駅弁

各停の旅 駅弁 【水戸】

水戸駅の駅弁はキオスクで売られている。それなりに種類も多い。まずイチオシは印籠弁当で間違いないが、これは既に食べたことがある。個人的に二番推しは奥久慈しゃもべんだが、この先の駅弁計画に被る可能性が高く、今回は避けた。
今回初見参したのは「釜揚げしらす弁当」だったので、とりあえずこれにしてみた。駅弁は幕内的なものより、一品豪華な変形丼みたいなものの方がうまいと思うので、ちょっと期待してしまった。

大洗名物とは言われれば、思い出す食べ物がない。薄ぼんやりとアンコウが名物だったような覚えもあるが定かではない。はっきりと思い出すのは、某戦車道女子学園のアニメだ。アニメを使った町おこしで、ごく初期の成功例だったような記憶がある。リアルな街中を戦車が走り回るというアイデアはじつに愉快なものだった。じつ風景をアニメに取り込む「聖地化」の成功事案だったはずだ。
ところが、この大洗名物釜揚げしらす弁当には戦車娘の影も形もない。豪速球だな。

蓋を開けて見るとちょっと嬉し苦なった。ご飯の上に白子が敷き詰められている。このタイプのふりかけ満載飯というかおかずがご飯を隠してますよ的弁当には当たりが多い。山形の牛肉ど真ん中が典型だ。真ん中の梅干しも良い趣味だ。ワシワシと飯を方張り、米を楽しむ弁当だろう。
あんこうの唐揚げは、普通にうまい。サカナの唐揚げといえば白身魚のフライが乗っていることが多いが、あれはほか弁だけが許される手抜き技だろう。駅弁世界では、やはり白身魚は避けてほしい。その点で、このあんこう唐揚げは大正解だ。ソースなどいらない、衣の味付けとのバランスが良い。ちなみに明太子が乗っているのは、大洗に明太子の視察型工場があるせいだろう。明太子は加工品たから大洗でタラが取れるわけではないと思う。
腹ペコの時に食べるにはうってつけの駅弁だった。今度は、大洗にあんこう食べに行きたいぞ。

旅をする

各停の旅 常磐線制覇

青春18きっぷという各駅停車限定で5日間乗り放題のptp区な切符があり。学生の休み時期に合わせて春・夏・冬にそれぞれ発売される。時間に余裕があれば割安で旅ができるので、若者向けに発売された経緯があるようだが、今ではすっかり高齢者用の格安切符になっている気がする。その18切符のJR東日本限定版が、7日間乗り放題で発売されている。試用期間も全国版より長いので、東日本旅をしたい時にはこちらがお得だ。
特に、新幹線開通によって私鉄化された路線、旧東北本線など18切符では使用できない路線もJR東日本系ということで乗ることができる。18きっぷのようにバラバラの日程にして使用することができないので、連続旅をするのが制限としては一番厳しい。
それでも東日本を旅するのであれば、使い勝手は良い。各駅停車の旅は、時刻表を見てダイヤを調べて接続を考える。スケジュールを立てるのが一番の楽しみだと思うが、長旅になると荷物が多くなるのでそのあたりの調整も考えに入れて旅程を決める。

今回の目的地は青森県下北半島の果てなので、行程的には調整の余地がある。東京周辺を早い時間に出発すれば、八戸まではギリギリ行ける。ただし、八戸に着くのはだいぶ遅くなる。おそらく1日乗り詰で到着したら寝るだけという「移動旅」になる。今日行軍するほど日程に余裕がないのであれば、この切符を使う意味もない。新幹線を使えば八戸往復は日帰りでも可能だからだ。
ということで、八戸までにどこかで一泊することにする。そうすると仙台から盛岡までであればどこで泊まっても良い。観光するところもないので、多少時間はかかるが常磐線まわりで仙台を目指すことにした。常磐線は大地震以降しばらく運行できなくなっていたが、最近全線開通したので海沿いを走る路線を楽しめる。

常磐線で水戸まで

常磐線は日暮里から乗り継いだ。日暮里駅から水戸までは一気に行ける。正確には勝田まで行けるのだが、そこから先は「いわき」行きになる。始発駅は水戸なので、水戸で乗り継ぐことにした。待ち時間は30分ほどあるので駅前周辺をぶらつく余裕がある。

鉄板モデルの御三方

水戸といえば思い出すのは「黄門様御一行」と納豆くらいだ。とりあえず銅像を見に行った後で駅弁を買い込むことにした。水戸駅では駅弁専用売り場がないようで、改札内のキオスクで買うことになる。あまり風情がないなあ、などと文句を言っても仕方がない。

水戸からいわき

水戸から岩木に行くまでの間は、里帰りなのか観光なのかよくわからないが、明らかに遊びに行くのだという感じの乗客が多かった。水戸から先は常磐線に乗ったことがなかったので、多少期待感はあったのだが、なんとも普通の通勤電車っぽい感じがする。よく考えれば旧ハワイアンセンターがあるから、やはり観光地なのだろう。

