街を歩く, 食べ物レポート

帯広の食堂がうらやましい

これぞ、街の誇り と言いたくなる

帯広駅から徒歩3分ほどの場所に、由緒正しい食堂がある。まさにThe 食堂と言いたくなるルックスだ。ファミレスの台頭ですっかり少なくなってしまった、街中にある大食堂だ。昔はデパートの最上階といえば、大食堂で決まりだったが、今では消滅したコンセプトでしかない。それが、街中の路面店として残っているのだから、奇跡に近い。
街中にある食堂の特徴といえば、店名の入った暖簾だろう。これがなくなると、その店の価値は半減すると言いたいくらいの重要パーツだ。

街の食堂のシンボルはこれだ

二つ目の重要パーツは店頭にあるワックス・サンプルで、これが退色して干からびている食堂は二線級という判定をすることにしている。二線級がダメな食堂かというと断定はできないが、店主のやる気が失せていて(店の表に関心がなくなっている)、看板メニューはなくなっていることが多い。まずくて困るというほどではないが、「推し」たくなるほどのうまさはない、という感じが二線級の特徴だろうか。
ワックス・サンプルを作るのはそれなりの費用がかかるから、店に対する投資を怠っていないという証明でもあると思う。何より、美味しそうなワックス・サンプルを見ながら、今日は何を食べようかとあれこれ迷うのが、食堂での最初の楽しみだろう。ファミレスのメニューブックとは楽しみの「威力」が違う。

店内はファミレス風

店内がファミリーレストランっぽくなるのは仕方がない。ファミレスのテーブルや椅子は、ある意味で人間工学的に研究されているので居心地がよい。現代人が慣れている暮らしの延長線にある。食堂だからといって、客の要望に合わせて変化しないはずがない。客席が物理的に変化するのは当たり前だ。昔ながらの小上がりや座敷を居心地が良いと思う世代は、もはやすっかり減少しているので、畳に座布団という席が無くなってしまうのは仕方がない。
ちなみにテーブルの上にあれこれ邪魔なものを置いていないのも、良い食堂の条件だ。全国展開するチェーン店、特に居酒屋やファミレスでは、テーブル上の見苦しさ、邪魔くささが限界を超えている。そこに気がついていないのは、チェーン本部の担当者と経営者だけで、企業として愚鈍さの表れと言いたい。自分がそうした店で最初にやることは、資格の邪魔になる販促物その他、全部まとめて使わない座席によけてしまうことだ。テーブルの上には調味料以外何もない状態にする。これで居心地がすっかり良くなる。販促物の中身は、99%見ることはない。たまに、内容を覗き見するが、時間の無駄使いをしてしまったと後悔する羽目になる。
センスの良い食堂では、壁にベタベタとポスターを貼ったりPOPをつけたりしない。見た目を簡素にする方が、居心地の良さにつながるとわかっているのだろう。

やはり大衆食堂で最初に注文するのは熱燗に限る、と勝手に思い込んでいる。強いて挙げれば第二選択としてビールもある。が、それも「生」ではなく熱処理済みラガーの小瓶が良い。黒ビールがあればもっと良い。だから、まずは熱燗を頼んだ。
酒が届くまで何を注文するかを考えているのが食堂での最大の楽しみだ。街の食堂では、つまみを頼んで、酒もおかわりして・・・というように本格的に飲み始めて長居をしてはいけないと思っている。酒はお銚子一本まで。あとは、サクッと何か食べて帰るのが、自分なりのお作法というものだ。注文を決めたら、お手隙の従業員を探し、手を上げて合図する。決して「すいませーん」などと大声で呼んでは行けない。注文が終われば、ちびりと酒を飲みながら店内のあちこちを見ているのも楽しい。周りの客の会話が聞こえてきたりする。お手軽な街の噂話であることが多い。あとは上司の悪口、自分の家族や友人のあれこれ。いかにも街の食堂の話題らしいが、生々しいこともある。
たまたま箸袋を見ていて気がついた。電話番号はあるが住所は書かれていない。帯広駅前としか書いていない。確かに、帯広地元民にとってはそれで十分だろう。思わずニヤリとしてしまった。うちのことは、みんなが知っているという、強いプライドが見え隠れしている。良いなあ、こういう気位の高さ。

