旅をする

小樽をそぞろ歩きする

映画に出てきそうな光景だが、これは歴とした小樽駅構内の建造物だ。まあ、正直なところ、映画のセットのような感じではあるのだが。復元というかレプリカというか、どちらにしても観光客を喜ばせる良い演出だ。
観光都市に演出は欠かせない。街をどう見せるのかは、映画の監督や舞台の演出と同じ創造的なお仕事だろう。

小樽駅は昔ながらの低層ビルで、これが背の高い駅ビルになると観光都市としての景観を破壊するのは間違いない。現在も小樽駅前に立つ中層のショッピングビルやホテルが、どれだけ駅前の景色を邪魔しているか、小樽市の観光担当は都市計画を見直しした方が良いと思う。
隣の大都市札幌では、街の成長を放置したため景観地区すら作れなかった。観光業を育てるグランドデザインがない街の典型だと思っている。観光客が勝手に抱く北海道幻想にただノリしてるだけで、北海道への観光客を募るイベントなどもまだまだ足りない。その反面教師ぶりを小樽市は学ぶべきだろう。

小樽駅から海岸沿いにある運河に至る道は、こうした観光案内がおかれている。そぞろ歩きを楽しむためのガイドとして重宝している。隣の街もこれは見習ってほしい。ただ、今のご時世はスマホのマップアプリの方が10倍役に立つかもしれないが。

小樽市内には石造の古い建物があちこちに残されている。今でも現役で使われているかどうかはっきりしないが、取り壊されることはなさそうだ。建物の前に設置されている「このビルは旧〇〇社が使っていた・・・・」みたいな説明文を読むと、持ち主は金融関係が多く、いかに当時の小樽が金融の街、つまり商売の街だったのかがわかる。
日本海は決して裏日本ではなく、大陸貿易との表航路だったということだ。このあたりの認識は東京中心の明治政府でも持ち合わせていたはずだが、いつの間にか日本海航路は見捨てられた。東海道ベルト地帯には良港が少なかったはずだが、おそらく「船」の性能向上のため、太平洋側航路が比較的安定して使えるようになったからだろう。
日本海沿岸地域を「裏日本」と呼ぶのは、明治政府とそれに引き続く敗戦後の民主日本がおかした、文化的経済的蛮行というべきだろうか。東海道ベルト地帯は空襲で都市が焼き払われたこともあり、歴史的景観を保存できなかった。結果的に産業都市地帯であるのは、観光地帯になれなかったことの裏返しということだろう。焼け野原に文化を再建するだけの余裕がなかったとも言える。

木造の建物も数多く立ち並ぶ観光ストリートでは、ガラス細工の店が賑わっている。沖縄でも米軍統治時代に、コカコーラの空瓶を原材料に始まった沖縄ガラス製品が、今ではすっかりおしゃれな観光土産になっている。小樽のガラス製品も、もともとは漁業で使う網の浮き玉製造が始まりだった。今は実用品ではなく美術工芸品が並んでいる。技術の進化というより、商売のやり方を変えたということだ。

ノスタルジーと現代的なデザインが入り混じった、不思議なガラス製品が建物ごとに並んでいる。似たような製品でも、建物ごとにテーマが異なり、微妙にデザインが変わっている。隣り合った建物をハシゴしてみて回る仕掛けが心憎い。

今回は、涼しげな音色の風鈴を手に入れた。お江戸の風鈴とはデザインも違い、音色も違う。ちょっと低めな高音(変な言い方だが)がする。お江戸の金魚の絵が描かれた風鈴(自分の思い込みイメージ)はチンという金属的な高い音がする。小樽の風鈴は、それよりも少し低音で、もう少し響きが長い気がする。チィ〜ンン みたいな感じだろうか。
風鈴は手作りだから、ひとつひとつ音色が違うので、デザインと実際の音を聴き比べてお気に入りを選び出す。その過程がまた楽しいものだった。
そぞろ歩き、散歩の楽しみとは、こんな細々とした作業?の組み合わせにあるのだね。