岩木の駅で降りると待ち時間がまた30分ほどある。駅の外に出てみたが、駅前は予想を超えた商業地区で、思い出して見るといわきは人口が30万人近くある福島県で第二の都市のはずだ。と、気になって調べたら、いわき市が福島の人口第一位だった。お見それしていました・

改札の中には不思議な猫キャラがいた。どうやら電車のキャラらしい。鉄道に乗るのは好きだが、車両の形式を覚える体の鉄オタではないので、型番を聞いても何も思い出せない。仕方がないのでネットで調べてみた。新型「ひたち」の車両のことだった。でも、なぜ猫キャラなのだろう。

各駅停車の旅でよく指摘される問題?が、トイレの使用と食事の時間になる。各駅停車での移動を効率的にしようとすると、待ち合わせ時間の最優先事項はトイレになる。行きたかろうが行きたくなかろうが、ともかくトイレに行って出せるものは出す。乗車中で催して途中下車すると、次の列車が車で2時間待ちなどザラだ。下手をすると午後早くに終電になる可能性もある。また。昼飯をどこかで食べようよ思っても、駅前に都合よくファストフードの店があることなど稀で、食堂すら開いていない駅の方が多い。となると、移動中に列車の中で駅弁を食べるというのが旅情をそそる美しいプランに思えるが、各駅停車の場合、ちょっと周りの目を気にする感じもある。特に、コロナの後では車内飲食が憚られる雰囲気もある。昔懐かしの駅弁にワンカップでのんびりと車窓を楽しむというのも、相当難度の高い技になってしまった。だから、改札内待合室などでコソコソと駅弁を食べる。ただし、その後で、構内ではすっかり減少したゴミ箱を探しにいかなければならない。各停旅の難度が上がっている。

常磐線北部は10年近く普通になっていた。ようやく最近になって再開運行が始まった。ただ、駅前の風景を眺めて見ると、やはり10年間の停止時期が駅前の商売を破壊したのだという気がする。ここに着くまでの途中駅は、あちこち新築になっていた。駅前も再開発が進んでいる。ただ、町の人たちがみんな戻ってきたわけではない。駅前がきれいになっても、街が復興したわけでもない。まだまだ解決まで時間がかかることは車窓から見ているだけでもわかる。

原ノ町から仙台まで

この辺りが有名な相馬の馬追をやるところだったのかと、駅に降りて初めて気がついた。

改札を出て辺りを見回したら、やはりいたぞ、駅キャラ。と思ったが、どうもこちらは相馬馬追のキャラみたいだ。最初は犬耳娘かと思ったが、どうも尻尾と合わせて見ると馬むすめみたいだ。しかし、待て待て。ひょっとすると美少年キャラかもしれない。最近はキャラの世界もジェンダーフリーだからなあ。

横には、お馬さんのモックもあった。今度は時間をゆっくり撮って馬追を見に来たいものだが、その前にもう少しソウマのことを研究しなければなと反省した。

新幹線に乗れば2時間を切る移動時間で仙台まで辿り着ける。そこを5時間以上かけてのんびりと移動するのも楽しみだと思うのだが、どうもこののんびり移動の楽しみはあまり理解してもらえないらしい。
この話をすると周りの感想は「暇だねえ」だし、「時間の無駄遣い」と言われることも多い。言っている意味はわかるが、のんびり旅行が時間の無駄遣いであるとすれば、クルーズなどその最たるものだろう。クルーズ旅行をする人に「暇だねえ」という人は少ないだろうと思うのだが。「贅沢だねえ」という人が多いのではないか。それと比べれば各停の旅は「貧者の陸クルーズ」だと思う。

仙台からもうひと頑張りすれば、盛岡くらいまでは行けるのだが、夜汽車になると窓の外は真っ暗になり景色も楽しめない。各停の旅は日没前までとするのが良いと思う。仙台到着は午後4時。ちょうど良い時間だった。

食べ物レポート

寿司食べ放題に行ってしまった

最近すっかりご無沙汰の寿司食べ放題に誘われた。やはり歳と共に食べ放題で元を取るのは難しいと感じるようになり、思い出せる限りで最後に寿司の食べ放題新田の葉5年以上昔のことだ。
だから、なぜかワクワクしながら(無謀なことに挑む冒険気分で)暖簾をくぐった。

テーブルの上には戦闘準備がすまされている。箸と小皿と飲み物受けの3点セットがお出迎えだ。食べ放題だから余計なものはいらない。テーブルの上にあるのは醤油だけで良い。

食べ放題開始前に色々とルール説明がある。まあ、注文しすぎて食べ残さないことが最大のマナーだろう。そのためには一回の注文貫数に制限がある。二人で一度に20貫まで。ただし、注文が届いたら追加20貫が可能になるとのこと。
おそらく最初の20貫を食べ切る前におかわりが届きそうだ。納得の注文システムだろう。
そして、開始と共に提供されるのが「大トロ」と茶碗蒸しで、これがお通しみたいなものだろうか。「大トロ」のおかわりは出来ないそうで、大トロファンにはちょっと寂しいかもしれないが、こちらにとっては支障なしのルールだった。茶碗蒸しはあっさり目の味付けで難なくクリアした。