何と言ってもラーメンが素敵だ

食堂で「おすすめは何?」と聞くのは無粋なものだと思う。誰もが好きなものをラインナップしているのが「街の食堂」なので、居酒屋や定食屋のように本日のおすすめを聞くというのは、どうにも自分の思考に合わない。
だから、腹具合で食べたいものを選ぶ。時間がなければカレー、時間に余裕があればラーメンかオムライス。ゆっくり食べたければカツ丼、軽く食べたい時はかしわ蕎麦かざるそば。そんな自分の中の定番から選ぶので十分だろう。
結局、いつもの通りに定番な味噌ラーメンを注文した。昭和的なシンプルラーメンが出てくると思い込んでいたら、しっかり豚骨スープの現代風味噌ラーメンだったのにはちょっと驚いた。街の食堂も日々進化しているのだと、逆に嬉しくもなった。
街に残る食堂は、まさにその街のレガシーだ。政治家の皆さん、オリンピックをやるより、自分の街の食堂を残すことから、仕事を始めると人気者になれると思います。

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ローカルパン 2軒

帯広の中心部にある老舗のパン屋だが、この界隈は随分と歩き回っていたはずなのに、一度も入ったことがない。というより、このパン屋の存在自体を知らなかった。お勉強が足りないと反省するしかない。
今風のブーランジェリーなどとは違い、まさに街のパン屋さんという風格がある。店内に並ぶパンを見ると、納得のラインナップというか、普通に食べたいパンが並んでいる。名前を見て中身が想像できないような難しいパンは一つもない。

また食べたい

その中で、この店一番の名物パンが、この白いスパゲッティが入ったサンドイッチだそうだ。マカロニサラダが入ったパンはどこかのパン屋で見た記憶がある。このお店では、マカロニの代わりにスパゲッティが入ったものになっていた。食べてみるとマヨネーズの酸味はほとんどしない。何といえば良いのだろう、表現が難しい。あえて言えば優しい味ということになるのか。ひどい言い方をすれば、ぼやけた味というのか。ポテトサラダが入ったサンドイッチでもたまに体験する。コンビニサンドは味が尖っているので、酸味や甘みが強い。街のパン屋でよくある自家製ポテトサラダではふんわりとした柔らかさを感じる。それと同じだ。まずいと言うつもりはない。むしろ個人的には好みだ。これに自分仕様としてブラックペッパーをふりかけて食べれば最高だと思う。
焼きそばパンのマヨネーズ味という言い方が、ふと思い浮かんだ。表現として正しいのかはわからないが、そんな感じの食べ物だった。ポテトサラダが入ったサンドイッチが好みであれば、このサンドイッチも美味しく食べられる。

こちらは、札幌にあるおしゃれっぽいお店だ。この界隈はずいぶん昔に住んでいた。何やら懐かしい街のはずだが、今ではすっかり街の風景も変わり都会的な感じがするストリートの中にできていた。もはや商店街というかんじではない。
まさにパン屋さんというよりベーカリーという感じで、商品は都会的というか、現代的というか、昔ながらのクリームパンやメロンパンと今風の創作パンが共存していた。
近くにこんなベーカリーがあれば、日々の暮らしが豊かになるな、とも思う。

この店の「推しパン」はカレーパンで、賞取りパンがドカンと大量に並んでいる。良いベーカリーというかパン屋の条件は、パンのラインナップもさることながら、このPOPというか値札というか、商品説明が魅力的なことだと思う。
見た目ではすぐにわからないパンの特徴をおいしく説明するのは、買い手の気をそそる大事なテクニックだし、ついつい2個3個と追加してしまう。
まあ、個人的にはツッコミどころも満載だなとは思ってしまったが。兎にも角にも強烈な「北海道」推しの商品が並んでいる。ここはどこ?東京?と言いたくなるくらいだ。

今回も買いそびれてしまったザンギ・バーレルだが、次回こそ買いたい、熱烈に買いたい。いや、絶対買う。
しかし、相変わらず気になるのが、札幌の高級住宅地?円山でザンギの説明いりますか?ザンギという単語を理解しない人が、円山に住んでいますか?これだけは担当者の意図がわからないなあ。

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黒潮本陣に泊まった

今年の夏旅で泊まった、一番豪華なお宿の話になる。海の見える宿はいつ泊まっても嬉しいものだが、やはり東に水平線が見える太平洋岸の宿が好みだ。黒潮の宿ということになる。