書評・映像評

シンクロニシティー

シンクロニシティーという言葉をたまに感じることがある。共時性と訳されるようだが、関係のない二つのことが意味を持ったように同時に起きること、みたいな理解をしている。偶然の一致という方がわかりやすいかもしれないが、そこに偶然ではない何か意味がありそうということだ。
今年の夏のシンクロニシティーは、たまたま読み始めた「歴史小説」と「コミック」だった。小説の方は積読のまま2年以上放置していた。コミックは題名を勘違いして、一巻目を手にしてしまった。読み始めたのはほぼ同時期で、しばらくして同じ場所の物語だと気がついた。

コミックはすでに連載が完結し、今年アニメ化された作品だった。舞台は和歌山県北部、和歌山と淡路島の間の海峡にある小島だった。小説の方は、最初の舞台が広島と愛媛の間につながる瀬戸内の島で、村上海賊の本拠地だったが、話の流れで大阪南部でおこる本願寺戦争に移る。そこで登場するのが、泉州海賊の一味。その本拠地は淡路島の向かいにある和歌山北部で、海峡の島を通る商船を商売の種にしている。

小説もコミックも早いテンポで話が展開する。ハラハラドキドキの良質のエンタテイメントだが、どちらも主人公は若い女性で、それも性格的に突き抜けているというか元気印が歩いているような「豪傑姫」だ。周りの男が霞むような存在感がある。

コミック「サマータイムレンダ」は、ごくたまに少年ジャンプが生み出す極めて良質の物語で、現在ダラダラと超長期化しているダメな連載(これも初めの頃は良質エンタメ作品だったのになあ)とは決定的に異なる。どんでん返の連続で、スピルバーグ作品を見るような疾走感がある。

和田竜作品「村上海賊の娘」はコミック化もされているが、これは是非とも実写版で映画化してほしい良質の時代劇なエンタテイメントだ。

https://www.shinchosha.co.jp/book/306882/

夏休みの読書感想文が宿題だった時代に、こんなエンタメ作品があれば、感想文を書くのも楽だったのになあとしみじみ思う。この歳になってとは思うが、本を読んでその舞台になった場所に行ってみたい(いわゆる聖地巡礼というやつだ)と思わされた。
良い作品には読み終わった後も惹きつける魅力があるということだろう。アニメの放送が終わってしばらくしたら、この島を訪ねてみるのも良いかと思う。今の時期は、アニメファンに囲まれて小さな島めぐりをすることになるのでちょっと気が引ける。冬になってからひっそりといくのが良いのかもしれない。
今年の夏のシンクロニシティーは、良い旅の始まりにつながることを期待しよう。

街を歩く, 食べ物レポート, 旅をする

富良野で味噌ラーメン 初体験

旭川のラーメンは札幌のラーメンと違う。どこが違うと言われると、ちょっと困るが、スープは魚介系のことが多い。麺は多加水でもちもちして、硬めの麺のことが多い。スープの表面をたっぷりと油が覆っている。このあたりが旭川ラーメンの特徴だろうか。札幌の味噌に対して旭川は醤油というのもよく聞く話だ。
その旭川ラーメンの店が、富良野にあった。富良野には延々と仕事で通っていたのだが、ラーメンを食べた記憶は全くない。だから、今回は富良野でラーメン初体験ということになる。富良野にご当地ラーメンというのもなさそうなので、ここが富良野のラーメン・スタンダードと考えて良いのかも知れない。定かではないが・・・。

メニューを見ると、定番は醤油みたいだが、そこがはっきりしない。店名のつく熊っ子ラーメンを頼めばよかったのだろうが、この具沢山のラーメンは意外と苦手なのだ。あれこれ迷っても仕方がないので、困った時の味噌ラーメン、できれば野菜追加ということで「味噌野菜ラーメン」を注文した。

普通に美味しいラーメンで、文句をつけるところはない。まさに味噌ラーメンのゴールデン・スタンダードだった。個人的嗜好として、海苔増量、めんま増量などは試してみたいところだ。
最近では豚骨味噌ラーメンが主流になりつつあるラーメン界で、こうしたシンプルな味噌味は好ましい。いや、大好物だ。満足してごちそうさまだった。

食べ終わって気がついた壁の張り紙。おそらくコロナ前のバスツアー全開時期に、向かいのフラノマルシェに来たツアー客があれこれトラブったせいだろう。北海道弾丸ツアーであれば、滞在時間20分ということもあるらしいので、ラーメン注文して食べられないということもあったはずだ。それも今や昔の騒動という気がする。そのうち、また観光客が戻ってきたら、この張り紙も役に立ちそうだ。