食べ放題の良いところは、好きなネタを好きなだけという注文ができることで、同行者はいきなりの中トロと赤身を5貫ずつというマグロオンパレード。こちらは軟体動物系で攻めてみた。合わせて見ると、なんだかそれなりに寿司の持ち合わせのように見えてくる。食べ放題でシャリ玉の大きい握りが出てくると、ちょっとがっかりするが、こちらでは適正サイズで美味しく食べられた。流石に、2度おかわりすると胃袋も限界近くなる。米を肴に酒を飲むと、満足度が上がるといつも思うのだが、食べ放題の時は米を程々にしないと絶望的な満腹感に襲われる。これもいつも反省することだが、学習効果に乏しいためか、今回も立ち上がるのが嫌になるほどの満腹感だった。お腹いっぱいになって、罪悪を感感じるようになるとは、嫌な歳になってしまったものだ。次に寿司食べ放題に行くのは、3年くらい先のことになりそうだ。

小売外食業の理論

ワークマンとユニクロ SPAの考察 #3 ユニクロが産んだ後継者

失われた30年というのが平成日本の評価だが、その30年に日本はSPAという技術を磨き込み、世界ブランドが日本侵略を諦めるほどの「内的攻勢」をしていた、とも理解できる。
海外有力アパレルブランドが日本市場で苦戦した、あるいは撤退した大きな要因として、カジュアル衣料市場のでユニクロが果たした役割が大きい。グローバル企業が描いた基本戦略、つまり世界規模の調達力を使って価格メリットを出すというものが、ユニクロによって妨害されたというのが本筋かもしれない。
アウトドアメーカーの巨人たちが投入していた1着1万円のフリースジャケットを、1500円というとんでもない価格で粉砕したのがその最初だ。その後も、1着3万円はするはずのダウンジャケットを5000円程度で発売し、高級ダウンジャケットというマーケットを破壊し尽くした。

カジュアルなアウトドア、と言う目新しさだが、作業靴の進化系とも見做せる

ただ、そのユニクロも30年近くたち、価格戦闘力の低下は否めない。一度、ブランドとして力をつけると、そのブランドにより値上げが可能になる。本来、ユニクロは低価格高品質を求めることを習性として築き上げたブランドであったはずだ。それが苦しくなると値上げをするのが、第二の習性になれば、コアな客層から離反が始まる。
最近のユニクロってさ・・・とヘビーユーザーが言うようになる。第二創業期などと言われるブランドの成長痛が生まれる時期だ。
企業が成長に伴うブレを修正し、創業拡大時の理念に戻れば、強い老舗になる可能性はある。あるいは値上げを含め、より新しいブランドを作り上げれば、ブランド転換が成功する。しかし、大方の企業はその二方向とも正解に辿り着けない。
大方の終着点は「高くて低品質でコスパが悪い、昔のブランド」と言う評判だ。特にアパレルメーカーは、この手のブランドの低落、陳腐化の先例には困らない。流通業でも、退場していった大企業は、ほとんどこの「値上げの罠」に陥って倒産・破綻していった。おまけに一度落ちたブランドは、いろいろなファンドも含めた再建屋が乗り出しても再生できた例は少ない。

本格的な山歩きに使えるかは問題ではないだろう。ヘビーギアのタウンユースとして考えるべきだ。

ユニクロが一山当てたのは「フリース」で、その次の山は「ヒートテック」「エアリズム」というインナーの新素材による高機能化だった。その後は、ブランドに寄りかかったファッション化と値上げが基本戦略になる。画期的な新素材や新技術と言う「ヒット」は、一部の女性用アンダーウエアを除くと、ほぼ見当たらない。
すでに新素材のノウハウは流出しまくっている。低価格帯ブランドでは「しまむら」が、大手流通業ではイオン・IYが同様な手法でストアブランドを展開している。正しく言えば流通業界において、ファッション衣料全般がユニクロのデッドコピー化したと見るべきだろう。
それに対するユニクロの反攻はといえば、有名タレントを使ったCMの増量くらいだろうか。そして成長の基盤を海外展開の求めた。ただし、これはすでに没落したアメリカアパレルブランドが行った戦略とほぼ似通ったもので(完全コピーというべきか)、その成功モデルは少ない。というより、アメリカの先例に学ぶと必ず失敗する戦略、と言うことがわかっている。ユニクロは反面教師に学ぶことができるかどうかなのだが・・・。