久礼湾

ご存知の通り黒潮は日本の太平洋岸を流れる大潮流で、それに乗って南から魚がやってくる。北太平洋から南下してくる千島海流と三陸、宮城県沖あたりでぶつかるので、三陸沖では魚種が豊富になる。鮭とカツオが同居する場所ということだ。
高知県の土佐湾はその黒潮が直接影響するところで、カツオの一大漁場になっている。当然、カツオは黒潮に乗ってくるので、南は沖縄から北は千葉・宮城まで季節によってカツオは釣れる。ただ、高知はカツオ大好き人間が多いから、うまい鰹が集まってくるらしい。
北海道内では美味しい鮭やホッケが食べられるが、北海道外には二級品が出ていくみたいなイメージだろう。当たり前だが、北海道に行って「高いホッケ」を食べると人生が変わるくらい味の違いがわかる。高知のカツオもそれと同じことで、高知で食べるカツオは高くてうまい。本場だから安いはずと思っていては、うまいカツオは食べられない。

黒潮本陣 本館

その高知人が認めるカツオの街、久礼にある高級旅館が黒潮本陣という。久礼の街を見下ろす小高い山の上に建てられて、太平洋を水平線まで見渡せる。それも風呂に入ったままというから、ゴージャスな風景の楽しみ方というしかない。山の上の方にはコテージというか離れの一軒家もあるので、グループで泊まることも可能だが、やはり海の見える本館が良い。

これまた海の見えるレストランが本館内にあり、少人数のグループであれば夜景を見ながらの和食ディナーがおすすめだと思う。などと言いながら、自分は夕食をここで食べたことがない。夜となると、いつも久礼の町で友人たちと居酒屋で飲んだくれてしまうせいだ。一度はロマンチックなムードで、夜の太平洋を眼下においてディナーなどしてみたいものだ。多分、一生できないと思うけれど。

そこで、今回は朝食を食べてきた。最近のホテルではほとんどがビュッフェスタイルになり、朝から何だかもりもり食べなくてはならない気にさせられる。それはそれでビジネス旅行であれば、朝からパワーという感じで良いのだが、のんびりと旅をするときには、ちょっと豪華な朝ごはんにしてみたい。この旅館の朝ごはんは、その希望にぴったりと会っていた。
美味しいものを少しずつ食べると幸せな気分になる。たとえそれが朝食であれ、うまいものは美味い。ただ、ちょっとだけ残念なのが、少しずつ食べてもやはり量が多いのは間違い無くて、朝からとてもお腹が膨れてしまうこと。食べ残さないように頑張ったがそれでも完食は厳しい。
朝から優雅すぎて申し訳ない気分にもなったりするが、それぞ旅行の醍醐味だ。おまけに、食後でも露天風呂(海水)に入ることもできるので、久礼の町でお泊まりするのも良いものだ。高知観光の穴場かもしれない。

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帯広の真打は

帯広で何を食べると聞かれたら、迷わずカレーと答える。ほぼ全国区になった名物「豚丼」を差し置いて食べたいものが、カレーというのもなんだかさみしいものがあるが・・・・。この店のカレーは実に好物なので仕方がない。カレーは日本全国どこにでも有名店があるが、その名店を探し回ってあるくほどのカレー好きではない。
やはり、この帯広のカレー店が特別に好きなのだと思う。

帯広では郊外型の店がほとんどのようだが、街の中にも一店だけある。飲み屋が固まっている一角に近いので、おそらく締めの一品として人気があるのだろう。しかし、飲んだ後の締めにカレーというのは、締めラーメンよりヘビーな感じもする。

いわゆるどろっと系のルーカレーで、味は濃厚。辛味は後からじんわりと効いてくるタイプで、具材ゴロゴロ系ではない。どちらかというと全てが煮溶けている。ルーを楽しむカレーだから、ご飯は普通盛りを注文しても多めに感じる。いや、実際に盛りの量は多いはずだ。薬味はセルフで好きなだけ乗せる。いつも思うのだが、カレー屋で食べる福神漬けはどうしてこんなに美味いのだろう。