ちなみに札幌〜旭川は東京〜静岡みたいな距離感で、ぎりぎり日帰り可能圏だが、札幌〜函館は東京〜名古屋に近いので日帰りはほぼ不能。札幌〜釧路は一泊の行程にしても厳しものになる。それを函館インで旭川経由釧路行きみたいな弾丸ツアーが存在するのが「北海道・団体旅行あるある」。道民はそんな移動はしないけどねと思っていたら、高速道路が伸びたのでかなり日帰り範囲が広がっているそうだ。

街を歩く

札幌で一番明るいカフェ

北海道庁前に広がる広場に面して、チョコレート専門店のイートインコーナーがある。これでもかと言いたいくらいの広い空間で、平日の午後であればほぼガラガラという、超絶にもったいないスペースなのだが、そこが最近のお気に入りだ。
大通公園に面したビル3階の喫茶店も日当たりがよく好きだったのだが、いつの間にやらオヤジ的サラリーマンが大量発生するうるさい店になってしまい、最近はすっかりご無沙汰になった。
その代わりの静かな読書スペースとして、この店の存在は貴重だ。

夏でもホットコーヒーを飲むのが習慣だ。アイスコーヒーはほとんど飲まないのだが、例外的にアイスコーヒーにアイスクリームを乗せたコーヒーフロートは、静かな読書の時に好んで注文する。
この店でもコーヒーフロートもどきはあるのだが、チョコレート専門店ということに敬意を表して、ダークチョコの冷たい飲み物を注文した。苦味があると書かれていたが、さほど苦味は感じない。というか、他の飲み物がスーパースイートなので、それと比較すると甘さ控えめというか、ちょっと苦いということらしい。これでも十分すぎるほど甘いと思う。
のんびりと広い空間を独り占めしていたが、いつの間にか満席になっていた。外ではキッチンカーが出動して、何やら夏のミニ・イベントのようなものが開催されていた。そうなれば、席を譲ってさっさと退散するべきだろう。
なかなかゆったりとして明るいカフェを見つけるのは難しい。喫茶店受難の時代だから、こういう店は長生きして欲しいのだが。

旅をする

秘境ダム 北海道筆頭はここだ

隣が町が運営する公園なので簡単に辿り着いた

北海道にあるダムをめぐる旅もおしまいになった。国や北海道の管理下にある一級ダムは観光がてらに訪れるダムファン向けに広報施設なども整備されている。そこに、ダムカードの配布ブーム?によって、国や地方自治体以外のダムを保持する会社がダムカードに参戦したため、来訪者など全く考えていない場所にあった秘境ダムにも行くことになった。
国や自治体のダムは管理者(職員)も常駐するところが多く、建設時に使われた資材運搬路が通勤用として整備されている。ごく普通に自動車でたどり着ける場所だ。

見た目はそっくりな屈足ダム

ところが、一般人が来訪することを想定していないダムには行くこと自体難しい。電力会社や電源開発(旧公社)が保持しているダムで、ここは人里遠くどころか、専用車でなければ辿り着けないところもある。栃木県の奥地にある東京電力のダムは、一般人が車で行くことはほぼ不可能だ。(車を降りて山道を熊の恐怖に耐えつつ歩いていくという手段はあるし、それを実践した猛者もいる)
そして、全くおかしなことだといつも思うのだが、そんな到達困難な場所にある「秘境ダム」のダムカードをもらうには、ダムの写真を撮ってこいという条件がついている。行き着けない場所の写真を撮ってこいというのか? と言いたくなる。

これまでもブツブツと文句を言いながら、それでも山奥の秘境ダムに入り込んできたが、今回は経験的に最大の秘境だった。最後の5kmは舗装道路ではなく、砂利道になっていた。現代の日本で未舗装の砂利道を走ることになるとは想像外の事態だった。おまけに車のナビもグーグル先生も役に立たないというか、目的地がはっきりしない。恐る恐るは走っていたら辿り着いたのが温泉だった。これも秘境温泉というしかない。一風呂浴びてみたくはなるが、そんなにのんびりもしていられない。この温泉には生きているうちにもう一度来ることはないだろうなと感じつつ、敷地周辺にはダムがみつからないのできた道を逆戻りした。温泉にたどり着いた分岐を、道が狭くて奥地に向かっている方向(だから、あまり行きたくなかった)に進み、もう少し走って辿り着けなければ諦めようと思ったところでようやくダムに到着した。

