だ。マイ定番と言って良い。この酢豚も気を衒ったところは全くない。生姜味の豚肉唐揚げに玉ねぎとピーマンで仕上がっている。きくらげやパイナップルやきゅうりといった変化球は一切入っていない。最近食べたマンゴー入り酢豚(中国人シェフの店)などという令和進化系とは全く異なる。
期待通りのものを期待通りの味で食べさせてくれるのは、町中華の必須条件だろうと思うし、そこがブレないことが町中華の信頼度につながる。八角や茴香といった中華系スパイスが強くないことも大事だ。あとは、街中華でシャンツァイ(パクチー)にお目にかかることはない。あくまで日本人向けの中華料理だからだろう。
札幌にはザンギで有名な愛すべき町中華もあるが、普通においしいという安定性と信頼性で、この店を愛用している。
飛び抜けて美味いとか、珍しいものを食べたいというのであればホテルの中華料理屋に行く手はある。ただ、札幌のホテル中華は意外と保守的なので斬新な何かを求めるのであれば、お江戸あたりまで出向いた方が良いと思う。(マンゴーの酢豚みたいなやつだ)
ただ、東京往復の交通費を考えれば、この店で20回くらい美味しいものを食べられるので、その方がより良い人生の過ごし方ではと愚考いたします。