ソール(底面)の厚さは、重要な技術だろう。厚くて(クッション性が強くて)歩きやすいかどうかがポイントになる

その隙間をついたかのように、ワークマン製のアウトドア衣料、アウトドアグッズが連続でヒットしている。コロナ化でのキャンプ・アウトドアブームという追い風はある。ただし、ヒットの基本はそこではない。
ワークマンは作業服という実用性一点張りだった商品群にファッション的な要素を持ち込んだことで、「プロ」ユースの差別化を図ってきた。かといって、デザインだけで売っているわけではない。あくまで機能重視で、作業着という専門性の高い製品群の差別化要因が付け加えたファッション性だった。また、大量生産を軸に低価格化を推し進めてきたブランドでもある。
その「高機能」「低価格」なプロ仕様製品を、対象顧客の方向を変えたのがアウトドア商品群だと言えるだろう。アウトドア市場は、極めて限定された「プロ仕様」が牽引している。つまり危険な高山登山用品であるとか、ジャングルでの生存製を高めるサバイバルグッズのような狭いマーケットだ。
お気楽な野外遊びのためには、そこまでの生存性は求められていない。所詮、1泊2日程度の平地での遊び道具だ。そこにプロ仕様で高額の製品を購入しなければならないとすると、顧客基盤の拡大には不向きだろう。
逆に、そこまで高機能ではない「中機能」「低価格」製品を準プロ仕様で開発し、市場投入することで差別化することができる。その時の準プロ仕様が、ガテン系作業服の延長にあったということだろう。ファッション化を目指したユニクロには到達できない世界だった。
そして、この世界(アウトドア製品)は、機能性の改善、新素材の投入で爆発的な成長を達成することができる。例えば、防水靴(長靴)の延長でマリンシューズが生まれたり、その進化改変として川遊び用の靴が生まれる。
LLビーンのヒット作、ハンティング用防水靴は画期的なアウトドア製品だったが(今でも人気はある)、素材としてのゴムが進化すると革+ゴムではなく、オールゴムの靴が出来上がる。ワークマンのサファリシューズ(もどき)は、オールゴム製品として進化した典型だろう。
最近では、虫が寄って来なくなる(忌避性素材を使った)Tシャツや、焚き火で飛んでくる火の粉に強い(対燃性)など、アウトドアでしか必要とならない機能での新製品が投入されている。この手の製品については、素材の改良で毎年新製品を投入できる。市場が拡大することで量産効果を発揮し、価格の定着ができれば、ヘビーユーザーが毎年のように買い換えるドル箱商品になる。
この手法はまさしくユニクロの成長戦略だったはずだ。それが、全く畑違いの(ファッションアパレルではないブランド)ワークマンに受け継がれ、より永続性の高い売り方に変化した。さらにワークマンは、「ワークマン・プラス」「ワークマン女子」などサブブランドによるブランド展開も上手にしている。まさに、サブブランド「G.U.」の拡大に苦労したユニクロに学んでいるかのようだ。ユニクロの後継者が産まれかかっているかのように見える。

ちなみに今後のワークマンの進化を予想するとこんな形になりそうだ。
作業着ブランド
→軽アウトドアグッズ・衣料拡大(現在)
→タウンユースアウトドアでファッション化開始
→アウトドア風ファッション(5年後)で、機能性・プロ仕様を薄めつつカジュアル・ファッションブランドに転生

その時には、ユニクロが諦めたロードサイド店舗を中心に店舗拡大ができるか。衰退した都市部を諦め、全国の地方都市郊外で生存可能な形態に進化できるか。そこがユニクロを超える境界線のような気がする。

街を歩く, 旅をする

帯広タウンウォッチング哀歌

最初は電気屋なのかと思った。昔のホーロー看板が貼り付けれれた古びた建物だったせいだ。よくよくみたら、古びた外装にわざと仕上げをしているようで、昔の飲み屋小路を演出しているらしい。昔の看板も演出だった。

小路の中を覗いてみれば、いまにも昭和演歌が聞こえてきそうだが、建物自体はしっかりとして現代ものだ。消防法的にはどうだろうと思いつつ、こういう小路は夜になるとやたら怪しく魅力的になるのだ。昼にはその魅力が見えてこない。飲食ビルの1階から10階まで全て飲み屋というススキノと比べるとこじんまりしているが、酔客にはこの方が「魅力」が溢れている・・・かもしれない。夜になればだが。

市中心部、商店が固まる繁華街の核が百貨店のはずだが、どうもこの町でも百貨店は消滅するらしい。無くなる前に見ておこうと店内にはいってみたら、全国のあちこちで見かけたのと同じ光景があった。
売り場の一部が公共施設に転換されている。売上減少で不要になった販売スペースの引き取り手がなく、しぶしぶ地方自治体が借り上げるのは、もはや全国各地で当たり前の都市衰退の象徴だ。それがこの中核都市でも起きている。
ちなみに県庁所在地、つまり地方の中心地で、人口が30万人前後の都市は多い。東北、北陸、中国地方にあるこのサイズの街では百貨店の維持が困難になっている。北海道で言えば、旭川、函館、釧路、帯広といった町でも百貨店が生き残れなくなっている。
アメリカではどこの州に行っても当たり前になっていた、旧市街のゴーストタウン化が日本でも急速に進行しているというわけだ。

そんな百貨店の中で見つけた。フードバレーという言葉は、シリコンバレーのもじりなのだろう。しかし、十勝平野はバレー(谷間)ではないだろう・・・。あえていうなら、文化の谷間、あるいは文明と辺境の谷間みたいなことか、と皮肉まじりに考えてしまった。
言いたいことはわかるが、造語としてもおかしいぞと、ちょっと腹立たしい気分になる。この公共スペースのどこかにフードバレーの由来は書いてあるのだろうが、探す気にもならなかった。