最後の秘境ダム 糠南ダム

ダム自体はロックフィル式の簡素なダムだが、たどり着くのに苦労したこともあり満足感が大きい。ただ車をUターンするのも苦労する狭い砂利道で、秘境感は溢れまくっている。

このあと、街まで降りてドライブインでダムカードをもらうのだが、ダムに行った証明写真は見せずにもらえた。ありがたいやら、悲しいやら。そして、電源開発の担当者に言いたい。せめてダムのホームページには、もっと詳細な地図データを載せてほしい。
とりあえずこれで北海道のダム巡りはおしまい。

食べ物レポート

いつもの花まる

この店ももうすぐ駅改良工事で閉店するのだろうか

お目当ての回転寿司が従業員のコロナ発症で臨時休業となっていた。それは仕方のないことだが、口の中はもうすっかり鮨モードになっていて、他の食べ物を食べる気にならない。そうなると、困った時の花まる頼みになる。昼直前のギリギリのタイミングで、5分ほど待ち時間があったがなんとか無事に席を確保できた。

たまに食べるサーモンはうれしい

とりあえずランチなので鮨の前の注文は控えめで、最近お気に入りの一品だけ頼んだ。サーモンユッケと言っているが、サーモンの刺身を甘だれで食べるような感じだ。これは自宅でもお手軽に再現できる。ただ、その時には、少しお高いサーモンにするのが良さそうだ。スーパーで売っている安いサーモンだと、ちょっととろみが足りない気がする。
卵好きであれば普通の卵の黄身で、それほど卵にこだわりがないのであれば、量のバランスを考えるとうずらの卵が良さそうだ。胡麻ときゅうりは忘れてはいけない必需品で、味のバランスよりも歯応え、食感の変化を出すために重要なのだと思う。プロの料理とは、結局のところ、こうした小さなバランスとバリエーションの純烈組み合わせだと思い知らされる。素人はこれをサボってしまうから家庭料理の枠に収まってしまう。

圧巻のランチで 超まんぷく

ランチの定番は、微妙に値上がりしていた。茶碗蒸しは相変わらずレベルが高い。日替わりというか時間替わりの汁物も満足度が高い。全体としてお買い得なランチであることには間違いないが、値上げと同時にシャリ玉も大きくなった気がする。
自分の胃袋の大きさに変化はないと思うが、半年前には楽々食べ切れていたはずなのに、今回は腹が苦しい。ランチだし、ご飯大盛りサービスみたいな感覚なのだと思うが、シャリ玉の大きさ変える時はメニューに断り書きしてほしい。全国チェーンの回転寿司では、既にシャリ玉小さめを全商品で選べるようになっている。そのあたりのトレンドをお勉強してほしいのだよね。
花まるの鮨(うどんではない)を月に一度たべられれば幸せな人生だと思うのだが、東京の花まるは遠いし混んでるし、色々大変だから、札幌に行った時だけお世話になる。いつもの花まるは人生の宝というものだ。

食べ物レポート, 旅をする

小樽で蕎麦を楽しむ

小樽のぶらぶら散歩の目的地は、なぜか鮨屋ではなく蕎麦屋だった。たまたま目にしたネットの投稿記事が記憶に残っていた。ホームページで店の位置を確認してみたら小樽駅のすぐ近くなので、帰り際に立ち寄って軽く一杯やってみようという気になった。もちろん小樽の絶対定番である若鶏半身揚げは帰る前にテイクアウトでゲットする。ただ、あの揚げたての若鶏を他の店に持ち込む勇気はない。半径10mにいると、若鶏の匂いがわかる。少なくとも蕎麦屋の客に若鶏の匂いをさせるのは失礼だろう。

店内はテーブル席と座敷席に分かれている。よく見ると蔵の壁が座敷の中になる。どうやら石造りの蔵に増築をしたお店らしい。和ダンスや囲炉裏も飾りというより実用品の感じがする。

二枚鷹の羽の家紋はどちらのお家のもんなのだろうか。戊辰戦争後に移住してきたのであれば、東軍幕軍支配地だから、日本海沿いのどこかか東北だろう。調べてみたがよくわからなかった。