ルーの違いとトッピングのあるなしで多少変化するが、基本的にはカレー専業店だから注文するのに迷うことはないはずだが。これもいつものことで、まずはルーの選択には迷ってしまう。トッピングは、その日のお腹の減り具合で決めれば良いが、ルーの選択が悩ましい。たまたま今回はチキンカレーが売り切れていたので、迷いの選択肢が減っていてホッとした。それでも、結局は悩んでしまい無駄に時間がかかる。注文したのは、定番のインデアンルーだった。全く進歩がない。

チェーンのカレー店といえば愛知県出身のブランドが有名だが、どうも今ひとつ自分の好みとしっくりこない。カレーは家庭の数だけバリエーションがある食べ物なので、専門店のカレーだからと言って、必ず気にいるかというとそうでもない。うまいまずいというより、合う合わないの相性が大切な食べ物だ。
その点からして、このインデアンのカレーは相性ぴったりなので、できればお江戸周辺に出店してもらいたい。それが無理であれば、少なくとも同じ北海道内ということで札幌にお店を出してもらえませんかねえ、社長さん。
豚丼は札幌でも食べられるが、このカレーはわざわざ帯広に行かないと食べられない。それがちょっと悲しい。

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いちごと生姜の甘いもの

今年の夏旅は、3年ぶりの高知だった。あれこれ考える前にとりあえず飛行機に乗って旅してみるのが良いなとつくづく思った。そんな高知の旅で、一番印象に残ったのはいちごのケーキというのも、これまた珍しい体験だと思う。

風工房のジンジャーエールといちごショートケーキ

久礼港の横にある道の駅が開いたのは5年ほど前だった。そこにおしゃれなカフェがある。イチゴを使った洋菓子のお店に併設されている。町の人ばかりではなく、わざわざ遠くからケーキを買いに来るファンもいるそうだ。
元々はイチゴ農家のおばちゃんたちが手探りで始めたお店だと聞いている。道の駅が開設された時に引っ越してきた。いまでは道の駅以外でも販売するほどの成功を収めているそうだ。
生姜農家と提携した商品も開発されていて、ジンジャーエールがおすすめらしいので試してみた。名前の通り、生姜がしっかりと感じられる飲み物で、まさにこれがジンジャーエールというものであるという感じがする。瓶詰めにされているジンジャーエルとは全く別物だった。
定番のイチゴ・ロールケーキと合わせれば、まさに至福の時間だ。隣の席では家族連れが、大盛りのパフェを楽しんでいた。美味しいお菓子は人を幸せにする力がある。地元でとれる夏イチゴはそろそろ終わりになるらしく、色々と新商品も開発中とのことだった。

試作品として「炭入り」ケーキをご馳走になった。見た目は真っ黒だが、舌触りは滑らかであっさりとした仕上がりという感じだった。甘さも控えめで、炭粉の効用もあるらしい。濃い茶色のチョコレートケーキはよくみるが、真っ黒のケーキはインパクトがある。この試作品も既に新商品として発売されているはずだ。
漁師町のイチゴ・デザートというのは、なかなか微妙な感じもする。が、実食してみると、ケーキは繊細な味であり、かつ素朴な雰囲気を持つという素晴らしい仕上がりだ。鰹のたたきを楽しんだ後の、お口直しには最適だと思う。
この町で暮らせる人は幸せだろうなあ。

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締めの蕎麦屋

長逗留した今回の札幌だが、最後に何を食べるか、ちょっと迷った。あれこれ考えてはみたが、絶対にこれだというものが見つからなかった。短期滞在であれば、いくつか思い浮かぶのだろうが・・・。
結局、いつもの蕎麦屋に行って、いつもの盛りそばにしようと思っていたのだが、いざ店に着いて注文すると気分が変わった。
しばらく食べていなかった納豆蕎麦を注文した。納豆とたくあんの千切りが乗った蕎麦は、お江戸ではあまり見かけない。ただ、これをビピンパのようにグチャグチャに混ぜて食べる気にはならない。納豆と蕎麦をつまみながら食べる。海苔と蕎麦をつまみ食べる。そんな感じでトッピングを別々に楽しむのが自分の流儀だ。
それが正しい食べ方?なのかどうかは知らない。納豆蕎麦の食べ方作法なるものがあるとも思えない。随分長い間、そうやって食べてきて、特段の不都合は感じていない。