ところが、この町を代表する菓子メーカーの本社ビルが百貨店のすぐ隣にある。その菓子屋本店を訪ねてみると、とてつもなく「文化的な香り」がしている。やはり「知」とは官にはなく民間にあるものなのか。自分の稼いだ金で自分たちの誇る文化を維持する、民の気概があらわだ、と思った。本社ビル前の大きな木はまるでオブジェのようだが、京都や奈良にある古刹のように美しい。

そこから数分歩くと、さぞかし昔は繁盛しただろうと推察できる、映画館と思しきビルがあった。映画館ではなく、レストランだったのかもしれない。当時は優雅で文化の最先端をいくビルだっただろう。これまた全国どこにでも存在する、取り壊されていない映画館の跡は、街の衰退の象徴だと思う。
有効利用もされず、外観はほぼ放置されたまま、昔の栄華の跡というのは、街が新陳代謝の力を失った象徴だからだ。

街の中に新旧が入り混じり、奇妙な不協和音がある。ノスタルジーではなく、滅びの歌を感じる街だった。それでも、まだ滅びていないだけよいとも思うのだが、その最後の生き残りをコロナが叩き潰した。やはり時代の変わり目ということなのだろうか。
本来はもう20−30年前に訪れるはずだった都市崩壊が、バブルの後に放置されていた。おそらく世紀末に起こるはずだった「街の滅び」が、いま急速に進行している。東京や大都市ではまだゆっくりと起きていることが、地方都市では最終段階に加速された。そんな気がする。
この街は他の諸都市と比べて、まだまだ元気だと思っていたのだが、どうも錯覚だったようだ。街中を彷徨い歩くと見えてきた衰退のあれこれだった。タウンウォッチングはたまに悲しい事になる。
北海道に関していえば、函館、旭川、帯広、釧路など地域の中核都市は全部同じ症状になっていて、実に寂しい。もはや都市再生は官製事業としては無理で、民間事業にしたほうが良いのかもしれない。

旅をする

北海道芦別 三段滝という景色

今年の夏は四国と北海道の旅をした。北海道は長逗留したので、車で遠出もした。その時に立ち寄った、ちょっと変わった場所の話をしようと思う。

北海道には180近い市町村がある。その中には北海道生まれの自分ですら名前も思い出せない町もある。名前は覚えていても場所がわからないことも多い。道北、道東にはそんなうろ覚えの場所がたくさんある。
島根県と鳥取県の位置関係がよくわからないとか、北関東三県の東西関係がわからない人が多いという話をたまに聞く。小中学校の社会や地理の授業が役に立っていないぞ、反省しろよ文部科学省!! といつも思っているのだが、こと北海道の地理では、恥ずかしながら自分も同じような状態になる。
利尻・礼文島の島の形は思い出せる。稚内の西方海域に存在することも覚えている。ただ、どちらが北でどちらが南にある島なのかは、すっかり思い出せない。その度にグーグル先生のお世話になる。
この芦別という町も、他人様に説明するときはちょっと難しい。北海道人であれば、おおよそ地理的なことは理解しているから、滝川から富良野に行く途中といえばわかる。少し古い人であれば、でかい観音様が立っているところで話は通じる。
が、北海道外の人に説明するとなると難度が高い。よく使う説明は、旭川と富良野の間にある町という大雑把な言い方だ。ただ、このアバウトな説明でも困ったことはない。誰もが、ああそうなんだ、で納得してしまう。
正確にいうと、旭川も富良野も確実な場所は思い出せないが、その間にある町ということであれば、正確に記憶する必要もないという感じらしい。広島市の位置を説明する時に、大阪と福岡の間にある町という程度の乱暴さだ。同じ言い方で岩国、広島、福山、岡山、姫路、神戸あたりまで説明できてしまう。ひどい話だ。(笑)

その芦別という町に至る札幌からの幹線は国道12号線経由での国道38号線であり、滝川から道東方面に向かう老舗国道だ。昔は街中を通り抜けるため渋滞しやすい道路だったが、最近では市街部を避けたバイパスがあちこちに出来たため、国道38号線は予想外に流速が早い。北海道特有の「高速不要な一般道」に近くなった。
その国道38号線を使わずに、芦別から札幌方面にショートカットする道が、完全舗装されたのは平成の中期だった。実はこの道が、夏には渋滞知らずの抜け道になる。札幌方面からの移動では、途中に富良野への分岐があるため、観光バスにもよく使われる迂回観光ルートだ。
芦別ー札幌の移動をするとき、滝川から高速道路を使っても、この抜け道を使っても所要時間はほとんど変わらない。ただ、山間部を走るため、くねくねした道が続くのも確かだ。運転初心者には苦手な道になるかもしれない。
おまけに、かなりの距離がある区間だが、トイレの施設がほとんどない。ほぼ唯一の駐車場付き公衆トイレがあるのが、この場所「三段滝」になる。

トイレ休憩のついでに景観を楽しむという贅沢はできる。渓流の近くにまで遊歩道は整備されている。さすがにハンディキャップ対策までは出来ていないが、少なくとも小学生くらいであれば、滝の近くまで普通に歩いて行ける遊歩道が続いている。
首都圏近県であれば、峠の茶店的な場所にあたり、休憩するには絶好のポイントなのだが、なぜか商売の気配がしない。この近くが国定公園になっていて、環境保護などの課題が多いことも理由のようだが、最大の難点は冬に大雪が降ると除雪が間に合わないことだろう。
まあ、雪対策の進んだ北海道でも、冬の大雪は主要国道や高速道路ですら閉鎖されるのだから、バイパスに使われる支線では復旧が遅れるのも仕方がない。そんな場所にある「景観スポット」が、冬でも人気があるかという問題もありそうだ。