蕎麦屋おすすめの日本酒を熱燗で注文した。蕎麦屋のお作法として、当然のようにそば味噌がつけられてきた。これを豆一粒くらいの量をつまみ酒を飲む。どちらかというとお江戸の飲み方なのだと思うが、それを小樽で実践する。おそらく、お江戸の蕎麦屋で修行した方が小樽に店を開けたのだろう。その時にお江戸の流儀をそのまま持ってきた。それが通用するほど小樽は当時の日本の先進都市だったという証明だ。

ちなみに札幌の蕎麦屋で、日本酒を注文したらデフォルトで蕎麦味噌がつく店は、極めて少ないはずだ。蕎麦味噌の代わりに柿の種がついてくる店は何軒か知っている。

そして、最初の注文は「塩ウニ」。「汐うに」と書くこともあるが、ウニを塩でつけただけのシンプルな食べ物だ。仙台の老舗居酒屋でこれを肴に浦霞を飲むのが楽しみだった。それ以来、塩ウニをメニューに発見すると半自動的に注文してしまう。
魚屋で塩ウニを探してもなかなか見つからない。煉ウニ製品はそれなりに出回っているが、塩ウニは作る人が少ないのか、鮮度維持の問題があるのか。とにかく、レアものなので、みたらゲットだ。

うまいものは見た目も美しい もはや芸術

お江戸の老舗では当たり前に注文できる天抜きは、天ぷらそばのそばを抜いたもので、蕎麦つゆに浸った天ぷらの衣を楽しむものだ。油が出た蕎麦つゆも美味い。それの変化形が柏抜きで、柏そばのそば抜きのはずだった。ところが、この店のそば抜きは、それとはまったく別格の「つゆ料理」になっていた。和風スープというべきかもしれない。汁物で酒を飲むというのは、なかなか贅沢なことだ。懐石料理でも汁物が独立した一品であるように、良質の汁物は十分にお値段をとれる。蕎麦屋で蕎麦が付け足しになるという困った現象にもつながるが、美味いものは美味い。

次は食べてみたい「うにとじ」蕎麦 でも、これも「抜き」で注文してみたい

お品書きを見ると蕎麦粉が2種類ある。地粉と普通粉で、いつもの蕎麦屋が食材にこだわり気取ってるなという「悪評」を避けたいということらしい。いつもの蕎麦も、店主こだわりの蕎麦もありますよという、優しい考え方だ。
どうにも蕎麦屋を始める人の中に一定量存在する、求道者というか宗教家というか、蕎麦を神聖視する方達にはついていけない。一杯3000円するそばを食べに行ったこともあるが、その差や価値を理解できるほど自分の舌は繊細ではないし能力不足だとわかっただけだった。
とりあえず、今回は初回ということで、普通の粉のそばを頼むことにした。

普通の粉のそばは普通に美味かった。蕎麦つゆはお江戸の下町系で出汁が強く主張している好みのものだった。蕎麦つゆにネギを入れて、ネギとそばを一本ずつつまみにして飲むのがお江戸のいなせな兄さん流儀みたいな文章を読んだ記憶がある。そんなことをしていたら蕎麦が乾いて団子になるだろうと思ったら、案の定、乾いたそばには日本酒をパラパラ振りかけてほぐしながらつまむのだそうだ。
そんなことを思い出しながら最初はそばを一本ずつつまんだが、ひとしきりそば通を気取った後は、一気に啜って完食した。
小樽の蕎麦は鮨よりうまいとは言わないが、味わうべき名品であることは間違いない。いいお店だった。

食べ物レポート

札幌で博多推し サバ三昧

競馬場で暑さに負けて思考能力が低下し、さっさと帰ることにした。軽い熱中症だったような気もする。ボーとしているので会話をする気も起きない。それでも冷房の入っているレストランでしばらく涼んでいたら、どうにか頭が働き始めた。なぜかそこからまっすぐ帰らずに一軒の居酒屋に立ち寄る羽目になった。いまだに理由がわからない。熱中症ボケだったのだと思う。
その店は売り物が鯖という珍しいお店だった。店内で話を聞いてみると、鯖の店というより博多の名物を食べさせる店だとのこと。なるほど、餃子と鯖の意味がわかった。