このごま蕎麦屋は街中の支店がビルの再開発などでだいぶ減ってしまった。それでも自分の行動半径の中ではまだ何店か存続している。実は長年通っていながら、まだ食べたことのないメニューがたくさん残っている。少なくとも死ぬまでにはあれこれ試してみたいとは思うのだが。なかなか盛りそば以外に手が出ないのは、チャレンジ精神が足りなくなってしまったからだろうか。かわりネタで鮭チラシとかカニしゅうまいが載っていたりするし、海老天蕎麦もいまだ食べていない。
しかし、よくよく考えれば学生時代からずっとチャレンジ精神が足りていないので、盛りそばと納豆蕎麦しか食べていない。今更ながらと思いつつ、次回はカレー南蛮にしようかなとか思い始めた。そうだ、納豆蕎麦とダブルで注文してみるか。始める前から無謀な試みのような気がする・・・。

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名店は凛々しい

駅前の一等地と思ったが、人通りは意外と少ないので行列は目立つ

帯広の街を久しぶりにのんびりと歩いた。というか、飽きるほど歩いた。仕事の出張できた時は、夕方ホテルに入って、その後食事をするときくらいしか街を歩いていない。薄暗い時間だから記憶も曖昧だし、コロナの後でランドマークも変わっていたりする。
時間があるので街を行ったり来たりしたが、記憶していたより随分コンパクトな街だった。おまけに飲食店は閉店が目立つ。地方都市の中心部は衰退する一方なのだが、帯広も例外ではなくなったようだ。そんな帯広中心部に今でも行列のできる名店がある。

黙食は、観光客には厳しいか

お江戸でも老舗と言われている店は、店内が明るく清掃が行き届いていることが多い。蕎麦屋や天ぷら屋に、そういうこざっぱりとした雰囲気の店が多い。残念ながら町中華では、雑然とした、あるいは油染みた店が多いので、老舗とはいえ2度と行く気にならない店もある。
清掃だけではなく接客、客あしらいにも同じような気配がある。従業員の背筋が伸びたような姿、立ち振る舞いなど厳しい指導がなければ出来上がるものではない。神田の老舗そばで接客を受けた後、自宅近くのファミレスに行くと、その差は歴然だ。
その老舗の「凜とした」雰囲気が好きなのだが、この店も店内をマネージする女ボスがいて、的確に指示を出している。白い制服に身を包んだ若い女性従業員は、なんとなく看護師を思わせるキビキビした動きだった。昭和っぽい「優秀なる職業婦人」みたいな言葉が脳裏をよぎる。けして「キレキレのキャリアウーマン」みたいなカタカナ言葉は思い浮かんでこない。老舗の凄さは料理だけではないという証明だった。

肉の枚数が一番少ないやつがこれ

丼飯の上に乗った豚肉四枚。濃い味付けで、米をうまく食べるために作られた料理だと思う。某お茶漬けのりの宣伝のように、一心不乱に米をかき込み最後の一粒まで完食して、腹をさすり満足する。そんな料理だが、完成度、満足度とも実に高いレベルにある。
どんぶりとしては決して安くはないが、価格に見合った価値、そして価格以上の満足感という意味で、やはり老舗の力は発揮されるのだろう。
「凛」としたお店はすっかり減ってしまい、代わりにフレンドリーでコンテンポラリーな店は増えた。それが悪いことだとは思わないが、寂しい気分であることも間違いない。

食べ物レポート

鳥せいの若鶏

帯広に行ったら(あるいは十勝のどこかに行ったら)寄りたい店がある。カレーのインデアンは絶対定番だが、もう一軒は「鳥せい」だ。初めて行ったのは鹿追町の支店だった。農協の方と実に楽しい酒を飲んで、その時、鳥のうまさに感動した。「鳥せいうまい」という、いわゆる刷り込みが起きた。以来、鳥せい=Must Go マスト・ゴーという連鎖記憶になっている。
その後、富良野の支店にも行った。同じように満足した記憶が残っている。ただし、どの店に行っても鳥を食べた記憶と旨かったという記憶が残っているだけで、何を食べたのかは覚えていない。これはほとんど鳥せいマジックとでもいうしかない。

今回はしっかり何を食べたか記憶に残そうと事前にサイトでメニュー確認をした。そうしたら、なんだかメニューの数が思っていたより少ないシンプルさだった。あれれ、という感じがした。やたらバラエティーがあると思い込んでいたようだ。