この景色も、雪に覆われたとしたら、雪舟の水墨画のような幽囚な風情になるだろうか。個人的には雪一色で濃淡はほとんどないような気もする。凸凹すら消える真冬には、何か違う楽しみ方が必要だろうか。おまけに、この川沿いにあるビューポイントに近づく遊歩道は閉鎖されそうだし。
北海道という地域では、こんな「夏だけ行ける」絶景ポイントがあちこちにある。ただ、冬の景色の楽しみ方や冬の活用法についてはもう少し研究が必要のようだ。
北海道と沖縄は、国防上の理由もあり、なぜこんな場所にというところに高規格の道路が整備されている。その道路設備をどう活用していくか、国土防衛問題から経済活性問題へ道路利用の視点をずらしてみる。そんな時期なのだと思うのだけれどね。
ちなみに北海道で山間地にある僻地であっても、舗装道路が出来上がっている。そして、戦車が移動できる幅がある。四国の山間地にある三桁国道と比べると、驚くほどの差だ。道路整備も防衛産業、北海道のリアルだ。

旅をする

北の屋台と長屋が対決?

帯広名物と言って良いと思うのが、繁華街のど真ん中の空き地を使った屋台村「北の屋台」だ。初めて行った時は、確か零下20度近い極寒の時期で、こんな気温で屋台で酒など飲めるのかと感心した。それから随分時間が経ったが、今ではもはや屋台と言えない耐寒耐熱仕様で外囲いが完備している。おそらくコロナ感染対策もあるのだろうが、屋台の解放感はすでにない。衛生環境としては、改善されているのだから文句を言ってはいけない。

北海道の短い夏に対応するより、半年以上続く寒冷期への対策が優先するのは仕方がないことだと理解できるが、なんだかモグラの巣穴的な閉鎖感があるか。しかし、夏では熱がこもるような気がする。それでも常連客は通ってきてくれるらしい。

一軒ずつ覗き込んでみたら、夕方ですでに満員の店があると思えば、客一人居なく店主が暇そうにテレビを見ている店もあった。この屋台村のシステムは小投資で自分の店を持ち、繁盛すれば卒業して一軒の常設店を構えるということなので、屋台の店主は一国一城の主人を狙う「砦の親玉」みたいなものだ。店主が親玉的雰囲気を持ち合わせているかも重要そうだ。

どうも柳の下の二匹目のドジョウを狙ったような気がする施設「十勝の長屋」は、北の屋台から道路を挟んだ向かい側にある。「屋台」と「長屋」で二つの小路が続いた形になっている。だから、呑んべいオヤジがぶらぶら歩いてはしご酒をするにはとても便利だ。こちらは仮説の屋台ではなく、常設の建物「長屋」なので、同じカウンターだけの店にしても、ちょっと安定感がある。都会の片隅には、こんな小体な店が並ぶ小路はどこにでもありそうだが、もはや昭和の遺物だろう。消防法や改正食品衛生法やらでいじめられ役を一手に引き受けている存在だ。なんとか、合法的に新設を図るには、地方自治体の町おこしにでも縋るしかない。
ちなみに西新宿や渋谷の一角に残る昭和の遺跡、飲み屋小路・横丁は火災で焼けたら2度と再建できないだろう。

この新設横丁には酔っ払いの通行を邪魔する、道に置いたスタンド看板などはない。自転車が放置されていることもない。店頭に鉢植えの植物やプランターが置いてありもしない。整然とした雰囲気があるというか、生活感がしない。
これは好みが分かれそうなところだが、冬の時期を考えるとタウ・ンマネージメントとしては「通路の安全確保」は重要な管理項目だろう。札幌や旭川の裏小路で、凍結した道で滑った記憶は大量にある。路上転倒で何度も死にそうな目にあった経験は豊富だ。北国育ちだからと言って、酔っ払っていれば、それなりに転ぶものだ。それを考えると、冬でも非凍結の路面を維持するのは「北の飲み屋小路」では最重要案件のような気がする。看板は間違いなく除雪の邪魔だ。

ただ、どの店にも立ち寄る気にならなかったのは、小ぶりな店だけに常連が多いだろうこと。この2年余りで一人飲みにすっかり慣れたこともあり、常連客の賑やかさみたいなものに、抵抗感ができてしまったせいだろう。コロナ後遺症の一種なのかもしれない。令和とは困った時代なのだ。

旅をする

高知空港 改装していた

今年の夏旅は3年ぶりの高知から始まった。などと書くとちょっとカッコ良い。それでも多い時には年に4−5回行っていた高知だけに、あちこちの細かいところも記憶に残っている。だから、空港から始まる旅の中で、変化している部分にはどうにも目がついてしまう。
もし龍馬がマスクしていたら嫌だなあ、と思っていたので、素顔の龍馬にホッとした。あちこちで見た三越前のライオン像は、座布団のような大きなマスクをしていた。あれはどうにもいただけない絵面だったが、高知県人は常識を無くしていなかったようだ。