福岡の鯖といえば、一択で決まる「ゴマ鯖」だ。福岡名物と言われればあれこれ思い出す。明太子やとんこつラーメンなどはもはや全国的知名度がある。ただ、個人的な好みで言えばこいつに限る。全国あちこちに鯖の名所はあるはずだが、このゴマ鯖を博多以外で見かけたことがない。鯖の生食といえば、どこでもしめ鯖になってしまうからだろう。

メニューを見ても「サバ推し」なのは一目瞭然だが、この鯖も石狩湾で獲れたものではなく長崎から仕入れているのだという。店主のこだわりというものだが、凄い執念というか、たかが鯖、されど鯖なのだろう。

しめ鯖は薄く切られたスタイルで、これもちょっと普通のしめ鯖とは違う感じがする。締め加減はたいへんお上手だった。酢で締めるのではなく塩で締める本格的なしめ鯖で、これは確かに美味い。
ちなみに、札幌の回転寿司屋でも自家製しめ鯖を出す店は多いが、やはり酢がきついところが大半で、そこと比べればこちらの仕事のうまさが引き立っている。

鯖ガリは、しめ鯖と生姜の甘酢漬けをあえたもので、日本酒の肴としては申し分ない。自分のうちでやっても美味いが、市販のパック済みのしめ鯖はやはり酢がきついので、これほど上手には作れないだろう。
昔むかし、自分で釣ってきた鯖をしめ鯖にして食べたことがある。あれも美味かったが、やはりプロのお仕事の方がよりうまい気がする。

全開のサバ攻勢に、何か日本酒のおすすめはとたずねたが、予想に反して福岡の酒はないようで、それでは自分のお気に入りにしようと新潟の名酒にした。ただ、この日本酒選択は良くもあり悪くもありで、軽く一杯飲んで帰るという目論みは消え去り、サバを肴にしっかりと飲んでしまった。日中に続いて体を酷使できるほど若くはないのだがなあと反省しながらついつい飲んでしまう。やはり熱中症の高師匠だったのだろう。
次回は、鯖の嵐に巻き込まれず餃子かもつ鍋にしてみよう。

街を歩く, 旅をする

狸小路 ウエストサイド

札幌の中心地にある狸小路は東西1kmほど伸びる昔ながらの商店街だ。時代に応じてテナントが変わり、街の顔も変わる。1丁目から10丁目まで伸びているが、通常の商店街としては6丁目までがギリギリで、7丁目からはだいぶアンダーグラウンド、サブカル的な気配の店が増える。それ故に夜遊びするなら7丁目だと思う。狸小路からはみ出して、周辺にも個性的な店が散らばっているので、気に入った店を見つける楽しみがある。
その7丁目で見つけたのが、本屋なのかカフェなのかよくわからない店だった。今回は時間がないので店頭を見るだけだったが、次回は是非店内に突入してみたい。東京都内に最近出現した有料図書館みたいなものではないかと推測している。ネットで調べれば「どんな店」なのかはわかるのだろうけれど、やはりこういう怪しい店は自分で行って試してみたい。

看板のおしゃれさが大事だなあ、と思わせるデザインだった。しかし、最近はこういう日本語なしのアルファベットだけという看板が増えたなと感じる。ただ、逆に〇〇食堂とか〇〇屋とか、むかしながらのストレートな店名も新店には多いので、現代的な言語感覚みたいなものは許容度が広いのだと思う。

コロナで止まっていた夏のお祭りも今年はあちこちで再開しているようだが、狸小路の狸祭りも今年はほぼ全開で盛り上がるみたいだった。昼から店頭に屋台を出してビールの販売、つまみの販売などが始まっていた。賑やかな街は楽しい。

ビルが撤去された跡地に臨時のステージが出来上がっていた。ドラムセットだけ置かれていたが、夕方からはライブが始まるらしい。ステージ前のテーブルは審査員席みたいだが、なんだかおかしな光景だ。

7丁目の端っこにあるラーメン屋で遅い昼飯にした。カウンターだけの狭い店だが、昼時はいつでも満員だ。おまけに、この店は女子率が高く、ラーメン好きの体格の良いおっさんと細身の若い女性が並んでいる光景は、これもまたシュールなものだ。入り口から中を除いて空き席があるかを確かめる。店内がかなり暗いので、一心不乱にラーメンを啜っている男女の姿が、何やら宗教的儀式のようにも見えてくる。