とりあえずビールではなく、熱燗を頼んだ。冷たいビールをぐびぐび飲むのも良いのだが、注文した鳥が仕上がるまでには時間がかかる。ビールを頼むと、鳥が来るまでに腹が膨れてしまいそうだ。

鳥半身の直火焼きが到着した。追加で注文したのはお漬物だけ。酒も最初に一口飲んだら、あとは黙々と鳥を食べる。まずはもも肉を食べる。仕事柄、鳥の骨の位置は熟知しているので、骨付鳥を食べる時には何の問題も感じない。どこをどういじれば骨が外れる、身がほぐれるとわかっている。元・鳥屋のとても稀に発揮されるライフハックだ。
もも肉を片づけたあとは、手羽をむしる。骨になるまでしゃぶり尽くす。そのあとは手羽元からその付け根の胸肉を食べる。実は、ここが鶏肉では一番うまいパートだ。個人的な意見かもしれないが、この胸のつけね根部分には、旨味成分を感じるアミノ酸の量が一番多いという科学的検証もされている。(・・・はずだ)
15分ほどかけて、皿の上には骨しか残らない。口の中の油を漬物でさっぱりさせて、鳥半身完食となる。しかし、次は何を食べようか、という気分にはならない。もはや満腹中枢が満足しきっている。ほぼ肉だけで腹が一杯になっているので、気分は肉食動物の食後に近い。要は、あとは何もしないで寝るだけという気分になっている。
ここでようやく気がついた。鳥せいでは鳥半身直火焼きを食べて、そこでエンドになっていたのだ。他にある串焼きなど食べるだけの余裕がない。胃袋の隙間がなくなっていたから、鳥せいのメニューには大満足と勝手に記憶が書き換えられていたのだろう。
疑問は解消できたし、満足度は高い。できれば自分のうちの近くに支店が出てくれないものだろうか。などと思いながら、ほとんど飲み残していた熱燗をちびちび飲んでおりました。

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駅と空港とシンクロ

この広告を見つけたのが、札幌から埼玉に帰る直前だった。このお話「銀の匙」は好きなコミックだったので、展示会を見に行きたかったなあとつくづく残念に思った。今回は長逗留していたので時間はたっぷりあったはずなのに、帰る前日に気がつくとは、運がないというか縁がないというのはこういうことだろう。このお話はアニメ化もされたが、原作の少年コミックの出来が良かった。
難しくいえば、受験に挫折した優等生が、反抗と逃避の先として十勝の農業高校に進学する。そこで拗ねまくっていたはずが、いつの間にか農業体験を通し、友人たちのとの関係再構築で解放されていく。挫折からの回帰と成長という「少年コミック」の王道だった。簡単に言えば、農業大好き少年の誕生物語でもある。
そこで、あれこれ考えた末(札幌滞在を伸ばす選択肢もありだったが)思いついた。日程変更をして帯広経由で帰ることにしてみた。展示会は見られないが、現地?に行ってこの物語の舞台で同じ空気を感じるのはどうだろう。良い思いつきではないかと納得した。思考回路がどこかで飛んだような発想だった。

帯広まではJR特急利用で2時間程度。石勝線が開通して以降、本当に道東への移動は楽になった。おまけに高速道路も開通したので、帯広は自動車移動を含めて札幌からは日帰り圏になった。東京であれば新幹線移動で仙台に行くのと同じ感じかなと思う。

朝早い特急とかちで帯広に着いたのは、まだ午前中だった。これまた鉄道旅お約束の駅名表示を写真に撮って気がついた。よく見ると記憶にないのが隣の駅名だった。北海道の駅名を全部覚えているわけではないが、聞き覚えがないのはなぜだろう。

高架ホームを降りた駅の一階には、観光案内所があり、幸福駅をモチーフにした可愛らしいものだった。ただ、幸福駅のブームは昭和中期だったはずで、今ではどんな人たちが幸福駅(跡地)を訪れるのだろうか。そもそも幸福駅の存在を知っているのか?などど、あれこれ疑問が浮かんでくる。
ひょっとすると幸福駅は今でもインスタ映えする風景として、再ブレイクしたのかもしれないな?などとあれこれ勘ぐってしまった。