高知空港は典型的な地方空港で、2階に土産物屋と食堂、レストランが並んでいる。その中の一軒が模様替えしていた。高知の名物料理もあるが、どちらかというと定食屋的な雰囲気で、それも軽めに仕上がっている。ちょっと大きめの空港であればファミレスもどきな店が多いが、高知観光の帰りに最後のご飯を食べるのであれば、これくらいがちょうど良い。

店頭のサンプル・ショーケースをのぞくと軽食と酒のつまみが並んでいる。自分の利用動機にぴったりの店だ。実は、この店が開くまでは、隣にある土佐料理の有名店で最後のかつおたたきを食べることにしていた。ただ、有名料理店だけあって質量共に立派で、おまけにお値段も立派だから、高知の最後の一飲みとしてはちょっと懐に厳しいのも正直なところだった。
この新しい店は、どうやら同じようなことを考えるオヤジ客向けにできている、しめしめと思って入ったら、店内は若い方でいっぱいだった。なんとなく意外な気がしたのだが、軽食といえばハンバーガーみたいな短絡思考をするのは、もはや昭和中期生まれのおっさん、おばさんだけらしい。学校給食の米飯メニューが30年かかって達成した若い層の米飯回帰なのだと思う。

結局、注文したのはご当地の牛を使った煮込みとご当地の日本酒を熱燗でという、なんともオヤジ感満載のものだった。鰹のタタキは、次また来る時に取っておこうと思った。駆け足の高知旅行だったが、空港で最後の一息ついた時に、しみじみ高知に来たんだなと思った。好きな時に好きなところに行けるのは、数ある自由の中でも大切な一つだ。自由とはなくした時に気がつく、空気みたいなものだった・・・というのが、高知空港での学びでありました。

街を歩く, 食べ物レポート

帯広の食堂がうらやましい

これぞ、街の誇り と言いたくなる

帯広駅から徒歩3分ほどの場所に、由緒正しい食堂がある。まさにThe 食堂と言いたくなるルックスだ。ファミレスの台頭ですっかり少なくなってしまった、街中にある大食堂だ。昔はデパートの最上階といえば、大食堂で決まりだったが、今では消滅したコンセプトでしかない。それが、街中の路面店として残っているのだから、奇跡に近い。
街中にある食堂の特徴といえば、店名の入った暖簾だろう。これがなくなると、その店の価値は半減すると言いたいくらいの重要パーツだ。

街の食堂のシンボルはこれだ

二つ目の重要パーツは店頭にあるワックス・サンプルで、これが退色して干からびている食堂は二線級という判定をすることにしている。二線級がダメな食堂かというと断定はできないが、店主のやる気が失せていて(店の表に関心がなくなっている)、看板メニューはなくなっていることが多い。まずくて困るというほどではないが、「推し」たくなるほどのうまさはない、という感じが二線級の特徴だろうか。
ワックス・サンプルを作るのはそれなりの費用がかかるから、店に対する投資を怠っていないという証明でもあると思う。何より、美味しそうなワックス・サンプルを見ながら、今日は何を食べようかとあれこれ迷うのが、食堂での最初の楽しみだろう。ファミレスのメニューブックとは楽しみの「威力」が違う。

店内はファミレス風

店内がファミリーレストランっぽくなるのは仕方がない。ファミレスのテーブルや椅子は、ある意味で人間工学的に研究されているので居心地がよい。現代人が慣れている暮らしの延長線にある。食堂だからといって、客の要望に合わせて変化しないはずがない。客席が物理的に変化するのは当たり前だ。昔ながらの小上がりや座敷を居心地が良いと思う世代は、もはやすっかり減少しているので、畳に座布団という席が無くなってしまうのは仕方がない。
ちなみにテーブルの上にあれこれ邪魔なものを置いていないのも、良い食堂の条件だ。全国展開するチェーン店、特に居酒屋やファミレスでは、テーブル上の見苦しさ、邪魔くささが限界を超えている。そこに気がついていないのは、チェーン本部の担当者と経営者だけで、企業として愚鈍さの表れと言いたい。自分がそうした店で最初にやることは、資格の邪魔になる販促物その他、全部まとめて使わない座席によけてしまうことだ。テーブルの上には調味料以外何もない状態にする。これで居心地がすっかり良くなる。販促物の中身は、99%見ることはない。たまに、内容を覗き見するが、時間の無駄使いをしてしまったと後悔する羽目になる。
センスの良い食堂では、壁にベタベタとポスターを貼ったりPOPをつけたりしない。見た目を簡素にする方が、居心地の良さにつながるとわかっているのだろう。