この店のラーメンは、数ある札幌のラーメンの中でも、相当にユニークな部類に入るだろう。スープに混じっている香草の香りが微妙にエスニック感を出すのだが、ベースは魚介出汁だ。長ネギの代わりに玉ねぎが入っている。海苔は歯ごたえがガツンとある岩海苔で、麺はもちッとした細めだ。
なんというか、パーツのひとつひとつが札幌標準からはみ出している。ところが、ラーメンとしての完成度は高い、不思議な味わいで、これもまた狸小路7丁目にふさわしい独自性だろう。
3回食べたら旨さがわかる、というタイプのラーメンだ。カルト系とでもいうべきだろうか。もうしばらく通って様子を見なければと思っている。東京でもあまり見かけない尖ったスタイルなのだが、そこが良い。観光客向けではない狸小路のお話であります。

街を歩く

札幌駅で見つけた レアもの

札幌駅にある大きな北海道物産販売店で、頼まれ物の土産品を探していたら、おやまあ的な珍しグッズを発見した。これには、おそらく北海道特産品という意味もないだろうし、製造者もそのような意図は持っていないはずだ。なんか作って見たら地元ではそれなりに定着しています、という感じのあれこれだ。
一つ目は「生冷麦」で、確かにこれはありそうながら、なかなか現物は見つからないという品物だ。素麺の本場というのは日本中に何ヶ所かあるが、冷麦の名産地は記憶になり。それくらい地方色がない食べ物のような気がするし、そもそも食べ物として特徴がない。腰がない干しうどんというのが、一番良くできた説明だろうか。
ところが、この生ひやむぎは腰があるらしい。ネットで見ると稚内の豆腐やさんが作っているようだ。稚内という地、豆腐屋という職業、どちらも冷麦とは縁遠い気もするので、これは開発者の意地みたいな物なのだろうか。

もう一つは、テレビ番組でもたびたび紹介された袋入り調理済み焼きそばだ。「ゆで」と小さく「やきそば」の上に書いてある。これは袋に入れたままで、袋上部を切り取り開けた口からもぐもぐ食べるらしい。
味はついているから、そのまま食べられる。それは良いとしても、せめてレンジアップくらいしないのかとか、具材はなにも入っていないのかとか、ツッコミどころは満載だが、これも地元では人気定番商品らしい。具なしのインスタントラーメンとしては究極の完成形である「チキンラーメン」みたいな物だろうか。
どうやら、そのゆでやきそばがヒットした延長線で開発されたような石炭焼きそば・(ゆで)は、なぜか黒い。石炭と書いてあるからイカ墨調理ではないだろ。しかし、通常の「黒い」で使うのはイカ墨か竹炭だ。この石炭焼きそばは、竹炭の代わりに石炭を使った食べ物なのだろうか。とても気になる。

地域物産販売店を出たあと、ホームで気がついたのは立ち食い蕎麦が営業中だったことだ。コロナの間は、いつも閉まっていた。札幌駅の立ち食いそばは数限りなくお世話になっているが、ここ10年ほどは食べた記憶がない。夜遅いと営業が終わっている。早い時間だと列車待ちの時間で蕎麦をかきこむことも無くなった。
それでも、店の周りに充満する「出汁」の匂いを空腹時に浴びせられると、それはそれはたまらない凶器攻撃になる。中途半端に時間待ちがあり、中途半端に腹が減っていると、たちまち泥沼にハマったように注文してしまう。
そして、食べるたびに「ああ、しまった」と思ってしまう。また、やられたと思う。自制心のなさを後悔する。まさにホーム上の悪魔的存在だ。

この日は、たまたま閉店直後だったので、中の灯りはついているが販売は終了していて、実にホッとした。特急列車の待合せの時など、テイクアウト容器に入れて車内に持ち込む乗客もたまに見かける。あれは、周りの客にとっては強烈な反則技だろうなと思うのだが、コロナのためか、そういう車内飲食も自粛ムードのなっていたらしい。
駅弁すら食べるのに遠慮がいる時代になるとは、まさかこの店の社長も思いもしなかっただろう。札幌発函館行き特急に乗り込み、かけそばと駅弁と缶ビールを持ち込んで、車内で一人宴会をするというソロ旅の楽しみも、すっかり控えなければならない雰囲気なのだろうか。
ホームの駅そばがなくならないように、乗り鉄ファンの皆様にはぜひ応援をお願いしたいなあ。