北海道各地のJR基幹駅はおおよそリニューアル、再構築が完了している。札幌駅を筆頭に函館、旭川、帯広などJRの各駅は現代風の商業施設に代わった。ただ、逆にレトロ感を残している釧路駅や小樽駅の方が、個人的には好ましいのだが。
屋外温度計の目盛りがプラスは30度代というのは理解できる。北海道の最近の夏は暑いからだ。しかし、マイナスが30度代というのは、北海道でもあまりないだろうなあ。この街が夏冬で温度差が60度近くあるということで、いやはや、すごいことだ。

帯広からの帰りは、帯広空港からになる。便数が千歳便ほどの数はないので空港内もどちらかというとのんびりした雰囲気がする。大都市圏以外にある各地の空港もこんな感じがする。

北海道の馬というと道産子と呼ばれる日本原種に近い小型の馬を想像することが多い。が、実際に北海道で一番活躍したのは骨太で体格の良い農耕馬であり、競馬で見るサラブレッドのような、すらっとした走るための馬ではない。
爺様が生きていた頃は、馬を飼っていた。本物の馬を間近に見る機会があった。うっすらとした記憶でしかないが、北海道であっても馬の現物を見て育った世代の最後だろう。そんな農耕馬のレプリカ?が空港の入り口に展示されていた。
札幌で見損ねた農業高校生のお話の展示会を、一コマだけだが帯広空港で見ることができたような気がした。帯広でのシンクロ率はそこそこ高かったようだ。
でも、9月になれば「こちら」で展示会が見られるのだ。もう一度、現地に来るべきなのか? 悩ましいなあ。

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札幌の真ん中で 古きもの

札幌市内中心部、ランドマーク中のランドマークであった4丁目プラザが現在建て直し工事中だ。それでも、4プラ・プライドとでもいうべきか、工事中の囲いに「4」のマークがある。これは粋な計らいというものだろう。

その向かいのパルコだが、開業当初の「文化」を売り物にする商業施設として持っていた、テーマ性というか思想性は、もうかけらもないのかと言いたくなる。俺のパルコを返せと言いたくなる最近の変容ぶりだ。確か、札幌のスターバックス一号店をオープンしたのはパルコだったと思うが、あのイベントが最後の抵抗だったのだろうか。
おしゃれだったレストラン街も今では回転寿司が入るようになってしまうのだと嘆きたくなる。それも郊外ではローカル回転寿司に押しまくられているナショナルチェーン店なのか。他人事ながら、なにやら無念な気がする。吉祥寺のパルコでは回転寿司を許せるが、札幌ではやめてくれというのは、我ながら自分勝手だなと思うのだが。

そんな都心部でのあれこれ、自分勝手な感想を腹に収めたまま、ちょっと町外れの超伝統居酒屋に出かけた。変わらないものを感じたくなったせいだ。だから、これも超定番の料理を食べることにした。

基本的にこの居酒屋は酒を飲むところのはずだが、蕎麦や飯が充実しているので、締めとは思えない「ガッツリ定食」を食べている客を見かけることがある。串カツは、飯にも酒の肴にも合う万能料理だと思うが、世の居酒屋では意外と提供するところが少ない。それだけに、この店の串カツは名物になるだけの値打ちがある。
ところが、この店にによく行く友人から「串カツが名物というが、それは本当か?」と聞かれた。どうやら、この店の常連客は、串カツを名物とは思っていないらしい。
何やら不思議な気がした。しかし、やはり名物で良いと思う。昔ながらの豚肉と玉ねぎが交互に挟んである、カリカリ衣の串カツは偉大だ。最近チェーン店で普及した、一口サイズの大阪串カツとは違い、まさしくご飯のおかず系の一品だ。
頼めばソースも出てくるが、ここは自分スタイルで醤油をかけて食べる。昔から醤油で食べるトンカツが好物だった。串カツもソース味は捨て難いが、やはり好みは醤油味で、タルタルソースなどという軟弱系は使わない。
まあ、時代の流れと共に昔風のスタイルは廃れるし、それを維持しようとすると頑固者とか意固地とか言われるのも仕方がない。自分がそんな言われ方をする歳になるとは思っていなかったが、これも人の世のならいというもので、そんなことを言っている君たちもあと何十年かすると同じ羽目に会うのだよ、と心の中で悪態混じりに呟くのであります。串カツには冷の日本酒がうまい、というのも古いかな。

立て直しが完了した4プラでは何が楽しめるようになるだろう。