やはり大衆食堂で最初に注文するのは熱燗に限る、と勝手に思い込んでいる。強いて挙げれば第二選択としてビールもある。が、それも「生」ではなく熱処理済みラガーの小瓶が良い。黒ビールがあればもっと良い。だから、まずは熱燗を頼んだ。
酒が届くまで何を注文するかを考えているのが食堂での最大の楽しみだ。街の食堂では、つまみを頼んで、酒もおかわりして・・・というように本格的に飲み始めて長居をしてはいけないと思っている。酒はお銚子一本まで。あとは、サクッと何か食べて帰るのが、自分なりのお作法というものだ。注文を決めたら、お手隙の従業員を探し、手を上げて合図する。決して「すいませーん」などと大声で呼んでは行けない。注文が終われば、ちびりと酒を飲みながら店内のあちこちを見ているのも楽しい。周りの客の会話が聞こえてきたりする。お手軽な街の噂話であることが多い。あとは上司の悪口、自分の家族や友人のあれこれ。いかにも街の食堂の話題らしいが、生々しいこともある。
たまたま箸袋を見ていて気がついた。電話番号はあるが住所は書かれていない。帯広駅前としか書いていない。確かに、帯広地元民にとってはそれで十分だろう。思わずニヤリとしてしまった。うちのことは、みんなが知っているという、強いプライドが見え隠れしている。良いなあ、こういう気位の高さ。

何と言ってもラーメンが素敵だ

食堂で「おすすめは何?」と聞くのは無粋なものだと思う。誰もが好きなものをラインナップしているのが「街の食堂」なので、居酒屋や定食屋のように本日のおすすめを聞くというのは、どうにも自分の思考に合わない。
だから、腹具合で食べたいものを選ぶ。時間がなければカレー、時間に余裕があればラーメンかオムライス。ゆっくり食べたければカツ丼、軽く食べたい時はかしわ蕎麦かざるそば。そんな自分の中の定番から選ぶので十分だろう。
結局、いつもの通りに定番な味噌ラーメンを注文した。昭和的なシンプルラーメンが出てくると思い込んでいたら、しっかり豚骨スープの現代風味噌ラーメンだったのにはちょっと驚いた。街の食堂も日々進化しているのだと、逆に嬉しくもなった。
街に残る食堂は、まさにその街のレガシーだ。政治家の皆さん、オリンピックをやるより、自分の街の食堂を残すことから、仕事を始めると人気者になれると思います。

旅をする

ローカルパン 2軒

帯広の中心部にある老舗のパン屋だが、この界隈は随分と歩き回っていたはずなのに、一度も入ったことがない。というより、このパン屋の存在自体を知らなかった。お勉強が足りないと反省するしかない。
今風のブーランジェリーなどとは違い、まさに街のパン屋さんという風格がある。店内に並ぶパンを見ると、納得のラインナップというか、普通に食べたいパンが並んでいる。名前を見て中身が想像できないような難しいパンは一つもない。

また食べたい

その中で、この店一番の名物パンが、この白いスパゲッティが入ったサンドイッチだそうだ。マカロニサラダが入ったパンはどこかのパン屋で見た記憶がある。このお店では、マカロニの代わりにスパゲッティが入ったものになっていた。食べてみるとマヨネーズの酸味はほとんどしない。何といえば良いのだろう、表現が難しい。あえて言えば優しい味ということになるのか。ひどい言い方をすれば、ぼやけた味というのか。ポテトサラダが入ったサンドイッチでもたまに体験する。コンビニサンドは味が尖っているので、酸味や甘みが強い。街のパン屋でよくある自家製ポテトサラダではふんわりとした柔らかさを感じる。それと同じだ。まずいと言うつもりはない。むしろ個人的には好みだ。これに自分仕様としてブラックペッパーをふりかけて食べれば最高だと思う。
焼きそばパンのマヨネーズ味という言い方が、ふと思い浮かんだ。表現として正しいのかはわからないが、そんな感じの食べ物だった。ポテトサラダが入ったサンドイッチが好みであれば、このサンドイッチも美味しく食べられる。

こちらは、札幌にあるおしゃれっぽいお店だ。この界隈はずいぶん昔に住んでいた。何やら懐かしい街のはずだが、今ではすっかり街の風景も変わり都会的な感じがするストリートの中にできていた。もはや商店街というかんじではない。
まさにパン屋さんというよりベーカリーという感じで、商品は都会的というか、現代的というか、昔ながらのクリームパンやメロンパンと今風の創作パンが共存していた。
近くにこんなベーカリーがあれば、日々の暮らしが豊かになるな、とも思う。

この店の「推しパン」はカレーパンで、賞取りパンがドカンと大量に並んでいる。良いベーカリーというかパン屋の条件は、パンのラインナップもさることながら、このPOPというか値札というか、商品説明が魅力的なことだと思う。
見た目ではすぐにわからないパンの特徴をおいしく説明するのは、買い手の気をそそる大事なテクニックだし、ついつい2個3個と追加してしまう。
まあ、個人的にはツッコミどころも満載だなとは思ってしまったが。兎にも角にも強烈な「北海道」推しの商品が並んでいる。ここはどこ?東京?と言いたくなるくらいだ。

今回も買いそびれてしまったザンギ・バーレルだが、次回こそ買いたい、熱烈に買いたい。いや、絶対買う。
しかし、相変わらず気になるのが、札幌の高級住宅地?円山でザンギの説明いりますか?ザンギという単語を理解しない人が、円山に住んでいますか?これだけは担当者の意図がわからないなあ。